なんてこった。
一足遅れだったらしい。目標地点についたころには既にACと敵勢力との戦闘が始まっていた。
戦闘を行っているACは一機。対するミグラントは戦車と航空ユニットがわらわらといる程度。
蟻と戦車の対決。否、それ以上の差異がこの両者には決定的に存在している。
遠巻きに見つめる戦いは無駄のないものだ。遊びを感じさせない動き。
実際の所、ACの側が遊んだ所でやられるという事はない。それこそ奇跡でも起きない限り。
そして奇跡は当然のごとく起きなかった。墜落する航空ユニット、爆散する戦車。
カメラのスコープを最大にする。おぼろげながらにようやく見えたのは二つの点。
一つはACから見えるもの、もう一つは地面にあるもの。どうやらACのパイロットが外に出てきたらしい。
気密性の高いパイロットスーツを着込んでいるとはいえ、好き者だと思った。
砂漠地帯は特に汚染レベルが高い。外は黒い埃らしきものが常に舞っているのだ。
今現在、搭載している汚染測定器は正常レベルを示していた。それでも外に出たいとは思わない。
この真昼間、それもめずらしく雲一つない晴天の中、太陽光線の照射を浴びるなど正直勘弁してほしい。
あれは暑すぎる。ただでさえ、この機体は冷房の効きが悪いってのに。
自分の事はいい。ふと見れば地面にいる点がさっきから動かない。ACを見て逃げるでもなく、かといって抵抗するでもなく。
まぁ無理もないだろう。ACが目の前に出てきて、冷静で居られる奴なんてきっといない。初見ならもっと無理だろう。
しばらくの間、ACのパイロットと地面にいる人間が見つめ合っていたように見えたが、パイロットらしき点がACの中に消えた。遠くからでも目につくブースターの炎が焚かれるのが見えた。
パイロットはどうやら普通の人間だったらしい。破壊と殺戮に頭をおかしくされてる奴ならきっと有無を言わさず射殺か圧殺されてたろうな。
ともあれ、あの分なら地面で静止している人間は助かるだろう。自分が受けたはずの依頼を再確認した。
……禍根が残っているような気はするのだが。いや、案外アレでいい加減な性質かもしれん。復讐など今日日流行じゃあない。そういうのはやり捨てられている。
何にせよ拾った命をすぐに使い捨てるような命知らずとも思えない。そういう奴はただの破滅主義の死にたがりだ。
そんなことを思いながら、再び依頼内容に目を通す。一番下をみた。ん、なんだこの文字。
―依頼を受諾しますか? [YES] NO―
ちょ、おま―――何という事だ、依頼を受諾したと思っていたら、受諾画面で止まっているじゃないか、どういうことだ。
思わず機器がぶっ壊れたんじゃないかと機器を叩く。大体斜め45°程から殴ればいい。いやいや待て待て落ち着け落ち着け。
それをやって前にも機器をぶっ壊したのを思い出せ。ソレやって成功した試しなんぞ一度だってないんだ。おk? おk? OK、落ち着いた。
このところ碌に眠っていないせいか、頭の冴えが悪い。早く快眠を得るために眠ろう、そうしよう。
ん? 待て。碌に、眠って、いない?
しまったぁぁぁぁぁぁぁ!? まさかの寝落ち? 寝落ち? 寝落ちなのかッ!?
なんて締まらない展開だ、この野郎! ふざけんなよ、依頼受諾画面でほっぽって寝ちまったら意味ねーだろーが!
一足遅れ以前に依頼受諾すらされてねーじゃねーか!? おかしーと思ってたんだよ、幾ら俺がFランだからってヘリもトレーラーも寄越さないなんておかしいんだ。
まさかの徒歩移動かと思って、AC動かしてこの揺れで思わず吐きそうになったのを必死に耐えて、耐えて、耐えきれなくて機外で吐いてから、戻って、それで。
それでこのザマかよ―――。
神よ、ってーかくそったれの神様よ。お前笑ってるだろ、ぜってー笑ってるだろ!?
とんでもないイージーミスである。冗談じゃなかった。ただでさえ楽勝な依頼だったというのに、これでオジャンだ。涙が出てきそうになった。
久しぶりの飯が、ふかふかのベッドが、遠のいていく。嗚呼、嗚呼、飯、ベッド、飯、ベッド。蜃気楼のように掻き消えて行った。畜生め。
熱っ!? 突然冷房から熱風が吹き荒れた。どうやら長距離移動(えんそく)のツケがここに来てやってくる。どんだけついてないんだよ。
冷房を切る。このまま熱が充満していったら俺が蒸し焼きにされてしまう。このままだと数週間前に食ったギョーザの中身と同じように火が入っちまう。
クーラーボックスにぶちこんでいた水に手を付ける。ペットボトルの蓋を開け、ごきゅごきゅと喉を鳴らして飲み干す。温い水だが機内温度を見れば十分冷たく感じる。味も変じゃない、腐っちゃいないだろう、たぶん。
この世界の水の値段は意外や意外。恐ろしいほどに安い。下手な弾薬一発買う金でその気になれば一か月程度は生きていける水が買える。水の質を問わなければ、だが。
水をろ過する技術はあれど、この世界の水の潜在的な汚染は相当なものだ。第9領域に限らず、何処へ行っても綺麗な水が飲めるのは限られた人間だけ、というわけだ。
つまり破格のように見える値段も長い目で見れば高すぎる金額だった。もっとも今日を生きなきゃ明日はないのだ。長い目で人生を見つめる余裕を持てるのも贅沢が出来る人間の特権だ。
このところ碌に飯を食っていない。水があれば人間生きていけるというのは本当だった。何しろ今実践しているのだから。
いや、本当はこんなこと実践したくなどないが、そうせざるを得ない生き方をしているのだ、止むを得ん。死ぬよりもましだ。
何度も言い聞かせる、死ぬよりまし、死ぬよりまし、死ぬよりまし、死ぬよりまし、死ぬよりまし、死ぬよりまし、死ぬよりまし。
これを聞いている奴がいたらきっとこう思うだろう。頭がハッピーな薬中だなって。否定はしない。むしろ水の中の汚染物質で脳みそまでおかしくなっているかもしれない。
とりあえず帰路につく。もっとも俺に帰る場所はない。何処かの街に寄るだけだ。身を寄せる場所が帰る場所。故郷もガレージも望めない。あるとすればこの砂の下に沈んでる奴らと同じところだろう。
砂からわずかに見える兵器の残骸。
ノマドのものとも、政府のものとも、あるいは名も知らぬミグラントのものともしれない残骸。
ここは墓場だ。土葬でも火葬でもない。これでは風葬だ。さらし者にされて最後には砂中に埋められる。
いや、もう一つあった。
回収屋(ハゲタカ)共に肉を剥がされ、内臓を抉り出される鳥葬。無論、そんなことをされるのはACなのだが、あの姿が自分の未来の姿を見ているようでならない。
あんな死に方は御免だ。名誉ある死など望めない身の上の人間にとっては、死というものほど恐ろしい物はないのだ。死を見続ければ感覚がマヒするというのはまったくの嘘っぱちだった。
騎士や名誉ある戦士達は死に夢を抱くらしい。理解しがたい感情だ。彼らは最初こそ俺たちのような底辺でも一度幸福を掴めば、俺達とは雲の上の存在だ。
つまり俺達のような観念を捨て去ってしまった人間だ。そういう人間になったらもう、死は怖くなくなるのだろう。
相容れない人間観を持った奴らの存在を脳内から吐き捨てた。ああいう輝かしい人間と言う奴を見ていると、自分の中のどす黒い何かが沸騰しそうになる。
とにかくここを離れよう。ここにいるとおかしくなりそうだ。機器はまだ動いている。早く何処かの市街に行こう。このまま冷房が壊れていては仕事にならない。
とにもかくにも、既に別の傭兵が仕事を終えた戦場だった場所から離れた。
市街にいく道すがら輸送ヘリを見かけた。自分とは逆方向に通り過ぎて行った。
所属を示すものはなかったが、おそらくはこの依頼のクライアントであるOVAのヘリなのだろう。
どうやらあの砂漠施設のおそらく唯一の生き残りは助かったわけだ。
だからなんだ、という話だが。別に自分が助けたなら多少喜んでもいいのかもしれないが。
余計な思考を放棄して、市街への最適ルートを出す。まっとうな傭兵ならこんなことしなくてもいいんだろうなぁ、と思いながら砂漠の砂を踏み抜いて行った。
(投稿者:ナグツァート)
最終更新:2013年11月27日 04:32