ゼーラントは、ヴァレリア地方に存在する都市の一つ。
地理
ヴァレリア地方の東部に位置する。広くて穏やかな川に沿い、なだらかな平野に囲まれている。
東には山地の切れ目となっている平原が在り、東西へ行き来する人々が通常必ず訪れる交通の要所でもあったため、
ヴァレリア王国の成立以前より、街道が整備されている。
歴史(産業の変遷についても併せて記載する)
地理的に重要な、また恵まれた条件を満たしていたため、古くから人々が定住した地域である。
農業に加え、
ヴァレリア王国成立以前より街道が整備されて宿場街としても発展した。
また、国境が程近かった時期も有り、軍事的需要と、それに応えられるだけの人口・水資源によって、製鉄と鍛冶も盛んとなった。
ヴァレリア王国期には国境が東へ遠のき、また、ほとんどの時期を一系の領主によって統治され、安定が一層の繁栄をもたらした。
ヴァレリア王国の末期、一変して転換期を迎えることになる。この時期の諸情勢については、各々別に段を設けて記載する。
ルザリア粛正
帝国暦239年時点では、この街の製鉄・鍛冶関連の産業は主に2つの街区に集中し、それぞれが組合を作って競合していた。ドレクロ、そしてルザリアといった。
その一方であるルザリアが、組織的な犯罪行為を継続的に行っていた疑いが持ち上がった。
ゼーラントの金属製品は、軍事部門をはじめとして国内に流通していたばかりか、貿易にも用いられていたため、国も事態を重く見、領主によるものとは別に直接の捜査を行うに至った。
結果、ルザリアは街ぐるみで罪を犯していたことが認められた。競合相手であるドレクロに対する妨害・破壊行為、虚偽の吹聴、暴行や恐喝、更には、他に犯罪歴の有る者や、この地域で認められていない信仰を持ついわゆる「暗黒勢力」との関係も認められた。
処分は王国の主導により行われた。
ルザリアの産業組合と自治組織の主導者は死罪とされた。
街区の市民の内、およそ10歳代から30歳代までの者は全て強制労働に徴用され、危険な、あるいは不快な労働が待つ国内の各所へと連行された。
それ以外の者達は、最低限の衣住を除いた財産を没収された上で、二級市民として街区に残ることが許された。実質的に、他の街区に隷属して生活するか、危険な仕事に従事するか、あるいは物乞いや非合法な世界に身を投じるしかない措置であった。
これらの処分を受けた市民は、腕に焼き印を施された。
領主もまた監督責任を問われ、その座を甥に譲って隠居する結果へと追い込まれた。
新たな領主は、合理的と評された統治により、ルザリア粛正により失墜したゼーラントの信用回復を図った。
そこへ訪れた機会が、247年に外交戦略として国内に下された
黒旗作戦の令であった。
領主はこの機を捉え、また、ルザリア粛正によって生み出された二級市民を、いわば報償の要らない傭兵として転用する施策を打ち出したことなどにより、
ゼーラントの黒旗作戦を成功させた。
王国最末期
軍事的な緊張の有る時勢であったこともあり、討伐を効果的に成功させた手腕は国王周辺に高く評価され、領主は中央にも政治的地盤を得る。しかしこれが皮肉にも、
エルベルの侵攻時には仇となる結果になる。
249年の
エルベル侵攻時、自身と家族が王都に在った領主は、領地より王都の防衛をまず優先し、ゼーラントは見捨てられる形となって敵国軍に蹂躙された。
この侵攻によって、ゼーラントの産業や社会は事実上破壊し尽くされた。その後、
ヴァレリア王国が倒れたこと、更にいえば、新たにこの地域を支配したセーレウェリア帝国が既存の身分階級を廃したことにより、ルザリア粛正の影響も消滅した。
最終更新:2010年09月21日 00:11