銃口を向けた敵を殺し
肩を並べた戦友を殺し
語り合った親友を殺し
血を分けた人間を殺し
与えられた期待を裏切り
それでも生き続けた私は
いつのまにか人ではなくなっていた
In the name of Death
私と言う個人を定義するとき、身体のどこまでが私で、どこまでが機械なのかと時折考え込んでしまうことがある。
左手を動かそうとすれば、相変わらず左手はないが、動く。 次は左足を動かそうとすると、これもないが、動く。
相変わらず何時もと変わらない。何時だってこうなのだ。当たり前のことなのに不自然に感じるのは、五体満足で生まれた脳が異常だと知っているからだろう。
私の左手は肘から先が義手だ。左足は膝から下が義足で、失った右目は義眼を嵌め込んでいる。顔に傷が残っているので、何時もは眼帯をつけているが。
ともかく、そういう複雑な、思い出すだけで哀しみで狂ってしまいそうな過去を経て、私は機械の恩恵を身近に感じながら生きている。機械がなければ、私はただの障害者として一生を終えただろう。
そして、この機械がなければ、私は復讐することを諦め、極普通の女として生き、物好きな誰かと家庭を築き、我が幸薄い人生を十二分に楽しんで死んでいっただろう。それはそれで、とても素晴らしいことだろうと、私は今でも思っている。
だが、私は復讐に生きると決めたのだ。文字通りの鉄槌と、復讐と言う芯が無ければ崩壊してしまいそうな心を引き摺り、私はただ一人の男を殺すために生きている。
男の名は―――。
―――
三年前
政府軍占領地外円部 NYTT/911仮設射爆場
AC搭乗士官教育部隊 第2小隊
状況―――M.I.A(作戦行動中行方不明)
「デュ、フォー……?」
容赦なく吹き付ける荒野の風が、彼女の紫がかった黒髪を揺らし、銀色のサバイバルシートをかさかさと鳴らす。
その音を聞き、AC用のパイロットスーツを着た細身の男が、小さな簡易テントのジッパーを上げて入り口を閉じた。すると、テントの中に風が吹き込まなくなる。
男は小さな声で、
「気遣いができなくてすいません。まだ、混乱しているみたいで」
と言った。男は右手の親指と中指で目尻を揉み、一度深呼吸をした後、サバイバルシートに包まった彼女の隣に移った。
白い肌の女性だった。目の色はバイオレット、唇の色は桜色で、身体は全体的に見て華奢。スレンダーな体つきをしていて、左肘から先、左膝から先が欠損している。
傷口はなにかで焼いて止血したのか、巻いてある包帯はじんわりと朱に染まってはいたが、吹き出すような出血はしていない。荒療治ではあるが、確実な方法を取ったのだろう。
男が近くに寄ると、彼女はほっとしたように口元を綻ばせ、微笑んで見せた。目元には隈が浮き、激痛で汗が額に噴き出し、頬もこけていたが、男はその微笑みを見て癒されたのか、微笑みを返す。
「あの、黒いACが……」
「左肩の〝異形の骸骨〟は、政府軍でもよく知られてる疫病神の証ですからね」
彼女の頬をそっと撫で、ゆっくりと頭を撫でながら男は言う。男の体温を感じて、彼女は心地よさそうに瞳を閉じ、小さく声を上げた。
優しく微笑みを浮かべながら、男はどうしてこうなってしまったのかと、自分たちに起きた不幸を呪い、死神に遣わされたであろう、あの黒いACを思い浮かべ、憤怒に駆られる。
どうして実地教習中に、歴戦の傭兵が突然現れたのか。それは男にも分からなかった。ただ、その後に起きたことは覚えている。
新兵が乗り込んだACに黒いACが突っ込み、気づけばその蹴りがコアを陥没させ、若きパイロットを圧殺したこと。
恐怖と激情に駆られた新兵がライフルを乱射し、黒いACにブレード攻撃を試み、射距離零にて高威力のガトリング砲の連射を受け、文字通りの蜂の巣になったこと。
残った彼女のACだけでもと、無謀な戦いを仕掛けた自分がいとも簡単に無力化され、彼女を載せたACはコアを潰され、あの黒いACは去って行ったということ。
そして絶望に駆られながら、三機のACのコアを確認し、彼女だけがかろうじて生きていたと言うこと。
あとの二人は、それがコアの破損部品なのかパイロットなのか分からないほど、酷い状態になっていたということ。
「……すいません。自分が教官として、パイロットとして未熟なばかりに」
思わず男は、それが弱音だと言うことに気付かず呟いていた。そして脇腹に走る鈍痛に叩きのめされてから、それが弱音だったことに気付き、慌てて訂正しようと口を開く。
だが、声にするのは彼女のほうが早かった。絶えることのない激痛で徐々に体力を削られているため、喉に粘ついた唾が溜まっているのか、ただ単に喉が枯れて声が出し辛いのか、彼女の声は小さく、聞き取りづらいものだった。
「いいん、ですよ……。教官は私を、私たちを守ろうとしてくれましたから。それが果たせなかった、けれど……私はまだ、生きている。私が生きている間、教官は……赦されてるんですよ……」
「………」
君は今、死ぬよりも辛い苦痛を味わっているだろうにと、男は思わず口にしてしまいそうになったが、それを直前で飲み下した。
それを言ってしまえば、彼女が安楽死を望むかもしれない。そうなったらこの荒野の中、ACの残骸に囲まれ、一人の女性の亡骸を糧にして、救助隊を待つことになる。
自衛用火器の9㎜オートマティック拳銃がずしりと重く感じられ、男は自分の中に天使と悪魔がいるのではないかという妄想に囚われ、しばしの間、言葉をなくした。
沈黙が長く続けば続くだけ、その沈黙の向こうから死神の足音が聞こえてきそうだった。風は吹き荒れ、鉄塊と化したACの装甲に小さな岩が当たり、凄まじい金属音が響く。
ACの残骸を盾にするようにテントを建てていなければ、今頃二人揃って砂や石英に身を削られ、想像したくもない地獄を過ごしただろうと思うと、ぞっとする。
男が沈黙を保つのに対して、彼女は言葉を欲していた。言葉を、温もりを、人と言う存在を欲し、それらが無くなった時、自分は完全に狂ってしまうだろうと思っていた。
身体の傷が深いと言うのは彼女も理解している。右目は鉄片で貫かれ、左腕と左足はコクピットで圧潰し、文字通り千切れた。それでもまだ生きているのは、奇跡なのだろう。
ただ、彼女はこの奇跡を喜んではいなかった。できることなら、即死したかったと思っていた。神経を炙る激痛は、なおも体中の痛覚を爆発させ、魂を切り刻んでいく。
「……僕は、赦されるんだろうか」
「ええ……私が、生きている間は、ですけどね………」
朦朧とした意識の中、彼女は男の声を聴き、冗談交じりにそう返した。男はそれを聞いて苦笑し、自分のACから持ってきた簡易通信機を眺め、2機のACから回収したサバイバルキットを見る。
固形燃料とオイルライター、非常食にサバイバルシートと簡易テントにナイフと釣り道具。放射線測定器や簡易通信機などなどに、どこで役に立つかも分からないサバイバルマニュアルと、水の入ったボトルが数本。
ACの通信機は生きているか死んでいるかも分からず、簡易通信機の送受信範囲は限定的。生きるために必要な医薬品や食糧、水、その他もろもろにも制限がある。二人分を二人で使っていたら、いずれ死ぬ。
まるでカルネアデスの板のようだと、男は思った。一人のために一人が死ぬか、それとも二人して生き残ろうとし、二人とも死ぬか。どちらにしても、生き残る可能性が高いのは一人を犠牲にし、一人が生き残る方だろう。
では、生き残る一人はどうすると男は考える。トリアージするならば、自分が彼女を殺すべきだろう。しかし、それはできない。彼女は自分を赦すと言ってくれた。教官として過ごし、彼女と彼らを見てきた自分には、それができない。
ならばすべきことは決まっている。熟考し、自分のパイロットスーツの自動止血機能がまだ生きていることを信じながら、男はサバイバルキットに入れていたマチェットを取出し、自分の左手をACの一部である装甲板に乗せ、猿轡の代わりに丸めたタオルを咥える。
「教、官……?」
物音に気付いたのか、彼女が身体を起こそうとする。
男は優しく微笑み、震える右手がマチェットを放さないように祈りながら、彼女に言った。
「赦してほしい。願わくば、君が生きている間だけでも」
彼女が叫ぶ。男が右手を振り上げ、そして振り落とす。
そうすることで糧は生み出せる。特に彼女は、肉と血が必要な状態に置かれているのだから―――。
―――
―――そして結局、生き残ったのは私だけだった。
人間と呼称できる姿かたちをしていたのは、私だけになっていた。
ミニョネット号事件の船長も、救助が来た際のことを〝我々が朝食を食べている時に〟と書いている。
まさにその通りだ。私が朝食を食べていると、救助隊がテントを開け、そして、テントから出て行った。
私はそうして生き伸び、今もなお生き続けている。二人分の命と、機械に支えられ、この身に刻まれた傷跡を時折なぞりながら、復讐と赦しのために、生きている。
→ [YES]
[N O]
最終更新:2012年12月17日 23:56