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 敵の悪事が御前に届きますように。
 あなたの懲らしめを受けますように。
 あなたに背いたわたしが こんなにも懲らしめられたように。
 わたしはこうして呻き続け 心は病に侵されています。

 旧約聖書 哀歌 第一章 第二十二節


 政府時代に占領地として政府軍が管理していたテコアという街は、海抜822メートルの丘の上にあった。
 街は旧時代に作られた石の城壁に取り囲まれており、城壁の所々には対戦車ミサイルや対空ミサイルの固定砲座が置かれ、十数名の兵士が常時歩哨に立っている。
 城壁を超えた中には、背の低い建物が群れた雑草のようにびっしりと立ち並んでおり、その隙間に道路があった。唯一まともと言える建物は軍の基地くらいなものだ。
 人口はおおよそ3000名いたが、駐屯している旧政府軍テコア駐屯戦車大隊がバンガード政権に反旗を翻し、それに乗じて数百名が城門から逃げ出したので、実際は2500名程度だろうか。

「でも、どっちにしたって、すべて無くなっちゃうんだけどねぇ……」

 口元に蠱惑的な笑みを浮かべながら、バンガード反体制勢力鎮圧部隊長であるユーリア・カエサリア大尉は、双眼鏡を眼から離し、数十キロ先に聳える準要塞を見つめ続ける。
 テコア市街にバンガードに敵対する反体制勢力が入り込み、テコア駐屯戦車大隊とある種の同盟を結び、両者はバンガードに対し共闘体勢に入った、と言うのが、三日前に密偵からもたらされた状況だった。
 当初はゴンジューリン中佐が部隊を率いて鎮圧するという流れだったのだが、横から槍を突き刺して、ユーリアがこの任務を受領し、新たに隊員として加えた四名を引き連れ、テコア近郊までやって来ている。
 ユーリアの背後には特大の偽装用ネットに包まれた大型ヘリF21ストークが六機羽根を休め、その前には同じような偽装を施されたACが、ストークの機数分だけ鎮座し、黙り込んでいた。
 そのうちの五機は無限軌道を履いた戦車型で、どれもキャノン系の武装を施し、火力偏重な機体に仕上がっている。残りの一機にしても四脚型ではあるが、パルスキャノンとHEATパイルを装備しているので、火力に偏った構成と言う意味では同じだ。
 黄昏に光る太陽の光を浴び、高地特有の殴りかかってくるかのような風に黒髪を弄ばれながらも、ユーリアは紫色のパイロットスーツに包まれた肢体を動かし、寝静まっているACたちを見下ろすように振り返りながら、個人携帯用通信機に声を吹き込む

「ジュリエット・リーダーより、エコー・ノベンバーへ。諜報員の脱出は完了したかしら?」
『―――こちら、エコー・ノベンバー。ボクが確認した限りでは、すべての諜報員が脱出したと思います。こちらに内緒で忍び込ませてた人はまだ中かもしれませんけど』

 通信に応じたのは若い女の声だった。肉眼では目視できないが、あのテコアの城壁から外にいるということだけは確からしい。

「その時は心配しないで良いわ。あの丘の上には、廃墟しか残さないつもりだから」
『わーぉ、それは怖いですねぇ……。噂に聞く政府軍第4独立機動中隊譲りの戦法、期待してますよ?』
「任せなさい。それだけが取り柄なんだもの。それじゃ、切るわ」
『了解。エコー・ノベンバー、アウト』

 通信が切れると、ユーリアはしばし丘の上にそびえ立つテコアの城壁を眺め、苦笑しながら踵を返し、部下たちの元に歩き去って行った。

―――
 黄昏が地平線に消え、暗紫色の暗闇が空を染め、煌びやかな星たちと静かなる月が夜に彩りを加えはじめた頃、反体制勢力鎮圧部隊の面々は各々のACのコクピットにその身を滑り込ませる。
 今回が初陣となるユーリアの愛する小さな双子は、その華奢な身体を無骨なACに沈め、整備員の中でも見込みがありそうだと判断されて無理矢理ACパイロットへの転換訓練を受けさせられたジェシー・グッドスピードは、身の安全をぶつぶつと神に祈りながらコクピットに入っていった。
 白と黒のパイロットスーツに凹凸の少ない肢体を包み込んだ二人の少女に、ユーリアは癒しを覚え、この戦闘が終わり、駐屯地に帰った時、身体に残った余熱のような昂りをどうやって冷まそうかと考えて、身体を微かに震わせる。
 一方で、作戦参加パイロットの中でも最古参であるハミルカル・バルカは、作戦概要と目的、目標が書き込まれた再利用可能なプラスティックボードに目を向け、部隊に配属されてからという意味では初陣のチャン・ホンタイは、どこか気に喰わないことがあるかのように顔を顰めていた。
 寡黙な巨人と荒々しい若者の二人を放置しつつ、ユーリアは双子がACのコクピットを閉鎖するところまで見守った後、猫のような俊敏さを持って自分の機体、戦車型重装ACアグリッパのコクピットに身体を滑り込ませる。
 各種計器を横目にしながら、通信機器の状態と通信状況をチェック。すべてに目を通した後、彼女は異常なしと、戦闘システムが立ち上がるのを見ながら小さく呟き、通信機のチャンネルを合わせて二機の友軍機に通信を繋いだ。
 通信を繋いだのは、ユーリアがスラムで拾った二人の少女が操るAC、ヴァイス・フローレンとシュヴァルツ・フローレンだ。二人はまだ子供だし、可愛いし、愛らしいし、キュートだし、ついでに初陣なので、戦闘前に声を聴く必要がある。
 ジェシー・グッドスピードも初陣ではあったが、ユーリアの頭はそこまで食指が伸びず、自分が大好きなものにだけ集中的に絡みつくのであった。

「シャル、リート、これから初めてのお仕事だけど、緊張してない?」

 まるで母親のような優しい微笑みを浮かべながら、ユーリアが双子の少女に向けて問うと、間髪入れずに活発そうな高い声が返ってくる。

『大丈夫だよユーちゃん。ユーちゃんの手助けをしたいから、私たちあのこわーいお姉さんのいじめにも耐えられたんだよっ」
「オルガはね、リートたちをきちんと戦えるように訓練してあげただけなのよ。いじめとかこわーいとか言わないの。あれでも結構可愛いところあるんだから」

 元政府軍で教官職を勤めたこともあるオルガ・ラスコーヴァの癖の無い綺麗な赤毛と、ソバカスの散った白い肌を思い出しつつ、ユーリアは白い少女――ジークリートに諭すように言った。
 教官として雇ったオルガと、友人として付き合うオルガとはかなりギャップがあるのでそこが可愛いのだとか、意外に女らしくないことを気にしていて私服がとっても純粋清楚系っぽくて可愛過ぎるとかは、あえて言わないことにする。
 紐を使って長い髪を項辺りで一纏めにしながら、ユーリアがジークリートに向けてオルガを擁護する言葉を掛けようとすると、その思いを汲んだかのように落ち着いた印象の声が通信に流れた。

『そうだよリート。オルガさんだって、厳しくしないとユーリアの迷惑になるからって、私たちに訓練してくれたんだよ?』
「うんうん、シャルちゃんの言うとおり。あれでもオルガは意味の無いことが嫌いな面倒臭がりなんだよね。この場合は、訓練を優しくしちゃうと、二人の命が危ないからってこともあるけど」
『う、ぅ……。シャルとユーちゃんが言うなら……そう、なのかも……』

 いつもは責めでサディスティックなジークリートが、逆に二人に丸め込まれて言葉に詰まる。偏見は事実には勝てないし、なにより旧知の仲であるユーリアがシャルロッテ側についたのだから、下手に反論もできないのだろう。
 別に我が侭全開でぷーすか怒ってくれてもいいのになと思いながら、ユーリアは小さく、二人に向けて呟いた。

「二人とも、そんな緊張してないみたいだから安心したわ。それじゃ、ここからはお仕事モードで行くからね」
『りょーかい、ユーちゃん』
『了解です、ユーリア……た、隊長』

 片手間にサブディスプレイで大型輸送ヘリのスターク部隊に、緊急時に陥った際は離脱せよとメッセージを送りながら、ユーリアは慣れない言葉を使って恥ずかしがっているだろうシャルロッテに向けて、微笑みながら言葉を返す。

「慣れるまでユーリアで良いわよ。それじゃ、始めましょうか」

―――

 旧時代から勇ましげに聳え立っていたであろうテコアの城壁は、城門正面から突撃した《アイアン・デューク》の装備する重榴弾砲と、両肩部ランチャーユニットに積み込まれているHEATロケットの猛射に耐えきれず、ものの数分で崩壊した。
 城壁上に展開されていた歩哨たちは固定砲座の対戦車ミサイルに取り付いて、戦艦の艦砲射撃さながらに火力を撒き散らす《アイアン・デューク》を沈黙せしめんとしたが、彼らは《惡狼演武》と《ヴァイス・フローレン》によるパルスキャノンの制圧射撃であとかたもなく蒸発し、各所で高熱に焼かれた火器弾薬が誘爆して、爆炎の鼻を咲かせる。
 履帯で砂岩を削り這い進みながら《アイアン・デューク》は時折、歩兵から安物のRPGや軽量な使い捨て72㎜対戦車無反動砲による攻撃を受けていた。しかしそれらは装甲により無力化され、代わりに格下の彼らに鉄の公爵は高性能炸薬を充填した榴弾を投げ渡し、死の実感すら持たせることなく地面ごと人間を吹き飛ばした。
 崩落した石の城壁は瓦礫の山となり、数百人の人間が下敷きになってはいたが、それも頭上を《アイアン・デューク》が通り過ぎれば、大半は一瞬のうちに圧死し、苦しみから解放されていく。続けて二機の戦車型ACが通過し、四脚型ACが何度も地面を踏み鳴らせば、瓦礫の下で生きている不運なものは尽く死に絶えた。

「アイアン・デューク、ヴァイス、シュバルツは直進して敵中枢を叩いて。ブリューナク、ウーランは、私の直援に回りつつ、市街地の制圧を。分かったわね?」
『『『『『了解』』』』』

 頼もしい応答を聞き、通信を一時遮断し、メインディスプレイ越しに建造物や車両を踏み潰しながら前進する《アイアン・デューク》と、その左右後方に数十メートル距離を取ってぴったりとくっ付いて離れない二機の戦車型軽装ACを認めながら、ユーリアは自然と引き吊る口角を下げようと、口元を右手で覆い、すぐに無駄な行為だと言うことに気付き、面白おかしそうに笑い声を上げる。
 そして数秒ほどして笑い声が収まってくると、通信を《アイアン・デューク》に開いて、信頼を置いているから故の、淡々とした声で告げた。

「バルカ、二人をお願いね」
『任せろ』

 そう言いながら、ハミルカル・バルカは重榴弾砲の筒先を持ち上げ、敵基地へ向けて砲弾を撃ち放つ。綺麗な放物線を描いて飛翔した砲弾は、しばらくすると下降を始め、暖機運転を始めたヘリの並ぶヘリポートや、戦車が数両格納してあったガレージなどに直撃し、爆炎と黒煙、そして破壊したものの欠片を真上に放出し、灰色とも何色とも言えない汚れた柱を幾つも作り上げる。
 突然、街中から装甲強化型のダッキーが鳥のような足で立ち上がって、ガトリングガンを乱射しても、《アイアン・デューク》は回避行動など取らず、数百数千の弾丸を受け止め、両肩部ランチャーユニットに残ったHEATロケットをすべてダッキーのいる区画に向けて投射し、その区画ごとダッキーを火炎と爆風で消し炭にした。
 ユーリアの乗る《アグリッパ》の傍らでは《ブリューナク》がダッキーにレーザーキャノンを撃ち込み、足だけを残して蒸発させ、《惡狼演武》が最高速度で突っ込んできた戦車を蹴り飛ばし、パルスキャノンで後続の装甲車を溶かし尽くす。ACの中でも火力に偏ったジャガーノートたちは、民間人や敵を選別して撃ち殺すなどという器用な真似はできはしない。

「……くふ、ふふふ」

 眼下に広がる地獄を眺めながら、ユーリアは肩を震わせながら笑い声を漏らした。

「駄目ね……。抑えられないわ、昂揚が」

 破顔しながらも、ユーリアは通信を《ヴァイス・フローレン》と《シュヴァルツ・フローレン》に開き、自分と同じように笑い声をあげているジークリートの声を聴き、ぞくぞくと背筋を震わせる。

『あははっ♪ 潰れちゃえ潰れちゃえ潰れちゃえ! みんなみんな、私とシャルとユーちゃんを虐める奴は、みーんな潰れちゃえ!!」 

 幼い少女の高く澄んだ声が、まるで狂ったかのように笑い声を響かせながら、時折殺意に満ちた言葉を吐き出す。スラム街で初めて会った時の情景を思い出し、ユーリアは思わず、ジークリートの感じている歓喜を想像し、その感情を共用したいとさえ考えた。
 しかし、その歓喜は虐げられた少女にのみ許される歓喜だ。虐げられ陵辱され、底辺を垣間見たからこそ感じられる、同じ境遇に陥った者しか共有できないものだ。そしてその感情を共有すべきシャルロッテは―――。

『リート。潰すなら、丁寧に潰してね』

 くす、とユーリアは小さく笑う。オルガが懸念していたような恐怖に押し潰されるという事態ではなく、むしろその逆。二人は、弱者を虐げることを喜んでこなしてくれている。
 なら好都合だと、ユーリアは通信を部隊全体に行き渡るようにチャンネルを変えながら思った。あの双子は私が育て、私の子にしよう。そしてあの二人が望むのであれば、私と共に死なせよう。
 望まなければ、持ち得る富全てをあの二人に与えよう。戦闘に歓喜の味を覚えてしまったら、もう後には戻れない。最愛にして最高の理解者が、これで私にはできたのだ。もう思い残すことなど無い。

「各機、このテコアを地図から消すわよ」

 死ぬ準備は出来た。あとはもう、私を殺す者が現れるまで、快楽と歓喜をただ貪るだけ。
 操縦桿を握りしめ、幼い少女と困惑気味の女、そして寡黙な男と、苛立たしげな男の了解を聞きながら、ユーリアは人生最高の幸福を得たかのように、満ち足りた笑顔を浮かべていた。






投稿者:狛犬エルス
登録タグ:小説 狛犬エルス 読み切り
最終更新:2013年01月01日 00:49