黒い男だった。
羽織るトレンチコートも黒ければ、胸元から除くシャツも黒。
よれよれの履き古しと見えるジーンズも、これまた黒。
被っている目出し帽さえも、黒。

おおよそ、黒づくめの男であった。

胸元に手を突っ込み数秒。ゴソゴソと漁った掌が掴んだのはお気に入りの煙草ではなく、モンスターボール。
チッと舌打ちを一つ鳴らし、自らに支給されたポケモン、道具を確認。
続いて『ポケモンコンバータ』と称された機械を取り出し、

「けったいなモン寄越しやがって」

こういったタブレットの操作には慣れていないのか、たどたどしい手つきでポケモンの能力、性格、技構成を変更していく。

「気に食わねえな」

本当に、気に食わない。
現代っ子ならものの数分で終えることができるだろう機械の操作に、時代遅れなおっさんである自分が悪戦苦闘しなければならないこの環境も。
よりにもよって、自分のような存在をこれみよがしに「殺し合い」という「悪」に放り込んだことも。

そしてなによりも。

あの忌々しいパロロワ団とかいう輩がおそらく意図的に自分に支給したポケモンたちのことが。

「皮肉のつもりか、クソッタレ」

思い出す。
鎮魂の塔を占拠したあの頃を。
憤怒の湖で実験を繰り返したあの日々を。
あの輝かしき「悪」の時代を。
暴虐と殺戮と略奪と征服と支配に明け暮れた「牙」の時代を。

そして、その影で犠牲にしていったポケモンたちを。

敬愛するボスのことを間違っていたとは思わない。
今更、涙を流し地べたに頭を押し付けながら謝罪する気もさらさらない。
だがしかし、「こいつら」を「あいつら」とは別個体だとわかってはいても。
突然の「再会」によって意識して、初めて、しこりは胸の奥深くに沈殿し続けていたことに気付いた。

「テメエらは道具だ。分かってるな?」

ボール越しに、ドスを効かせた声をかける。
「ふといホネ」を持ったガラガラと、「ギャラドスナイト」を持った赤いギャラドスに。
「ポケモンタワー」で、かつて殺したポケモンと、「いかりのみずうみ」で、かつて狂わせたポケモンに。
道具に話しかける意味など、ないことを自覚しつつ。
彼らの瞳に映りこむ、自分自身――ロケット団員「だった」存在に、言い聞かせるように。

たった一人の少年によって自分の古巣が壊滅して、どれだけの月日が経っただろうか。
復活を目指し仲間たちと奮起し、それもまた別の少年に潰されてから、何年の歳月が経過しただろうか。
覚えていない。ただただ、絶望し、激情し、諦念を抱いた感情の変遷だけが、ぼんやりと頭の中に残っているだけだった。
組織が潰れてから今まで、何をして生き繋いでいたのか思い出そうとしても、浮かぶのはかつての栄光の記憶ばかりだ。
今の自分は、かつてロケット団に所属し、今や生きるという本能に従うだけの肉袋と化した存在でいかない。

「かつて、じゃねえよボケが」

「まだ、ロケット団は終わってねえ」

いや、違う。

自分が、終わらせないのだ。

「気に食わねえ。俺の生き甲斐(煙草)は奪うは、誇り(悪)を強要するは、こいつら(仇)を寄越すは、気に食わねえことだらけだ。
気に食わねえが……利用できるモンは利用させてもらう」

この殺し合いは乗ることに決めた。
あのサカモトとかいう男が本当のことを言っている保証はない。
仮に生き残っても情報秘匿のために殺される可能性は高いし、ましてや大金を寄越すなんて眉唾もいいとこだ。

「組織再編の可能性が一ミリでもあるなら、な」

だが、組織が潰れてから抜け殻となっていた自分にとっては、蜘蛛の糸に他ならない。
どうせこのまま死んだように生きていても仕方のない命だ。
大金を手に入れロケット団を蘇らせる一歩を刻むという一縷の望みにかけて、足掻くのも悪くない。
殺しにも忌避感はない。「悪」の「牙」に真っ当な倫理観は必要ない。

それにここに集められた参加者は、そもそも拉致され首輪をつけられた時点で既に何を命令されても従うほかない存在なのだ。
パロロワ団にとっての自分たちは所詮、実験動物であり、研究対象であり、金儲けの道具であり。
間違っても「友達」にも「仲間」にも「相棒」にもなりえない存在であり。
対等ではなく下等であり。

……ああ、なんだ。

実験動物だった「あいつら」を思い出し。

研究対象だった「あいつら」を思い出し。

金儲けの道具だった「あいつら」を思い出し。

「因果応報ってか」

そういうことか。分かりやすいじゃねえか。

己の立ち位置は見定まった。あとは生き残るために全力を尽くすだけだ。
必要とあらば「悪」らしく「だましうち」も「ふいうち」も使いこなす必要があるだろう。
そのためには自分の戦力となるポケモンたちの「使い方」を把握しなければならないのだが……1つ、問題がある。

果たしてギャラドスはメガギャラドスにメガシンカできるのか。

ポケモンではなく自らの腕にはめた支給品を一瞥し、馬鹿にするようにフンと鼻を鳴らす。
噂には聞いていたが、まさか自分の手にはめる日が来るとは思いもしなかった、「たいせつなもの」
なにが、たいせつなものか。

「道具に絆だとか情だとか……んなもんは必要ねぇんだよ」

メガリング――メガシンカという名の新たな可能性を切り拓く道具。
本来ならばポケモンとの強い絆を持っていなければ発動しないはずのこのアイテムは、
果たして自分にとっての切り札となるのか、それともガラクタで終わるのか。

「俺たちは、ただ「牙」であればいい」

確かめるために、まずは手ごろな獲物を一匹見つけて「かみつく」のも、悪くはない。

【B-4/道路/一日目/日中】

【ロケットだんのしたっぱのタスク 生存確認】
[ステータス]:良好
[バッグ]:基本支給品一式、メガリング
[行動方針]皆殺し
1:手頃な参加者に「かみつく」
2:勝つためなら「だましうち」も「ふいうち」も辞さない
3:機会があればメガシンカが行えるか確かめる

▽手持ちポケモン
◆【ギャラドス(色違い)/Lv50】
とくせい:いかく
もちもの:ギャラドスナイト
能力値:攻撃、素早さ振り
《もっているわざ》
たきのぼり
りゅうのまい
かみつく
じしん

▽手持ちポケモン
◆【ガラガラ/Lv50】
とくせい:ひらいしん
もちもの:ふといホネ
能力値:HP、攻撃振り
《もっているわざ》
ホネブーメラン
ストーンエッジ
はらだいこ
つばめがえし


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最終更新:2014年11月17日 13:16