彼らは盲人のように、ちまたにさまよい、血で汚れている。だれもその衣にさわることができない。
旧約聖書 哀歌 第四章第十四節
イル・シャロムの東に位置する丘陵地帯は、まるで地獄がこの世に現れたのかと思いたくなるような様相を呈していた。
草花は地面と共に抉られ、オリーヴは火炎と爆発で跡形もなく、動物たちはどこかへ逃げ去り、今は人間の焼けた臭いと、爆薬の臭いが立ち込めている。
丘から見下ろすイル・シャロムからは黒煙と火炎が上がっており、サイレンの音や爆発音、発砲音などが絶えず木霊して丘まで響いてきていた。
朦朧とした意識の中、
ナイト=レイヴンは一度ダウンしたシステムを無理矢理再起動させ、パイロットスーツの気密維持装置と生命維持装置がどちらも稼働していることを願った。
一度システムがダウンしたということは、それだけの甚大な損傷を受けたと言う事だ。コクピット内部に有毒ガスなどが入り込み、中毒死するのだけは嫌だ。そんな死に様じゃ死にきれない。
ナイトは鉛のように重い身体を動かして、操縦桿を握り直し、ペダルに足を置き、バイザー越しにメインディスプレイを視界に捉える。焦点が定まらないのは、脳震盪のせいか、それとも激痛のせいだろうか。
そしてACは、悲鳴をあげた。ひしゃげた装甲が可動部と干渉して擦れ合い、耳障りな金属音を発しながら各種起動灯が点灯し、立ち上がった。
左腕部は欠落し、結合部からは筋肉の筋のように太いパイプやコードが垂れ下がっている。装甲も所どころが壊れ、被弾した後は幾千とあった。
まるでゾンビのようなACのメインカメラが捉えたのは、戦場だ。数両の戦車型ACと、酷く損耗した三機の二脚型のACが、重火器を撃ち合い、喰らい付くような肉弾戦を繰り広げている。
「02―――インフィデレス、再起動に成功した」
『05―――ウァサ・イニクィタティス、こちらも再起動に成功』
『09―――フリアエ、再起動。戦闘、続行可能』
『06―――ウルトレス・スケロルム、両腕部破損。01、指示を』
蘇えったのはナイトだけではなかった。ディスプレイを見れば、膝をついて沈黙していたACや、地面に倒れ伏していたAC、両腕部を破壊されたACが、それぞれ再起動し、起動灯を光らせている。
戦車型ACはまだこちらに気付いていないなと、ナイトは自己診断プログラムが表示した警告を無視して戦闘モードを起動させながら状況を確認した。武装は右腕部に積んだものしかないが、至近距離でブーストチャージを叩き込めば、戦車型とはいえ―――。
『01―――アポスタタエより命ずる。03、04は私の直掩へ付け。残りの機体は当領域より離脱せよ』
湧き上がる戦意と戦闘シミュレーションを途切れさせたのは、第666戦術機動戦隊の長の声だった。熱情とは無縁の淡々とした声は、枯れ果てた泉のように無味乾燥で、低い響きを持つ。
ディスプレイの向こう側で彼の乗る二脚型ACは、戦車型の乱射するオートキャノンの弾幕を流れるような動きで躱しながら、貫徹能力に優れたスナイパーライフルを撃ち放ち、戦車型の履帯を引き裂いた。
横から別の戦車型が両手に持った榴弾砲から、大口径砲弾をばら撒くように投射するが、彼の機体には当たらない。機体の背面で高出力ブースターが光球を吐き出し、鋼鉄の兵器を左方向へと弾き飛ばしたからだ。
大地を抉りながら二本の足で踏ん張った彼のACは、左手のスナイパーライフルをパージし、ハンガーに吊るしていたブレードを持った。そして履帯を切断され機動力が大幅に低下したACに向け、突撃した。
履帯を切られた戦車型が迎撃にオートキャノンとカウンターガンを乱射し、濃密な弾幕が張られるが、彼にとってそれはただの障害物にしかならない。ハイブーストの煌めきが一度、そして不気味な暗紫色の炎が舞い上がり、終わった。
高出力ブレードであるANOTHER MOONにより斬り裂かれた戦車型は、胴体と脚部の二つに割れ、数秒置いて火を噴き出す。コクピット近くにあるジェネレーターが致命的な損傷を受けたのだ。炎は、パイロットを生きながら焼き殺すだろう。
『諸君、西へ行け。我らの目標は、逆襲である。心せよ、我が家族よ。
埋葬者は、墓には入れぬ。墓など要らぬ』
まるで部隊の滅びを謳うように、長は言った。スナイパーライフルを戦車型の胸部正面装甲に着弾させ、爆発反応装甲を剥ぎ取り、片手に黒き月光を携えながら。
長に続くように、両手に榴弾砲を持つ戦車型を屠ろうと03―――プセウドテイが突貫し、上下連結型ショットガンとガトリングガンの猛射を叩き込む。
弾幕に気圧され戦車型は後進し、肩部からHEATロケットの弾幕を張るが、03はそれを掻い潜るように回避する。
しかし、その勢いのまま戦車型のコア目掛けて膝蹴りを叩き込もうとした03は、ほぼ零距離で二門の榴弾砲の直撃を受け、跡形もなく爆散した。
『復讐するは我にあり。我らは死を司り、神罰を代行し、我らが主に背いた者を粛清する。行け、我が家族よ。背を向け、為すべきことを為せ』
ナイトは、他の隊員がそうしているように、ブースターを吹かし、アポスタタエに背を向ける。
ディスプレイには、それまで守ってきた都市があった。破壊され燃え盛る、忌々しくとも逃れられぬ、苦悩と汚辱と、細やかなる栄光と誇りを得た、イル・シャロムがあった。
この胸に走る痛みは何だと、ナイトは顔を顰める。糞尿に塗れて生き抜き、あのスモッグで霞んだ路地裏から不条理な世界を憎み、こうして戦場に立ちながら、昂揚を得るまでになって―――どうして胸が痛む。
答えの出ない自問自答を繰り返しながら、ナイトはACに前傾姿勢を取らせ、そのまま一気にブースターを吹かし、グライドブーストを起動させる。四機のACは散開し、追跡を免れるためにイル・シャロムへと向う。
夕焼けを受け赤く染まった丘から送られた最後の通信は、ナイトの耳朶に今もこびり付き、その前の04―――スピリトゥス・メンダキオルムの断末魔と合わさって、時折夢の中でナイトを苦しめる。
第7独立首都防衛大隊、第666戦術機動戦隊の長は、自らに背を向け飛び立った四人の部下に向け、最後に言った。
『神は我らと共に』
投稿者:狛犬エルス
最終更新:2013年02月06日 01:16