有色人種。続き8

273: 名前:みるみる☆02/25(木) 16:40:06

赤音さんなら「カップラーメンが3つはできちまう」と表現しそうな、長い長い静寂が流れた。体は緊張したまま、絡みついた腕を何故か振り解けず、私はそれこそ人形のように硬直していた。

左耳のすぐ後ろで、依頼主が何か呟いた。
そもそも顔がそこにあることも分からなかったので、微かな吐息が耳たぶにかかり、ぞくりとする。

そして、その距離でも聞き取れない呟き。

何ですか、と聞こうと思ったが、とてもそんな雰囲気ではない。

「……ぃ、……、」


まだ何か呟いている。
少し声のボリュームが上がっているような気がする。

今度は全神経を耳に集中して、その声を聞き取る。

呟きは、何度も何度も呪文のように同じ音を繰り返しているようだった。

「……さぃ…、………め……ぃ」

そして少しずつ大きくなっていく声の中、やっと私は聞き取ることが出来た。

「――ごめんなさい。」

誰に対してだろう、少なくとも私ではない、他の誰か。

絡みついた腕の力は心なしか強くなり、呟きも感情がこもって少しずつ速くなる。

ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
僕を許さなくても良いから。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
君を傷つけました。
ごめんなさい。
ごめんなさい


274: 名前:みるみる☆02/25(木) 17:35:13
どうやら依頼主は、私に『誰か』を投影して、懺悔をしているようだった。

その声に、聞き覚えがあった。

掠れて、途中から涙も混じったような声だったが、確かに覚えがある。

誰だろう。思い出せない、何故か、思い出せない。
焦れったい。
自分の頭の悪さをここで恥るとは。

ああ、もう。
この腕、振り解いてしまおうか。

よし、と心を決め、依頼主にほんの少し申し訳なく思いながら、まだ呟き続けるその人の、苦しいくらいになった拘束を引き剥がす。

気味の悪い懺悔がぴたりと止む。

自由になった腕で、素早く目を覆っていた布を取る。

ああ眩しい、という、あの感覚はなかった。
薄暗い、部屋の中。

目の前には、足が4つ付いたバスタブ。

見覚えのある光景。
聞き覚えのある声。

一気に早鐘のように打つ鼓動が、鼓膜のあたりでうるさい。

後ろを振り向いた。

耳の下あたりまでの茶色い髪。
筋の通った美しい鼻。
薄い唇。

以前冷たいと感じたその瞳は、今は驚きに見開かれ、雫が流れ落ちていた。

私を瞳の色で判断したであろう。

「……碧ちゃん」

と、震える声でそう言った。

間違えようもない。
私が知っている茶色い人なんてそんなに居ない。

琥珀さんだった。


276: 名前:みるみる☆02/27(土) 20:56:49
275あゆ☆様
文才、私には関係のない言葉です;
文才ください←
褒めて貰ってばかりで、いやもう本当に勿体ない言葉です……
ありがとうございます!


「どうして、君が……?」

まだその肌を濡らす涙は止まっていなかったが、鳶色の瞳はしっかりと私を捉えた。

不思議と恐怖心が消えた。

何故だろう、ここは琥珀さんのお母さんが絶命した場所であり、小町ちゃんが監禁された場所であり、自分も1度は殺されかけた部屋だというのに。

瞳からは、あのときの氷点下の薄ら笑いは消えていた。
ただ、あまりにも哀しそうで、そして幼く見える。

「お金がないの。みんなが食べていくだけのお金を稼いでいるところよ」

ふと、若い雇い主との会話を思い出す。
依頼主は、以前にも何度か依頼をしたことがあると言っていた。
私ではない誰かを、この部屋に連れ込んでいた。

「あなた、何をしてたの?」

「え……?」

何のことか分からない、といった様子の琥珀さん。
哀しみの淵にくれる相手に対して、酷かもしれないけれど沸々と憎悪の気持ちがおこる。

「ここに、こんな娼婦もどきを何人も連れ込んで、何をしてたの?」

小町ちゃんの事が1番ではなかったの?
替わりは誰でも良かったの?

琥珀さんは少しの沈黙の後、「ちょっと話、いいかな?」と言った。


277: 名前:みるみる☆03/02(火) 17:26:35

「君以外の子に依頼したっていうのは僕と小町が再会する以前の話なんだけどね」

琥珀さんが私の手を引いて来たのはリビングだった。
もう泣いてはいなかった。

琥珀さんの言うことがどうも言い訳がましく聞こえるので、私はむっときた。

「答えになってないわ。何をしてたの?」

私の言葉に困ったように笑う唇。

「ちょっと言いにくいんだけど、君がそれで納得するなら話すよ」

納得するかどうかなんて言ってないのに。
どうして笑っていられるの?
苛々した気持ちを噛み潰して、続きを待つ。

「ずっと、替わりで紛らわせてたんだ。替わりなんて、居なかったけど」

その言葉に自分の中でどうも汚らわしいイメージが浮かび、思わず眉間にしわが寄る。

でも、内容は想像とはかけ離れていた。

「女の子にインクをかけたこともあったな。髪が黒くなれば、それで小町の替わりになるとか、そんな幻想を信じてた」

頭の中に、髪からインクを滴らせながら嫌がる女性と、瓶を手に持つ哀れな男の図が現れる。
多分、私が思うよりももっと狂気じみて、悲惨な状態だっただろう。

「変な噂が流れたよ。『人外に惑わされた少年』、『coloredは人を狂わせる魔法を持っている』とか……家では父や母に見つからないように必死だったのに、何でだろう」

やっぱりあの女の子に怖い思いをさせたんだろうな、と琥珀さんは哀しそうに笑う。


278: 名前:みるみる☆03/04(木) 15:31:55
その後も何人か同じような事例を聞かされた。
つまり、女の人を連れ込んでいかがわしいことをしていたわけではないのだ。
ただ「替わり」を探していたんだ。

そんなに琥珀さんは小町ちゃんのことが好きで、他のことは考えられないくらいなのに、どうしてこんなことになったんだろう。

「どうして、小町ちゃんを大切に出来なかったの?」

心に思ったことが、すっと言葉になった。
そこが疑問だ。どうして、相思相愛の二人がこんなに涙を流して傷ついているのだろう。

「僕にもよく分からない。でも、多分僕は子供過ぎたんだ」

例えば取られた人形を、首が取れてでも奪い返すように。
可愛がっている虫を虐めたり。

愛してるだの何だの言って、結局は相手を自分の所有物にしたかっただけ。
そうでさえあれば、幸せになれると信じている子ども。

相手の腕も脚も目も耳も鼻も髪も爪も睫毛も、全部欲しかっただけ。

「反省って言うより、後悔してる。全部なかったことに、なんて、そんなことは出来ない。でも、もう1度会いたいんだ」

1度だけで良いから――と、その言葉には未練がましい嫌な響きはなかった。
何か仕事をやり残したような、そんな意志だ。

「僕を連れて行ってくれないか。小町の所に」

茶色い瞳は真っ直ぐ私を見ている。


279: 名前:みるみる☆03/06(土) 00:30:12

2人分の足音に気付いた赤音さんが、金属の棒を持って近づいてくるのが分かった。
警戒心むき出しの赤音さんに、「大丈夫だよ」と言った。
赤音さんは私の後ろにいる琥珀さんの顔を見て、小さく舌打ちをした。
こう言う時の赤音さんは怖い。
路地が少し開ける。
一番最初に目に入ったのは蒼太くんの「おや?」とでも言いそうな微笑。
椅子代わりの瓶かごに腰掛けたまま、あくまでも傍観者といった感じだ。

そして次に目に入るのは。

「碧ちゃん、早かったですね――……っ」

言葉の途中まで私に笑顔を向けていたけれど、視線を後ろにずらして一気に全身を強ばらせる小町ちゃん。

「えっ……!?」

なにか得体の知れないものでも見るように、瞳が恐怖に揺れている。
どうして、と言いたげに、私と琥珀さんを交互に見る。

「ごめんね、どうしても言いたいことがあるんだって」

小町ちゃんを安心させるように微笑んだ。

私の前に、琥珀さんは歩み出た。
それに合わせるように、小町ちゃんは一歩後ずさりした。

それを見て、琥珀さんは悲しそうに、そして自虐的に笑った。

「……謝りに来たんだ」

怪訝そうに黒い眉がひそむ。

「……何なんです、今更」

「今更だけど、本当に、今更なんだけど。許されるなんて思ってない。取り返しの付かないことをしたんだ。でも、だからこそ」

今度は私じゃなく、本人に。
真っ直ぐ目を見て。

「ごめんなさい」

小町ちゃんが下唇を噛みしめる。
今にも溢れてしまいそうな雫。

「許しません」

「許さなくていい」

「だったら!」

小町ちゃんが遂に目をそらした。
もう見ていられなかったのかもしれない。
シャツを握りしめて俯く姿は、何故か叱られた子どものように見える。

「私はどうしたら良いんですか!? こんな、こんなのって――」

「何もしなくていい。ただ、このままじゃ僕の気が済まなかったんだ」

そんなことは小町ちゃんだってきっと分かっている。
私よりもずっと頭が良いのだから。

×××××――」

琥珀さんの口から聞いたことのない音の響きが零れ出た。
その言葉に過剰に反応したのは、小町ちゃんだけだった。

「い、いやだっ! もう、そんな名前で呼ばないでっ……!」

琥珀さんは逃げ出しそうな白い手首を優しく、でもしっかりと握って言葉を続ける。

「昔の君も、今の君も何も変わってなんかいなかった。そんな君を、僕は好きだった。優しくしてくれてありがとう。傷つけてごめん」

「ず、ずるいです……こんなの」

嗚咽混じりに、小さな悲鳴のような声で小町ちゃんは琥珀さんを見た。

「あなたを許してはいけないのに! 好きなのは、あなただけじゃないのにっ……!」

腕が、震える肩に回された。
そのまま、細いからだが傾ぐ。

「うん、だから、ごめん」

「我慢できると思ったのに、乗り越えられると思ったのに! あなたが、こんなことするからっ」

「ごめんなさい」

そのあと、小町ちゃんは何かが決壊したように号泣した。
琥珀さんも、その体を抱きしめたまま、苦しそうな表情をしていた。
2人が痛みを分かち合っているように見えたのは、私だけではないと思う。



281: 名前:みるみる☆03/08(月) 12:56:12
280あゆ☆様 そんなことを言っていただいて本当嬉しいです……!でももっと上手く書ければいいのに;文才ください←
蒼太と赤音出番が少なくて申し訳ないです;
あれ、こんなはずじゃなかったのにw

お話もそろそろクライマックスです!
ちゃんと終われるか凄く不安です。あーーーーもうどうしよう!


「……償おうと思う」

抱きしめている肩に、そう呟く。
小町ちゃんは顔こそ上げなかったが、きちんと聞こえているはずだ。

「償う、なんて、できないかもしれないけど。罰を、きちんと受けなきゃいけないって」

それはつまるところ自首を意味していた。
私にも、それは今のところ最も大切な選択のように思われる。

小町ちゃんは暫くの沈黙の後、くぐもった声で、「頑張りましょう」と言った。

「頑張ってください」ではなく、「頑張りましょう」と言った。

ああ、やっと解決したと思った。
きっと今までは、ただ距離を置いていただけで、何も解決なんてしていなかったのだ。

私は流石に「頑張りましょう」とまでは言えないけど、手助けできることは全力でしようと思う。きっと平坦な道のりではないだろうから。

そんな、悲しいけれど久しぶりに暖かな空気が流れた瞬間のことだった。

「伏せて」

蒼太くんが立ち上がったかと思いきや、いきなり私と小町ちゃん達2人の頭を押さえつけて屈めさせ、自分もそのようにする。
視界の端で、赤音さんは言われるまでもなくその体勢になっている。

状況が掴めないまま「え?」と声を漏らした、その瞬間。

銃声。

私の頭より少し上にあった壁の塗装が、いや壁の素材までもが派手に弾ける。

「な、ぁ!?」

「付けられてたみたいだね、碧ちゃん」

「え……」

それは琥珀さんと歩いてきたこの道を、ということだろうか。
でも、前に町で見つかった時には卵やら何やらを投げつけられただけだったのに。
これは、明らかに命を狙っている。

一気に全身を駆けめぐる緊張。

「僕もよく状況が分からないけど、兎に角ここを出るんだ、できるだけ速く」

珍しく真剣な顔の蒼太君が言った。



286: 名前:みるみる☆03/15(月) 00:08:55
282さおり様 ありがとうございます! うう…もうひとがんばりΣ
どうにか、なって……←

283とーよ様 度々ありがとうございます! 久しぶりに時間があったんですが……また停滞しちゃいました。ごめんなさい;

285愛海様 何度もありがとうございます! 埋もれるところでした……


その言葉に私がうなずく前に、みんなはもう立ち上がって銃声とは逆方向に向かい始めている。
俊敏すぎるのか、私がのろま過ぎるのか。
でも直に命に関わってくるこの事態はかなり深刻だ、そんなことを考えずに、今は逃げることに集中しなければならない。

足音が聞こえたのか、銃声がもう一度、背中に響く。

「うわ、わ」

相手に背を向けて逃げるのがこんなに怖いとは思わなかった。

一番相手に近い場所にいた赤音さんが私たちにすぐ追いついた。
ピンヒールみたいな靴の音がやけに響く。
こんなのじゃ走れないだろうと少しだけ思ったら、赤音さんもそう思ったのか舌打ちをして靴を脱ぎ捨てた。

「碧急げ、追ってきてるぞ」

裸足になった赤音さんはぐんぐんスピードを上げて、じぐざぐに狭い路地を駆け抜ける。

怖い。

怖い。

いつまた狙われるか分からない。

いままで普通の女子高生としてだらだら平和な生活をしていた私と、毎日がサバイバルみたいに生活してたみんなとでは、基礎の運動能力が全然違うことが分かる。

蒼太くんは私より、というかこの集団の中でも一番足が速そうなのに、私の少し前を庇うように走っている。

「置いていっていいよ!」

前の背中に上がった息で叫ぶ。

「私に合わせてたら、みんな危ない、」

後ろを振り向かれて、手を握られた。
そのままぐい、と引っ張られる。

「頑張れ、弱音吐かない」

そのまま手は解かれた。
映画で手を繋いで走るシーンがあるが、あれは失速するだけと言うことを知っているのだろう。

なぜか泣きそうになりながら、でも必死に腕を振って走ることに決めた。
息が途絶えるまでは、全力で走ろう。


289: 名前:みるみる☆03/24(水) 21:20:01
287ゆのん様 更新遅くなって本当に申し訳ないです……!
嬉しいコメントありがとうございます!


背後でもう一度銃声が響く。

のどが詰まったように引き攣り、足に力が入らない。
恐怖で膝が笑っている。

それでも走る。

走らなければ、そこで終わりだ。

路地が段々開けてきている。
そう、この逃走劇は永続はできない。

町が朝の活気に満ちてきて、騒がしい音や声が聞こえてくる。
このままでは町に出てしまう。
私だけではなく、前を走るみんなもそれはできるだけ避けたいはずだが、それでも集団はどんどん開けた方へ進むしかない。
後ろから銃口が狙っている。

「なんなのよ、もう! 意味分かんない!」

さっ、と明るい日差しが色とりどりの髪を映した。
とうとう、路地を抜けた。

今日はコートを着ていないし、フードも付けていない。

町中の人がすぐに非常に目立つこの集団を見つけ、わあっと騒がしくなる。

「い、たっ!」

ふくらはぎに鋭い痛みが走った。
私の前方へ弾く大きめの石。

違う。
明らかに、いつもの差別とは違う。
前は好奇と忌避の目で見られていたが、今回は明らかに憎悪だ。

何が変化したんだろうか。


290: 名前:みるみる☆03/26(金) 00:09:28
「おい! 琥珀!」

息も荒い赤音さんがほとんど怒声のような声で問いかける。

「どうしてこんなことになってる! 要点まとめてさっさと説明しろ!」

どうやら赤音さんも私と同じことを考えているようだ。
その間にも植木鉢や何やら、当たったらただではすまない危険なものが投げられて、体をかすめる。

走る集団の先頭にいる琥珀さんが急に大声で説明を始めた。

「きっと噂のせいだ! 僕が『colored』に取り憑かれて呪われたみたいなことになってる! 魔女扱いだ!」

久しぶりに聞くようなその英単語に胸焼けのような気持ち悪さを感じながら、私はやっとこの状況を飲み込んだ。

つまりは、私たちは人を惑わす魔力を持った異形だと思われている。
そんなやつらは消してしまえばいい。
生きている価値なんて無い。


292: 名前:みるみる☆03/29(月) 12:03:52
291愛海様 下がってる小説をわざわざあげてくださってありがとうございます!
もうあとちょっとな感じです;
ラストスパートですー


「馬鹿じゃないの!? ねえ、みんなちょっと考えれば分かるでしょ?」

息を切らしながら、それでもできる限りの大声で周囲の茶色い群衆に呼びかける。
「目があった」だの、「呪われる」だの、わっと騒ぎ出す。

駄目だ。ただみんな興奮しているだけで、このままじゃこっちの話を聞いてくれそうもない。
かといって、この状況のままでは自分達が危ない。
無限の体力を持っている訳じゃない。
あっちは武器を持っていて、こっちは丸腰。
数の差なんて、言うまでもない。

「ああ、もう!」

走る列を外れて、茶色い群衆の方へ向かう。
掻き分けるまでもなく、群は散り散りになった。

そのまま通り過ぎて、全力疾走。

「おい、碧何してる!」

後ろから赤音さんが追いかけてくるのが分かった。


294: 名前:みるみる☆03/29(月) 17:20:27
その足音を待ってはいられない。

迷わず、その先にある丸い筒状の建物へ向かう。
重たい鉄の扉に手を掛ける。

「おい、碧!」

重たい。自分の力では開くのが遅い。
急いで、早く開いて。
やっと人1人分が通れるだけの隙間ができた。
中にねじ入るようにして、目の前にある螺旋階段を上る。
ローファーが鉄の階段を鳴らす。

聞こえるのは、追ってくる足音。それが味方なのか敵なのか、今は分からないが、そんなこと今はどうでもよかった。

喉が焼けるように熱い。さっきから走りっぱなしだ。
錆びた空気をひっきりなしに吸っては吐き出し、鼓膜のあたりで心音がうるさい。
構っていられない。この階段を上りきってしまえば、もう走れなくなっても良い。
永遠に続くかのような長い螺旋の終わりが見え、木の扉が視界の中に飛び込んできた。

半分蹴破るように、乱暴に足で開けて、扉の外へ。
まず視界にはいるのは、額のすぐ前にある大きな鐘。
左右に数え切れないほどの大小様々な鐘がぶら下がっている。
そして、その向こうには、小さく見える町並み。
町が一望できる。視界を遮るものは何もない。

そう、ここは町で1番高い建物、時計塔。
私がついこの間、仕事探しをしている時に見つけたものだ。

ここなら、いいだろう。
ここなら、みんなに声が届くだろう。

落下防止のために作られた柵に足をかけ、上る。
息を肺一杯に吸った。

「みんな聞いて!」

下に集まっている茶色い群衆がはっとこちらを向く。
その距離は建物4階分くらいだろうか。

「私は『緑』! 普通の女子高校生だよ! 髪の色はみんなとちょっと違うけど、中身は何も変わりないよ!」

石が投げられたが、ここまでは届かない。

「何が違うって言うの!? 私達とあなた達、色以外に違うもの、ある!?」

「碧、止めろ、危ない!」

足下に絡みつく赤い爪を必死に払いのけて、私は声の限り叫ぶ。

「私達もみんなと同じように遊びたいよ! 買い物がしたいよ! 親が欲しいよ! 勉強して、時に悩んで、成長して、支え合って!」

私を引きずり下ろそうという手は、いつの間にか4 本になっている。
黒い爪。

「も、もうやめてください!」

縋るようなその言葉にも、今は耳を貸さない。

「恋がしたいよ! 結婚したいよ! 子どもを生みたいよ! ねえ、無理かなあ!? 私達には、無理なのかな!?」

声が枯れたように掠れてきた。
でも、この溢れる感情を抑えられない。

「私は、出来ると思うんだ! ほんの少し、世界が変わるだけで!」

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最終更新:2010年05月10日 19:35
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