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Place to stay

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再び本棚の密集した部屋に戻る。
扉を開け放していたせいで、隣の部屋との温度差がなくなっている部屋の扉を静かに閉めた。

机に歩み寄ると落としたままになっていたカップと本を拾い上げる。
それからカップを落とした拍子に零れたお茶が床を濡らしたままなのに溜息をついて、机の引出しを引く。
引出しの中には、箱がありその中に収められているのは鮮やかな色の数種類のコア。
父の残した純度の高い貴重なコアだ。
その中から鮮やかに赤い色のコアを取り出す。
その色に少し憎々しげな気持ちになるも、小さく呪を紡ぎ魔力の熱で床に零れたお茶を蒸発させた。
そしてそれを投げるように引き出しに戻すと、乱暴に引出しを押し戻し椅子に腰掛けた。
机の上に乗った本の一冊を持ち上げる。ぱらぱらとページを捲る。
既に知っている知識ばかりで目新しいことが書いてあるわけではない、基本的な知識についてまとめられているものだ。



魔術とは己の潜在能力を、儀式や呪文などの術を用いて発動するもの。
そのための潜在能力ー魔力のことだがーは、個人差はあるものの誰もが生れ落ちた時に授かるものだ。
あとは各自の魔力と訓練次第で魔術を扱えるようになる。

しかし、それも万能というわけではない。
魔術は主に自然界から力を引き出すもので、属性として炎・水・風・地・雷の五種に大分され、己の魔力と精神力を糧に発動させるもの。
よって、有限であるし、個人の特質によって使える魔術の属性も限られる。

それの補助に用いられる魔力をもつ石を魔石という。
これもやはり個人の能力によってではあるが、威力や属性の幅を利かせることが出来る。

単に魔石といってもその種類や属性は様々だが、しかし成り立ちは大きく分けて二つ。
一に天然鉱石であるディゼバ石に魔術者が魔力を込め、それを糧、また媒介に魔術を強化、増強するもの。主に市場で取り扱われているのはこちらだ。

もう一つは土地に宿る魔力や何らかの要因で先天的に魔力を秘めた石のこと。
これは希少価値が高く稀有で、前者の魔石よりも威力が格段に高いのが特徴だ。
滅多に市場になど出ることはなく、貴族の家宝や伝説だったり一般的にはあまりお目にかかれない代物だ。
一部では強すぎる魔力をもつ魔石には意思が宿るだの禁忌の力を宿すだの、眉唾な謂れすらある。



…僕とアッシュの手の甲に嵌っている雪の結晶という魔石もフィリディア王の言葉を信じるなら後者に分類される魔石だ。

雪の結晶は代々フィリディア国の王族に受け継がれているはずの魔石。
伝説や御伽噺を鵜呑みにするなら、この地を雪で閉ざすことを代償にこの地に平穏を与えてるものらしい。
それはこの国では幼い子供に聞かせる物語にすらなっているような、この国では知らないものの方が少ない程の有名な話。
僕も昔母から幾度となく聞いたものだった…。



本を静かに閉じると、本中の記述を追っていた目を伏せた。
小さな落胆に無意識に口から溜息が漏れた。

…これ以上のことが記述されている本はまだ見当たらない。
この書庫をひっくり返せばあるいは見つかるのかもしれないがそれにはあまりに膨大な量で時間が必要だ。

閉じた本を机の端に追いやりながらフィリディア王の言葉を改めて思い出す。

『雪の結晶の欠片をその身に宿したものは、禁忌の力を使う』

それが真実ならば、僕とアッシュは禁忌の力を使う術を得た事になる。
事実上禁忌の力を使えるようになったということになるのだ。
しかし、その性質上禁忌と言われる魔術は、人には扱うことができないとされている。

魔術には大分されている以外にも何処にも属さないものがある。
それが禁忌の力…自然の力とは異なる、人の命に作用する魔術。
主に呪殺や蘇生、治癒などを指す。
それは未知の分野であると同時に、命への冒涜であると倫理観や、その実態の危険性から公では研究すら禁止されている、禁忌の分野。

フィリディア王の言葉が事実だとして。
僕とアッシュがその力を得てしまったとしても、それをどう扱うのかもわからなければ、人体にどんな影響を与えるのかもわからないのだから実感すら沸きはしない。
強いて言うならば、この魔石が現れた教会で感じた人のものとは桁違いの強大な魔力。
魔石の存在を裏付ける証拠はそれくらいだ。

改めて考えてみれば確かに理不尽で傍迷惑な話だが、それに焦りや憤りなどを感じはしなかった。
実感や確証がないからというよりは、やはり自分は何処か何かが欠落してるのかもしれない。

行き詰まり、考えの逸れてしまった思考を止めた。
これ以上深く思い悩んでも事態は変わるとは思えない。
正しい状況がわからない今、フィリディア王からの追っ手が掛かっているだろう現状で問題なのは、やはりこれから如何するかだろう。
アッシュは今夜にでも此処を出ると言っていたが本気だろうか。

そこまで考えて頭を振る。
……冷静に考えれば、無謀だ。
時間経過から言っても、フィリディア王は僕たちがまだ国内に潜伏してると考えているだろう。
そして、更に時間を置いたことで国を出る為の各関所には十分な数の兵が配置されてると考えていい。
それを切り抜けて国外へ逃亡するのはお世辞にも容易とは言い難い。

小さく溜息をつくと椅子から立ち上がる。
二進も三進もいかなくなった思考をお茶でも飲んで落ち着かせようと部屋を出る。



隣の部屋に戻れば、ソファで転寝しているアッシュが目に入った。
慣れない雪道に疲れ休めたのは明方近く。
此処に着てからも何かしら動いていたらしいし、十分に休息を取れたとは言えない。
疲れていて当然かとアッシュの前を通り過ぎ、始めにお茶を入れたときと同じ手順で水を火に掛けた。

お湯が沸くまで、部屋に戻るのもと手持ち無沙汰にアッシュに近づく。
本当に寝ているようで起きる気配はない。

…無防備だ。
瞳を閉じて寝息を立てるアッシュは、起きている時の明快さや親しげな様子はなりを潜め整った年相応の顔立ちに少しだけ無防備な寝顔特有のあどけなさが雑じる。

僕が寝首を掻かないとも限らないのに無防備に眠れるのは疲れからか、警戒心の薄さからか。

そう思って、その思考に首を傾げた。
一体何のために?
少なくとも僕にとって今アッシュは敵じゃないし、そうする利点もなければそんな必要もない。

過敏になってる猜疑心と警戒心で不必要に排他的になっている自分の思考に呆れながら、アッシュの身体からずれ落ちている毛布に手を伸ばす。
毛布をかけ直そうとしたところで、不意に腕をつかまれた。

「……っ」

それに腕をつかまれたまま一歩あとずさる。
握っていた毛布が僕の手を離れ床につく。

「…あれ…?」

多分気配で反射的に、伸ばされた僕の手を取っただろうアッシュはまだ少し寝ぼけているようで状況を把握できないのか軽く首を傾げる。

……僕は今、何を?
そこで僕は始めて自分のしたことに気付いた。
アッシュに毛布をかけなおそうとしたのは、無意識だった。
寧ろ意識してたらそんなことしなかったはずだ。

「…シャリス?なんで…?」

不思議そうに僕の顔と自分が掴んでいる僕の手をみて不思議そうにしているアッシュに、かっと頬が紅潮したのが自分でもわかる。
そんな顔を見られるのも、自分がしようとしたことも何故か妙に恥ずかしくなって無理矢理にアッシュの腕を振り解く。
それに驚いてるアッシュを無視して足早に奥の書庫へと向かう。
お湯の沸いた音が一瞬耳に入った気がしたが、それを無視して強引に扉を閉めた。
古い扉がぎし、と音を立てるのに構わず閉めた扉に背を押し付ける。

「…何、してるんだ…?」

自分へ向けた呟きを、無意識に小さく呟いた。






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