アットウィキロゴ


 スーパーハインドの射撃手であるエドガー・マクラクランは舌で唇を舐めながら、赤外線センサーが出力する白と黒の景色を眺め、人型をした白い標的に次から次へと照準を合わせて撃ち殺していく。
 そこにはACもいたが、センサー群の反応が精確であるなら、コクピットは開け放たれ誰も登場しておらず、動力系も落ちたままの木偶の坊でしかなかった。今から動力系を立ち上げようとも、地上数メートルのコクピットに潜り込む前に挽肉になるのがオチだ。
 機関砲を唸らせながら、スーパーハインドは四連装対空機関砲を備えた自走式対空砲には対戦車ミサイルを撃ち込む。成形炸薬弾頭が砲塔上部に着弾。高温のメタルジェットが装甲を貫徹し、車内を灼熱の炎で燃やしつくし、やすりのような鉄片が爆風と共に吹き荒れ、搭乗員の焼死体をずたずたに引き裂く。
 搭載されていた23ミリ砲弾は炎に晒され誘爆し、自走式対空砲はハッチから炎と爆音を発する一つのオブジェと化した。ついでにピックアップを12.7㎜で粉砕すれば、スーパーハインドの脅威は無いも同然だった。

『降下しろ!』

 二度の一撃離脱で敵陣地を粉砕したエドガーの手際の良さに感心しながら、エルフィファーレはキャビンから飛び出す。
 この荒天下、低空で機首を上げ急減速させ、そのままホヴァリングに移行するスピアーズの腕も、キャビンに取り残されることなく飛び降りることに成功した三人の男の手腕も大したものだ。
 伊達に無政府地帯で難民キャンプを運営しているわけじゃないんでしょうねと、彼らに対する評価を上方修正しつつ、エルフィファーレは遠ざかっていくローター音に紛れ、濡れた砂上を駆ける。
 下手に力を加えればめり込む脆弱な地面と、吹き付ける雨と風。異常気象も良いところだと言うのに、エルフィファーレは腰を低くし、突撃銃を構えながら稜線を越え、近場に居た黒人をセミオートによる三点バーストで排除した。
 こういった開けた空間ではフルオートよりもセミオートの方が弾の減りも少なく、狙いも付けやすい。このカービンは親指だけでセミとフルの切り替えができるため、使い分けても咄嗟にセレクターをフルにすれば問題はない。

「ワンダウン!」

 重低音を響かせるヘリが上空で8の時飛行をする中であっても、その高い声は澄んでいた。陣地の外周にいた男たちはその声に気を取られ、稜線を駆けあがってきた三人の兵士を見落とした。
 エルフィファーレにやや遅れて男三人組が同時に稜線を超える。ジョシュは突撃銃のストックで痩せすぎの白人を殴りつけ、トムはハイキックで小人のような男の鼻を圧し折り、マルコウィッツはバースト射撃で巨漢を撃ち倒す。

「フォロー頼みます!」
「OK,Let's Cleaning!!」

 いつもよりトーンの高い声でマルコウィッツがエルフィファーレの要請に応える。その応答を待たずにエルフィファーレは砂丘を滑り降り、テントの影で攻撃ヘリの爆撃を逃れようとしていた二人組の男を発見し、即座に弾丸を撃ちこんだ。
 マルコウィッツ、ジョシュ、トムの三人はそれぞれが右、前方、左と警戒範囲を定めると、エルフィファーレに続いてテントに向って駆け足で前進する。 車や自走式対空砲の残骸から恐怖に駆られた男が数人逃亡を図ったが、鉛玉が彼らを恐怖から解放した。
 そうしてテントの外に居た敵を一瞬にして殲滅した四人は、特に順序を決めるでもなく、テントの中へ突入した。始めに閉鎖的な空間での銃撃戦になれているジョシュが入り、突撃銃の銃口を人影にぴたりと照準し、引き金に指を掛け―――即座に指を引金から退かす。

「HVI確保!」

 重要人物確保とジョシュが叫ぶと、エルフィファーレはクリアリングを途中で放棄してムーシェに駆け寄ろうと、左足をぴくりと外側に動かしたが、危険に対する警戒心がそれを抑制した。
 ジョシュは前方を警戒し、マルコウィッツは左、エルフィファーレは右、トムは後方を確認し、テント内のクリアリングを終える。テントには誰もいないと判断し、マルコウィッツは椅子に縛り付けられ、砂に顔を半分突っ込んでいるムーシェを見た。
 酷い有様だと思わず口から零れそうになったが、マルコウィッツは元少佐としての責務を果たすために、トムの右肩を叩いて耳打ちする。

「トム、拘束を解いてやれ。ジョシュ、エルフィファーレは室内警戒。荷物の影にいるかもしれん」

 テントの中には弾薬箱や嗜好品の詰まった袋などが散乱し、安っぽい机や椅子、古いタイプの地図とランプが幾つかあった。シートが敷かれている所もあったが、大部分は砂漠の砂で覆われている。
 三人が弾薬箱の影などを覗き込みながらクリアリングを継続している中、トムは腰からナイフを取り出してムーシェの拘束を解こうと、縄に刃を突き立てる。力を入れ過ぎて皮膚を切り裂くことが無いようにと、トムは慎重に縄を切っていく。
 そんな様子を遠目に観察しながら、エルフィファーレはほっと胸を撫で下ろした。ムーシェは傷だらけで、拷問を受けたような格好になっていたため、外にいた畜生どもをもう一度残虐な手段で殺したい衝動に駆られたが、それも胸に広がる安心感で掻き消えた。
 これでようやく終わったんだと思いながら、エルフィファーレは積み重なっている木箱の影に敵がいないかチェックする。いろいろ伝えたいことはあるけれど、まずはムーシェの回復が先だ。それまでは落ちた体力をきちんと戻して、きっちり戦えるようにしないと。
 頭の片隅に未来予想図を描きながら、エルフィファーレは木箱の隙間になにかが挟まっているのを見つけた。黒い金属のようなそれは、暗影のせいで良く見えないが、軽機関銃や重機関銃で使う弾帯のリンクが挟まっているのかなと、エルフィファーレは思った。
 トラップだった場合を想定し、マルコウィッツを呼ぼうとエルフィファーレが息を吸い込むと、肺に入った空気は強制的に叩き出され、逆流した空気が声帯を弾く「けふっ」という声が響いた。視界が真っ白に染まったかと思えば、暗闇がじわりと意識を侵食し始める。
 耳鳴りと暗闇を追い払おうと、エルフィファーレは首を左右に振り、ふらふらと足を動かした。誰かが首に腕を回して抱き寄せるようにしたため、ゆっくりと息が吸えない。誰がこんなことするんだろうと、エルフィファーレはぼんやりと思いながら、突撃銃をいつのまにか落としていたことに気付いた。

「――――!」

 深海で誰かが叫んだような声が鼓膜を擽る。ああ、きっとムーシェかな。武器を落としたから怒ってるんだろうなと、エルフィファーレは思った。非武装の兵士ほど脆弱なものはない。
 地面に落としたカービンを拾おうとするとそのまま地面に倒れ込みそうだったので、エルフィファーレは太腿のホルスターから9㎜オートマティックを引き抜く。だが、抱き寄せるようにしている誰かがオートマティックを手で吹っ飛ばした。
 撃鉄のあがった拳銃をこんな手荒に扱うのは、よほどの素人かお馬鹿さんだけだろうなと、エルフィファーレはぼんやり思う。そしてようやく、自分が撃たれ、腹部に取り付けたホルスターに弾丸が命中し、護身用の45口径がそれを止めたのだと悟った。
 じんわりと腹部が痛む。首に回された太い腕は敵のものだろう。意識が混濁していて、なにがなんだかよく分からなかったが、エルフィファーレは焦点の定まらない目でマルコウィッツたちを見た。
 銃口を向けようにも、向ければエルフィファーレが撃たれるかもしれないと思っているのか、三人とも銃口を伏せている。

「武器を捨てろ! 捨てろって言ってんだろうが! マガジンはこっちに投げろ! 投げるんだ!」
「……分かった。武器は捨てよう。だから落ち着くんだ。間違って引金を引いてみろ。死ぬまで後悔させてやるぞ」

 腹の底から絞りだしたようなドスの効いた声をマルコウィッツが吐き、ジョシュとトムはその言葉に大人しく従い、手に持っていた突撃銃からマガジンを抜きだし、スライドを引いて薬室内の一発も排出してから、マガジンをエルフィファーレの足元に放り投げ、突撃銃をゆっくりと地面に置く。

「マルコー……さん」

 エルフィファーレははっきりとした声を出そうと思ったが、首を腕で軽く締め上げられていたからか、掠れ声しか出せなかった。
 そんな彼女を見て、自分たちを勇気づけようとしてくれようとしていると思ったのか、マルコウィッツはいつもの柔和な表情を浮かべながら、エルフィファーレに向って言った。

「大丈夫だよ、エルフィファーレさん」

 そう言いながら、マルコウィッツはサブマシンガンのマガジンをエルフィファーレの足元に投げやり、薬室内の一発を排出して、足元にそっと置く。
 荒く息を吐きながら、男は三人に銃口を巡らせ、敵から武力を奪ったのが自分だと言いたげに鼻を慣らし、やや芝居がかった口調で叫んだ。

「拳銃もだ! マガジンはこっちに投げて、銃は足元に置け!」
「怒鳴るな。分かってるよ」

 マルコウィッツがうんざりしたように言うと、ジョシュとトムはゆっくりとホルスターから拳銃を抜き、言われた通りにして地面に置いた。
 最後にマルコウィッツが拳銃を地面に置くと、怒鳴られる前にやっておこうと言いたげに、胸を張りながら両手を上げ、頭の後ろに組む。
 自分のミスのせいで誰かが死ぬかもしれない。そう思うと、エルフィファーレは自己嫌悪という言葉では足りないほど、自分を憎たらしく感じた。
 耳もとで呼吸をつづける男がぺろりと唇を下で舐める。密着しているからか、些細な動きでも耳が音を拾ってしまうため、女としての危機感が背筋を凍らせる。
 弾丸は辛うじて直撃しなかったものの、45口径の弾頭重量は馬鹿にならない。まるで重量級のフックを喰らったかのように、腹部が激痛を訴え始めた。
 正直に言えば、立っているのも辛くなってきた。9㎜弾を防弾服越しに喰らったことはあるが、まさか45口径がこんなにストッピングパワーがあるとは、思っていなかったのだ。
 激痛に冷や汗を浮かべ、表情を険しいものしたエルフィファーレの耳元で、男が囁く。

「……会いたかったんだぜ、エルフィファーレ。覚えてるか? あのバカヴラジーミルに御冠だった時、君は俺を誘って、俺を受け入れてくれただろう?」
「その……声は、中尉……さん、ですか?」
「ああ、そうだ。なあ、エルフィファーレ、俺の女になれ。ここで俺がみんな殺して、俺と一緒に新しい人生を始めようじゃないか」

 違う、とエルフィファーレは直感した。あの時、イラついていた自分に優しく声をかけてくれた人とこの人は、違う。
 きっとこの人は中尉なのだ。けれど中身はすっかり入れ替わってしまっている。優しさがどこかに消え、今この人の中には、自分の欲望しかないのだろう。
 思わずエルフィファーレは、地面に突っ伏したままのムーシェを見た。こんな時であっても、彼に嫌われるのだけは怖かった。
 だが、ムーシェはぴくりとも動かず、ただ肩を上下させて呼吸をしているだけだった。意識が朦朧として、ぼうっとしているのだろうか。
 どんな手段でも良いから、ムーシェが今考えていることを知りたいとエルフィファーレは思った。そうすれば、ここで泣くことだって簡単にできるのに―――。

「―――なるほど、そういうことか。よし、良いだろう。おい、マルコーとか言ったか。そいつを立たせろ」
「ぇ?」

 だから、男がムーシェを立たせろと命じた時、エルフィファーレは思わず声を零していた。
 じっとムーシェを見ているのに気付かれたのかもしれない。そのせいで、ムーシェはエルフィファーレを虜にしている男だとか、そういう誤解を受けたのかもしれない。
 ただ一つ確かなことは、この中尉が銃口をムーシェの頭に照準し、楽しそうに笑っていると言う事だけだ。

「……分かった。立たせよう」
「マ、マルコー……さん」

 マルコウィッツが後ろを向いて、地面に倒れたまま動かないムーシェを抱き上げる。ムーシェは夢でも見ていたのか、両手をマルコウィッツの押し返すように動かし、少し抵抗していたが、マルコウィッツが「しっかりしろ、お前は男だろう!」と怒鳴ると、途端に大人しくなった。
 ふらつく足がしっかりと大地を踏みしめ、曲がった膝が真っ直ぐに伸び、猫背になっていた背筋はピンと伸びる。それは雄々しい男の姿だった。汚れ、虐げられ、命の危機に曝されながらも、決して諦めや妥協とは手を組まない正真正銘の狂った男の姿だ。妥協など死んでもしてやるかと、ムーシェの眼は語っている。

「おい、マルコー。そこを退きやがれ。その野郎の頭を吹っ飛ばしてやる」

 下卑た笑いを張り付かせた台詞を、中尉は吐く。首筋にかかった腕がぐいっと締まり、呼吸が苦しくなる。
 だがエルフィファーレにとってそんなことはどうでも良かった。今は満足に動かせない足が、腕が、頭が、すべてが憎くて仕方なかった。
 このまま目の前でムーシェが銃殺されるなんて、このまま何もできずに、かけがえのない存在になり得たかもしれない人を、失うなんて―――。

「マルコー、もういい。退け」
「シメ……オン?」

 マルコウィッツの胸倉を掴むようにしているムーシェが、掠れ声で言った。エルフィファーレからは長身のマルコウィッツに隠れてムーシェの顔が見えなかったが、それでも怒っているのだと分かるような、地鳴りのような低い声だ。
 けれど怒りがどれほどのものだろうと、今この状況下では意味がない。怒りも義勇も、愛もなにもかもが、無煙火薬と真鍮製の薬莢と、雷管と弾頭で構成された弾丸には勝てないのだ。それは容易く命を刈り取り、ロマンティックな言葉のすべてを粉砕する。
 物理的に意味をなさない感情ほど美化され、しかし実際には無力でしかないものはないだろう。その最大の敵はいつも卑下され、刀剣や拳に劣る武器であると認識されることもある銃なのだ。銃こそがすべてを守り、すべてを壊すための鍵なのだ。
 そう、―――銃を持たない男にチャンスはない。しかし、銃さえ持っていればチャンスはある。

「野郎、ぶっ殺してやる……」

 ガヴァメントの銃口をマルコウィッツの背中に向け、中尉は引き金に指を掛けた。
 それを察したかのように、マルコウィッツは素早く右に退くと、そのままジョシュにタックルするような形で倒れ、ジョシュもそれに巻き込まれて転倒する。
 近くにあった7.62㎜の弾薬箱がひっくり返り、金属音がテント内に響く。中尉は反射的にそちらに銃口を向け、二人の男が倒れているだけなのを見ると、視線だけをムーシェに向けた。
 そこに居たのは、銃を持った男だった。

「それは俺の女だ」

 手のひらサイズの25口径オートマティックを両手で保持しながら、ムーシェは呟き、引き金を五回引く。
 45口径のものに比べれば小さな発砲音が連続で響き、反動でオートマティックが小さく跳ねる。放たれた弾丸は中尉の右手首に一発、親指に一発命中し、その他はすべて外れた。
 手首に命中した弾丸は骨に当たって弾道が変化し、最終的にいくつかある骨の内、二本目にめり込んで停止した。親指に命中した弾丸は指の付根を撃ち砕き、白い骨と血がパッと飛び散る。

「あああああああああぁぁぁぁぁぁ………っ!!」

 撃たれたと言う認識か、それとも激痛によるものか。中尉はエルフィファーレの首に掛けていた左手を離し、大きく後ろに後ずさりながら、右手を左手で覆い、止血しようとした。
 解放されたエルフィファーレを抱きとめたのは、唯一まともに立っていたトムで、彼はエルフィファーレを支えながら、中尉が持っていたガヴァメントの安全装置をかけ、ムーシェに投げ渡す。
 艶消しされた黒の塗装が擦れ落ち、鉄色がところどころ露出しているそれをムーシェは右手でキャッチすると、慣れた様子で安全装置を外し、撃たれた右手を血走った目で見詰めながら意味不明な言語を呟き続けている中尉に、銃口を向けた。

「フィクションの見すぎだ。25口径じゃお前は死なない。手首に当たっただけなら、痛いだけだろう。適切な処置をすれば助かる」

 緑色の瞳をすっと細め、左手をガヴァメントのグリップに添え、射撃体勢を取りながらムーシェは諭すように言う。
 その言葉が聞こえているのかいないのか、中尉は視線をムーシェに向け、虚無がちらりと舌を覗かせる銃口を凝視した。

「だが、お前は助からない。俺はお前を赦しはしない。お前が俺にしたような、無意味な暴力など糞喰らえだ。知っているか? 剣を持つ者は剣に倒れる」

 息が苦しくなったのか、そこでムーシェは大きく息を吸い、

「なら、銃を持つ俺たちは、銃に倒れるのが道理だろう」

 引き金を引いた。



投稿者:狛犬エルス
登録タグ:狛犬エルス

タグ:

狛犬エルス
最終更新:2012年12月09日 14:33