1: 名前:サスライ☆12/17(金) 19:26:23
むかしむかし、あるところに大冒険をした3人の旅人が居ました。
気丈なジュウザ。
優しいサーパ。
陽気なハンプティ。
これは、そんな3人が別れてから数年後の、むかしむかしでは無い話。
2: 名前:サスライ☆12/17(金) 19:51:34
第一章 ササヤキ
風が吹く。その風は何処から来たのか、聞いても答える者は無いが、フィクションの制限されたこの町では、聞いたらかなり危ない人に見られる。
だから風に頬が当たれば鬱陶しいな程度にしか思えなく、しかし発散する場も無いので『彼女』は溜め込んでポケットに手を入れてズンと歩くしかなかった。
白い肌に紅い目と、銀髪がよく似合う娘だった。右目を髪で隠すのは思春期特有のオリジナリティで特に意味は無い。
小柄な身体を寒さに歯まで震わせて、嫌だと感じて愚痴を吐こうにも声が出ない。
ならば一刻も早く家に帰りたいのかと言えばそうでも無かった。
家に帰っても自分の気持ちを解ってくれる人なんていない。
家に帰っても何も無い。
国の中でも特権階級の過ごす事が出来る町。ここでは外の様に飢餓に苦しむ事もミサイルの直撃を受ける事も無い。
しかし自由は無くて、個性は奪われる。
彼女にとって家に帰ると言う事は、玄関で靴を脱ぐ様な物だった。
3: 名前:サスライ☆12/18(土) 12:18:14
彼女が曲がり角に差し掛かった時だった。何時もなら何も感じず通り過ぎる筈だが、今日は何かが違った。
囁く(ササヤク)様な声がする。聞き覚えの無い様で、しかし聞き覚えのある声色が。
「クックック。たまには曲がってみたらどうかな?」
人を喰った様な口調だ。未知に対してゾワリとした感覚が足の爪先から首の付け根まで伝う。
周りを見回すが、それらしい人影は無い。精々電灯に群がり、しかし行き場を失って右往左往している虫影が見つかる程度だ。
「だれ、そう誰ですか。こう言う人を脅す行為は条例により暴力と同様と見なされますよ!?」
必死に自分が今まで絶対無敵の最強武器だと思っていたものを振り回す。
しかし、もしこれが人に届いたとしても何の関わりの無い他人を『助けるなんて利益の無い事』を、人に襲われる恐怖を知らないこの町の住人が行うだろうか。
もし行政に届いたとして、自分で考え上の許可を取らず人のもとに駆け付ける人間がどれ程居るだろうか。
「やだなぁ、居るじゃないか、もう解ってるじゃないか。それを認めないだけじゃないのかな。
アンタの頭の中に直接響くこの声が、声色が。
そう、私はアンタ自身だ」
どこかで聞き覚えのある声だ、だってそれは自分の声なのだから。
4: 名前:サスライ☆12/18(土) 22:56:50
彼女は自分の脳がおかしくなったのだと思った。そして、この世の終わりの様な恐怖にかられる。
これが治療出来る範囲なら良い、入院すれば良いだけだ。
しかし、治しようの無い人間は、隔離治療して手の打ちようが無ければ『外の世界』に放り出される。
だって、法に殉じる『立派な大人』になれないのだから。
『外の世界』は学校で習っていないからよく分からないし、必要が無いから知ろうともしなかったが、そこは野蛮人しか居なくて人殺しなど日常茶飯事の事だとか。
「クックック、どうした?『私』、そんな頭を抱えていては下しか見えないよ?」
「五月蝿い。消えろ。お前が現れたせいで私はどうしようも無いんだ」
「……そうだなぁ、一つだけ方法があるよ」
「ホント!?」
彼女は目を見開き希望の光よろしく月光を顔に浴びる。ロクに自分で考えもしていなかったのに。
囁き声の主はそれを解っていながらも溜め息一つ。こいつは悪い意味で頭が良いけど馬鹿だなあと。
「うん、今日から暫く私の言う事を聞いてくれたら良いよ」
「うんうんするする。それで、何をすれば良いの?」
「じゃあ、目からピーナッツを食べて鼻からスパゲティを吸ってみよう」
沈黙。
電灯は相変わらず虫が群がり行き場を失う。その下に生える植物も常に光を与えられているから花を咲かせる時間が分からなくて行き場を失っている。
彼女もそんな気持ちだ。だから叫んだ。狂っていると思われる事を省みずに。
「出来るかボケェ!」
5: 名前:サスライ☆12/21(火) 00:32:56
「……と、言うのは冗談で」
「マジで怒るよ?」
地獄の底から深く呟いた。囁き声の惚(トボ)けた口調がかえって怒りを蒸し返す。
「一瞬本気にしたクセにー」
「え、アンタ何で解るの!?」
「そりゃ、私はアンタだからね。色々解るさ、例えば……」
テスト前、頭に一気に勉強を詰め込んだ様な痛みが疾り、脳裏に残るは赤裸々な過去の記憶、通称黒歴史。それは色々な意味で自分だと思いたくないと言う感情を作り出すには十分だった。
苦虫を噛み潰した様な顔をする彼女は割と平然とした感情で、しかし迷惑にならない様なのか保守的思想によるものなのかボソリと言葉を吐いた。
「……アンタは、『ササヤキ』だ」
「私の名前か。やれやれ、面倒な不思議ちゃんだ」
ムスッと頬を膨らます。軽く応えるササヤキに今の自分の必死さを伝えたいし殴りたい。そもそも何が不思議なのか。
「だってもう一人の自分にボソボソ語りかけるってドコの不思議ちゃん?それとも中二病?
ウヒャヒャヒャヒャ」
胃が痛くなったと同時にこれに慣れるには随分手間隙かける必要がありそうだ。笑い声が心の底から鬱陶しいと思ったのは初めてかも知れない。
「まあ、良い。行くよ」
「おや、曲がり角に曲がるのかい、『メイ』。クックック」
「五月蝿いなぁ、アンタが言ったんでしょ」
こうして彼女、メイは産まれて初めてのルール違反をするのだった。
8: 名前:サスライ☆12/21(火) 11:35:01
言葉だけで解ったと言う人程、実は解っていない。
例えば、勉強ばかりゲームばかりの人間が論争の果てに一方が『俺を殴れ』と言う、それは殴られれば許されると解釈している。しかし、何故殴るかを解っていない。
拳を欲望を吐き出す手段としか捉えていない。それは殴った事も殴られた事も無いからだ。
その様にメイも何故街灯があるかが解っていない。暗闇を照らすのは知っているが、何故暗闇を照らすかを知らないのだ。
「な、何か話なさいよ。ササヤキ」
「クックック、鬱陶しいんじゃ無かったのかにゃー」
頬を電流の様な感覚が伝い、腿(モモ)が震える。
メイは暗闇がどれ程怖いかを解っていなかった。だから、路地裏も精々薄暗い程度と高をくくっていたらこの有り様だ。
「じゃあ引き戻せばいいんじゃないのお?チキンのメイちゃん」
「五月蝿い、私がこんな不幸なのはみんなみんなアンタのせいだ」
暗闇で怯えパニックを起こすメイの死角で、黒猫が塀の上で欠伸をしていた。月光を背にするシルエットには余裕が感じられる。
「ふうん、まあ良いんじゃないの。メイがそう思うなら」
「何、どう言う意味!?」
その言い争いは直ぐに終わる事になる。
黒猫が塀からピョンと飛び降りて何処かへ逃げた。途端、調度メイの正面の塀に何かがバンと叩きつけられる。
それは人だった。
11: 名前:サスライ☆12/22(水) 19:50:35
人がコンクリートの塀に叩きつけられれば服が波紋を描く。その服が群青だから、波紋と聞くと水を連想してしまい、すると人体の弾力に目が行き改めて水分量からこれは人体なのだと認識する。
そしてそれは、見覚えのある格好だった。
「あらら、お巡りさんが塀にぶっ飛ばされてるねえ。窓に突進のカブトムシもビックリだ」
「もうカブトムシの時期は過ぎてるよ。いや、そんな事はどうでもいい。
警察が暴力にあってる!?」
ズルリと身体が塀に沿って尻から落ちる名無しの警察。警棒やら金属製の、重量感ある音がした。
警官の正面、曲がり角の更に脇道、闇の向こうからカツカツと革靴の音が近付いてくる。
警官が顔を上げると同時に、顔面に革靴の裏側が叩き付けられた。尚、革靴は引く力が強い為、裏底は厚いゴム等強固な素材で出来ている場合が多い。
それが革靴が地面を叩く音が無くなって直後から行われた。つまり、この蹴りの主はメイが姿を確認する間も与えず、面を上げたばかりの警官に素早く蹴りを文字通り見舞ったと言う事だ。
暗闇に目が慣れてきた為かその姿が確認出来る。
「いや、まあ、慣れてなきゃ警官も確認出来ないから当然っちゃ当然なんだけどね。ウッシッシ」
ササヤキがメタ発言をするがスルーの方向でいこう。
月光を背にする黒髪の持ち主は、黒いスーツを手本の様に着た男性で、年齢はよく解らない。只、中性的な美貌があった。
普通の格好、普通の背だけに黒革の眼帯と腰に差した日本刀がかなり目立ち、彼の『恐怖』を引き立てていた。
12: 名前:サスライ☆12/24(金) 22:25:27
目的を違えた見開いた目同士が合う。スーツの男は視線から殺気を放つ為に、メイはそんなスーツの男の殺気に仰天していたからだった。
すると直ぐにスーツの男はメイへの視線を外して背中をメイへ向ける。悲鳴を上げる事も出来ず、膝から情けなく地面にへたりこんだ。
スーツの男が向かう先は蹴り飛ばした警官の居る場所の更に奥で、ズングリとした影が見えて、目を凝らせば、それが別の人と解った。詳細は不明。
スーツの男が刀の柄に手をかけて、スラリと美しい線を描いて抜く。月光に照らされる金色の曲線は、ゾクリと官能的だった。
その時、ササヤキが口をメイの脳内にはさむ。相変わらず惚けた口調で、残酷な内容を。
「あらま、あの人ガチで殺す気だねー。お巡りさんも動けないし、こりゃオワタ」
するとメイの中で感情が落ちて冷たい感覚になる。結局自分は何も出来ない人間なのだと。
それで良い、ここで傍観者をしていれば明日も何事も無く何時も通りだし、自分はこんな事に人生を無駄にする訳にもいかない。どうせ、時間が解決してくれるじゃないか。
が、思っている事とは裏腹に感情は高ぶり初めていた。ササヤキが冷やかしたから、昔の思い出があるから、将来を考える癖でもあるのか原因は不明。
どうでも良い訳無い、事件その物は時間が解決してくれても、自分の中でそれは時間と共に、後悔と言う形で大きくなるだろう。
どうせ、あの曲がり角を曲がった時からルール違反をしているんだ。ルールが無いなら自分の正義に従うしか無いじゃないか。
人を殺したく無い。
その正義を背負い、生まれて初めて彼女は、『選択』した。
13: 名前:サスライ☆12/25(土) 14:29:58
メイの駆け足にスーツの男は反応。一瞬メイの方向へ視線をずらした。
その隙を以て、今から斬られようとしていた人影の運命が変わる。懐に手を入れて、クロガネの金属光沢を放つ塊を取り出した。拳銃だ。
銃口がスーツの男に向けられると同時に、メイがスーツの男の脇腹に勢い良くタックルした、怖いとか感情は不思議と無かった。
「……邪魔だ!」
それは片手で磁石の反発よろしく弾かれる。
その流れでスーツの男は片手で刀を振る、一閃は拳銃をバターの様に飛び出す最中の鉛弾ごと叩き斬った。
さて、一方弾かれたメイは警官の方向に飛ばされていた。そんな彼女の視界に飛び込んでくるのは、スーツの男に向けたのか警官の構えた拳銃。
「うわぁ、リボルバーかっちょえ~。それに私、殺されちゃうけど」
このササヤキのぼやきにメイは無言だった。反論する余裕が無かったと言えばそれまでだが、何故か同意見でもあったのだ。
もう駄目だ。そんな時だ。
拳銃が突然、潰れた。これは抽象的表現では無くて、突然拳銃の中に強力な重力が発生したかの様に物理的に潰れたのである。
もはや拳銃と呼べないそれを構える警官に、今度は見えない力が顎に叩きこまれ、奥歯を一本吐いて、彼は気絶する。
塀の上にはまた猫が居て、ズングリした人影は消えている。そして道に立つスーツの男には一つの変化があった。
眼帯を取っていたのだ。それを見て、メイは今度こそ恐怖を感じた。
14: 名前:ササヤキ☆12/25(土) 19:47:18
スーツの男の眼帯の下は化け物の目だった。爬虫類の様な棒状の瞳の周りに赤目があった。白目は無く、変わりに墨で染めた様に真っ黒だ。
そして、目の周りに静脈血管の様な隆起が亀裂よろしく、はしっている。
それでも人間の方の冷めた目で、スーツの男はメイを見て、ポツリと呟く。
「……怖く無いのか?」
「怖いですよ。それより、さっきの人はどうなりました?」
メイは冷静だった。この状況を焦ってもどうしようもない。一回頭に血が昇ってバランスを保つ為かも知れない。
これは授業が解らなくても諦めず集中して聞き続ける事で、無駄な力が入らなくなり頭に入り易くなる事に似ている。
スーツの男は鼻息で行うをため息を一つ。刀を鞘に納めると、肩の力を抜いた。
「逃げたぞ。で、何故貴様は奴を助けた」
「人が死ぬのは誰だって嫌ですよ」
スーツの男がその言葉を聞くと、今度は口からため息を吐く。そして地面に落ちていた眼帯を拾い、着け直す。
相手も解ってくれたのかなと考えるメイに、ササヤキが囁いた。
「いや、単に呆れているだけじゃない?都合が良すぎる考えだって」
脳内でそんな事無いと返事した。
15: 名前:サスライ☆12/26(日) 09:15:39
「……呆れたな」
やっぱ呆れてた。目に見えぬ2対1で負ける構図にメイは項垂れる(ウナダレル)しかない。
「何が呆れるんですか、誰かを生かす事は間違っていますか」
「では貴様は、そいつが生きてるお陰で沢山の人が死んでも良いのか?良い訳無いだろう、貴様の理屈で言うとな」
さて、メイが住んでいる『この国』には『隣国』がある。「全ての人間を平等に」をスローガンに掲げた党が立ち上げた国だ。しかし、他の思想に対する弾圧力も一部では有名である。
近年、どうも景気が良いらしく、力を付けているとの事。
拳銃を犠牲にズングリした人影が逃げた闇をスーツの男が眺めると、再びメイを見た。
「さっきお前が助けたのは、隣国の工作員だ。この国と戦争を起こす為の理由作りのな」
メイはその一言で血の気が引く。一瞬、余りにも非日常過ぎて非現実に思えた。しかし叩き斬られた拳銃と血塗れでピクピクしている警官を見ると、逆に非日常がリアルに思える。
「……ジュウザ」
「は?」
スーツの男の突然の台詞にポカンと聞くと、付け加えられた。
「俺の名前だ、貴様はヤツを逃がした。
……手伝って貰うぞ」
16: 名前:サスライ☆12/28(火) 00:04:21
路地裏に、門番の如くズンと立ち塞がり存在する石の塊が、得てして文明社会の光の裏側に存在する。
それは望まれて産まれ、しかし時が経つにつれて邪魔だと罵られて棄てられた。昔の物なのでコンクリートの表面は、ややパウダー状になっていて、空気は無機に満ちている。
死んだ文明。それを人は『廃ビル』と呼んでいる。
メイはそんな廃ビルの一室にジュウザと一緒に来ていた。何があっても自分は悪く無い、こうなったのはジュウザとササヤキのせいだ。そう、自分に言い聞かせる。
あの後、巻き込むとは何事とジュウザに抗議したが溶ける程呆れた顔で
「貴様の考えは、まるでデコレーションケーキの砂糖人形の様だな」
と、言った。笑いをこらえるササヤキを無視してどういう事だと抗議すれば、続ける。
「デコレーションケーキの砂糖人形の様に甘いのもだが、貴様は結局小綺麗なケーキの上に立つ考えしか出来ない」
ジュウザは、闇の向こうまで歩き、途中で止まって振り向かずに口だけ動かした。
「まあ来い。貴様が助けた奴がどんな人間か教えてやるから」
「あらあら、素敵なデートのお誘いだねえ。ここまで来ちゃったら行くしかないかなあ」
他人の言葉が生み出した、自分の心の波に流されて、今メイは此処に居る。
別に義務でも無いのに。
17: 名前:ササヤキ☆12/29(水) 00:02:22
ジュウザは刀を抜く。どう抜いたかは解り、スローモーションにすら見える筈なのに抜く瞬間は見えない。何故なら、とてつもなく速い動きだが、そこに無駄が無いからだ。
ユラリと刃を上に向け、手の甲を峰に添える。牙突、つまり突きの構えだ。
「クックック、こりゃ偉いもん見れるかもねえ」
ササヤキは不安な事を言った。ふざけた口調なのが他人事を引き立てていてメイにとっては憎たらしい。「なあ、メイ。アンタも私なら解らないかい?さっきの拳銃が潰れたあの力の波動を」
確かにメイは肌に突き刺さる感じがある。それは肌にぶつかっても広がらず、冷たい針の様だ。
しかし波動を感じるだとかそんな物は漫画の中のお伽噺に過ぎない。漫画なんてメイの常識では中学生で卒業する子供の玩具だ。
「クックック、そうやってアンタは何時も自分を誤魔化している。
そうやってアンタは自分を良くしか見せない。
気付いているじゃないか、この『波動』が何なのか」
「何なの!?勿体ぶらないでよ、馬鹿にしてんの」
集中して刃と一体化しているジュウザに声は届かないが、ササヤキには届く。
ササヤキは、言った。
その力はお伽噺なんかじゃない。その力はメイが何時も内側に持っている。その力の正体は、薄々形容表現を考える内にメイは気付いていた。
「……『憎しみ』さ。クックック」
途端、ジュウザの『憎しみ』を垣間見る事になる。
18: 名前:サスライ☆12/30(木) 13:14:08
ジュウザは添えた片手を発射台にして、突きを放つ。誰も見えない上に向かって。
うわあ、この人危ない人だよ、脳とか。と、一瞬考えるメイだが、その考えは即座に断ち斬られた。
天井に突きが貫通した跡が見えるのだ。
「エネルギー波を刀から放出したってトコかなあ、クックック」
そんな非現実的な事あるものかと突っ込みたいが、ササヤキをはじめとする非常識のバーゲンセールの存在がそれを否定する。
そしてジュウザが刀を脇構えにすると口を開く。
「……この刀は、感情を力に変換出来る。今放った憎しみからは、決して逃げられない。
憎しみは常に、誰かに向かっているからだ。怨念とも言うな」
天井の割れ目にヒビが入る、ヒビが一定の大きさに達すると天井その物が砕けた。大量の瓦礫が降り注ぎ、ジュウザはそれに刀を振るう。
弧は広がり、ジュウザとメイを覆う目に見えないが確かな盾になった。常に辺りに気を配って、自分を殻に閉じ込める。その感情を人は『恐怖』と呼ぶ。
大量の瓦礫が大量のパウダーを撒き散らして、煙いなんて無いかの様に涼しい顔で瓦礫の中心にジュウザは腕を突っ込んだ。
「さて、この辺にさっきの工作員は居る筈だな。
……天井に、同じ感情と力の流れ。所謂『気配』を感じれた」
19: 名前:サスライ☆01/01(土) 17:41:51
瓦礫から片手で引っ張り出されたのは、全身をローブで覆った小柄な人だった。ローブは若葉色で、淡い色は暗闇に同調し易く出来ている、黒いと月光を反射して逆に目立ってしまうのだ。
どうやらこのヒラヒラがズングリの正体で、実際はもっと細いと予想される。
布に血がベットリ付いて足に貼り付き、細い曲線を描いていて、メイはそう感じた。
ジュウザがローブに手をかけると一気に引っ張る。破れ難い特殊な繊維で出来ていたが、ジュウザの力で直ぐティッシュペーパーの様に破れる。ジュウザの刀の能力は、刀以外にも適応されるからだ。
では何故、ローブを脱がせるか。服とは精神的な鎧であり、人との壁でもある。だから服を着込んでいると威圧感があるし、着てる側としては何か安心する。
つまり、尋問するのは服を脱がせた方が良い。
孵化よろしく中から現れたのはメイと同じ位の少女で、黒いタンクトップと迷彩カーゴパンツと言ったシンプルな服装。
茶髪をショートに切っており、顔の形は良いくせに色気は無いが気高さは感じる。所謂『格好可愛い系』だ。
ジュウザは問い、彼女はジュウザの予想通りに、しかしメイの予想外に応える。
「……さて、言い残した事はあるか?」
「この世を乱す害悪め、お前は死語己の罪の重さに地獄の業火にて焼かれるだろう」
「……そうか。では、尋問を開始する」
ジュウザは変わらない。警官の顔を血塗れにした時も、メイに憎しみを向けられた時も、そして今も。
無理矢理言うなら『歪み無い系』だ。
20: 名前:サスライ☆01/01(土) 22:13:12
メイは目を閉じる。決して変わらぬジュウザの姿に恐れているからではない。
メイは耳を塞ぐ。決して耳障りな風音を鬱陶しがっているからではない。
メイは今日、学校で何があったか考える。そう言えば先生が誤字をしていたっけ。しかし決して授業の復習をしたいからでは無い。
「クックック、無駄だよ。君がそう逃げた所で何も変わらない」
ササヤキに思わず薄ら目を開けた。天丼ネタよろしく変わらない風景が目の前にある。
全裸に剥かれた同世代の女性。それの両手首を片手で掴んで持ち上げるジュウザ。
そして、クラスに一人は居る様な無愛想な表情を変えずに、もう片手で拳を作る。
「……さて、貴様の目的は何だ?」
すると女性はジュウザに向かって、ジュウザ並みに無愛想な顔で唾を吐く。そしてザマアミロとガキ大将な台詞が似合う顔をしていた。カメラ目線とも言う。
「……そうか」
特にジュウザは表情を変えずに腹に拳を釘の様に打ち込んだ。女性は目を見開いて、口を大きく開き先程よりも大量の唾を吐く。
唾が大量に顔に付いてもジュウザは歪み無い。だから淡々と言葉を紡ぐ。
「……さて、貴様の目的は何だ?」
この『作業』がずっと続いていた、しかし不思議な事に一番はじめにそこから逃げ出したのはメイだった。ササヤキは続ける。
「だから無駄だって、君がどんな逃げたトコロで、君が生かした人が生きる事で酷い目に合う事は変わらない。
そんでさ、『私』にそれを止める手段は無いんだよ」
21: 名前:サスライ☆01/01(土) 22:55:55
マオ。それが今ジュウザに尋問されている女性の名前だ。工作員としての成績は、あまり良く無くて、何時でも切り離せる様に工作の先駆けに使われる事が多い。
逆を言えばマオが居ると言う事は何かが起こる前兆であり、こうして何を隣国が企んでいるかを問い詰める。
「さて、腹を殴るのも飽きてきたし趣向を変えてやろう」
ジュウザは少し血の付いた拳の人差し指でマオの左足を指す。次に右足、次に左腕、次に右腕、最後に顔面だ。
「……5回、チャンスをやろう。今指差した順番で骨を折っていく。
5つ目の意味は、解るな?」
しかしマオは、だからどうしたと言わんばかりに、他人事の目をする。
自覚しているのだ、自分の価値を。それでいて組織から離れる意思は無い。何が彼女をそうさせるのか。
「だからどうした。お前が私をお前の悪質な趣向で痛め付けた所で私の心は穢れない。
何でも力でどうにかなると思うなよ、野蛮人!
……アグゥ」
かなり速く、手刀で左足をトンと重く叩く。すると空手の演武の手刀で板が割れる様に、もしくはポッキーが折れる様に、あっさりと左足に第三の関節が出来た。
ただしそれは本人の意思では動かない上に、在るだけで激痛を伴う不便な物だが。
「……さて、次は右足か。心が痛むな」
「ふん。お前の考えている事なんてクズだ。そんな使えない物に我が誇り高き思想は屈しない」
「……そうか。お前等の思想は確か『全てを平等に』だったな」
右足にも第三関節が出来る。どんな人間にもどんな生き物にもどんな事象にも平等にジュウザは変わらない。
22: 名前:サスライ☆01/02(日) 12:01:22
あの化け物の目だ。ジュウザは眼帯に手を掛けて、あの時メイの見た目で、マオを見る。
こうする事で己から人間性を遠ざけさせ、絶望感をマオに与える。
「……さて、今の貴様の痛みは筋と神経が延びる事による痛みだ。
これで両腕を折られるとな、貴様の全体重が筋と神経を一気に伸ばす。
……さて、貴様の目的は何だ?」
マオは冷や汗をかきながら少しだけ口ごもり、しかし直ぐに口を開き満面の笑みで舌を出す。アカンベエだ。
左腕が折れる。ぶら下がり状態のマオが傾き、彼女は痛みを堪える為に下唇を噛んだ。直ぐ様ジュウザは、やや早口で質問する。
「貴様の活動は今まで筒抜けだったしかし捕らわれなかったのは単に身近にもっと重要度の高い奴が居ただけでそれでも貴様の国は貴様等を酷使する」
「あ、早口になった。悔しいんだろう、所詮は義も無い単純な思考だな」
体重で延ばすのは一瞬の事なので、痛みに慣れさせる前に質問を早めただけだが、どうやら調子付かせてしまったらしい。そう思い、右腕も折った。
「……ギャアアアア!」
地獄の奥まで響くと言うが、正直地獄を見た事が無いから解らない。只、耳は勿論口や鼻と言った穴と言う穴から入り下腹の奥まで響いた声だった。
「クックック、ならば地獄とは案外私達の中にあるのかもねぇ」
23: 名前:サスライ☆01/02(日) 15:37:02
メイは涙と鼻水を垂れ流しながらジュウザに向かって駆け出した。そして叫ぶ。ササヤキの言葉なんて知らない、自分の正義に従うだけだ。
「もう止めてよ!アンタ何で平気な顔してそんな事出来るの!?」
「……これが平気に見えるか」
ジュウザは飽きてきたコーヒーブレイクと変わらない様な表情を変えずに、化け物の目をメイに向ける。
淡白な顔と、今にも爆発しそうな顔が同調した顔は確かに怖い。しかしメイはそれには恐れなかった。
「ああ、だからアンタはおかしい。人を傷付けて平気な人間なんか居る訳無いだろ、例えそれが沢山の人間を殺す事になっても平気なのはおかしいんだ。
どうせロクな教育を受けたんじゃ無いんだろう、外の世界は暴力的な事を庇護する出版物が溢れているらしいからな!」
言い切る。メイの中には震えるような恐怖感がドッと流れ込んで来るが、それでもやり切ったと言う爽快感があったから平気だった。そして、その爽快感は人生最大の物だったので死んでも良いとすら思えた。
そんなジュウザは囁く様に言葉を作っていく。
「……いや、俺は勉強ばかりでそんな物に接する暇も無かった。
そしてこれは、出版物も流通しない紛争地帯の兵士から学んだ物でな」
口をグッとつぐんだ彼女の脳内に、ササヤキ声が聞こえる。
「クックック。結局人間なんて、その程度の暴力的な生き物なんだろうねえ。
だって何も無くても無くならないのだから」
24: 名前:サスライ☆01/07(金) 01:31:14
ジュウザとは、実は本名では無い。その心を力に変える妖刀を持つ者の称号だ。
漢字では『獣座』と書き、『座』とは玉座。つまり王である事を差す。そして獣辺に王と書き『狂』。
では何故、その刀の持ち主は狂っていると言われるか。狂いとは極端に尖った感情であり、更にそこまで感情が強くなければ妖刀は使いこなせない。
「……化け物」
「違う。人間だ。未熟で、ちっぽけで、矮小で、惰弱な人間だ」
ジュウザの技は居合に似て、感情を内側に貯めて、一気に放出する。
もしも内側に貯めなければどうなるか、感情が表に出る事になる。
「貴様にこれが化け物に見えるならば、それは貴様が人間の本当の感情に触れていないだけだ」
憎しみ、怒り、悲しみ、傲慢、癇癪、様々な感情がジュウザの眼帯を外した目を中心に表に出る。
沢山の瘤が膨れ上がり、人面相が出来、沢山の刺が生えて触手が蠢く等、感情が顔の肉を変異させて表に出る。
「俺は平気なんかじゃ無い。平気なんかじゃ……無いんだ」
化け物の目から一滴の血の涙が流れる。
彼は何時も眼帯を付けている。つまり常に抑え切れない感情があると言う事だ。ならば彼が感情を抑えていないと言えば、そんな事は無い。
拳銃を殺意でバターの様に斬り、憎しみでビルの天井を崩す程の感情が内側に渦巻いている。
それ程の感情に呑み込まれ発狂しまいと抑えているそれは、皮肉にも狂気の沙汰だった。
25: 名前:サスライ☆01/07(金) 13:00:16
ジュウザがマオに向き直ると、拳を開き親指以外の指を合わせてピンと張る。 拳よりも殺傷力の高い貫手だ。これに頭を貫かれれば、即死である。
「……さて、貴様の目的は何だ?」
「死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇ!!」
「……そうか」
構造以外変わらぬ顔で、ジュウザは手をマオの方へ突き出し、当てた。
自転車のタイヤのチューブが爆ぜた様な音がして、ジュウザの手首の辺りからは数滴の血が飛び散る。
ダラリと力を喪う肩と、太股。慣性にならって折れた部分がブラリブラリと夕方の公園のブランコよろしく揺れていた。
一部始終をメイはボウと見るしか出来なくて、何も考えていなかったせいかスンナリ事実を受け入れる。
彼女の脳裏にこびり付いたのは叫んでいるマオの表情で、大きく見開きつつも不安気な目でジュウザを見て、歯を剥き出して笑っていた。
「クックック。結局、助けられなかったねえ」
「狂っている、みんな、狂っている」
メイは両手で額を覆い、下を向いて呟いた。
「ジュウザも、あの女の人も、そして、『アンタ』も!
何なんだ、突然人の頭にズカズカ入って来ては狂気の選択しかしない。アンタは何なんだよ」
ササヤキに叫ぶメイ。ジュウザから見たら危ない人にしか見えないが、彼は苦笑いも勿論浮かべない。その感情で能力を使うととんでもない力になりそうだが。
チッチッチと人を見下した様に相づちを打って、ササヤキは相変わらずメイの声で言う。
「クックック。
何を言ってるんだ、私はアンタだ。私は、普段アンタが裏で思っている事が表れた存在に過ぎない。
選んだのはアンタだ。ならばアンタは狂いたかったんだよ。
何時も周りと足並み揃えて、そして貯まるストレスに蓋をしてきた。その結果が狂気だよ、メイ」
26: 名前:サスライ☆01/08(土) 14:23:00
一拍置くと、ジュウザの顔はメイの知る顔に戻っていて、相変わらず無表情でマオを地面に横にすると、ローブを着せた。
「何で、そんな事するの?」
「……コイツには何も無いからだ。コイツ、最後まで俺を見ていたよ。
普通こう言うタイプは最後は自国に万歳とか言ったり抵抗したりして果てるタイプなのに」
自分の世界に狂えるのは、自分の世界に誇りがあるからだ。が、そうでも無いのにそれらしくなるパターンがある。
それは自分の狂信的な世界以外の生き方を知らない人間だ。
自分の世界に誇りは実は無いが、周りが狂信的で、他を知らないから狂信的な態度である事が正しいと思い込んでしまう。だから薄々おかしいと感じつつも、周りに流されて従ってしまう。
こうして一つの事ばかりにズルズル生きてきて、アイデンティティーを与えられるしかない人間になるのだ。
「……これが正しいか。否、こんな人間を生み出してはいけない。
だから俺は隣国と戦うし、コイツを助ける」
メイは息を飲む。隣国の存在にでは無くて、自分にも当てはまる事が多々あるからだ。
そしてメイは目が点になる。今確かに『助ける』と言ったからで、よく見るとマオの頭から血は出ているが、気絶してるだけで息はある。
ジュウザがマオの最後の表情を見た瞬間、凄まじいスピードで貫手を掌打に変えたからで、チューブが割れる様な音も、少量しか出ない血もその為だ。
27: 名前:サスライ☆01/10(月) 01:09:19
筆者が思うに、安定を求める人が死ぬ時、最期に見ようとするのは自分の興味の対象では無いだろうか。
人は生まれたからには足跡を残したくて、興味のある物を極めようとする。
それは挫折し、諦めても死んでいないが外的環境が生き返るのを許してくれない。何かを成すには今を捨てなければいけない。
だから何時か暇が出来た時にでもやろうかなと取って置き、いざその時になると時間は使い果たされている。
普通に生きてもそうなのだ、志半場で倒れるならその無念は尚更だろう。
それなのに、マオは最後までジュウザだけを見ていた。つまり彼女には何も無かったのだ、好きな事も。
「……コイツ、最後まで理想も見ずに俺しか見ていなかったのに罵倒しか言えないんだ」
ジュウザは折った腕に手を当てる。すると、高速映像を見るかの様にムクムクと骨折が治っていった。
メイは驚く、コイツは人を傷付ける以外の事も出来たのかと。
尚、今ジュウザがマオに放っている癒しの感情は『慈愛』。だから、実は受ける側も受け入れる心が無ければ不可能な技だ。
マオは、心に飢えていただけだからだ。例えそれが愛でも憎しみでも殺意でも。
28: 名前:サスライ☆01/12(水) 19:18:44
メイの頭の中で、ササヤキが話しかける。それはジュウザがマオを治療し終わった後の事だ。
なんとジュウザはマオをメイの家で保護してやれと言ってきたのだ。
メイはササヤキの声を聞いていて、正論だと感じた。何故なら自分自身が話し掛けているのだから。
「クックック。捨てちゃえよ、厄介事なんてあるだけ害だろう。
大体そんな危険な人、ジュウザが預かるべきじゃないか。
理由も話さないんだ、預かる義理も義務も無いよ」
何か面倒事に巻き込まれたら周りの人に迷惑になるかも知れない。
自分には自分の生活を守る必要がある。助けたからって崩壊するまで付き合う必要なんて無い。
それでも、メイは預かる事を考えていた。それは同情かも知れないし好奇心かも知れない。様々な感情が怨念の様に腹の中で渦巻いていた。
それでも、メイはササヤキに話しかける。それは凹凸ない滑らかな感情で、腹の中の渦巻く考えなんて小さな物に過ぎない。
「預かるよ。人を信じられなくなったら、終わりだからさ」
ジュウザは何処の誰かも解らない。しかし彼は偶々会ったに過ぎないメイを助けて、敢えて残酷性を見せる事で警告し、そして敵に対して慈愛の心を送る事が出来た。
メイにはどう考えてもジュウザが自分の事を何も考えていないと考えられなかった。
29: 名前:サスライ☆01/13(木) 01:17:49
メイが預かると言った時、ジュウザの複雑な感情が入り乱れる心の中で、歓喜の感情が多くを占めた。尤も、『オモテ』に出さないので伝わってはいないが。
まだ、何も言っていないのに、自律的に考える人間が少ないこの街で、意見が合ったのに感動したからだ。
取り敢えず、真意を伝えておく。
「……そうか。
俺はソイツから情報を掴めなかったから、隣国で情報を集めるので、忙しくなる。
……ソイツを暫く預かってその際、面倒事もあるだろう。だから『コイツ』を頼れ」
スーツの内ポケットからメモ帳を取り出して、それに思い出を込める。すると、メモ帳に男の写真が浮かび上がってきた。
黒髪を後ろで三つ編みにした、西部劇にでも出てきそうな格好の男だった。
皮のカウボーイハットに羽を付けて、皮のマントを羽織っている。
口には葉の付いた草を喰わえ、無精髭を生やし、目付きと相まって大分ワイルドな印象だ。
「……名前はハンプティ。旅人だ。
俺の仲間でこの町の
×××ホテルの×××号室に滞在してる」
メイは写真を受け取ると、ジュウザは隣国に向かう為に背中を見せる。
何故、警官も襲われたのか、何故、自分に預けたのか、何故、この写真の人は草を喰わえているのか様々な謎が残ったが、ジュウザが最後に振り向かずに言った一言が印象的だった。
「……ありがとう」
30: 名前:サスライ☆01/13(木) 01:20:17
†††第一章・完†††
最終更新:2011年07月03日 14:14