機動兵器が故障する確率は、出撃すべき任務の重要度に比例する。

 とある整備員の法則






 コンラート・グリエフ整備長を前に、ルルア・シーベント少佐はなんら臆すこともなく、口をへの字に曲げて左腋で挟んでいる松葉杖に体重を乗せ、楽な体勢を取った。
 フットペダルの踏み込み過ぎに加え部下の尻や足、さらにはテロリストの体中を力加減なく蹴りまくるせいか、彼女の左足の義足は最近調子が悪い。そのためか、彼女の表情もどこか気だるげで覇気に欠けている。
 彼女は右手に持つクリップボードとグリエフを見比べ、そして整備用のベットに固定されている愛機《ファルケ》を見遣った。右肩には整備員が賞賛のつもりで書き込んだ《DARE DEVIL》の文字が、紺色の装甲板に白く浮き上がっている。

「無理なのか」寂しげな声でルルアが言った。「そこをなんとかするのが、整備員の仕事じゃないのか?」
「無理なものは無理なんだ」

 くしゃっと顔を歪ませながら、グリエフは言った。ルルアはそれを聞くと小さく「むぅ」と呻き声を上げて、再度クリップボードとグリエフを見比べ、最後に《ファルケ》を見る。
 旧型の強行偵察型AC《ファルコンMk.IV》をベースに、内装パーツの換装及びオーバーホールを行い、武装の強化を図った強襲突撃型ACである《ファルケ》は、使用するパーツの古さから整備隊でも比較的受けが良い方だった。
 しかし――、とルルアはクリップボードで自分の額をこつんと叩き、溜息を吐き出す。やはり、古すぎるのも問題か。

「たしかに《ファルケ》は他の機体と比べてシンプルだがな、こいつも精密機械だという事実に代わりはない。残念だが、両腕部はもう寿命がきちまってる。持ってあと数回ってとこだ」
「数回の出撃には耐えられるんだな?」
「違う。俺が言ってるのはパイルバンカーや実体剣をぶち込む時の衝撃のことだ」
「……なんとか、ならないのか?」
「なるんなら最初からなんとかしてる」
「だよな」

 がくりとルルアは頭を垂れた。整備隊と兵站部隊、上官に広報部隊と、一通りは良好な関係を築くように努力してきたが、いかんせん《ファルケ》に限ってはそれが極端すぎたらしい。
 野戦整備でも満足に起動するようにと、《ファルケ》は随所に整備隊からの要望を試験的に取り入れつつ、シンプルかつ軽量に仕上げられた機体だ。装甲よりもフレーム強度を重視し、白兵戦に十分耐えうるように強化されている。
 だがそれも、限界がある。政府軍時代にロールアウトされた《ファルケ》を使い続けて、もう三年以上経っている。武装の近代化改修などを図って陳腐化は防いできたが、白兵戦そのものの激しさに連戦が続き、機体強度が限界に近づいている。

「よく持ってくれた、くらいしか、言葉が思いつかない」
「よくもまあここまで使い潰しやがって、を筆頭に、数多くの言葉を今すぐあんたにぶちまけたい所だ」
「勘弁してくれ。こっちだってクタクタなんだ。――それで、換装パーツの当てはあるのか?」
「あるにはある。一番楽なのが、現行機の腕部をそのまま塗装し直して装着する案だ」
「重量的な問題から却下したいのだが、グリエフ少佐」
「だろうと思った。その答えを予想して廃品倉庫から同型の腕部を取り寄せた。これを考えて実行したのはあんたのところの機付長だ。あとで感謝しておけ。俺はサインしただけだからな」
「感動で涙が出そうだよ」
「よく仏頂面でそんな台詞が吐けるな」
「私も女だからな」
「あんたの性別を今初めて知ったよ」

 ジョークと分かっていてもその控えめな胸にぐさりときたのか、ルルアはグリエフの脇腹を肘でつっついた。

「悪かった。機嫌を直せ。俺だってこのロートルをここまで大事に使ってくれるあんたに感謝してるんだ」
「白兵戦特化型の運用で腕部が異常に損耗することを除いて、だな」
「よく分かってるじゃないか。次から気を付けてくれ」
「いつも気を付けてる。今はどうやって腕部を壊さず相手をぶち殺すか研究中だ」
「あんたが生身で戦えば全部解決するね」
「あれはきつい。もう二度とやりたくない。――おっと、部下からの呼び出しだ。ではグリエフ少佐、私の機体を頼んだ」
「いっそのことファルコンMk.Vにでも乗り換えちまえば良いんだ」
「意地悪するなよ。お願いだ」

 くすりと笑いながら、ルルアは松葉杖をついて格納庫から出て行った。
 グリエフは溜息を吐き、肩を竦め、すでに〝型落ち〟となって久しい元《ファルコンMk.IV》――ルルア・シーベント少佐の乗機《ファルケ》を見上げた。
 紺色のロートルは物言わず、ただそのバイザーを格納庫の内壁に向けてつっ立っているだけだった。


投稿者:狛犬エルス

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最終更新:2014年02月21日 02:43