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パートII 4 お手並み拝見致します

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4 お手並み拝見致します


 近年IT化の進展等によりマスコミ等の情報伝達が極めて迅速になっている。自衛隊の地方の一部隊において起きた事故等があっという間に全国に報道される。その結果中央において記者会見等が行われ、航空幕僚長や関係部長等がこれに対応することになる。自衛隊の事故防止対策はどうなっているのか、自衛隊はどのような隊員指導をしているのかとか、今後の対策はどうかとかいろいろな質問が実施される。幕僚長や幕の部長等がこれに回答すれば幕の関係幕僚が動き出す。これに伴ってメジャーコマンド司令部が動き出す。更には団司令や群司令や隊長が動き出すということになる。空幕、メジャーコマンド司令部或いは方面隊司令部等において監察団が編成され、特定監察が行われることもある。

 このような上級部隊等の動きは、隊員の心の引き締めや事故防止意識の高揚のためには非常に効果があるが、一方では大きなマイナス面があることも理解しておく必要がある。それは現場の隊員がどうせ対策は上がやるので指示を待とうという姿勢になりがちであるということである。事故の度に上級部隊等の指導が入ると、現場としては上級司令部等のお手並みを拝見致しますということになってしまう。私は上級司令部等が動くときは本当にそれが必要なのか、現地部隊等に任せることは出来ないのかということを自問自答してみるべきだと思う。中央にいる人が、確かに仕事をしているという自分のやり甲斐を求めるだけで、部隊の精強化が二の次になっているようではいけない。もちろん空自を挙げての対策が必要な場合があることを否定するものではないが、上級司令部等が動くことが何時でも事故防止効果が最大であるというものでもない。部隊の精強化を考えると、このような対策や処置は出来る限り低いレベルで実施した方がよいと私は思っている。現場の部隊が自ら問題点を究明し、自ら対策を取るような方向で処理されることが重要である。上級司令部等が動きすぎると指示待ちの部隊や隊員を造り上げてしまうので注意することが必要である。

 例えば隊員の服務に関する事故の場合、彼がそういう行動をしているのを何故周囲の人たちが知らなかったのかとか、心情把握が不十分だったのではないかとか質問がある。しかし行動や心情を把握しようとする場合、部隊でいえば内務班長、先任空曹、レベルを上げても小隊長クラスがその気にならなければそれは極めて困難である。群司令や隊長が大勢の隊員の全てについて心情や行動を把握できるはずがない。私は若い頃にペトリオットの前身であるナイキの運用幹部として高射隊で勤務していたが、小隊長としての仕事の大半が隊員指導であった。隊員の服務事故が多くて困っていたある時、服務関連の事故を起こした隊員の処分等に関しその処置を内務班長であるI3曹に任せてみた。それまでは小隊長が直接処分等を検討することが多かったが、I3曹は私が期待した以上の処置を見事にやってくれた。このときの経験以来私は内務班のいろんなルールを先任空曹の指導の元に内務班長会議に任せることにした。それまで小隊長が決めていたことを内務班長に決めさせるようにしたのだ。結果は驚くべきものだった。服務事故はぴったりと止まってしまった。私は内務班長たちがそれまでは小隊長から管理されているという意識で、小隊長のお手並み拝見という状態に置かれていたのではないかと思う。それが今度は自分たちの責任で事故防止等に頑張ることが必要になったのだ。人は管理されるより管理する側に立つと意識が変わる、心構えが変わる。自らは事故を起こせないという気持ちになる。思い切って部下たちに任せてみることだ。それは決して部下への迎合とか甘やかしとかいうものではないのである。

 近年若手幹部自衛官や上級空曹等の事故が増加しつつあるが、上級司令部等が部隊等の服務事故等の防止に熱心になるあまり、彼らを管理する側から管理される側にしてしまっていることはないのだろうか。自衛隊全体としては出来る限り管理する側の人間を増やし管理される側の人を減らすことだ。事故防止の責任を小隊長や班長、SHOP長、先任空曹、内務班長等に預けてしまうことだ。そうすれば管理される側の人は極めて限定された数になる。私は時々自衛隊は管理が行き過ぎていると感じることがある。すなわち管理される側の人が多過ぎるということである。各級指揮官は事故等の処理に際し、緊急に処置を要するものは別にして、可能な限り「こうせよ」と指示をせずに「どうするのか」と尋ねた方がよいと思う。そして彼らの持ってきた案が余程おかしくなければそれを支持してやることだ。指揮官は我慢が必要である。その我慢が部隊を強くする。全てのことに全力投球とか言って何にでも100%を求めることは決して部隊を強くしない。指揮官がいつでも何でも部下に完璧を求めて指導を始めると、部下から上司に対する仕事の丸投げが始まる。それは貴乃花もびっくりするほどの立派な丸投げだ。「あの文書、どうせ部長がまた細かく直すから適当に書いて早く持って行け」などという話はよくあることだ。部下たちは自ら判断し自らの責任で仕事を進める習慣を失っていく。千変万化する有事の状況下において必要とされる実戦的体質が失われていくのだ。指揮官は満足感を味わいながら部隊は緩やかに弱体化していく。

 指揮官は、部下が積極溌剌として隊務に取り組むことができるように、自分の満足度は80%ぐらいで抑えておく必要がある。それが長期的にみると部隊を強くするのだ。経験上80%を超える部分は通常指揮官の好みに左右されることが多い。指揮の本質は意志の強制であると言われる。しかしこれを完璧に追求することがいつでも正しいとは限らない。何事もほどほどがよい。



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