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 青年の誕生日、マジックタッチ社の社長室兼応接間にて行われたそのホームパーティーで、散々参加を渋っていたエンリカは結局姿を現した。パーティーが始まって十分かそこらが経った時、祖父に連れられてやってきた彼女は、落ち着いた色調のカクテルドレスに身を包み、足元を上品なパンプスで引き立てていた。
 時刻はそろそろ八時になろうかとしていたところで、部屋の照明は落とされ、今日のために持ち込まれた立食用のテーブルの上にゆらめくキャンドルが、その部屋における光源であった。だから、青年は少女の表情をはっきりとは見極めることができなかった。
「来てくれたんだ」
「……」
 少女は黙って、青年の目を直接見ようとはしなかった。
 傍らに、カジュアルスーツで佇む老人が、やきもきしたような顔付きで少女を見守っている。
「ほれ、持ってきたものがあるんだろう」
「……分かってるっ」
 老人の促しに緊張した様子で答える少女に、青年はこっそりと笑みを浮かべた。少女の態度に関して言えば、別に拒絶や嫌悪感の現れなのではなく、むしろ彼女の不器用さや、ぎこちなさがそうさせているに過ぎないということが、彼にはよく分かっていた。
「――じゃあ、僕から先に、エンリカちゃんにプレゼントを」
 その一言に、意外に思ったのかエンリカは顔を上げる。そして、青年が手にコサージュを握っているのに気付いた。
 差し出されたそれに自然と手が伸びる。
 花を受け取って、そしてそれを自分の胸元に押し付けた。じっくりとその感触を味わっている。
「……あ、ありがとう」
「どういたしまして」
 ようやく会話が成立したのを見て、老人は先程から手に持っていたが体の後ろに隠していたそれを、少女へと差し向ける。プレゼント用のブーケだった。小ぶりではあるが、上品にデコレーションされていて、決してその品位は落とされてなどいない。
 少女はそれを受け取って、それで、今はまだ上手く目を合わせることができないが、それでも小さく勇気をふるって、青年へと差し出した。
「……ハッピー、バースデー」
「ありがとう」
 青年がそのブーケを受け取ると、背後から盛大な拍手がやってきた。少女の肩がびくりと跳ねる。さらに指笛がいくつか響いた。
 青年は拍手の方を振り返りながら、「お手柔らかに」と一言断って(少し笑いが起きる)。更に、少女の方へと向き直った。少女の肩が再び跳ねる。
 老人が青年の横へと進み出て、手に持っていたブーケを受け取った。老人はにわかに立食席の方へと足を向ける。
「手袋をお取りしましょう」
 青年が手を差し出して、少女のシルクの手元へと近づける。
 少女が、おずおずと手を差し出し、青年がそれを握る。温かい。青年の動きが、一瞬だけ止まる。
 少女が、少しだけ不安げに顔を上げて、青年は慌てて笑顔を浮かべる。そして彼女の腕を覆う手袋を静かに取り去った。その、露わになった手を、再び握る。
 握る、というより、手を取る、というべき所作だった。
「テーブルへ」
「う、うん」
 一瞬だけ、二人は見つめ合った。
 そして、二人して立食の場へと赴く。ぱらぱらとした拍手に出迎えられ、少女の肩に力が入るのが青年にも伝わってきた。
「そのコサージュ、髪に付けたらどうだろう」
「ええ……そんなの変」
「変じゃないよ」
 そんなことを言いながらに、二人はテーブルへと辿り着く。






 十時を回ったころ、ざわめきを遠くに感じながら、少女は部屋の隅に置かれた休憩用のソファに身を預けていた。その、身体の大きさに対して小柄に見える頭には、白く小さな花の姿がある。
 ぼんやりと、視線を宙空に差し向けていたところに、いつのまにか青年が傍らに立っていたことに気付く。
 慌てて居ずまいを正して、座り直した。
 それでも、青年は隣に座ろうとはしない。少女を見守るようにして、佇んでいた。
「座らないの?」
 青年は頷く。
「どうして?」
「まだ、君に許してもらってない」
 少女はその言葉に、暫く考えていた。
 やがて、何かを諦めたかのように、小さく溜息をついた。
「本当にばかなんだから」
「全くだよ、ごめん」
「……とっくに、許してる」
 少女は目を逸らしてしまう。それで、再び青年の顔を見ることができない。
 そこでようやく、青年が隣に腰掛ける。少女は、その重みのある感触でソファが揺れるのを感じる。
「……まだ怒ってはいるんだから」
「ごめん」
 青年の静かな声からは、微かな余韻を感じることができた。
 少女はその静かな余韻が、小さくなって、空気の中に消えていくのを感じ取った後、口を開いた。
「おじいさまが話してくれた分には、納得できるところもあったけど、それでも、兵器を操る立場に赴くなんて、ほんと、信じられなかった」
 緊張で声の調子が狂ってしまわないように気をつけながら、ところどころに読点を置きながらに喋っていた。彼女はその視線を、今度は正面上へと逃がしている。
「だけど……、私達を守ってくれようとしてるのは、分かってたから」
「うん」
 青年は言う。
 その声に、少女は自分が何かを促されたかのように、その肩の上を大きな決意が広がっていくように感じた。
 少女は青年の方を見た。青年は、些かの驚きをもってその視線を受け止める。
「そ、それで、今回のことでっ、私も少しだけ、考えることがあったのっ」
 結局、言葉は上の方を些か空回りしてしまう。それでも、少女は青年から目を逸らさなかった。
 青年は微笑みを湛えて、頷く。
「うん、多分、僕も同じようなことを考えてる」
「――え」
 青年が、少女の膝の上に置かれていた手を取った。少女が俯いて、そして今度こそ視線を逸らしてしまう。
「目を見て」
 青年の促しに、少女はほとんど震えてしまっていた。
 でも、青年は、その様子をこそ、ほんとうに愛おしいものを見るかのように見つめている。
「僕は、君が好きだ」
「え、え」
 思わず、青年の視線を受け止めてしまう。
 青年は、依然として微笑みを崩さない。
「――合ってた?」
「え、それは、どういうっ」
「今まで考えてたこと」
 もう、暗闇であろうが、何であろうが、青年には少女の顔色など分かり切っている。
 少女が、本人にとってはほとんど永遠にもひとしい一小節を経て、まるで身震いをするかのような、ほんの僅かな所作で頷くのを見て、青年の胸の中に温かな温度が満ち渡っていく。まるで、ブランデーか何かを直接血液に注ぎ込んだかのような脈動が、静かに彼の胸を突き上げた。
「今はまだ大きなことはできないにしても、でも、いつかきっと、小さくてもいいから、二人で幸せな場所に行きたいと思う」
 青年がそう告げるのを、少女は聞いていた。
 もう震えは止まっている。いつのまにか、青年が重ねた手の上に、少女はもう一つの手のひらを重ねている。
「ついてきてくれるかな」
「――うん」
 はっきりと頷くのを見て、青年は微笑んだ。
「……抱きしめて、ください」
 少女の言葉に、当然、一二もなく頷くのであった。
 微かな震えと、温かな吐息を、首筋の辺りに感じる。柔らかい体温を抱きしめる。今は、誰にも見つからないで、暗がりの中で、それでも光を浴びるように、温かさの中に身を浸していたかった。
「……震えてる」
「え?」
 そう言われて、青年は声を上げた。
 そうだ。自分もまた、何かを抑えられないでいるのだ。
 青年はそう思う。
 そして、少女の首筋に、静かに頬を寄せた。

 少女にしか聞こえないように、小さく呟いた。






 青年はインターネット経由で自分のメールボックスをチェックする。エンリカからのメールを見つけて、時間を置かずに開封した。
 今日はありがとう、人生の中で、もっとも素晴らしい日の一つであったように思います。
 そんな一文から始まったメールを見ながら、これではどちらが祝われる側だったのか分からない、などと、幸せの余韻を感じて、青年はキーボードに手を載せる。

 夜更けの静かな時間の中で、部屋の中にキーボードのタイプ音が響いていた。



投稿者:Cet

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最終更新:2012年04月28日 00:12