アットウィキロゴ



 ――ヤマブキは きんいろ かがやきのいろ。


 シルフカンパニーの本社ビルが見下ろすその輝きの街で、俺とイオナは育った。

 俺の家の隣にイオナが越してきたのは、まだ俺がほんの小さなガキだった頃だと思う。
 第一印象は、引っ込み思案で泣き虫でいつもおどおどしている女の子、ぐらいのものだ。
 ホウエン生まれの人間はもっと元気で活気があると聞いていたが、イオナの性格はほとんど真逆だった。
 仕方ないから同い年の俺が兄貴ぶって、街中をあちこち連れ回していた。

 いつだったかゲートの係員の目を盗んで、隣のタマムシデパートまで一緒に探検しに行ったこともあったな。
 あの時は二人ではしゃぎすぎて帰りがすっかり遅くなって、暗い夜道をびくびくしながら帰ったな。
 そのうち草むらに浮かぶロコンの鬼火を見たイオナが大泣きして、俺だって怖かったけど、必死に励ましたっけ。
 もしかしたらあの頃から俺は、あの弱虫な幼馴染を守ってやらなきゃいけないと思っていたのかもしれない。


 だけど、イオナが不思議な力に目覚めたあの頃から、ヤマブキの輝きはあいつを照らしてくれなくなった。


 『サイキッカー』。念力や予知、透視能力など、人間が本来持たないはずの超能力を持つ者達。
 今でこそ超能力者ナツメが有名になったおかげで世の中にも受け入れられた気がするが、あの頃はそうでもなかった。

 きっかけは突然だった。授業中、何の前触れもなくイオナの念力が暴走したんだ。
 教科書や文房具が宙を飛び交い、教室中はパニックで、先生までが腰を抜かし、それでもイオナ本人が一番泣きそうな顔をしていた。

 その次の日から、周囲のあいつを見る目は、今までと同じクラスメイトを見る目では無くなった。
 そしてその怯えと好奇と排斥の目がもっと具体的ないじめに変わるのに、そう長い時間はかからなかった。

 なんとかしなきゃいけないと思った。俺が幼馴染を守らなきゃいけないと思った。

 格闘道場で空手を習い始めたのもその頃だ。あいつに嫌がらせをしてくる連中を何とかしてやっつけてやろうと思ったのだ。
 俺は昔から体を動かすことしか出来ないバカで、おまけにあの頃はガキだったから、拳を鍛えることしか思いつかなかった。
 それから間もなくして、ポケモンの扱い方を覚えた。バトルは空手ほど上達しなかったが、それでも役には立った。

 思えば必死だった。家族からも腫れ物みたいに扱われていたイオナにとって、頼れる人間は俺だけだったから。
 あのすがるような瞳に応えたいと思った。俺はヤマブキの輝きから置き去りにされたあいつのために、自分を鍛え続けた。

 そうして、どれだけの時間を一緒に過ごしただろうか。
 あの頃は疑いもなく、俺がイオナを一生守っていくんだと思っていた。

 だけど、現実はそう単純ではなかった。俺が成長したように、イオナもまた成長していた。
 いつの間にかイオナは自分の超能力を制御できるばかりか、自分で自分の道を選べるようになっていた。

 嬉しいことのはずだった。だけど俺にはそれがひどく寂しかった。
 いつまでも一緒に要られるなんてことはあり得ないと、もっと早く気付くべきだったのに。

 俺達はいつの間にか、大人になってしまっていたんだ。


   ▼  ▼  ▼



「こうやってリキと面と向かって話をするの、何年ぶりかな」

 サイキッカーのイオナが目の前で浮かべる儚げな微笑みに、リキは笑顔で応えることは出来なかった。
 もう二十になるというのに、彼女はリキと初めて出会った頃と同じような、どこか子供っぽい話し方をする。
 それがひどく懐かしくて、それでもリキはそれをそのまま口に出せないくらいには不器用な人間だった。

「仕方ないだろ。お前は今やヤマブキのジムトレーナーで、俺は格闘道場の空手王だ。
 ヤマブキジムと格闘道場は未だに仲が悪いし、トレーナー同士が仲良くすればお互いよく思われない」

 超能力の訓練を兼ねてヤマブキジムへ通っていたイオナは、数年前に正式なエスパー使いのジムトレーナーとして認定されていた。
 一方のリキは空手とポケモンの研鑽を重ね、同じ頃にヤマブキ格闘道場の空手王の座を与えられていた。
 しかし、かつてポケモンリーグ公認ジムの座を懸けて争ったヤマブキジムと格闘道場は、未だに水面下では反目し合っている。

 流石に表向きは遺恨は残っていないような雰囲気を醸し出しているが、実際のところ積極的な交流は疎まれるような空気があった。
 リキ自身は別に評判など気にしないが、せっかくのチャンスを掴んだイオナの立場を悪くするような真似はしたくなかったのだ。
 皮肉にもお互いが良かれと思って選んだ道が、二人を遠ざける切っ掛けを作ってしまっていた。

 実際にお互い嫌い合っていたわけではない。むしろリキは、ずっとイオナのことを気にかけていたと言っていい。
 それでも、一度切れた縁というのは、気持ちだけで結べるものではないらしく。
 忸怩たる思いを抱えたまま、リキは修行に明け暮れたり、道場破りに来た眼帯の格闘家と戦ったり、せわしなく日々を過ごしていた。
 まるで置き去りにしてきたものを、必死に忘れようとしているかのように。

「それは、分かってるんだけどね。それでも、やっぱり寂しかったかな」
「もうガキじゃないだろ。いつまでも俺の後ろをチョロチョロするこたぁないんだ」
「うん。でもね、私、ちゃんと見てたよ。リキが頑張ってるところ」
「よせって」

 疎遠になって以来ろくに挨拶すらしなかった幼馴染と今ようやく話ができているのに、突き放すような言い方しか出来ない自分が恨めしい。
 しかしリキを日頃に増して無愛想にさせているのは、何も照れくささばかりではなかった。
 つい十数分前にイオナと偶然再会した時、リキの心を支配したのは僅かな喜びと、そしてそれを丸ごと塗り潰すような絶望だった。
 この状況で、心をささくれ立たせないでいられるほうがどうかしている。
 なのに彼女はひどくいつも通りに見えて、その違和感がリキをいつも以上に無口にさせていた。

「できれば、もっと違う形で話せたら良かったんだけど、ね」

 だからイオナが首元にぴったりとはまった首輪を自分で軽く撫でながら寂しそうに微笑んでそう言った時も、リキは返す言葉を持たなかった。

 自分は知っている。彼女も知っている。
バトル・ロワイアル。この首輪の意味。この殺し合いの意味。

 この島で出会ったということは、二人のうちどちらかだけしか生きてヤマブキシティに戻れないということ。
 もう二度と、子供の頃の二人には戻れないということだ。

「……なんでそんなに落ち着いてるんだ」

 リキの抑揚のない声は、それでいて確かに怒りを含んだものだった。

「落ち着いてないよ。今だって、私、すごく怖い。怖くてたまらないよ」

 対するイオナの声は逆に恐れを帯びているようで、その奥にあるものを押し殺しているようにも聞こえて。
 それがリキを焦らせる。目の前の幼馴染が、どこか遠くへ行ってしまいそうな、そんな錯覚。
 いや、これはきっと錯覚ではない。確信だ。彼女の意志がもたらす、確信。


「――でもね、きっと私、殺されるのが怖いんじゃないの。ずっと私の側にいてくれたリキが死んでしまうのが、きっと私は一番怖い」

 彼女の、その奥にあるもの。
 それに気付いた時には、リキの体は言うことを聞かなくなっていた。

 イオナが何気なくかざした手のひら。そこから放たれている念力が、リキの体を押さえつけている。
 ヤマブキ格闘道場の空手王として鍛え続けた肉体が、不可視のサイキックパワーだけで拘束されてしまっている。

 やめろ、と言おうとした。この念力ではなく、こうして身動きを封じてまで、彼女が為そうとすることを。
 だけどその言葉を発する前に、リキの手持ちのモンスターボールのひとつが、紫色のオーラに包まれて浮かび上がった。

「ごめんね、ボールの中、透視させてもらっちゃった。確か交換は、反則じゃなかったはずだよね」

 同じようにサイキックで浮き上がったイオナのボールとリキのボールが、空中で入れ替わる。
 リキに向けてかざしている手と反対側の手でリキのボールを握ったイオナが開閉スイッチを押すと、中からスプーンを握ったポケモンが現れた。

「ユンゲラーーーッ!」

 しかしその姿は一瞬。
 即座に輝きに包まれたその体は一回り大きくなり、一対のスプーンを構えたより威厳のある姿へと変化した。

「フーーーディィィーーーン……!」

 交換進化。
 リキの手持ちからイオナへと渡ったユンゲラーは、進化条件を満たしその姿を変化させたのだ。
 そのヒゲを指先で撫でながら、イオナは決然とした瞳をリキへと向けた。

「エスパータイプは私が一番扱い慣れてるからね……この子となら勝てる。きっと勝てるよ」
「……勝つ? 誰に勝つんだ。何に勝とうっていうんだ」
「あなたを傷つけるかもしれないすべて。すべてと戦って、私は勝つ。今度は、今度だけは私が守ってみせるから」

 その目尻から一筋流れた雫を見て、リキは悟った。
 彼女は自分を捨てる気だ。自分自身を勘定に入れていない。完全に投げ打つつもりでいる。
 自分の手を血に染めてでも、リキだけを生かして帰そうとしている。

 あのおどおどしていた幼馴染の、こんなにも意志に満ちた表情を見るのが、よりにもよってこんな時だなんて。

「じゃあね、リキ。ほんと言うとね、私……ずっとあなたのこと、大好き、だったよ」

 彼女が最後に残した言葉に、リキは何も答えられなかった。答えを発する暇さえ与えてもらえなかった。
 念力が解けた瞬間には、幼馴染の姿は忽然とその場から消えていた。
 彼女の力ではない。フーディンのテレポート。戦闘から離脱するその効果をもって、一瞬で彼の前から跳躍したのだ。

 リキはさっきまで彼女がいたはずの、誰もいない空間に手を伸ばした。
 わなわなと震えるその手では、もはや何も掴めないと悟り、その拳を固く固く握りしめた。

「……くそぉっ!」

 そして、感情の怒涛が荒れ狂うままに、膝を折ってその拳を地面に叩きつけた。

「何が守るだ、勝手なことを……誰が頼んだ、誰が俺のために死んでくれと願った!」

 もはや周囲には彼女の気配などない。追おうも方角すらわからない。
 どうにもならない。その現実だけが立ちふさがる。
 誰も彼女に犠牲になれなどと望んではいないのに。彼女に人を殺めてなど、欲しいはずがないのに。
 爆発しそうな胸の内をもう一度地面に打ち込もうとして、リキはその時、視界の端に転がるものに気付いた。

 ――モンスターボールだ。
 イオナがフーディンと引き換えに残していった、元は彼女のボール。
 何かの手がかりを期待していたわけではなかったが、リキは半ば無意識にそのスイッチへと手を伸ばした。
 そして現れた光景に、息を呑む。


「これは……ゴーリキー、いや、カイリキーか!」


 目の前の光景が、先ほどのユンゲラーの進化と重なる。
 交換進化。
 ボールから飛び出したゴーリキーの腕が二対へと増え、腰のパワー制御ベルトが音を立てて地に落ちる。
 そして現れる、屈強なるその姿。リキが格闘道場で慣れ親しんだかくとうタイプ、その象徴とも言うべき鋼の肉体!


「カァァァァァァァアイリキィィィィィィィィィィイイイ!!!」


 2秒間に1000発のパンチ。荒れ狂うパワーの奔流。
 からておうのリキにとって、これ以上に自分に合ったポケモンはいないだろう。
 それを彼女が残していった、その事実。
 交換でなければフーディンは進化できなかった、というだけではないだろう。
 リキが持つポケモンにふさわしいポケモンを、あえて残していった、その意味。

「俺への餞別のつもりか……こいつがいれば、容易くは死なないでくれるだろうと、そういうことか……」

 カイリキーの逞しい姿を目にし、彼女がリキに生きていてほしいという思いを改めて自覚し。
 リキの心の中に、炎が灯った。
 それは希望であり、立ち向かう意志であり、肉体を動かす命の活力だった。

「とことん勝手なやつだ。だが、勝手なままにはしてはおかない。お前が泣き虫なのは、俺が一番良く知ってるんだ……!」

 拳を握りしめる。
 思えばこの拳も、ポケモンバトルも、理不尽に立ち向かうために磨いたものだった。
 ならば、今回も変わりはしない。彼女を取り巻く理不尽と戦わなければならないのは、何も変わらない。
 横に目をやると、カイリキーと視線が合った。その4つの拳を同じように握りしめ、力強い視線を送ってくる。

「力を貸してくれるな、カイリキー」

 拳と拳を打ち合わせる。それだけで全てが伝わった。男と男の、無言の言葉があった。
 そして、その身を構える。敵はここにはいない。しかし、倒すべき相手は見つかった。
 戦うべきは理不尽。すなわち、このバトルロワイアルそのもの。
 彼女が返り血を浴び過ぎて、もう引き返せなくなる前に。

「 ウ ー ! ハ ー ッ ! 」

 烈昂の気合と共に正拳を繰り出す。
 隣のカイリキーもまた、新たなる主のそばで虚空に拳を突き出していた。
 阿吽の呼吸に心強さを感じながら、歩き出す。
 行く当てなど知らないが、その一歩には力がある。

「何が、大好きだった、だ。勝手に過去形にするんじゃない……二人で帰るんだ、俺達のヤマブキシティへ」

 ヤマブキは金色、輝きの色。
 だが自分一人では、きっとその輝きは見つからない。ようやく分かった。だからこそ。
 その輝きをもう一度取り戻すために、空手王が征く。


【カラテおうのリキ 生存確認】
[ステータス]:良好
[バッグ]:基本支給品一式、ランダム支給品×3
[行動方針]幼馴染のイオナを救い、殺し合いを打破する
1:イオナを探す

◆【カイリキー/Lv50】
とくせい:ノーガード
もちもの:???
能力値:攻撃全振り
《もっているわざ》
ばくれつパンチ
バレットパンチ
ストーンエッジ
みがわり


◆【???/Lv50】
とくせい:???
もちもの:???
能力値:???
《もっているわざ》
????



   ▼  ▼  ▼


 森の中。

 木の幹に背中を預けたまま、イオナはただ涙を流していた。

「死にたくない……死ぬのは怖い……殺すのも、殺されるのも怖い……!」

 流れるままに。溢れるままに。それの止め方を知らないかのように。

「それに、ポケモンで人を殺すなんて嫌……私、こんなことのために、トレーナーになったんじゃないのに……!」

 幼馴染の前ではついぞ見せなかった本当の弱音。儚げな笑顔の下に封じ込めていた、彼女の恐れ。

「でも、リキが死ぬのはもっと嫌……私が何もかも我慢すれば、そうすれば……う、ううっ……」

 気遣わしげに、フーディンがその指で彼女の手を握る。
 涙でくしゃくしゃになった顔で、イオナは無理やり微笑みを作ってみせた。

「……ごめんね。君は優しいね。私、そんな優しい君に、きっとひどいお願いをしちゃうね」

 細い指で、涙を拭う。願わくばもう二度と流れてほしくはないが、そうは行かないだろう。
 それでも、どんなに心が悲鳴を上げていても、覚悟は決めなければならない。

「一緒に殺そう、フーディン。私に力を貸して」

 フーディンが頷き、モンスターボールに戻る。そのボールを念力で浮遊させたまま、彼女は歩き出した。

 ヤマブキは金色、輝きの色。
 彼女にとっての輝きはただひとりのことだった。彼さえいれば、自分がいなくても、ヤマブキは輝くだろう。
 脆い心を封じ込め、サイキッカーは一歩を踏み出す。   


【サイキッカーのイオナ 生存確認】
[ステータス]:良好
[バッグ]:基本支給品一式、ランダム支給品×3
[行動方針]幼馴染のリキを生還させるため、他のトレーナーを殺す
1:敵を探す

◆【フーディン/Lv50】
とくせい:マジックガード
もちもの:???
能力値:特攻素早さ全振り
《もっているわざ》
サイコキネシス
きあいだま
リフレクター
テレポート(緊急離脱用)


◆【???/Lv50】
とくせい:???
もちもの:???
能力値:???
《もっているわざ》
????


第12話 誰が為に強さは宿る 第13話 失われた輝きを求めて 第14話 交わらぬ白

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2014年11月19日 00:35