有色人種。続き9

296: 名前:みるみる☆03/30(火) 15:33:56
瞳から溢れる雫だって、みんなと同じ透明だ。
雫は、足下で弾けることなく、ずっと下の地面まで落ちていく。

「ねえ、だからさぁ――」

そのときだった。

がぁん、と空気の爆ぜる音がした。

それと同時に、左肩に衝撃が与えられる。

銃弾だった。

どうやら心臓を狙って外れたらしいその鉛の弾は、私の後ろにある鐘に跳弾した。
低く割れた音が響き、その鐘が動いたことで、所狭しと並んだ鐘達が一斉に鳴る。

私はその様子を自分の目で見た。

反射的に柵の上でバランスを取ろうとして、衝撃を逃がすように後ろに半回転したのだ。

痛いのか熱いのかよく分からない。
肩の筋肉はあらかた駄目になったようだ。

「碧ちゃん!」

足下で小町ちゃんの声がする。
下を向くと、赤、青、黒、茶色の瞳がこちらを見ている。
いつの間に、と思った。

ここまでで、やっと一瞬。
次の刹那。


がぁん。


2度目の発砲。
今度は右のふくらはぎに。
形容しがたい痛みが走る。
バランスはもうとれない。
よろめいた身体は、今度は後ろに傾ぐ。
何もない方へ。
下から風が吹き上げている。
視界の端に緑の髪がはためく。
きれいな青空。
赤い爪が私を追いかける。
私もその手を握り返そうとする。
でも、映画のようにはいかない。
指先と指先が触れ合って、離れる。

「あ、」

なにか赤音さんが叫んでいる。
その隣で、小町ちゃんも身を乗り出している。
危ないよ、落っこちちゃうよ。
蒼太君は珍しく眉を悲痛そうに曲げて、なにか言いかけている。
駄目だよ、蒼太君は笑顔が似合う。
琥珀さんは今にも泣き出しそうな表情。
今度はちゃんと、小町ちゃんを守ってあげてよね。

「みどりっ……」

「赤音さん、」

みんな、綺麗。
色とりどりで、とっても綺麗。

誇りを持ってね。

あなた達は、何も悪くないんだから。
何も悪いことなんてないんだから。



「名前、大事にしてね」



覚悟はしていたから、怖くはない。

最期に良い景色が見られた。
これで終わりだ。

私はゆっくりと瞼を閉じた。


297: 名前:みるみる☆04/01(木) 15:58:02
地面に打ち付けられた衝撃で、私は咳き込んだ。

そう、咳き込んだ。

その衝撃は1mと少しくらい――まるで男の人にお姫様抱っこをされて、そこから落とされたくらいのものだった。
目を開くと、朝の湿ったような青空が広がっているが、それを途中で隠すように大きなコンクリート製の建物が建っている。

「……嘘」

私は死んではいなかった。
慌てて身を起こしてみる。今度こそ、本当に天国かもしれない。
しかし辺りの様子は私の思い描く天国とはかけ離れていた。
雲の上でもない、レンガが敷き詰められている訳でもない、朝露に濡れているただのアスファルト。
周りを狂気じみた茶色い頭髪の人々が覆っているわけでもない。

背後から猛烈なスピードで駆けてくる革靴の音がする。

「碧ちゃん!」

う、と喉が詰まるくらいの勢いで抱きつかれる。
そのまま、その少女は何かが決壊したように泣き崩れ、言っていることもはっきりとは聞き取れない。

そうだ、思い出した。
1番の友達、ツインテールがよく似合う可愛い女の子、桃花だ。
段々状況が理解できるようになってくる。


298: 名前:みるみる☆04/02(金) 07:55:09
つまり、私は元の世界に戻ったのだ。
あの、私が屋上から落ちた日、その時間から、一瞬たりともこの世界は動いていなかった。

まるで、今までの出来事が、走馬燈だったかのように。

いや、走馬燈で自分が経験したことのない世界を見るなんて聞いたことがない。死人に口なしといえども、それにしても有り得ない。

その証拠に、私の右のふくらはぎからは、とめどなく血が流れている。
左肩だって、見てはいないが痛みからして同じ状況にあるだろう。

「嘘でしょ……まだ、さよならも言ってないのに」

桃花が嗚咽混じりに、何言ってるの、碧ちゃん生きてるよ、と呟いた。

遠くから救急車のサイレンが近づいてくる。

誰かが私のために呼び、そしてごく自然に救急車は出動したのだろう。

そう、怪我をした私のために救急車がやって来ている。

そんな、当たり前の状況に、私は涙が止まらなかった。


299: 名前:みるみる☆04/02(金) 14:46:56
また、もう1人私に駆け寄ってくる人物がいた。
全体的にごつごつした、藤の幹のような体育の先生。
血相を変えて、「おい、大丈夫か」と肩を掴まれた。

救急車が目の前に慌ただしくやってくる。
そのサイレンに気付いた生徒が次々と校舎から顔を出す。

にわかに騒がしくなってきた周囲の状況に、全くついて行けない私は、救急隊員のなすがままに担架に乗せられ、白い車体に押し込まれる。

自殺未遂なのか?
血圧は?
意識ははっきりしています

色々な言葉が、私の頭上で飛び交う。

酸素吸入の器具を付けられそうになって、私は「いいです」と押し返した。

流石に驚いた顔の隊員。


さあ、この怪我をどう説明しようか。


「私、精一杯生きてみます」


目の前の隊員には訳が分からないだろう。端から見ればただの自殺未遂者が、急に宣言したのだ。

それでいい。

まだ頭は混乱しているが、それでも1つ分かったことがある。


守られなかった人のために、守られた環境で、精一杯生きよう。



                        おしまい




300: 名前:みるみる☆04/02(金) 15:09:46
あとがき

「え」と思った皆さん、私の力量不足でこんな終わり方です。スピード感を大事にしたかった……。
えっと、このお話は自分が書いてきた中で1番長く、1番コメントをたくさん頂いて、1番ほったらかしにしちゃったものです。
本当に、こんな小説を楽しみにしてくださった人には、たくさんのご迷惑と心配をかけてしまいました……すみません。
差別なんて重いもの書けないよと内心どきどきしながら終始やっちまった感いっぱいです。
だから予定してたより差別のこと書けませんでした。もう一度書き直したいぐらいです。
私の言いたいこと、ちゃんと伝わってるといいな。
コメントくださった方、本当にありがとうございました。本当に私の書く原動力でした。特に何度も下さった夜様、更紗様、高坂陽様、とーよ様、限様、容子様、なお様には格別の感謝を申し上げます!

ちょっと気が向いたら後日談なども乗せていきたいと思います。
あと、イメージを膨らませようとして描いていたイラストなども……いや、需要ないか←

次は短編小説
こんせんとらぶ」または「一夜一夜に、」を書いていきたいと思っています。
どちらが先になるかは未定です。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


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最終更新:2010年05月10日 19:36
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