アレックスのつぶやき番外編 アレックスの冒険
彼が遠出する理由。それは、「お寿司」を作るのに必要な材料を買いにいくことである。といっても、この世界では「お寿司」という存在はそれほど知られてはいないのであるが、そこは彼の摩訶不思議な四角い機械で探したのだろう。
当初の予定では、彼はわさびを買いに行くための遠出であったがみんなにわさびだけを渡しても喜ばないのは目に見えていたため、彼なりに趣向を凝らした結果がコレのようだ。そして、ライオン(彼はこの乗り物のことをロキと呼んでいるがそれはまた別の話である)に乗りオーキッドへと向かうのであった。
そう、これはアレックスが「お寿司」を買いに遠い地へと向かう話なのである。
わさびに想いを馳せながら、彼はオーキッドの町から船に乗り大陸へと渡って行くのであった。航海の間に彼が船酔いをしたのかどうかはわからない。そして、食事で周囲に迷惑をかけたのかもわからない。ただロキもどうにか渡航ができたようだ。こうして、目的地にたどり着くまで1週間、森に川に時に魔境、と様々な場所を彼らはくぐり抜けてきた。きっと途中で「アレックス、これは僕だけが疲れる旅なんじゃないか。まったく、さっきから上に乗ってるだけじゃないか。」とロキが愚痴をこぼしていただろう。
実はまったくもってその通りではあるが、アレックス1人で行けばこの何倍もの時間を必要とするのである。さすがに数ヶ月となると、彼としても村に残した仕掛けもあるため避けたいものであった。
そんなこんなで、やっと隣村の魔法師のモミジが話していたわさびを買うことができるようだ。
「すみません、こちらでわさびは売っていますか?」と尋ねると、店主は「わさびか、実は今なくてな。」と申し訳なさそうに言った。
「そうですか、やはり売れ筋の商品なんですね。他の店も見に行かなきゃな。ちなみに次の入荷日とかってあります?」すると、店主はバツが悪そうに、「いや、当分ないんだこれが。それに他の店でも品切れだろうな。俺らも商売上がったりなわけよ。」といい、アレックスを困惑させた。
気づけば彼は、「何かあったんですか?!僕としてはなんとしてでもわさびを買って帰らなきゃならないんですが!」と語気が強くなっていた。
これに対し店主は「こればっかりはな。どうやら、この辺の近くが魔境化しちまってな、それがたまたま畑の近くで全部ダメになっちまったらしい。この町の領主様も討伐隊は出しているものの、異形のバケモンが強すぎて倒せないんだとよ。噂じゃ周辺一帯にやられた奴らが放置されてるって話らしい。近づかないのが1番って状況なんだよな。」と目の前の客が屍にならないように気を遣っているようだ。
「なるほど、ということは倒せばきっとわさびも…」どうやら彼は何処をどう聞けばそうなるのかわからない事を口にしていた。そして、今にも魔境に向かいそうだった。
「おいおい、お客さんやめといたほうがいいよ。ここで野垂れ死んじゃあ元も子もないからな。だいたいな…」と話を続けようとした店主は自分が空虚に話しかけていることに気づいた。
「これは、屍が1人増えたな。」と彼が羽を生やしライオンに乗り、手や触手を伸ばして戦うアーティストであることを知らない店主は呟くのであった。
その後、彼は道すがらの人からこの魔境について聞きながら町の中を歩いていた。もちろんその際に言われたであろう「行くのはやめておけ」という言葉を全てなかったことにして。
そして、気づけば目の前は魔境になったとされている場所にいたのである。
空は曇り、泥水のような色でその先には大きな建物が見える、明らかに危ないと思わせるような洋館であった。そして、話にあった通りその建物の周りには、人がゴロゴロと転がっている。「噂通りの光景だよ。思ったよりひどいね。それで、ここのボスを倒せばわさびが手に入る、ってわけか。よし、行こう。」
「君、本当にこの魔境に1人で行くつもりか?」
「そうだけど。」
いつもであれば、様々な人が止めに入るが歯止め役がロキだけになってしまい、彼を止めることはできそうにもない。
そして、彼が魔境に突入しようとした時、後ろから声をかけられた。
「アンタ、こんな危ないところで何をしている!」と言われ振り返ると、鍛冶屋のオヤジとでもいうような格好をした人がいた。
「えーと、観光です。」
「魔境に観光にくるやつがいるか!これ以上死人が増えんのは勘弁してくれ。」
「いや、こう見えても強いんですよ、ほら。」というといきなり触手を伸ばし、腕とともにファイティングポーズをとった。
「なんだ、アンタはアーティストかなんかか?」
「もちろんそうです。ところで、誰ですか?」
「俺のことを知らないということは旅人か何かか。俺は、武器屋のトウキだ。とにかく、アーティストでも1人でこの中に突っ込むとは感心しねぇな。死にたくなきゃやめときな。」
「やだなぁ、こんな事で死んだりしないよ、武器屋のおじさん。」と耳にタコができるほど言われた言葉に対してアレックスは彼の名前を皮肉めいて呼ぶと、「トウキだ。」と即座に答えた。
「そうは言われても、帰れないの。そう、帰れないんだって。わさびを買うまでは!」
「なるほどなぁ。そいつは帰れねぇな。ってそんなふざけた理由で納得すると思ってんのか。嘘つくにしたってもっとマシな言い方があるだろ。」
「嘘じゃないよ、村から飛び出して来たんだから!お寿司の材料買うまで帰れないんだから。」
「そんなふざけた理由があるのか!」と、埒があかない状態で押し問答していた。
すると、彼らが立っていた地面が黒ずみ始め、あたりがどんどん暗くなっていき、気づけば怪しげな雲が空を覆っていた。
「あのー、ここも魔境になったみたい。」とアレックスは話を遮るように言った。
「そんなバカなこと、いやこれは。」どうやら彼との押し問答で頭に血が上っていたトウキは気づかなかったようだ。そう、自分たちが立っているところすらも魔境となってしまったことに。
「これもう帰れないよね、多分。」といい、目の前にある街と魔境の境目に手を伸ばすと光の壁のような何かによって外に出ることができなくなっている。
「うん、やっぱり無理だ。というわけで魔境に挑むしか道がなくなったけど、おじちゃんも来る?」
「だから俺の名前は、ってそんなこと言ってる場合じゃねぇなこれは。いや、2人で行ったって死体が1人増えるだけだと思うが?」
「じゃあ僕1人で行ってくるよ。おじちゃんはまってて。すぐにでも倒してわさびを手に入れてくるから。」というと彼は怪しげな洋館がある方向へと歩き出した。
「ちょっと待て。」とトウキが話しかけてようとしているが、彼の歩みは止まらない。
「1人が嫌ならついて来いってか、たくしょうがねぇ。」というと武器屋の親父もアレックスと同じ方向に進む。
怪しげな洋館へ向かっている途中で、トウキはこのお騒がせなアーティストの名前を知り、領主と村のみんなのためにわさびを買いに来ている、という彼の目的を聞いたりして魔境の中とは思えないほどに平和な道中であった。途中でコウモリなどに襲われたりもしたが、アレックスの炎によってこんがりと焼かれて倒されてしまった。彼がこのコウモリに対して食料になるかどうかを考えていたかは彼のみぞ知る。
そして気づけば2人は洋館の前まで来ていた。
「ついにたどり着いた〜!あとはここのボスを倒せば。」とアレックスは息巻いており、反対に「ここまで来たってことは、もうやるしかねぇのか。」とトウキはため息をついていた。
そしてアレックスは、静かに扉を開け中を覗いた。すると部屋の中は家具のようなものはほとんど置かれておらず、上へ上がる階段があるだけであった。
「これは、思ったより楽なんじゃないかな。おじちゃんはどう思う。」
「いや、こういうのが1番危ねぇよ。周囲を見ながら行かないと死ぬやつだぞ。」どうやらトウキは名前で呼ばれることをすでに諦めているようだ。「いや、こういうのはノリと勢いでさっさと行った方が…」と言いながら階段の方へ進んでいくと突然、部屋の外で襲われたコウモリよりも一回りは大きいコウモリがアレックスに向かって突進していった。幸いコウモリ自体は大した大きさではなかったためダメージもほとんどなかったが、ぶつかったと同時に目の前のコウモリは姿を変えてメイド服を着た女性になっていた。
「あら、お客様でしょうか?本日はそのようなご予定は主人様にはなかったはずですが…であれば、もしかして侵入者でございますか。」と俯いていた顔を上げギロリとした目でこちらを見てきた。そして、青白い顔とその顔に似つかわしくない牙を威嚇でもするかのように2人に向けた。
「だから、ゆっくり行かないと死ぬって言っただろ。」
「うーん、これってこの魔境の攻略には必須のことなんじゃないかな。ゆっくり行っても同じだと思うんだけど。それで、この仕掛けどうなるの?」
「長々と話してる時間はないが、一言でいうと戦闘地獄ってやつだ。」2人が話している間にも敵だと思われるメイドはブツブツと何かを唱えて、彼女の周囲へとコウモリの群れが集まってくる。そのコウモリの群れが群をなし1つの大きなコウモリとなっていった。そして、その大きなコウモリが1匹出来上がると、彼女の周囲に2匹目のコウモリが作られ始めている。
「戦闘地獄ってあれ?」とアレックスが指を指すと、トウキは軽く縦に頷く。
「おじちゃん戦える?」というと先ほどよりも首が動いてはいないが縦に頷き、作業着から短剣を取り出した。
2人は戦闘態勢に入ったが、あの無限増殖されそうな巨大コウモリと戦うのは分が悪い。
それに、巨大化してしまったせいでアレックスが遠距離攻撃をメイドに当てるのは位置的に難しくなってしまった。一方のトウキは、短剣で戦うといっても武器屋の戦闘力なんてたかが知れている。そう、この状況はまさにピンチというやつである。
「先に聞いとくがアレックス、アンタは集団戦はできるか?」
「うーん、必殺技なら使えるよ。おじちゃんは?」
「このちっこい剣でそんなことできると思うか?」
「がんばればできるんじゃないかなぁ…」
「それで、必殺技ってぇのは何すんだ?」
「頑張って全部燃やす感じのやつ。」
「はぁ、それなら勝てんのか?」
「多分勝てると思うけど…。この先にボスがいるはずだからここで使いたくないというか…」
「今そんな悠長なこと考えるんじゃねぇよ。」
と2人が煮え切らない会話をしていると、巨大コウモリが痺れを切らしたのか2人に向って飛びはじめた。
それを見たアレックスは業火をまとった。
「しょうがないなぁ。これ必殺技なんだけどなぁ。」と呟くと、ニョキッと触手を出し巨大コウモリに向かって走り出していき数体の巨大コウモリを蹴散らして奥にいたメイドの元へとたどり着いた。
「おい、突然どうしたんだ?それが必殺技か?」と蹴散らされたことによって燃えずに残った数匹のコウモリを短剣でいなしながら、アレックスが走り込んでいった階段の先を見るとこんがりと焼かれた大量のコウモリの他に、丸焦げ状態になっているメイドがいた。その側にはアレックスが背中を向けて立っていた。
「これもうピンチじゃない?」と後ろを振り返り彼はニヤッと笑った。
「アンタ見かけによらず、すげぇことしやがるな。」とトウキが呆気にとられていると、「やだなぁー。それほどでもないよ。」と得意げそうにいうと、「褒めてねぇぞ。」とため息をついた。
「よし!ボスの元までいっちゃおう。」と階段を登ると、二階の廊下の先に大きな扉があった。その扉を見るとアレックスは早足でドアへと向かっていった。
そして、ドアをノックした。
後ろから見ていたトウキが「おいアレックス、何ノックしてんだ。バカかアンタは。」と焦っていると、
「なんで、扉ってノックするものじゃないの?」と不思議そうに聞いた。
「中に敵がいたらどうすんだよ。」
「あぁ、そういうことか。いやでも突然押しかけたらびっくりしない。」
「そんな律儀な敵がいてたまるか!」ともはや恒例のになりつつあるツッコミが入ると同時にその大きな扉のがギギッと音を立てながら開いた。
「ほら、ちゃんとノックしたから開けてくれたみたいだよ。」
「この館イカれてやがる。アンタも十分ひどいがな。」といい横を見るとそこにアレックスはおらず部屋の中にすでにいた。
「まじかよ。」とボソッというとトウキも部屋の中に入っていった。
部屋の中は古びてはいるが、豪華な書斎で壁が本棚で敷き詰められている。所々に骨董品のようなものが捨て置かれている。そして、入って右側の本棚の前にある机の上には雪崩が起きた後のような状態の紙が置かれており、やはりここも埃をかぶっていた。
唯一この部屋が普通じゃない点を挙げるなら、その机と反対方向に人が入れそうな大きさの棺が置かれていることである。
「この中にきっとボスが」と言い、アレックスが開けると、中にはグチャッと布が入れられているだけで何もなかった。
「おじちゃんこの部屋ハズレじゃないかな?」
「さぁな。もうちょっと探してみたらどうだ?この部屋デケェしな。そこの机とか探しがいがあるんじゃねぇか?」というと、紙であふれている机を指差した。
「うーん、そうしようかな。」というと彼は机の方へ向かい、紙をどけてみると古くなった羽ペンと固まったインクと少し錆びている小箱が出てきた。
小箱を開けてみると中には、埃を被った宝石が入っていた。そして、それがネックレスであるということに彼は気づいた。その箱が置いてあった場所の近くに古びた紙もあった。アレックスはそれをひょいとつまみ上げると紙を広げた。
そこには「オオカミ男の」と掠れた文字が書かれており、その後の「他の人につけてもらうと」しか読めない程に字が消えていた。
そして、そのネックレスを鞄の中に彼は入れた。どうやらこれをお土産にしようと思ったらしい。それから先程は気づかなかったが、床にあった本を手に取り中を読もうとすると、「アレックス見てみろ!」とトウキが突然壁の一面を指差した。その先をみた彼は「どれ?」と不思議そうに壁を見ると、「多分、この建物消えてるぞ!」と言われ、もう一度壁を見た。すると、ドロドロと溶けて消えていくのが見えた。
「えーと、これはボス倒れたのかな?」
「だろうな。おい、さっさと出るぞ。」といわれ、彼は急いで館の外に出た。ちなみに床もドロドロに溶け始めていたため、トウキは全力で穴だらけになった床をジャンプしていたが、反対にアレックスは何事もなく建物の中を飛行して逃げ出すことに成功した。
どうにか逃げ出した2人は溶けて消えている館を後にした。その後、人混みのある街まで戻ってくるとアレックスはトウキがどこかにいなくなってしまっている事に気付いた。
「あれ、まださよならも言ってないのにいないや、おじちゃん。まぁ、しょうがないか。」というと宿へと帰っていった。
次の日から、魔境もなくなった事だしとアレックスは「お土産」探しを再開していた。時折、「魔境に行って死んだのでは」という顔をされたような気がするが、彼はそんな事に気を止めるはずもなかった。
そして、魔境のせいで品切れになっていたわさびを残して彼の買い物は終わった。むしろ、この街にあるありとあらゆる香辛料の店を回ったがわさびがある店は1つもなかった。彼にしては珍しく意気消沈して宿屋に戻ってくると、「街の人」にしては気品のある格好をしている女の人が宿の店主と話していた。
「それで、こちらの宿に泊まっていると聞いたのですが?」
「あの青年か、朝から出かけてるよ。」というとアレックスとちょうど目があい、「っと、どうやら帰ってきたようだ、魔法師のお嬢さん。あいつがアレックスだよ。」と言われて彼は呆気に取られていた。
「ありがとうございます。」とその女の人は店主に告げると、彼のいる方向へと歩いていった。
「あなたがアレックスさんでしょうか。」とおそらくこの村のメイジであろう人に声をかけられると、「そうですが、どちらさまですか。」と初対面の人への常套句を彼は言った。
「自己紹介がまだでしたね、失念していました。私はこの街の契約魔法師をしているコウカ・ブッカータと申します。本日は領主より言伝を預かって、参りました。」というと、書状のようなものを渡された。「では、要件も済んだので私はこれで失礼します。」というと彼女は宿を後にした。
一方、アレックスは突然の訪問に自分が何かしでかしているのではないかと焦っていた。ひとまず、数日前からお世話になっている部屋に戻り書状を開けるとそこには信じられないことが書かれていた。
「アレックス殿へ
この度は、魔境を消滅してくださりありがとうございます。 ささやかではありますが、お礼を是非したいので、明日のお昼頃に領主の館へお越しください。
この街の領主より」
これを読んだ彼は、1人のとある人を想い浮かべていた。そして、これならこの街に来た目的が果たせるかもしれないと浮き足立っていた。
先ほどの焦りはもうどこかへ去ってしまったようで、ワクワクしながら眠れない夜を過ごした。
次の日、彼は街の人に教えてもらいなんとか領主の館へとたどり着いた。というのも、領主の家だけあってりっぱな屋敷かと思いきや、住宅地にある家より一回り大きいだけのどこにでもある家だったので見つけるのに少し苦労していた。ようやく、目的地にたどり着くと中から侍女らしき人が出てきた。
「あの、領主の館はここですか。」と彼がいうと、「お待ちしておりました。アレックス様ですね。」といわれ館の方へと案内された。
「領主様がこちらでお待ちです。」と言われると、大きな扉の前まで連れてこられた。そして、その扉の前に立つとガチャリという音とともに扉が開けられた。
するとそこには、見慣れた顔のオヤジが立っていた。そして、アレックスは彼の顔を見ると「やっぱり、この街の領主様っておじちゃんだったんだ。」
というと「なんだ、気づいてたのか。」とトウキはニタっと笑った。
「そりゃ、いくらなんでも気づくよ。僕もそこまでバカじゃないよ。それで、領主様どのようなご用で。」とアレックスはからかうような口調で言うと、「本日はお越しいただき感謝する。この度は魔境討伐への尽力を感謝する。お礼の品を用意したので是非とも受け取ってほしい。」というと、コウカがどことなく腑に落ちなさそうな顔で、両手くらいの大きさの木箱を持ってきた。
「領主様、お礼の品を持ってまいりました。」といい渡すと、「急で悪かったな。」といいその箱をアレックスへと手渡した。
「おじちゃん、これはもしかして…」と輝いた目で、トウキのほうを見ると「あぁ、そのもしかしてってぇやつだ。」と満足そうにしていた。そして、渡された木箱をアレックスが開けるとそこにあったのは、立派な梱包がされている山葵であった。「そいつの辛さと旨さは領主のお墨付きだから間違いねぇぞ。」
「やったー、これでやっとお寿司作れる!みんなきっと喜ぶよ。」
「アンタはホントに変わってんな。魔境討伐のお礼が山葵で喜ぶやつなんざ他にいねぇぞ。そこにいるコウカに話した時も呆れた顔されるしよ。」と彼がいうと「うーんでもこれだけの量があれば…いや今食べるのは…」と彼の話を聞きもせず、アレックスは目の前にあるご褒美に思いを馳せていた。
ようやく我にかえると、「おじちゃんありがとう!これは命をかけても村まで持ってかえるよ。もちろん、ちゃんと生きてかえるけどね。」と礼を言い部屋を出ようとすると、「おっと、待ちな。まだ渡してねぇお礼の品ってやつがあんだよ。」と彼は言った。
「え、でも山葵以外に何があるの?僕、もうかなり満足だよ。」
「まぁ、ちょっとついてこい。」というと彼は部屋を出て行こうとする。
「おじちゃん待ってよ。」とアレックスは彼の後をついていくと、そこには小さな小屋があった。
トウキに促されるまま中に入ってみると、ヴィルマ村にある炭焼き小屋よりも大きな炉があり、巻き口からは炎が燃えているのが見える。そのほかにも四角い機械が置いてある。
「おじちゃん、ここは炭焼き小屋か何かなの?」と聞くと、「アレックス、人の話はよく聞いとくんだな。俺はこの街の領主だが、武器屋も嘘じゃねぇぞ。二刀流ってやつだな。」と得意げそうに答えた。
「もしかして、お礼ってここで何か作れるの?僕、武器はちょっと引退したんだけど。」
「残念だが、武器じゃないぞ。さすがにそんな難しいやつはできねぇよ。今からやるのはガラス細工だ。街の子供でもできるんだからな、アンタにだって出来るだろうよ。」というと、トウキは一通りの説明をしたのちに、ガラス細工に必要なものを手渡した。
「んで、熱したガラスはここで冷やしながら形を調整するってわけよ。」
「なるほど!ガラスの小物ってそういう風に作ってるんだね。」
どことなく、別の世界でいう「社会見学」のような状態になっているようだけども、意外にもアレックスにはやる気があるようだ。
「よーし、見ててやるからいっぺんやってみろ。」というと、アレックスはもらった棒を炉の中に入れてガラス細工を楽しんだ。
「なかなか、やるな。」
「えへへ、炎はお友達みたいなものだからね。」
「日も暮れてきたし、ここまでにするか。」
「えー、もう終わり?」
「あぁ、終わりだな。また、この街まで来たら続きを考えといてやるよ。」
「ほんとに!あ、でも僕この街がどこにあるのかわからないや。地図くらいしか持ってこなかったし。」
「アンタ、こんなところまで行き当たりばったりできたってぇのか?たく、世話の焼けるやつだな。地図出してみな。」とトウキが手を出すとアレックスは懐から地図を取り出して彼の手に乗せた。
すると、近くの設計図が乗っている机にあったインクペンを持って地図の一部に書き込み、「これで次は迷子にはなんねぇだろ。」と言い地図を彼に返した。
その紙を貰ったアレックスは次第に青ざめていった。「おじちゃん、今更なんだけど魔境討伐したよ、っていう証明書とかってあるのかな。」
「何だ?今更だな。まぁ俺の書状がありゃあ証明にはなるだろうけどよ。そんなもん何に使うんだ?」と彼は不思議がった。
「実は、有給休暇2週間しかとってないから、このまま帰ったら怒られちゃうんだ、多分。」
そう彼はグラン達に休みたいときは届出を出すということを教えていたので、メモ書きとともにその届出を自分の家に貼り付けておいたのだが、期間の欄に2週間としか書かなかったため実はすでに帰るとその期日を数日間過ぎてしまうのであった。
「アンタの村の領主はしっかりしてるんだな。」と言い哀れみの目を向けたあとに、近くにあった紙にトウキは何かを書きアレックスへと手渡した。
「まぁ、このくらい書いときゃ大丈夫だろ。」
「おじちゃんありがと!助かったよ。じゃあ、また遊びにくるねおじちゃん!絶対だよ絶対!あと、これ忘れてた。」というと彼はカバンの中から小さな赤色の小瓶と紙を渡してその場を去った。
トウキはアレックスが置いていった小瓶を手にとり、紙をみると「ヴィルマ村の香辛料です。色々あって楽しかったよ。たぶんお寿司にかけても美味しいはず。」と書かれていました。それをみた彼がどんな顔をしたのかはこの場所から去ってしまった彼にはわからないだろう。こうしてアレックスは奇妙な友人ができ、さまざまな「お土産」とともにヴィルマ村へと帰るのであった。後日彼は、お土産を渡すとともにリリスにとあるお菓子をもらい酷い目に合うのだが、今の彼はそのことを知らないのであった。
オマケ
もしヴィルマ村にホワイトデーがあったら。
今日は3月14日、地球界でいうところのホワイトデーです。
あれれ、ヴィルマ村で忙しそうにしている人がいつもより多そうだ。ちょっと覗きに行ってみよう。
まずは、アレックスからだね。彼はいつも通り何か作っているようだ、今度はなにをしでかすんだろう。どうやらアップルパイを作っているみたいだよ、それにしてもホールで作るとは思わなかったな。あの量を食べきるのに1週間はかかりそうだ。
「できたー。焼き目も香りも完璧!レシピもメモったし、準備オッケー。忘れてた、ラッピング!」
なんだか楽しそうだよね、被害者が出ないといいけど…。じゃあ次に行こう!
次は、領主かな。あれ、あの人はこの村にきた菓子職人さんだ。2人で何か話してるようだね。
「それで、できたか?」
「ご注文通りのものができたと思いますよ。少々、お待ちください。」というと、彼は焼き目のないチーズケーキを持ってきた。
「どうでしょうか?」
「おぉ、美味しそうだな。それで、これがレアチーズケーキというのか?」
「私も実物を見たことがあるわけではないので断言できるわけではないのですが。」
「とはいうが美味しいんだろう?」
「もちろん、味に関しては保証しますよ。」
そういえば、数日前になんかいざこざがあったような気がするけど、これだったのか。なるほどねー。それであの菓子職人とアレックスが「お菓子を固める?」、「もう、牛の骨から取るしかない。」とか言って、魔女の鍋みたいに骨をグツグツ煮込んでたのか。なるほど、この世界にはゼラチンがないんだね。
それはそうと、領主は今にも自分で食べたそうにケーキを見てるけど今日はたべないんだ。変なの。
それで、次はリリスかな。あれ、あの子なにしてるの?なんか作ってるみたいだけど、あれは一体なにを作っているんだろう。ちょっと待ってハンマーで何か叩き割ってない?あれはもしかして、カカオの豆!もしかして豆からチョコレートを作っているのか。
「今度こそ!私にもできるってことをアイツに分からせてやるんだ!」と彼女は意気込んで目の前のカカオから豆を取り出そうとトンカチで殻を粉々にしようとしている。しかし、やたらめったらと叩いているせいでカカオが粉々になるとはとても思えない。
リリスも相変わらず無茶苦茶してるけど、楽しそうにしてるなぁ。それで、あと残っているのはアスリィだけかな。さすがに彼女が何か作ってるとは思えないけど見ておくか。
「よし、朝練も終わったしお仕事しますか。そういえば、この書類はアイディさんに渡さないと…」と彼女はいたって普通の日程をこなしていた。むしろ、この村でそわそわすることもなく普通に過ごしていたのは彼女だけだったかもしれない。
いつみてもこの村は面白いなぁ。さぁ、山積みになったこの書類をどうにかしなければ。気分転換しすぎって怒られてしまう。
午後からは、各々が作ったお菓子をあげたり、一緒に食べたり、喜んだり、肝を冷やしたりしたんだとかしなかったんだとか。
おしまい
最終更新:2019年03月15日 16:34