ぱらぱら、と落ちてくる粉塵を暫く浴びた後で、青年は腰を上げた。鼓膜が破壊されていないことを確かめて、それから再び走り出そうとする。
しかし、直後にその足を停めた。
どんどんどんどんどん、という重低音が曇天にこだましていた。恐らくは重兵器による機関砲斉射であろう。そのような砲声が一帯を埋め尽くしていた。
「
ブラウ」
背後から聞こえてきた声に、彼は振り向く。
そこには先程の老人の姿があった。やや肌にくすみの痕が覗える以外には、目立った外傷を伴っていない。老人は頭を軽く振りながらに、小さな歩幅でこちらへと駆け寄ってきた。
「捕捉されたのは恐らくこちらの落ち度だ。ひとまず、私兵のMT部隊が応戦してくれている」
「相手の戦力が気になります」
ブラウの言葉に、ヴァールシュタインは耳に嵌め込んだ聴覚補正器具を軽く叩く。「恐らくはバンガードだろう。随分前から目を付けられていたのだろうな」
「ひとまず僕は
ガーニーと合流します」と青年は言う。
「分かった、生き延びてくれ。ほとぼりが冷めたらこちらから君を探させてもらう」
「貴方も生き延びて下さい」
青年は、そう言うなり、老人に背を向けて走り始めた。
老人は立ちすくんで、その背中をじっと眺めていた。
◇
ガーニーが再び治療室の扉を開けた時に、銀髪の少女は意識が覚醒した当初と同じ様子のまま寝台に横たわっていた。視線すら微動だにさせず、天井を眺めている。
彼は無言のまま懐から何らかのリモコンを取り出すと、少女の足元に向けてスイッチを押した。途端に、少女の足を固定していた器具から少女の足へと光が照射され、直後に器具の一部が隆起し、少女のくるぶしの辺りへと押し付けられた。
プシュ、という軽い音がする。
少女は全く無反応のまま、天井を眺め続けていて、そして、数秒後には彼女は薄く目を閉じていた。唇を震わせて、何ごとかを口にしようとするのだが、叶わない。
「俺は何をやってるんだ」と彼は呟きつつ、再度昏睡状態に陥った少女の肩に手をかけ姿勢を変えようと試みる。そして、その両腕を背中に回して、それから手持ちの拘束具によって両腕を固定することに成功した。続けて、彼女の足を固定していた器具に手を伸ばし、器具を寝台から分離させる。やがて彼は少女の胴に手をやると、引き起こして肩に担いだ。
周囲へと瞬時に視線を巡らせた後で、彼は治療室から飛び出す。そして、一目散に非常用の通路を目指した。
数分前から周囲一帯の通信封鎖が行われようとしているのを察知した彼は、まず単独で行動しているブラウへと連絡を取り、その後逃亡を図っていた。実際の攻撃までにはタイムラグがあるはずで、その時間差を利用していたのである。
建造物のどこかの階段を駆け上がる、複合素材ブーツの足音が聞こえる。彼は、それを確認しながら通路の途中にある壁をタッチし、そして懐のリモコンを再度操作して、壁面の一部に操作を施した。すると、壁面が立体的に展開し、人が一人収まる程度の小型の空間がその姿を現すことになる。
彼は左右を一瞬だけ確認すると、肩に担いだ少女と共にその身を空間の中へと躍り込ませ、そして、再度その壁面を封鎖したのであった。
◇
青年はコンテナの脇に座り込みつつ、手元のコンソールを操作していた。直後に、近くで巨大な爆発音が響く。何か巨大な柱が倒れるような軋みが、周囲一帯に響き渡っている。しかし青年は息を殺し、同じ姿勢のままじっとしていた。
やがて、青年が軽く目線を上げる。
その正面に、一機のMTが姿を表していた。
暗褐色で、そして、曲面型装甲を身に纏った新型のMTだった。恐らくはヴァールシュタインの所持していたものではない。
その機体が僅かに右腕を上げ、そして、マニピュレーターの代わりに取り付けられたグレネード砲をこちらへと向けるのが見えた。青年はそれをじっと見つめ、身動き一つしなかった。
MTの側面方向から放たれた砲弾が、曲面型装甲の頭部にあたる部分を穿った。
猛烈な炸裂音が響き、そしてMTが姿勢を崩す。
コンテナに寄り掛かる形で、MTはバランス補正機能を失い倒れかかった。
やがて、多数の銃声を引き連れながら、高速で一機の砂漠色のACが青年の元へとやって来ることになる。リモートコントロールによって、青年を発見したACは青年のすぐ傍まで接近すると、膝を折って跪いた。それから、コクピットハッチを展開し、戦闘モードだけは継続して、マニュピレーター先のライフルを周囲に忙しなく巡らせ始める。
青年はその折った膝の部分に飛びつき、そして可動部の突起を足掛かりに瞬く間にコクピットへと駆け上がると、自分の身を滑り込ませ、即座にハッチを閉鎖する。起動シーケンスは既にリモート機能が作動した時点で終了していた。即座にセミマニュアルへと操作を移行し、そのままブースターを起動させ、ACを正面に存在していた暗褐色のMTへと躍りかからせた。グレネードを再び構えたMTが発砲した瞬間に、ハイ・ブーストで軌道を大幅に変更させ、回避行動を取りながらMTの側面へと回り込む。
ハンドガンとライフルの間断なき攻撃によって即座にMTは左腕を失い、そのまま上半身がひしゃげて原型を失うことになった。AC〈ストレインジ〉は続けて射線を自機の背後へと巡らせ、巨大な運搬用コンテナ越しに覗える暗褐色のMTを発見すると、射撃を敢行していく。ヴァールシュタインの私兵MTと交戦中であった敵機は、その複数の射線からの攻撃に対応することができず、すぐに後退を開始していた。
ふう、と青年はコックピットの中で溜息を吐く。
パイロットスーツに身を包んでない分だけ、機動の度にやや不愉快な思いをすることになったが、しかし問題の範囲内だった。
不意に、通信ランプが点灯するのを青年は目撃する。
コンソールで通信回線の接続を即座に指示する。
『ブラウさん、敵機が撤退を始めました』
「全機潰すぞ」
『了解です』
青年は再び通信を遮断し、そしてブースターに火を入れる。
強力な加速を持って、砂漠色のACがコンテナの頭上へと飛び上がる。劣勢を意識し何処かへと後退中の、MTのシルエットを狙った。
最終更新:2015年02月17日 01:36