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聖夜

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【side:聖夜】





ヘルプについた席で空いたグラスに酒を注ぎ客に渡す。
テーブルの上は水滴すらなく綺麗に片付いている。
使用された灰皿を交換してしまえば後は会話を聞くだけ。
偶に話しかけられればそれ相応に返すがそれ以上の干渉はしない。
俺に愛嬌だとかを求められても困るし、今日の客は常連でそれを知っている。
大体、元々の目当ては俺ではなく目の前で胡散臭そうな笑顔を浮かべている男だから問題ない。


愛想笑いさえ浮かべない俺の前では楽しげな様子で笑いあう男女。
――ああ、退屈だ。
指名が入って香水くさい女に寄られるのも、それはそれで面倒だけれど。


ホストクラブ「レストミル」
変わり者のオーナーが経営するそこは通常のところとはやはり一風変わっている。
といっても他の店で働いたこともないので聞く限り、ではあるが。
場所は繁華街の中心よりも離れており、知る人ぞ知るという感じの店だ。

決して饒舌でも気遣いが上手いわけでもない俺がこの場に居るのは、単純に金のため。

就職が面倒くさいからという理由で大学院まで進み、卒業して。
卒業後は否応無しに地元の企業に就職はしたものの、働き出して数年で会社が傾く気配を感じてすぐ辞めた。
俺の睨んだとおり、その会社はその後潰れたと誰かに聞いた。
多分言っていたのは母親だったと思うが、退職した会社に興味は無かったので詳しくは覚えていない。
退職後は気の向くまま何の当ても無く上京した。
地方の片田舎に住んでいたからといって都会に憧れていたわけでもなく、本当に何となく。
貯蓄を食いつぶしながらだらだら生活する俺を見かねた双子の妹・月乃が紹介してきたのが此処でのバイトだった。

『アンタは顔だけは良いんだから』
と月乃は真面目な顔で言った。

どういう繋がりかは知らないがオーナーと友人だったらしい。
とりあえずやってみればそれなりの収入を得ることが出来た。
何処にでも物好きは居るもので、大して甘い囁きなどせずとも指名はとれて。
まぁ結局容姿の勝利、といったところだろうか。
むしろ真面目に会社勤めをしていた頃よりも収入は増えていた。


「聖、指名だよ」

ふと近づいてきた利紅(リク)と呼ばれている青年が耳元でそっと告げてきた。
アガット色の癖のある髪をした彼の顔立ちはまだあどけなく、中性的というより女顔。
性別だけでなく、年齢も未成年に間違われることがしばしばらしい。
事実を聞いて驚く者も多い。
年より幼い雰囲気がどこか弟と似ているせいか、割と親しみを感じている相手だ。

面倒くさいと思いながらも此処に居るよりはマシかと、断りを入れて席を立つ。
どちらにせよ指名されて断るわけにもいかない、今後のためにも。


「何だ?」

立ち上がり歩いている途中で感じた、少しばかり好奇心を覗かせた表情。それにわざとらしく顔を顰めてみせる。
俺に指名が入るのが珍しいわけでもないだろうに。

「新規の人みたいだけど、変わってたよ。男の人連れてたし」

…わざわざホストクラブに男連れで来店?
どこぞのお嬢様が護衛と一緒に、とかそういうことだろうか。
珍しいが以前にもそういう奴が居た。
出来ればそんな世間知らずの相手はしたくないんだが。
会話をしていても面白く無さそうだから。

「面倒そうだな」
「でも、聖のサイン入ってる名刺持ってたんだって。知り合いなんじゃない?」
「名刺?」

確かにサインを入れた名刺は渡したことがある。
渡した面子は主に家族だ。他に渡すような相手もいなかったから。
仕事柄俺は昼間はほぼ寝ているし、夜は仕事が入っているから用事があるなら店に来てついでに金を落としていけと言って渡してあった。
それをもってる奴が来たら絶対に俺に言えとオーナーにも伝えた。

名刺を持ってて女だというなら姉の陽菜か妹の月乃のどちらかか。
……どっちが来ていても面倒この上ないのに変わりは無い。
上京しておらず田舎で暮らしている姉よりは、同じ街に住んでいる月乃の方が確立は高いだろうか…。
だが彼女は新規ではなく、むしろ常連だ。利紅が知らないわけはない。
残る可能性としては…思い浮かぶのは両親の顔。
これで本当に客が親だったら笑うしかないな。
何が悲しくて親の酒の相手を仕事でしなくてはならないのか。

「オーナーに言っとけ、ヘルプも何も全部要らないってな」
「え?」
「あと、注文も全部俺が直接取りに行くから、客が帰るまで出来るだけ誰も近くに寄るな」

不思議そうに目を瞬かせる相手に一方的に告げる。
我侭を言っている自覚はあるが、無茶を通せるだけの実績が俺にはあった。

たとえ来ているのが誰であれ、おそらく来てるのは家族の誰かのはず。
同僚に面白がられるのが分かっていて近づけるつもりはない。


結局、俺の要求は無事にオーナーに受け入れられた。
客が通されたのは周囲には誰も着いてない奥まった席。ヘルプもつかない。
…俺の希望通りだった。
これも日ごろの行いの賜物だろう。
同僚が聞けば大笑い確実のことを考えながら、席へと向かう。

「失礼します」

さて一体誰だと、声をかけて客を見たところで、俺は一瞬動きを止めた。

席にいたのは癖のある茶髪の女とスーツ姿の男。
一瞬月乃とその旦那かと思ったが…否、思いたかったが見間違えるわけが無い。


弟の朔夜と、俺の元恋人だった男…蓉だ。


蓉が一瞬息を呑んだように思ったが気のせいかもしれない。
そう思うほどの素早さで彼は控えめな微笑を「作って」みせた。
表情を繕ったのは間違いない。
その瞬間、相手も俺のことを覚えているということを察した。
忘れるには、10年はお互いに短かったのだろうか。

「遅いよ」

俺と蓉の間に生じた緊張感に気付いてないのか、気付いていて無視したのか。
朔夜は不満げな様子で俺の腕を引いて席に座らせた。

座らされたのは朔夜と蓉、2人の間の席。
朔夜は決しておおっぴらに言えるわけではない俺たちの昔の関係も、それが終わったことも知っている。
なのに、どういうつもりなんだ?

「突然来といて文句言うんじゃねぇよ」

軽く朔夜の頭を小突いてから、逆隣に座る蓉に視線を移す。
どういう表情をしようか一瞬迷って、結局は無表情を選んだ。

「……久しぶりだな」
「…はい、お久しぶりです。雪城さん。
 お元気そうで何よりです」

蓉、と続ける前にアイツは境界線を張った。

…蓉が浮かべているのは相変わらず控えめな笑み。
その表情は付き合っていた当時と変わらない。
10年前との唯一の差異といえば、今の蓉の目は決して俺を映さない…映そうとしないことだった。
会話をしているはずの今も、決して俺を見ていない。

「ああ…伊佐も元気そうで何よりだ」

無意味に苗字を呼ぶことで、同じように俺も境界線を引いた。
昔は、お互いに名前を呼び捨てて呼んでいた。
その呼称を苗字に変えたことは、些細だがお互いに距離感を再確認するには充分だった。

深い溜息が隣から聞こえ、視線を向けた。
溜息の主はあてが外れたような残念そうな表情をしている。

「ところでお前、その格好…ついに女装に目覚めたか?」

朔夜相手に営業トークをする気も起きず…まぁ客にも普段からやってないが…遠慮せずに気になったことを尋ねる。

「女装じゃなくて変装。ウィッグつけてるせいかな…?髪の長さで印象変わるらしいし。
 それにこの服だって女用じゃなくて男女兼用」

何だかんだ言ってるがどうせ誰かに同じセリフで丸め込まれたんだろう。
現実には何処から如何見ても立派に女装だ。

救いといえば大して違和感がないという点か。
いかにも女装してる男が街中を歩いてたら逆に視線を集めたろうから。
しかも仮にも有名人が。

弟である朔夜は所謂芸能人とかいうやつだ。
最近では専らバラエティ番組に良く出ているが、活動範囲は割りと広い。
家族総出で甘やかしたせいで何処か幼さを残して成長してしまったコイツが、果たして芸能界という場所でやっていけるのか。
当初は家族を始めとする知り合いに大いに心配されていたが、結局は何とかやってるらしい。
冴凪樹という相方と組んで活動しているが、なんのマグレか人気も上々でデビューしてからある程度年月が経った今でもほぼ1日に1度は何らかの番組に出ている。
そんな状況なので外出するのに変装しなければならないというのも分かるが。
しかし、だからといって、今年で27の男がこれで良いのかと思わなくもない。

「まぁそんなことはどうでも良いんだって。とりあえずお酒だよね、蓉は何飲む?適当に頼んでいい?」
「お任せします」

1人で喋る朔夜に、蓉が苦笑を浮かべながら頷いた。
仮面のような笑みもこの能天気さの前では流石になりを潜めるらしい。
っつーか、俺の仕事な気がするんだけど…まぁ楽だし良いか。

「じゃ聖夜、好きなの適当に頼んで良いよ」

結局当然のように俺にオーダーを丸投げした朔夜に自然と苦笑が浮かぶ。
一番高い酒を頼んだら後悔して謝るだろうか。
いや、意外にアッサリ払ってきそうな気もする。
冗談を本気にされたら困るし、今回はコイツの財布で普通に払えそうな無難なものにしとくか。
そう考えながらわざわざ俺がカウンターまで足を運び、自分で適当なものを持って戻る。

その間中、同僚からだけじゃなく客からも含めてずっと視線が集中しているのを感じた。
注目されるのはいつものことといえばいつものことだが、今回の視線に含まれていたのは好奇心ばかり。
色気の無い視線なんて心地良くもないしうんざりするだけだ。

まぁ滅多にない俺の行動に興味が集まってるんだろう。
見慣れない女のために俺が人払いをして注文取りに来て、誰も近づけないようにして。
面倒くさがりで気遣いをしない俺の気質を良く知ってる連中からすりゃ不思議なのは当然のこと。
実際には弟の朔夜だが、周囲からすれば俺の本命のようにも見えるかもしれない。
今は声をかけてくるほどの暇人は居ないから良いが、上がった後に煩いかもな…。
生憎、わざわざ事情を説明してやるような優しさなんて持ち合わせちゃ居ないが。


俺が席を外してた間にも朔夜は勝手に喋っていたのかそれなりに会話は盛り上がっているようだ。
こうやってみるとむしろ俺よりも朔夜の方がホストが合ってたのかもしれない。
少なくとも気遣いは出来るし口も上手い。

少し微笑ましく思いながら卓に近寄ったところで、朔夜の声が聞こえてきた。

「聖夜が、蓉に会いたがってたから」

どんな会話の流れかは分からない。
が、喧騒に紛れて聞こえる声は事実無根のことを告げていた。

その内容と、珍しく真剣な口調に思わず足が止まる。

2人とも俺に背を向けている格好になるため、俺に気付かずに話が進んでいく。
声をかけても良かったが、朔夜が何故そういう風に感じたのか気になったのでそのままもう少し待つことにした。

「……雪城さんが、私に?」

困惑した様子の伊佐の呟きが俺の耳に届く。
朔夜は頷いたらしく、椅子の背越しに茶髪が揺れる。

「それはありえませんよ」

やんわりと、しかしキッパリと否定した。
当たり前だ。
伊佐の言葉に心の中で俺も同意する。
俺は朔夜が今日、伊佐を連れてくるまで伊佐のことなどすっかり忘れていた。
なのに俺が伊佐に会いたがっているなどとどうして勘違い出来るのか。
ガキの頃からそうだったが、時折現れる、朔夜のわけの分からない思考回路は未だに健在らしい。

「何で?」
「何故といわれましても…雪城さんと私はもう」
「蓉がどう思ってようと、聖夜は蓉に会いたいみたいだったから。
 それで丁度、この店の近くで蓉に会ったから。
 まるで運命みたいじゃん?だから蓉を此処に連れてきたんだ」

自分で尋ねておきながら伊佐の応えを遮り、何ら躊躇うことなく朔夜は一息で告げた。
その一番の前提である「俺が伊佐に会いたがっている」が間違っているにも関わらず、自信たっぷりに。
大体、何が運命だ。ただのこじつけだろうが。
その辺りの自分勝手さは流石俺の弟というべきか。
俺というよりは、家族の殆どがそうなので「雪城家」の血のなせる技のほうがより正確だな。

「雪城は、何故雪城さんが私に会いたいと思っていると思ったのですか?」
「この間昔のアルバムを見つけたとき、聖夜が懐かしそうに蓉との写真を見てたから」

…朔夜が言っているのは先週、片付けを手伝わせたときのことだろう。
確かにアルバムを見つけて懐かしく思ったし、伊佐と俺が2人で写っている写真を暫く眺めた。
が、会いたいとまで思ったわけじゃねぇっての。
突っ走る前に俺に確認取れ、確認。

説教してやろうと思ったが、今のはまるで盗み聞きの状況だったので止めることにした。
ってか勝手に聞いていたのは事実だからまるで、じゃなく完全に盗み聞きか。


「悪い、遅くなった」

何も聞いていなかったそぶりで2人に声をかけて、持ってきたアイスペールやシャンパンを卓に置いた。






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