背景
247年、東方の国家
エルベルがケルン王国へ侵攻した。戦況はエルベル側に有利であり、不可解な攻撃によってケルンが敗北を重ねているという情報がもたらされると、
エルベルから見てケルンの次に位置する
ヴァレリアは、ケルンが征服された後に
エルベルが引き続き自国へ侵攻して来るものとして戦略を講じる必要を迫られた。
敗色濃厚と見られたケルンを援護するのではなく、西方の強国と同盟する戦略が採られた。
教団領である。
教団も「暗黒教徒圏」との争いを続けており、同じ「光の神々を信仰する文化圏」といえども、
エルベルの領土的野心に力を割かれることを嫌って、
ヴァレリアの体制を支援するのではないか、という想定によったと見られる。
ヴァレリア王は
教団に使節を送り関係の強化を図ろうとしたが、当然、すぐには軍事同盟の締結に至らなかった。
そこで、
教団の思想・政策への理解を示し、
ヴァレリアの体制が
教団の利に適うという印象を与えるための外交施策が実施されることとなった。その政策を黒旗作戦と称する。
内容
ヴァレリア王によって、次のような施策が発せられた。この内容は、王の直轄地において直ちに実施され、また、諸侯の領地においてはその領主らによって、それぞれの地域における「黒旗作戦」が発せられた。
- 神殿に補助を与えるなど、「光の神々の信仰」の一層の振興を図ること。
- 「暗黒勢力」の滞留を許さず、積極的な討伐を図ること。「暗黒勢力」を討った者には充分な報償を与えること。当局への情報の供与も報償の対象とすること。
- 施策を実施するに当たっては、黒旗を掲げること。
この他、施策を実施するための行政的な整備が為された。
国内における影響
神殿が力を得、活動を活発化した。しかし、
教団領ほどに信仰の危機が切迫していなかった
ヴァレリアの神殿においては、施策によって得た富や権勢を個人のために用いようとした例が少なくなかったと言われる。
国内の神殿をはじめ、公的な施設や、地域によっては民家にさえも、黒旗が掲げられ、さながら
教団領の様相を呈した。
しかし、この外見上の迎合は、一過性の流行のようなものに留まり、
エルベルの侵攻が現実に迫ると、次第に実行される場面は少なくなっていった。
「暗黒勢力」の討伐が積極的に行われた。
王国の機関や諸侯が討伐隊を編成することもあれば、報償を目当てに私的な討伐隊が組織されることもあった。
ただ、この時代・地域における「暗黒勢力」の認識は曖昧なものであった。例えば、「暗黒神」が創造したという伝承の有る妖魔が、人間の女性を暴行した結果として生まれた子供、それすらも、本人の信仰を問わずに「暗黒勢力」であるとみなされていた。また、後世の研究によれば「暗黒神」に創造されたのではなく、外見から受ける印象によって社会から疎外された結果として「暗黒信仰」を拠り所とするようになったのではないかと言われる種族も、多くが迫害を受けた。
積極的な「暗黒勢力」掃討の様子を
教団に知らせる必要が有り、また
教団側も各所に人員を送り込んで情勢を見極めようとしていたため、これらの討伐活動や迫害行為は、ことさら残酷に、徹底して行われた。
規模が大きく有名なものに
ゼーラントの黒旗作戦がある。
結果と後世の評価
教団との関係は良好に向かったと見られるが、
エルベルの侵攻は速く、軍事同盟が成立する前に
ヴァレリアは大敗し、援護を得る機会を失ったまま滅亡した。
エルベルの侵攻を阻止するという目的を果たせなかった以上、戦略的には失敗としかいい得ないものであるが、この施策に対する後世の評価は必ずしも低いものではない。
各地の討伐活動は、兵達の実戦訓練として役に立ったとみられており、戦争に巻き込まれる可能性が高かった当時の状況からすると、それだけでも必要な施策であったという見方が有る。
また、黒旗作戦を実施した
ヴァレリアの危機に際して、
教団領から個人として有志が駆け付けたという記録も残っている。
更に、黒旗作戦は、個々には落ち度の無い「暗黒勢力」を迫害したものの、そうしなければ
ヴァレリア国民が侵略を受ける危険性が高まるという状況であったため、いわゆる「緊急避難」であったという見方も有る。このため、外交戦略や政治学に留まらず、法学や道徳の命題として取り上げられることも少なくない。(「緊急避難」とは、他者の権利を侵さなければ自らが危険に晒される状況においては、他者の権利を侵したとしても罪にはならない場合が有る、という考え方である。)
一方で、国家間の外交戦略において「緊急避難」を認めるのは適切ではなく、黒旗作戦は非人道的な施策であったという見地も存在している。
最終更新:2010年09月19日 00:22