毒々しく照りつける太陽が、砂漠化した地形に更に極地的な印象を与えていた。
一機のイエローで塗装されたACが、その砂漠にぽっかりと空いた、すり鉢状の地形、その縁にあたる部分から眼下へと視線を放っている。
そんなACへと、先程の言葉に対する返答がやってくる。
『周囲に生体反応はないな』
「何度も確認してるってば」
青年はそう苦笑い混じりに答える。
その声色というものには、緊張感の類はほとんど存在していない。
「生体反応は一つだけ、あの機体の中だよ」
そしてそう言った。
少しだけ沈黙があった。オペレーターは通信機の向こうで何事かを考えているようだ。
青年はそれに対して何を答えるでもなく、ただただ反応を待ち続ける。
『いずれにせよ、機体から身を乗り出す時には注意してくれなきゃ困る。この前みたいに豪気になるのはいいがな。あれじゃまるで自殺志願者だよ』
「言いたいことは分かるよ、君が正しいことも分かる……でもね」
『もう分かったから、任務続行、以上』
そう言って、オペレーターは通信を切る。
青年は一つ溜息を吐いた。
それから、そのすり鉢状の地形の中央付近に鎮座する、銀色のシルエットを再度見つめ直した。スキャンモード……動作状況――動力停止状態……確認可能な範囲でのバイタルサイン――確認1……
雑多な情報をある程度は省略しながら、青年は自らの乗り込んでいたACに動作を伝達する。すると彼の機体が大きく飛び上がって、青色の光を機体の各所から放ち始める。そのまま機体は宙に浮き始めた。続けて、まるで滑るような淀みない挙動で、窪地の内部へと降り立って行く。
そしてさっきからACのカメラアイによって捉えられている、微動だにしないシルエットに対して、青年は緊張の色をあくまで見せないままに接近していく。
彼はただ静かに呼吸を繰り返していた。
事の次第は二十分前に遡る
『――待て、
ブラウ。レーダー情報こちらでも確認した』
砂漠地帯を高速で移動する一機の、ACの姿があった。
その機体は報告を聞くなり、急速にその進行方向を変え、近場に覗える廃ビルが立ち並ぶ地帯へと移動しようとしていた。本来行なわれる筈だった行動の大幅な変更というものが、その機動からは読み取れる。
「機数は二つで間違いないね……一体何のつもりなのか」
青年はぼやきながらに、機体をレーダーに反応があった方向から、少なくとも視覚的には隠す形で、質感の風化しきった建造物の影へと避難させる。そして彼はリコンのスキャン情報に関して解析を試みる。
『二機はどうやら戦闘中だな。しかも一方的な展開だ』
「ふむ、双方はOVAに所属しているミグラントなのかな。どう?」
青年はひどく落ち着いている様子で問いを投げた。
『……片方は該当アリだ。Cランク傭兵だな、機体名スーラ。パイロットは――』
「いや、知ってるよ。
たしか若いミグラントだったはず」
青年はそう答えて、依然リコンから送られ続けている情報について確認していた。
二機が行なっている戦闘は継続中で、一方の装甲の状況がほとんど無傷に近いのに反し、一方は――スーラというACは――随分と損傷を強いられているようだ。
一体どういうことなのか、と青年は思う。
「それで、もう一方のACは?」
モニターへと視線をやりながらに問うた。
『該当情報無し、どのデータバンクにも登録されてないタイプのACだ。つまり、今回の任務で初お目見えってところじゃないかな』
「……それで、敵対してるCランク傭兵を圧倒してるっていうわけだ」
『そういうことだな』
オペレーターの口ぶりには起伏というものが無かった。
青年は溜息を吐く。
「どうするべきだと思う?」
そしてそう聞いた。
『待機してやり過ごすほかあるまい。無駄なちょっかいを出してヤブ蛇食らうこともないだろう』
「まあ、そういうことだね」
全くの正論に、青年は頷く。
「じゃあ、その方針で行くよ。でも、もし蛇の方からこちらへと飛び出してくるようなら……」
『あまり利口とは言えんが、仕方ないな』
その提案は果たして受け入れられ、青年は再び頷いた。
そして暫くの間は無言の時間が過ぎていく。
やがて、戦況が佳境を過ぎ始める。ACの装甲の状態は引き続き受信され続けていたが、その状況が終息へと向かい始めているのがはっきりと分かった。
そして、一応のピリオドが打たれるのも、見届けた。
『……スーラが破壊されたな。気の毒に』
「ホントだね」
青年は無表情に言った。そして、レーダーに更新され続ける情報へと視線を遣る。
次の瞬間だった。
レーダーに残ったもう一つの機体の反応が、こちらへと向かい始めていたのだ。
青年は思わぬ展開に眉を寄せる。一体自分に何か発見されるような落ち度があったのか? と思う。でも確かに機体はこちらへとほとんど一直線な動きで進行してきつつあって、恐らく補足されたという事実に疑いはない。
青年が口を開く。
「ガーニー、蛇が来た」
『……本来動物は交戦を避ける傾向にあるんだがな』
どうでもいいようなやりとりをしながらに、青年は機体をビル群に留めたままで事態を見守っている。果たして、このあと戦況がどうなるのかということについては、青年にとってもまるで未知数のことだった。青年は何度目かになる嘆息を吐く。
「こっちのタイミングで始める」
『分かった、通信一旦終わるぞ。
幸運を』
「ありがとう」
青年がそう言って、通信が打ち切られた。
レーダーの光点は、依然こちらへと向かい続けている。青年はその光点の動きをじっと見守ったまま、全くもって身体を動かそうとしない。表情を覆う暗色のバイザーに、ただただ計器から放たれる光がまばゆく模様を作っている。
◇
呼吸の音が聞こえている。
それは打ち返す鼓動のように繰り返され、些かの穏やかさを帯びた響き方で、何度となく頭の中にその痕跡を付けていた。
続いて、目標を確認する。目標は、さっきから機体の位置を変えようとしないまま、ずっとビル群の中に身を潜めて、息を殺すかのようにじっとしていた。
しかし、そんな行動にはまるで意味のないことだった。
さっきからリコンによる情報伝達が行なわれているのも、特殊なレセプターによって把握できていたのだ。
やるべきことは、分かり切っていた。
情報の分析を許さないこと。
後々へと禍根を、残さないこと。
それだけだった。
交戦許可も既に下りていた。後は、迅速に目標を達成するだけのことだ。
息をつく音が、ただただ脳裏に響き続けている。
まるで出口の無い中その逃げ道を探しているかのように、空気は同じ場所を延々と巡り続けるのを、自らに許していた。
最終更新:2012年12月22日 12:43