第4・5(7) 本件各書籍の執筆にあたっての取材状況等
ア(家永三郎「太平洋戦争」)*
本件書籍(1)の筆者である家永三郎が,本件書籍(1)を著わすのにあたり,本件書籍(1)の引用文献から明らかなように,多数の歴史的資料,文献等を調査した上で「太平洋戦争」(第一版)から本件書籍(1)までの各書籍の執筆をしたことが認められることは,第4・4(2)アのとおりである。そして,本件書籍(1)(甲A1)の313頁注(18)の記載からは,沖縄タイムス社「鉄の暴風」,上地一史「沖縄戦史」,「沖縄県史 第10巻」,「渡嘉敷村史」等が参照されたことが推認される。
イ(大江健三郎「沖縄ノート」)*
本件書籍(2)の著者である被告大江は,その陳述書(乙97・2ないし4頁)に,
「私は1965年(昭和40)文芸春秋社の主催による講演会で,二人の小説家と共に,沖縄本島,石垣島に旅行しました。この旅行に先立って沖縄について学習しましたが,自分の沖縄についての知識,認識が浅薄であることをしみじみ感じました。そこで私ひとり沖縄に残り,現地の出版社から出ている沖縄関係書を収集し,また沖縄の知識人の方たちへのインタヴィユーを行いました。『沖縄ノート』の構成が示していますように,私は沖縄の歴史,文化史,近代・現代の沖縄の知識人の著作を集めました。沖縄戦について書物を収集することも主な目標でしたが,数多く見出すことはできませんでした。この際に収集を始めた沖縄関係書の多くが,のちに『沖縄ノート』を執筆する基本資料となりました。またこの際に知り合ったジャーナリスト牧港篤三氏,新川明氏,研究者外間守善氏,太囲昌秀氏,東江平之氏,そして劇団「創造」の若い人たちから学ぴ,語り合ったことが,その後の私の沖縄への基本態度を作りました。とくに沖縄文化史について豊かな見識を持っておられた,沖縄タイムス社の牧港篤三氏,戦後の沖縄史を現場から語られる新川明氏に多くを教わりました。」
「沖縄戦について,戦後早いうちに記録され,出版された戦争の体験者の証言を集めた本を中心に読みました。それらのなかで1950年沖縄タイムス社刊『沖縄戦記・鉄の暴風』を大切に考えました。理由は,私が沖縄でもっともしぱしばお話をうかがった牧港篤三氏がこの本の執筆者のひとりで,経験者たちからの聴き書きが,一対一のそれはもとより,数人の人たちを一室に集めての座談会形式をとることもあったというような,詳細な話を聞いていたからです。もとより牧港氏の著作への信頼もあります。私は,それらに語られている座間味島,渡嘉敷島において行われた集団自決の詳細について,疑いをはさむ理由を持ちませんでした。」
と記載し,本人尋問においても,
「上地一史さんのご本,『沖縄戦史』という本を読みました。また沖縄タイムス社で編集,刊行されました牧港篤三氏『鉄の暴風』という本を読みました。そして,この2冊の本のうち,特に『鉄の暴風』の実際の執筆に当たられました牧港篤三さんという沖縄タイムス社の重要な人物ですが,その方に何度もお話を聞くために沖縄に参りました。そして牧港さんのご案内で沖縄タイムス社の資料を見せていただくこともありまして,ほかの書物を読まなかったということではございませんが,この『沖縄戦史』と『鉄の暴風』をもとにして考え,それについてその本を書いた人たちに実際に話を聞き,その上で今言ったような,これは日本人の軍隊の命令であるという結論に達しました。」
と供述している。