薄暗い廃墟の一角に衝撃音が響き渡った。ブレード状の増加装甲が植え込まれた脚部シールドが標的を粉砕し、飛散した強酸性の液体が装甲を少しずつ蝕む音が続く。白と黒が不揃いに塗装されたACは着地と同時に機体を半回転させ、左腕のライフルを連射してもう一つの標的を穴だらけにした。
「なあパトリオットさんよ、思ったんだけどね」
「何だ、JN」
「俺、この交差自治区に来たのは間違いだったんじゃないかってさ」
「そうか」
「この状況でそのフラットぶりとか引くわ。もうちょっと面白い反応とかあるだろ」
「そうか」
「あのさあ……」
やや距離を置いて鎮座する黒い車両型AC、《テンペスト》はオートキャノンの断続的な発砲を淡々と続けている。ミサイルは撃たない──撃てないのだ。
「しかしJN、それだけ動きながらよく当てられるな」
「俺、実はロックオンしてから撃つの苦手なんだよね。だから《エルミラ》使ってるんだけど」
「……ライフルとハンドガンを使う時はどうしているんだ」
「神に祈ってから、銃爪を引く。こんな感じ」
また一つ、地面に開いたダクト跡から這い出してきた塊にハンドガンの連射を浴びせ、間髪入れずにブーストチャージを叩き込む。うごめく塊──節足動物をベースにしたと思しき生物兵器──は無様に横臥し、柔らかな下腹に徹甲弾を受けて動かなくなった。
「なるほど。今更言うのもなんだが、チャージはやめた方がいい」
「知ってるぜ? でも《エルミラ》は温存しときたいし、《ヴァルドスタ》はいまいち火力ないしでさ、仕方ないんだよね。……あ、このクソ《プロヴォ》もう弾切れかよ」
《バッドカルマ》のハンガーアームが回転し、弾倉が空になった《アキギリ》を引き取ると同時に長銃身のショットガンをマニピュレータに預けた。
「機体構成を見直した方がいいんじゃないか──と、また来たか」
《テンペスト》が新たな標的にオートキャノンを撃ち込んでいく。この生物兵器の甲殻はそれなりに堅固だが、機関砲の連射にかかれば数秒でずたずたに引き裂かれる程度のものだ。FCSで捕捉できないという問題はあるが、圧倒的な弾量の前では大した事ではない。
「いや、長い事これでやってきたから他の構成にすると具合悪くてさあ。この構成になったのもそう昔の事じゃないんだけど」
「そうか。ならば勝手にするといい」
「というかね、俺が言いたいのはこの生物兵器とかいう代物はここに来るまでお目にかかった事がなかったって話だよ。こいつら何なの」
「知らん」
「あんたが知ってるとは思ってないよ俺だって。にしても《アモン》なんかとは全然違うから正直手間取ってる。どんだけ出てくるんだ」
「知らん」
「あんた、キャノンの残弾は?」
「……今、ハンガーに切り替えた」
《バッドカルマ》のカメラを向けると、《テンペスト》が惜しげもなく両腕のオートキャノンを投棄してハンガーアームに保持されていたバトルライフルに持ち替えたところだった。どう考えてもオートキャノンほどの火力はないし、しっかり狙わなければ当たらない事を考えると掃討効率はかなり落ちる。
「マジかよ。そろそろケツまくる算段した方がいいんじゃないか」
「かも知れん」
「悠長だねえ。援軍の当てでもあったっけ?」
「ないな」
「友軍は既に去り──」
JN──彼は“ジャイ・イェン”と名乗ったはずだが、いつの間にかその聞き間違いが定着していた──は何かを言いかけて不意に黙り込んだ。パトリオットは持ち替えたバトルライフルを撃ちながら怪訝そうに訊ねる。
「どうした?」
「いやあ、ちょっと思い出に浸ってたんだ」
「悠長なのはお前の方じゃないのか、JN」
「そう言われると否定できないな。おっと、来たか?」
《MBT》所属機が共有している回線にノイズが噛み、女性の声が入った。
「……こっちの仕事は終わった! あんたらもトンズラこいてよし!」
「諒解だ」
言うが早いか《テンペスト》は真後ろに向けてグライドブーストを起動した。後方に何があるかわかった上でのちょっとした曲芸だ。ワンテンポ遅れた《バッドカルマ》は必然的に生物兵器の群れの前に取り残される形になり、吐き出される酸の照準が集中しかける。
「あ、俺置いてけぼり? あっこらやめろマジで」
置き土産とばかりにショットガンとライフルを乱射しつつ、《バッドカルマ》も《テンペスト》に追随する。後に残されたのは、唐突に目標を見失って右往左往する巨大な節足動物の群れだけとなった。
「んで俺たちがかーわいーい動物の相手してる間、あんたらは何してたの。大した事じゃなかったらおじさん怒るよ」
「ハン? 怒っても結構だけど、相手はアタシだよ」
夕陽と投光機の白色光が作る複雑なコントラストの下、傭兵たちのACが並ぶ《マザー》のデッキの隅に転がる木箱をテーブル代わりに、幾人かのパイロットがマグやグラスを手に集まっていた。レスラーのような体格の女──ジェノサイドジェニーがウィスキーのボトルを直に呷ってみせると、挑発された男は肩をすくめてマグを傾けた。デッキの隅のそのまた隅、目立たない位置に座った小柄な男が口を開く。
「簡潔に申せば、引き揚げ作業でございますね。ビーハイヴから有益な品を持ち出そうという」
「ふーん。俺たちの役に立ちそうなものはあったのかね」
「あたしは技術的な事はわかりませんから、何とも申せませんなあ」
「アタシにもさっぱりだね。ACと同じくらいでかいものをいくつか引き揚げたけど、そのうちどんだけが役に立つやら」
「まーいいけどさ、また今度やるなら俺は引き揚げの方に回してもらいたいなあ」
「なんで? やっぱあの虫どもが駄目なのかい?」
「いやね、俺戦闘あんまり得意じゃなくて、探し物とかの方が好きなんだよね」
「JN、それじゃアンタなんでAC乗ってんのよ」
「色々事情があって仕方なかったんだよ。んで今となっちゃ他にやれる事もないだろ? 年を食うのはやだねえホント」
「まったくでございますなあ」
男二人──
アンドルーとJNが揃って笑い声を上げる。今度はジェニーが肩をすくめる番だった。その時ちょうどデッキの向こうから声がかかり、ジェニーは咆えるように返事をするとボトルを手にしたまま離れていった。JNはマグの中身を干し、ウォトカのボトルを取るとなみなみと注いだ。
「今日はよく飲まれますな」
「消毒だよ。そもそも俺はああいうタイプは苦手でねえ」
「ははあ、虫が駄目というのはあながち間違いでもありませんでしたか」
「形はどうあれ生き物だろ? あんまり殺すと罰が当たるよ。何度か当たった覚えはあるけど」
「それは災難でしたなあ」
「あんなもん作った奴の末路が知りたい。いや知りたくない。あーやだやだ。怖い怖い。人間、分をわきまえないと必ずしっぺ返し食らうんだよね」
「しかし、どの程度が駄目なのかは失敗してみない事にはわかりますまい」
「そうなんだよねえ」
それきり、会話は沙汰やみになった。一切に疲れた男たちは臨終のごとく沈み行く夕陽を眺め、黙然と、その死に水を取るかのようにアルコールを費やした。
最終更新:2014年01月05日 22:50