”Walking With Heroes” 第1章第1話「Hopes and ……」
「ノブレス・オブリージュ」という言葉がある。
才を持つ者は往々にして義務を負う。
時として、その果たされるべき義務が持たざる者の希望ともなる。
そう、今はキミ達こそが希望なのだ。
しかし、その覚悟はあるか?
覚悟を欠いた決意は、時として最悪の絶望を齎す。
キミの双肩にかかっているモノは何なのか。走りながら考えろ。
キミに立ち止まる暇など、最初から与えられていないんだ。
英雄武装RPG「コード:レイヤード」
「Hopes and ……」
————その力で、伝説を超えろ。
Opening 01 時は来た
秋葉秋穂は、物憂げに空を眺めていた。
彼女は幼い頃、とあるシェルターを拠点としていた傭兵団で働いていた。前線に出て戦うことは無かったが、その環境は幼い身には十分すぎるほど過酷で劣悪だった。しかしそんな彼女を立派に育て上げたのが秋葉修一郎であった。彼は偶然見かけた彼女を引き取り、使用人としての作法や教養などを1から丁寧に教え込んでいった。その甲斐あってか彼女は立派なメイドとなった。なお、格好が和メイドなのは完全に修一郎の趣味である。
そんな束の間の平穏はある日突然破られることになる。
彼女が所用で家を開けていた際何者かの襲撃を受けた、との知らせが届く。慌てて戻った際に彼女が目にしたのはどこかへ去ろうとしているエンフォーサーと、それが引き連れているベクターに乗せられている主人の姿であった。彼が連れ去られるのを止めるだけの力など1人の少女が持つ訳も無く、エンフォーサーの姿を追うことは出来なかった。
その日以来彼女はひたすらに力を求めた。暫くして彼女のレイヤード適性が認められたのは最初から決められていたことだったのかもしれない。
彼女が適合し発現させたのは平安時代の武士にして弓の名手である那須与一のコード。その中でも「シャドウ」と呼ばれるレイヤーだった。それはコードを起動させると背後霊のように彼女に付き従い、意思に応じて自由に動く。
力を手にした彼女がクルセイドの一員となることはもはや必然の出来事だったのかもしれない。超高度AIの分体を自称しクルセイドの指導者を勤める少女ヴァイクンタに声をかけられたあの日から、次こそは憎き敵を絶対に逃さないと毎日のように鍛錬を積み重ね、今や一人前の抹殺者として成長していた。
そんな中、彼女の端末にいつも通りヴァイクンタからの指令が届く。また新たな「的」の居所を教えられるのだろう。彼女のいつも通りが、また始まった。
◆ ◆ ◆ ◆
「よく来たな、秋葉秋穂よ」
「はい。ヴァイクンタ様」
クレイドルの路地裏、2人の少女が会話を交わす。幼い外見の割にやや古めかしい口調、そしてどこか威厳を感じさせる少女こそが極夜の狩猟者達を束ねるヴァイクンタである。
「忙しいところすまんな。まずはこの写真を見てくれ」
そして、彼女は一枚の写真を取り出した。
そこに映っていた白衣を着た初老の男性には見覚えが無いはずだが、どこか胸騒ぎがするのを覚えた。それを見てヴァイクンタは満足そうに頷き、続きを話す。
「こいつはお主の主人を連れ去った張本人じゃ。何のコードを持つエンフォーサーまでかはわからんかったがの。」
「誰に指示を出そうか考えたところ、お主がおったのでな。丁度良いじゃろう?」
「それは是非、私にやらせてください。」
秋穂の強い声を聞き、ヴァイクンタの笑みが更に深まった。今日までの戦いの日々はこのときの為にあったとも言えるだろう、彼女の本懐を遂げる時が遂に訪れたのだ。
「お主ならそう言うと思っておった。早速じゃが、目撃されたのはネリマ第4シェルター付近じゃ。丁度そこに向かうレギオンのアサルトチームが結成されるようじゃし、お主をフリーランスのレイヤードとして送り込む算段はつけてある。今こそ、お主の復讐を果たす時じゃ」
「お気遣い、感謝致します。ヴァイクンタ様」
ヴァイクンタは既に根回しを済ませておいたようで、秋穂は武器を持ってただ向かえばよいだけだった。彼女の返事がイエスであることは分かりきっていたことだろうし、それでなくても狩りに飢えている者はクルセイドに溢れている。彼女が出なくとも、きっと数日後にはエンフォーサーの首が届けられるだろう。
しかし、今回だけは私がやらなければならない。
主人が生きているかどうかもわからないが、彼だけは私が殺す。あの時の無念を必ず晴らす。
そんな決意を胸に、彼女は力強く歩き始めた。
◆ ◆ ◆ ◆
Opening 02 再開、そして
レギオンのレイヤード2人がベクター掃討を終え、クレイドルへの帰路に就いていた。
1人は安倍葛葉。平安時代に活躍した陰陽師のコードを所持し、他のレイヤードへの支援に長けているタイプのレイヤードだ。
もう1人の青年パラ・ライカはインドの大英雄カルナのコードを持ち、レイヤーとして現れた槍を自在に操るレイヤードだ。攻撃と援護、それぞれが得意とする技で互いの実力を最大限活かすことのできる2人は昔からそれなりの数の依頼を共にこなしてきた。
2人が何気ない会話をしながら歩いていると、1人の男性がこちらに歩いてくるのに気がつく。足取りは覚束なく、距離が縮まるにつれて彼の顔中を発疹が覆っていることも目に入った。
「三ノ上……さん!?」
「葛葉ちゃん、知り合いかい?」
彼の名は三ノ上尚浩。年齢は40代と立派な中年男性だが、未だ前線で戦い続けるレイヤードだ。今は亡き葛葉の父、安倍晴人と尚浩はよく同じチームを組んで戦う仲であり、晴人が幼い葛葉と生まれたばかりの妹、晴乃の2人をエンフォーサーの襲撃から庇った際に、彼と妻の死を見届けて敵の首を刎ねたのも尚浩のいるチームだった。
また、かつての晴人と尚浩にはもう1人よく共に戦うレイヤードがおり、彼の子供もレイヤードとしてレギオンに勤めているのだが、それはまた別の話。
「そこにいるのは葛葉ちゃんか……オジサン、しくじっちゃったよ……」
彼はやっとの思いで言葉を絞り出す。全身には発疹のほかにも切り傷や火傷もあり、激しい戦闘の痕跡が窺える。
「ネリマ第4は……もう……ダメだ……」
「オッサン!どうしたんだ!?」
「いや……ちょっとエンフォーサーと……ね……オジサンもう限界……」
伝えるべきことを伝えられて気が抜けたのだろうか、彼はその場で意識を失った。慌てて葛葉が彼を支えると、彼の体から高熱を感じる。
「オッサン、大丈夫か?」
パラがそう声をかけるも、息はあるようだが返事は返ってこなかった。すぐさま2人はレギオンへ通報し、彼はムサシ市民病院へと搬送されていった。
◆ ◆ ◆ ◆
「あの人も病気が治るといいけど……」
意識を失った尚浩と共にムサシ・クレイドルに帰還した2人だったが、葛葉は中央庁舎の出入り口で若干の不安をパラに吐露していた。
「早く元気になるならいいけど……もし……治らない病気だったら……」
葛葉には6つほど歳の離れた妹がいるが、彼女は今病に伏せっている。彼女が患っているものは科学技術や知識の大幅に失われたこの世界においては不治の病とされており、それ故に葛葉はいつか治療法が見つかる日まで彼女を死なせまいとレギオンのレイヤードとして身を粉にして働きつつ、大金を得られるかもしれない依頼をプライベートでもこなす日々を送っていた。事情を知らない者からすれば金にがめついレイヤードと思われるかもしれないが、それは彼女の深い家族愛の表れなのである。
そんな彼女が病について敏感になるのは当然のことかもしれないが、それを知ってか知らずかパラが葛葉に明るく声をかける。もしかすると、これは彼なりの励ましなのかもしれない。
「そんな悲観的になることはないだろ。きっとあのオッサンも良くなるさ」
「そう……だよね。きっと大丈夫、だよね」
そう言い聞かせるように呟くと、2人の端末に連絡が入る。
レギオンのオペレーター、織川仁那からの連絡だった。
◆ ◆ ◆ ◆
Opening 03 とある黒猫の受難
時は少々遡る。
ムサシクレイドル内にある最も大きな病院である「ムサシ市民病院」のその一室。1匹の黒猫が器用に端末を操りつつ誰かと通信を行っていた。
別にイタズラではない。これが正当な業務である。
「どうした仁那よ?」
「お疲れ様です。エルールさん。今回の任務ですが、調査が主となっています。」
やや古めかしい口調でレギオンのオペレーターと会話する彼女の名はエルール。古代エジプト最後のファラオとして知られるクレオパトラのコードに適合し知性を得た、立派なレギオン職員だ。コードに適合するのは人間に限らず、彼女のような動物や魚類、極稀に植物もがコードに適合した事例も挙げられている。彼らはインテレクトと呼ばれ、人間社会の中で人間と殆ど同じように生活している。エルールもその例に漏れず、彼女は一人前のレギオン職員である。
彼女は元々坂元優子というレイヤードの飼い猫だったが、ある日彼女がコードフォルダの腕輪を残して姿を消すという事件が発生する。未だその事件は解決していないが、偶然優子の持つクレオパトラのコードに適合したエルールは意志を継ぎ、コード由来の高い交渉力と知識を活かすことのできるセラピストとしてムサシ市民病院に勤めている。ただ前線に出ることができないかと言われればそういうわけでもなく、彼女はアルケオンを操作し望む現象を引き起こす「クラフトロジック」の操作にも長けている。彼女が最も得意とするのは敵に幻を見せ精神に直接攻撃を仕掛けるタイプのクラフトであり、戦闘能力と深い知識を併せ持つレイヤードとして今回のように調査班として派遣されることもある。
「場所はネリマ第4シェルター。そこを中心として現在奇病が流行しており、シェルターの昨日がほぼ停止状態にあるという深刻な状態に陥っているそうです。」
「奇病とな」
エルールが頷く。感染症は彼女の専門ではないが、第1班として向かうのであれば十分すぎるほど有用な人材だ。レギオンは常に人手不足であり、動ける者をすぐに向かわせるのは適切な判断だろう。
「エルールさんにはその原因を調査し、報告あるいは解決を行っていただきます。勿論現地に向かうレイヤードには話をつけておきますので、単独の任務というわけではございません。」
「その方が妾としても心強い」
いくらレギオンが人手不足だからといって、居住区の危機に単独で向かわせるほど戦力が揃っていないわけではない。そう話しながら通信の向こう側でオペレーター達が前線に出る人々を支えるために忙しなく各所に連絡を行っているのがエルールには手にとるようにわかった。
「すみません、失礼します…………え、あ、はい、分かりました!」
そんな思考は、仁那のやや緊張した返事によって中断される。
「どうやらネリマ第4シェルターに滞在していたレイヤードがムサシクレイドルに先ほど到着したようですが、そのレイヤードも奇病に感染しているようで……」
先ほどパラと葛葉の2人が発見し市民病院に搬送された尚浩だが、ネリマ第4シェルターで確認されていた奇病と同じものに感染していたようだ。もっとも、彼らはまだ知る由もないが。
「もしかすると、今回は危険な任務になるかもしれません。こちらの方でも同行できる人材には改めて連絡をとっておきますので、どうか御武運をお祈りしております」
しばし思案した後、エルールは医療に携わる者として一つの条件を提示する。
「一つ良いか?その患者に会わせてたも」
「もしかしたら奇病とやらの手がかりが掴めるかもしれぬし、奇病に対する血清が作れるかもしれぬ」
「了解しました。そちらの件も病院の方に問い合わせておきます。」
何も現場にすぐ向かうこと以外にもできることは沢山ある。まずは自分の一番得意な分野から当たった方が良い。エルールは自らの不倶戴天の敵と遭遇するリスクを負い、患者が待つ病棟へと向かっていった。
◆ ◆ ◆ ◆
その患者が搬送されたとされるフロアへ辿り着いたエルールは、早速レギオン職員のIDを見せつつ他の医者に聞き込みを行い始めた。ただの猫なら即刻摘み出されるだろうが、これは職員としての正当な業務なのである。
彼らによると、主な症状は高熱に顔・手足を中心とした膿を持つ発疹。他にも悪寒や頭痛などがあるそうだ。かなり深刻な病気だが、未だ感染源や正体などの特定には至っていない様子だ。
彼らに礼を言い立ち去るエルールだったが、そこで幸か不幸か、1人の馴染みの医者と出会ってしまう。
「あら」
「ヒィッ!」
少し声をかけただけで軽く悲鳴を上げられてしまった彼こそがエルールの天敵である天才外科医、ランドルフ・ホフキンズだ。フランスの処刑人であり外科医のシャルル=アンリ・サンソンのコードに適合している彼は己の影を操りながら1人で数人分の仕事をこなすことのできる優秀な医者であり、多くのレイヤードが彼の世話になっている。
そんな彼のことをエルールが恐れる理由はたった一つ。彼の過剰な「可愛がり」だった。別に撫でられることが嫌いなわけではない。彼の撫で方が激しすぎるからである。
「何よ!そんなにびっくりしなくてもいいじゃない!」
「も、もふもふ……モフモフは勘弁してたも……」
「わかったわかった!今回は勘弁してあげるから!……あんまりふざけていられる場合でも無さそうだし」
「ほんとか?ほんとか?」
「信用してよー!」
「しょうがない。今回だけは信用してやるぞ……」
一瞬だけ真剣な口調に切り替わったランドルフの様子を見て渋々エルールは逃走の姿勢から身を戻す。それを確認した彼は、慎重に意見を述べ始めた。
「この病気、確証があってこういうことを言っているわけじゃないけど、自然発生ってわけじゃないかもしれない」
「それは医師の勘というものかの?」
「そうね。医師としての勘とレイヤードとしての勘。両方がそう告げているわ」
「まぁ、お主の人格は信頼しておらんが、医師としての腕は信頼しておるからの。お主が言うのなら間違いなかろう」
彼の人格は全く信用できないかもしれないが、医者としての技量・知識が優れていることは間違いない。強い非難を浴びせながらもエルールは人為発生説を一つの可能性として頭に留めておくことに決めた。
「なかなか手厳しいわねえ」
「そりゃあんだけモフモフされたら嫌にもなるわい」
日頃の行い、という奴だろう。
「……行くんでしょ?気をつけてね」
「その言葉ありがたく受け取っておこう。だがモフモフはするな」
その言葉を受けてランドルフは出そうとしていた手をスッと引っ込めた。どれだけ注意されても、どうにもやめられないようだ。彼が魅了されているのも、世界三大美女であるクレオパトラのコードの力なのだろうか?それとも単純に彼が可愛がりすぎるだけなのだろうか……。
「じゃあ私は次の患者が待ってるみたいだから、これで失礼するわ」
「サッサと行けっ!シッシッ!」
名残惜しそうにエルールに別れを告げるランドルフを追い払うと、エルールは今得たばかりの情報をまとめつつ指定された集合場所へと向かっていった。
最終更新:2021年03月23日 21:47