「お、お願いだ。これは違う、違うんだ」
 両手両足を拘束用のバンドで縛られた、名もなき小さな集落の取り纏め役である若い男は、自分の話を聞かせようと必死に弁明をする。それは意味のないものだった。
 拘束された男性の眼前に、一人の男が立っていた。中肉中背の体格に伏目がちな目つき。AC用パイロットスーツを着ている彼の首元には、朱色のマフラーが巻きつけられていた。
「素晴らしい言葉だねぇ」
 悲鳴と爆音、銃声が轟く中、パイロットスーツを着た男性――クラフティは芝居がかった口調で両手を叩き、称賛する。
 銃を持った歩兵たちが、殺気立った表情で路地に逃げ込んだ集団の後を追う。。
 陣形を組んだ複数の高機動型機甲兵器が、逃げ惑う人々を無慈悲にレーザー弾で焼き尽くす。
 ガトリングガンを持ったACが、手当たり次第に建築物へ砲弾を掃射する。
 男の言葉は、無意味だった。
「カストリカ同盟の傘下に加わりながらも、バタリア勢力の受け入れはちょっと不味いんじゃないかぁ。あの『インロードシティ』のことがあるだろに。ま、君個人が勝手にやったことではないと知っているがねぇ」
 クラフティはまるであざ笑うかのように、拘束された男へ近づき、周辺で行われてる行為が無益であることを告げる。
「し、知っているのなら、あれは――あなたと同じカストリカ同盟に頼まれたんだ。信じてくれ、名前は確か――」
 男はこの原因を作った人物の名を口にする手前、クラフティは腰に帯びていたガンホルスターから自動拳銃を抜き、トリガーを引いた。
 男の右太腿に銃弾が貫通。男は、激痛のあまりにその場でじたばたともがき苦しむ。
「分かっているんだよ、そんなことは。小賢しい、あの作戦本部のやり方だ。バタリアに関する情報を『ギブアンドテイク』で提供しようとしたんだろう」
 クラフティはうつ伏せになって倒れている男の後頭部をブーツで踏みながら、喋りだした。
「それに伴う、この領域内におけるバタリア勢力の突出と、カストリカ同盟との融和が気に入らない。だから潰す」
 ブーツで押さえつけている男の後頭部に、クラフティは拳銃の照準を合わせた。そして、銃声が鳴り響く。
「こちらデルタナイン。隊長、報告があります」
「ん、どうしたんだ」
 片耳に差し込んでいたインカムから、歩兵部隊による通信が入る。クラフティはホルスターに拳銃を仕舞いながら、デルタナインが行動している方角へ顔を向けた。
「座標17259の倉庫群から、バタリアがここで活動するのに必要な物資を発見。分解済みのACが約五機分、こちらで確保しています」
 それを聞いたクラフティはすぐさま、無線チャンネルをオープンにして、全部隊に通告を開始する。
「こちらクラフティ。バタリアの物資が座標17259にて発見。全歩兵部隊は座標17259に至急向かえ」
 すぐに各歩兵部隊から了解の意を持つ言葉が返ってくる。それを聞いたクラフティは、ざっと辺りを見回した。
 既にこの集落は壊滅する一歩手前だった。あと二時間もしないうちに、ここは廃墟となる。誰一人存在しない、廃墟に。それまでは、この混沌とした「音楽」を聞くのも悪くはない。
「それにしても、ざっと計算して500万Auは堅い」
 仮にバタリアの勢力がここを拠点として活動する際に必要な物資量は、先ほど壊滅した部隊から計算して――数百万Auに匹敵する物資量だろう。それに、ACも加われば500万以上は堅いとクラフティは計算する。
 そうとなれば、今回の出費から差し引いても、「アレ」を作るのに充分すぎる。部隊の士気を上げるために、全員にボーナスをくれたってお釣りが出るだろう。
「他人のヤマをかっさらうってのは本当に気持ちがいいな。ま、近日中に『主都』へ強制召集だろうけど」
 自虐的な笑い声を、クラフティはあげる。自分にとって好都合なことをしてくれた男の頭を踏むのをやめて、クラフティは踵を返す。
「さて、こっちも仕事をするか」
 気怠そうに右肩を回しながら、クラフティは歩き出す。百メートルほど離れた先に、一機の四脚ACが待機状態となっていた。
 そのACの右肩部にはカストリカ同盟であることを表す、鳥のイラストが描かれていた。その下には、「カストリカ同盟第三種混成機甲部隊」の頭文字が刻まれている。
 クラフティはそのエンブレムが刻まれている愛機「コントロール」の手前で立ち止まった。
「大佐、貴様に刻まれた古傷が未だに疼くんだよ」
 パイロットスーツで隠れた、右肩の傷をクラフティは左手で掴むようにしながら呪詛を漏らす。バンガードの代表であり、この第9領域に争いという名の火薬を起爆させた男――大佐。
「あのとき」に負わされたクラフティの傷は、未だ疼いている。
 傷を負わされ、満身創痍の中、たった独りで荒野を彷徨っているときに決意した。大佐の野望――それを壊すために、自分という存在があるのだと。
 政府転覆を狙ったクーデターの際は、邪魔が入ってそれが叶わなかった。しかし、自分の目的と、カストリカ同盟が掲げる「第9領域の再統一」の目的――否、利害は一致している。そのおかげで、悪くはない待遇をもらっている。
「他の連中がやっているような、回りくどいことはしない。最短で、バンガードを叩き潰すやり方を私はやる」
 クラフティはほくそ笑む。この一件を足掛かりとして、バタリアへの敵対活動が活発化するだろう。そうなれば、漁夫の利を狙うバンガードの活動も目立ち始める。
「楽しみだなぁ」
 クラフティは右手で頭を押さえる。どうも自分は、嬉しいことがあると頭痛が出てしまうらしい。



「またアンタか。物好きだねぇ」
 老眼鏡に、動きやすいジーンズやジャンパーを着た初老の女性は「来客」を見るなり、少し皮肉じみた言葉を投げかけた。
「物好き、ですか。ははっ、これは面白いことを言う」
 来客――朱色のマフラーを首に巻きつけ、AC用パイロットスーツを装着したクラフティは笑いながら、女性と肩を並べた。男は伏目がちなその視線を、百メートルほど離れている「光景」に注がせる。
 無機質な鉄製のガレージという空間。忙しく動く整備員。そして、フックハンガーで牽引されている歪な兵器――「オーバード・ウェポン」。
 マンションやビルに用いられる「支柱」の中身を、アーマードコア用接続デバイスが無理やり埋め込まれたそれを、男は眺める。
「『三大勢力』のエリアに知り合いが居てね、そいつに教えてもらったんだ。まぁあんたのことだ、もっとバリエーションが欲しいんじゃないかなって勝手に作らせてもらったよ」
 クラフティの隣にいる初老の女性――自称、「何でも屋」と称する彼女の言動に、思わずクラフティは笑ってしまう。
「ははっ。まさにその通りですよ。それにしても、これほど歪なオーバードウェポンは初めて見ます」
「マス・ブレード。支柱を即席の近接武器にしたっていう噂を又聞きしたミグラントが、作ったものらしいわ
「何でも屋」は自慢げに腕組みをしながら、マス・ブレードの開発経緯を述べる。
 法外的な料金にさえ目を瞑れば、この「何でも屋」はどこらともなくAC一機分を作り出し、挙句に「オーバード・ウェポン」の製作あるいは輸入もしてくれる。
 クラフティは彼女の仕事振りに満足し、踵を返す。
「代金は締めて400万Au。ところで、クラフティ。あんた、どっからこいつを作れるだけの金を持ってきてるんだい」
 何でも屋の女は、踵を返して立ち去ろうとしているクラフティに「いつもの質問」を投げかける。
「明日中に金を手配させる。金の出所だが――あまり知らない方がいい」
 クラフティのいつもの返事を聞いて、彼女は肩を竦めた。






登場人物
最終更新:2013年12月17日 08:05