2018年度前期『ブラインド・ミトス』キャンペーン
『それでも世界は創られる』

+ 唯原 飾理
PC名: 唯原 飾理 (ゆいはら・かざり)
PL名: 助動詞にいてんろく)
禁書名: 『闇に妖、人に花』
象徴体名: 御辻宮 桜花 (みつじのみや・おうか)
+ PC基本設定
性別: 女性
年齢: 13
職業: TBファイラーC
出自: 天涯孤独
経験: 昔の記憶が無い
覚醒: 生まれた時から
+ 記憶
幼年期: 初恋をした
幼年期: 冒険をした
思春期: 天才と呼ばれた
思春期: 変な癖が出来た
絆1: 運命
絆2: 好奇心(→結依)
+ 禁書ステータス
メインジャンル: 歴史 LV7
サブジャンル: 魔導書 LV1
象徴体アーキタイプ: 戦場の狼
失う感情:愛
形状:同人誌
禁書能力: 眷属召喚、常在戦場、伝令、阿吽の呼吸、軍功褒賞、腹心の存在、蹂躙、一身になりて、王道
+ 技能
禁書知識:2
運動:1
近接戦闘:2
剛力:1
生命抵抗:1
+ プロフィール
TRPGルールブック『闇に妖、人に花』を禁書として操る、禁書使いの少女。
象徴体は和服姿に大鎌を携えた少女、御辻宮桜花。
ルールブック内にこのような人物の記述は無いが、その著者の作成したストーリーには関連する人物が存在することから、象徴体となったようだ。
幼くしてフリーランスのTBファイラーとして戦場を渡り歩いている。基本的に聖ビブリオに協力していることが多いが、正式に所属している訳ではなく、案件ごとの契約という形態を取っている。
戦闘のスタイルは非常に攻撃的。

○「闇に妖、人に花」
サークル「抹茶の日」が製作する大正浪漫風退魔TRPGルールブック。同人TRPGだし、聖ビブリオ大学のTRPGサークルに所蔵されているのかは不明(その辺はGMが勝手に決めてくれてOKです)。飾理の持っている一冊は聖ビブリオ大学のサークルとは特に関係ない、たぶん。
プレイヤーは、花札に対応する12の花の力を用いて悪しき妖魔と戦う「花憑人」と呼ばれる存在として活躍する。

○メモ
  • 「経歴1:初恋をした」「経歴2:冒険をした」について
 かつて、自身の禁書の中に取り込まれたことがある。
 自身の禁書の暴走なのか、外部からの干渉があったのかは未だ不明。
 その際、書生姿の少年に助けられた。
 きっとこの本の関連人物なのだろうが、ルールブック内に該当する人物の記述はないし、桜花に聞いても知らないようだ。

+ アリス=ウィットフォード
PC名:アリス=ウィットフォード (PL:はんこつ)
禁書名:『ブレイヴ・ブレイクスルー』
象徴体名:クラウソラス(輝山ユウキ(きやま ゆうき))
+ PC基本設定
性別:女性
年齢:16
職業:学生
出自:海外生まれ
経験:ライバルがいた/いる
覚醒:他人の象徴体に触れた
+ 記憶
幼年期:親の愛を一身に受けた
幼年期:冒険をした
思春期:何かの大賞を取った
思春期:かなりモテた(モテる)
絆1:運命
絆2:伝説(→飾理)
+ 禁書ステータス
メインジャンル:バトルヒーロー Lv4
サブジャンル:ファンタジーLv4
象徴体アーキタイプ:闘志あふれるファイター
失う感情:哀
形状:漫画
禁書能力:縮地、ラッシュ、精神統一、限界突破、ドラゴンの血、ダンジョンハック、セットトラップ、高速詠唱
+ 技能
一般知識:1
情報収集:1
隠密:1
運動:2
近接戦闘:1
生命抵抗:1
+ プロフィール
 外国人ボーイッシュ美少女。聖ビブリオ学園高等部に所属する禁書使いにして、同高校のミスコンの昨年優勝者である。可愛らしい名前にそぐわない男勝りな性格から、男子よりもむしろ女子にモテる。
海外で生まれ、幼少時に日本にやってきた。親の教育もあり、日本語は日本人と同じくらい話すことができる。
幼少の頃に禁書関連の事件に遭遇しており、そこで象徴体に触れ、禁書使いとして覚醒した。
象徴体は、彼女のお気に入りの少年漫画「ブレイヴ・ブレイクスルー」の主人公、輝山ユウキが聖剣クラウソラスを携え戦う姿。彼は作中では通り名としてクラウソラスと呼ばれており、アリスも彼のことをクラウソラスと呼ぶ。

○「ブレイヴ・ブレイクスルー」
大人気の少年漫画、略称「ブレブレ」。スポーツから趣味まで、いつも色々な事に手を出しては中途半端のまま終わる少年、輝山ユウキは、ある日、聖剣クラウソラスを手にし、神具を使う者「ブレイバー」となる。そして、悪のブレイバーらと戦い、それが今まで無かった彼の生活の中心となっていく。
味方に「ミストルティン」とか、敵に「ゲイボルグ」「グラディウス」とかいるんじゃないですかね(適当)

○メモ
  • 昨年ミスコンで決勝を争った相手=ライバル。彼女も禁書使いかも?外国人相手だったから負けたとか思ってそう
  • ミスコンエントリーを薦めた人物がいる?(本人の性格からして言われないとエントリーしなさそう)
  • 禁書関連の事件は日本でかもしれないし海外でかもしれない
  • 男子に混じってスポーツしたりするので身体能力は高い

+ 早川陸
PC名::早川陸(はやかわりく)
禁書『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』
象徴体名:リック・デッカード
+ PC基本設定
性別:男 
年齢:26歳
職業:警察官
出自:平凡な家庭
経験:事故に遭った
覚醒:大切な人と死別して
+ 記憶
幼年期:手番せないおもちゃがあった
思春期:学級委員長だった
思春期:相棒がいた
青年期:へんな癖ができた
絆1:親
絆2:劣等感(→シェド)
+ 禁書ステータス
メインジャンル:SF 8LV 
サブジャンル:―
象徴体アーキタイプ:空間機動歩兵
失う感情:愛
形状:文庫本
禁書能力:集中砲火、拡散レーザー銃、タイムリープ、パラレルワールド、高速移動、エース・オブ・エース、荷電粒子砲、宇宙の真理、鋼鉄の装甲
+ 技能
発見:2
射撃戦闘:2
威圧:1
近接戦闘:1
剛力:1
+ プロフィール
 子供の頃からSF小説を愛読しているSFオタク。「SFといえば銃と警官だ」とばかりに大学の文学部を出て警察官になった。平和で退屈な毎日に飽き飽きしていたところ、とある事件を経て禁書に目覚める。禁書のおりなす殺伐とした世界にサイバーパンクを見いだし、今日も嬉々として拳銃の携帯許可の恩恵にあずかる。
+ 古海結依
PC名:古海 結依(フルミ・ユイ)
禁書名:『スウェーデン語日本語辞典』
象徴体名:イェスペル・ハンメルト
+ PC基本設定
性別:女性
年齢:16歳
職業:学生
出自:平凡な家庭
経験:事故に遭った
覚醒:目覚めた偶然
+ 記憶
幼年期:大親友がいた
幼年期:好奇心にあふれていた
青年期:人望が厚かった
青年期:尊敬する人ができた
絆1:運命
絆2:プレッシャー(→早川)
+ 禁書ステータス
メインジャンル:図鑑 Lv7
サブジャンル:ミステリー Lv1
象徴体アーキタプ:全知を目指す博物学者
失う感情:楽
形状:本
禁書能力:貪欲な探究心、生物図鑑、美術図鑑、妖怪図鑑、空想科学・創作大全(ヒーリング)、証明終了、戦闘魔法大全(限界突破)、歴史・ミステリー大全(一陣の風)、 幻想童話大全(希望の象徴)
+ 技能
一般知識:1
禁書知識:1
情報収集:1
隠密:1
操作:1
運動:1
生命抵抗:1
+ プロフィール
 好奇心旺盛な平凡な女子高生。父親から貰った辞典を用いて、スウェーデン式アルファベット(29文字)を具現化して戦う。
+ シェド
PC名:シェド
禁書名:『そして誰もいなくなった』
象徴体名:ジョーカー
+ PC基本設定
性別:男性
年齢:18歳
職業:探偵
出自:犯罪者の家庭
経験:大望を叶えた
覚醒:大切な人と死別して
+ 記憶
幼年期:ペットを愛していた
思春期:人気者だった
思春期:かなりモテた
青年期:野望に満ち溢れていた
絆1:親
絆2:興味(→アリス)
+ 禁書ステータス
メインジャンル:ミステリー Lv7
サブジャンル:文学Lv1
象徴体アーキタプ:霧の街の名探偵
失う感情:
形状:本
禁書能力:冴え渡る推理、第六感、証明終了、ミスディレクション、変装の天才、明察、精査な観察眼、洗練されゆく頭脳、瑞々しい演出
+ 技能
情報収集:2
発見:1
隠密:1
交渉:1
運動:1
近接戦闘:1
+ プロフィール

+ 記入例:月島剣六(NPC)
PC名:月島剣六
禁書名:『ソードワールド2.0』
象徴体名:ユリウス・クラウゼ
+ PC基本設定
性別:男性
年齢:不詳
職業:学生
出自:商家の生まれ
経験:弟子がいる
覚醒:禁書を読み解いて
+ 記憶
幼年期:冒険をした
思春期:部活に励んだ
青年期:何かに情熱を注いだ
青年期:大金を手にした
絆1:禁書
絆2:ー
+ 禁書ステータス
メインジャンル:ファンタジー2LV
サブジャンル:ー
象徴体アーキタプ:野心の皇帝
失う感情:感
形状:文庫本
禁書能力:旅の仲間、ヒーリング
+ 技能
一般知識:1
禁書知識:1
精神抵抗:1
情報収集:1
隠密:1
運動:1
生命抵抗:1
+ プロフィール
 長年休会状態だった聖ビブリオ学園大学のTRPGサークルを再開させた人物。見た目は子供のような外見だが、飛び級で入学したのか、特殊な力で歳を取らない存在なのかは不明。常に飄々とした態度で、サークル内で禁書使いなのは彼だけであり、他の会員達は全員一般人(ただし、プレイヤーが会員PCを作成したいのであれば、この設定は書き換わる)。100年後くらいに転生した人物がいるような気がしなくもないが、別にどうでもいい。

+ 第一話「混沌(カオス)の世界」
1、奇妙な客人達』
 その日の朝、終本市に住む禁書使い達は「奇妙な客人達」と遭遇していた。聖ビブリオ学園に通う女子高生アリス=ウィットフォードは謎の二刀流の女剣士・白神陸華(しらがみ・りっか)に斬りかかられ、フリーランスの少女唯原飾理は公園で奇妙なベースの音色を奏でる青年・竜堂明良(りゅうどう・あきら)と遭遇し、私立探偵のシェドは行方不明の少年・鴻崎翔(こうさき・しょう)を発見するも逃げられ、警察官の早川陸はイギリス人歌手・ハーミアに聖ビブリオ学園への道筋を聞かれる。
 陸華・明良・翔・ハーミアの四人に共通していたのは、いずれも(禁書使いでなければ感知出来ない)「凶々しい気配」を放っていたということである。しかし、四人とも禁書の類いを持っているようには見えず、また、近くに禁書使いがいた様子もない。つまり、禁書使いでも象徴体でもない者達のようである(そして、陸華以外は今のところ、人々に害を成そうとする意図は見られない)。


 一方、アリスの級友でもある古海結依は、学校を休んだ上に音信不通となっている同級生の南條里菜(なんじょう・りな)の家にプリント類を届けるように担任に依頼されるが、アリスと共に向かった里菜の家の前まで来たところで「凶々しい気配」を感じる。インターホンを押しても返答が無かったため、結依はひとまず郵便受けにプリントを入れた上で、その場を後にした。

2、禁書領域の出現
 その頃、飾里は聖ビブリオ学園のTRPGサークルの会長である月島剣六(下図)から「部室から消えてしまった7冊のルールブック」の捜索依頼を受ける。どうやらそれらはいずれも禁書化する恐れのある本であったらしく、それ故に厳重に管理体制を整えていたのだが、秘密結社グリモア・ムーンゲートに所属する「『アルセーヌ・ルパン』の禁書使い」によって盗まれてしまったらしい。ただ、占い師の天乃川(ルールブックp.198)の予言によると、その7冊は今もまだこの終本市の何処かに残っているという。


 飾里はひとまずその依頼を受けた上で、協力者を探すために町に出たところで、町はずれで奇妙な「禁書領域」に遭遇する。そこに出現したのは、ケルト神話に登場する邪悪な妖精・ゴブリン達の群れであった。飾里は、その場に居合わせた結依アリスシェドの四人と協力し、どうにかゴブリン達を倒すことで、ひとまずその地の正常化に成功し、彼等にこれが「TRPGのルールブックが禁書化して引き起こされた事態」である可能性を告げた上で、協力を要請する。
 四人はその要請に同意した上で、それぞれが先刻遭遇した「凶々しい気配」について説明する。また、が同僚のレックスから聞いた話によると、今朝の時点で「(ルールブックを盗んだと思しき)『アルセーヌ・ルパン』の禁書使い」の死体が、町外れで発見されていたらしい。この話を聞いた彼等は、この事件の背後にかなり複雑な裏事情がありそうなことを実感し、結依を中心に、ひとまず協力して「凶々しい気配を放っていた者達」についての情報を探ってみることにした。その結果、彼等は奇妙な情報に辿り着く。
 ハーミアは現在イギリスでライブツアーの真っ最中であり、日本に来る暇があるとは思えない。明良も茨城県沖の『久遠ヶ原学園』に通っている写真が、彼の友人と思しき人物のこの日のSNSに掲載されている。翔については詳細は分からなかったが、どうやら彼が通う『武蔵坂学園』では現在、何人かの学生を秘密裏に海外に派遣しているらしく、その中の一人が翔である可能性が高いという。そして陸華に関しては、かなり古い記録に「通り魔事件の犯人」として名前が残っていたが、彼女の見た目の年齢からして同じ人物とは思えない(ただ、似たような人物の逸話は様々な時代に点在しており、もともと都市伝説的な存在であったという説もある)。
 つまり、彼等四人はいずれも「本来ならば、今朝の時点でこの町にいる筈のない者達」ということになる。だが、そんな彼等の正体を探るべく、更なる調査を続けていたシェドが、突如現れた謎の人物の襲撃を受けて、意識不明のまま病院へと搬送されてしまう。残された四人は、この事件の裏に潜む闇の深さを実感しつつ、まずはこの時点で唯一「向かった先」がはっきりしているハーミアを探すために、聖ビブリオ学園へと向かうことになった。

3、禁書の正体
 学園内での目撃情報からハーミアの足取りを辿った四人は(なぜか途中に仕掛けられていた謎の地雷原を突破した上で)大学部のTRPGサークルの部室へと辿り着く。そこで繰り広げられていた光景は、謎の力を用いて月島(の呼び出した象徴体「野心の皇帝」)と戦っているハーミアの姿であった。ハーミアの口振りから察するに、彼女はこの部室に所蔵されている『アドバンスフォース』(『グランクレスト』のサプリメント)を奪おうとしているらしい。
 月島に加勢すべく飾理が背後からハーミアを奇襲すると、彼女は倒れ、そのまま(先刻のゴブリン達と同じように)消滅する。どうやら彼女もまた「禁書によってこの世界に生み出された存在」だったようである。ひとまず飾理達がここまでの事情を月島に話すと、彼は概ねの事情を理解した上で、今まで飾理に黙っていた諸々の事情と、現状に関する自身の推理を語り始めた。
 月島曰く、行方不明になった7冊のルールブックは、いずれも過去のサークル内において「特殊な事情で完遂出来ずに終わったキャンペーン」の際にGMが使用していたルールブックであり、その時に込められたGMの無念が残留思念として宿り、それが禁書化を招いたのであろうと彼は予想している。TRPGのルールブックはもともと「物語世界を創り出すための教本」であるが故に、禁書化すると現実世界そのものを書き換える危険な存在であり、それ故に学園当局の一部ではTRPGそのものを規制しようとする動きもあるため、月島としてはなるべくこの事実は伏せたまま事件を収拾したいらしい。
 ハーミアはおそらくその「失われた7冊」の一つである『グランクレスト』のルールブックによって作り出された「地球人(投影体)」のキャラクターであり、その本来の力を発揮するための触媒(?)として、地球人PC作成ルールが掲載されている『アドバンスフォース』を奪おうとしたのであろうというのが彼の推察である(なお、彼女はその力を用いてグランクレスト世界における恋人をこの世界に召喚しようとしていたらしいが、グランクレスト世界における彼女の物語に関してはブレトランドの英霊6を参照)。おそらくは他の「本来この場にいる筈のない者達」もまた、彼女と同じように本来はグランクレスト世界における「地球人の投影体」が、禁書の力でこの世界に(逆輸入される形で)出現した存在である可能性が高い。
 その上で、結依から「里菜の家で感じられた奇妙な気配」について聞かされた月島は、里菜の母親がこの大学のTRPGサークルのOGであり、有名なファンタジー小説家でもあるという旨を伝える。その話を聞いた四人は、里菜が現時点でのルールブックの所持者である可能性が高いと考え、結依アリスの案内で彼女の家へと向かう。

4、母と娘の因縁
 里菜の家に辿り着いた四人は、まずアリスが扉を強引に破壊した上で屋内に侵入すると、その室内では激しい瘴気を発した謎の「異形の巨大植物(の蔦?)」が広がっている様子を目の当たりにする。その奥で「里菜の母親」と思しき女性が気を失って倒れているのをが発見すると、結依が器用にその巨大植物の隙間から彼女を引っ張り出すことで、どうにか救出に成功した。
 やがて意識を取り戻した「里菜の母親」から事情を聞く。どうやら彼女は(彼女自身は禁書使いではないものの)禁書使いの存在を知っているようで、彼女の現役時代にも『アマデウス』のルールブックが禁書化した事件があったらしい。そして彼女は十数年前の『グランクレスト』の「未完結キャンペーン」のプレイヤーの一人であり、(この時点では明かされなかったが)里菜はその時に事故死したGMと彼女との間に生まれた娘であった。
 その里菜が昨夜、突然その『グランクレスト』のルールブックを手に現れ、「お母さん達の創った世界を、この世界で再現してあげる」と言い出したらしい。里菜はもともと妄想癖が強く、異世界ファンタジーへの憧れの強い少女であったが、どうやら彼女は「自分が異世界に行く」のではなく「自分の世界の世界を異世界に創り変える(異世界を自分の側へ呼び出す)」という道を選んだらしい。
 だが、そう語っていた時の里菜の様子が明らかに「禁書に自我を乗っ取られている状態」だと判断した母はそれを止めようとしたが、里菜はそのルールブックから生み出した謎の魔樹によって母の生命エネルギーを奪った上で室内に監禁状態にして、どこかに立ち去って行ったという。

5、異界の戦士達
 里菜の母親の記憶によれば、十数年前の『アマデウス』の事件の時は、その禁書を手にした者は、同じ場所に何度も現れて、少しずつその空間を禁書領域化していったとのことだったので、今回も昼の時点でゴブリンが出現した場所に再び出現するのではなかと考えた四人は、陽が落ちた頃に同じ場所へと向かう。
 すると、そこにいたのはシェドが追っていた少年・翔であった。数時間前にシェドが受け取っていた依頼状の写真を見ていた四人は、彼もまた「ルールブックが生み出した存在(投影体の逆輸入版)」であることを理解した上で、シェドが彼に襲われたのではないかという疑惑も結依達の中にあったため(それは誤解だったのだが)、先手必勝とばかりにの遠距離からの一撃によって抹殺し、その直後にその場に現れた明良もまた飾理の手で瞬殺される(なお、彼等二人は里菜に呼び出されたものの里菜の計画には否定的な立場であったので、戦う必要はなかったのだが、状況的に警戒した四人が各個撃破に出たことを責めることも出来ないだろう。グランクレスト世界における彼等の物語に関してはブレトランド八犬伝の第2話&第6話を参照)。
 その後、陸華を連れてその場に現れた里菜は、改めて自分が「両親の叶えられなかった想い」を果たすと宣言し、その場に『グランクレスト』の世界(の中のブレトランド小大陸)を現出させようとする。それを止めようとする四人に対して、里菜は自分が妄想する「理想の異界の騎士」(下図)を召喚すると、彼は陸華と共に四人の前に立ちはだかる。


 それに対して、飾理は既にここまでの戦いを通じて自分の心身が限界に達しつつあることを察して、全力の速攻を繰り出すことで異界の騎士を倒そうとするが、その前に陸華が立ちはだかり、彼女は異界の騎士を庇いつつ、満足気な表情を浮かべながら消滅する(彼女はもともと「強い相手と戦えさえすれば良い」という想いで里菜に協力していた。グランクレスト世界における彼女の物語に関してはブレトランドの遊興産業5を参照)。更にそれに続くアリスの繰り出した一撃と{結依)の連携攻撃で「異界の騎士」も撃破され、それと同時に里菜は気を失い、その空間に出現しつつあった異世界も消失していった。

6、残された謎
 その後、里菜はやがて意識を取り戻すが、自分が禁書に操られていた間の記憶は彼女にはなく、その代わりに「自分がグランクレストの世界に自分が投影体として出現していたという妄想」だけを鮮明に語り始める(その妄想の詳細についてはブレトランド戦記の第5話以降を参照)。
 結局、具体的な証言者が不在となってしまったため、事件の詳細な経緯は不明だが、おそらくは何者かが『グランクレスト』のルールブックを(当時のGMとプレイヤーの娘であるが故に、禁書に宿った残留思念との親和性の強いと思われる)里菜に与え、暴走させたのであろうというのが月島の予想である。だが、その目的が何なのかは分からない。
 そんな中、は未だ意識不明の状態で眠り続けるシェドの病室へと向かうが、その過程で同僚のレックスから不穏なメールが届く。どうやら最近、「幸福安心委員会」と呼ばれる謎の新興宗教団体が終本市で勢力を拡大しつつあるらしい。だが、それが次の事件の引金となることに気付いている者は、まだこの時点では誰もいなかった。
+ 第二話「幸福の世界」
1、氷結の「F」
 病室に眠っていたシェドは、夢の中で自分が襲われた時の光景を思い出していた。シェドを襲ったのは、黒服を着た謎の禁書使いである(下図)。彼は現れると同時にシェドの足元を凍らせ、そのまま彼の身体を氷結させていく。もがき苦しむシェドに対して、その男は氷結を止めるための条件として、二つの質問に答えるように命じた。


 一つは「L(『アルセーヌ・ルパン』の禁書使い)を殺した犯人」に関する情報、もう一つは「スウェーデン語の辞典を持つ禁書使い(結依?)」に関する情報であった。だが、前者に関してはシェドは何も知らず、後者についても「学生」であるという程度のことしか分からない。シェドがそう答えると、男はシェドがまだ何か隠しているのではないかと疑い、そのまま氷結させようとするが、そこへ偶然通りかかった民間警備会社「ソロモン警備保障」代表の米内英俊(ルールブックp.200)が割って入り、シェドは窮地を救われる(しかし、この時既にシェドは意識を失っていたため、その助けられた時の記憶はなかった)。
 目を覚ましたシェドは米内から、自分を襲った黒服の男についての情報を聞かされる。どうやら彼は秘密結社「グリモア・ムーンゲート」のエージェントで、通称「F」と呼ばれている禁書使いらしいが、その正体も能力もよく分かっていないらしい。また、この病院はシェドが父の最期を看取った病院でもあるのだが、その時の父の(そして今回のシェドの)主治医の「シェドの父の死因も謎の急激な体温の低下にあった」という証言から、シェドはこの「F」という人物こそが父の仇であろうと確信する。

2、幸福安心委員会
 その頃、は警察署にて同僚レックスが(いつも堅物の彼にしては珍しく)楽しそうな顔を浮かべながら、イヤホンで何かに聞き入っている様子を見かける。レックス曰くそれは「いつの間にかiTunesからダウンロードされていた曲」であり、彼はその曲を聞くことで心が落ち着くと言っているが、実際にそれを聞いてみたは、その曲から何か不気味な気配を感じ取る。
 その後、シェドを見舞うため病室へと向かうと、同じように彼の様子を伺いに来た飾理とも合流する。飾理は『グランクレスト』の事件に関する顛末をシェドに伝える一方で、シェドシェドで自分を氷結させた謎の人物「F」のことを伝え、改めて今後も共闘関係を続けていく方針を三人は確認する。
 ひとまずシェドはそのまま退院し、三人は病院を出ることになるが、ここでの携帯に警察の上司からの連絡が届く。先日レックスが調べていた「幸福安心委員会」について、レックスは「問題ない」という調査結果を提出したものの、上司はその報告書の内容にやや不審な点があると感じたため、念のために再調査を命じる、という内容であった。レックスの様子に微妙な違和感を感じていたはその命令を受諾した上で、シェド飾理にも協力を要請する。

3、襲撃と魔曲
 一方、里菜と共に登校しようとしていた結依の前には、件の「F」が現れていた。「F」は結依に『スウェーデン語辞典』を渡すように促し、結依がそれを拒否すると、シェド同様に氷結させて強引に奪おうとするが、その場を通りかかったアリスの救援によって窮地を脱し、「F」は何処かへと退散する(この時、里菜は「氷結能力」が登場するTRPGとして『ダブルクロス』の名を挙げるが、現時点で行方不明となっている7冊のルールブックの中に、そのタイトルは含まれていなかった)。
 その後は何事もなく昼休みを迎えた彼女達であったが、アリス結依は、アリスの友人(にしてライバル)である涼風令子(下図)が、首を傾げつつどこか苦々しい表情を浮かべながらイヤホンで何かに聞き入っている様子を見かける(なお、彼女は『ベルサイユのばら』の禁書使いであり、社長令嬢でもあり、昨年度アリスが優勝したミスコンの準優勝者でもある)。


 興味を持ったアリスが声をかけると、令子はそのイヤホンを彼女に聞かせるが、そこから流れてきたのは「どこか不快な気分にさせる楽曲」であり、アリスはその旋律から禁書の気配を感じ取っていた(後に判明することだが、これはレックスが聞いていた楽曲と同一である)。
 これは、令子が彼女の幼馴染の長谷川理代子からMP3ファイルで受け取った曲であり、令子はどこかこの曲から不気味な気配を感じつつも、理代子があまりにも強く勧めてきたので、なんとか理解しようと何度も聞き込んでいたらしい。令子曰く、理代子は先日父が事業の失敗を受けて自殺して以来ずっと塞ぎ込んでいたのが、最近になって急に元気になり、そのきっかけの一つがこの曲であると本人は言っているという。
 嫌な予感がしたアリス結依は、令子に案内される形で理代子の家を尋ねると、理代子自身は不在であったが、彼女の母親が事情をアリス達に伝える。母親曰く、理代子は最近「幸福安心委員会」と呼ばれる「インターネット上の宗教団体」と関係を持つようになり、それが彼女が明るさを取り戻した原因であるらしいのだが、母親の目にはその団体はどこか怪しげに思えて、娘がその人々と関わりを持つことに対して、認めるべきなのか咎めるべきなのか迷っている状態であるらしい。
 アリス結依はこの件について調べるために、探偵であるシェドの情報網を頼ろうと考えて彼に連絡を取る。一方で、令子も令子で独自に理代子の動向について調査することになった。

4、web小説と宗教団体
 こうしてアリス結依は、シェド飾理と合流した上でシェドの探偵事務所へと集まり、ここに至るまでの情報を共有した上で、協力して幸福安心委員会についての調査を開始した結果、様々な重要な情報に辿り着くことになった。
 まず、レックスや理代子が聞いた謎の楽曲の正体は、宗教団体「幸福安心委員会」がweb上で無料配布している「アンセム(聖歌)」であるらしい。そして、「幸福安心委員会」という呼称自体は、元来は数年前にweb上で発表された「コンピューターに支配された世界」を舞台にしたSF小説の名前で、そのモチーフとなっているのは『PARANOIA』という海外のTRPG作品であるという。そして、それは現在行方不明となっている「7冊のルールブック」の一つであった。
 web小説としての『幸福安心委員会』自体は発表当時はさほど話題にもならなかったのだが、最近になって、その小説を「聖典」として掲げる宗教団体がネット上で活動を開始するようになったという。彼等の具体的な活動内容は不明だが、彼等は信者のことを「市民」と呼び、「市民は幸福であることが義務」であると説いた上で、その幸福は「コンピューター様」によって導き出されるというのが彼等の教義であるらしい。
 このweb小説の作者は「福田幸村」という名で活動しており、この人物について飾理が月島に尋ねてみたところ、それは聖ビブリオ学園大学のTRPGサークルのOBのPNである可能性が高いと月島は語る。月島の調査によれば、その昔「大学内の公共施設で『PARANOIA』のキャンペーンをプレイしていた者達が政治思想団体と誤解され、右翼団体と左翼団体の双方に絡まれる形で抗争に巻き込まれた結果、サークル内で『PARANOIA』が禁止された」という事件があったらしい。その卓のGMはその理不尽な措置に絶望してサークルを去り、『PARANOIA』をモチーフにしたweb小説を書くことになったと言われているため、おそらくその福田という人物はその時のGMではないか、というのが月島の推測である。
 その話を聞いた飾理は、月島と南條母の人脈を頼りに福田へのコンタクトを試みた結果、その福田という人物をチャット上に呼び出すことに成功するが、福田は「自分は教団とは無関係」と主張する(なお、月島からの情報によれば、彼は禁書使いではないらしい)。その証言が本当か否かを確認することは出来なかったが、どちらにしても福田からこれ以上の情報を得られそうな気配もなかった彼女は、それ以上の追求を打ち切る(一方、その間にシェドは「F」の正体について個人的に調べていたが、全く手がかりは掴めなかった)。

5、聴取と突入
 その後、はレックス経由で、彼が調査した「幸福安心委員会」の関係者の連絡先を聞き出すと、そこに記されていたのは、つい先刻アリス結依が訪れたばかりの令子の友人・長谷川理代子の家であった。改めて五人で彼女の家に向かうと、今度は理代子(下図)自身が彼等を出迎える。理代子はあくまでも「幸福安心委員会は危険な団体ではない」と主張するが、アリス達は彼女の身体からそこはかとなく「禁書の気配」を感じ取っていた。


 そんな中、アリスの携帯に令子からの連絡が入った。令子はこの終本市内に潜伏する幸福安心委員会の潜伏所を発見したが、既にそこは禁書領域と化しているという。令子はこれから、個人的に雇った「ソロモン警備保障」の禁書使い達と共にその建物へと乗り込む予定らしい。アリスが理代子と共にいるという話を聞いた令子は、理代子を戦いに巻き込まないように、アリスにその場で彼女を引き止めるように依頼する(なお、令子の調査によれば、理代子は最近になってこの教団に入信したばかりにもかかわらず、幹部待遇の扱いとなっており、どうやら彼女は教団にとって「特別な存在」らしい)。アリスはひとまずそのことを他の四人に告げた上で、アリスがその場に残って理代子を足止めした状態のまま、他の四人がその潜伏所へと向かうことになった。
 四人が現地に到着すると、そこでは件の「教団の聖歌」が流れており、その歌に操られていると思しき信者達と、ソロモン警備保障の面々および令子が交戦状態となっていた。と言っても、令子達は信者を傷つけないように戦うことを余儀なくされていたため苦戦を強いられ、建物内に響き渡る聖歌の力で魂を蝕まれて、一人また一人と倒れていく。その聖歌を奏でているのは、信者達の奥に立つ奇妙な「近未来風の装束の女性」(下図左)と、彼女の持つタブレットから出現していると思しき「歌姫」の象徴体(下図右)であった。


 飾里が信者達の波に飲まれて近付けずにいる中、隠密潜入に成功していたシェド結依による後方からの不意打ちと、の遠距離からの狙撃により、どうにか彼等は「歌姫」の象徴体を倒したことで、タブレットを持っていた女性はその場に倒れ、信者達も次々と意識を失って気絶していく(この時点で既に令子やソロモンの面々も同様に力を使い果たして倒れ込んでいた)。
 その間に、教団から電話で危機を知らせる連絡を受けていた理代子は、アリスを振り切って潜伏所へと辿り着くものの、その時点では既に信者達が全滅していたこともあり、到着と同時に飾理の手でその場に気絶させられる。その直後に合流したアリスを加えた五人は、隠し扉の奥にあった階段を降りて、その建物の地下室へと入り込むことになった。
 そこで彼等を待っていたのは、およそ現代の技術で作られたとは思えない超科学的な地下室の中に設置された巨大なコンピューターと、それを守る小型の機動兵器である。コンピューターは侵入者達を敵と判断して排除しようとするが、五人の手によって機動兵器達は次々と倒され、最後は飾理の渾身の一撃によってコンピューター本体も破壊されたことで、建物全体を覆っていた禁書領域は消滅する。そして全てが消失したその地下室の中に残っていたのは、行方不明となっていた『PARANOIA』のルールブックであった。

6、教団の正体
 彼等が地上へ戻ると、そこには米内率いるソロモン警備保障からの援軍が到着しており、その場に倒れている者達を介抱していた。幸い、全員命は無事だったらしい。
 その後、意識を取り戻した教団の者達の証言によると、「タブレットを持っていた女性」はこの教団の最高幹部であり(ホーリーネームは「ノイマン」)、彼女が呼び出していた象徴体は、web小説としての「幸福安心委員会」に登城する歌姫を具現化した存在だったらしい。つまり、数ヶ月前に「彼女がタブレットにダウンロードした『幸福安心委員会』のweb小説」が禁書化し、その禁書の力に乗っ取られた彼女が創始したのがこの教団だったようである。
 一方、父の自殺以来、絶望の淵にあった理代子は、最近になってこの終本市に進出しつつあった教団のことを知り、心の救いを求めて入信しようとしていた時に、彼女の目の前に『PARANOIA』のルールブックが現れ、その書を手に教団を訪れたところ、最高幹部ノイマンは「我等が聖書の原典を手にした聖女が現れた!」と狂喜し、理代子を幹部待遇で迎え入れたらしい。
 つまり、「web小説としての『幸福安心委員会』の禁書化」と「『PARANOIA』の盗難および禁書化」は、本来は別個に発生した禁書災害だったが、おそらくその根源はどちらも「キャンペーンを終わらせられなかったGMの無念」であったために、結果的にその親和性の強さから、両者が結びつくことになったようである(なお、レックスに関しては、ノイマンのハッキングにより勝手にダウンロードされた「聖歌」の力によって洗脳の一歩手前段階までは至っていたが、幸いまだ正気は保ったままの状態であった)。
 ひとまずノイマンのタブレットと『PARANOIA』のルールブックは聖ビブリオが押収した上で、ノイマンと信者達はひとまず聖ビブリオの更生施設へと送られ、そこで一連の記憶を抹消した上でそれぞれの故郷へと帰されることになった。その上で、理代子に関しては当面は令子が彼女に寄り添う形で精神的に立ち直らせていく、という形で決着するが、結局のところ、彼女も里菜と同様、どのような形でルールブックを手に入れたのかの記憶は曖昧であり、この事件の首謀者に関する情報は手に入らなかった。
+ 第三話「英雄(ヒーロー)の世界」
1、新たな事件への胎動
 シェドの探偵事務所に、「小林翠」と名乗る、ややガラの悪い女子高生(下図)が弟子入りを志願してきた。彼女は「悪人を見分ける機能」を持つスマホアプリを所持していると言い張り、その力で世の中の凶悪事件を解決したい、と主張する(なお、シェドに対してそのスマホを用いた結果は「悪人になる要素は無くは無いが、犯罪係数は低い」という診断であった)。シェドは半信半疑ながらも、ひとまずは試験的雇用という形で彼女を受け入れることにした。


 その頃、飾理は月島と今後の方針について話し合っていた。月島曰く、「禁書化したTRPGのルールブックに共鳴する人物」には禁書使いとしての強い適正があり、(聖ビブリオの従来の方針通りに)記憶を消して放逐しても、いずれ再び別の禁書災害に巻き込まれる可能性が高いため、里菜や理代子が人格的に問題のない人物であれば、彼女達に禁書使いとしての訓練を施して「こちら側」に来るように促すべきではないかと提案し、飾理もその考えに概ね同意する。
 一方、結依の元には、海外暮らしの父親が緊急帰国していた。どうやら大学時代のスウェーデン語の恩師が急死して、その葬儀に出るために緊急帰国することになったらしい。また、その恩師の家にホームステイしていたスウェーデン人の青年を、今後はしばらく古海家で預かりたいという旨を告げ、結依も母もその提案を了承する。
 そんな中、の同僚のレックスが(前回の事件で魔歌に取り憑かれかけていたこともあり)しばらく休暇を取ることになり、は彼が担当していた事件の調査を引き継ぐことになった。それは先日、終本市で活動していた暴力団の一つが、謎の「黒い全身ラバースーツ(?)の人物」によって壊滅させられたという事件である。他の暴力団との抗争が展開されている可能性もあるため、まずはその謎の人物について調査する必要がある、というのが警察の見解らしい。

2、炎熱の「F」
 翌日、下校中のアリスの前に「F」が現れた。どうやら彼は、結依の禁書を奪うために、まず彼女の周囲にいる妨害者と思しき者達を一人ずつ倒すことにしたらしい。彼は「自分に力を与えてくれたマスター」のために禁書を集めつつ、宿敵としての「C」を倒すことが目的であると告げるが、それが結依の持つ禁書とどう関わるのかまでは、アリスには理解出来ない。
 「F」はアリスの足元に炎を生み出して彼女を焼き尽くそうとするが、その動きを察知したアリスは、あっさりとその攻撃をかわす。その直後に、三人の「乱入者」が現れた。一人は、その喧騒に気付いて駆けつけたシェド。一人は、 特撮ヒーローのような黒いスーツを身に纏った謎の人物(音量注意) 。そしてもう一人は、アリスの持つ禁書『ブレイヴ・ブレイクスルー』の第一話に登場する「悪役の戦士」である(なお、その直前にアリスは自身の禁書から奇妙な「疼き」を感じていた)。
 「悪役の戦士」はアリスに襲いかかり、困惑したままアリスがそれを撃破している間に、黒スーツのヒーロー(仮)は「F」のことを「悪党」と呼びつつ殴りかかる。それに対して「F」はこれまでに見せたことがない「本気の形相」で応戦しつつ、その傍らに今まで姿を現さなかった「象徴体(西欧人と思しき男性/下図)」を出現させる。そして氷の壁を生み出して「黒スーツのヒーロー」の攻撃を避けながら、ひとまず混乱したこの戦場からの離脱を決意し、「黒スーツのヒーロー」もまた彼を追いかけてその場から姿を消した。


 困惑したままのアリスシェドがその場に残されたところで、(つい先刻までシェドと一緒にいた筈が、いつの間にか姿を消していた)翠が現れる。翠はアリスのことをスマホアプリで診断した上で、「危険な人物」と断じるが、シェドがその見解を即座に否定したことで、ひとまずその場は引き下った上で、手分けして「F」と「黒スーツのヒーロー」を探すことになった。

3、誘発される悪役(ヴィラン)
 それから約一時間後、諸事情によりアリスより少し遅れて下校していた結依は、自身の背後を「少女と思しき人物」が尾行しているような気配を察知した。だが、その正体を確かめる前に、結依は自分の鞄の中の『スウェーデン語・日本語辞典』から「謎の疼き」を感じ取る。そして次の瞬間、突如「SKURK(悪党)」という「文字」(それは日頃彼女が具現化している文字達と酷似しているが、今回は彼女は発動を意図していない)が結依の前に現れ、そして結依に向かって襲いかかってきたのである。
 突然のことに驚く結依が、禁書の力で別の文字を生み出して応戦してると、そこへ二人の人物が駆けつけた。一人は、偶然その場を通りかかった。そしてもう一人は、先刻アリス達の前に現れた「黒スーツのヒーロー」である。結果的に、その二人の手を借りる間も無く結依は自力で「SKURK」を撃退するが、その直後に今度はの持つ『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』が疼き始め、その作中に登場する逃亡アンドロイドが出現し、を殺そうとする。
 どうにかもそのアンドロイドの撃退に成功するのを確認すると、「黒スーツのヒーロー」は安心した様子でその場から走り去っていく。はその人物こそが自分が追っている「暴力団を壊滅させた張本人」ではないかと疑うが、その移動速度は、とてもが追いつける速さではなかった。
 だが、その「黒スーツのヒーロー」が走り去った先に、偶然にも飾理が姿を現わし、今度は飾理の持つ『闇に妖、人に花』が疼き始めて、そのルールブックに記載されている妖魔が出現することになったのである。飾理はあっさりとその妖魔を撃退しつつ、「黒スーツのヒーロー」に対して「あなたも禁書使いなのでは?」と問いかけるが、黒スーツのヒーローはその言葉の意味を理解しきれぬまま、彼女の前からも走り去って行った。

4、黒スーツの正体
 その後、「F」の行方を追っていたシェドアリスは途中で翠と合流するが、そこで再びアリスの禁書に登場する「敵キャラ(前回よりもやや格上)」が現れ、アリスシェドが二人掛かりでそれを撃退するも、翠は改めて「アリスが悪者を呼び寄せているのではないか?」と不信感を強める。やがてそこに、結依飾理の三人が現れるが、翠は彼等からも「悪の波動」が感じられると主張し、それに対してシェドが再反論しようとしたところで、再び三人の宿敵とも言うべき「悪役達」が現れて襲いかかる(この時、アリスの禁書も再び疼きかけたが、今度はアリスがその疼きを抑え込むことで、三度目の出現は免れた)。
 そして五人がその「悪役達」と戦っている最中、翠は彼等の視線を避けながら(しかし、大半の者達の視界からは逃れられない位置で)、翠が手を回すようなポーズを示しながら、「黒スーツのヒーロー」に「変身」していた。それがどのような原理だったのかは不明だが、彼女のカバンから発せられた謎のオーラが彼女の身体に纏わりついたと思った次の瞬間、彼女が「黒スーツ」に覆われていたのである。
 変身状態となった彼女は「正義の味方シュヴァルツ・セイバー」と名乗るが、その変身の様子を見ていたシェドに「翠さん」と呼ばれ、彼女は激しく動揺しつつ、その場から逃げ去る。それを追いかけたアリス飾理は、彼女に対して改めて「禁書使い」として話し合いを持ちかける。
 だが、彼女達から「禁書」に関する話を聞いた翠がそれに対してどう答えるか迷っている時に、突如別の方向から、アリス飾理に対して「謎の冷気」が浴びせられ、飾理の下半身が凍りついてしまう。アリスがその氷を粉砕している間に、翠はその冷気が飛んできた方向へと向かうが、その後をアリス飾理が追って行った時には、もう誰もそこにはいなかった。

5、広がる瘴気
 その後、再び合流した五人は、ここまでの情報を照らし合わせた上で、翠がおそらく禁書の持ち主であり、自分達の禁書にまつわる「悪役」が出現しているのも彼女の禁書が原因である(しかし彼女自身はそのことに気付いていない)可能性が高いと推察する。その上で、彼女が持っていたアプリに記されていたマークが「幸福安心委員会」のシンボルであることに気付いた彼等は、令子を通じて理代子に話を聞くと、どうやらそれは教団内の幹部の間で流通していた特製アプリらしい。だが、翠が教団に加わっていた形跡はないため、どうやら何者か(第三者?)が彼女にそれを与えたようである。
 シェドの調査で翠の家(一軒家)を発見した彼等は、二階の灯りのついた部屋から、翠と思しき怒鳴り声が鳴り響いているのに気付く。相手の声が聞こえないことから察するに、どうやら電話で誰かと話しているらしい。シェド以外の者が彼女に近付くと再び「悪役」が出現する可能性があるため、ひとまずシェドが「探偵」として訪問すると、翠はやや戸惑いながらも彼を家に上げ、自室へと案内した。
 そこは(ギャルのような彼女の外見とは似合わぬ)特撮ヒーローのフィギュアやポスターが飾られた一室であり、彼女はシェドに『マージナルヒーローズ』のルールブックを見せる。それは間違いなく、聖ビブリオ学園大学から消えた7冊のルールブックの中の一つであった。彼女自身、この本が自分の力の源であることは自覚しているものの、それが「禁書」という危険な存在であるということは認識出来ていなかったらしい。
 ここでシェドが彼女に対してどう話を切り出すかで迷っている間に、家の外で待機していた四人は、彼女の家の近くから「不気味な禁書使いの気配」を感じ取る。だが、彼等がその禁書使いのいる方向へ向かおうとすると、その間に突如「氷の壁」が現れて彼等の行く手を塞いでしまう(それは先刻「F」が作り出した壁と酷似していた)。アリスがその壁を破ってその禁書使いの元へ向かおうとすると、その物音に気付いた翠が窓を開けて外に視線を向け、そして次の瞬間、突如として空中に「西洋人男性の(しかし、Fの象徴体とは明らかに別人の)象徴体(下図)」が浮かび上がり、その場にいる者達全員の禁書が「禍々しい瘴気」に包まれた。


 シェド達五人は必死でその瘴気に耐えつつ、シェド以外の四人は自分の禁書が疼き始めるのをかろうじて抑え切るが、シェドの隣にいた翠はその瘴気に完全に呑まれた状態で「変身」し、そして明らかに理性を失った状態でシェドに向かって襲いかかる。だが、シェドがなんとかその一撃に耐えている間に、窓から二階へと飛び込んだアリス飾理の象徴体が「変身状態の翠」に連撃を与えると、緑はその場に倒れ、そして彼女を覆っていた黒スーツは彼女の身体から離れて「独立体」として動き始める。しかし、その黒スーツが次の一撃を繰り出す前に、遠方から放ったの銃撃と結依が投げつけた「文字」の重圧によって、黒スーツは息の根を止められて消滅する。そして、気付いた時には「西洋人男性の象徴体」もまた消えていたのであった。

6、ヒーローになりたくて
 戦いを終えた後、目を覚ました翠は、禁書の力が自分から離れたことに気付いた上で、ここまでの事情について語り始める。
 翠には、かつて聖ビブリオ学園大学に通っていた「歳が離れた姉」がいた。姉はTRPGサークルの一員であり、当時まだ小学校低学年だった翠は、姉に連れられてサークルに顔を出し、姉と一緒に(細かいルールは姉にサポートしてもらいながら)『マージナル・ヒーローズ』のキャンペーンに参加していた。特撮番組が大好きだった翠は、自分の考えたヒーロー「シュヴァルツ・セイバー」になりきることが出来るそのキャンペーンを心から楽しんでいた。
 だが、ある日を境に、姉はTRPGサークルをやめてしまった。それまで姉と付き合っていた男性会員(同じキャンペーンの参加者)との関係が悪化したことで、サークルに居辛くなってしまったらしい。必然的にキャンペーンは物語の半ばで中止を余儀なくされ、唐突に「楽しかった遊び場」を奪われてしまった翠は、その悲しみを忘れるために、特撮趣味から離れていく。
 やがて、姉は別の男性と結婚して家を出て、翠は「ごく普通の女子高生」として友達と戯れる日々を送っていたが、彼女は心のどこかで「満たされない感情」を持て余し続けていた。
 そんなある日、翠の前に『マージナルヒーローズ』のルールブックが現れる。幼い日の記憶を思い出した彼女は、押入れの奥に封印していた特撮グッズを再び取り出した上で、変身ヒーローへの憧れを再燃させていく。そんな彼女の想いに応えるかのように、禁書は彼女に「シュヴァルツ・セイバー」としての変身能力を与え、いつの間にか自分のスマホにダウンロードされていた「悪人識別アプリ」を使って、世の中の平和を守るために戦うことを決意する(なお、そのための活動場として探偵事務所を選んだのは、子供の頃に見ていた 探偵をモチーフにした特撮ヒーロー の影響らしい)。
 だが、飾理やアリスとの会話を通じて、自分の存在が「悪者」を誘発しているかもしれないということに気付き始めた彼女は、電話で姉に相談するものの、禁書のことなど知らない姉がそんな話を理解出来る筈もない(家の外から聞こえてきた翠の怒鳴り声は、まともに話を聞いてくれない姉への怒号であった)。そうして精神的に不安定になったところで、あの謎の「瘴気」に触れてしまい、そこから先は自分がどうなったのかも覚えていないという。
 その後、月島と聖ビブリオの調査により、一連の「悪役達」の出現は、やはり彼女の持っていた『マージナルヒーローズ』が原因であろうという結論に至る。セッション途中での終了を余儀なくされたGMの無念が、同じ想いを心の奥底に抱いていた彼女と共鳴し、暴走状態になってしまったらしい。なお、シェドの禁書のみ「疼き」が発生しなかったのは、彼の持つ『そして誰もいなくなった』には明確な悪役が存在しない(=『マージナルヒーローズ』では再現出来ない)ことが原因であろう、というのが月島の解釈であった。
 一通り事情を聞いた飾理は、(月島からの助言を踏まえた上で)翠に「禁書使い」としての訓練を受ける道を勧め、シェドアリスもそれに同意する。その上で、ルールブックの再暴走を防ぐためには、暴走の原因となった「未完のままのキャンペーン」を何らかの形で完結させるのが一番確実であるという話を月島から聞いた翠は、姉を説得して『マージナルヒーローズ』のキャンペーンの再開を促すと約束する。そして、里菜や理代子にも同じ選択肢を提示するという方針を飾理達から聞いた月島は、自分が他のルールブックに関わるキャンペーン参加者の捜索を進めると彼女達に伝えた。

7、美しき留学生

 そして事件を終えて帰宅した結依の前に、一人の金髪碧眼の美青年が現れる(下図)。彼の名はニルス・ヨハンソン。父が話していた「師匠の家にホームステイしていたスウェーデン人留学生」である。年齢は19歳だが、スウェーデンと日本の教育課程の違いの事情もあり、結依と同じ聖ビブリオ学園高等部に編入することになったらしい。その上で、今後は当面、結依の父の部屋に寝泊まりするように促されたニルスであったが、結依が彼を父の部屋へと案内すると、彼は父の書棚を見た瞬間、どこか思わせぶりな微笑みを浮かべる。結依がその微笑みの意味を理解するのは、もう少し先の話であった。


+ 第四話「幽霊の世界」
1、縁談と歌姫
 翠の事件から数日後の朝、は唐突に上司から「縁談」を提示される。元々は上司の親戚筋から持ちかけられた話で、当初はレックスを紹介する予定だったが、休職中の彼が実家に帰っている間に元恋人と復縁してしまったため、代役としてに白羽の矢が立ったらしい。相手の女性は「桂木律子」という名の小学校教師で、歳はと同じ26歳。写真(下図)を見る限りでは、真面目で大人しそうな雰囲気の女性であった。既にこの日の夜に「お見合いの席」を設けていると言われたは、困惑しながらもひとまず出席を了承する。


 その頃、飾理は月島経由で「ピーカーブーの禁書化の原因となったキャンペーンに参加していた女性が、終本市の繁華街のジャズ・バーで『スカーレット』という芸名で歌手として働いている」という情報を手に入れていた。ただし、スカーレットが出演するのは深夜の部のみで、13歳の飾理ではその時間帯に一人で入店することは出来ないため、彼女は電話でに同伴願いを申し出る。は個人的な趣向からジャズ・バーに興味を示すものの、その直前に「お見合い」が予定されていると聞いた飾理は彼を誘うのを断念し、代わりに(18歳ではあるが身分証の偽造などにも長けている)シェドに同伴役を依頼することになる。

2、子供達の事情
 一方、結依はニルスと共に聖ビブリオ学園高校へと登校する途中で、近所に住む小学生・中田透(とおる)と遭遇していた(下図)。


 彼は小学校の図書館で、古ぼけた洋書(おそらくは北欧系の言語)を見つけ、結依に読んでもらおうと思っていたのだが、目の前で彼女が北欧系の美青年と仲良さそうに歩いている姿を目の当たりにしたことで(密かに結依に好意を抱いている)彼は気分を害し、憎まれ口を叩きながら、その場から走り去って行く。この時、ニルスは興味深そうな表情を浮かべながら、走り去る透の背中に「何か」を見出しているようだったが、結依にはその表情の真意が読み取れなかった。
 それとほぼ時を同じくして、アリスは透と同じ小学校に通う少女・山口淳子と遭遇する(下図)。


 淳子曰く、最近、小学校において「音楽室の幽霊」が出るという噂が広がっており、もともと音楽関連の家に生まれたが故に学校でも合唱部に参加している彼女としては、それが怖くて仕方がないらしい。「幽霊なんていないよね?」とアリスに問いかける淳子であったが、アリスはそんな彼女の背中から、何か不気味な気配を感じ取る。とはいえ、ここで淳子を更に怖がらせる訳にはいかないと考えたアリスは、あえてこの場では何も言わなかった。

3、故人と遺品
 その日の夕刻、自宅に帰ろうとしていた結依は、唐突に「自宅」と「自宅から少し離れた地点」から、同時に同じような「奇妙な気配」が漂っていることに気付く。ひとまず後者へと向かった結依は、歩道を歩く一人の女性(それはの縁談相手の桂木律子なのだが、そのことを結依は知らない)が持つバッグから、禁書と思しきオーラを感じ取るが、その直後に自宅方面から激しい物音が聞こえてきたため、慌てて自宅へと走り出す。
 帰宅した結依が、その物音のする居間へと向かうと、そこにいたのは先日死んだ筈の「父の師匠」であった。彼は明らかに正気ではない状態で、周囲の家具を投げ飛ばしながら暴れていたのである。結依は彼の周囲から漂う禍々しい空気から、彼が「禁書によって生み出された何か」であると確信すると、新たに習得した禁書の力を用いて、一瞬にして彼を消滅させる。その消滅した跡に残っていたのは、父が形見分けで受け取ったと思しき、師匠の愛用の懐中時計であった。
 その後、帰宅した結依の母はその惨状に驚愕し、警察に通報するが、たまたま担当者が(お見合い直前の)だったこともあり、「最近は、荒らすだけ荒らして何も盗らずに去って行く空き巣狙いが多い」という彼の説明のおかげで、それ以上の騒ぎにはならずに落着した。
 一方、下校途中で淳子が通う小学校に立ち寄ったアリスは、校舎の壁の外側で、夜中に幽霊探索のために忍び込もうと計画している子供達を発見する。主導しているのは透であり、その中には(嫌々参加させられていると思しき)淳子の姿もあった。淳子達のことを心配する気持ちと個人的な好奇心に駆り立てられたアリスは、彼等と一緒に学校探検に参加することを決意する。
 そして、透が結依と知り合いであることを知ったアリスは、結依にも電話で同行を呼びかける。結依の中では、自分が夜中に出掛けている間に自宅で再び同じような事件が起きるかもしれない、という危惧もあったが、ひとまずアリスの提案に応じることにした。

4、真夜中の歌姫
 結依の家での仕事を終えたは、そのまま自転車で「お見合い会場」へと向かう。やや遅刻しつつもどうにか到着した彼は、縁談相手の律子に対して、なぜかSF小説の魅力を一方的に語り始める。律子はその熱意に一定の理解を示しつつも、結局あまり会話は弾むこともなく、予定よりも少し早めに、この日のお見合いは(結論は先送りにしたまま)終了する。
 結果的に時間に余裕が出来たは、そのままジャズ・バーへと向かい、そこで飾理シェドと合流した上で、二人を連れ立って入店することになった。それぞれにワンドリンクを頼んだ上で「スカーレット」の出番を待っていると、やがて場内アナウンスの紹介と共に、ステージ上に長い黒髪の美女が現れる(下図)。


 「スカーレット」として紹介されたその女性歌手は、美しい歌声で観客達を魅了していくが、は彼女の顔付きと声質が、(雰囲気や立ち振る舞いはまるで別人であるが)つい先刻まで一緒に食事をしていたお見合い相手の律子と酷似していることに気付く。そして、ステージ上の彼女と目が合った瞬間、彼女が一瞬だけ驚いた顔を見せ、そして若干ながらも歌声が乱れたことから、は彼女の正体が律子であると確信する。
 彼女がステージから去った後、飾理シェドにそのことを告げ、どうすべきか相談していると、そんな彼等のことを遠目に観察している金髪碧眼の青年の存在に彼等は気付く(その正体は結依の家に下宿しているニルスなのだが、彼と面識がない三人には知る由も無い)。あまりこの場で目立たない方が良いと判断した三人は、ひとまず店の外に出て、裏口から律子が出て来るのを待ち伏せしようとするが、既にそこには「出待ちの常連客」がたむろしており、近付ける状態ではなかった。そんな中、店から出てきた律子は、店員達に守られながらタクシーへと乗り込むと、陸達三人もまた別のタクシーに乗り込み「前の車を追ってくれ」と告げるのであった。

5、最強のエージェント
 律子を乗せたタクシーは、彼女が勤める小学校の前に留まり、彼女は下車して職員用の鍵で裏口を開け、学校の敷地内へと入って行く。そんな彼女から少し遅れて到着した飾理シェドの三人は、ここで夜中に校舎に忍び込もうとしていた透・淳子・アリス結依の四人と遭遇した(なお、透と淳子以外に参加するつもりだった子供達は、親に見つかって家を出られなかったらしい)。
 この時、暗闇の中で相手がよく見えない状態であったが故に、警戒したは拳銃を四人に向けるが、その次の瞬間、透の背後から謎の「霊体の少女(下図)」が姿を現れ、透を守るように両手を広げての前に立ちはだかる。


 彼女はその場にいる者達に対して、「生きていた頃は『A』と呼ばれていた」と名乗る。どうやら彼女は自分自身を「幽霊」だと認識しているらしい。そして「A」という呼称は、シェドの宿敵である「F」と同じグリモア・ムーンゲートにおける最強のエージェントのコードネームであった。シェドが以前に調査したところによれば、彼女はアンデルセン童話の『人魚姫』の禁書使いであり、「人間を泡に変えて消し去る能力」の持ち主と言われていたが、数年前に日本で目撃されたのを最後に、消息を絶っている。
 「A」と名乗るこの少女は、自分の死因については何も語らなかったが、彼女自身の認識によれば、おそらく彼女は「透が持っていた(彼が図書館で見つけた)彼女の遺品である禁書の『人魚姫(デンマーク語版)』を触媒として、幽霊として顕現することになった存在」であるという(この時点で、飾理はそれが『ピーカーブー』のルールブックの影響であろうことを察していた)。その上で、「A」は陸達が生前の自分の宿敵である聖ビブリオの関係者であることは察しながらも、今の自分は誰とも敵対するつもりはないと宣言しつつ、透に対して害を及ぼそうとする場合はその限りではない、という旨を告げる。
 そんな彼女の出現に対して、透は当然の如く困惑するものの、彼女の自分に対する態度から、彼女が「悪い幽霊」ではないと認識した上で、陸達三人もまた結依の知人であると聞かされた彼は、彼等と共に学校の中へと忍び込むことを改めて決意する。一方、この状況に怯えつつも彼等に付いて行こうとする淳子の背後からも、アリスは「A」と同じような不気味な気配を感じ取っていたが、まだそれが何者なのかは確認出来ずにいた。

6、死者達の狂宴
 五人の禁書使いと二人の子供、そして一人の(?)幽霊が学校の敷地内へと入ると、ここで更に別の幽霊が出現する。結依のポケットに入ったままになっていた「父の師匠の形見の懐中時計」から、再び「父の師匠」が姿を現したのである。これまでの状況から、おそらく彼もまた「故人の遺品を触媒として出現した幽霊」であろうと察した結依は、出現と同時に問答無用で再び禁書の力で(彼が自分に対して敵対的か否かを確認する前に)消滅させる。
 そして、「A」の力を借りて校舎の鍵を開けて後者の中へと潜入した彼等は、音楽室の方向から美しい歌声とピアノの音色、そしてドイツ語と思しき男性達の声が聞こえてくる(それがドイツ語だと分かったのは、同じゲルマン系言語に通じているアリス結依だけであったが)。彼等が音楽室に辿り着き、その扉を開くと、そこにいたのは、ピアノを弾きながら美声を響かせている律子と、彼女に対して何かを指導していると思しき「音楽室の壁にかけられていた偉大な作曲家達」の幽霊であった。
 突然の訪問者に驚いた「作曲家の幽霊達」が戸惑っていると、律子のバッグの中に入っていた『ピーカーブー』のルールブックから、唐突に象徴体のような「黒い影」が出現する。そしてその「黒い影」が何らかの「指示」を作曲家達に下すと、彼等は不気味な音波を部屋中に響き渡らせ、禁書使い達の精神を蝕んでいく。更に、その「黒い影」自身もまた禁書使い達に対して何かを仕掛けようとするが、その前に飾理達の速攻によって何も出来ないまま無力化され、作曲家達も次々と彼等の禁書の力によって消滅させられていった。
 一方、この戦いの最中、「A」が透を守るように立ちはだかっていたその横で、淳子の前にはまた新たな「幽霊」が出現する。それは彼女が肌身離さず持っていた「亡き母親の楽譜」を触媒として出現した、彼女の母の幽霊であった(下図左)。


7、教師と幽霊の過去
 唐突に始まった戦いを目の当たりにした律子は困惑するが、禁書使い達の中に(社会的信頼度が高い立場にあり、お見合いの席でも彼女の中では比較的好印象だった)がいたこともあり、ひとまず落ち着いて彼等の話(彼女が持っている本が「禁書災害」をもたらす危険な存在であるということ)を聞き入れた上で、彼女もまたここに至るまでの経緯を説明する。
 律子は数年まで、聖ビブリオ学園大学の芸術学部声楽科に通う学生であり、TRPGサークルの一員でもあった。当時の彼女は『ピーカーブー』のキャンペーンにプレイヤーの一人として参加していたが、シンガーソングライターになる夢を実現するために、ウィーンへの留学を決意する。『ピーカーブー』は(子供PCと幽霊PCの)二人一組でのペア制システムであるが故に、PCの途中離脱や入れ替えが難しいこともあって、仲間達とは「律子が学位を取って留学から帰ってきたら、続きを始めよう」という約束を交わして、留学へと旅立つことになる。
 しかし、もともと内気で引っ込み思案な性格の彼女は、見知らぬ異国での生活に馴染めず、結局、学位を取得することが出来ないまま退学してしまう。自分の不甲斐なさから、皆に合わせる顔がないと思った彼女は、誰にも告げずに帰国した上で別の大学へと編入し、そして(もともと子供好きだったこともあって)教員免許を取得して、小学校の音楽教師となった。
 そんな彼女の元に、数日前に因縁の『ピーカーブー』のルールブックが現れる。戸惑いながらもそれを自身のバッグの中に入れたまま、夜の小学校でピアノの弾き語りの練習をしていた時に、壁に掲げられていた「音楽家達の肖像画」から彼等の幽霊が現れ、「お前には歌手としての才能がある」と諭された彼女は、毎夜小学校に忍び込んで彼等の指導を受ける日々を続けるようになり、やがてそれで自信をつけたことで、「スカーレット」の名でジャズ・バーでの歌手としての副業を密かに始めるようになったという。
 この彼女の話と、ここまでの状況から察するに、『ピーカーブー』のルールブックが「近くに存在する死者の遺品(もしくはそれに類する何か)を媒介として幽霊を生み出す」という力を持っていることは間違いないと判断出来る。ただ、ここまで出現した幽霊達のうち、禁書災害と呼ぶべき現象を引き起こしたのは、(なぜか)人が変わったかのように暴れていた「結依の父の師匠の幽霊」だけであり、それ以外の者達は特に人々に危害をもたらしている訳ではない。
 だが、何もする前に封じ込められた「『ピーカーブー』本体の象徴体と思しき何か」は明確に五人に対して敵意を示していたし、今後も状況次第では「危険な幽霊」が出現する可能性は十分にあるだろう。その可能性を危惧した上で、陸達は律子に「禁書使い」となる意志があるかを問い、彼女は迷いながらも、まず自ら当時のプレイヤー達を集めて『ピーカーブー』のキャンペーンを終わらせた上で、禁書使いとしての訓練を受けることを約束する。
 一方、「A」は、今の時点で『ピーカーブー』の禁書としての力を一時的に封印すれば自分(と淳子の母)が消えることを示唆しつつも、あえてそうするように五人に促す(淳子の母も黙ってそれに頷く)。その上で、彼女は消える直前に自分自身のこと、および自分の知りうる限りの「F」やグリモア・ムーンゲートの情報を彼等に伝えた。
 彼女の禁書である『人魚姫』には「失恋に絶望した人物を泡に変える能力」があり、彼女は組織の方針に従い、(色事師の禁書使いとコンビを組んで)これまで幾人もの人々を葬ってきた。だが、そんな自分の人生に嫌気が差した彼女は、同じ組織にいた自分と同世代のスウェーデン人の少年「C」に恋心を抱きつつも、「C」の心が自分には向かないことを悟った時点で、あえて自分自身にその禁書の力を用いて、この世界から消滅したらしい。それが今から約5年前の出来事であったという。
 彼女曰く、「C」と「F」はいずれも「温度を操る能力者」で、彼等の禁書の正体は「アンデルス・セルシウス」と「ガブリエル・ファーレンハイト」の伝記である。その禁書同士の因縁からか、「F」は「C」および「スウェーデン語の禁書」全般を一方的に嫌っており、また、組織に忠実だった「F」とは対照的に、「C」は何か別の目的で動いているように思えたため、いずれ「C」と「F」は衝突することになるだろう、と「A」は考えていたらしい。
 その上で、「A」は透にも禁書使いとしての素質があることを示唆しつつも、『人魚姫』の持つ危険な力は封印すべきという旨を五人に伝えた上で、「もしこの世界が自分を必要とするならば、また呼び出されることもあるかもしれない」と言い残して消えていく(なお、幽霊としての彼女に「失恋者の泡化」の能力がまだ残っていたのかは不明だが、透、淳子、律子の三人に関しては「もし自分にその能力があれば、いずれ彼等を消すことも出来るかもしれない」と言っていた)。
 こうしてひとまず事件を解決した上で、彼等はそれぞれに帰宅する(なお、陸と律子のお見合いについては「また後日改めて」という形になった)。そして結依は、自分の家に下宿するニルスが、年齢的に「C」の可能性が高いという可能性を危惧しつつも、さすがに深夜の戦闘で披露していたこともあり、この日は静かに眠りに就くのであった。
+ 第五話「魔王の世界」
1、漫画の翻訳
 翌朝、結依の家に父から電話がかかってきた。曰く、彼の師匠が絡んでいた「日本の漫画のスウェーデン語翻訳事業」を父が引き継ぐことになったらしい。ニルスは以前からそれに(若者言葉のニュアンスの確認のために)協力していたこともあり、引き続きその作業を手伝うことになった。なお、現在翻訳予定の作品は、黄道十二星座の魔王達と戦う4人(+1人)の戦士の物語『Over the Zodiac(通称OZ)』であり、それはニルス自身にとっても、お気にりの作品であるという(その理由として、彼は「僕は星が好きだから」と言っていた)。
 ニルスが(日本独特の漫画表現のニュアンスを確認するために)結依に「少年漫画に詳しい友人」を紹介してくれるように依頼すると、当然のごとく結依アリスを家に招いて、彼女から話を聞くことになる。だが、その話の途上で、編集部から電話で『OZ』が来週からしばらく休載することになった、という連絡が届く。「作者急病のため」とのことだったが、その話を聞かされたニルスは、好きな作品に関する悲報であるにもかかわらず、どこか淡々とした様子であった。
 一方、は電話で母親から、の再従姉妹(はとこ)にあたる谷山菜月の警備を依頼される。どうやら彼女は最近、ストーカー被害に遭っているらしい(しかし、本人としては、なぜか警察沙汰にはしたくないという)。なお、この菜月は実は上述の『OZ』の作画担当であり(原作は「田所肥前守」という詳細不明の人物である)、元は(アリスの禁書である)『ブレイヴ・ブレイクスルー』の作者のアシスタント出身という経歴の持ち主でもあった。
 漫画にあまり詳しくないがそのことを知らないまま彼女の住むマンションへと向かうと、そこで彼はシェドと遭遇する。シェドは、このマンションの近辺で「F」の目撃情報があったことから、この場に張り込んでいたのである。しかし、が一階のインターフォンから菜月を呼び出しても反応はなく、二人はしばらくその場に立ち尽くす。

2、リレーキャンペーン
 その頃、飾理は月島から、行方不明の禁書の一つである『でたとこサーガ』のキャンペーンに関して判明した情報を聞かされる。どうやらそれは、下記の六人によるGM持ち回り式のリレーキャンペーンであったらしい。

青柳 武(最終回直前に失踪→行方不明)
池田屋 裕馬(キャンペーン頓挫後に退会)
島倉 虎之助(キャンペーン頓挫後に別大学へ)
穂月 輝(卒業後、公務員となった模様)
市野 欽也(最近はゲーセンでよく見かける)
織田 絵理子(現在はソシャゲ界の人気絵師)

 このうち、実質的にまとめ役だったのは青柳だが、彼は最終回(第13回)の直前に失踪し、そのまま大学も退学して行方不明になったという。青柳だけはそのまま現在も消息不明のままだが、他の五人に関しては連絡が取れそうな状態だったため、飾理シェド結依アリスの四人にこの旨を伝えて、それぞれに直接接触を試みてみたところ、以下のようなことが分かった。
 彼等のキャンペーンを通じて描かれていたのは「黄道十二星座をモチーフにした魔王達と戦うPC達の物語」であり、本来は全12話の予定であったが、各自が無責任に大量の伏線を張りまくった結果、最終回担当予定るだった織田が話をまとめきることが出来ず、そのことを相談された青柳が「それなら、『幻の13人目の(蛇遣い座の)魔王』がいたことにして、もう1話やろう。自分がそのGMを担当する」と宣言したものの、結局、どうしても話をまとめることが出来ずに、セッション当日に逃亡してしまったらしい。
 なお、彼等の中の何人かは、このキャンペーンの内容が『OZ』と告示していることに気付いていたが、その原作者である「田所肥前守」が青柳なのかどうかについては、誰も確認が取れていないらしい。

3、魔性の原稿
 翌日、改めて菜月のマンションへと向かったシェドは、そのマンションの入口から「F」が(セキュリティを何らかの方法でクリアして)中に入っていこうとするのを目撃する。慌ててその場に駆け込んだシェドが「F」の目を引きつけている間に、は密かに菜月の部屋へと向かい、鍵が閉まった扉を強引に壊して中に侵入すると、部屋の中には誰もおらず、そして机の上には完成した原稿が置かれていた。はそれを見た瞬間、自分がその原稿の中に引き込まれそうな恐怖感に捉われる。
 一方、シェドと対峙していた「F」は、このマンションの中に「禁書」があると確信した上で、の身体を禁書の力で凍らせて先へ進もうとするが、なぜか彼の禁書の象徴体が、その温度変化の能力を発揮出来ない。「F」はこの瞬間、近くで「C」が自分の力を妨害していると判断して、その場から退散する。
 その頃、から連絡を受けて現場へと駆けつけた飾理結依アリスの三人は、マンションの近くまで来たところで、物陰から隠れて謎の「本」を手にしているニルスの姿を発見していた。その彼の近くには、以前、(『マージナルヒーローズ』の禁書を持っていた)翠の家の近くに出現した「西洋人男性」の象徴体が浮かび上がっている。
 そんなニルスの前に「F」が現れた。彼は激しい憎悪の表情をニルスに向けながら、サバイバルナイフを取り出して斬りかかる。ニルスはそれを飄々とした表情で避けながら、挑発するような笑みを浮かべていた。

「やはり貴様か! この裏切り者が!」
「無粋だね。そんなものを持ち出すなんて」
「貴様相手に私の術は通じない。それは貴様も同じだろう。だから、こうやって決着をつけるしかない!」
「戦わなければいいじゃないか。いわば僕は君の弟のようなものだろう?」
「兄より認められた弟の存在は、許す訳にはいかんのだ!」
「それが本当に華氏の望みなのかい?」
「黙れ! 仮にそうでなかったとしても、Lを殺したのは貴様だろう?」
「答える義務はないね」

 そんな会話が繰り広げられているのを横目に見ながら、三人の少女達はひとまずとの合流を優先するため、二人を無視してマンションへと向かうことにした。
 一方、彼女達よりも先に菜月の部屋に到着していたシェドから現状を確認していると、そこへメロンを片手に持った一人の男性が現れた。『OZ』の原作担当である田所肥前守である。彼は編集部から菜月が急病と聞かされて、お見舞いに来たらしい。当然のごとく「鍵が壊された部屋の中にいる二人の男性」に対して不信感を抱いた彼であったが、が警察手帳を見せたことで、ひとまず警戒心を解いて捜査に協力しようとする姿勢を見せる。
 その後、飾理達が到着すると(彼女達のことは「重要な証人」として田所に紹介した上で)、彼女達も残された原稿を確認しようとするが(田所に対しては「証拠物品に無闇に触れるな」と言って制していた)、この時、結依が原稿の魔力に抗えず、その原稿の「中」に引きずり込まれてしまう。目の前で起きた不可思議な現象に困惑する田所に対しては、飾理がひとまず背後から手刀で気絶させた上で、おそらくこの原稿の中に菜月も禁書ごと吸い込まれたのではないかと推測した四人は、あえて原稿から放たれる謎の力に身を任せ、原稿の中へと身を委ねるのであった。

4、画力を求めて
 先に原稿世界の中へと吸い込まれていた結依は、すぐに自分が「少年漫画の世界」に入り込んでしまったことを理解する。そして、明らかに「異分子」である彼女に対して、この漫画に登場する(魔王の部下の)怪物達が襲いかかるが、結依の手には彼女自身の禁書が握られていたため、この世界の中でもこの禁書の力が使えるかどうかを試すために、象徴体を呼び出そうとする。だが、ここで彼女の禁書から現れたのは、いつもの「学者風の男」ではなく、「アメリカ中西部に住んでいそうな田舎娘」であった。結依は困惑しつつも、その象徴体に攻撃を命じると、その田舎娘は「英単語」を具現化して攻撃し、あっさりと怪物達の撃退に成功する。
 その後、ほどなくして後から吸い込まれた四人も到着する。結依の傍らに立つ「少女の象徴体」を見たアリスは、それが『OZ』の主人公(ヒロイン)であることに気付き、試しに他の四人も自身の象徴体を呼び出してみると、シェドの象徴体(本来は探偵)がカカシに、の象徴体(本来は未来世界の賞金稼ぎ)がブリキの人形に、アリスの象徴体(本来は聖剣を持つヒーロー)がライオンに、そして飾理の象徴体(本来は彼女と同年代の和装少女)が西洋風の魔法少女に、それぞれ変化していた。どうやら彼等の禁書は、この物語世界の影響を受けて、その主人公達のような姿になってしまったらしい(なお、飾理のキャラは「双子座の魔王の双子の妹」であり、作中では時折主人公達を助けに現れる「敵か味方か微妙なポジションの登場人物」である)。
 彼等は困惑しつつも、アリスの記憶にある『OZ』世界の知識を頼りに、この世界の中を歩き回って「自分達と同じように『明らかに場違いな存在』がこの世界に出現していないか?」と調査してみたところ、街中を途方にくれた様子でフラフラと歩き回っていた菜月を発見する(下図)。その手には『でたとこサーガ』のルールブックが握られていた。


 彼女は子供の頃に会ったのことを微かに覚えていたこともあり、から一通りの事情を聞かされると(既に自分が非現実的なこの状況の中に放り込まれていたこともあり)、のことを信用した上で、ここまでの経緯について説明する。
 菜月はもともと田所の考案した『OZ』の物語には確かな魅力を感じていたが、自分が描いている絵が、彼の望む水準に達しているかどうかが不安であった(実際、ネット上では「線が細すぎる」「女にバトル漫画は無理」などといったバッシングもあった)。そんな中、彼女の目の前に『でたとこサーガ』のルールブックが現れる。しかも、その中には「数年前のキャンペーン」の際に用いられていた資料集が挟まれており、そこには(キャンペーン参加者の中で唯一絵が描けた織田の手による)主要人物や魔王達のイラストも含まれていたのである。菜月は、その資料集に描かれていたイラストが自分よりも秀逸で、しかも作品世界に合致しているように思えたことで、激しく動揺する。
 そんな中、ルールブックから「画力が欲しいか?」と聞かれたような気がした彼女は、心の中で「欲しい」と答えると、突然、自分の中に何か特別な力が宿ったような感覚を覚える。そして実際に原稿用紙に向かってみた彼女は、それまでとは比べものにならないほどの迫力のあるバトルシーンが描けるようになった(それは実際に原稿を見た時にアリスも実感したことであった)。その結果、読者を作品世界に引き込むほどの鬼気迫る完成度の原稿を仕上げることに成功するが、その直後、文字通りに彼女は原稿世界の中に引き摺り込まれてしまったのである。

5、黄道の魔王
 一通りの事情を聞いた五人は、ひとまず彼女を連れて元の世界に戻るための方策を考える。過去に聞いたことがある類似事例から察するに、本来ならばこの世界の創造主である菜月には、この世界内の基本法則を操る能力がある筈なので、彼女が願えば元の世界に戻れる筈である。だが、現状ではそれが不可能な状態にあったため、おそらくは「この原稿における最も存在感のあるキャラ」がそれを邪魔しているのであろう、ということを推察する。つまり、彼女が持っている筈の空間支配力を発動させるためには、その者の協力を得るか、もしくは倒さなければならない。
 そして、この回の原稿において最も存在感のある人物と言えば、現在連載中のシリーズで主人公達が戦っている「第八の魔王」ことスコーピオン(元のセッションにおいては「魔王/ドラゴン」として作られた敵キャラ)である。その所在を突き止めるために彼等が動き出そうとしたその瞬間、まさにそのスコーピオン(下図)が二体の眷属と共に彼等の前に現れた。


 どうやらこの世界の魔王は、本能的に「主人公達」を消し去ろうという思考が植えつけられているようで、それらに酷似した象徴体を持つ結依達の気配を察してこの場に現れたらしい。そして魔王とその眷属は、問答無用で五人に対して襲いかかってきたのである。彼等は「本来の姿とは異なる象徴体」の外見に戸惑いながらも、その能力そのものは本来の彼等と変わらないことを確認すると、アリス結依の畳み掛けるような連携戦術で眷属達を倒し、そしてシェド飾理の鮮やかな連撃でスコーピオンをも葬り去ることに成功する。
 そして彼等は無事に菜月と共に「元の世界」へと帰還するのであった。

6、決意と疑惑
 その後、菜月は田所と話し合った上で、田所があくまで「今まで通りの菜月の絵」で描き続けてくれることを期待しているという旨を確認したことで、ひとまず安堵の表情を浮かべる。そして、飾理達がルールブックの件について田所に確認してみたところ、やはり彼の正体は『でたとこサーガ』キャンペーンの実質的な中心人物の青柳武であった。
 彼はあれから数年後、ようやくあの時のキャンペーンの最終回の構想をまとめることに成功したものの、既に当時の仲間達とは連絡が取れない状態になっていたため、その構想を漫画として形にしようと考え、雑誌社に持ち込んだらしい(もともとクリエイター志望ではあった)。ちなみに「田所(たどころ)」は「でたとこ」からの変換であり、「肥前」は「佐賀(サガ)」の旧称である。つまり、「あわよくば昔の仲間達がこの漫画の存在に気付いて連絡してきてくれないか」という期待を込めたネーミングだったらしい。
 田所(青柳)は飾理達から「昔の仲間の連絡先」を聞くと、すぐさま彼等に対して「キャンペーンの続き」を遊ぶための連絡を試みる。彼等の様子から察するに、おそらく近いうちに最終回のセッションは実現し、『でたとこサーガ』の再暴走は防がれることになるだろう。
 一方、自分に「禁書使い」としての資質があることを聞かされた菜月は、に聖ビブリオへと案内してもらい、そこで訓練を受けることを決意する。なお、その途上で二人は(同じ訓練場に向かう途中だった)律子と遭遇して微妙な空気になったりもしたのだが、それはまた別の物語である。ちなみに、訓練施設への入所後に菜月は(バトル漫画が大好きな)翠から熱烈な歓待を受けることになるのだが、それもまた別の物語である(翠はその直前に、アリスが菜月からサインを貰ったことを自慢されていた)。
 その頃、シェドの探偵事務所にひょっこりと現れた飾理は、「この事件がひと段落ついたら、自分自身の正体を調べてほしい」という依頼を彼に持ちかけていた。彼女には過去の記憶が無く、気付いた時には禁書使いとなっていた。家族も友人もいないまま、孤独なエージェントとして生きてきた自分が、果たして一体何者なのか、そろそろ本気で知りたいと思い始めたらしい。シェドの情報収集能力を以ってしても、その答えに辿り着けるかどうかは分からない。だが、シェドにならば(自分自身も知らない)自分の正体のことを知られても構わないと思う程度には、彼女の中で彼に対する信頼感は確立されていたようである。
 そして、自宅に帰った結依は、何事もなかったかのように涼しい顔で出迎えるニルスに対して、菜月のマンションの前で彼を見たことを告げると、彼は苦笑を浮かべつつ、自分の正体についてはボカしながら、結依に対してこう言った。

「僕は君と敵対するつもりはないし、もし君に危害が及ぶなら、僕は君を守るつもりでいる。ただ、君達の動向次第では、僕とはどこかで衝突することになるかもしれない。そうならないことを祈っているけどね」

 結依は彼の正体が「C」であることは察しつつも、今の時点で彼と事を構える気はなかったため、それ以上は何も追求しようとはしなかった。

+ 第六話「怪奇の世界」
1、敵の敵
 『でたとこサーガ』の事件から数日後、飾理はとある公園にて、屋台のクレープ屋の前に立つ奇妙な少女(下図)と遭遇する。ゴシックロリータ系の装束に身を包み、首元に謎の南京錠を下げ、その手に豪奢なブックカバーを付けた新書サイズの本を携えたその少女から、飾理は「自分に近い何か」を感じ取り、その少女もまた飾理と目が合った瞬間に「私と同じ匂いがする」と呟く。


 ゴスロリ少女は飾理に「F」の写真を見せた上で、「この男を斃すために、行方を捜している」という旨を伝えると、飾理はひとまず彼女に協力的な姿勢を示した上で、連絡先(LINEアドレス)を交換する。なお、彼女のID名は「大津佳之」と表示されていたのだが、その名前について彼女は「変更の仕方が分からなかった」とだけ告げた上で、クレープを頬張りながらその場から立ち去っていった。
 その頃、律子と共に(菜月から貰ったペアチケットで)『ブレードランナー(リメイク版)』を見るために映画館を訪れていたは、館内で「F」と遭遇する。F曰く、結依の家に滞在中の青年・ニルスの正体は『アンデルス・セルシウスの伝記』の禁書使いであり、以前は「グリモア・ムーンゲート」のエージェント(コードネーム「C」)であったが、現在は彼等と袂を分かち、この世界の真理を追求することを目的とした秘密結社「ブラインド・ミトス探求同盟」の一員となっているという。
 Fの推察によれば、そもそも「L」に「TRPGサークルに所蔵されている七冊の(禁書化の可能性が高い)ルールブック」の存在を教えた上で、彼にルールブックを盗み出させた上で彼を殺して横取りしたのは全てニルスの仕業であり、ニルス達はTRPGのルールブックを用いて巨大な禁書災害を引き起こすことで、この世界そのものを危険に陥れるような「実験」を試みようとしているらしい。Fはその実験を止めるためであれば陸達に協力しても良いと告げた上で、ひとまずと連絡先(LINEアドレス)を交換する。

2、「今夜0時」
 一方、下校途中に近所の小学生・淳子と再び遭遇したアリスは、淳子から「『母親にもう一度会わせてあげる』という内容の手紙が学校の下駄箱に入っていた」という話を聞かされる。アリスがその手紙を確認したところ、そこには「今夜0時に淳子のマンションの裏の駐輪場に、母親の形見の楽譜を持って来るように」という旨が記されていた。明らかに不審に思ったアリスは、淳子には絶対に行かないように釘を刺した上で、ひとまずシェドの元へ相談に行こうと考える。
 同じ頃、そのシェドの事務所には、淳子の同級生である透が訪れていた。透は結依の家に下宿するニルスのことを不審に思い、個人的に彼の動向を探っていたところ、ニルスが今朝の時点で小学校に潜入し、淳子の下駄箱に何か怪しげな手紙を入れていたのを目撃したという。きっとニルスは何か後ろ暗いところがある人物に違いないと考えた透はシェドに彼の調査を(料金は「出世払い」で)依頼し、シェド結依を想う透の気持ちを察しつつ、その申し出を快諾する。
 そんな中、既にニルスが禁書使いであることに気付いていた結依は、彼の動向を探ろうと注意深くその身辺を探っていたところ、入浴中の彼の脱衣籠の中に入っていた彼のスマホに「大津佳之」という人物からのメールの着信表示が現れたことに気付く。そのポップアップ表示から「Re:今夜0時」という件名と、本文一行目の「了解」という文字を彼女は確認するが、それが何を意味していたのか、この時点ではまだ彼女は気付けずにいた。

3、繋がる点と点
 それから程なくして、飾理の元に月島から連絡が届く。残る2冊のルールブックのうち、『インセイン』のキャンペーン時のGMの正体が発覚したらしい。その人物の名は大津佳之。数年前までTRPGサークルの一員であると同時に、聖ビブリオに所属する『マギカロギア』のルールブックの禁書使いだったが、とある禁書封印の任務の最中に行方不明になったという。その話を聞いた飾理が、その「大津佳之」のIDを持つ上述のゴスロリ少女にLINEでその旨について問いかけると、彼女は飾理に「紹介したい人がいる」と伝えた上で、今夜23時に(昼に彼女と遭遇した)公園に来るように促す。
 その頃、シェドは透の依頼を遂行するために結依の家へと趣き、ニルスに対して遠回しに様々な質問を投げかけていたが、ニルスはのらりくらりと受け流すばかりで、真相を語ろうとはしない。やむなく一旦面談を打ち切ったシェドは、結依から上述の「メール」の話を聞いた上で、結依にニルスの動向を引き続き監視するように依頼しつつ、ひとまず探偵事務所へと帰る。すると、そこにはシェドの協力を仰ぐために(勝手に)上がり込んでいた飾理アリスの姿があった。
 二人から話を聞いたシェドは、結依から聞いた話とも照合させた上で、ここまでの一連の話が全て繋がっていることを推察する。その上で、ひとまず「23時の公園」には飾理シェドが赴き、「0時の駐輪場」にはアリス結依が向かう(その上で、間に合えばシェド飾理もそちらに合流する)という方針で合意に至る。なお、この時点で「は今日はデートの日らしい」という話を(なぜか)知っていた彼等は、あえてには連絡しなかった。
 そのは、映画を見終えた後、律子の紹介でドイツ料理のレストランへと向かったものの、ドイツ語が読めない彼はビールと間違えて(飲み慣れていない)ウィスキーを注文してしまい、泥酔状態に陥っていた。そんな彼に対して、偶然その場に居合わせた日独ハーフの青年が酔い覚ましの薬を差し出す。彼の名は東條・ヨアヒム・帯刀(ルールブックp.205)。律子の留学時代の恩人であり、この店の常連客でもあったのだが、律子もも、この時点では彼の「正体」には気付いていなかった。

4、真理の探求者
 その日の23時、シェドを伴った飾理が公園に到着すると、そこに現れたのは上述のゴスロリ少女と、そして東條・ヨアヒム・帯刀であった。東條は自らが「ブラインド・ミトス探求同盟」の首領であることを明かした上で、ゴスロリ少女の正体が「『マギカロギア』の象徴体」であると告げる。
 ゴスロリ少女曰く、『マギカロギア』の所持者であった大津佳之は、かつて聖ビブリオの一員としての禁書封印の任務の過程で遭遇した「F」との戦いで深い心的外傷を受けて、廃人状態となってしまったらしい。この時、同書の象徴体である彼女は、佳之の最後の願いによってその身を具現化させた状態のままこの世界に留まり続け、そして佳之を救う方法を捜していく中で東條と出会い、そしてブラインド・ミトス探求同盟の一員となったという。
 現在、佳之は自我を失った状態のままブラインド・ミトス探求同盟の施設で療養中であり、『マギカロギア』は今も彼の手の中にある。そして彼女は東條達が研究していた特殊技術によって、ほぼ人間と変わらない状態で「この世界の住人」として「固定化」され、佳之の自我を取り戻す方法を探すために今も彼等に協力しつつ、仇敵である「F」の捜索を続けているという。
 ここまでの話を伝えた上で、東條は、飾理もまた「禁書によって生み出された象徴体」である可能性が高いと告げた上で、自分自身の正体を知りたければブラインド・ミトス探求同盟に加わるべきだと促す。それに対して飾理が返答を保留すると、東條とゴスロリ少女はひとまずその場から立ち去っていった(この時、飾理は友誼の証として、ゴスロリ少女に菓子を贈呈し、彼女はそれを素直に受け取った)。
 なお、この会談の最中に(ほろ酔い状態の)も偶然その場に通りかかるが、状況を全く把握出来ないまま、黙って話を聞いていただけであった。その後、二人から一通りの話を聞かされた彼は、二人と共に淳子のマンションへと向かうことになる。

5、禁書の解放者
 その間、ニルスの動向を見張っていた結依は、彼が深夜に密かに淳子のマンションの方面へと出掛けていくのに気付き、そのまま彼を尾行する。一方、先に現地に到着していたアリスは、そこでまず(公園から移動して来た)ゴスロリ少女に遭遇し、互いに相手の正体を探り合っている中、やがてニルスが到着する(それと同時に結依もこの場に到着するが、彼女は隠れたまま様子を伺い続け、更にその後からこの場に駆けつけたシェド飾理もまた、別の方向から隠れて様子を伺っていた)。
 淳子ではなくアリスがこの場に来ていることから、大方の状況を理解したニルスに対して、アリスが「淳子の下駄箱に入っていた手紙」の件について問いかけると、ニルスはそれが自分の書いた代物だとあっさり認める。ニルスは「淳子の母の楽譜」を禁書化させた上で、そこから「象徴体」として淳子の母を生み出す算段であることを告げるが、それが「危険を伴う実験」ではないかと問い質すアリスに対して、ニルスは涼しい顔でそのことも認める。
 淳子を実験台にすることに一切の罪悪感を見せないニルスに対して、アリスは怒りを露わにするが、ニルスは「彼女にその気がなければ、無理強いするつもりはない」「他人にそれを止める権利はない」と言い放つ。だが、その一方で、結依の友人であるアリスと戦う意思も無いという旨を告げた上で、彼はゴスロリ少女と共にその場から立ち去って行った。アリスの中では、ここで彼等を放置しておくことで、また別の誰かを相手に「実験」を試みるのではないか、という懸念はあったが、(周囲に自分の仲間達が潜んでいた状況に気付けなかったこともあり)あえて何もせぬまま彼等を見送る。
 その後、深夜に帰宅した結依に対して、一足先に帰っていたニルスは、彼女があの場にいたのではないかと推測した上で、あえて彼女に問いかけた。禁書使いが増えることは悪いことなのか? そもそも禁書使いの能力は何のためにあるのか? この世界に禁書を使える人間と使えない人間がいることの意味は何なのか? その違いをもたらした者(神?)の意思を知りたくはないか? その何者かによって操られているかもしれないこの世界を変えてみたくはないか? そんなラディカルな問いかけに対して、結依は即答を避け、ひとまずこの日は二人とも静かに休眠する。

6、一夜明けて
 翌朝、再びニルスがどこかに向かって行くのを目撃した結依は、彼の後をつけると、路地裏で欧米人との混血と思しき男性と遭遇している場面に遭遇する(その男の正体は東條なのだが、結依は初見のため分からない)。二人は「辞書の禁書使い」を自分達の陣営に引き込む方法、および「月島は何を企んでいるのか?」ということについて意見を交わしていた。
 同じ頃、シェドの探偵事務所に再び透が(昨日よりも深刻な表情で)現れる。彼は「夜中に学校に忍び込んだ日」に何があったのか、そしてシェド結依が何者なのかを教えてほしい、と訴えかけてきた。あの時の透と淳子の記憶は聖ビブリオの手でうやむやに修正された筈だったのだが、なぜかここに来て急に、そのことが気になり始めたらしい。シェドは透にあえて真相を全て話すと、透もまた数刻前に起きた出来事をシェドに伝える。どうやら先刻、彼は「変な格好の女」に「結依と同じような特別な力が欲しくないか?」「力が欲しければ『お気に入りの本』を用意しておくように」と言われたらしい。それがあのゴスロリの少女であろうと推測したシェドは、透に「絶対に彼女に近付いてはならない」と忠告し、透もしぶしぶ納得する。
 一方、のスマホには「F」から「ブラインド・ミトス探求同盟のボスがこの街に潜入しているらしい。他にも仲間と思しき奴等もいる」という連絡が届く。既にそのことを知っていたは、ひとまずFに昨日の状況を(ほろ酔い状態ながらも覚えていた範囲で)伝えると、Fは「日本国内にいるグリモア・ムーンゲートのエージェント達を終本市に呼び寄せた」と告げた上で、改めて聖ビブリオとの共闘を促すが、にしてみればそれは自分だけの判断で決断出来る問題ではなく、この時点で自分達の方針を明言することは出来なかった。

7、象徴体少女(レトロスペクター・ガールズ)
 そして飾理は、ゴスロリの少女が持っていた本が『インセイン』のルールブックではないかという推測の下で、彼女を近所の甘味系喫茶店に呼び出していた。そんな飾理を護衛するために、アリスは同じ店に密かに潜伏していたが、少し離れた場所で「F」も同じように二人の様子を観察していることに気付いた彼女は、密かにシェド結依に連絡して、彼等もこの場に呼び出そうとする。
 ゴスロリの少女に対して、飾理は今の自分達が『インセイン』を探していることを告げると、少女は複雑な表情を浮かべる。彼女は「自分と似た存在」と思しき飾理には好印象を抱いていたものの、今の自分は佳之を蘇らせるためにブラインド・ミトス探求同盟を裏切る訳にはいかない、という旨を告げる。飾理は、佳之を蘇らせることは聖ビブリオでも出来るのではないかと提案するが、彼女はそれに対して懐疑的な姿勢を示す。禁書を「封印すべきもの」と考える聖ビブリオは、自分達のような「禁書によって生み出された自律体」の存在そのものを快く思わないであろう、というのが彼女の認識であった。
 そう言われた飾理は、あえて彼女に見えるようにテーブルの上にスマホを置いた上で、月島にそのことをメールで問いかける。すると、月島からは、飾理が象徴体であると薄々勘付いていたことを認めた上で、飾理のような存在がこの世界で生きていく道を探すことに協力する意思がある、という返信が帰って来た。その文面を見たゴスロリの少女は、少し見識を改めたような表情を浮かべた上で、自分の持っている本が『インセイン』であることを明かすが、その本をその場で引き渡すことに対しては同意しかねる様子であった。

8、三つ巴の乱戦
 そんな中、アリスに呼ばれたシェド結依の三人が喫茶店に集まりつつあることに気付いたFは、その場から一旦逃げ去ろうとするが、それにシェドが反応したことで、ゴスロリの少女もFの存在に気付く。次の瞬間、少女は『インセイン』を開いて「道化師」のような象徴体を呼び出すことで、仇敵のFを攻撃しようとするが、ここで『インセイン』の力が暴走を始めてしまう。
 もともと彼女の「本体」である『マギカロギア』と『インセイン』は同一シリーズのルールブックということもあり、その強すぎる親和性によって生み出されたあまりにも強力すぎる禁書の力を、彼女は制御出来なくなってしまったらしい。ゴスロリの少女はその場に意識を失って倒れこむ一方で、彼女に呼び出された「道化師」は喫茶店全体を禁書領域へと書き換えていく。店員や客達は次々と瘴気によって倒れていく中、喫茶店のマスコットキャラクターである人形達が無作為に暴れ始めた。
 五人の禁書使いは困惑しつつ、以外の四人は(から何も聞かされていなかったため)まずは(聖ビブリオにとっての明確な敵である)Fに対して襲いかかる。Fはその猛攻に耐えつつ、この場にいる者達全員を氷結させて事態の沈静化を測ろうとするが、かろうじて氷結を免れた飾理によって象徴体(ファーレンハイト)を倒されたFは、その場に昏倒する。一方、暴走した人形達はの斉射攻撃によって一掃され、そして道化師もまたアリスによって倒されたことで、どうにか彼等は禁書災害の拡大を食い止めることに成功した。

9、虜囚との交渉
 五人は、意識を失った状態の「F」と「ゴスロリの少女」の身柄を確保した上で(それぞれの禁書はシェド飾理が預かった上で)、ひとまずシェドの探偵事務所へと連れて行く。
 先に目を覚ましたのはFであった。Fは、改めて以外の四人にも「ブラインド・ミトス探求同盟を止めるための共闘」を呼びかける。唐突な話に戸惑う四人であったが、探求同盟の戦力が不明である以上、ニルスの能力を相殺出来るFには確かに利用価値があると考えた彼等は、当面はFをシェドの事務所の地下室に監禁しつつ、ニルスとの戦いが発生した際には協力するという方針で合意する。また、それと同時に、終本市に集まりつつあるグリモア・ムーンゲートのエージェント達とは交戦しないという約定も交わした。 
 その後、遅れて目を覚ましたゴスロリの少女は、自分が『インセイン』を制御出来ずに暴走したことを理解した上で、何かを悟ったような様子で、ここに至るまでの事情を語り始める。もともと彼女の本体である『マギカロギア』は「禁書」の力を引き出して戦うTRPGであるため、そこから生まれた象徴体である彼女には「禁書使い」としての強い適正があると東條には言われていた。故に、彼女に(怪異を題材とするTRPGである)『インセイン』を与えることで、新たな禁書を作り出す能力が生み出されるのではないかというのが、ニルスや東條達の仮説であり、そのために淳子や透に声をかけたのだという。それは、彼等の「禁書使いの新たな可能性」を模索する探求行動の一環であった。
 そして彼女は、飾理とメールで話していた「月島」と同じ名を持つ人物が、かつてブラインド・ミトス探求同盟に所属していた、と東條が話していたことを思い出す。東條の話によると、その月島とは途中で方針を違えて袂を分かつことになり、現在は行方不明となっているらしい。それが「この一連の事件の依頼人である月島」と同一人物である保証はないが、ひとまず月島に会ってみたいと彼女は提案し、五人もそれに同意する。
 その上で、アリスに改めて「名」を問われた彼女は、「皐月未來(さつき・みらい)」と答えた。それはかつて彼女の持ち主である佳之が、『マギカロギア』で初めて作ったPCの名であり、彼女の姿形や人格もまた、その時のPCがベースとなっているらしい。大法典(コーデックス)における位階五位の「異端者(アウトサイダー)」、それこそが彼女の正体であった。
+ 第七話「邪神の世界」
1、終焉へと誘う朝
 翌朝、結依が目を覚ますと、彼女の寝室全体が氷で覆われようとしていた。ニルスの手によって、彼女は自室の中に監禁されようとしていたのである。からくもそこから脱出した結依が、「これから先の戦いに巻き込みたくない」というニルスの意に反して、あくまでも仲間と共に戦う姿勢を示すと、下宿先でこれ以上の騒動を起こす訳にもいかないニルスは、何も言わずに何処かへと向かう。
 一方、アリスはその日の朝、友人の涼風令子の妹である涼風恵子(下図)と遭遇していた。彼女は禁書使いではないが、アリスや令子が何か「特別な力」を持っていることには勘付いており、恵子自身もそんな姉達に憧れて黒魔術の書などを読み漁るような少女であった。そんな彼女がこの日は、なぜか学校とは反対方向に向かって歩いていた。不自然に感じたアリスが、そのことを学校で令子に告げると、令子も不信に思い、ソロモン警備保障に調査を依頼する。なお、令子曰く、恵子は最近「風のなんとか(うろ覚え)」という本に夢中になっているらしい。


 同じ頃、警察署では、地元で療養していたレックスが復帰した。近況を尋ねられたは、現在、この街で「世界を危機に陥れるほどの事件」が起きつつあることをほのめかしつつも、詳細をレックスや警察の上層部に告げるのは避け、あくまでも自分達の力で解決していく道を選んだ。

2、消えた依頼人
 そんな中、前日に月島に送った(未來を月島に引き合わせるための)メールの返事がなかなか来ないことを奇妙に思った飾理は、未來と共に聖ビブリオ学園大学のTRPGサークルへと赴くが、その場にいた会員達の誰も連絡先を知らなかったため、シェドに月島の住所を調べさせた上で、直接月島の自宅に乗り込むことにした。
 鍵を壊して侵入した彼女達は、室内を物色した結果、「謎の女子中学生」の写真と、「金田夏雄」という人物の連絡先のメモ書きを発見する。未來曰く、その金田という男はかつて未來(の原型となったPC)を生み出した『マギカロギア』卓のGMであり、日頃は『クトゥルフの呼び声』をよくプレイしていたという。未來が佳之を装って連絡を試みてみたところ、どうやら彼は既にTRPGから足を洗っており、月島のことも知らないと答える。金田曰く、昔、シナリオのネタ探しに都市伝説的な会談事件に関わった結果、本物の恐怖体験に遭遇してしまい、それ以来、ホラーを娯楽として楽しむことが出来なくなってしまったらしい。
 その後の調査で、どうやらその事件はオーガスト・ダーレス著の『風に乗りて歩む者』と呼ばれるクトゥルフ神話関連の小説(大気を操る邪神イタクァを題材とした作品)が引き起こした禁書災害であり、その事件はまだ解決していないということが判明する。しかし、月島の行方に関しては、依然として全く手掛かりが掴めない状態であった。

3、地下迷宮
 一方、シェドに監禁されていたFは、禁書を返却させることを条件に、グリモア・ムーンゲートが調べ上げた「ブラインド・ミトス探求同盟の終本市内でのアジト」の位置を彼等に伝える。それはドイツ料理店「ブラウンシュヴァイク」(第四話でが律子に案内された店)の地下に存在しているらしい。探求同盟の首領・東條は『火吹き山の魔法使い』(ダンジョン攻略を題材とした世界最古のゲームブック)の禁書使いであり、彼が作り出した地下迷宮が、現在の彼等の本拠地であるという。
 やがて、シェドの探偵事務所で五人が合流すると、月島の自宅に残されていた「写真」を見たアリスは、そこに写っている少女が恵子だということに気付く。アリスは即座に令子にそのことを伝えるために電話してみたところ、令子もまた恵子に関する重要な情報に辿り着いていた。どうやらソロモン警備保障の調査によると、恵子がここ最近、ドイツ料理店「ブラウンシュヴァイク」に何度も足を運んでいるのを目撃した者がいるらしい。
 ここまでの状況に照らし合わせて考えてみると、恵子が夢中になっている本はおそらく(長年行方不明になっていた)『風に乗りて歩む者』の禁書であり、そして彼女はおそらく(同書と深い関係を持つ)『クトゥルフの呼び声』の禁書にも関わっているであろうと推察した五人は、「ブラウンシュヴァイク」へと赴くことを決意する。

4、突入作戦
 Fの話によると、グリモア・ムーンゲートはこの日の夜に「ブラウンシュヴァイク」に襲撃をかける計画であり、その一方で令子とソロモン警備保障の面々も、出来ればすぐにでも突入して恵子の身柄を確保したいと考えているらしい。彼等と共闘して同時に突入する選択肢もあるが、多勢力による乱戦状態が発生すると、かえって恵子の身に危険が及ぶ可能性もあるだろう。また、探求同盟の一員でもある未來の証言によると、彼女の「持ち主」である佳之もそのダンジョンの中にいるらしく、ダンジョン内に大量の禁書使いが突入した場合、自分の身を守る術を持たない今の彼もまた、巻き添えで命を落とす可能性もある。
 その状況を考慮した上で、未來は佳之の安全を確保するために、彼等に秘策を伝授する。東條は日頃、そのダンジョンを維持するために相当な精神力を消耗しているため、彼の禁書の象徴体(魔法使い)に相応の打撃を与えれば、東條は本気で戦うために一時的にダンジョンを抹消せざるをえなくなり、そうなればダンジョン内にいる者達は全員地上にはじき出されるという。未來としては、まだ自分の身の振り方が決まっていない以上、東條との全面的な対立は避けたいが、今のこの状況で自分が佳之の安全を確保するには、彼等に東條のダンジョンを一時的に破壊してもらった上で、佳之をその場から連れ出すことが賢明と判断したのである。
 問題は、どのような形で東條相手に奇襲を掛けるかであるが、ひとまず彼等はグリモア・ムーンゲートの突撃予定時刻よりも先に現地に行って、チャンスを伺うことにした。その上で、令子にはソロモン警備保障の面々と共に建物の外に待機してもらい、未來とFもまた彼女と共に外で待機した上で、必要に応じて突入する、という算段になった。

5、もう一組の乱入者
 五人が変装して『ブラウンシュヴァイク』へと向かうと、店内では東條が一人の男性と卓を囲んで会話を交わしていた。その男性の正体は、いつもとは異なる姿(洋装)に身を包んだ月島である。シェドが近寄って会話を盗み聞きしてみるが、抽象的な言葉を用いていることもあり、いまひとつ彼等の話の本筋は見えてこない。ただ、どうやら月島は、東條から『クトゥルフの呼び声』を奪い返すためにここに来たらしい、ということは分かる。
 そして会話の最中、月島は唐突に懐から一冊の(明らかに『SW2.0』とは異なる)「謎の禁書」を取り出し、それに対して東條もまた『火吹き山の魔法使い』を取り出して対抗しようとした次の瞬間、店内の各方面の壁際から全体を取り囲むように5体の「象徴体」が現れる。それらを操っているのは、(結依達とは別に)それぞれに変装して店内に潜伏していた里菜、理代子、翠、律子、那月の五人であり、彼女達の手にはそれぞれの『ルールブック』が持たれていた(なお、いずれの象徴体も「そのルールブックを用いて作ったPC」のような姿であった)。
 里菜達五人が同時に東條に向かって不意打ちで攻撃を仕掛けたことで、東條の象徴体は深手を負い、東條は本気で目の前の状況に対処するために(未來が言っていた通り)ダンジョンを消滅させる。その結果、ダンジョン内に出現していた魔物達と、ダンジョン内に潜んでいた禁書使い達が、一気に地上(店内および店の周囲)に出現し、魔物達が所構わず暴れ始め、大混乱が発生することになった。

6、大気の邪神
 結依達五人の前にも『火吹き山の魔法使い』に登場する魔物達が現れ、彼等は全力でそれを撃退するが、その直後、は建物の外に「より危険な何か」がいる気配を感じ取る。令子達が気がかりな彼等は、店内の戦いは月島達に任せた上で、すぐに外に出ようとするが、その前に(ダンジョン消失によって地上に出現していた)ニルスが立ちはだかり、店の入口を氷結させることで彼等(主に結依)と外の「より危険な何か」との遭遇を阻止しようと試みる。
 だが、それに対して店の外からFがファーレンハイトの力を用いてセルシウスの氷を無効化し、扉を開けて彼等を外に導き出すと同時に、ニルスに対して再びナイフを取り出して白兵戦を挑む。その場をFに任せて外に出た五人は、未來が「(おそらく佳之と思われる)『マギカロギア』を抱えた男性」を発見して介抱しているのを確認すると、飾理は彼女に『インセイン』の禁書を返し、そして令子の元へと向かう。
 すると、令子の前には、嬉しそうな顔を浮かべたながら「二冊の禁書」を手にした恵子の姿があった。その二冊こそ、『風に乗りて歩む者(小説)』と『クトゥルフの呼び声(ルールブック)』である。親和性の強い二冊の禁書を同時に用いたこの状況が非常に危険であると察した飾理は、すぐさま恵子の背後に回って、手刀で彼女を気絶させる。その結果として二冊の禁書は恵子の手から溢れ落ちたが、既に彼女を介して共鳴していた二冊の本からは、邪神イタクァが出現した。
 アリスからの電話を聞いて以来、『風に乗りて歩む者』の概略を調べていた令子は、原作についての情報を集めた結果、イタクァが「風を引き起こして人間を大気圏外にまで吹き飛ばす能力」の持ち主であることに気付いていたため、それを封じるために、自身の『ベルサイユのばら』の禁書能力を用いて、その場に「バスティーユ牢獄」を出現させ、イタクァと周囲の人々をその牢獄内に監禁する。
 この結果、「吹き上げ能力」を実質的に封じられたイタクァは、やむなく今度はその場で室内の大気を変動させて、冷気によって令子達を倒そうと試みるが、それに気付いたニルスとFが、建物の外からファーレンハイトとセルシウスの力を用いて、イタクァの気温低下の能力を相殺する形で封じ込める。ニルスの本来の目的はイタクァを生み出して禁書災害を引き起こすことであったが、その結果として結依が危険な状況に晒されることになってしまった以上、ここでイタクァを止めざるを得なくなっていたのである。
 だが、それでもクトゥルフ世界における神話生物であるイタクァは、その存在そのものが人々の心を蝕む危険な存在である。牢獄という閉鎖空間の中にイタクァと共に封じ込められた禁書使い達は、その圧倒的な瘴気に苛まれながら、更に狭い室内で強引に引き起こされた風によって天井に叩きつけられるという形で、心身共に激しい消耗に晒される。だが、それでも令子が怯まず牢獄を維持し続けている間に、飾理アリスを中心としつつ、結依シェドの三人が支援する五人の連携攻撃によって、(その過程で何人かは魂に深い傷を負いながらも)どうにかイタクァを撃破することに成功したのであった。

7、舞台裏の事情
 イタクァが消滅した後、恵子は令子によって無事に保護され、彼女が持ってた二冊の禁書は飾理達によって回収された。その間に地上に出現していた魔物達は、月島、里菜、理代子、翠、律子、那月、未來、そしてソロモン警備保障の面々によって掃討され、その混乱に乗じて東條やニルスを初めとするブラインド・ミトス探求同盟の面々は姿を消す。なお、掃討作戦には途中から(Fから要請を受けて駆けつけた)グリモア・ムーンゲートの面々も参戦していたようだが、彼等も混乱集結と同時に(Fと共に)退散していた。
 ここで、月島の持っている禁書がいつもとは別物(しかし、出現させてる象徴体は同じ)であることに飾理達は気付く。彼が手にしているのは『ブラインド・ミトス』と書かれたルールブックであり、それは「禁書使い」をPCとして演じるTRPGであるという(なお、「この世界」には本来、そのようなルールブックは存在しない)。月島が出現させている象徴体も、実は本来はこのルールブック(の栞)に掲載されている「SW2.0をモチーフにした象徴体データ」を元に出現させた「『ブラインド・ミトス』の象徴体」であり、日頃の彼が持っていた『SW2.0』は周囲の目を欺くためのダミーであったらしい。
 月島はこのルールブックを用いた徹夜セッションを、昨夜から今朝にかけて里菜達五人を相手に展開していた。初心者相手ということで、ルール説明を含めた長いプレイ時間が必要となり、そして彼自身のポリシーとしてセッション中はスマホの電源を切ることにしていたため、飾理からの連絡に気付けなかったらしい。その上で、彼はその『ブラインド・ミトス』の禁書能力により、里菜達に「一時的な仮の禁書能力」を与え、あえて飾理達にも告げぬまま、極秘にこの襲撃作戦を考案していたのである。今まで飾理達にまかせきりだった彼がここで自ら動いたのは、それだけ『クトゥルフの呼び声』が危険な存在だと判断したからであった。
 諸々の独自の情報源から、『ブラウンシュヴァイク』の地下に東條がダンジョンを作っている(そしておそらく『クトゥルフの呼び声』もそこにある)と察した月島は、自分達とは別にグリモア・ムーンゲートもまた襲撃計画を立てていることにも気付いた上で、「自分達が先行して東條を襲撃してダンジョン内の諸々を全て地上に引き摺り出し、そこにグリモア・ムーンゲートが突入して混乱が生じた隙に『クトゥルフの呼び声』を奪う」という作戦を考案した。未來が語っていた通り、月島はかつて東條の仲間であったため、彼の禁書能力およびその弱点のことも熟知していたのである。
 この作戦に基づいて、この日の夕刻に現地に到着した月島は、この時点で店の周囲に多数の禁書使いの気配が漂っていることを察知した。月島はそれを「既にグリモア・ムーンゲートの面々が襲撃準備を整えている」と予想した上で(実査にはそれはソロモン警備保障の禁書使い達だったのだが)、自らの手で五人の「仮の禁書使い達」に変装を施して、彼女達を別々のタイミングで入店させつつ、自分は昔から知ってた連絡手段で東條を店内に呼び寄せ、作戦を決行したのである。決して飾理達の動きを理解した上での計画ではなかったが(なお、実はだけは律子達が潜んでいたことに気付いていたのだが)、結果的にそれぞれの作戦が綺麗に噛み合った結果、一人の犠牲者も出さずに事件を解決するに至った。
 そして、ようやく月島と対面を果たせた未來は、彼の正体にはどこか胡散臭さを感じつつも、ひとまず(意識を失った状態の)佳之を聖ビブリオの医療機関で保護させることを前提に、一旦『インセイン』を聖ビブリオに預けた上で、里菜達と共に禁書を安全に扱えるようになるための訓練を受けることに同意するのであった。

8、去り行く者達
 戦いを終えて自宅に帰った結依は、荷造りを始めているニルスを発見する。この街で引き起こそうとした禁書災害が全て失敗に終わったことで、彼はもうこの街にいる必要がなくなったらしい。彼は結依に対して、彼女の持つ「辞書の禁書」には極めて強い能力が秘められていることを改めて告げた上で、いずれまた彼女をブラインド・ミトス探求同盟へと誘いに来ると言い残し、彼女の家を去って行った。なお、実はニルスは結依の父親の蔵書の中に何冊かの「禁書化の可能性のある本」を見出していたのだが、結局、それらには一切手をつけなかった。それはおそらく、「結依を巻き込みたくない」という感情が、彼の中で途中から強まっていたからなのだろう。
 それから数日後、シェドの元にはFからのメールが届いた。Fは仇敵ニルスの気配がこの街から消えたことを悟った上で、自分もこの地を去ることにしたらしい。結局、ルールブックは一冊も手に入れることが出来なかったが、それでも「最悪の事態(禁書の暴走による世界の消滅)」を避けられたことには満足した様子であった。その上で、メールの最後の一文には(『そして誰もいなくなった』の禁書使いであるシェドに対して)「『C』の後釜(Christie)としてグリモア・ムーンゲートに来るつもりがあるなら、いつでも迎え入れる」と告げられていたが、そんな(ある意味で)挑発的な一文に対しても、シェドは特に感情を起伏させることはなかった。どうやら彼の中で、(共闘している間に?)いつの間にかFへの復讐心は鎮まっていたらしい。
 一方、シェドと同様にそのFを仇敵として狙っていた未來の元には、東條から「そちら側(聖ビブリオ)にいたいのなら、好きにすればいい」という連絡が届いていた。おそらく、未來のような存在は放っておいてもいずれ何らかの禁書災害を引き起こすことになる、という判断なのだろう。そして実際、彼がそう考えるには明確な根拠があった。彼は、今の聖ビブリオ界隈の人脈の中に、未來の他にも(少なくとも)あと二人「特殊な存在」が存在していること(次項参照)に気付いていたのである。それらと未來が近い場所にいた方が、むしろ新たな禁書災害の火種となりうる、そんな期待も込めながら、東條もまたこの街を去って行くのであった。

9、多元世界の住人達
 こうして七冊の『ルールブック』を巡る事件はひとまず終わりを告げた。だが、この戦いの最中、「自分の正体」に対する疑問を深めていた飾理は、改めてシェドに自分自身の出自についての調査を依頼し、アリス結依もそれに協力した結果、彼女は自分の象徴体(だと思ってた)「御辻宮桜花」に関する情報をに辿り着く。そしてようやく、飾理は全てを思い出すのであった。

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 唯原飾理という少女は本来、『闇に妖、人に花』という禁書に宿る象徴体である。
 かつて、『闇に妖、人に花』を所持する禁書使いは、御辻宮桜花という少女であった。彼女は他の禁書使いと一線を画す、ある特殊な能力を持っていた。それは、「自身の所持する禁書の中の世界に入り込む」ことである。とはいえ、それが何の役に立つでもないが。現に、桜花もこの能力は、『闇に妖、人に花』の世界に入って、大正ロマンの世界を体験する、象徴体である飾理たちと遊ぶ、程度のものと考えていた。
 だが、ある時、桜花は本の中の世界で、『闇に妖、人に花』の登場人物の少年に恋をした。そしてまたある時、その少年に危機が迫るときがあった。しかし、本来のこの世界の住人では無い身ではその結果に干渉しきれない。そこで、ついに桜花は禁断の手段に出た。自身の「禁書の世界に入り込む」能力を全力で用い、『闇に妖、人に花』の世界で生き続けることを決めたのだ。
 結果、現実世界から御辻宮桜花という少女は消滅した。彼女は『闇に妖、人に花』の象徴体となった。代わりに、「1つの禁書に象徴体は1体」という原則に従って、唯原飾理は現実世界に弾き出された。
(以上、プレイヤー本人による解説文からの引用)

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 つまり、飾理と桜花は、本来の『闇に妖、人に花』の「禁書使い」と「象徴体」が入れ替わってしまった存在、ということらしい。そのことを思い出した飾理は桜花に改めて語りかけるが、桜花から「これから先も『このルールブックの中の世界』で生きていきたい」と言われた飾理は、(やむなく?)今後も「この世界」で禁書使いとして生きていく道を選ぶ。
 一方、その話を聞いた月島は、(彼女の正体には薄々気付いていたことを改めて認めた上で)自分もまた元来は「異世界の住人」であったことを告白する。ただし、彼の場合はむしろ「(飾理ではなく)桜花の同類」なのであるが。

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 月島剣六という人物は本来、「こことは別の世界」における禁書使いである。
 「その世界」では「この世界」と同様に禁書や禁書使いが存在し、そしてTRPGという文化もその世界にはあった。その世界においては、その「禁書使い」そのものを題材とした『ブラインド・ミトス』というルールブックも存在し、月島はそのルールブックの禁書使いだったのである。彼の禁書は(もともと「禁書使い」を題材とした書物であるため)「『禁書使い』の形状の象徴体(TRPGが好きな40歳の男性非常勤講師)」と「その『禁書使いの形状の象徴体』が用いる象徴体(現在の月島が用いているSW2.0をモチーフとした象徴体)」を同時に呼び出す、特殊な禁書であった。
 だが、彼はある日、記憶を失った状態で「自分の禁書」の世界(=この世界)へと迷い込んでしまう。その時の記憶は今でも思い出せないが、おそらくは桜花と同様に「象徴体(非常勤講師)」と入れ替わってしまったのだろう。彼は自分が何者なのかを知るために『ブラインド・ミトス探求同盟』に加わったが、やがて自分の正体に気付いた彼は、この世界を危険に陥れてでも真理を知ろうとする東條と対立するようになり、探求同盟を脱退する。
 自分が禁書として用いていたルールブックの内側に、このような「世界」が存在していることに気付いた彼は、この世界における「TRPGのルールブック」の禁書化の可能性に興味を抱く。そして同時に、それが危険な存在となり得ることを危惧した上で、長らく休部状態のまま「禁書化の可能性のあるルールブック」が保持されていた聖ビブリオ学園大学のTRPGサークルを復活させ、自らその管理にあたることにした。だが、結果的に彼のこの行動が原因で、脱退後の彼の行方を探っていた東條達にそれらの書物の存在を知られることとなり、それがこの事件を引き起こすことに繋がってしまったのである。

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 月島はあくまで「別に信じなくてもいい」という前提の上でこのことを五人に告げたが、既に飾理という「(逆の)実例」を目の当たりにしていた彼等にとっては、十分に「ありえる話」として受け止められる。それはすなわち、自分達が「誰かの手によって創られた世界の住人」であるということを意味しており、彼等は複雑な心境に陥ってしまう。
 だが、そんな彼等に対して月島は「自分が元々住んでいた世界も、もしかしたら元来は『どこか別の世界の住人』によって創られた世界だったのかもしれない」と語った上で、「自分の出身世界」と「この世界」の両方を生活を実感した身として、どちらの世界も「世界としての存在価値」は変わらないと断言する。その上で、彼もまた桜花と同様、特に元の世界に帰りたいという願望もなく、これから先もこの世界の住人として皆と共に生きていくつもりだと告げるのであった。

10、Epilogue
 それから数日後、月島主催で「幻のキャンペーン最終回の供養会」が開催されることになった。当時のGM達のうち、直接参加出来たのは『マージナルヒーローズ』『ピーカーブー』『でたとこサーガ』のGM達だけだったが、『グランクレスト』は里菜の母親が生前の夫の残していたプロットを元にシナリオを組み直し、『インセイン』は未來が(まだ入院中の)佳之のメモ書きからシナリオを書き起こすことでGMを担当し、『PARANOIA』と『クトゥルフ』に関しては、月島が粘り強く交渉して当時のGMから当時のシナリオ構想を聞き出した上で、当時のプレイヤー達の中からGM継承者を募る形で、どうにか七卓を成立させるに至る。
 プレイヤー陣に関しても、(翠の姉は説得に応じて参加してくれたものの)全員参加出来た訳ではなかったが、不在分のPCに関してはNPC扱いで物語に絡ませつつ、戦力的に人数が足りないと判断した卓には、今回の事件に関わった面々が補充要員として加わることになる。その中には、涼風姉妹やアリスの姿もあった。結局、恵子は意識を取り戻した後、当然の如く姉と同じ禁書使いの道を歩むことを決意し、アリスもまたそれを令子と共にサポートしていくことになったのである。
 最終的にこのセッション会は無事に全卓終了し、それぞれのルールブックに籠っていた「キャンペーン消化不良に起因する負のオーラ」は完全に消滅する。そして、里菜、理代子、翠、律子、那月、未來、恵子の七人は、それぞれのルールブックの「禁書使い」となり、今後は聖ビブリオの一員として戦うことになった。律子はその報告をに告げると同時に、今後も彼のことを公私共に支えていきたいという旨を告げるが、はその言葉の意味を「それ以上でもそれ以下でもない解釈」に留めた上で、彼女と握手を交わす(その中途半端な様子を、物陰から那月はもどかしい様子で呆れ半分に眺めていたのであった)。
 一方、シェドの探偵事務所では正式に翠が助手として雇われることになったが、Fへの復讐心を喪失してしまったことで、シェドはどこか無気力になってしまっていた。そんな彼に対して、飾理は新たな依頼を持ちかける。それは『闇に妖、人に花』と深い関わりを持つと言われるもう一つのルールブック『Lost Memoria』の捜索である。なんだんかんだで意気投合した未來と共に、彼女はシェドの探偵事務所に入り浸りながら、今後も「禁書化したルールブック」に関する事件に関わり続けることになる。

 ******

 それから数年後、大学生となった結依はスウェーデンへと留学することになる。そのホームステイ先で彼女は一人の青年と再会した。彼は昔と何も変わらないまま、この日が訪れるのを待ち続けていたらしい。スウェーデンでは現在、一人のドイツ人による禁書使い襲撃事件が頻発しており、この青年が(何らかの形で裏から手を回して)結依のホームステイ先を自分の実家に指定させたのは、おそらくは自分自身の手で彼女を守るためであろう。なお、青年の実家には、結依が到着する前から、彼女の滞在先を(どこかの「親切な探偵」の助力で)調べ上げた一人の中学生からの「結依宛の手紙」が届いていた。きっと今後も毎日届き続けることになるのだろう。遠い異国の恋敵の存在に内心で肩をすくめながら、青年は結依に対してこう告げた。

「Välkommen till Sverige!」

(それでも世界は創られる・完)

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最終更新:2018年07月22日 04:48