剣撃の音が響く。
 すれ違いざまの一撃は、その刃で白い装甲に包まれた脚部を深々と切り裂いた。
 だが。
「ちっ」
 脚部を切り裂かれてもバランスを崩さない相手を見、ルルア・シーベントは舌打ちを漏らしながら機体を強引に振り向かせ、引き金を引く。
 破裂音と共に銃口から吐き出された散弾が振り向こうとした相手の動きを止める。
 一瞬のすきに近くにあった構造物に足を接地、直後にブーストのスイッチを入れ構造物を蹴った反動とあわせて大きく距離を稼ぐ。
 体勢を立て直した敵機がモノアイかあるいはレーダーパーツなのか、ギョロリとした眼のような部位をこちらへ向けてくる。
 こちらを認識したか、身体ごと向き直ると装備された砲塔がルルアのファルケを捉えた。
「―――」
 しかしルルアは慌てること無くハイブーストを噴射、機体を横へ流すようにして構造物の影へと隠す。
 砲塔から吐き出されたレーザーはそれまでファルケが居た空間を撃ちぬいた。
 構造物を遮蔽として間を稼ぎながらルルアは機体をスキャンモードに切り替え現状を確認する。
「効いてないわけじゃあないが――効率は悪い、か」
 相手の状態をリコンから読み取り終えると、視点は上空へ向かう。
 ここまでファルケを運んできた大型輸送ヘリが、上空で待機しこの戦闘のデータを取っている。
 見えるわけがないが、その窓に上官のまるで貼り付けたような笑顔が見えたような気がして。
 ルルアは小さくため息をついた。





「………あー…………」
 手は動く。
 だが眼は死んでる。
「……………………………はあああ…」
 机の前に座らさせられたルルア・シーべントはぐったりと椅子にもたれかかった。
 深々と溜息をつくがそれで何がどうなるというわけでもない。
 ついつい手がとまり、ペンを置き、代わりに壁にかけてあるコートへと手が伸びる。
 ゴソゴソとコートの内側へ手を突っ込むと、愛用のソードオフショットガンを取り出した。
「………」
 そのまま手の中でくるんくるんと回しだすと、少しだけルルアの眼に光が戻る。
 トリガーガードに指を引っ掛けながら、しかし器用にトリガーを引かないようにくるくると回す。
 途端、周辺のデスクで作業していた面々が被害を恐れてそそくさと逃げ出すまでがいつもの風景である。
 周囲の様子に構わず、気分がすっきりするまでショットガンをもてあそぶと。
「…ふぅ」
 最後にショットガンをひとナデしてから膝の上に置く。
「……シーベント少佐?」
「…ん? ああ、ルナール中佐、何か?」
「周りの人達が仕事にならないから、デスクでショットガンを振り回さないようにと言いませんでしたか?」
 両手を腰に宛てて、まったくもう、と言いたげな表情でこちらを見下ろしてくるリュゼ・ルナールに言われ、ルルアは周囲を見渡す。
 回りのデスクに誰も人が居ないのを確認し、さらにその周囲に視線を向けると、遠くのスタッフから苦笑いを返されて。
「……失礼、つい無意識に」
「次から気をつけてくださいね?……そんなにデスクワークは暇でs」
「はい」
 即答した。
 一瞬リュゼの頬が引きつったような気がするが、ルルアは気にせず真顔で首肯。
 しばしの沈黙の後。
「ええ、っと……新兵器のテストがあるんですが、それのお相手なんて如何かと思いまして」
「構いませんが…」
 ルルアは戸惑う。
 この上官との付き合いは多いわけではないが、それでもお互いバンガード設立前から大佐の元に付いている。
 こちらの性質というか、使い道、というのも理解しているはずなのだが。
「新兵器とやらを破損してしまっては不味いのでは」
「ああ、その事なら。お互い実弾を使う以上、破損、損害は構わないということなので、むしろ全力でやっていただけると助かるみたいですよ」
「…そういうことでしたら」
 デスクワークに縛られたままよりはよっぽどマシか。
「ルルア・シーベント。任務、受諾しました」
「任務の仕様書はこれ、それじゃ、お願いしますね」
 敬礼したルルアにACに読み込ませるためのミッションディスクを手渡すと、リュゼは背を向けて立ち去る。
 手際よくデスクを片付けていくルルアの様子を苦笑いで見、ついで安心してデスクにつく周囲の面々を見。
「……そう、全力で。その結果、どちらかが破壊されても…構いません、けどね?」
 小声でつぶやき、小さく歪んだ笑みを浮かべた。





「思ってた以上に厄介なわけだが、さて――」
 装備を確認。
 事前に相手を確認できなかったため、念のためもって来ていたものが役に立ちそうだ。
「――ま、壊しても構わないといったのはアチラだ」
 右腕に備えていたブレードをハンガーユニットへ戻し、装備を換装する。
 射突型の連装ブレード――――普段使用している実体ブレードとは威力も使い勝手も違う。
 エラーがナイことを確かめると改めてリコンを射出、相手の機体が近づいてきていることを確認する。
 構造物を削るようなレーザー砲撃。
 その間隔を測り、リロードの隙を見切る。
「…これだから自律起動型は」
 獰猛に笑うと、機体の姿勢を低くしたままハイブーストを吹かす。
 直前に放たれたレーザーは構造物に阻まれ、次の瞬間には地を蹴って肉薄したファルケの姿がある。
 敵機のAIがファルケを捉え直すより先に構えたショットガンが、1度、2度と火を吹き散弾が直撃をする。
 衝撃を逃すことも出来ない敵機は動きを止められ、ファルケの接近を止めることが出来ない。
「これで」
 ターゲットは敵機のギョロリとした眼。
 そこに向けてファルケの右腕を振りかぶり、トリガーを引く。
「終わりだ」
 拳ごと射突ブレードの先端を叩きつけた瞬間、火薬が二本の『杭』を敵機へと撃ち込んだ。
 一瞬だけの衝撃が襲い、杭を引き抜いたのを確認すると敵機を踏み台に跳躍し距離を取る。
 残された機体は内部からの爆発にその身を震わせると、轟音を立てながらその場へと崩れ落ちた。
「……この程度か、つまらないな」





「…なるほど」
 ファルケを回収するために降下する輸送機の中、戦闘の結果にリュゼは納得したように頷く。
『如何です?』
「相手が悪かったですね。これなら突撃型とやらを頼んでおくべきでした」
『なるほど。ですがまあ、基本は突撃型、砲撃型のセット運用になりますので。今回は試験戦闘ということで砲撃型のみとなりましたが』
「ああ…それなら採用価値はありそうですね。二体一なら十分ACに対応できるハズ、ですが…」
 考えこむように人差し指で自らの唇を一度、二度と叩き。
「それでも、大佐は採用されなかった、と」
『ええ。残念ながら今回はご縁がなかったようで。<UNAC>のみを採用されました』
 UNACは確か――大佐お抱えの部隊の方で試験運用の後、正式に各部隊に配備される予定だと聞いた。
 確か、今日が初運用の模擬戦だといっていたか。
「勿体無いですね…戦力は多いに越したことはないと思うのですが」
『中佐は力をお求めですか?』
 通信相手――それも普段は問いかけなどしてこないような相手からの質問に一瞬面食らう。
 こほん、と聞こえないように一つ咳払いをしてから笑顔の仮面を貼り直す。
「ええ」
『何故?』
「…今日はやけに掘り下げてきますね。珍しいこともあるものです」
『ビジネス上必要なことならば努力は惜しまないのがモットーでして』
 にこやかな相手の表情を、似たような笑顔の仮面を貼り付けたままでリュゼは見る。
 しばしの沈黙の後。
「…私が欲しいのは『管理された秩序ある世界』です。それには争いを起こさないよう押さえつける『力』が必要でしょう?」
『―――なるほど』
 笑みに細められたままだった通信相手の眼がわずかに開かれたような気がした。
 その変化にリュゼが注視しようとした瞬間、手元の通信端末が音を鳴らす。
「…っと……失礼、呼び出しのようなので本日はこの辺りで――Mr.スミス」
『いえこちらこそ。またよろしくお願い致します、ルナール中佐』
 プツ、と音を立てて通信が切れると、ヘリのパイロットにファルケが回収されたのを確認し、帰路につくように伝える。
 その後、一時退出する旨を告げてリュゼは通信機のあるコックピットを離れた。


 コックピットから退出し、他に誰も載っていないキャビンへ移ると、鳴り続ける『バンガード正規のものではない』通信機を手に取る。
「…どうしました?」
『ご報告です、ラ・ダム』
 精悍ながらもどこか気弱さを感じさせる男の声に、リュゼは一つ頷く。
「お願いします」
『エクシーレが動くようです。所属のAC二機の他に、傭兵一名の雇用を確認』
「…目的は?」
『おそらくご想像の通りかと。作戦名は<Exodus>とのことです』
「…なるほど、報告ありがとう…本隊の動向は?」
『大佐は傍観を決め込むようで、バンガード本隊の動きは無いようですが…』
 リュゼの笑顔にわずかにヒビが入り、不満の色が浮かぶ。
 支配下から逃げようというものを逃してどうする――それを許せば、それだけ支配を受けないものが増えるではないか。
「そう、ですか」
 ならどうする?
「…そう、ですね」
 むしろこれはいい機会だ。
 『第九領域』の支配者から逃げようとした者達がどうなるか、その見せしめになってもらおう。
「ならば、こちらで独自に動かすまで、ですね」
『…では』
「ええ」
 笑顔の仮面を外す。
 そして、その下から覗かせるのは獰猛な肉食獣の笑み。
「出番ですよ、猟犬達(シャッセール)」




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最終更新:2013年11月25日 17:31