【オーダーミッション】対AC演習【No.030】CASE1「彼女の土産」


難易度: E
依頼主: 海兵隊
作戦領域: BURIED FACILITY
仮想敵戦力: 海兵隊通常部隊
作戦目標: 仮想敵戦力の撃破
特記事項: 弾薬、修理費用の全額免除 模擬弾使用
概要:
ACを保有するミグラントに協力を願う。
内容はごく単純だ。我々の用意した部隊と戦闘してくれればいい。
ACとの実戦を積み、通常戦力でACを撃破することができれば、イル・シャロム解放も絵空事ではなくなるだろう。
今回の演習は、そのための一歩だ。
双方ともに、良い経験となることを期待している。



「イル・シャロム解放ね……侵攻じゃないの? 」

 ディスプレイに写された依頼文を見ながら、ソファに座った女性が呟くように言った。頬杖をついて、気怠そうな様子だ。

「侵攻じゃ大義名分にならないだ。そうであっても、そうは言えないさ」

 向かいには男が足を開いてソファに座っていた。
 男と女の関係は、ただの取引相手に過ぎない。男は、女に向いている仕事を回したいだけであるし、女の方は男のコネクションを利用したい。それだけのwinwinの関係でしか無く、あくまでもお互いにドライな取引相手の一人に過ぎない。そのはずである。だから、彼女は、取引でやたらにフレンドリーに接してくる人物は、苦手であるし、自然と警戒するようになってしまっている。

「そりゃそうでしょうね。政治はあまり明るくないけど、軍事政権が入れ替わるだけでしょうね。そもそも、例え通常戦力でACを撃破できたとしても、ミグラントのEランク相当ってことでしょ? 」
「ま、そういうことだ。で、おじさんからのお使いがてらに受けないか? 丁度Eランクだ。実際問題、傭兵だけに専念すればCランク相当ってところだろ? 余裕じゃないか。ちょっとした旅行だと思えばいいさ。旅行は人を成長させるとも言うし」
「専念したって、良くてもDランクよ。まだまだ実戦経験も少ないの。判っていて、そういう持ち上げるのはどうかと思うわ。私には通じないわよ」
「そりゃ失礼」

 にっと、男は笑みを浮かべ、女の方はさらにムッと仏頂面を浮かべる。

「で、どうする? 」
「本業と全然関係ないだろうけど、最近は本業が順調すぎて暇だから受けるわ。ビフレームにいるミグラント相手に営業ついでに旅行ってところね」
「そうかい。ちょっとした車旅行だな。ま、気をつけてね。おみやげに期待していいかな? 変わったクッキーがあるらしい」

 今度はニヤリとした笑みを浮かべ男に、女は小さく鼻から息を吐いた。
 女は、様々な相手と取引を数え切れないほどしてきたが、これだけ本質を掴めない相手は初めてであったし、仕事ぶりが頼れるということも痛感している。
 だが、商売人の勘は、付き合っていくべきと告げていた。



 ◇



 冷たく乾いた風が吹いている。砂混じりの風は身体にまとわりつく。自身でも気に入っているストレートの金髪にも砂が進入し、不快に感じ取られる。
 渓谷が広がっていて、浸食された谷は移動ルートとして使われているのか時折タイヤの跡が見える。岩の他には見渡す限りには黄色い砂漠が広がっていた。さらに遠方には工場のような施設が見える。いくつものタンクが並んでいる様子から、採油施設か何かだろう。既に人が使っている形跡はなく、さしたる価値もないようである。
 ビフレームの海兵隊は物資が不足しているという情報は、ミグラントならば誰でも知っており、それを目当てに訪れるミグラントも珍しくない。Eランクミグラントであるシャイロックとしては、情報収集を兼ねてそういったミグラントと接触をしたいところではある。
 傭兵として活動はしているとはいっても、むしろ、彼女にとっては傭兵は副業だ。本業はミグラント相手の金融業である。だから、傭兵としてのミッションはついでのようなものだったし、低ランク故に報酬も低い演習依頼程度でそこまで真剣に取り組む気もなかった。そう、現地に来るまでは。
 荒野の一角に一機のACが鎮座して、大型ヘリが着陸していた。
海兵隊の兵士が数名とやや離れて一人の女性が立っていた。シャイロックが、演習を行う指定の領域についてマップを見ながら確認している。だが、時々、兵士達の姿を盗み見ては、その目つきは鋭く険しく鳴っている。兵士達は何かヒソヒソと話しているようで、内容までは聞き取れない。だが、シャイロックに関して話していることは何となく判る。

(舐められているわね)

 Eランクの傭兵であり、さらに女性というのも相まって評価は低いのだろう。だが、そもそもとしてEランクの難易度にEランクの傭兵が来たのは自然なことのはずである。それでも、海兵隊の兵士達は、シャイロックを下に見ているようだ。傭兵としての活動自体は頻度も多くなければ、年数も短い。その上女性だ。
 シャイロックは、多くの女性がそうであるように、性別だけで下に見られることを嫌う。軍という性質上、男性社会ということを加味しても、それは受け入れがたい。ミグラントほど男女関係なしの実力主義社会はないとも思っていることもある。
 さらに言えば、本業である金融業も、借り手側が貸し手を舐めてくると商売どころではなくなってくる。若い女性だからと舐められないように、彼女は化粧は派手にして年齢を高くみせたり、熾烈な言動を繰り返して、恐怖のイメージを維持している。つまりは、全てが威嚇であり、不要な戦いを避けて稼ぐためだ。
 最も、言動に関しては元からそういった性格ではないかとも思われるのだが。
 だから、さほど本腰を入れて取り組もうと思っていなかったミッションだったが、見返してやろうという気持ちが芽生えるのも自然だった。挑発にのりやすいとも言えるが、その安い挑発でもシャイロックは、特別料金を払ってでも買い取るつもりだ。
 そして、マップと実際の地形との差異を細かくチェックし出していた。そもそも、マップがどの程度まで正確かどうかも判らない。施設の位置がまるっきり違うということはないが、老朽化した施設が壊れていることもあるだろうし、なにより周囲は渓谷が続いているが、砂漠でもある。風で地形が変化しているなど幾らでもあるだろう。だからこそ、実際に見ておくことで確認をしている。

(マップでは、採油施設は指定領域からはほぼ外れている。実際には、結構入っているわね。マップの精度は余り信用出来ないか。でも、もし、施設をずっと盾にしたところで、追い詰められるだけ)

 なにかを盾にしながら迎撃という籠城作戦は通じない。ならば、動き回り攪乱しながら一機ずつ撃破を基本作戦と決め、パイロットスーツの手首に装備された時計を見る。すでに、あちらと時間は合わせてある。もうすぐ、演習開始時間だ。
 マップを仕舞いながら振り返った。

「最後にもう一度確認するわ。ライフルとフラッシュロケットは模擬弾頭を使用。レーザーブレードとレーザーライフルはそちらが演習で使っている練習用を使う。最後に、弾薬と修理費は全額免除。間違いないわね? 」
「ああ、問題ない。そろそろ時間だ。やってくれ」

 担当者らしき軍人が事務的に応えるのを受けて、シャイロックはACへと搭乗し、軍人達はヘリでその場から離れていく。
 ACを指定の開始ポイントまでブースター移動させていく。

「変なところで意地張っても仕方ないけどさ」

 力みすぎないように、そして、頭は血が上りすぎないように、戦闘を前にして心を静めていく。自分が最良の戦闘が出来るように、精神のセッティングを整えていく。
 単純な操縦技術が優れているわけではない、かといって、戦闘での作戦が上手いわけでもない。だが、意地だけは負けるつもりはない。そこで負けるつもりなら、元からこんな商売をしていない。数ヶ月前に、先代シャイロックとして活動していた父から切り出された話を蹴飛ばせば良かったのだ。蹴飛ばして踏みつけて、踏みつけて、さいどにもう一度、力強く踏みつければ良かったのだ。

『作戦開始まで、1分前』

 男性オペレーターからの通信が聞こえる。
 既にシャイロックの乗るブラウン・ベスは開始ポイントまで辿り着いており、スキャンモードのまま待機している。ただし、作戦開始までリコンの使用禁止となっているので、それは守る。
 さぁ、来てみなさいよと周囲を睨み付ける。未だに演習相手の姿は見えないが、見渡せる範囲は指定領域の一部に過ぎない。

『3……2……1、スタート! 』

 シャイロックがブースター起動と同時にリコンを射出した瞬間、左側面から大きな衝撃が加わる。

「なっ」

 思わぬ衝撃に身体が強ばるが、一気にハイブースターによりその場から飛ぶように離れ、グライドブースターを起動する。かつてあったとされるライフルの愛称を機体名とするブラウン・ベスが駆けだしていく。旋回し、横方向へと流れながらスキャンモードで、衝撃の正体を確認する。遠方の岩の丘に周囲と同化するように黄土色に塗られた迷彩色のMTがいた。Szシリーズと称されるMTの一種だ。簡単に言えば、狙撃砲に脚を付けたようなものなので、移動可能な砲台として、第九領域ではよく流通しているMTの一種だ。
 MTが居ることは構わない。問題は、こちら側にスキャン禁止の状況だったというのに、開始と同時に攻撃してきたこと。否、本当に同時だったのかどうかも疑わしい。弾速が早いと言っても、引き金を引いたのがスタートよりも早かった可能性もある。模擬弾頭のため、実際に大きな損傷自体はないが、判定ではそれなりの損傷を受けているとディスプレイの片隅に示されている。

「今のおかしいでしょ! 」
『実戦を想定すれば、あり得る。続けてくれ』
(敵地のど真ん中で、スキャンもせずに突っ立ってるACが何処にいるのよ! )

 それ以上、言い返す気は起きなかった。ただし、一つの可能性が脳裏に浮かぶ。言葉は飲み込んで、狙撃型MTを警戒しながらグライドブーストで進んでいく。次の発射までのタイムラグがある、その隙に接近しての撃破を目指す。
 が、別の機影がとらえられる。戦車群とダッキー、防御型と呼ばれるMTだ。だが、防御型MTのその姿は見慣れたものではない。

「通常戦力ってよく言うわねッ! 吠えも出来ない去勢された駄犬どもがッ! 」

 通信は入れないまま、シャイロックが吐き捨てた。その防御型MTは射撃武器となっている左腕とカメラアイ以外をすっぽりと覆ってしまうほど大きなシールドを抱えていたのだ。特殊仕様なのかあくまでも、現地回収と言い張るつもりかは知らないが、通常戦力と言い張るには無理がある。だが、それだけ重量が増したMTは移動速度は遅いらしい。MTはジリジリと寄ってくるだけで、両者は互いに射程範囲に入っていない。だが、後ろの戦車群は連続的に砲弾を撃ってくる。
 ならば、そちらは後回しと判断を下す。
 ブラウン・ベスの両肩の兵器射出機構のカバーがせり上がる。狙撃型MTに向かってではなく、機体の進行方向に向かってフラッシュロケットが発射される。地表へと激突して閃光をあげていく。
 狙撃型MTは撃とうとしたのだろう、だが、発射可能となった時には、ブラウン・ベスは自らが放った閃光の中に隠れて見えなくなっていた。さらに、閃光の中から何かが飛び出していく。
 狙撃型MTは、狙撃砲を使う際は接地して機体を固定する必要があり、その際は攻撃に対して無防備になる。当然、フラッシュロケットの直撃には耐えられなかった。
 ブラウン・ベスは岩肌を何度も蹴っていき、狙撃型MTの眼前へと辿り着く。そして、左足のシールドが思い切りぶつかっていき、狙撃砲を根本からえぐれるように外れて飛んでいき、狙撃型MTはバランスを崩して倒れる。さらには狙撃型MTの脚を踏みつけていく。グリグリと踏みつけると、細い足が変形し、嫌な音と火花が散った。

『ブルー01行動不能判定』
「当然よ」

 オペレーターの連絡に、シャイロックが鼻を鳴らす。判定をしなくとも、行動不能である。何のために模擬弾頭や練習用兵器を使用しているのか判らなくなるブーストチャージであるが、初撃が頭に来ていたし、実戦を想定すればありえるのだから、文句を言わせる気はない。言ってきたら言ってきたで徹底抗戦の腹づもりである。

「潰してやる」

 倒れた狙撃型MTを後に、小高い岩の丘から飛び出していく。眼下のMTと戦車の混成部隊にフラッシュロケットを放っていく。シャイロック自身も、位置を一瞬見失うが、両手のライフルとレーザーライフルを一機のMTに向けて発射していく。
 しかし、シールドに阻まれるばかりでレーザーもライフル弾も阻まれる。
 通常の戦闘で、カメラアイをピンポイントで狙っての攻撃などまず不可能に近いのだから、仕方ないのだが、撃たれていく弾丸に違和感を覚えた。
 まず、ライフルの方は弾速が遅い。そして、レーザーライフルは、届く前に拡散して言ってしまう。何よりも、当たったというのに判定はほとんどダメージを与えていないと示される。そして、なんとも意味のない演習であることに気がつく。練度がどうこうというわけではない。
 その事に気がつく。
 機体が着地し、さらにグライドブーストで接近しながら防御型MTへと撃っていく。防御型MTの機数は3。ダッキーは5、戦車は10両以上。それらが展開する弾幕は、ブラウン・ベスへと当たっていく。だが、シャイロックは防御力任せに突撃していく。銃弾と砲弾が機体に当たり、火花が散っていく。被弾の度に、衝撃が伝わってくる。だが、ACはその構造上、背面以外からの衝撃ならばかなり低減され、特注のパイロットスーツを着用するシャイロックなら十分に耐えられる。
 だが、被弾を恐れずに向かっていくのは、Eランクの割には金がかかっている機体を信じているわけでも、そういった戦術を好むわけでもない。
 突き動かしているのは、意地だ。ただの意地でしかない。
 通常は、精神が強かろうと実力が伴わなければ何もなせないはずなのだが、そんな常識さえも躊躇せずに破壊しながら進んでいく。それは、彼女だからそうするのか、先祖代々ミグラントとして渡り歩いてきた血がなせる所行なのかはともかく、目標達成のためならば手段を選ばず進んでいく。
 再度フラッシュロケットが放たれる。当然MTの盾を破壊はしないのだが、強力な閃光はカメラシステムを麻痺させていく。対AC用に使われるほどの強力な閃光は、MTのカメラシステムにはさらに強力な障害を与えるだろう。そして、MT程度の操縦システムであれば、それは搭乗者の視力にも後を引くだろう。
 役立たずのレーザーライフルは虚空に放り出して、ハンガーのレーザーブレードに持ち変えた、停止状態になったMTの側面を切り抜けていく。練習用のため威力はほとんど無く、ただ、リーチと閃光だけは本物に似せてある。
 ブラウン・ベスは切り抜けたままハイブーストによって、採油施設を目指す。機体の方向は敵側に向けて、背面からの被弾だけは避けて施設の狭い隙間に強引に入り込む。左肩がビルにぶつかってのめり込んだところで停止した。先ほどから何度も続く衝撃は、シャイロックの身体に負荷をかけ続けているが、痛みは怒りで押さえ込んで、スキャンモードに切り替えて、敵の位置を再確認していく。
 斬りつけたMTの損傷度は、ほとんどダメージを与えていないと出ている。

「どう考えても、損傷度おかしいでしょ。 普通、機能停止しているわよ! ティータイムしながら、片手間に見ているのかしら? 」

 苛立ちを海兵隊のオペレータへとぶつける。

『判定はシールドで防がれたとなっている。あまり文句が多いなら中止する』
「そう。反バンガードの急先鋒で規律のしっかりしている名高き海兵隊ですものね。そんな間違いあるわけなかったわ。ごめんなさいね」
『そうだ。我々は全て公正に判断している』
(皮肉も通じない駄犬か)

 返答から相手が馬鹿犬であることを悟る。
 しかし、なんとなく思い描いたことは確認できてきた気がする。恐らく、あちらは演習を行った、その結果、通常部隊だけでACを撃破できたという事実だけが欲しい。それは、単に部隊の責任者が部隊育成の評価を挙げたいだけなのか、それとも、彼らが言い張る『通常戦力』がこれほどの戦力となっているのだから、『バンガード解放』の計画を進めるべきと主張するための既成事実作りか。そこまでは判断できないが、元からまともに演習をする気がないことは判った。
 あのようなMTはまず間違いなく機動性がなさ過ぎて実戦で使い物にならないし、狙撃するにしても、何かの合図があるまでACがスキャンもせずに立っているわけがない。
 そして、強硬というよりは無謀な行為が結果として兵士に死者を出すことも判る。別に関係も、人命第一の正義感も無いので咎める気は無い。
 相手に金を貸していて、返す前なら生かさず殺さずを貫くところである。
 だが、下らないことに巻き込まれたことには、さらに苛立ちが沸いてくる。

「本当に、性格悪い連中ね。作戦目標を達成してやろうじゃないの」

 性格について言うならば、歳が離れた兄ほど性格に難のある人物を知らないが、恐らく、あれに比べれば幾分かはまともになるのだろう。が、意地を突き通すために”お望みの”作戦目標を達成してやろうと決める。慎重派ではあるが、決めたら、実行は早かった。
 シャイロックは再度、MTの位置を確認し、それらが自身を包囲するように動いていることを確認する。左手の役立たずのライフルを捨てて、ハンガーのシールドに持ち変えた。TE属性体制型シールドが展開していき、四本の突起が威嚇するように突き出る。

「無茶苦茶にしてやるわ」

 通信でそう宣告する。
 Eランク傭兵にして金融系ミグラントたるシャイロック、本名ベアトリクス・ボールドウィンによる原始的な暴力のステージは開幕。
 カーテンは開き、ライムライトは彼女と機体だけを照らし出す。
 オーケストラは銃弾と金属音を派手やかに響かせていく。
 彼女以外の出演者全てがスクラップへと変貌していった。
 観客は、高い高い観覧券を買う羽目になった。



 〆



「おみやげよ。有り難く思いなさい」

 イル・シャロムにある『駒鳥の憩い亭』のカウンターにシャイロックことベアトリクス・ボールドウィンが座り、カウンター越しにマスターのジェイナス・“ジェヴォーダン”・ランスキーが頬杖をついている。ランチ時でもなく中途半端な時間帯のためか、客の数は少なく、店内全体がのんびりとした様子だ。
 カウンターに置かれたのはビフレームの露店で売られていた箱詰めのクッキーだ。パッケージを見る限り、平らなクッキーにMTが描かれているらしい。MTには地味に海兵隊のマークが入っている。海兵隊に関連するものということで、バンガードでは珍しいものだが、マスターの経験によると大体こういった土産物でおいしい物はない。不味い物も無いのだが、特別おいしいと思う物もない。そんな菓子を偉そうに突き出されても喜びずらい。
 渋々といった様子でマスターは箱をあける。袋入りのクッキーを一枚取り出すと、小さな紙片が隠れており、それだけを誰にも見られないように手の中に隠し、クッキーは戻して箱も閉じる。もう一度は開けることもないように思うので、適当に放置しておけば妹分が勝手に処理してしまうだろう。

「有り難く貰っておくさ。ところで、君はデレデレするときってあるのかい? 」

 カウンターの中で、几帳面に二つ折りされた紙片を広げながら、マスターが問いかける。

「意味がわからないけど、何? お得意のコーヒー占いか何か? それよりも、スコーンでもあるかしら? 」

 そう言って、ベアトリクスは態々自分で持ち込んだティーセットと茶葉で午後のティータイムとしゃれ込んでいる。ティーカップは金色で草木をモチーフにした模様が描かれて、派手でも質素でもなく、ただひたすらに上品である。ティーソーサーとティーカップも同様な模様があって、ただ上品である。

「はいはい、ユピテル! お茶請けになりそうなもの一つな」

 テーブル席で緑色の髪をした女性と、金髪のスレンダーな女性の二人組となにやら些細な雑談をしている妹に、マスターが注文を付ける。元気よく返事が来たところで、マスターはベアトリクスに向き直った。

「で、コーヒーが名物のうちに、わざわざティーセットと茶葉を持ち込んできたから、言うとおりに煎れてみたんだが、どうだい? 」
「不味い、40点。まだまだね。喫茶店って名乗る以上、次回に期待するわ」
「仕方ないでしょ、俺はコーヒーに人生の情熱の全てを注いでいるんだからさ。いっそセルフサービルで煎れて貰うか」

 マスターが大げさに天を仰いで、右手で目を覆う。だが、左手は紙片をポケットへと忍ばせる。それは、緊張感も違和感もない非常に自然な動作だった。紙片に書かれているのは演習で使われたMTの種類と、動作状況から推測されたパーツの状態や整備状態だ。シャイロックは本業からパーツを取り立てることもあり、ACでもMTでも、パーツの目利きは出来る方である。その情報は、直接戦闘をしただけで推測したというならば、それなりに正確な物だ。しかし、マスターがその情報を何に使うかまでは興味はない。というよりも、海兵隊の通常戦力程度の詳細を調べて、使いようがあるのかどうかである。ただし、そこまで踏み込む領域ではないと暗黙の了解がなされているだけだ。

「で、旅行にいっておいでなんて言い出したのは俺だけど、この”お土産”は本当に有り難く貰っておくよ」

 にんまりと微笑むマスターを見ながら、シャイロックはカップを置いて。

「その”クッキー”、普段よりも堅く焼けたそうだから、味は違うそうよ。そんな品質管理でよく売るとは思うけど」
「それは買う方も買う方じゃないか? へぇ。でも、材料は同じだろうね。そうそう、アーマードコアと、あのなんだったかな。戦艦だっけ? 」
「正確には大型ミサイル巡洋艦のデュオスクロイね」

 とぼけた様子で聞いてくるマスターに、ベアトリクスはさっと一瞥して言った。

「そうそうそれ。あれの形をした”クッキー”もあるらしいから、今度行ったら、たのもうかな」
「当分は行く予定は無いけどね」
「”車”で事故にあったからか? 旅先じゃトラブルがつきものというが、災難だったね。でも、修理費は全部相手が払ってくれたんだろ? 」
「ええ。挨拶先の”車”屋についでに修理に持ち込んだら、今後ともよろしくって印象が良かったわ。仕事ぶりも良質だから、ビフレーム絡みの仕事なら、良い付き合いが出来そうよ」
「だが、君ぐらいの年齢で乗ってるとは思えないほどのいい”車”だ。修理も高いだろ? 払ってくれた人には思わぬ請求額だっただろうね」
「あっちが悪いのだから、構わないわ。こっちとしては、偶然の事故で、新しい取引先ができたから、何も悪いことばかりじゃないし」

 そのような日常会話がなされているうちに、ウェイトレスがごゆっくりどうぞとアップルパイを置いていった。旅話で盛り上がっているように見えたようで、そそくさと二人から離れていく。

「そうかい偶然ね。ベアトリクスの由来は幸せの担い手だったかな? 良い名前をもらったもんだ」
「さぁ? 偶然よ。 挨拶にしては良い金額になっているだけよ。ただの怪我の功名」

 お互いに、ミッションとは別に目的があった。それぞれが、ミッションや傭兵を利用し合った。単にそれだけだ。だが、これで対等の取引が出来たようには、ベアトリクスには思えない。根掘り葉掘り問いただしたところで、真実を知ることも出来ないし、納得も出来そうにない。だが、金儲けが出来たならそれで構わない。金で解決できるなら、それでいいし、そうできるから金を信用している。

「そうかい。でさ」

 マスターは自分のために自分で煎れた最高のコーヒーを一口飲んだ。そして、自分でカップにお代わりの紅茶を注ぎ始めたベアトリクスに、にやぁと微笑んで、ゆっくりゆっくりと口を開いた。ベアトリクスは思わず、眉をひそめて紅茶を飲む手を止めた。とぼけた笑顔のようで、商売人の勘が油断するなと警告してくるように思えた。

「次はカストリカに行く予定は無いかな? 誰が食べるのか知らないが、最近は、丸くて、怖ろしくでかいお菓子があるらしい。食べてみた連中が言うには、蜂蜜よりも甘くて、食べるのにも一苦労だったそうだ」

 彼女は、渋くもないお茶で、顔を渋めた。


fin.


投稿者:ug
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最終更新:2013年12月22日 19:49