【side:蓉】
久し振りにあったあの人は、当然のことながらあの頃より大人びていて。
けれど見紛うことはなかった。
けれど見紛うことはなかった。
僕たちの通された席に姿をあらわした『聖』とよばれたホストは、間違いなく僕を此処に連れてきた雪城朔夜の兄で。
……昔恋人だった雪城聖夜だった。
……昔恋人だった雪城聖夜だった。
心にある動揺を知られたくなくて。
聖夜の言葉を遮るように、「雪城さん」と呼ぶことで彼との距離を計った。
聖夜の言葉を遮るように、「雪城さん」と呼ぶことで彼との距離を計った。
…そう、彼に好意を寄せる前のように。
しかし、僕たちの関係を知っていたはずの雪城が何故聖夜の働くこの店にわざわざ僕を連れてきたのか…。
聖夜が席を外した隙に問い掛けた僕に、返ってきた答えは簡潔で単純なものだった。
聖夜が席を外した隙に問い掛けた僕に、返ってきた答えは簡潔で単純なものだった。
「聖夜が、蓉に会いたがってたから」
しかしそれは、全く予想できなかった答えで。
「……雪城さんが、私に?」
訝しげに聞き返すと雪城は自信があるようで真摯に頷いた。
…何処でそんな勘違いに至ったのかは知らないがそんなことあるはずがない。
…何処でそんな勘違いに至ったのかは知らないがそんなことあるはずがない。
「それはありえませんよ」
そうやんわりと否定をすれば、雪城は不思議そうな表情になる。
「何で?」
「何故といわれましても…雪城さんと私はもう」
「何故といわれましても…雪城さんと私はもう」
別れたのだ。
私が一方的に振った。
しかしその言葉を最後まで言う前に、雪城が口を開いた。
私が一方的に振った。
しかしその言葉を最後まで言う前に、雪城が口を開いた。
「蓉がどう思ってようと、聖夜は蓉に会いたいみたいだったから。
それで丁度、この店の近くで蓉に会ったから。
まるで運命みたいじゃん?だから蓉を此処に連れてきたんだ」
それで丁度、この店の近くで蓉に会ったから。
まるで運命みたいじゃん?だから蓉を此処に連れてきたんだ」
…どうやら雪城は何の疑いもなくそう思っているらしい。
もしそれが本当に運命なのだとしたら、それは皮肉な運命だ。
しかし、真直ぐ此方を見る瞳がそれが嘘ではないことを示していた。
僕の否定をものともせずそう言い切るには何か理由があるのだろうか?
もしそれが本当に運命なのだとしたら、それは皮肉な運命だ。
しかし、真直ぐ此方を見る瞳がそれが嘘ではないことを示していた。
僕の否定をものともせずそう言い切るには何か理由があるのだろうか?
「雪城は、何故雪城さんが私に会いたいと思っていると思ったのですか?」
「この間昔のアルバムを見つけたとき、聖夜が懐かしそうに蓉との写真を見てたから」
「この間昔のアルバムを見つけたとき、聖夜が懐かしそうに蓉との写真を見てたから」
……写真?
確かに本当に数えるほどだけれど彼と共に写真を撮った覚えはある。
それがまだ彼の手元にあるというのか。…とうに捨てたと思っていたのに。
…いや、彼の性格なら面倒だからアルバムに挟んでそのままにしていたのかもしれない。
それがまだ彼の手元にあるというのか。…とうに捨てたと思っていたのに。
…いや、彼の性格なら面倒だからアルバムに挟んでそのままにしていたのかもしれない。
一瞬、期待してしまいそうな自分に、気付いて意図して否定した。
全ては過去のことなのだ。
僕が彼の名ではなく苗字で呼んだとき、彼は何も言わなかった。
そして、彼もまた僕を以前のように名前ではなく苗字で呼んだことがいい証拠だ。
全ては過去のことなのだ。
僕が彼の名ではなく苗字で呼んだとき、彼は何も言わなかった。
そして、彼もまた僕を以前のように名前ではなく苗字で呼んだことがいい証拠だ。
意図して強く否定する。
そうしなければならない淡い期待が自分の中にあったことを知った。
完全に忘れたつもりだったとは言わないが、滲むようにあるこの気持ちは心残りだとでも言うのか。
……だとしたら女々しいことこの上ない。
そうしなければならない淡い期待が自分の中にあったことを知った。
完全に忘れたつもりだったとは言わないが、滲むようにあるこの気持ちは心残りだとでも言うのか。
……だとしたら女々しいことこの上ない。
「悪い、遅くなった」
背後からそんな声が降りてきて、僕は自嘲の思考を中断した。
聖夜が手に持っていた数種類の酒やグラスをテーブルの上に置く。
いつのまにか聖夜が戻ってきたらしい。
先程の会話の途中に戻ってこなかったことに僕はそっと安堵の息を吐く。
聖夜は雪城に促されるまま先ほどと同じ、僕と雪城の間に腰を降ろした。
聖夜が手に持っていた数種類の酒やグラスをテーブルの上に置く。
いつのまにか聖夜が戻ってきたらしい。
先程の会話の途中に戻ってこなかったことに僕はそっと安堵の息を吐く。
聖夜は雪城に促されるまま先ほどと同じ、僕と雪城の間に腰を降ろした。
酒の注がれたグラスに口付けながら、雪城と聖夜の会話を取りとめもなく聞く。
そうしながら雪城に振られる会話に二、三言返事を返す。
此処はホストクラブで、傾けているグラスの中身が酒だと忘れれば、それはとても微笑ましく穏やかな時間だった。
聖夜とのことは過去のことだと踏まえた今でも、こうした空気の中にいられるのは単に雪城のおかげなのだろう。
そうしながら雪城に振られる会話に二、三言返事を返す。
此処はホストクラブで、傾けているグラスの中身が酒だと忘れれば、それはとても微笑ましく穏やかな時間だった。
聖夜とのことは過去のことだと踏まえた今でも、こうした空気の中にいられるのは単に雪城のおかげなのだろう。
「……っ…」
そんなことを思っていると不意に背筋を刺すような寒気。
それに数瞬遅れてガシャンッ、というガラスを割ったような音が何度か続く。
反射的にそちらに視線を向ければ、雪城も同じだったのか吃驚した様子でそちらを見ていた。
それに数瞬遅れてガシャンッ、というガラスを割ったような音が何度か続く。
反射的にそちらに視線を向ければ、雪城も同じだったのか吃驚した様子でそちらを見ていた。
「あー…またやったか」
それに聖夜も何処か呆れた様子でちらりと視線をそちらにやった。
「…また、ですか?」
訝しげに聞き返す。
それに聖夜は軽く頷いてみせる。
それに聖夜は軽く頷いてみせる。
「最近多いんだよな、物落としたり、ガラス割ったり…」
注意力散漫なんだろ、そういってグラスを傾ける聖夜に小さく相槌を打った。
誰かの不注意やミス…?いや、違う。
反射的に内心で否定する。
僕にとって良く馴染んだ肌が粟立つような感覚。
その悪寒の正体を僕は実際に目にするまでもなくわかっていた。
先程の感覚と未だ滲むように残る気配でわかる。
この店には、居る。
……もう、人の目には映らなくなってしまった迷える女性が。
反射的に内心で否定する。
僕にとって良く馴染んだ肌が粟立つような感覚。
その悪寒の正体を僕は実際に目にするまでもなくわかっていた。
先程の感覚と未だ滲むように残る気配でわかる。
この店には、居る。
……もう、人の目には映らなくなってしまった迷える女性が。
それは所謂幽霊と呼ばれるもので。
とはいえ、まさかこの店に霊が居ますなんて口に出す愚など犯さない。
言ったところで信じる人間などいないだろうし、怪しい人扱いされるのが落ちだということを僕は良く知っている。
この世界の大半の人間はそんなものの存在を認知してはいないのだから。
とはいえ、まさかこの店に霊が居ますなんて口に出す愚など犯さない。
言ったところで信じる人間などいないだろうし、怪しい人扱いされるのが落ちだということを僕は良く知っている。
この世界の大半の人間はそんなものの存在を認知してはいないのだから。
そんな僕の特異な体質ともいえるものを、ここに居る雪城と聖夜は知っている。
けれど、今はどんな反応が帰って来るかもわからない。
………今と昔は違うのだから。
けれど、今はどんな反応が帰って来るかもわからない。
………今と昔は違うのだから。
「ねぇ、蓉ってば」
「……え?」
「……え?」
つい気になった悪寒の正体を追いながら思考に浸っていた僕は話を振られていたのに気付かなかったらしい。
雪城の声で我に帰ると、雪城も聖夜も不思議そうにこちらを見ていた。
雪城の声で我に帰ると、雪城も聖夜も不思議そうにこちらを見ていた。
「え、じゃなくて。話聞いてなかったの?」
拗ねたようにいいわれて、ばつが悪く微苦笑する。
「すみません、つい考え事を…。」
「考え事って?」
「……仕事のことで少し気になることがあるもので。」
「考え事って?」
「……仕事のことで少し気になることがあるもので。」
…とっさに嘘を付いた。
本当のことを答える気にはなれなかった。
本当のことを答える気にはなれなかった。
「そういえば、仕事って何してるんだ?」
不意にその様子を見ていた聖夜が聞く。
「商社相手のコンサルタントです。
所謂、経営コンサルタントといった方がわかりやすいですかね。」
所謂、経営コンサルタントといった方がわかりやすいですかね。」
そうかえせば然程興味があったわけではないらしく、聖夜はへぇ、と頷いた。
といっても、それはあくまで表向きの仕事で。
本業はといえば、その裏でパソコンを媒介に運営する一種の派遣会社。
派遣会社といえば聞えはいいが、主には表には委託出来ない厄介ごとをその手のプロに斡旋する「斡旋屋」。
表立って出来ないだけに、その分危険も多いが収入はいい。
自分の面倒でしかなかった能力も役に立つと思えばマシになる。
本業はといえば、その裏でパソコンを媒介に運営する一種の派遣会社。
派遣会社といえば聞えはいいが、主には表には委託出来ない厄介ごとをその手のプロに斡旋する「斡旋屋」。
表立って出来ないだけに、その分危険も多いが収入はいい。
自分の面倒でしかなかった能力も役に立つと思えばマシになる。
「忙しいの?」
首を傾げる雪城に苦笑して首肯する。
実際のところコンサルタントは表向きに過ぎないといえ二重生活もいいところで結構忙しい。
実際のところコンサルタントは表向きに過ぎないといえ二重生活もいいところで結構忙しい。
「雪城ほどではないでしょうかが、少し。」
「そっか…」
「ええ…。
……ああ、すみません。私は明日も少し早いので今日はそろそろ…」
「そっか…」
「ええ…。
……ああ、すみません。私は明日も少し早いので今日はそろそろ…」
会話が切れたのを見計らってそう言えば雪城は少し残念そうな表情になった。
「え?もう?」
「…仕事があるんなら仕方ないだろ」
「…仕事があるんなら仕方ないだろ」
引き止めそうな雪城を、宥めるようにいう聖夜に内心感謝しながら席を立った。
「ええ、すみません…。
会計の方は済ませておきますので」
「え?いいよ、誘ったの俺だし」
会計の方は済ませておきますので」
「え?いいよ、誘ったの俺だし」
慌てて立ち上がる雪城に暫し逡巡しつつ聖夜を見る。
その視線に気付いた聖夜がこちらを見て、その視線が交わる。
その視線が好きにさせろ、といってるようで僕は苦笑を浮かべると雪城の好意を素直に受けることにした。
その視線に気付いた聖夜がこちらを見て、その視線が交わる。
その視線が好きにさせろ、といってるようで僕は苦笑を浮かべると雪城の好意を素直に受けることにした。
「…それでは、ご馳走になります。
この埋め合わせはまたしますので。」
「またっていっても、俺蓉の連絡先知らないんだけど…」
「…そうでしたね、失礼しました。」
この埋め合わせはまたしますので。」
「またっていっても、俺蓉の連絡先知らないんだけど…」
「…そうでしたね、失礼しました。」
ポケットから名刺を一枚出して雪城に差し出す。
「何かあったら此方にお願いします。」
「うん。今日は付き合ってくれてありがとね」
「うん。今日は付き合ってくれてありがとね」
にこ、と笑う雪城に僕もつい笑んでしまう。
無条件に人を和まし、笑顔に出来る雪城は、アイドルという職は天職なのかもしれないなと思った。
無条件に人を和まし、笑顔に出来る雪城は、アイドルという職は天職なのかもしれないなと思った。
「いえ、此方こそ誘って頂いて有難うございました」
そのまま雪城から聖夜に視線を向けると一礼する。
「雪城さんも。それでは……」
「ああ」と頷く聖夜と「またね」とそういって軽く手を振って見せる雪城にもう一度一礼して僕は彼らに背を向けて店を出た。