文明と技術が以前よりも劇的に退化してしまったからと言って、人が空に向ける願望は潰えることはない。
現にこうして、俺は二基のターボファン・ジェットエンジンの轟きを聞きながら操縦桿を握り、雲の中を計器にのみ頼って飛行しているのだ。
チタン製の装甲に囲まれ、半球形のキャノピーで密閉されたコクピットにこじんまりと座りながら、バンガード戦闘航空隊のジョン・レオーネ少佐は酸素マスクの下でにやりと笑う。
サンバイザー付のヘルメットに酸素マスクをした格好はまるでサイボーグのようで、ところどころか奇妙に膨らんだオリーブドラブの対Gスーツと合わせれば、パルプフィクションに登場する悪の手先のようにも見える。
ただレオーネはヘルメットと酸素マスクを脱いだとしても悪役のような容姿をしているため、身に着けているものは彼が人間かサイボーグかを選別する要素に過ぎなかった。
計器類をじっと見つめる褐色の双眸は糸のように細く、身体は小さい割にがっしりとしていて、手足は丸太のように太い。筋肉で出来た砲弾だと整備員の一人が彼を指してそう言ったが、これ以上ないほど的確な表現だった。
ジョン・レオーネは豚のような背格好の持ち主で、まるで消火栓のような顔をしていたが、彼の勇猛果敢さと対地攻撃に掛ける情熱は〝あの〟大佐の色欲を遥かに凌ぐ。
退廃し衰退しきった大地を見下ろし、翼端の二か所のハードポイントに自衛用の短距離空対空ミサイル、残る九か所にありったけのレーザー誘導爆弾を引っさげ、細長い機首の先端に豚の鼻のような三十ミリガトリング砲の砲口が生えた〝サンダーボルト〟は、そんな彼に打って付けの兵器だった。
『―――無線封鎖解除。Sandy-Leader、こちらBronco。飛行計画に変更はない。繰り返す、飛行計画に変更なし。オーヴァー』
雑音混じりの声がヘルメットに組み込まれた通信機から流れだし、サンダーボルトのエンジン音に慣れたレオーネの鼓膜を震わせる。
右膝の飛行計画表をちらりと目視し、各種計器を見渡したレオーネは長く詰まらない静寂が終わったことに安堵し、これから始まるパーティのことを思いながら航空管制官『Bronco』へ言葉を返した。
「こちらSandey-Leader、飛行計画に変更なし。了解。オーヴァー」
『Sandy-Leader、引き続き飛行を継続せよ。計画に変更なし。Broncoアウト』
航空管制官からの通信が切れると、徐々にエンジンの奏でる音色が耳に戻ってくる。
キャノピーの向こうには雲が広がり、視界のほとんどは灰色一色だった。時折蒼白い閃光が煌めいたが、目が眩むほどのものではない。
計器飛行を継続しつつ、レオーネは深呼吸をして心拍を落ち着け、レーダーを見やり、僚機がきちんと編隊を保っているかを確認した。
レオーネの率いる『Sandey-Flight』は復元されたサンダーボルト四機で編成された攻撃機小隊だ。二機一組のエレメントを保ち、右前方にレオーネのエレメント、左後方にトマス・ヴィタリ大尉のエレメントという編隊を構成している。
レーダーに映る友軍機の反応は、模範的とさえ言えた。気流に飲まれることなく、雲の中を飛んでいる。
計器だけに頼って飛行する計器飛行は、車のダッシュボードだけ見て感覚で運転しているのと同じだ。密室の中、操縦桿と計器を頼り、盲目となって飛ぶ。
そんな状態でも編隊飛行を続けられる部下たちに、レオーネは感動した。イボイノシシ(ワートホッグ)だとか空飛ぶ豚(フライングピッグ)だとか言われるサンダーボルトに跨る男たちなら、こうでなくては。
「Sandey-LeaderよりSandey-Flight」
真っ赤な日焼け顔で酪農を営み、太い腕で若造を殴り倒す田舎の親父のような渋みのある声でレオーネは言った。
「パーティのはじまりだ。やっちまおうぜ」
地面は白で覆われ、山肌は尽くが凍り付き、灰色の染まったのっぺりとした空から、ふわふわとした雪がなおも降り続いているノーザス山岳地帯の一角。
バンガード特殊強化歩兵部隊所属のジョナサン・カーク少佐は、頭部を完全に覆っているヘルメットに組み込まれている望遠機能を使い、山肌に鉄杭を突き立てて建造されたノーザス要塞をじっと観察していた。
視界を阻害しないように造られたヘルメットは、頭頂部から左右のこめかみ、そして上唇までが丸みを帯びた防弾バイザーで覆われ、肘や膝などの可動部以外は艶消しの黒で塗装されたセラミック装甲が身体を防護しているものだ。
可動部に至っては防弾繊維などを何層も重ね、移動に支障のない程度に柔軟性を保持しつつ、最低限の防弾性を獲得した素材が惜しげもなく使われている。
また、この強化服には軽いパワーアシスト機能と、スーツ内の気密を保持する機能も備わっており、装着者であるカークの戦闘能力と相まって、古くから幾つもの逸話と伝説を建てる程に恐れられていた。
そんなカークではあったが、背後から向けられる殺気にはさすがに胆を冷やしっぱなしだった。こうしてノーザス要塞を眺めているだけでも、背後に控える
STCCの狂犬たちは、バンガード特殊作戦軍からやって来た強化歩兵に露骨な嫌悪を示し続けているからだ。
直前になって割り込むように作戦へ編入されたのは、たしかに何かあると思うに十分な判断材料だ。しかしながらと、カークは政府軍時代に記録されたノーザス要塞と、現在の要塞の武装配置等が完全に一致することを確認しながら、口元を歪める。
「何かがあるという認識で止まっていては、ただの忠犬止まりだ」
政府軍時代から特殊強化歩兵部隊に所属しているカークは、このノーザス要塞がどうして建造されたかを知っていた。
占領された当初は廃坑であったことや、要塞として建造するにあたって占領地の人間を強制労働させたことや、その強制労働で数十名が死んだと言うことも、すべて記憶している。
そして、そこまでして政府軍がこんな僻地に要塞を建造したのは、発掘された〝プロメテウスの火〟と呼ばれる大量破壊兵器の解析と保管のためであり、施設が放棄させ、武装集団に占拠されてなお、その火はここに眠っていることも――。
『雇われておいてこう言うのもなんだが、指揮系統がころころ変わるのは、こちらとしても混乱するので止めて欲しいな』
ふいに鼓膜を震わせた通信に対して、カークはまず舌打ちを返し、今回の作戦のために雇われた傭兵――マウに返答する。
「こちらとしてもこれっきりにしたいが、派閥争いや思想の相違による闘争は、我々兵士にはどうすることもできない」
『ふむ。STCCとバンガードの関係がはっきりしないのだが?』
「バンガードが飼い主で、STCCは首輪で繋がれた犬だ。鎖の伸びる範囲にあるものは、すべて噛み潰してから考えを巡らせる狂犬だがな」
皮肉ぶった物言いでカークがくつくつと笑う。しばし静寂が流れ、カークは望遠を切って振り返ると、偽装用のネットを被った四脚型ACを見遣る。
無骨な機体が、凶悪な高速徹甲弾を発射するスナイパーキャノンを展開し、じっと物思いにふけっているかのように制止しているのが見え、同時にその付近にいるS.T.C.Cの士官が数名視界に入った。
装備も武装もバンガード歩兵部隊とほとんど同じで、違うのは突撃銃のカスタマイズくらいなものだろう。
『つまり……』
「その先は自分で考えるんだな、雇われ。我々も暇じゃない。いつ何時、どこから撃たれるか分からないんだ」
手に持つ7.62mm×51弾仕様のマークスマンライフルの安全装置を解除しつつ、カークは時刻を確認し、マウが次の言葉を吐き出す前に言う。
「時間だ。敵要塞陣地に存在するすべての対空兵装を破壊しろ」
『――了解』
偽装用ネットを左腕で振り払い、右腕のスナイパーキャノンを構え、後ろ脚から射撃安定用のアイゼンを展開。アイゼンを地面に撃ち込み、完全な狙撃体勢へ移行したACが、第一射を撃ち放とうとその方向を上下左右へ傾ける。
連装対空砲と射程の長いロケット砲台、撹乱用のフラッシュロケットに垂直発射型ミサイルが最優先目標であることは、事前に通達済みだ。いくらサンダーボルトと言えども、ある程度の防空網を構築した堅固な要塞を前にしては、手出しができない。
全身が震えるほどの砲声と共に第一射が放たれる中、カークは足元に三脚で固定してあるレーザーマーカーを起動させ、航空部隊に爆撃位置を知らせる。しかしながら、敵は要塞であるため、このマーカーは第一波で使用するだけだ。
「Kilo41よりJuliett47、Sandey-Flightへ連絡。目標要塞陣地は現在攻略中。待機せよ。なおレーザーマークは敵大型複合砲台。視界は劣悪。降雪あり。第一次攻撃はレーザー誘導爆弾による爆撃。オーヴァー」
『Juliett47、復唱。Sandey-Flightへ連絡。目標要塞陣地は現在攻略中。命令あるまで待機。レーザーマークは敵大型複合砲台。視界は劣悪。若干の降雪あり。第一次攻撃はレーザー誘導爆弾を使用せよ』
「復唱、了解。Sandey-Flightへ送れ」
『Juliett47、了解』
背後に控える通信車両、Juliett47との交信を終え、カークは続けざまに響くスナイパーキャノンの砲声と、それに続く衝撃波に打ちのめされながらも、分厚い雲の中を漂う4機のサンダーボルトの姿を見ようと、ふっと空を見上げる。
しかしながら、空を覆う灰色の雲は厚く、鋼鉄の翼を広げる獰猛な攻撃機の姿はちらりとも見えはしなかった。
ジョン・レオーネ少佐は友軍から誘導指示を受け、闘志に燃えていた。突然舞い込んだ地上攻撃命令だとしても、レオーネにとってそれは至福の時が過ごせると言うことでしなかった。
レオーネはこのチタンに囲まれたバスタブのようなコクピットに座り、味方機に誘導されながら指示された目標を完全に粉砕することこそが、真の征圧者であり、征服であると盲信的に信じている男だ。
例え粉砕する目標が歴戦の兵士であろうと、純粋で処女の女であろうと、まだ生後間もない赤子であっても、彼は征圧し、征服し、すべてを見下ろして飛び去る鋼鉄の怪鳥であり続けるだろう。
だからこそ、レオーネはこうして攻撃機に乗り続け、嬉々として任務を遂行するのだ。一度の掃射で破壊できないのであるなら、二度。二度の掃射で破壊できないのなら、三度。それでも破壊できないのなら、壊し尽くすまで何度でも喰らい付く。
『Sandey-Flight、こちらJuliet47。目標要塞陣地の攻略に成功。レーザーマークへ水平爆撃を開始せよ。爆弾投下数は各機二発。繰り返す、水平爆撃。投下二。オーヴァー』
「こちらSandey-Leader、水平爆撃、投下二、了解。オーヴァー」
『Sandey-Leader、良い狩りを。Juliet47、アウト』
かくして傭兵は舞台の幕を上げ、監督は鋼鉄の空飛ぶ豚を送り出す。ここからが本番、舞台の見せ場だ。
2000ポンドの誘導爆弾が地面ごと敵を粉砕し、30ミリ焼夷徹甲弾と焼夷榴弾混成の砲弾の雨が、装甲目標や軟目標を完膚なきまでに痛めつける。
地表は抉られ装甲は貫かれ、そして人間はまるで枯葉のように舞い散り、その四肢の尽くを千切られながら数十年の人生に幕を下ろす。
それでも猪は吠え続ける。腹に抱えた怒りの限り、戦いへの渇望の限り。
最終更新:2013年11月23日 15:12