”Walking With Heroes” 第1章第9話「Panacea」
万能の方策、万能の薬
それらは大抵「万能に見えている」だけだ。
誰かにとっての万能薬は、誰かにとっての猛毒であり
ある時使えた最良の策は、次の日には使えないかもしれない。
それでもなお、ソレにすがるというのなら。
その身に宿るは希望か、絶望か。
英雄武装RPG「コード:レイヤード」
「Panacea」
————その力で、伝説を超えろ。
時は少々さかのぼる。
レギオン所属のレイヤード、巡千歳は危機に陥っていた。
彼女のコードは、伝説の女教皇ヨハンナ。
そのコードの特質は、一時的に非常に高い周囲への支援能力を得る代わりに、使用者の身体に大きな負担を強いるものだ。今回もそのコードを用いたアサルトにより、彼女の身体には、痛々しい傷が刻まれていた。
それ自体は彼女にとって珍しいことではない。コードの特質ゆえ仕方ないのもそうだが、何より、彼女は過去のある出来事から、自身を顧みずに力を使う決意を固めていたからだ。
しかし、今回はことさら運が悪かった。
ヨハンナのコードの代償による傷口から感染症にかかり、戦場で倒れてしまったのだ。
彼女が任務にあたっていた場所はシンジュク樹海の危険地帯。満足に身体を動かせない状態で取り残されてしまえば、間違いなく命の危機にさらされる。
「これは、危険かも…」
病で目がかすむ彼女は、前に、何者かが立った気配を感じ取る。
しばらくして、千歳は目を覚ます。
すると、まず感じるのは違和感。
それほど長い間意識を失っていたわけではないだろうに、ついていたはずの傷はふさがっている。それどころか、感染症による熱っぽさなどもすべて消えているのだ。
レギオンの医療班ですら、これほどの治療は出来ないだろう。
しかし、千歳の周りには誰の姿もない。あの少女が、治療を施したのだろうか?
今となっては分からないが、たぶん、そうなのだろう。少女への感謝と、不思議な出来事への困惑を胸に、千歳はクレイドルへの帰途に就いた。
◆ ◆ ◆ ◆
Opening 02 ブリーフィング・イン・レギオン
その日、レギオンムサシ支部には、とあるエンフォーサーの討伐任務のため、あるレイヤードたちが呼び出されていた。1人は、インドの大英雄カルナのコードを操る槍使いの青年。パラ・ライカ。
もう1人は、昭和初期の日本に流行した都市伝説、赤マントのコードを持つ男性。通称、バトルマスター・ムサシ。
彼は本来レギオンの所属では無く、賞金稼ぎの互助組織、HLCの賞金稼ぎだが、倒すべき賞金稼ぎと心躍る戦いがあるならば、レギオンとも積極的に協力している。
2人が呼び出された部屋に入ると、そこには珍妙な物体が鎮座している。大きめの水槽のようだが、やたらと頑丈そうに出来ていて、機械の手足が生えている。そして、その中には1mほどの立派な錦鯉が、優雅に泳いでいるのである。
パラとムサシが顔を見合わせて、疑問の声を上げる。
「な、何だこれは…? かなり立派な錦鯉に見えるが…」
「食用か…?」
すると、怒りに震えた声が2人の耳に届く。どうやら、この錦鯉が喋っているようだ。
「お主らも、儂を食べようとするのか!?」
「しゃ、しゃべった!」
「何だお前ら、儂のことを聞いていないのか?」
驚きつつも、どうやら話の通じない相手ではないらしい。ムサシが、事前に聞いていた話を思い出して答える。確か、集められたレイヤードは3人ということだったはずだ。
「いや、ここに”ドラゴン”という人物がいると聞いてきたんだが。」
「”ドラゴン”は儂のことじゃ!」
錦鯉が答える。なるほど、確かに、コードに適合した動物というものが存在し、インテレクトと呼ばれていることは知っている。コードに適合した錦鯉が居ても不思議ではない。
そうと分かると、改めて丁寧にあいさつをする。
「これは失礼いたしました。まさか、こんな立派な鯉の名が”ドラゴン”だとは思わなかった。」
「私は、バトルマスター・ムサシ。この度は、強敵と相まみえることが出来ると聞いて、参上いたした。」
「俺は、パラ・ライカ。」
困惑しつつも、ムサシに続いて自己紹介したパラを見て、”ドラゴン”がスッと目を細める。妙に含蓄のある口調で穏やかにパラに言葉を掛ける。
「お主、強いな…」
「守るべきものを持っている目だ。」
「守れればいいんだがな…」
パラの脳裏に、ある1人の少女が浮かぶ。
「今後が楽しみだな。」
「では、早速向かうとするか。」
そう言うと、”ドラゴン”は足付きの特注水槽、アーマリウムをガシャンガシャンと動かし、歩みだす。見れば見るほどに珍妙な光景であり、思わずパラが聞いてしまう。
「そのまま行くのか?」
「というと、どういうことじゃ?」
「儂はこれが無ければ動けないのじゃが。」
「パラ殿は、この鯉に地面を歩けと申すか!」
何だか釈然としない気分を抱えながらも、”ドラゴン”とムサシの言うことももっともだ。微妙な表情を浮かべながら、ガシャンガシャンと歩むアーマリウムに続いて、パラもまたレギオンムサシ支部を出発した。
「また、濃ゆい面子と一緒になったなぁ…」
◆ ◆ ◆ ◆
Opening 03 ふにゃあの邂逅
パラ、ムサシ、“ドラゴン”が目的地であるエンフォーサーの根城に向かって移動する道半ば。ちょうど中間地点ぐらいまで来たであろうところで、一旦彼らは休憩を取ることにする。幸いにも、クレイドルの外としては珍しく、周囲には穏やかな光景が広がっており、綺麗な水を湛えた池も近くにある。
「やっぱり、これは水を定期的に変えた方が良いのか?」
「まあ、儂ぐらいになると何とでもなるんじゃが。」
「儂、鯉じゃし。多少は頑丈だからな。」
少女の方もまた、”ドラゴン”に気付いたようだ。
「あ、鯉なのだ―!」
そう言って、池に身を乗り出そうとすると、バランスを崩し、あわあわとよろめく。池に向かって倒れたところに、”ドラゴン”がすいすいと近寄って、ペシッと尾びれで叩いて陸に戻す。ルネが無事に陸に戻ったことを見届けたところで、改めて声を掛ける。
「お主は、ルネ・アプリェール! 何でここに?」
「お散歩に出掛けたのだ…」
まだ目を白黒させながら、ルネが答える。見ると、ルネがさっきまで居た場所には、画材が置いてある。どうやら、景色の良い池を見つけて、水辺でお絵描きをしていたようだ。
そうしていると、水音を聞きつけてムサシが近付いてくる。
「おや、ドラゴン殿。この子は、増援か?」
「これまた、奇妙なレイヤードだが…?」
「まぁ、少し前にこいつらに世話になってな。」
「ほう、アンタが世話になるほどなら、さぞかし強いんだろうな。」
”ドラゴン”の説明に、ムサシが感心したように頷く。
が、ルネはふるふると首を振る。
「僕はただの絵描きなのだ。」
「いや、言わずとも分かる。アンタにもパラと同じほどの強さを感じる。」
バトルマスターの直感というのだろうか。ただの絵描きと名乗るこの少女が優れたレイヤードであることをムサシは感じ取り、一層深く頷く。
ルネは、再びふるふると首を振ると、今度は”ドラゴン”に聞く。
「それで、何しに行くのだ?」
「これから、少し、エンフォーサーの討伐をな。」
「レギオンに頼まれてな。本来、儂はレギオンの所属ではないのだがな。レギオンのやつがどうしてもと言うからの。」
それを聞いて、ルネが興味深げな目線を向ける。元来、好奇心は人一倍強い彼女のことだ。
知り合いが何かをしに行くのなら、気になりはする。
「じゃあ、付いていくのだ!」
こうして、アサルトチームの4人目のメンバーとして、突発的ではあるがルネ・アプリェールを加え、再び彼らはエンフォーサーの根城を目指して歩を進めるのであった。
「よろしくな。俺は、バトルマスター・ムサシだ。」
「バトルマスター…! カッコ良さそうな響きなのだ…!」
自己紹介をするムサシの後ろで、パラが「また変わったのが増えたなぁ…」と思っていたとかいないとか…
◆ ◆ ◆ ◆
Opening 04 エンフォーサー:高杉晋作
エンフォーサーの根城という情報が寄せられた場所に向かうと、その最奥部には1人の青年が待ち構えていた。日本刀と西洋式の銃を共に携え、軍服を着こんだ彼の名は高杉晋作。幕末の動乱期に、いち早く西洋戦術を取り入れ、武士平民の混成舞台として組織された長州藩の部隊、奇兵隊を指揮したことで知られる志士である。
的確な戦術を元に戦いを組み立てる彼は、決して容易い敵ではなかったが、それでも、徐々に戦況はレイヤードたちの方に傾いてゆく。追い込まれてきた晋作の剣筋を、ムサシがひらりひらりと躱す。
「くそっ! ちょこまかと!」
「ははは、甘いわ若造!」
加えて、ルネの加入によって、当初の予定より戦力が増えているのだ。元より晋作を討伐しに来ているつもりである以上、戦いに余裕が出るのも当然だった。”ドラゴン”は自らのコードである卑弥呼の力で強化されたクラフトロジックを、ルネは妖怪の影を操り、徐々に晋作を追い詰めていく。
そして、ムサシと”ドラゴン”、そしてルネに翻弄された晋作は、ついに致命的な隙を晒してしまう。その隙を見逃さず、パラが槍を握る手に力を込めて振るう。槍の一撃に貫かれ、口から血を吐きながら捨て台詞を吐く。
「ちっ、ここまでか…」
そう言って、晋作は撤退していった。確実に仕留めておきたいのはやまやまであったが、周囲のベクターに阻まれ、晋作自身は取り逃してしまう。しかしどちらにせよ、最後の一撃は明らかに致命傷であった。逃げおおせとところで、間違いなく直ぐに力尽きることだろう。
その後、互いに健闘を称え合いながら帰投したレイヤードたちによって、レギオンにはエンフォーサー高杉晋作討伐任務の報告がなされた。これにて、この任務は見事成し遂げられたのだ。
◆報告
エンフォーサー高杉晋作は致命傷を負って撤退。
追撃および討伐の確認は出来なかったが、戦闘中に負った傷から判断し、死亡したものと推測される。
◆ ◆ ◆ ◆
Opening 05 パステルの幻
クレイドルのとある地区、目印も無い路地を曲がること数回。近くに住んでいる者しか寄り付かなさそうな、集合住宅の一室を、場違いに目立つ髪色をした女性が訪ねていた。
部屋の中で待っていたのは、1人の少年と、彼を守るように立つ黒服の男たち。少年は明らかにサイズの合っていないだぼだぼの白衣を纏っている。手には、これもまた身長不相応の大きさの、蛇の巻きついた杖を持っている。ものものしい雰囲気を破って、訪ねてきた女性が声を掛ける。
「やあ、呼ばれたから来てみたが、意外と普通の家だね。」
「ああ、ここは我々が客人を迎えるために借りているんです。」
「突然の呼び出しに応えてくれて感謝します。魅夜・レイジングムーンさん。」
訪ねてきた彼女の名前は魅夜・レイジングムーン。流れの医者であり、なおかつフリーランスのレイヤードでもある。協力する相手は選ばないことで知られている。
「いや、いいよいいよ。」
「仕事のお話て呼び出してくれる分にはね。」
「まず、こうまでしてあなたを呼び出したのはですね。」
「あなたを我らブリゲイドの一員として迎えたいのですよ。あなたはフリーランスにしておくにはあまりにも惜しい。」
尊大な口調で、少年が言う。
そう、この少年、マカーオーンと周囲を取り巻く黒服たちは、レイヤード至上主義を掲げる秘密結社、ブリゲイドのメンバーなのである。
「結論から言うと、その話は却下だ。」
「そう返事をするとは思っていましたよ。」
「一応、理由を聞いてもよろしいです?」
「まあ、組織のしがらみなんてものに捉われたくない、というのはどの組織に対しても言っている話だね。」
「加えて、ブリゲイドはそれ以上に動きづらそうだ。」
「現に、私に依頼1つ出すだけでも、こそこそとこんなところに呼び出さなくてはいけないのだろう?」
「そんな細やかな気遣いは出来そうにない。」
「否定はできませんね…」
「お前たち、もういい。先に席をはずせ。ここからは機密事項だ。」
諦めたように言うと、少年は黒服たちの方を振りかえり、退席するように命じる。黒服の姿が消えると、少年は先ほどまでの威厳ありげな雰囲気が急激に崩れ、どこか飄々とした雰囲気を代わりに纏う。黒服の前ゆえに「秘密結社ブリゲイドの幹部」を演じていたと思しき少年を見て、魅夜は苦笑する。
「まったく、ブリゲイドは贅沢な人件費の使い方をするね。」
「わざわざ断られると分かっている交渉のために連れてくること無いじゃないか。」
「こうでもしないと僕も自由に動けないんですよ。」
「あなたが先ほど言った通りでね。ここに所属している以上、僕もブリゲイドに縛られるんですよ。」
溜息をついて、肩をすくめる。
そして、改めて少し真面目な口調になって、会話を再会する。ここからは取引の話だ、とでも言わんばかりに。
少年は、白衣の袖をめくりあげて、手の甲を見せる。そこには、青いアイソレイトコアが輝いている。
「さて、改めて自己紹介しましょう。」
「私はリベレーター、マカーオーンと申します。アポロンの孫、医神アスクレーピオスの息子にあたります。」
「ギリシャ神話を少しでも聞きかじっていれば、聞く名前だね。」
「まあ、何だっていいさ。神だろうが人だろうが、商売相手に変わりは無い。」
そして、少年は単刀直入にキーワードを切り出した。
「あなたは医師ということですが、「神薬」という単語に聞き覚えはありませんか?」
「無いね。それは何だい?」
「まあ、字面から概ね想像はつくけどね。」
そこで、マカーオーンは「神薬」について、概要を説明する。それは、ほぼすべての病をたちどころに治癒させてしまう、万能の薬なのだと。
「それを聞いて、どう思います?」
「気に食わないな。そもそも、そんなものが有ったら、我々は廃業だ。」
「いや、違うな。それが有ったとしたら、どこで使い、いつ使い、誰に使うかを判断しなくてはならない。万能で有ればこそ、無闇に使うことも出来まい。それは治す者の判断しなくてならない業だ。」
「それほどの薬が、求める患者に対して少なすぎる量しか無いこと、見つけづらいこと自体、代償だと思わないかね?」
魅夜が持論を語る。万能の薬は、全ての患者にあまねく存在すれば万能だが、そうでなければ誰を救い、誰を救わないかを判断しなくてはならない時点で、万能ではない。
「で、キミは私に何をして欲しいんだ?」
「それを探してこいとでも言うのかね?」
「探してこい、とまでは言いません。」
「有り体に言えば、情報収集です。その「神薬」を作ってのけようする者に心当たりがあります。」
「キミの親戚さんかな?」
「ご名答。というより、妹ですね。」
「誰が、どのような形で、作ろうとしているのかは分かりませんが、もし、関連する情報を手に入れたら、情報を僕に売って欲しいんです。」
そうして、前払いの依頼料と有益な情報への情報料を提示する。前払いだけでも、かなりの金額が、そこには記されている。その金額は、彼のこの事件に対する執念を感じさせた。自然と、杖を握る手に力が入る。
「僕は、これ以上医学が踏みにじられるのを、黙って見ているわけにはいかないんです…」
「あまり力を込めすぎて手を怪我しても知らないぞ。医者の商売道具だろ。」
「ま、いいだろう。その依頼、承ろう。なに、金額がすべてという訳ではないが、覚悟を測る物差しにはなる。それを私は、十分だと判断したまでだ。」
こうして、魅夜・レイジングムーンもまた、マカーオーンの依頼を受け、「神薬」と東方十聖ヒポクラテスをめぐる一連の事件に、足を踏み入れていくことになる。
マカーオーンと別れ、ひとり来た裏路地を戻る魅夜は、ポケットから燐寸を取り出すと、器用にくるりと回しながら火をつけ、ほどほどに煙を受ける位置に掲げる。
「はあ、全く…家族そろって医者ともなると、面倒なしがらみも絶えないものだねぇ。」
「私とは、大違いだ。」
◆ ◆ ◆ ◆
Middle 01 Re: ブリーフィング・イン・レギオン
レギオンムサシ支部に、とある情報が入った。
先日、ムサシ支部のアサルトチーム(とストレンジ・ラボからの協力者)によって討伐されたエンフォーサー、高杉晋作が再度姿を現したとのことだ。しかも、彼は全くの無傷であり、先日の個体と同一個体であることが確認されているというのだ。ルネがストレンジ・ガジェットに記録していた前回戦闘時の映像を確認しても、彼が致命傷を負ったことは間違いないはずだった、のだが…
ルネから送られた映像と、レギオンからの情報を見て、ムサシは唸った。
「やつめ。こんな奥の手を残していたのか…?」
「だが、あの致命傷から復帰するのは、恐らくそう何回も使えるものではない。」
「また復活したというのなら、もう一度同じ目に遭わせてやれば良いだけだ。」
こうして、アサルトチームは再び招集されることになったのである。
先日のアサルトチームのメンバーである、バトルマスター・ムサシ、パラ・ライカ、そして協力者であるルネ・アプリェールが呼び出される。”ドラゴン”は所用により今回の招集には応じられなかったので、レギオンは代わって所属のレイヤード、巡千歳にアサルトチームへの参加を打診した。
4人は、レギオンムサシ支部支部長、香住了護から、支部長室で説明を受ける。
「皆さん、よく来てくれた。」
「特に、ムサシさん、ルネさん、ご協力感謝します。」
「前回も参加してくれた3人は知っているとは思うが、巡、君はニュースは見たかね?」
「はい。」
「ならば、話は早い。今回は討伐並びに調査を依頼したい。」
「瀕死のエンフォーサーが回復するという例は聞かないことは無い。有名なのは、東方十聖のエジソンだな。彼は英雄会戦末期に大きな傷を負い、自らに大規模な改造を施した。」
「だが、こうも傷を残さずに治療ができるようなバベルの技術があるのなら、大きな脅威になる。だから、高杉晋作の討伐はもとより、回復の仕組みについても、調査をお願いしたい。」
「はい、エンフォーサーを討伐し、人々を守ることが、レイヤードの使命ですから。」
千歳が神妙に頷く。
「そちらの2人もよろしいだろうか?」
「ああ、もちろんだ。」
「何より、一発でダメなら二発三発、ぶちのめしてやればいいじゃないか。」
「さすが頼もしい。バトルマスターの異名を持つだけあるな。」
ムサシの返事に、了護が満足そうに、鷹揚に頷く。
◆ ◆ ◆ ◆
マカーオーンから依頼された「神薬」に繋がりそうな情報を探していた魅夜の元に、レギオンからの情報が届く。彼女はレギオンの正式な所属ではないが、一応レギオンとも協力関係にあるレイヤードであるので、公表される情報ぐらいにはアンテナを張っている。
その記事のある一点で目が留まる。致命傷を負わされるも完全な形で復活したエンフォーサーについての記述。「神薬」に辿り着くために、超越的な治療が行われた事例を収集していた彼女にとって、その一件は気になるところである。
「なるほど。確かに、これは通常の治療のレベルを超えている…」
「ここから探ってみる、というのはアリだな。どうせ、もともとろくな手掛かりはない話なんだ。」
そう言って、彼女もまた、エンフォーサー高杉晋作を追うべく、動き出した。
「おや、レギオンも動き出したようだな。」
「単独で動くより、こいつらにちょっかいをかける方が有益そうだな。」
言うと、情報端末を閉じて、クレイドル内の街へと歩き出す。
そろそろブリーフィングを終えたチームが出てくる頃だろう。
Middle 02 5人目のメンバー
ブリーフィングを終えてレギオンムサシ支部のビルから出てきたアサルトチームは、ビルの外の喫煙所に不思議な色の煙が立ち上っているのを見つける。煙草とは似て非なる何かを焚いている者がいるらしい。目を向けると、パステルカラーの髪色の女性が目に入る。
目が合うと(といっても、彼女の目は長い前髪に隠れているが)、煙の向こうから手を振ってくる。ムサシが怪訝そうにパラに聞く。
「パラ殿、アンタに向かって手を振っているようだが、知り合いか?」
千歳は、戸惑いながら「たぶん誰かの知り合いなのだろう」と思って小さく手を振る。ルネは髪色の物珍しさゆえか、ぴょこぴょこと喫煙所の方に近寄っていく。
ルネが近寄って来るのを見た魅夜は、燐寸の炎を消して、喫煙所を出る。
「やあ、皆さん、初めまして。」
「初めましてなのだ! 綺麗な色なのだ―!」
そう言うと、ルネは手元に絵の具を取り出して、魅夜の髪色を再現できないかと試行錯誤を始める。率先して会話をする気は無さそうな、その様子を見たパラが、代わって問う。
「アンタは誰なんだ?」
「キミたちと私の目的が一致しそうだと思ってね。こうして声を掛けさせていただいたんだ。」
「目的と言うと、高杉晋作の討伐でしょうか…?」
「お、それをそっちから言ってくれると話が早い。」
「キミたちが、彼の討伐任務を受けている、という話が私の耳にも届いた訳さ。」
「私としては、そいつのことをちょっと気にしている。キミたちが致命傷を与えたのに、不思議な復活を遂げたそうじゃないか。もし、本当に同一の個体なら、そこに何らかの超越的な治療技術があるはずだ。」
どうやら、高杉晋作関係のことについては一通り知っているらしい。
「それで、私はレイヤードであると同時に、流れの医者でね。」
「そんな話があると聞いたら、気になってしまうじゃないか。そういう訳で、私とキミたちの利害は一致するだろう?」
「なるほど…」
「お姉さんも一緒に来るのだ?」
なおも懐疑的なパラと、目をキラキラさせたルネが反応を返す。続けて、魅夜がパラに聞く。
「さて、見たところこのチームのリーダーはキミかな?」
「俺がリーダーの時に、こんな胡散臭いのを連れたくないんだが…」
「そういう意見も分からないではない。まあ、あくまで提案だからね。」
「断られたら、仕方ないから、私は私で、単独で動くことにするよ。」
そう言って、口元だけ見える表情が、にやりと笑う。
それを見て、パラは少し嫌な顔をする。確かに胡散臭い相手だが、もし本当に相手が何か隠していることがあり、不確定要素として警戒しなくてはいけないなら、知らないところで何かをされる方が厄介である。
「…分かった。付いてきてくれよ。」
「ああ、ありがとう。リーダー殿。」
「改めて、私は魅夜だ。魅夜・レイジングムーン。よろしく。」
ようやく名乗られたその名前に、パラと千歳は聞き覚えがあるような気がする。
クレイドル周辺でちょっとした噂になっている流れの医者が、そのような名前だったような…
「…レイジングムーン?」
「流れの医者、と聞いたような…」
こうして、魅夜・レイジングムーンを加え、アサルトチームは5人となって、高杉晋作討伐任務へと向かうのであった。
Middle 03 情報収集
高杉晋作の拠点自体は、前回の討伐作戦もあって、既に分かっている。
しかし、その復活の詳細などについては未だ不明点が多い。調べて分かることなのかどうかはともかく、まったく下調べもせず乗り込むわけにはいかないだろう。クレイドルで集められる情報は集めておくべきだ。一方で、時間がふんだんにある訳でもない。
レイヤードたちは、手分けして情報収集に当たることにした。
千歳は、今回の敵であると思われる高杉晋作について調査を進めていた。
歴史を紐解いてみれば、奇兵隊を指揮した幕末の志士のコードを所持していることが分かる。エンフォーサーとしては、以前戦った時も、再度姿を見せたという情報でも、日本刀を獲物としており、複数のベクターと共に行動しているようだ。このあたりは、コードの「指揮する者」という特性ゆえだろう。連れているベクター自体も強力で、苦戦が予想される。
一方で、彼には弱点もある。若くして亡くなったエピソードの影響か、長時間の戦闘には不向きであり、戦闘が長時間に及ぶと、身体に支障をきたすという。確かに、前回の討伐作戦に参加したメンバーに聞いてみると、そんな素振りがあったという。
ムサシは、さらに的を絞って、高杉晋作の復活についてを詳細に調べる。
まず1点、復活以降の彼の目撃情報から判断するに、前述のコードの弱点は、克服されている可能性がある。長時間の戦闘を行っても弱る素振りを見せなかった、という目撃情報があるのだ。
それから、気になる点がもう1点。彼の周囲に少女が現れている。ということだ。
彼女の姿を遠目に捉えた映像が見つかるが、そこらの防犯カメラ程度の画質では、微妙に判然としがたい。
そこで、魅夜がムサシから受け取った映像を元に、明瞭な画像となるよう補正をかけていく。その作業の末に、少女の姿は、ある特徴を見せる。
手に握っているのは蛇の巻きついている杖のようだ。マカーオーンが持っていたものと同じ杖を見て、早速「神薬」に迫る手掛かりが得られたことに笑みを浮かべる。そして、もう1つの重要な事実を、その映像は映し出していることに気付く。彼女のアイソレイトコアは青色をしているのだ。すなわち、彼女はリベレーターだということである。
ここまでに得られた情報を総合するため、一度アサルトチームの面々が集まる。
補正済みの映像を見せて、魅夜が解説する。
「さて、先ほど得られた映像だが、何とがディティールが分かる程度まで補正してみた。」
「彼女はリベレーターのようだな。」
「…この杖…」
そう呟いたのは千歳であった。間違いなく、彼女を助けてくれた少女と同一人物である。
その様子を見て問う。
「心当たりがあるのか?」
「…はい。」
「私は、コードの全力を使うと反動で傷を負ってしまう性質がありまして。危険区域で、そこから感染症を併発して倒れてしまったことがあって、その時に助けてくれたのが彼女です。」
「恩を返すために探していたのですが、どうしてエンフォーサーの側に?」
「まあ、それについては分からないな。」
「コイツはリベレーターのようだが、あくまでリベレーターは「バベルの意志から解き放たれたエンフォーサー」というだけだ。」
「その後でどのような行動をするかは、また別問題、ということだろう。」
「人間にだって、エンフォーサーと組むやつは居るだろ? それと同じ可能性はある。」
魅夜が一般論を語る。
そこに、パラが口を挟む。
「ただ、君の証言をもとにするなら、そのリベレーターは、エンフォーサーだから味方をしている、という訳ではなさそうだな。」
確かに、もし、彼女が完全にエンフォーサーの味方であるならば、千歳を助けたことに対しては、疑問が残る。恐らく、人間vsエンフォーサーという対立構図だけでは説明できない要素が、彼女の行動の裏にはあるのだろう。
「となると、高杉のコードを持ったこのエンフォーサーだから、ということでしょうか?」
「あるいは、気まぐれかもしれないのだ。手あたりしだいに助けているだけかもなのだ。」
「リベレーターは何考えてるか分からないからなぁ…」
千歳とルネの推論を聞いて、パラがため息をつく。
その脳裏には、白衣姿の少年がよぎっていた。
「ま、概ねそのようなとこだな。」
「1つ補足するなら、リベレーターに限った話じゃない、ということかな。」
「人間だって何考えてるか分からないのだ!」
魅夜がひとまず話を区切るためにまとめたセリフに、ルネが激しくうなずいた。
彼女もまた、過去の経験から、思う所があったのだろう。
◆ ◆ ◆ ◆
ひとまず、目に入るところの情報は調べつくしたか、という雰囲気が流れ始めた頃。
パラは、あることを思い立ち、魅夜に声を掛ける。
「ちょっとそのデータ、俺の端末に送ってくれないか?」
そして、送られてきた少女の画像データをマカーオーンに転送する。
「こいつに見覚えは無いか?」というメッセージを添えて。
すると、しばらくして、当のマカーオーンから電話がかかってくる。
どうやら、かなり電波状況の悪い所にいるらしく、声は途切れ途切れだが、明らかに動揺している雰囲気が使わってくる。
「…そ、それ… ちょ…どこ…?」
「あのー、聞こえないんだが?」
「どこで…見つけ…っ!」
「えーっとな、高杉晋作という今話題のエンフォーサーが、」
「今すぐっ…彼女を… … 彼女は… パナケイアだ!」
そこまで言うと、電話は切れてしまう。どうやら、相手が電波の届かない所に入ってしまったようだ。
しかし、途切れ途切れの通話の中でも、最後に彼が発した名前は、はっきりと聞き取れた。
パナケイア、それが、蛇の杖を持った少女の名前だ。
ひとまず、電波が完全に通じなくなってしまったのは諦めて、皆のところに戻る。
「やあ、この杖に心当たりのある知り合いさんでも居たのかな?」
「まあ、そんなところだ。」
「ということは、何良い情報が聞けたかい?」
戻ってきた彼を見てムサシが聞く。
「まあ、この少女の素性ぐらいかな。恐らくこの少女のコードはパナケイアという。」
「軽く説明するなら、コイツは万能薬を作り出す能力がある、と聞いたことがある。」
「パナケイア…」
◆ ◆ ◆ ◆
一方その頃、魅夜もまた、マカーオーンへの連絡を試みていた。
先ほどのパラの様子に、「もしかしたら…」とは思っていたものの、パラとマカーオーンが繋がっている確証もない。そのあたりも聞けそうなら聞いてみようと思いつつダイヤルする。
相変わらず電波が悪そうながらも、彼が電話に出る。
「いったいキミは何処にいるんだ?」
「ブリゲイドのアジトは地下にでもあるのかな?」
「よくご存じで! ちょっと待って、5分後にかけ直す。」
そう言って、しばらくしたところで、少し電波状況の良くなった通話が返ってくる。
「まったく、忙しそうなことだな。」
「こっちもいろいろあってね。抜け出すだけでも大変だったよ。」
「そうか、もう少しお前を忙しくしてやる。」
言うと、パナケイアの写真をマカーオーンに送る。
だが、存外に落ち着いた様子の言葉が返ってきた。
「奇遇だね。さっきそれ貰ったよ。」
なるほど…、とタイミングの符号から、パラとマカーオーンの繋がりをほぼ確信する。
「やはり、そこに繋がっていたか。」
「詳しい経緯は省くが、なんだかんだあって、彼と同じチームに入れて貰ったわけだ。」
「ああ、それは運が良かったね。彼の強さは折り紙付きだ。」
「だろうね。だいぶ胡乱な目は向けられたけどね。」
「まあ、その辺は僕もそうだったしね。」
「少なくとも、レギオン所属のまっとうなレイヤードのくせに、最初からこんなのを全面的に信じられるよりよっぽどマシだけどね。」
「彼は、レギオンの中でも特に信じて良い人間だよ。」
「それから、僕の知っている中で、最も明確に「神薬」を欲している。」
それを聞いて、「良いコトを聞いたな…」とニヤリと笑う。以降も「神薬」を探していくならば、彼は間違いなくキーパーソンとなる。
さて、これ以上と長話をする訳にもいかない。電話を切って、また皆の元へと戻る。
◆ ◆ ◆ ◆
高杉晋作の討伐作戦への出発までには、まだ少々の時間がある。
であれば、さらに調査を進めておくべきだろう。
魅夜は、判明した少女の名、パナケイアについて文献。資料をあたる。
パナケイア、というのは元来、ギリシャ神話に登場する癒しを司る女神である。
太陽神アポロンの孫、医神アスクレピオスの娘にあたり、それぞれ医療に関わる権能を持った4姉妹、ヒュギエイア、パナケイア、イアーソー、アケソのうち1人である。そのエピソードから、中世の錬金術師たちは自らが求める賢者の石の原料となる霊薬にその名をつけ、今日でも「Panacea」という英単語は、万能薬を意味するものとして知られている。
そして、リベレーターとしてのパナケイアは、持っている杖から、もともと東方十聖ヒポクラテスの配下であったことが推察される。
そうなると、1つの疑念が浮かぶ。これまで、ヒポクラテスの配下から離反した者は他にもいたが、彼らは直ちにヒポクラテスの手の者によって殺害されている。すなわち、この少女にも危険が迫っている可能性がある。
一方で、彼女自身、まだ殺害されていないのも事実である。
いまだにヒポクラテスに見つかっていないのか、彼女を殺害できないのか、何らかの有用性を見出されているのか、それとも他の理由があるのか。
考えて、ある1つの仮説に行き当たる。パナケイアが持つエピソードを考えると、「彼女が「神薬」を作り出す」のではなく、「彼女自身が「神薬」である」可能性もあるのではないか。そう考えれば、話のつじつまが合わないこともない、が。
◆ ◆ ◆ ◆
その間、千歳は直近の障害である高杉晋作についての調査を行っていた。
その甲斐もあって、潜んでいる地点の詳細な情報を獲得する。どうやら、廃棄された軍事基地を拠点にしているようだ。ここまで詳細な地点が判明していれば、辿り着くまでに苦労は無いだろう。
それはそれとして、基地の中には障害もあるだろうが、それについては行ってみなければわからない。
Middle 04 出発前、それぞれの決意
場所が分かったところで、レギオンから貸与された車両を含め、準備をしている只中。
車両の近くで休んでいた千歳に、ムサシが声をかけた。
「やぁ、巡殿。」
「何やら、謎の少女の話を聞いてから、浮かない顔をしているようだが?」
このあたり、ムサシはおどけているようで鋭い所は鋭い。
「ええ、先ほど言った通り、あの杖を持った方は、私の恩人です。」
「恩を受けた以上は返すべきです。でも、もしあの方がエンフォーサーに悪意を持って協力しているなら、それを討ち取らなくてはいけません。」
「そうなれば、恩を返せなくなってしまいます。」
「まあ、それは確かに悩ましいことだな。」
「だが、あくまで今回の私たちの依頼は、高杉を討ち取ることだ。あの謎の少女を討ち取れとは言われていない。」
「まあ、あなたがどうしても恩を返したいというのなら見逃すもよし、彼女が悪い事をしているのなら、その道をずらしてやるのも良し。」
「恩の返し方はいろいろある。」
「…道を、ずらす?」
自信満々に語るムサシの言に、千歳が小さく呟いて顔を上げる。
なおも、朗々と、まっすぐな自信を込めて、ムサシは続ける。
「やらない後悔より、やって後悔だ。」
「俺も昔はそうだった、色んな強い奴に挑んでは、返り討ちに遭った。」
「何も最初からだいたい不敗だったわけではない。そうやってどんどんどんどん勝率を上げていったんだ。」
その言葉には、今まで歩んだ道を、その道を選んだ自分そのものの、重みが込められていた。
「何度も、立ち上がってきたんですね。ムサシさんは。」
「ああ、そうだ。幾つもの負けが、俺をここまで導いてきてくれたんだ。」
「強いんですね。」
千歳の言葉に、笑って返す。
「ああ、俺はバトルマスターだからな。あんただってそうさ。」
「戦い方は千差万別、覚悟だって千差万別だ。あんたの覚悟も、いつの日か素晴らしいものになるだろうさ。」
「アンタの努力次第さ。」
「ありがとうございます。」
少し晴れやかになった表情で、千歳が礼を述べる。
「これで、ちょっとは戦いに行ける顔になったな。」
「戦いの中で、さっきのあんたみたいな顔をしてるやつはだいたい負ける。」
「そんな雰囲気があったから、声を掛けさせてもらっただけさ。」
そうして、互いに出発の準備に戻る。
エンフォーサー高杉晋作、そして謎の少女パナケイアが待つ地に向けて、出発の準備を。
◆ ◆ ◆ ◆
一方その頃、パラもまた、出発前に装備の確認などをしていたが、その背後から、ひょこっ、とルネが顔を出す。
先ほどまで、魅夜のバイクのサイドカーに興味津々だったようだが、一通り見終わって今度はパラの方に来たらしい。
「さっきの電話からちょっと考えてるみたいなの、大丈夫なの?」
「嬢ちゃんに心配されるようじゃ、まだまだだな。」
「嬢ちゃんって言うななのー!!!」
ルネの心配そうな声に、軽口で返すと、ルネが、ふしゃー!!、と抗議を表す。
中性的な容姿で人をからかうのが好きな彼女は、自身の性別が特定される語をあまり好まない。
「疲れたら休憩するのがいいのだ。」
「ありがとな、嬢ちゃん。」
「ふしゃー!!」
ルネがこぶしを握り締めてポコポコと殴るが、パラはひょいひょいと軽くかわす。
楽しげなその様子を見かけて、魅夜が声を掛ける。どうやら、彼女もパラを探していたようだ。
「ああ、ここに居たか。」
「雑談に興じているということは、準備はできたかな?」
「ああ、まあな。」
「本当か? 準備というのは何も、物や情報だけじゃないぞ。」
「ま、私にこんなことを言われるのも業腹かもしれんがな。」
どうやら、心の準備は出来てるのか?、と問いに来たようだ。
パラも、何となくその雰囲気を察する。
「胡散臭いアンタに話すのは、その…何か嫌だが、」
「チームのリーダーがしっかりしてなきゃいけないのは、俺も分かってる。」
「話、聞いてくれるか?」
「ああ、勿論さ。カウンセリングは専門外だが、それでも良ければね。」
「今回、高杉と一緒に行動しているという、リベレーターの少女。」
「俺は、ずっとこいつを、追い求めてきたんだ。」
「ほう、それは、この子をかい?」
「それとも、この子の能力をかな?」
少し間をおいて、パラが答える。
「まあ、能力の方かな。」
「なるほどなるほど。じゃあ、『どうしても治したい人がいる!』とか、そんなところか。」
軽い口調の魅夜に、少し不機嫌になりながらも、パラが続ける。
「親が殺され、唯一残った妹が不治の病に掛かっている人の気持ちを、想像することができるか?」
「ふむ、想像出来るか、と言われると難しいな。あいにく私にそんな経験はない。むしろ逆だね。」
「が、一方でそういう人たちは、腐るほど見てきた。」
「まあ、そこは安心してくれ。私は医者だからな。直接その悲しみを感じることは出来ないが、無下にすることは無いよ。」
少し、真剣な口調になった魅夜と対照的に、今度はパラの口調が少し軽くなる。
どこぞのちっこい医者を思い出して言う。
「どいつもこいつも、医者ってのは難儀な奴だな。」
「人間の生き死になんていう、一番繊細なトコにずけずけと踏み込んでいくような職業が医者だ。」
「そりゃ、ひねくれもする。」
少なくとも、魅夜はそう思っている。
その答えを聞いて、パラがもう一つ話を始める。
「あと、もう一つ気になることがある。」
「何だね?」
「俺はかつて、リベレーターになった後も、エンフォーサーに付き従う奴を見た。」
「いったい何が、彼らをそうさせるのか。」
「パナケイアが、俺たちに協力的なリベレーターだったらともかく、もしもその時みたいに、エンフォーサーに付いて盾突いてきたら、どうすればいいのか分からない。」
「ようやく見つけた、あの子を救ってやれる手段なのに。」
そう聞くパラの方を一瞥して、溜息をひとつ。
そうして、まったく心配とも思っていないような声であっさりと言う。
「ふーん。生け捕りにして持って帰れば?」
「そんなに上手くいくかな…?」
「上手くいくかなんかじゃない。そのぐらいしか方法が無いんだろ。」
「だったらやってみるんだよ。なに、それともなんだ、その程度であきらめるような覚悟か?」
挑発するように問う。
どうせお前の答えは分かってるんだよ。と言わんばかりに。
「言ってくれるじゃねぇか…!」
「やってやるよ!」
「はぁ…、最初からそう言えば良いのにな。患者ってやつは、どいつもこいつもメンドクセェ。」
「どうせ大切な人を治したいだ何だで頑張るやつはなぁ、最初からそのために何でもするって決めてんだ。」
「そういうヤツを幾らでも見てきたさ。」
「お前の瞳に映るその覚悟、察せないとでも思ったか?」
ぶっきらぼうに言う魅夜に苦笑しつつ、パラが礼を述べる。
「話を聞いてくれてありがとな。」
「お前のこと、よく分からない胡散臭い奴だと思っていた。」
「それ、別に間違ってないぞ?」
「ああ、俺も間違ってないと思う。」
素直な物言いに、今度は魅夜が苦笑する。
「ただ、「胡散臭い」と、「能力がある」と、「信頼できる」と、その他もろもろは全部別問題だ。」
「両立しない訳じゃないだろう?」
「というわけで、改めてよろしくな、リーダー殿。」
「ああ、こちらこそよろしくな。」
それから、思い出したように、既に興味を失って離れているルネの方を一瞥して言う。
「あ、そうそう。あっちの子にも礼を言っておけよ?」
「あんまり仲間に心配かけんなよ。リーダー殿?」
「頼りないリーダーで済まないな。」
「ま、でも、やると決めたからには、全力でやってやるよ。」
改めて、決意を込めて宣言すると、立ち上がって、ルネの方に歩いていく。
ルネの頭に、ポンと手をおいて言う。
「ありがとな、嬢ちゃん。」
「ルネぱーんち!」
またも嬢ちゃん、と呼ばれたルネの拳は、残念ながら空を切った。
◆ ◆ ◆ ◆
その様子を見て、魅夜は、面倒ごとは片付いた、とばかりに呟く。
上着のポケットから、色鮮やかな燐寸を取り出し、そのまま流れるように指でくるりと回しながら火をともす。
「いやはや、精神科の真似事なんてガラじゃないね。」
しかし、パステルカラーの煙の漂う一角に、再びパラが戻ってきて言う。
「なあ、お前。」
「ここ、火気厳禁だぞ?」
「チッ」
魅夜は舌打ちと共に、炎を消し、煙を楽しめる場所を探すべく立ち上がった。
エンフォーサー高杉晋作の新しい拠点として情報にあったのは、現在は廃棄されている古い軍事基地であった。
クレイドルからほどほどの距離もあり、今となっては寄り付く者も少ないが、さすがに軍事基地であっただけあって、建物自体は堅牢だ。
確かに、隠れ家としては悪くないだろう。
車両から降りて、基地の周りを軽く見て回る。
施設の奥へ続く通路には厚い隔壁が降りていて、外部から空けることは難しそうだ。
しかし、床に大きなひび割れがあり、地下区画に降りることなら出来そうだ。
他に有力なあてもない。
床のひび割れから地下に降りていき、地下区画を探索するしかないだろう。
◆ ◆ ◆ ◆
地下区画に並ぶ幾つかの部屋、その中に、多くの機械に埋もれるようにして、周囲より少々頑丈そうな扉がある。
鍵は掛かっていないようだ。扉の脇に架けられたプレートには、少々読みづらくなっているが、「指令室」と書いてある。
どうやら、基地の隔壁を操作するための装置もここにあるようだ。
軍事基地の機械ゆえ、セキュリティは少々堅そうだが、上手くすれば地上の隔壁を開けることができるかもしれない。
そこでルネが、ごそごそと荷物の中を漁って、機械を取り出す。
ストレンジ・ラボの研究者たちが作成した多種多様な便利ツール、通称ストレンジ・ガジェットの中でも、こうした機械関係の操作、あるいはハッキングに威力を発揮するものだ。
基地の端末につないで、手元のガジェットを、ぴぽぱ、と操作する。
「ひらけごまなのだー!!!」
ルネの掛け声と共に、上階から隔壁の稼働音が聞こえる。
どうやら、生粋の研究者ではないとはいえ、さすがストレンジ・ラボの所属だけあり、こうした操作は手慣れたものだ。
「嬢ちゃん、見た目によらず、意外とインテリ系だな。」
「さすがだぜ。」
パラとムサシが感心したように言う。
対してルネは、相変わらずの嬢ちゃんという呼び方に抗議を込めて、ガジェットでパラをぺしぺしと叩こうとしたが、またも難なく躱されていた。
Middle 06 VSベクター
隔壁が開いたのならば、まっすぐに地上に戻りたいところだが、残念ながら降りてきたひび割れの箇所は、降りることはできても、登るのは難しそうだ。
少々時間はかかるが、迂回路を探して地上に出るしかない。
引き続き地下区画をすすむことしばらくして、少し開けた区画に出た。
どうやら、軍事基地の中でも、都市戦闘の訓練を行うために設えられた場所のようだ。
その区画に足を踏み入れると、物陰から巨大な人影が現れる。中型巨人のベクターだ。
取り巻くように、小型の獣型ベクターも現れる。
その姿を目の端に捉えた瞬間、反射的に一同は戦闘の構えを取る。
真っ先に体勢を整え、動いたのはムサシだった。
ベクターが攻撃の体勢に移る前に先んじて移動を妨害するように位置取る。
こうして敵を引き付けては軽々と攻撃をかわしていくのが、彼の戦い方だ。
ついでに動きの特徴から、このベクターたちの正体を探らんと記憶を漁る。
恐らく、ブラックドッグと言われるタイプの、物理攻撃が効かない厄介な敵だ。
続いて、パラが槍を構えて、もう1体のブラックドッグに対峙する。
一瞬の隙をつき、槍の一撃を命中させた瞬間に、その穂先にアルケオンを集中させる。
単なる物理攻撃に留まらない、いうなればアルケオンそのものの奔流といった一撃に変える、本来ならば切り札級の一撃であるが、通常の武器では有効打を与えられないこのベクターに対してであれば、使うことに躊躇は無い。
アルケオンの奔流をまともに受けた獣型ベクターはそのまま吹き飛び、その一撃で完全に沈黙した。
「まあ、犬だしな。」
槍を振り払って体勢を戻し、大したこともなさそうに呟く。
その一撃でパラを脅威と見たか、ムサシの方に対峙していたベクターが踵を返して向かってくるが、それも軽く回避する。
獣型のベクターをいなしたところで、いよいよもって巨人型のベクターが動き出す。
巨体に見合わず精密な動きで、その巨腕を振りかぶり、戦場を広く、パラ、千歳、ルネを巻き込むように横なぎに振り払う。
回避も難しく、当たれば重傷は免れない攻撃だが…
巨人の腕が当たった瞬間、3人の姿がフッとかき消える。
そして、その足元には、軽い音を立てて、燐寸の燃えさしが落ちる。
人知れず動いていたのは、戦場の後方、巨人ベクターの攻撃範囲外に居た魅夜だった。
いつからか、その幻覚によってベクターを惑わし、実際とはズレた位置に3人が居ると見せていたのである。
そして、そのうちに幻覚ではない本物のルネが、百鬼夜行のクラフトを編み上げる。
江戸時代の妖怪絵師、鳥山石燕のコードに適合したルネの作り上げるクラフトは、様々に千差万別な妖怪たちの力を借りた独特なものとなり、もとより想像力には人一倍優れている彼女が扱えば、非常に強力なものとなる。
獣型ベクターは、妖怪クラフトに呑み込まれて消えていく。
「ふふ、こんなものなのだ!」
獣型ベクターが全滅し、最後に残された巨人型ベクターに向けて、魅夜が幻術のクラフトを放つ。
今回は、先ほどの幻覚の燐寸に力を割いていたこともあり、攻撃の威力自体は大したことが無かったが、思ったよりも効いている手応えを感じる。
「なるほどな。なかなか良い力を持っているじゃないか。」
前髪に隠された表情がニヤリと笑って、千歳の方を見る。
どうやら、千歳の支援の裏打ちされたゆえの威力のようだ。
一通りの攻撃の応酬が終わり、戦況は間違いなくレイヤードたちの優位に傾いていた。
◆ ◆ ◆ ◆
再び体勢を立て直したところで、ムサシが巨人型のベクターの方にも正体を思い返す。
あれは重装甲グレンデル。単純な白兵攻撃に特化した、シンプルゆえに強力なベクターだ。
その攻撃は非常に強力。先ほどは魅夜の幻術で対応したが、それも何回も使えるものではない。
すなわち、グレンデルが動く前に決着を付けるのが良策。
その意を汲んだ千歳が火力支援の体勢に移るのを見て、パラが動いた。
精妙な槍の一撃は、グレンデルの中枢部を貫き、その一撃でピタリと機能を停止した。
こうして、大きな被害を出すことなく、中小型ベクターの討伐に成功したのである。
Middle 07 廃棄された基地 後半戦
「いやぁ、なかなかやるねぇ、キミ。」
「こちらこそ、戦闘中の
サポート助かったよ。」
「すごいな。あの攻撃をはねのけたやつ。」
「なになに、あんなものは1回限りの騙し業だ。」
「稼いだ時間のうちに片付けてくれる協力者が居てこそさ。」
◆ ◆ ◆ ◆
戦闘訓練場区画を抜けてしばらく。
どうにか地上に上がれそうな所を見つけて地上に戻ると、最初に地下に降りた地点に戻ってきたのが分かる。
しかし、先ほどまでの光景とは大きな異なりがある。
地上区画へと向かう隔壁が開いている。地下の端末は意図したとおりに動作していたようだ。
隔壁を抜けて歩くと、兵器や車両の実験を行っていたと思われる区画に出た。
雑多に様々なものが置かれているが、この先に向かう通路は、ぱっと見て見当たらない。
とはいえ、高杉晋作の拠点である以上、彼がいるはずの、まだ残されている区画があるはずだ。
この部屋を探索して先にすすむ道を探そうとしたところで、一行は嫌な予感がして立ち止まる。
たしかにこういう見通しの悪い部屋は、普通に考えれば罠の類の仕掛けどころだ。
ルネが先ほどとは別種のストレンジ・ガジェットを取り出して、探査を試みる。
「パレットドローン、行け―!」
雑多に散らかった足元を調べると、センサーに反応して高圧電流を放出する、プラズマ地雷が仕掛けられていることに気付く。気付かずに進んでいたら、かなりの被害を受けていたことだろう。
気付いた地雷は、千歳が慎重に解除する。
さらにこの区画を調べると、隠されていた先に進む通路が見つかる。
こうして、実験区画を抜けて、先に進むこととなった。
◆ ◆ ◆ ◆
奥へ進むと、再び階段で地下へと降りていく。
どうやら、この先は研究区画のようだ。
恐らくこの建物の構造上、これ以上奥にはそれほどスペースは無さそうだ。
すなわち、高杉晋作が居ると思しき最奥部が近いのだろう。
再びの戦闘となる気配に備えて、研究区画の一角で、最後に装備の確認などを兼ねて休憩する。
そんな中、ルネがどことなくぼーっとしているのを見かけて、パラが声をかけた。
「嬢ちゃん、どうしたんだい?」
「嬢ちゃんじゃないのだ―!」
何度か分からなくなってきたこのやりとりの後、ルネがぼそっと呟く。
この先にいるかもしれない少女、彼女が作り出したかもしれない「神薬」について。
「…何でも治る薬があったら夢みたいなのだ。」
「世の中、その薬を求めている人が、どれだけいることか。」
パラも、自身の目的を再び思い起こし、答える。
「でも、そんなおいしいものがあったら苦労しないぞ、ってっラボの先輩が言ってたのだ。」
「そんなホイホイ治るわけないのだ。何か裏があると思うのだ。」
「ま、そうだな。」
同意の言葉と共に会話に割って入ってきたのは魅夜である。
「例えば仮に、全く何の代償も無しに、全ての病を治療する薬があったとしよう。それが誰にでも手に入り、簡単に使えるのであれば、間違いなく多くの人は救われ、我々医者はめでたく廃業だ。」
「だが実際にそうなってはいない。そこまで辿り着いては居ないんだ。」
訥々と、あくまで論理的に、「神薬」について推察を語る。
「薬の代償とは、何も副作用があるとか、そういう話だけではないよ。」
「もし、例えばその薬が1つしか手に入らず、目の前に死に瀕している患者が2人いるならば、その決断は代償ではなくて何だ。」
「現実、その時に的確に使うべき相手を選び取り、もう一方の患者には他の方法を模索する。」
「そのレベルでは、まだまだ医者の仕事は健在だな。」
そこまで聞いて、ムサシが溜息をつく。
「…夢が無い。」
「もしかしたら世界は広いからな。あるかもしれないじゃないか。」
「夢見るだけならタダだし、空想するぐらいは、な。」
「うーん、でも、僕は要らないのだ。僕には遅すぎたのだ。」
「もうちょっと前に手に入っていたら、にいちゃについて行けたかもしれないけど。」
ルネもルネで、「神薬」に思う所があるのにも理由がある。
かつて、体が弱く、レイヤードに覚醒してもなおその力を使いこなせず、兄と共に歩めなかった記憶。
皆が皆、その薬について、異なる感想、想いを抱いている。
結局、「神薬」とは、何なのだろうか…
研究区画のさらに奥へ進むと、1つの部屋に続く扉に辿り着いた。
建物の構造上、奥に続く通路はありそうにない。
つまり、ここが最奥部、恐らく、エンフォーサー高杉晋作の居場所なのだろう。
「よし、みんな、準備は出来たな。」
確認すると、扉を破って、部屋の中に突入する。
が、その瞬間、先頭を切って突入したパラの眼前に、日本刀の切っ先が迫る。
危険を察して、咄嗟に首を捻って回避した刹那の後、目の前直ぐを切っ先が通り過ぎる。
「ちっ、外したか!」
扉のすぐそばに居たその男は、躱されたと見るや否や、軽やかに跳躍して距離を取る。
エンフォーサー、高杉晋作だ。
その様子に、魅夜が声を掛ける。
「ま、来ると分かっていて、何も仕掛けてこない男ではないだろうな。」
「流石は、幕末指折りの戦術家だな。」
「当たり前だろ。勝てれば何だってするさ。」
「で、俺を倒しきれなかったお前らが、今さら何しに来たんだ?」
挑発するような晋作の言葉に、パラが返す。
「今度こそ、お前を倒しに来た。前のようにはいかせない。」
「必ずお前を、ここで破壊してやる。」
「フッ、やれるもんならやってみな。俺は、朽ちない身体を手に入れたんだ!」
「朽ちない…身体…?」
自信満々の晋作の言葉に、千歳が呟く。やはり、彼の復活には、何らかのからくりが…
そこで、ふと部屋の奥に目線を向けると、晋作以外に、もう1人この部屋には人物がいたことが分かる。
先ほど画像で見た少女、パナケイアだ。
何をするでもなく、部屋の一角に立ち尽くし、蛇の巻きついた杖を構えている。
隠れても居ないのに、今まで全く目に入らなかったのは、彼女が不自然なほどに身動きひとつせず、まるでその場に置かれた単なるモノかのようだったからだろうか。
そして、その瞳は、ひたすらに何処も見ていない、虚無を映し出していた。
「奥の娘は何だ?」
「知らんな。」
「まあいい、お前を倒せば分かる。」
パラが問い詰めても、晋作は素直にぺらぺらとしゃべるような男ではない。
槍を握るパラの手に、さらに力がこもる。
一方で、千歳は改めて、少女の方に話しかける。
「パナケイアさん!」
「私のことを、覚えていますか!?」
しかし、少女は相も変わらず身動きひとつしない。
なおも見ると、青色に光るアイソレイトコアが見え、かろうじて彼女がエンフォーサーではないことは分かる。
そして、白衣の袖から機械のような物が見える。もしや、彼女は何らかの改造を施されているのか。その意志全てを失うほどの。
であれば、あれは果たして、リベレーターとすら言えるのか…
千歳の鋭い目線が、今度は晋作に向く。
「エンフォーサー、彼女に何をした?」
「だから俺は何もしてねぇって。」
「じゃあ、あの改造らしきことは何だ。」
「俺に出来ることは剣を振るうことだけだ。」
「そこにいたから、ただ利用しただけだ。ま、勝手に回復してくれるだけだがな。、」
確かに、高杉晋作という人物は医師でも機械技師でも魔法使いでもない。戦術家にして剣士だ。
リベレーターに直接改造を施すような真似ができるとは思えない。
であれば、この改造はいったい誰が…
晋作に聞いてもこれ以上のことは分かりそうにない。
いよいよ戦闘か、と場の雰囲気が張り詰めたところに、ルネがぼそっと呟く。
「それ、自分の力で勝ってないけどいいのか?」
「逆に何か問題があるのか?」
「何かカッコ悪い。」
その反応からも、晋作はただ単純に彼女が利用できるからしているだけ、の様に見える。
そして、彼は別に戦いに美学も何も求めていない。そういう意味で、ただ目的のために剣を振るった剣士だ。
そして、最後にムサシが、千歳に語り掛かけるように口を挟む。
「まあ、この場は戦うしかないようだが、巡殿にとっては、ある意味朗報であったのではないか。」
「彼女自身の意志で動いているのではどうしようもないが、操られているならどうにでも出来る、かもしれない。」
「そう…ですね。」
「皆さん、私、彼女が操られているのだとしたら、助けたいんです。」
「恩人が、エンフォーサーのせいで、操られたり、命を失ってたりするのは嫌なんです!」
「お願いします!」
千歳の声が地下の研究区画に反響する。
一瞬の静寂が流れた後、言葉を返したのは、先ほどから黙っていた魅夜だった。
溜息をひとつ。そして、呆れたように言う。
「ようやく話はまとまったか?」
「どっちにせよエンフォーサーは討伐して、あの子は回収しなきゃいけないんだろ?」
「どんな理屈こねくり回したところで、決まってたのによ。覚悟決めるまでが長くてメンドくせぇ。」
ひとしきり悪態をついた後、ニヤリと笑って、千歳とパラの方に顔を向ける。
「でも、ま、ある意味必要な儀式ってやつか。お前と、あとリーダー殿についてもな。」
「良い覚悟を見せてもらった分くらいは、手助けしてやるよ。」
「魅夜殿の言うとおりだ。」
「お前らは間違いなく強い、お前らならできるさ。」
「幸いここには、戦いのマスター、”バトルマスター”ムサシも居るからな! 負けるわけがない!」
「ボクも手伝うのだ。」
「どうせアイツを倒さないとおうちに帰れないのだ。みんなも頑張るし、ボクも頑張るのだ。」
「あと、アイツはカッコ悪いのだ。」
ムサシとルネも同意の言葉を掛ける。
「言うじゃねぇか、ガキ…!」
ルネの言葉に、冷静な戦術家で知られる晋作も少々頭に来たようだ。
その様子を見て、魅夜が続ける。
「ま、第一、んなこと言っといてお前の方が覚悟足りねぇだろ?」
「本気で手段選ばねぇんなら、グダグダ言ってる間に斬りかかってくるだろうな。」
「聞いてりゃ好き勝手言いやがって…」
晋作が言うと、その声に合わせて、先ほども見た重装甲グレンデルが現れ、本人も刀を構える。
いよいよ、戦闘の開始である。
◆ ◆ ◆ ◆
刀を構え、一瞬息を整え、エンフォーサー高杉晋作が、戦いの始まりを告げる一歩を踏み出した。
無駄のない動き、見えた瞬間、早い…と思う頃にはもう遅い。
そんな神速とも言える彼の踏み込みに、一瞬だけ先んじた者がいた。
ムサシだ。
晋作が仕掛けてくるタイミングを読んで、一瞬早く、その懐に飛び込む。
そして、都市伝説、赤マントのコードを起動し、ヒートジャベリンのクラフトで一撃を与える。
その赤い矢のような攻撃は、直接的な破壊力こそ無いが、それ以上に致命的な効果を持っている。
赤マントのコードに加え、行動阻害の技を重ね掛けしたそれは、晋作に多大な負荷を掛け続ける。
これこそが、”バトルマスター”ムサシの真骨頂である。ゆえに、一瞬でも、晋作に先んじたことは大きな意味を持つ。
が、彼もさるもの。
ムサシに遅れること刹那。その刀の切っ先で狙いを定め、アルケオンそのものの奔流を放つ。
アルケオンストーム、と呼ばれる、エンフォーサー特有の切り札ともいえる技だ。
狙いは、近い位置に固まっていたパラ、ルネ、千歳。
千歳はムサシの支援を受けてその奔流を防御しきる。
が、残るパラとルネはその攻撃をまともに食らってしまう。
大きく被害を受けるが、どうにか一撃で倒れてしまうことだけは耐えきる。
「ちっ、殺りそこなったか。」
そのまま流れるように斬撃の動作に入って追撃しようとするが、傷ついている2人にはさせまいと、間にムサシが割って入る。
仕方なく、構えた斬撃をムサシに向かって放つが、ムサシはそれを軽く躱す。
「どうした、以前と動きが変わらないぞ、若造!」
「てめぇ…!」
続いて、千歳とパラが動く。
パラが重装甲グレンデルに狙いを定めたのを見て、千歳が先だってそのグレンデルに弱点を狙いやすくなる支援をかける。
そして、その直後、パラが槍を振りかぶり、そのまま一気にグレンデルのコアを貫く。
その的確な一撃を受け、グレンデルは爆散、消滅する。
グレンデルが消滅し、晋作1人となったところで、ルネがクラフトの狙いを彼に定める。
画図百鬼夜行。それは、鳥山石燕の妖怪画を再現した幻影をクラフトに乗せる、ルネのとっておきである。
さらに、クラフトにアルケオンの力を纏わせ、千歳もまた、その攻撃に支援を合わせる。
先ほどグレンデルを一撃で粉砕したパラの一撃にも匹敵する威力がまっすぐに晋作に叩き込まれる。
流石にエンフォーサーはそれだけで倒れるほどやわではないが、かなり手痛いダメージを負ったのが見て取れる。
続いて魅夜も幻影のクラフトを編み上げ、追撃を与える。
ここまでの攻防を終えて、重装甲グレンデルは倒れ、晋作自身も無視できない被害を受けている。
かなり状況はレイヤードに傾いている様に見える。
が、晋作は刀を構え直すとニヤリと笑う。
その直後、それまで微動だにしなかった少女が、初めて動きを見せた。
虚無の瞳はそのままに、ただ機械の様に杖を振り上げる。
すると、晋作の傷がみるみるうちに癒えていくのが見える。
間違いなく、パナケイアが何らかの強力な回復手段を使っている。
そして、よく見ると、晋作だけではない。晋作よりも効果は小さいが、その癒しの効果はルネにも掛かっているように見える。
「…おそらく、怪我をしている者を優先的に回復しているのか?」
魅夜が、考察を口にする。しかし、戦いの中で詳細な検証をしている暇はない。
今は、ひとまず詳細な仕組みの解明よりも、ただ高杉を倒せる手段だけを求める方が先決だ。
◆ ◆ ◆ ◆
互いに、ここが正念場と感じ取る。
その雰囲気を察し、千歳がついに文字通り”切り札”を発動させる。
懐から取り出した1枚のカードを、まっすぐに頭上へと掲げ、表に返す。
それは、女教皇のタロットカード、千歳のコードフォルダにして、それを正位置で掲げることは、その性能を限界まで引き出す本気のあらわれである。
「…供犠への叡智!」
それは、この一瞬だけ、力を使い果たし倒れるまでの僅かな間だけ、何者をもしのぐ支援能力を与える。
ここを正念場と感じ取り、動いた者がもう1人、魅夜だ。
器用に燐寸を操り、晋作を煙に巻くと、彼の動きが急激にぎこちなくなる。
「…幻覚、か。」
「ああ、そうだ。キミのための特別製さ。」
「志半ばで戦うでもなく病で倒れたキミには、その時の絶望が一番刺さるだろ?」
「趣味の悪いことしてくれるじゃねぇか…!」
どうやら、高杉晋作という人物の史実から、彼に使うべき燐寸を事前に準備していたようだ。
そして、その燐寸を擦る瞬間、虹色の炎を放つ、特別な1本も、その炎に混ぜる。
これは、マッチ売りの少女のコードに由来する、特別な燐寸。
数限られたうちの1本を、まずここで使う。
煙の向こうから、ちらりと見える晋作に向けて言い放つ。
「趣味が悪くて大いに結構! 私の敵がそういう顔をするのを見るのは大好きだ!」
「おもしろき こともなき世を おもしろく、だったかな。」
「キミが死ぬ前に吐いた言葉は!」
千歳が本気の支援を展開し、魅夜の幻覚とムサシによる翻弄で、ほぼその剣技を発揮できない。
間違いなく、この状態は高杉晋作にとって致命的。
だが、彼は、幻覚を振り払うように目を見開くと、はっきりと口を開く。
「出でよ、我が奇兵隊!」
「罪業ー永遠の闘争…」
すると、何処からともなくグレンデルが戦場に現れる。それも、3体。
そう、高杉晋作は本人も名の知れる剣士でありながら、もうひとつの側面は、奇兵隊を率いる戦術家。
どれほど幻覚で本人が足を止められようと、指揮するグレンデルには関係ない。
これで、お互いに切り札の多くを見せあった。
一呼吸の後、再びの攻防が、始まる…
◆ ◆ ◆ ◆
千歳の支援には時間制限がある。
グレンデルをすべて倒すのは、現実的に考えて不可能。
であれば、方針はひとつ、グレンデルの攻撃をかいくぐりつつ、指揮官たる高杉晋作を倒しきることだ。
千歳が更なる支援を展開する準備をしたところで、パラが動く。
先ほどと同じ連携だが、パラの槍の構えが、先ほどとは異なる。
彼もまた、切り札の1つをここで使うつもりで仕掛けていた。
晋作に向けて放たれた槍が的確にその身体を貫く。
それ自体も、グレンデルならば一撃で粉砕できるほどの威力を秘めた一撃。。
しかし、それだけでは終わらない。さらに流れるように二撃目を構え、そのまま撃ち込む。
一瞬のうちの二撃双方に、的確に千歳が支援を重ねていく。
しかし、甚大なダメージを負いつつも、まだ倒れない。
そして、ここで3体のグレンデルが動き出す。
グレンデルは広範囲を蹂躙する攻撃に長けたベクターだ。3体ともからその攻撃をまともに食らえば、間違いなく戦線は崩壊する。
3体のうち2体は、レイヤードたちが固まっていたところに、横なぎの攻撃を振りかぶる。
1体目のグレンデルの攻撃は、千歳が障壁を展開することで被害を最小限にとどめる。
2体目のグレンデルの攻撃は、1体目より威力が高いと見て、千歳がアルケオンも注ぎ込んだ障壁を張る。
ルネと魅夜には軽減してなお致命的なダメージだったが、千歳がさらに重ねた防御と、シャドウと言われるレイヤード特有の、影そのものを使った防御でそれぞれ対応する。
3体目は、ムサシが足止めする。
その攻撃を回避することこと叶わなかったが、ギリギリでその攻撃を耐え抜く。
3体のグレンデルの攻撃を受けて、未だ倒れたものは無し。
どうにか、耐えしのぎ切った。
それが成しえたのには、供犠への叡智の効果を受け、障壁を張り続けた千歳の尽力があったことは言うまでもない。
「もう誰も、倒れさせないって誓ったんだっ!」
グレンデルの攻撃をしのぎ切ったら反撃だ。
ルネが、再びの百鬼夜行を描き出し、再び晋作に幻影攻撃を仕掛ける。
鳥山石燕のコード、持てる限りのアルケオン、千歳の支援、すべてを注ぎ込んだその一撃は、晋作を包み込む。
が、妖怪たちの一行が通り過ぎた後、そこには限界が近付きながらも、いまだに戦場に立ち続ける晋作の姿があった。再び、晋作が刀を構える。
だが、晋作の刃が届くよりも早く、動ける人物がいるはずだ。
誰ともなく、魅夜に視線が向く。
しかし、彼女は動かない。
その手に燐寸を構えたまま、動き出す晋作を見つめるその真意は、長い前髪に隠れ、推し量れない…
◆ ◆ ◆ ◆
晋作が、ムサシに向かって距離を詰める。
「お前だけは、討ち取ってやる!!」
「やってみろ小童! 俺はお前なんぞには負けん!」
次の瞬間。
高杉晋作の剣技。
本来なら精妙極まるはずのそれは、コードとの同調を高めたムサシに、すんでの所で回避されていた。
そして、気付く。
周囲には、虹色の煙が広がっていることに。
「これで、2本目、だな。」
呟いた魅夜の手には、先ほどと同じ燐寸が1本、握られている。
そう、魅夜は最初から、この瞬間をずっと待っていた。
虹色の燐寸は、マッチ売りのコードの特質を存分に引き出し、望む結果を導き出す。
しかし、大きな代償がある。
定められた回数を使えば、使い手の生命力を奪い去るのだ。
クラフトによる攻撃の瞬間、3本目の燐寸を灯す。
そして、クラフトに込めた術式は、カウンターブレイク。自身の生命力の損耗を、攻撃の威力に転化する技だ。
すなわち、燐寸の代償によって奪われた生命力は、そのまま攻撃の威力になる。
極大の術式が、高杉晋作に命中し、彼はついに膝をつく。
同時に、燐寸の代償で生命力を失った魅夜も、地に倒れる。
「俺は、まだ死なんっ…!」
倒れながら、晋作はパナケイアの方に視線を向ける。
応えるように少女は杖を振り上げる。しかし、その癒しは、彼には届かない。
その瞬間、敗北を悟ったエンフォーサー、高杉晋作は小さく舌打ちをすると、そのまま機能を停止した。
「まだ死なん、か…」
「残念だったな。そのセリフ、私が貰い受けた!」
晋作と同時に倒れたはずの魅夜が、いつの間にか再び立ち上がっており、声を掛ける。
どうやら、アルケオンの力で生命力を復活させたようだ。恐らく、最初から織り込み済みだったのだろう。
晋作の機能停止に連動して、指揮官を失ったグレンデルも、動きを止める。
かくして、エンフォーサー、高杉晋作との激闘は、レイヤードたちの勝利で終わったのである。
戦いを終えたレイヤードたちに、さらに少女が杖を振り上げる。
どうやら、目の前に傷付いて居る者がいる限り、回復を続けるのか…?
パラが、少女に歩みよって聞く。
「君が、パナケイアか?」
しかし、少女は一切の反応を返さない。
「どうなってるんだ…?」
「やっぱり、この改造が何か…?」
「改造のせいか、それとも元々の性質か。」
首をひねるパラに、千歳と魅夜も近付いて様子を観察する。
その間、ムサシとルネは、部屋の周囲を警戒しながら探索する。
すると、部屋の片隅から、一編の手帳が見つかる。手帳のあるページには、神薬計画、と題された文章が綴られている。
神薬計画
・ヒュギエイア
……「ヒュギエイアの杯」の権能を使用。
・パナケイア
……自身が神薬となることを目指す。
・アケソー
……回復のプロセ■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
詳細は分からない。手帳の記述自体が断片的であるし、仮に全文が有ったとしても、余程難解なものである可能性が高い。
ただ分かるのは、パナケイアの現状は、神薬になることを目指した末のものなのだろう。
今目の前に居る少女は、自ら神薬となったのだろうか…
そして、アスクレーピオスの娘である女神は4姉妹と聞いていた。
しかし、他の姉妹のことが書いてあったであろう手帳のこれ以降は、汚れや紙の劣化で読めそうにない。
さらに読み進めていくと、理解の及ばない数式や単語の羅列が続き、記述のあるページの最後には、再び意味のある文章が綴られていた。
手帳の最終ページに近いが、とはいえこれが書かれたのは、かなり以前のことのようだ。
私はヒトからクスリとなる。
私にはそれが出来ると確信している。
何故ならば、私は「パナケイア」なのだから。
そうしなければならない理由はもう忘れた。
しかし、やり遂げなければならないという思いだけは覚えている。
ポダレイリオス、マカーオーン、今どこにいるのでしょうか。
結局会えなかったことが少し心残りです。
以降のページには、何も書かれていない…
「っ…! これは…!」
「…待って!」
彼女自身が、望んで「神薬」となったと取れる記述を前に、千歳の悲鳴ともつかない声が漏れる。
Ending 02 神薬に臨む者の決意、覚悟の価値
一方、魅夜は探索を皆に任せ、パナケイアの様子をつぶさに観察していた。
医者として、対象の状況把握に努める意図と共に、更なる奇襲への警戒も込めて。
ひととおり見たところ、もともと非常に完成度の高いエンフォーサー(リベレーター)であるのに加え、限界を超えてアルケオンを操ることが可能なよう、改造が施されているようだ。
人の身体を治癒させることに特化した状態になり、自我の有無も定かではないが、見た目は完全に自由意思を失っているように見える。
それは、改造のために取り付けられた機械の類によるものか…
「さて、これは難儀な状態だな。とはいえ、機械は専門外だ。」
その言葉に、ムサシもまた、パナケイアに近寄って、調べてみる。
彼もまた専門外ではあるのだが、偶然にも、これまでの旅の経験が生きたのだろうか、彼はある本質的なことを見抜く。
恐らく、パナケイアは自身で自らに改造を施した。自我は失われ、行動指針は「その場に見える最も重傷な者を治療する」のみに縛られているようだ。
まさに、彼女自身が「神薬」となった状態とでも言うべきか。
そして、限界を超えてコードの力を稼働させ続けた結果、限界が近づいている。
彼女の力を発揮できる回数は、あと1回といったところか。
それを使ってしまえば、彼女はもはや、人でも薬でもない何かになり果ててしまうだろう。
「この治療は精神的なものには効かないのか?」
「どうみても、この場で一番重症なのはアンタだろ?」
「悪いが無理だな。その言葉を聞き届けるだけの自我がない。」
ムサシの発案に、魅夜が冷静に首を振る。
皮肉にも、万能の「神薬」であるはずの彼女に癒せない者は、彼女自身だ。
「で、どうするんだ? そちらの2人は?」
「その様子だと、コイツの状態については理解しているだろう?」
パラと千歳の方を向いて、魅夜が問いかける。
当然、彼女に残された力を使えば、パラと葛葉の悲願である妹の治療も叶うかもしれない。
痛いほどの沈黙が場に流れる。
沈黙を破って、ムサシが立ち上がる。
「俺の役目はここには無いようだからな…」
「外の警戒でもしてくるよ。何か困ったことがあったら、呼んでくれ。」
ムサシはそう言うと、くるりと背を向けて入口の方に向かっていく。
ルネもまた、いったんパナケイアに近づいて頭をなでると、悲しそうにつぶやく。
「この子の研究は、僕には悲しすぎるのだ。」
「ラボは楽しい研究をするところなのだ。この子の考えることは僕にはわからないのだ。」
「僕も特にこの子にしてほしい事とかは無いのだ。だから、外に見張りに行くのだ。」
そして、ムサシを追いかけるように外に出ていく。
入り口の近くで立ち止まると、一言だけ、加えて言い残した。
「考えることがある人は後悔しないように考えると良いのだ。」
その言葉が再びの沈黙に呑まれて消えていく…
◆ ◆ ◆ ◆
この場に残されたのは4人…だろうか。
いや、パナケイアはもう人ではないのかもしれない…
パラ、千歳の顔に逡巡の色が浮かぶ。
その顔色を見て取ったか、まずは魅夜がパラに聞く。
「で? そこの青年よぉ?」
「治したい人がいるって言っただろ? そのために、どんな代償でも支払う支払うって言ってたよな。」
「そのために、コイツを持って帰るかい?」
聞かれ、苦しそうに言葉を返す。
「まず1つ。青年って年じゃないだろう…」
本題に返答を返せないのは、まだ迷いがあるゆえか…
パラが黙っているのを見て、今度は千歳が口を開く。
「わたし…わたしは、あの…パナケイアさんがあと1回でも力を使ったら、何者でもなくなってしまうんだとしたら、力を使わないで欲しいと思います。」
「もう、恩を返せないまま、恩人が居なくなってしまうのは嫌なんです。」
「でも、そうしたら、パラさんの望みは…」
この場で初めて明確に言葉にされた、方針への望みであった。
まだ迷いを含みつつも、明確に、「パナケイアがすべてを使い果たしてしまうのは嫌だ」という意思表示。
それを聞いた魅夜は、パラの方から千歳に向き直り、つかつかと歩み寄る。
口元しか見えない表情が、ニヤリと笑う。
「そうかそうか。コイツを使わせたくないんだな。」
千歳の正面に立つと、俯いた彼女の顔を、手を伸ばしてクイッと持ち上げ、まっすぐ見つめる。
「コイツが何者でも無くなるのが嫌か!? 人でも! 薬でも!」
「嫌です!!」
「そのために放っておきたいと?」
「ただ1回残された力も使わず、この状態のまま生き続けるコイツは、既に人でも薬でもないぞ!」
「それでもか!?」
いつになく強い口調で、魅夜が問いかける。
事実を正面から叩きつけられた千歳が、絞り出すように答える。
「…だ、だったら、今、無いなら。」
「…それでも」
「何をしたいんだ? 言えよ。」
「覚悟の無ぇ奴に譲る気は無いんだ。私も「神薬」を探してるって言っただろ?」
「待ってる依頼人が居るもんでね!」
「それを突っぱねて、お前は何をしたいんだ!?」
「私は、この人を助けたい!!」
「その方法は!?」
「探します! 絶対に! 何が何でも!!」
「その前に、私が立ちふさがるなら?」
「そこの青年が立ちふさがるなら?」
「私の力でどこまで出来るかは分からないけど、足掻きます!」
「そうじゃないと、私は、私でいられないから!!」
「だから、…だから、私はっ! 彼女を、助けます!」
絞りだすようだった声は、問答のうちに、徐々と強く、強く…
そして、決意を込めて、千歳は言い放った。
「…ったく。最初からそう言えば良いんだよ。」
千歳の決意を聞き届けると、一歩離れて、用は済んだとばかりに言う。
そして、ポケットから派手な色の燐寸を取り出すと、右手でくるりと回しながら火を灯す。
「ぶっちゃけ、依頼人から言われた内容なんぞ、これで及第点だしな。」
「連れてけば良いんじゃね? 私は許すぜ。」
「そっちの青年は知らんけどな。」
魅夜の依頼としては、そもそも全くの情報無しから「神薬」の情報を探せなんて言う無茶ぶりだったのだ。
パナケイアと接触できただけでお釣りがくるほどの成果だ。
パナケイアを薬として使い倒したらマカーオーンに怒られるかもしれないが、十分な覚悟を持って千歳が連れていくなら、止める気ももはや無かった。
魅夜との問答を何とか乗り切ったことを察した千歳は、今度はパラの方に向き直る。
◆ ◆ ◆ ◆
「パラさん、あなたの事情は分かります。」
「それでも、これが、私の気持ちです!」
先ほどよりも明確に、意志を込めて、パラの前に立つ。
パラも、ゆっくりと千歳に向き直り、まっすぐに告げる。
「俺には、どうしても助けたいものがある。そのことは譲れない。」
「彼女の最後の能力を使えば、それが救われるかもしれないんだ。」
彼は、そして彼の想い人たる少女は、誰よりも、目の前の「神薬」を求めている。
どうしても、治したい人がいる。
だから、千歳に告げた。パナケイアの最後の力ではなく、それでも自分たちの譲れない目的もある、という希望を。
「だから、絶対に、彼女を助ける術を、見つけてくれないか。」
「お前の覚悟は、しかと受け止めた。」
「それだけの覚悟があるお前なら、きっと成し遂げてくれるだろう。」
一度言葉を切り、視線を千歳からパナケイアに移す。
「それに、この状態の彼女を無理やり酷使したら、あの子に顔向けできないしな。」
「あなたの大切な人を助ける方法を探せば、この人を使うことは諦めてくれるってことですね?」
「…そうだな。」
「だが、あの子の寿命も短い。俺が待てるのも、そう長くないぞ。」
「はい。それでも、可能性があるなら、私はやります。」
「それに、治らないはずの人を助ける術なら、パナケイアさんも助けられるかもしれません。」
「協力、させてください。」
「…わかった。」
「それに、コイツは、アイツの妹分だしな。」
「あいつ?」
「何でもない。こっちの話だ。」
どこぞの医者もまた、この少女、パナケイアを大切に思っているだろうことを考え、パラは言葉を切った。
Ending 03 神代の医者は、次の戦いへ
ようやく、その場の緊迫した空気が僅かに緩んだところで、パラは携帯端末を取り出した。
「もしもし。」
「もうあと3分待ってて!」
電話口から聞こえた医者の声は、それだけ伝えると忙しなく切れた。
その直後、部屋の入り口に立っていた2人、ムサシとルネは、何者かが走って近付いてくるのを感じる。
まだ高杉晋作との戦いのダメージが残ってはいたが、反射的に、戦闘態勢を取る。
「ああ、大丈夫だ。たぶん、そいつは敵じゃねぇ。」
部屋の中から、魅夜の声が届く。
その声に構えを解いたところで、気配の主が見える。白衣を着た小柄な少年だ。
戦闘をくぐり抜けてきたのか、それなりに傷ついているように見える。
「パラ殿ならこの中だ。」
そう言って扉を示すムサシに礼を言って、少年は駆け込んでいく。
部屋の中に少年が現れたのを見て、開口一番、魅夜が声を掛ける。
「よぉ、遅かったな、依頼人。」
その様子を見て、パラがため息をつく。
「やっぱり繋がっていたのか…」
パラが電話を掛けた相手であり、魅夜の依頼人である少年、マカーオーンは、息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。
「はぁ、はぁ… これ、疲れるんだよね。」
「ありがとう、魅夜さん。」
「あぁ? 今は私に礼なんか言うより先に話すべき相手がいるだろ?」
そう言われると、マカーオーンはゆっくりとパナケイアの前に歩み寄る。
じっと彼女の顔を見つめ、彼女の置かれた状況を、理解する。
「…やっと、会えたと思ったら、これですか。」
「私は、あなたたち姉妹と違って、ただの人間です。」
「だから心の底から尊敬していましたし、兄と同じように、1人の兄弟として、心の底から大切に思っていました。」
その姿は、いつもの飄々とした彼ではない。
「ごめんなさい。もう少し、待っていてください…」
白衣の袖で顔をぬぐうと、顔を上げて、再びパラ、千歳、魅夜に向き直る。
「千歳さん、初めまして。」
「私は、マカーオーンと申します。パナケイアの兄です。」
「元となったコードが兄妹関係にあるというものですから、本当の兄妹ではないかもしれませんが。」
ゆっくりと、落ち着いた口調で言葉を紡ぐ。
部屋の入り口から、様子をうかがっていたルネが、「兄妹?」と言ってピクリと反応する。
「少なくとも、僕はそう思っています。」
「マカーオーンさん。」
「さっき、もう少し待っていてください、って言っていましたが、パナケイアさんを治す方法が何かあるんですか?」
見えた気がした一筋の希望。
しかし、現実は、遥か神代の医師をもってしても、かくも厳しい。
「探すしか、ないでしょう。」
それがどれほどか細い希望であろうと、探すしかない。
医者であり、女神の兄は、そう語った。
「ほらよ。」
ひとまずの言葉を交わしたのを見届けたパラが、割り込んでマカーオーンに見つけた手帳を渡す。
パナケイアの最後の言葉が綴られた手帳だ。
1ページずつ、手帳をめくり、読み終えると、白衣の内ポケットに仕舞う。
穏やかな所作に反するように、杖を握る手は痛々しいほどに力がこもり、表情が揺らぐ。
そして、ついに感情が爆発したように、許すまじきその敵の名を叫ぶ。
「…ヒ"ポ"ク"ラ"テ"ス"!!!!!」
強力なリベレーターである彼の感情の奔流は凄まじく、周囲のアルケオンが共振する。
が、暴発する直前で、どうにか理性で抑える。
息を整え、再び穏やかな口調で語りかける。
「はぁ… すまない。」
「まずは、きみたちに、彼女を彼女のままでいさせてくれて、本当にありがとう。」
「そして、こんなことに巻き込んでしまって、すまないね。」
全員をぐるりと見回した後、パラに目線を止めて言う。
「すまないね。本当に。」
「いちばん彼女が欲しいのは、キミだろうに。」
「お前には、色々と世話になったからな。」
「持ちつ持たれつの関係、だろ?」
「そうだね。」
「これから、僕は残りの3人を探し出す。絶対に、助け出す。」
決意を言葉に乗せるように、マカーオーンは語る。
「希望はあるはずだ。まだ分からないことも多い。」
「覚えているだろう。実体としてあった「神薬」のこと。」
「まだ、違う形で「神薬」は存在している。それを辿って、彼女たちを、こうなる前に必ず。」
「パラくん、ごめんね。もう少し時間がかかるけど、これからも協力してくれるかい?」
「分かったよ。」
彼らの道行きは、まだ果てしなく遠く、その行く末は知れない。
しかし確かな事は、何が待ち受けていようとも、歩みを止めることはできない、という事だ…
◆ ◆ ◆ ◆
再び、千歳がマカーオーンに尋ねる。
「あの、マカーオーンさん。」
「あなたは、パナケイアさんを助けるために、動くんですよね?」
「ええ、パナケイアだけじゃない。」
「ヒュギエイア、アケソー、イアーソー、4人、全員助けます。」
「私にも協力させて頂けませんか。」
「パナケイアさんには恩があります。その姉妹が危ないなら、私だって助けたい。」
「協力させてください!」
「危険、ですよ?」
マカーオーンが尋ねる。
「承知です!」
「東方十聖を、敵に回すことになりますが?」
「東方十聖ヒポクラテス。彼自身が強力であることもさることながら、多くのエンフォーサーを配下に従えています。」
「それでも、良いのですか?」
なおも、重ねて問う。しかし、千歳の意志は揺るがない。
「はい、私は、命の恩人をもう二度と死なせないと決めたんです。」
「だから、死なせないし、不幸にもしないし、そんなことはまっぴらごめんなんです!」
「では、よろしくお願いします、巡千歳さん。」
こうして、「神薬」そして東方十聖ヒポクラテスをめぐる遥かな戦いは、新たな仲間を迎えた。
◆ ◆ ◆ ◆
ふと、千歳は先ほどのの言葉に違和感を覚えて聞く。
「あれ、名乗ってないけど…?」
ようやく少し表情の緩んだが、悪戯っぽく笑う。
「ブリゲイドの情報網をあまり舐めない方が良いですよ。」
「まあ、自由に動くことのできる魅夜さんには負けますけどね。」
「なーに言ってんだか。」
「そんな適当な事ばっかり言ってるから、変な異名が広まんだよ。」
「いやいや、アナタを敵に回しては、ブリゲイドも幾つの支部が壊滅させられるか、分かったもんじゃありませんからね。」
からかうように、医者同士が軽口を投げる。
その様子に、ムサシも口を挟んで豪快に笑う。
「そりゃその通りだな、ハハハ!」
「おいおい、お前は冗談上手いんだから、あんなヘタクソな冗談真似しなくていいんだぜ?」
「おっと、失礼失礼、これは冗談じゃなくて本気で言ったつもりだったんだがな。」
その言葉に、周囲がまた笑いに包まれる。
笑い声の中、少年の姿をした医者は、小さく呟いた。
「…本当に、ありがとう、皆さん。」
◆ ◆ ◆ ◆
次に、マカーオーンは、ルネの方に目線を向ける。
「そこのキミが、ルネ・アプリェールか…」
「名前知ってるの!?」
「キミの活躍は、聞いているよ。」
「白-6に、パラケルススの薬品工場を壊すよう頼んだ時、協力してくれたみたいだね。」
以前の工場破壊作戦。パラケルススの残した工場に現れた巨大ベクターによる環境破壊を思い出しながら言う。
「ああー、白ちゃんの知り合いだったのか!」
「まあ、そんなところだね。」
そんなマカーオーンに、真っ直ぐな視線を向けて、ルネが聞く。
「おにいちゃんとして、妹を助けるの、なの?」
「そうだね。」
「兄としてでもあり、神の信徒としてでもあり、同僚としてでもあり、同じ医学の道を志す仲間としてもだ。」
「ボクは、キミたちのことはよく知らないのだ。」
「でも、妹として、おにいちゃんが無茶するのは嫌だと思うのだ。」
「あんまり無理はしちゃダメなのだ。」
「僕はこれでも医者だぞ?」
「ま、医者と言っても外科医だから、ポダレイリオスみたいに内科のことは詳しくないけどね。」
そんな言葉に、魅夜が皮肉を込めて軽口をたたく。
「ああ、そんなことは気にしなくて大丈夫だ。」
「専門外だからって油断してると、精神科の真似事までさせられるんだぞ。医者ってやつは。」
「僕ら兄妹の中でも、精神科は居なかったからなぁ…」
言うと、少し悲しそうに目を伏せ、パナケイアの方を見る。
「いや、かろうじて、近いのは唯一、この子だったかも知れないな。」
◆ ◆ ◆ ◆
さて、そろそろこの場を離れなくては、いつ敵の手の者に嗅ぎつけられるか分からない。
「そろそろここから離れた方が良いと思う。」
「パナケイアを欲しているのは僕たちだけじゃない。」
「やつらが神薬を集めて、何をしようとしているのかは知らないが。」
軍事基地を出て、クレイドルまで来た道を帰還する。
パナケイアはマカーオーンのアジトに収容することになった。
ほぼ何も出来ない状態のパナケイアを保護できるだけの設備を備えた隠れ家は他には見つかりそうもない。
千歳としても、そこが一番安全であるならば異存はない
Ending 04 報告
場所は移って、レギオン、ムサシ支部。
パラ、千歳、ムサシ、ルネは支部長である香澄了護への報告に訪れていた。
魅夜はもともとレギオンからの正式な依頼で動いている訳ではなかったため、一足先にアサルトチームから離脱する。
「皆、ご苦労だった。」
「高杉晋作は討伐されたとのことだが、結局、彼が回復していた理由とは?」
「どうやら、別のエンフォーサーを使いつぶすことで、非常に高い回復力を得ていたようです。」
パラが答える。
彼らは、マカーオーンと口裏を合わせ、報告書にはそのように書くことにした。
高杉晋作は、とある医療系エンフォーサーに限界を越えたコードの励起をさせることで、回復力に転化していた。
アサルトチームが到着した時点で、そのエンフォーサーは完全に使いつぶされており、詳細な検証は出来ず。
コードは恐らく、「名もない医師」だと思われる。それほど強い逸話を持つコード出なかったゆえに、無理に力の方向性を捻じ曲げるような使い方が出来たし、その使い方に耐えきれず自壊してしまったものと思われる。
「エンフォーサー2体の討伐、本当に、ご苦労だった。」
「体を休めて、次の戦いに備えてくれ。」
そう言って、了護はレイヤードたちをねぎらい、レイヤードたちは支部長室を退出する。
2体分の報酬を得てしまったのは、結果的にレギオンを騙すような形になってしまったが、仕方ない。
◆ ◆ ◆ ◆
部屋を出たところで、ルネが他の3人に声を掛けた。
ストレンジ・ラボの、ルネの連絡先が書かれた紙片を渡す。
「乗りかかった舟だし、なんかあったら手伝うのだ。」
「調べことぐらいは出来るのだ。」
「ありがとうな、嬢ちゃん。」
「嬢ちゃんって言うなー!」
もう何度目か分からないやりとりである。
次にまたこの光景が見られる日は、近いかもしれないし、しばらく先かもしれない…
ムサシ・クレイドルの門の前。
夕陽が街を染め上げるころ、大きなバックパックを抱えたムサシは、次の戦場へと旅立とうとしていた。
そして、夕陽に照らされたもう一人の人影。
千歳もまた、ここに来ていた。旅に出るムサシを見送るために。
そして、自分の決意のきっかけに、感謝を伝えるために。
「まずは今回の依頼、お疲れさまだ。」
「今回は、残念ながら、勝ったとは言えなかった。」
「だいたい不敗っつても、負けない訳じゃない。未熟者だって痛感させられたよ。」
素直に今回の至らない点を認めながら、その顔に後悔はない。
「ま、それはいい。俺が未熟だったってだけだ。」
「それよりも、アンタとパラ殿の、魂の戦いともいえる熱い叫び、最高だったよ。」
「俺も、久しぶりに血が騒いだよ。思わず、俺もその戦いに交じってしまいそうだった。」
実際ノリで交じってしまったら台無しだろうが、彼の言葉には、それを純粋な千歳たちへの賛辞だと感じさせる、真っ直ぐさと茶目っ気が同居していた。
「良い戦いを、ありがとう。」
そう言って、ムサシは右手を差し出し、握手を求める。
千歳は、その手を取る前に、ムサシに、改めて伝えたかった礼を述べる。
「あそこで、ああ言えたのは、あなたのおかげなんです。ムサシさん。」
「あなたが出発前に、言ってくれた言葉が。何度も失敗して、でも立ち上がってきたという言葉が。」
「悔いなき道を行けという言葉が、背中を押してくれたおかげで、私は自分の想いを言えたんです。」
「そんなことは無いさ。」
「俺が何も言わなくても、アンタは言えたはずさ。」
「アンタはそのくらい、心が強いからな。」
「…そう、なんでしょうかね。」
「ああ、そうさ。アンタは十分に強い。」
「この戦いのマスター、”バトルマスター”ムサシが保証してやる。」
改めて、千歳はムサシの差し出した手を取る。
「ナイスファイト!」
シンプルな激励の言葉と共に、握手をかわし、ムサシは再び、クレイドルに背を向ける。
次の戦場が、呼んでいる。
◆ ◆ ◆ ◆
「次に俺の力が必要となった時は、『だいたい不敗』ではなく、『ほとんど不敗』として手を貸そう。」
「この”バトルマスター”、まだまだ先はある!」
誰よりも弱さを認め、誰よりも強い、ひとりの男。
“バトルマスター”は、今日も征く…
Ending 06 ストレンジ・ラボのふにゃあな日々
ある日、ルネ・アプリェールはストレンジ・ラボの研究所の一角で、いつもの様にお絵描きをしていた。
スケッチブックを開き、絵筆を執って描いてゆく。
描いているのは、今までに何回も描いたおにいちゃんの顔。
このまえ、マカーオーンのことを見ていたら、ちょっと改めて描きたくなったのかも。
けど、どうにも思ったように筆がのらない。
あれほど見たおにいちゃんの顔も、会えなくなってからの時の間に、ちょっとずつ忘れていってる。
結局その絵は気に入らなくて、スケッチブックを破って、丸めてポイッっと捨ててしまう。
「にいちゃもあんまり無理してないと良いんだけどなー。」
◆ ◆ ◆ ◆
またある日、ルネはストレンジ・ラボのある先輩研究員の研究室を訪れた。
薬について研究している彼の研究室で聞く。
「今ちょっと、薬について調べものをしているのだ。資料見ても良い?」
「あ、ルネか。どんな資料が良い?」
「何でも治せる薬があったらどう思う、なの?」
ルネに聞かれた研究者は少しため息をついて、答える。
「そんな物があったら良いなぁ、とはみんな思うだろうね。」
「そうだよなー、なの。」
言いつつ、ラボのコンピュータをカタカタといじる。
神薬、それは誰かの夢であり、誰かの叶わない幻想であり、誰かの贄の産物で、その全容は掴めない。
完全なそんな物は、空想の中にしかないのかもしれない。だからこそ、皆思いをはせるのだ…
小さな芸術家は、その薬の物語に、何を思ったのでしょう…?
ラボの一日は、今日も過ぎてゆく…
Ending 07 過去への言葉
今回の戦いを終えた千歳は、ある場所を訪れていた。
そこには、小さな墓碑がある。
ここに眠るのは、ひとりの英雄。
レイヤードとして生き、多くの人々を救い、そして、ひとりの少女を助けるために散った。
墓碑の前に花を手向けると、ひとり呟く。
「……さん、改めて、今まで言えなかった。いや、言う資格が無いと思っていたことを伝えます。」
「私を助けてくれて、ありがとうございます。」
「私はあなたが助けてくれた恩に報いるためには、私の命を捨ててでも多くの人を助け、あなたが命を捨てたことに釣り合うようにならなきゃいけないと、勝手に思っていました。」
「でも、その自分の思い込みだけで、必死に動いて、ボロボロになって倒れて、それで周りの人がどれだけ悲しむか、分かっていませんでした。」
「私は、あなたの助けてくれた命で、周りの人を不幸にしようとしていました。ごめんなさい。」
「でも、これからは、私は、あなたのくれた命で、私のために生きます。」
「それを望んでいてくれていると、今なら分かるから。」
「だから、見守っていて下さい…」
かつて英雄が助けた少女は、想いを新たに。
彼女はまた戦いへと身を投じるだろう。
しかし、それは贖罪のための、いつか傷付き散るための戦いではない。
ひとりの人間として歩むための戦いである。
顔を上げた彼女の瞳には、未来を見つめる新たな光が、宿っていた…
Ending 08 次の戦いへ
ムサシ・クレイドルの街はずれ、路地を幾つか抜けて、何の変哲もない建物から地下に降りると、そこにマカーオーンのアジトはある。
秘密結社ブリゲイドの幹部にして、神代の医者のコードを持つリベレーターである彼の拠点だけあって、それなりの機器が並んでいる。
部屋の奥には、カーテンで区切られたスペースがあり、その奥のベッドでは、小柄な人物が眠っているようだ。
それから、目を引くのはホルマリンのような物に漬けられた子供の死体。腹部が切り裂かれ、その傷跡が熱によって焼き固められている。
それから、もう一人、生命維持装置によってかろうじて生かされている子供が、ベッドに横たわっている。
パラ・ライカはそのアジトを訪れた。
今回の事件後、マカーオーンにこの場所を教えられたのは、改めて信頼に足る相手とみなされたからか。
部屋の主である少年が声を掛ける。
「迷わず辿り着けたんだね。ようこそ、僕の家へ。」
「どうだ。パナケイアの容態は?」
「何もしなければ、このままずっと眠っているだろうね。」
「生きているともいえるし、死んでいるともいえる。」
ひとまず眠っていれば、周囲に勝手に神薬の力を使ってその生命力を尽きさせてしまうこともない。
ひと安心したところで、部屋を見回すと、カプセルの中に漂う子供の遺体が目に入る。
「これは…」
「ああ、この子供の死体は、キミも知ってるミロワールの被害者だよ。」
「ミロワールの部下のエンフォーサー、マザー・テレサに幼少期から、人が人であることが罪なのだと、その罪を祓うためにレイヤードを殺せと教育されてきた、なれの果てさ。」
「キミも見ただろう。キミたちが倒した、あの3人と同じようなものさ。」
「君の知らないところでも、被害は出続けている。」
「なるほどな。」
「ヒポクラテスは、仮にも僕の遠い子孫とされている。」
「バベルから解放される前は、僕は彼に仕えていた。恩だってない事はない」
「けど、そんなことは関係ない、一刻も早く、奴の息の根を止める。」
強い決意を込めて、仇敵のことを語る。
しばし、周囲が目に入らなくなっていたことに気付き、改めて客であるパラに椅子を勧める。
「ああ、ごめんね。色々話してしまって。まあ、座ってよ。」
「まあ、そうだな。いつまでもそんなところで立ち話をされると私が入りづらい。」
言いながら、そこでちょうど入ってきたのは魅夜である。
どうやら、かねてよりこの場所を知っていたようだ。
マカーオーンも、特に彼女が突然現れたことには驚かずに言った。
「やはり外にいたのはあなたでしたか。」
「他に誰が来るんだよ、こんな辛気臭いとこ。」
言うと、魅夜はそのまま部屋を通り抜けて、奥のカーテンの向こうを覗く。
寝息すら立てずに眠るパナケイアの様子をしばし観察する。
「よく寝てるな。」
「ま、お前みたいな伝説級の医者ではないとはいえ、こっちの方が専門が近いからな。」
「眠らせておくだけなら得意だぞ?」
「ああ、そうでしたね。」
「という訳で気になって見に来たが、要らん心配だな。」
「これなら起きる心配はなさそうだ。」
「ご心配、ありがとうございます。」
「なんの。これくらいなら仕事のアフターサービスの一環だよ。」
どうやら、ついでに、パナケイアの様子を見に来たらしい。
確かに、同じ医者と言ってもかなり専門は異なる。
こういった処置は、魅夜の方が得意かもしれない。
それから、目的のもう一つ。
マカーオーンからの依頼の報酬を受け取りに来た。
パナケイアの状態はこの通りとはいえ、魅夜に依頼された内容を考えれば、十分過ぎる成果である。
マカーオーンは小切手にさらさらと金額を記入すると、魅夜に渡す。
「言われた額より増えてないか?」
「そうですか?」
「僕は医者なので、会計のことはよく分からなくて。」
「医学に集中したいなら、事務員のひとりでも雇った方が良いぞ。」
「こんだけ余分に払ってるようじゃ、事務員の給料を出してもお釣りが来る。」
「事務員、かぁ…」
「ブリゲイド所属の外科医の事務員なんて、幾つ命があって足りませんよ。」
「ま、その辺は人のことは言えないな。」
「あなたもですか…?」
「誰が付いてくるんだよ、こんな流れの医者に。」
そう言って笑う。
ちなみに、後にこの話を聞きつけたブリゲイドの上層部によって、自衛能力のある事務員としてなぜかレイヤードがマカーオーンのもとに派遣されてくるのだが、それは別の話である。
そして、改めて来客用の椅子に座ると、パラに聞く。
「で、青年はこんな所に何しに来たのさ。」
「そこの嬢ちゃんの寝顔見に来たわけじゃないだろ?」
「何か、僕に言いたいことでもあったのかい?」
用事が有ったと言えば有ったし、無かったと言えばなかった。
だから、ひとまず、マカーオーンと改めて今後の共闘を、確認することにした。
「新しく何か情報が分かったら、こっちにも直ぐに投げてくれ。」
「もちろん。これからも、よろしく頼むよ。」
「お前が妹たちを心配していたのはよく分かる。」
「だから、お前の妹が危機に陥っていたなら、俺は手を貸そう。」
「ありがとう、こちらも、あなたの大切な人のために手を貸そう。」
「利害は、一致している。」
「そうだな。」
そうして、次に魅夜の方に視線を向ける。
「魅夜さんも…」
視線を向けられた魅夜は、先ほどまでの飄々とした風が少し抜け、強めの口調で答える。
「ま、いいぜ。一枚かませて貰った方が良いか?」
「いや、違うな。私も関わらせろ。」
「どうせ、神薬だ何だの話はまだ解決しちゃいないんだ。」
「まだ、それぞれの思惑を持ってこの件に関わってるヤツが、幾らでも居るんだろ?」
「ならば、見てみたいじゃないか。そうだろ?」
こうして、東方十聖ヒポクラテスと、神薬をめぐる戦いを大きく進める協力関係が、ここに築かれた。
パラが、軍事基地で聞いた話を踏まえて、冗談めかして言う。
「いやー、ブリゲイド以上の情報網を持つ魅夜さんが味方に付いてくれるのは、心強いなぁ。」
「それ、コイツの法螺だからな?」
呆れたように答える。それは法螺か、それとも真実か。
それは、今後の戦いの中で確かめられることになるだろう。
なに、まだ、戦いは長い。その機会はいずれ…
◆ ◆ ◆ ◆
出された茶を飲み干し、魅夜は立ち上がった。
「さて、用は済んだな。」
「私はまた、自由気ままな情報集めに戻るとしますか。」
「ええ、また会えることを、楽しみにしていますよ。」
「そんな丁寧な言い方しなくて良いんだぜ。」
「どうせ、まだ使い倒す気なんだろ? お前がこのまま反撃を企んでないとは思えん。」
「…そう、ですね。」
実際、マカーオーンがこのまま受け身の対応を続けるとは思えない。
きっと、何か反撃の手段を考えているのだろう。
「そっちの青年もまたな。」
「いつかまた、この幻にお目にかかることがあったら、な。」
そう言って、魅夜は椅子から立ち上がって指を鳴らす。
一瞬、鮮やかな炎が見えた気がして、その直後、彼女の姿は消えていた。
足元には、高杉晋作戦の時に見た、燐寸の燃えさしが落ちている。
それを見ると、迷惑そうにパラが立ち上がって、流しに捨てる。
「引火したらどうするんだよ?」
◆ ◆ ◆ ◆
部屋に残されたのは、パラとマカーオーン。
とはいっても、これ以上用事がある訳でもない。
パラもまた、帰りの準備を始める。椅子から立ち上がり、コートを羽織った所で、マカーオーンに声を掛ける。
「ここのところ、お前、妙にへりくだってて気持ち悪いんだよな。」
「これが、もともとのボクの性格だからね。」
「本当かよ。あれだけ煽り散らしていて。」
「おや、そんなこと有ったかな…?」
「ああ、西陵くんのことか。」
実際、その件に関しては、彼自身、必要だと感じたからその役を演じた節がある。
いまの彼には、宿敵でいい、目標が必要だと。
「まあ、彼の場合はね。」
「怒りの炎でさえ、命を繋ぐためには必要な時もあるのさ。」
「医者って言うのは、難儀な性格な奴ばかりだな。」
「こんな性格じゃないと、医者というのは務まらないものなのさ。」
それは、マカーオーンは聞いていないはずだが、奇しくも以前、魅夜が語っていたことと同じであった。
彼らは冗談で言っているのではなく、もしかすると、医者というのはやはりそういうものなのかもしれない。
「そうかい、そうかい。」
「じゃあ、そろそろ腹も減ったし、帰るわ。」
「お疲れ様。」
言いながら、ドアを開けて、外に出る。
きっと、そう遠くないうちにまた出会うから。
それを互いに分かっているから、最低限の挨拶だけを交わし、振りかえらずにクレイドルの裏路地に、踏み出した…
Ending 09 そして、反撃の狼煙は上がる
今回、レイヤードたちの戦いは、大きな収穫を得た。
神薬計画の重要なファクターであるだろう4人の女神、ヒュギエイア、パナケイア、イアーソー、アケソー。
まずはその一角を奪還出来たことは、非常に大きな意味を持つだろう。
一方で、パナケイアは万全な状態で奪還できたとは、とても言えない。
その点においては、この作戦は勝利でもあり、敗北でもあると言える。
しかし、それ以上に大きな前進がある。
パラ・ライカ、魅夜・レイジングムーン、巡千歳、”バトルマスター”ムサシ、ルネ・アプリェール。
今まで、それぞれの目的のため、ある者は真っ直ぐに、ある者は気ままに生きていたレイヤードたちは、ここに知己を結んだ。
これが、強大な敵に立ち向かう遠大な路の一歩でなくてなんだろう。
彼らだけではない。
これまで物語を紡ぎ出してきたレイヤードたちよ。そして、まだ見ぬ仲間たちよ。
ここからは、反撃の時間だ!
→ To Be Continue Episode 10 “ Counter Rockets ”
最終更新:2020年05月24日 23:48