2022年度前期りゅうたまキャンペーン
「春風の旅日誌」



旅人(PC)一覧
+ 基本情報
+ 差分
プレイヤー:守里桐
性別:男性
年齢:19
+ プロフィール
「俺はパウロウニア・アンバール。長いから、気軽に『ニア』とでも呼んでくれ。
 俺が旅をする理由?それはね、世界が美しいもので溢れているからさ!」


お気に入りアイテム:アンティークの単眼鏡

家族構成:両親、妹
五歳頃、ステンドグラスに魅入られ、古美術に興味を持つ。小さいときは漁師である父の手伝いをしながら、町の便利屋のようなことをすることでお小遣いを稼いできた。お気に入りアイテムの単眼鏡は、貯めたお金で初めて買ったアンティーク。

十五歳の時に自立。相棒であるセレスタイト(愛称:セレ、オスのラバ)とともに一か月単位の旅行を繰り返し、アンティークの売買などで生計を立てている、さすらいの古物商人。珍品の鑑定、遺品の買い取り、古物の販売、思い出の品の修理までなんでもござれ。頼まれれば家具づくりや道具の修理もする。もはや何でも屋。
店の名前は「Fluere Klasis(フルーラー・クラッシス)」、「流れゆく壊れやすいもの」というニュアンス。

「世界は美しいもので溢れている」という持論の元、自分の琴線に触れたものは何でも褒めまくる。女性は何歳でも「お嬢さん」と呼ぶし、男性も「お兄さん」と呼ぶ。人のいいところを見つけるのが好き。
基本的におおらかで気のいい男で、多少のことでは怒らない。ただし、怒ると口が悪くなる。
感情表現が大げさだが、時々表情と感情がかみ合わない。特に、物や動物を大事にしていない奴には手本のような笑顔のままキレる。

「形あるモノはいつかは壊れる。それは世界の摂理であり、流れゆく時の定めだ。
 ……だけど、それを理由にモノを雑に扱うことは許さない。絶対にね」


―――――
名前の由来
パウロウニア:桐
アンバール:琥珀、海を漂うもの
セレスタイト:天青石
+ 基本情報
(picrew: キューと乙女
プレイヤー:[mt]きなこもち
性別:女性
年齢:26
+ プロフィール
━━長い長い旅の果て、生まれる音は、どんな色?

Q:あなたの名前とその由来教えてください。
「シュティル・ナトゥールと申します。私の名前は音楽用語からきているんですよ。シュティルは「静か、穏やか」、ナトゥールは「自然」を意味するそうです。素敵な名前をつけてくれた両親にはとても感謝しています。......唯一の欠点といえば、少し発音しづらいこと、でしょうか?」
Q:普段は何をされていますか?
「この村の仕事をいろいろ手伝って回っているので、強いて言うならなんでも屋さんになるんですかね。......あ、他の方と違ったことと言えば、毎日夜に楽器の演奏会を開いていますよ。」
Q:ということは、手に持っているそれを?
「えぇ、このピッコロで演奏をしています。これは、父が私のために作ってくれたんですよ。」
Q:なるほど。演奏会ではどのような曲を演奏するのですか?
「全て即興曲です。その日にあったことを思い出して、思ったことや感じたことを音楽にするんです。今までに作った曲はこのノートに......こんな感じで楽譜におこしてあります。」
Q:......すごい量ですね。あ、もしかしてこれが今回の「旅の目的」に関係しているのでしょうか?
「はい、その通りです。いつもはこうやって一日毎に曲を作っているのですが、ふと思ったんです。『たった一日ではなく、長い長い旅の果てに生まれる音楽は、どんなものになるんだろう』って。だから、その答えを見つけるために旅に出ようと思います。」
Q:そうでしたか。旅が終わったら、是非聴かせてください。
「えぇ、もちろん。私自身も、どのような音楽が生まれるのか、とても楽しみです。」
Q:それでは、本日はありがとうございました。お気をつけて。
「ありがとうございました。......行ってきます。」

+ 基本情報
プレイヤー:ふゆみかん
性別:男性
年齢:14
+ プロフィール
村のはずれにある森で暮らしていた。父親は村を守る優秀なハンターであり、幼い頃から弓を教えられていた。その為弓の扱いに長けてはいるが、本人は絵本で読んだ剣士に憧れており剣を使いたがっている。尚、その腕前はお察しのとおりであり、結局弓を使ってしまうことが多い。
今回は一人前の剣士になるために旅に出た。(家族にはハンターになると思われている。)
+ 基本情報
+ 差分
プレイヤー:ねむいね
性別:男性
年齢:31
+ プロフィール
メリオルト家の執事。お嬢様の後方腕組み保護者面系ガチ勢(ただしお嬢様には気づかれていない)。お嬢様以外割とどうでもいい。旦那様の命令でお嬢様の旅についていことになったが昇天しそう。
雪国育ちだが寒いのが大の苦手。
貴族の家の妾の子として育つ。正妻やほかの兄弟とも仲は悪くなかったが、16歳で家主である父親が死んでから相続争いから身を引くように家出を決意。路頭に迷っていたところをお嬢様の父親に拾われる。お嬢様の家に仕え始めた時点で家名は捨てている。
多分ゴロツキ時代がある。
もとはヘビースモーカーであったがお嬢様と旅する話が持ち上がってからは禁煙している。
お気に入りアイテム:お嬢様観察日記…お嬢様の可憐な勇姿を記録するための手帳。愛とお嬢様が詰まっている。

+ 『お嬢様との軌跡~My Sweet Memories~』



これは、俺がお嬢様のご成長を見守るための推し日記である






第一回 推しのY☆O☆K☆A☆Nは突然に










+ 基本情報
+ 変装時(第7話)
プレイヤー:ラム
性別:女性
年齢:13歳
+ プロフィール
(ここに記入して下さい)


竜人(主要NPC)
+ 基本情報
レイス:緑竜
化身の姿:鴎
アーティファクト:カンテラ
銘:デクストラ
+ プロフィール
 かつて、伝説の剣士(ノワの憧れの人物)と共に旅をした竜人。その剣士が倒した凶悪なネコゴブリンの怨念によって、彼の子孫であるエラに「ネコ化の呪い」がかけられてしまたっため、その呪いを解く力を持つ「聖杯」の探索を手伝うために、彼女達の旅に同行することになった。


その他の登場人物(ゲストNPC)
+ クレア(第2話登場)
 アーリマの仕立屋の女主人。オリバーの妻。かつて伝説の剣士リュカが用いた聖杯の力によって助けられた者の子孫。
+ オリバー(第2話登場)
 アーリマの鉱夫。クレアの夫。おおぐいモグラによって炭鉱の地盤が崩されたことで生き埋め状態にされかけていた。
+ 謎の少女(第3話登場)
 アーリマとクーロンの間の林道で出会った少女。実体があるのか無いのかよく分からないまま現れ、そして消えていった。リュカのことを知っているらしい。
+ 最終話で明かされた真相
 本名はレオナ・シュラハト。伝説の剣士リュカの親友ラルフ・シュラハトの娘であり、リュカの次男クラーク・メリオルトの婚約者だった。幼少期に執事のハイデルンと共に旅に出て、アーリマとクーロンの間の森で怪物に襲われて命を落としかけるも、「鵲の竜人」と融合することで一命を取り留める。その後、融合状態のまましばらく旅を続けた後、海底都市アトラスで竜人と分離し、再び「本来のレオナ」の状態となる。
 その後は医師見習いとして数年間ビスニカに定住していたが、ネコゴブリンの集落であるパラス村の祝祭に「伝説の少女」役として出演した際に、クマネコゴブリンに襲われて命を落としてしまい、以後は「竜人と融合した森」と「竜人と分離した海底」に、彼女の魂の一部が残留思念として漂うことになった。厳密な要因は不明だが、おそらくそれは、その前後の時期にレオナと一体化していた鵲の竜人の悔恨の念の具現化でもあるのだろう。
+ ナウム(第4話登場)
 クーロンの北方の森の奥地で診療所を開いている風変わりな医者。人間もネコゴブリンも別け隔てなく治療を施すことを信条とする。
+ シャルル(第4話登場)
 ナウムの助手(主に経理担当)を務める少年。人間とネコゴブリンの混血児であり、かつてリュカに倒されたネコゴブリンの一族の子孫でもある。
+ ナロア(第6話登場)
 メリオルト家の分家筋にあたるビスニカの領主の娘。外見はエラに酷似している。女神の力を強く引き継ぐと言われており、様々な方面から縁談が舞い込んでいたが、彼女は街の医者であるコルドに心惹かれていた。しかし、そのコルドが父からの刺客と思しき者達に殺されたことを機に出奔。現在は港町ギブリピアの診療所で「アグルネ」と名乗って働きつつ、祖国の風土病の特効薬の研究を続けている。
+ コルド(第7話登場)
 ビスニカの医者。風土病の特効薬の精製のため、自身の身体をも(医学の発展のために必要な捨て石と割り切った上で)実験材料として活用していた。領主からの刺客と思しき者達に襲われ、死亡したと思われたが、吸血鬼として復活。かろうじて残っていた理性で吸血衝動を抑えていたが、やがてそれに耐えきれなくなったところで、旅人達によって葬られた。その生前の姿は、どこかハイネに似ていたという。
+ 鵲の竜人(第8話登場)
 ビスニカに伝わる「木製の鵲像」によって呼び出される謎の竜人。「(かささぎ)」としての化身の姿を持つと同時に、その身を「橋」に変えることも出来る。レクスとは面識があるようだが、その関係は不明。どうやら現在は「旅人の守り人」としての任には就いていないらしい。
+ 最終話で明かされた真相
 (本編では名乗っていないが)竜人としての名はアクシス。悲劇の物語を導く「黒竜」としての宿命を持つが、長年に渡って数多の悲劇をもたらし続けたことで、徐々に悲劇に対して食傷気味になっていた。そんな中、アーリマとクーロンの間の森で命を落としかけていた少女レオナと融合することで、初めて「旅人」としての姿を得たアクシスは、「自分との融合状態を解除すると死んでしまう状態」のレオナの身体を回復させるために融合状態のまま旅を続け、最終的に海底都市アトラスでその宿願を果たした後、彼女と分離して一人の竜人へと戻る。
 数年後、今度は、レオナの婚約者でありながらも病床の身であったクラークをレオナに会わせるために、彼と融合した上でビスニカを目指すが、融合状態のクラークがビスニカに到着した時には、既にレオナは命を落としていた。悲しみにくれるクラークと分離したアクシスは、自分と融合したことがまたしても悲劇をもたらしたと考え、以後は竜人として旅人を見守ることを辞め、ビスニカとパラスの間に橋を架ける存在としてのみ生きることを決意する。
 なお、クラークはその後、ビスニカの領主の娘と結ばれることになるが、以後も彼の子孫は(ナロアも含めて)様々な悲劇の物語を生み出し続けることになるのであった。
+ グレイ(第9話登場)
 聖地ロンギヌスの太陽神を奉る神殿において大司教を務めている人物。聖杯の管理者でもあるが、現在は友好関係にある海底都市アトラスに貸し出したまま、連絡が途絶えてしまっているらしい。
+ 女海賊(最終話登場)
 アトラス近海を根城とするアラウミネコゴブリン・ドレッドノート。(本編では名乗っていないが)本名はノオラ。シャルルの親戚であり、手の形状から察するに、もしかしたら彼女にも若干人間の血が混ざっているのかもしれない。当初は旅人達に対して警戒する姿勢であったが、シャルルから預かったマタタビ酒を渡されたことで、一転して彼等の味方となった。
+ ジョアン(最終話登場)
 ロンギヌスの神殿に仕える神官戦士。血統的にはビスニカの領主家の一族であり、ナロアの近縁、エラの遠縁にあたる。海底都市アトラスで発生した「人魚の下半身が人間化する奇病」を治すために聖杯を持って現地へと訪れたが、リュカの血を引く彼の存在が触媒となって、更にその奇病が広く蔓延し、その副産物としての巨大サメの出現をも招くことになってしまった。


旅の軌跡
第1話「雪国に舞う鴎」
+ 舞台
地名:ルンディア
規模:都市
支配体制:君主制
地勢と気候:雪国
代表的な建物:氷の神殿
特産品:魚介類
街の色・匂い・音:茶色の煉瓦造りの建物、魚介の匂い、深々と降り積もる雪の音
街を脅かすもの:モブ・ビースト
+ 旅日誌(by ニア)
 今日は領主、グレル・メリオルト様の依頼で、雪国・ルンディアにやってきた。春になり、雪が解け始めたとはいえ、まだまだ寒い。露が日光を反射してキラキラしてる風景はとてもきれいなのだが、常夏の港町育ちの俺にはかなりキツイ気温。セレはなんてことない様子でいたけど。毛皮ってずるい。

 宿を探していた時に、シュティルという女性に会った。突然話しかけた俺にも笑顔で対応してくれた彼女は、その名前の通り、穏やかで優しい人だった。

 宿のラウンジで、ここの領主様の愛娘が呪いに侵されているとのうわさを聞いた。どうやら領主様の家は、古くから伝わる伝説の剣士の血を引き継いでいる家系らしく、昔倒した奴の呪いが今でも子孫に係っているのだとか。その「子、孫、子孫末代まで呪ってやる」って思考はよくわからない。
 俺は、人の不幸を呪うよりも、自分の大切な人を幸せにしたい。

 町の中に歩き回る卵が出た。俺自身も何言ってるのかわからないが、とにかく卵に手足が生えて、縦横無尽に歩き回っていたんだ。そのすばしこいのなんのって。セフィと同じくらいの子が襲われそうだったから、思わず飛び込んだけど、結局倒したのは、セフィと同じくらいの男の子とシュティルさんで、ぜーんぜん役に立てなかった。後半は、魔法の使い過ぎで気絶した女の子を抱えて、安全地帯にいただけ。あーあ、本当俺カッコ悪い。

 戦闘終了後、女の子の護衛らしき男の人にめっっちゃ睨まれた。ハイネというらしい。「女の子を助けてくれたのはありがたいけどなんでこんな奴が」って顔してた。大切な人が得体のしれない輩に抱えられてれば、そりゃ警戒するのはわかる。だけど、その子と伝説の剣士を巡って、ノワって男の子と言い争いしてたのには、あー、うん。率直に言うと引いた。大人気ないってハイネさん……

 助けた(?)女の子は、領主様の愛娘・エラその人だった。伝説の剣士を知っているという竜人曰く、その子の呪いを解くためには、伝説にある聖杯が必要で、それを探すために、その子と護衛の人が旅に出るのだとか。シュティルさんも、ノワくんもついて行くらしい。旅は道連れ世は情けともいうし、俺も聖杯を見てみたい、って言って同行の許可をもらった。
 エラちゃんの一度決めたことは曲げない意志の強さが、セフィと被ってしまい、どうしても放っておけないな、って思ったのは俺だけの秘密。

 さて、この先にはどんな美しい景色が待っているのかな?

―――――
補足
グレル・メリオルト エラ・メリオルトの父/グレル=霰・雹(仏)
セフィ 本名:セフィリア・アンバール。ニアの妹。13歳

第2話「地下を駆ける者達」
+ 舞台
地名:アーリマ
規模:街
支配体制:町議会の民主制
地勢と気候:雨の少ない寒冷地、大きな運河が流れている
代表的な建物:運河にかかった橋
特産品:伝統的な染物
街の色・匂い・音:北風の音、染料植物の香り
街を脅かすもの:寒さ
+ 旅日誌(by ハイネ)
 お嬢様、念願の初旅行ですね。おめでとうございます。
 剣を携えて雪原を歩くお嬢様のお姿は、まるでメリオルト家の伝説の剣士様のように凛々しく美しくいらっしゃいました。少し前まではあんなに小さかったのに……本当に、ご立派になられましたね。
 とはいえ、ハイネは心配です。お嬢様は街どころかお屋敷の外に出ることも少なかったですから、慣れないことも人一倍あるでしょう。無理は禁物です。何かあったら、すぐに報告してくださいね。旅の理由も理由ですし…………そういえば、悪夢はもう見ていませんか?もしまた怖い思いをしたら、いつでも私に打ち明けてください。とっておきのハーブティーをお淹れ致します。
 そういえば、お嬢様は新しい冬魔法を習得されて、モグラとの戦闘でご活躍されていらっしゃいましたね。この短期間で新しい魔法を覚えて、さらに使いこなすなんて、素晴らしい腕前です。やはりお嬢様は天才でいらっしゃる!ハイネは誇らしいです。アーリマでも、街の人々に堂々と接していらっしゃいましたね。あのソフィアとかいう女の旦那を助けにいかなくてはならなくなったのは予想外でしたが、ご無事でなによりです。次に都市に着いたら、旦那様にご報告しましょうね。お嬢様からもお手紙を出してあげてください。きっと旦那様も喜ばれます。
 これから長い旅路になりそうですが、精一杯サポートさせていただきます。末永くよろしくお願いいたします、お嬢様。






P.S.
パウロウニア・アンバール、シュティル・ナトゥール、並びにノワ・ポミエに告ぐ
旅に同行するとはいえども勘違いするなよ。お前たちがもしお嬢様に対して不審な態度をとった場合、地獄を見ることになる。おい、分かってるよな?お前のことだぞパウロウニア。



 旅日誌を書き終えて、息をつく。こういった文章を書くのは苦手だ。おかげで思っていた以上に時間がかかってしまった。空を見上げると、満月が頭上を明るく照らしていた。みんなはもう寝静まったあとのようで、少し離れた寝袋から寝息が聞こえてくる。ハイネはテントのほうを一瞥してから、いそいそと自分の就寝準備をすすめる。

(____本当は、)

 本当は、今も反対なのだ。今まであの屋敷からも出たことのない箱入りの貴族、それもお嬢様が、大した護衛もつけずに旅に出る。その過酷さは、自分が何より知っている。

 それでもお嬢様は行くのだ。お嬢様がずっと外の世界に興味を持っていたことは知っていた。この世界に生まれついた以上、お嬢様も遅かれ早かれいつかは旅に出る。だから、折れた。この身がお嬢様を守れるうちに、老いて使い物にならなくなる前に旅に出られるのなら、その方がいいと判断した。お嬢様が旅に出るとき、屋敷からただ見送るだけの側になるのは、なんとなく嫌だったのだ。

 それに、お嬢様は「自分の問題だから自分で解決したい」らしい。だがこれに関してはハイネは納得がいかなかった。これはお嬢様の問題ではない、お嬢様の先祖がやらかしたことじゃないか。どうして子孫だからというくだらない理由でお嬢様が大変な目に遭う必要がある?伝説の剣士だかなんだか知らないが、子孫にまで至る呪いを解けずに放置してしまっていることに憤りを覚える。ノワはアレを神格化する勢いで尊敬しているようだが、ハイネから見れば先祖失格以外の何者でもなかった。

 悪夢を見た日のお嬢様を思い出す。いつも雪のように白い顔がさらに真っ白になっているのに、笑顔で大丈夫、などと。ハイネはお嬢様の呪いを代わりに受けることもできなければ、どれほどつらいものなのかも分かってあげられない。できることといえば、せいぜい気持ちを落ち着かせることくらいだ。何の役にも立てない自分にイライラする。

 あの時だってそうだ。ルンディアで突如襲い掛かってきた謎の卵との戦闘。攻撃を受けたハイネを癒したお嬢様は、そのまま気絶してしまった。後衛に下がるわけにもいかず動けないでいるうちに、倒れたお嬢様を抱えてあいつが___パウロウニアが避難してしまった。お嬢様を守る立場であるはずの自分のこの体たらく。色んな思いで頭がぐちゃぐちゃになって、つい当たり散らしてしまう。あの青年は感謝こそされ、糾弾される謂れはないというのに。
 そうだ、お嬢様にとって必要ないのは、本当は、

「ははっ、情けねえ……」

 内ポケットに手を伸ばして、やめる。そういえば、禁煙していたのだった。
 もう寝てしまおう。ネガティブな思考に陥るのは、きっと今日がこんな満月の夜だからだ。朝になれば、こんな感傷も忘れてまた旅が始まる。そう自分に言い聞かせて、ハイネは目を閉じた。

 お嬢様が呪いを解くころには、お嬢様の世界は広がり、きっと“私”は数多の思い出の一つとなるのだろう。

 だから、その時までは、どうか_______














え!?!?!?!?!?!?ナニコレ!?!?!?!?!?!?!?!?!?



第3話「海を目指して」
+ 舞台
地名:クーロン
規模:港湾都市
支配体制:複数の犯罪組織による共同統治
地勢と気候:海風激しい
代表的な建物:呪いの灯台
特産品:香辛料
街の色・匂い・音:中華系、商人が多い、昼夜で雰囲気が異なる
街を脅かすもの:裏市場 人身売買 誘拐事件 都市伝説

+ 旅日誌(by レクス)
 北風の音と染料植物の香りが漂う運河の街・アーリマにて、鉱夫のオリバーさんを助けた五人は、彼の妻である仕立屋のクレアさんから、かつて彼女の祖先を救ったという「聖杯」の話を聞くことが出来ました。どうやら、伝説の剣士リュカが持っていたその聖杯は、現在彼等がいるこの「リンドヴルム大陸」とは別の「シュガール大陸」に位置するロンギヌスの街の神殿から借り受けていたもので、今は本来のあるべき場所に戻されているようです。
 いや、まぁ、私は知っていたのですけどね。「あの時」も私はリュカ達の旅を見守っていた訳ですし。でも、それを私が教えてしまったら、彼等の旅の醍醐味を奪ってしまいますから。彼等の旅路は彼等自身で切り開くことによって彩りを増し、それが彼等の今後の人生の糧となっていくのです。「あの時」と同様、私は今回も、影から彼等を見守る役割に徹するつもりです。
 さて、その情報を聞いた五人は、クレアさんからマントや靴に可愛い刺繍を施してもらいつつ、防寒対策などを整えた上で、シュガール大陸との間で交易のある港町クーロンへと向かうことになりました。その途上でモブ・ビーストやヘルハウンドなどの怪物と遭遇しつつも、彼等はあっさりと撃退に成功します。これまでの旅を通じて、既に彼等は旅人として立派に成長していたようですね。相変わらず不協和音が漂っている様子のパウロウニアさんとハイネさんも、戦場ではきちんと連携して戦えているようです。
 そんな中、彼等は一人の「謎の少女」と出会いました。その少女は、かつてのリュカ達と縁のある人物なのですが、名を名乗ることもなく、彼等の前から姿を消してしまいます。彼等が彼女の正体を知ることになるのは、もう少し先のこととなるでしょう。もっとも、彼等の旅路が最終的に「その道」へと至ることになるかどうかも、まだ分からないのですが。
 また、このアーリマからクーロンへの陸路は公道として整備されている訳ではないため、この旅路の間も彼等は野営場所の設営に一苦労させられることになりましたし、川の氾濫で道を塞がれたこともありました。しかし、彼等はそんな状況でも動じることなく、シュティルさんの適切な道案内に従い、その道すがらでハイネさんとノワくんが薬草や食料を着実に補充しながら、三日間の行程の末に、無事に港町クーロンへと辿り着くことが出来ました。
 クーロンは、極東方面から渡来した異民族によって開拓された地であり、同じリンドヴルム大陸の街でありながらも、ルンディアやアーリマとは明らかに異なる独特の建築様式の建物が並んでいます。これまでルンディアから出たことがないエラさんから見れば、異国情緒が漂うこの街は、色々な意味で刺激的だったでしょうね。
 ところが、そんなこの街で彼等は新たな災難に見舞われます。到着早々、エラさんが見知らぬ人物によって香辛料をポケットに放り込まれたことで、窃盗の容疑をかけられてしまったのです。しかし、ここはパウロウニアさんの機転とエラさん自身の高貴な立ち振舞いのおかげで、どうにか容疑を晴らすことが出来ました。おそらく、「あの人物」が本物の窃盗犯であり、地元の警察の目をエラさん達に向けさせることで捜査を撹乱しようとしたのでしょう。
 そして、この日の夜にはパウロウニアさんが地元の商人との交渉の末に「シュガール大陸への船便」を得るための人脈の確保に成功するのですが、その間にエラさんとシュティルさんが地元の反社会組織によって誘拐されそうになるという事件も勃発します。しかし、ここでもすぐに救けに入ったハイネさんが足止めしている間に、パウロウニアさんとノワくんも駆けつけ、最後はエラさん自身の魔法の力で誘拐犯の鎮圧に成功します。
 ちなみに、この戦いの終盤で私はエラさんの魔法に祝福(ブレス)を与えていたのですが、結果的に言えば、必要なかったかもしれませんね。これから先も私は、なるべく彼等の旅路の邪魔をしない程度に、彼等の冒険譚を書き記していきたいと思います。いずれこの旅の軌跡が、あのリュカ達の伝説をも上回る英雄譚へと発展し、それがこの世界に更なる彩りを与えることになることを期待しながら、私はこれからも一羽の鴎として、彼等を見守り続けていくことにしましょう。

第4話「誰がための医術」
+ 舞台
地名:ナウム診療所(クーロン近くの森)
規模:掘っ立て小屋
支配体制:中立
地勢と気候:風の強い森
代表的な建物:診療所
特産品:斑蜂の蜜
街の色・匂い・音:森の緑、風の音
街を脅かすもの:斑蜂

+ 旅日誌(by シュティル)
 始めまして。……いえ、”お久しぶりです”の方が正しいでしょうか? シュティルです。
 せっかく、こうやって声を届けられるようになったのですから、この前あった出来事をお話しましょうか。あなたが頑張っている間に、こちらでもいろいろあったんですよ?


 私とエラさんが誘拐されそうになった事件を覚えていますか? あの後、無事眠りについて朝を迎えたのですが、ここで新たな事件が起きてしまいます。誘拐時に使われた薬品によって、エラさんの「ネコ化」が悪化してしまったのです。苦しそうなエラさんを見た時のハイネさんの様子は……お察しの通りです。
 症状にネコゴブリンが関わっている、ということもあり、クーロンのお医者様の紹介で、人間とネコゴブリン両方の治療が可能だという医者、ナウムさんを訪ねることにしました。

 動けないエラさんを連れて診療所へ行くために、馬車を借りることにしたのですが、ニアさんの素晴らしい交渉術(……と、ハイネさんの圧?)のおかげで、なんと6人乗りの大きい馬車を無料で借りることができたのです。私たちは馬車へ乗り込み、いつもと少し違った旅が始まりました。

 竜人様の力もお借りしながら森の中を進んで行き、一日ほどでナウムさんの診療所に到着しました。そこで出迎えてくださったのは、ナウムさんの弟子であり、人間とネコゴブリンの混血であるシャルルさんでした。私たちが事情を説明すると、シャルルさんはすぐにナウムさんを呼びに行ってくださり、無事、ナウムさんの診察を受けることができました。
 エラさんの症状を説明するために、「呪い」を受けることになった経緯についてもハイネさんがお話したのですが、その話を横で聞いていたシャルルさんが、「リュカ」という名前に反応して少しうつむいたように見えました。

 ナウムさんは、エラさんの症状を治すために「斑蜂の蜜」が必要だとおっしゃいました。そこで私たちは、シャルルさんの案内のもと、診療所から少し離れた場所にある、斑蜂の巣へ向かったのです。

 道中、私は、話を聞いてうつむいていたシャルルさんの様子がどうしても忘れられず、野営の際に、思い切って本人にそのことを尋ねました。シャルルさんは、私以外に誰も聞かれていないことを確認した後、シャルルさんの家系についてお話してくださいました。
 シャルルさんは、お父様がネコゴブリン、お母様が人間の混血なのですが、お父様の祖先は、伝説の剣士リュカに滅ぼされたネコゴブリン村の生き残りだったのです。そして、今回救うべき対象であるエラさんは……。
 私はこの話を聞いた時、言葉を失ってしまいました。このような事情を抱えていたにも関わらず、過去の話だと切り離し、エラさんを救うために協力してくださっていたのです。シャルルさんのまっすぐな眼を見て、私は胸が苦しくなり、ただ感謝を述べることしかできませんでした。

 翌日、目的地である斑蜂の巣に到着しました。そこに待ち構えていたのは、大きさが人間と同程度もある斑蜂の大群……。どうやって蜜を採るかと悩んでいた時、シャルルさんが、自分が囮になって蜂をある程度引き付ける、と言って、自ら危険な役割を買って出たのです。なにかあっては危ない、と止めようとしたのですが、「足には自信があるので」と言い、斑蜂の大群へ向かっていきました。
 残された私たちは、シャルルさんの行動を無駄にしまいと、巣に残った3匹の斑蜂を撃退し、蜜の回収に成功しました。急いで馬車に乗り込み、大群から逃げていたシャルルさんも馬車に飛び乗ったことを確認して、必死に馬車を走らせました。斑蜂の大群は私たちを追ってきていましたが、手綱を握っていたニアさんが上手く馬車を走らせてくださったおかげで、何とか振り切ることができました。

 その後、無事診療所へ到着し、ナウムさんに斑蜂の蜜を渡すことができました。ナウムさんはその蜜を使って薬を調合し、エラさんの口元へ運びました。一日ほど経てば、目を覚ますだろう、とのことです。


 ……と、こんなところでしょうか。いろいろなことがありましたが、とにかく皆さんが無事で良かったです。これで、今度こそ5人の旅を再開できそうですね。
 さて、私はそろそろ戻ります。こうやって声を届けることができなくなるのは少し寂しいですが、こうしていられるのも一時的なものですし……。それに、私はまだ、この”物語”を紡がなければならないようなので。

 それでは、”今週”もよろしくお願いしますね、____。

第5話「潮風はきまぐれ」
+ 舞台
地名:海
規模:大海
支配体制:海は誰の支配も受けない
地勢と気候:穏やか
代表的な建物:船は城、船は石垣、船は堀
特産品:海産物
街の色・匂い・音:一面のあお、潮風、波の音
街を脅かすもの:蟹と鴉とウミネコゴブリン

+ 旅日誌(by ノワ)
○月×日
 ようやく森を抜けてクーロンに戻ってこれた!さっそく聖杯があるというロンギヌスへ……と思ったんだけど、乗る予定だった船がおれたちのいない間に出港しちゃってたみたいでさ…。みんなでどうしよ〜って困ってたら、ニアさんが小型船の船員さんと男性が揉めているのを見つけて話しかけてたんだ。
 どうやらその小型船は事故に遭い、船員さん一人を残してみんないなくなってしまったらしい。なんとかここまで辿り着いたものの、運転出来る人がいなくなっちゃって困っていたみたい。漁師の息子であるニアさんが船を運転することで交渉成立!無事に全員でシュガール大陸に渡れることに、さすがニアさん!

 船に乗ってからは釣りをした、シュティルさんが海に落ちそうになっちゃった時はすごく焦ったけど、なんとか落ちる前に引っ張り込んだおかげで怪我はなかったみたい。かなり強い力で引っ張られたみたいだったし、大きなお魚でもいたのかな……?再挑戦するしかないね!シュティルさんは大変な思いをしちゃったかもしれないなぁ…、まぁおれは一緒に遊べて楽しかったけどね!

 そのあとはお嬢さまが見つけたネズミをハイネさんと一緒に退治した。毒を持ってたみたいだし、他にもいたら危ないから船に乗ってる間は気をつけた方がいいかも?

 夜はニアさん、シュティルさん、船員さんの3人でお酒を飲んでたみたい。シュティルさんって、お酒弱かったような気がするんだけど大丈夫かなぁ〜?


○月△日
 昨日の夜から今日の朝までニアさん、船員さん、ハイネさんの順番で見張りをしてたみたい。そしてそして、ハイネさんの番でなんと!カニが船によじ登ってきた!でもニアさんによると、あれは食べられないカニらしい。残念…それならわざわざ倒す必要もない、ということでカニたちには船から降りてもらった。食べたかったなぁ、カニ……
 あとね、海を眺めてたらタルが3つも流れてきた!中身はサービスチケットと短剣。海ってこんなものまで流れてくるんだね、不思議〜!

 そのあとは船にあった網でハイネさんと一緒に漁をしてたんだけど、ハイネさんが海に落ちちゃってびっくりした!おれにもっと力があれば……。でも普通に泳いでワカメとってきてた!お嬢さまにあげるらしい。ハイネさんつよい!かっこいい!!!


○月○日
 今日はニアさんがお嬢さまのお人形について質問してるのをこっそり聞いちゃった。なんでもハイネさんに誕生日プレゼントとしてもらったのだとか!すごく大切にしてるみたいだし、ハイネさんも嬉しいだろうなぁ……。執着してしまう気持ち、少しわかるかも。なんたってあの伝説の剣士リュカさまの子孫だし!

 もうすぐシュガール大陸に着く、って頃にスリガラス5羽に襲われた!カモメさんも力を貸してくれたみたいで、3羽倒したあたりで残りの2羽は逃げちゃった。スリガラスさんが持ってたガラクタはとりあえずニアさんに預けた。いくらで売れるんだろう?
 それはさておきいよいよ到着!聖杯探し、がんばるぞ!!


第6話「もう一人の末裔」
+ 舞台
地名:ギプリビア
規模:町
支配体制:町民による合議制
地勢と気候:温暖な湿地帯
代表的な建物:カラフルな町並み
特産品:世界各地からの交易品
街の色・匂い・音:時折吹き荒れる浜風
街を脅かすもの:ウミネコゴブリン海賊団
+ 旅日誌(by ハイネ)
 ようやく船をおりた先は、色とりどりの家がたちならぶギプリピアという町だった。時折激しく吹き荒れる風にさらわれて長い髪をたなびかせるお嬢様はまるで大海原に舞い降りた妖精のようで、町の人々もそんなお嬢様に見惚れているとみえる。当たり前だ、お嬢様は誰よりも美しい。

 と思っていたら謎の集団がやってきて、ナロアだの使命だのと喚き散らしながらお嬢様に近づいてきた。どうやらうちの唯一無二のお嬢様を、分家の家出娘と勘違いしたらしい。お嬢様のような方が誰かと似ているわけがねえだろうが。本当に何なんだこいつら。だがこちらも貴族相手にすすんで騒ぎは起こせない。なんとかお嬢様が釈明を試みたが、自分たちが悪目立ちしていることに気づいたあいつらは、好き勝手言うだけ言って逃げて行った。呆れて追いかける気にもなれず見送る。仮にも家の手のものだろうに、対象を間違えるとはなんたる体たらく。……いや待てよ、そうだ、お嬢様をどこぞの女と間違えるなんて、きっとお嬢様の魅力にあてられて気が動転してしまったに違いない!わかるぞ、俺も3年目まではたびたびお嬢様を見かけては失神する無力な使用人だったのだ。しょうがない、この俺が、お嬢様界隈6年目にしてお嬢様の隣を歩くことを許されたこの俺が、直々にお嬢様と対面した時のマナーについてレクチャーしてやろう。お嬢様界隈が賑わうことは良いことだ。ひとりでにふふと笑みをこぼした。

 ナロアという娘は、どうやら実家を飛び出してからは町の診療所でアグルネとして働いていたらしい。会ってみると、なるほど、メリオルトの血を色濃く受け継いだのか、銀糸の髪に白い肌をしていた。だがそれまでだ。お嬢様歴が長い俺からすると、ちょっと似ている親戚くらいの感覚だった。だが周りから言わせると“そっくり”らしい。どこがだ?心の底から賛同しかねるな。
 それよりも、だ。何故だか娘から奇妙な視線を投げかけられる。さらに亡き想い人が、あろうことか俺に似ているなどと言い始めたのだ。死人を誰かに重ねることほど愚かなことはないのに お嬢様の前でそのような話題を出されるのは本当に困る。まさか、な…と思ったらそのまさかだ。恋バナに興味津々なお嬢様と赤面する娘を見て頭を抱えたくなった。

 アグルネはもう実家には戻るつもりがないらしい。お嬢様の呪いを解く旅が一段落した後、本家であるメリオルトの領地で、医学の心得がある人の下で働かせてくれないかと打診がきた。卒倒しそうになった。お嬢様も旦那様も心が広いお方だ、きっと娘はすぐに屋敷に迎え入れられるのだろう。そして俺に拒否権はない。お嬢様も同年代の女の子が増えるのは嬉しいだろう。俺に拒否権は、ない。だが、同じ職場で働くのは、嫌というか、ただあの瞳で見つめらると、なんだかすごく、似ていて、俺は。
 その後の宿での会話は途中までは意識がなかったが、最終的にお嬢様は世界一という世界の総意を確認したところでまとまった。やはりお嬢様は素晴らしい。

 それにしても、俺たちは家出娘の領地を通ることになるわけだが、想い人に似ているらしい俺を見て殺し損ねたのだと勘違いされないかが心配で仕方がない。顔をつき合わせた瞬間に襲い掛かってこられないといいが。



第7話「託される想い」
+ 舞台
地名:ビスニカ
規模:都市
支配体制:貴族性
地勢と気候:暖かい平地(奥の方へ行くと山がある)
代表的な建物:時計台
特産品:木材を使った家具
街の色・匂い・音:子供の笑い声
街を脅かすもの:風土病
+ 旅日誌(by シュティル)
__使い込まれた皮表紙のノートに、崩れた文字が書き綴られていく。


ビスニカへ 風土病の薬配達 エラさん 魔法変装
診療所、閉 尋問のため
ナロアさんの想い人→コルドさん 殺害事件で何が?
風土病研究 死人の身体を使う
火葬が主流 コルドさんはされていない
駆け落ち説 研究説
薬を直接届けに 屋敷へ
診療所の方と話す 真相を聞く

(……忘れてはいけない。)

コルドさん 自身の身体で研究 耐えられず
死亡
火葬直前 失踪 人ならざるもの→吸血鬼?
人を襲う危険 終わらせなければ

(……記憶が鮮明なうちに。)

満月の夜 時計台 対面
想いを胸に 戦闘
勝利
炎とともに 消滅

(…………。)

(たった数日の間で出会った、切ない恋物語。)
(今ここに、追悼の旋律を。)

五線譜の上、次々に音符が書き足されていく。

____彼女が奏でたその音は、夜空に浮かぶ満月に溶けていった。

第8話「(かささぎ)は語らない」
+ 舞台
地名:パラス
規模:村
支配体制:みんななかよく、平等に
地勢と気候:森の奥深く。少し開けた場所に猫の群れ
代表的な建物:木々を利用して作られたアスレチック
特産品:猫毛フェルト ふわふわ
街の色・匂い・音:「「「にゃー」」」
街を脅かすもの:攻撃的な人間
+ 旅日誌(by レクス)
 むかしむかし、あるところに、人間の少女とネコゴブリンの少年がいました。二人は種族の壁を超えて恋に落ちますが、周囲の者達からは反対され、引き離されてしまいます。そんな中、突如として、二人がそれぞれ住む二つの村の間に、大きな川が生まれ、その二つの村の間を行き来することすら出来なくなってしまいました。それが、二人の禁断の愛にい対する天の怒りだったのか、同じような悲恋が再び生まれることを避けるための天の配慮だったのかは分かりません。
 しかし、そこへ一羽の鵲(かささぎ)が現れました。二人のことを不憫に思った鵲は、自らの身を一時的に「橋」へと変えることで、二人を引き合わせることにしたのです。こうして念願の再開を果たした二人ではありましたが、それぞれの家族との絆を捨て去ることも出来なかった二人は、その後もそれぞれの村で暮らし続ける道を選びます。鵲は二人のその決断を受け入れつつ、その後も年に一度だけこの地に現れ、二人の密かな逢瀬の手助けを続けたのでした。
 やがて幾百、あるいは幾千もの時が流れ、徐々にこの地の人間とネコゴブリンの間では友好関係が根付き、川には木製の橋が架けられます。ネコゴブリンの村では毎年この二人の愛を称える祝祭が開かれるようになり、人間の村からも「少女役」を演じるための美しい娘が派遣されるようになりました。
 ところが、ある時、その少女役の娘がネコゴブリンの村の周囲の竹林で、白黒の魔獣クマネコゴブリンに襲われてしまったことで、両者の関係は再び険悪化します。橋は壊され、一時は完全に絶縁状態となってしまった両者ですが、やがてこの地に再び鵲が訪れ、諸々の経緯の末に、以後は「鵲を呼び出すための木像」を毎年届けるという形で、かろうじて交流が復活します。この時の詳細については……、鵲自身が今は語りたくないようですから、私の口から話すのはやめておきましょう。
 それからまた時は流れ、人間の村がビスニカという名の街へと発達した頃、この地に五人の旅人達が現れます。彼等は、風土病にかかってしまった使節団の代わりに、「鵲の木造」をネコゴブリンの村へと届けに行くことにしました。彼等の旅の目的地であるロンギヌスへと向かう上でも、鵲の力を借りて川を渡れるなら、そちらの方が近道だった、という事情もあるのですが、彼等はもともと、困っている人々からの依頼はなるべく断りたくない気性なのかもしれませんね。
 こうして、ネコゴブリン達が住むパラス村へと向かった彼等は、その途上で猛将竹に襲われたと思しき旅人の死体を見てショックを受けつつも、どうにか川へと到着します。そして、五人の中の一人の歌姫の声に呼応する形で現れた鵲は、五人の中に「女神の娘の子孫」がいることに気付きつつ、彼等のために自ら橋となって、向こう岸への道を生み出します。鵲の中では色々と思うところもあったようですが、あえて彼女は何も語りませんでした。
 その後、無事にパラス村へと着いた五人は、ネコゴブリン達に歓迎されつつ、村に現れたブラックゴブリンの撃退に協力し、そしてネコゴブリン達の要請に応じて、歌姫が「伝説の少女」役として祝祭に参加することになります。ここで、彼女もまたクマネコゴブリンの襲撃を受けてしまうのですが、五人は力を合わせてクマネコゴブリンを倒し、無事に今年の祝祭を終えることが出来ました。
 更に五人は、「伝説の少女」役の娘が襲われた原因が、ネコゴブリン達が用意した「クマネコゴブリンの毛皮から作った衣装」にあった、ということを突き止めるに至ります。この情報が伝われば、おそらく、来年以降は衣装を新たにすることを条件に、ビスニカから少女役の娘を招く形での開催も可能となるでしょう。それが再び両者の相互理解へと繋がることを、きっと「彼女」も望んでいるでしょうね。おそらく、その想いを口にすることは無いのでしょうが。

第9話「太陽神の神殿」
+ 舞台
地名:ロンギヌス
規模:大都市
支配体制:王政
地勢と気候:温暖
代表的な建物:ソルの神殿、図書館
特産品:聖章、神像
街の色・匂い・音:石造りの街並み
街を脅かすもの:極稀に発生する豪雨
+ 旅日誌(by ニア)
Dear Sephiria,

 久しぶりセフィ。母さんと父さんは元気にしてる?
 連絡遅れてごめんな。兄さんちょっと大変なことになってて、なかなか手紙を送るタイミングが無かったんだ。……っていうのは言い訳か。本当ごめん。

 詳細を語ると便箋何枚あっても足りないから省くけど、ルンディアに仕事で行ったとき、流れでとある貴人の旅に同行することになったんだ。セフィは伝説の剣士って知ってる?……まあ俺より本読んでるセフィなら知ってるか。ルンディアの領主様、メリオルトの一族がその剣士の末裔なんだってさ。領主様の娘さんがセフィと同じぐらいの子で、ちょっと厄介なことに巻き込まれたらしく、旅に出ることになったんだとか。完全に部外者の俺が同行していいのか不安だったけど、メリオルトの当主様が見た目に反しておおらかなお人で、あっさり同行の許可が下りてびっくりしたよね。最初娘さんの付き人にどうも嫌われてたみたいだったけど、大分打ち解けられたかな。誰にでも臆することなく話しかけられるのは俺の長所だと思ってたんだけど、明らかに堅気じゃありません!みたいな人はちょっと無理だった。一方的に嫌われていた感があったけど、俺なんかしたかな……?
 俺の他にも、伝説の剣士に憧れてる男の子と、音楽が上手な女性も一緒。男の子の方は、狩人だけど、剣士に憧れて剣をやってるんだって。旅は道連れ世は情けとは言うけど、改めて考えるとこのパーティーすごい謎。

 街を抜け、地下に潜り、山を越え、森を過ぎ、海を渡り、ちょっとアブナイことに巻き込まれたりもしたし、この前は砂漠も歩いた。雨が降り始めて大変だったよ。移動が大変だのなんのって。雨で砂が流れて、砂に隠れていた遺跡が出てきたのは嬉しい誤算。動くミイラがいたけど、何とか対処して、遺跡も少し探索したんだ。既に墓泥棒が来た後で、ほとんど何も残っていなかったけどね。時々モンスターと遭遇したりもするけど、ちゃんと生きてるから安心して。便りがないのはよい便り、ってことで。
 そろそろ旅も終盤。メリオルトの娘さんの旅のゴールだったロンギヌスには着いたけど、目的のものは海底都市のアトラスにあるみたい。そこには人魚もいるんだって。タラサとアトラスはかなり離れているし、人魚が見れるの結構楽しみなんだけど、地上と海底都市を繋ぐ道が崩れてて、通れなくなったから別の道を探す必要があるんだって。少し厄介なことになりそう。

 なかなか手紙を送れなかったお詫びに、セフィが好きそうなお土産買って帰るからさ。旅の話もたっくさん持って帰るよ。だから、もう少しだけ待って。
 セフィが大人になったら、一緒に旅しような。

Love,
Niα

最終話「語り部は騙らない」
+ 舞台
地名:アトラス
規模:大都市
支配体制:海の王
地勢と気候:海底
代表的な建物:マレの神殿
特産品:珊瑚、真珠、夜光貝
街の色・匂い・音:水、にぎやか、音楽
街を脅かすもの:結界が壊れかかってる
+ 旅日誌(by レクス)
+ 鵲の過去
 聖地ロンギヌスのグレイ大司教曰く、どうやら現在、「聖杯」は海底都市アトラスにおいて蔓延している人魚達の「奇病」を治すために、当地へと持ち出されているらしいのですが、その聖杯を届けた直後のアトラスの周囲の海で異変が発生し、海底都市と陸地を繋ぐ廻廊が破壊されてしまい、聖杯を届けた使者とも連絡がつかない状態、とのことです。
 この状況を打破するには、アクシスの力を借りるのが最も確実でしょう。え? あぁ、アクシスというのは、あの「鵲の竜人」の名です。本人は「竜人の使命と共に、その名も捨てた」と言っているのですが、ついつい、私は今でもそう呼んでしまうことが多いのです。彼女は自らの身を「橋」へと変えることが出来る存在ですので、おそらく彼女であれば、海中を渡れる廻廊を自力で生み出すことも出来るでしょう。
 とはいえ、今からパラスに戻ってあの木像を使って呼び出すのも手間なので、ここは彼女を呼び寄せるために、私は一計を案じました。かつて彼女が「とある少女」と融合した状態で旅をしていた時の仲間の一人であるハイデルンという人物の旅日誌が、彼女を呼び出す触媒になるだろうと考えたのです。彼女にとっては忌まわしい記憶だからこそ、その日誌が開かれれば、きっと彼女の心に「何か」が届く筈。そう考えた私は、五人にロンギヌスの図書館へと向かってもらうことにしました。
 そこで「ハイデルンの旅日誌」を見つけたニアさんは、そこに記されている驚愕の事実を、次々と読み上げていきます。以前にアーリマとクーロンの間の森で出会った「あの少女」の正体が、伝説の剣士リュカの親友ラルフの娘レオナであること。そしてこのレオナこそが、遥か昔にパラスの祝祭でクマネコゴブリンに殺された少女であったということ。そんなレオナを追ってきた、彼女の婚約者にしてリュカの次男にあたるクラークが、結局レオナに会うことも出来ないまま、最終的にはビスニカの領主家の娘と結ばれたこと。そして、そのクラークをこの地に連れてきたのもまた、鵲の竜人だったこと。
 これまでの自分達の旅の軌跡と奇妙に重なり合うこの日誌を目の当たりにして、彼等は言葉を失いました。そして、私の思惑通り、一羽の鵲が図書館に姿を現すことになります。まぁ、さすがにこの私のやり方に対しては鵲から恨み言を言われましたし、彼女は「自分が旅に加わると不幸をもたらす」と言って、当初は後ろ向きな姿勢を示していましたが、五人がこれまでに成し遂げてきたこと、特にクマネコゴブリンの一件を解決したことを告げると、彼女も渋々ながらに協力してくれることになりました。
 鵲にとっても、アトラスはレオナとの別れの地であり、彼女の中でも色々と思うところはあるのでしょう。そして、私自身もまたこの時点で、アトラスで起きている異変の原因が「私」にあることを薄々察してはいたのですが、あえてこの時点では黙っていました。まぁ、そのことをこの場で彼等に伝える必要はなかったですからね。あくまで、私の心の持ちようの問題ですし。
+ 荒海の決戦
 さて、そんなこんなで一羽の鵲を加えた一行は、ロンギヌスで借りた馬車に乗って、アトラスの最寄りの港町へと向かいます。その途上、何度か一時的に馬車を降りた際に、狩人の設置した罠を発動させてしまったり、鋭く尖った石を踏み抜いてしまうなどの事故にも見舞われたこともあり、鵲の表情が再び曇り始めていましたが、その一方で、ノワくんは綺麗な装飾の剣を見つけるという幸運も舞い降りました。そう、幸運と不運は常に隣り合わせなのです。私達竜人がもたらす影響など、微々たるものにすぎません。最終的に幸せを掴み取ることが出来るか否かは、彼等次第なのですよ。
 やがて海岸に辿り着いた彼等は、鵲の導きに従い、海が荒れている原因となっている魔物を倒すべく、彼女の生み出した特殊な「海の中でも呼吸可能な廻廊」を通って、海中へと乗り込んでいきます。その途上、アラウミネコゴブリン・ドレッドノートが率いる海賊団と遭遇することになりましたが、以前に半猫人のシャルルから貰ったマタタビ酒をシュティルさんが献上したおかげで彼女達とは和解に至り、そして彼女達が周囲を警戒する中、荒海化の元凶である「謎の巨大サメ」との戦いへと突入することになりました。
 そのサメは、伝説の巨大サメ・ギガロドンよりも更に一回り大きな体躯で、明らかに禍々しいオーラをまとった不気味な容貌であり、その大きく開いた口の中には、小柄な人間なら一撃で噛み砕いてしまいそうな鋭い牙が光っていました。だからこそ、いざとなったら私もこの身を削ってアウェイクンの力を用いる覚悟を定めていたのですが、どうやら彼等は私の想定以上に成長していたようで、誰一人として致命傷に至ることもなく、最終的にはエラさんの魔法とノワくんの弓の合せ技で、あっさりと討伐に成功します。
 えぇ、これで良いのですよ。私達竜人は、無理に物語に関わる必要はない。あくまで、彼等の物語を見守るための存在なのですから。まぁ、それでも、最後に一度くらい、私の「竜としての本来の姿」を見せる機会が欲しかった、という気持ちが、ほんの少しだけ私の中にあったことも否定はしませんが。
+ 海底都市
 こうして巨大サメを倒したことで、無事に海は静寂を取り戻し、そして彼等は海底都市アトラスへと辿り着きます。そこで彼等を待っていたのは、ロンギヌスから聖杯をこの地に届けるように託された神官戦士のジョアンさんでした。彼はビスニカの領主家の一族らしいので、彼もまたエラさんの遠い親戚、そしてリュカの末裔の一人、ということになります。そんな彼の口から語られた話は、概ね私の「嫌な予感」通りの話でした。
 現在発生している人魚達の「奇病」とは、「幾人かのマーメイド達の下半身が人間化する」という不可思議な症状でした。ひとまずジョアンさんはその聖杯を用いて一人一人の症状を治していこうとしたのですが、彼の到着の直後に更に多くのマーメイド達が同様の症状を発症するという想定外の事態が発生し、それと同時に「巨大サメ」が近海に現れ、廻廊を破壊してしまったというのです。
 なお、発症したマーメイド達の大半は「サメ型」であり、おそらくそこには何らかの因果関係があるのではないか、と彼は考えていたようですが、さすがにその真相には辿り着けないまま、陸地へと戻ることも出来ず、八方塞がりの状態となってしまっていたようです。
 この話を聞いて、自分の中で広がっていた「嫌な予感」が全て的中していたことを察した私は、意を決して皆に「真実」を伝えることにしました。実は、この街の人魚達に発生した「奇病」も、そして、エラさんの体にかけられた「呪い」も、元を正せば、直接的な原因を作ったのは、他ならぬこの私だったのです。
+ 呪いの真相
 私はかつて、自分が共に旅したリュカ達の物語を「春の竜」に読み聞かせました。しかし、この時、私は物語の一部を割愛してしまったのです。リュカが心を痛めたネコゴブリン達との戦い(『剣士と月光』第4章)や、後にリュカの妻となるディーナが彼への独占欲で自己嫌悪に陥った人魚達との揉め事(『剣士と月光』第5章)のくだりを、当時の私は「美しくない」と判断して、竜に聞かせなかったのです。しかし、これは竜人として、大きな間違いでした。
 どんな旅にも、美しい場面もあれば、醜い場面も、汚い場面もあります。しかし、たとえ醜く汚い場面でも、物語全体にとって必要な箇所ならば、それは割愛すべきではない。その場面があるからこそ、美しい場面が引き立つ。そんな当たり前のことに、当時の私は気付いていなかったのです。その結果、私が竜に読み聞かせた物語は、彼等の精神的な成長や心境の変化を描ききれていない、不完全な内容となってしまったせいか、竜の中で消化不良を起こし、それがこの世界の彩りに「歪み」を与えてしまいました。
 物語から抹消されてしまったそれらの要素は歪な形でこの世界に影響を及ぼしてしまい、エラさんにはリュカによって殺されたネコゴブリンによる「ネコゴブリン化の呪い」という形で、そして人魚達には「人間の姿をしたディーナ」への畏怖と嫉妬を抱いた当時の人魚達の思いを反映した「人間化の奇病」という形で、それぞれ発症することになってしまったのです。ジョアンが来てから人魚の発症者が増えたのは、おそらく彼がリュカの子孫であるが故に、一種の触媒のような効果をもたらしてしまったのでしょう。
+ 決意と成就
 私はこの事実を受け入れた上で「もう二度と物語を不自然な形で割愛しない」「語り部として、ありのままの物語を竜に伝える」という覚悟を定めました。共に旅した旅人達の物語は、たとえその中に歪んだ感情や屈折した想いが混ざり込んでいたとしても、それも含めて「彼等の物語」として伝える、ということを改めて誓ったのです。
 そんな私の決意に対して、なぜかハイネさんだけはあまり歓迎してはいないようでしたが、そんな彼の心情も含めて、彼等の旅路は竜に献上するにふさわしい「美しい物語」であったと私は確信しています。だからこそ、この旅での出来事を、包み隠さず、騙ることなく、語り部として竜に伝えていくことにしました。
 一方、旅人達の目の前には、以前に森で出会った「レオナ」の残留思念が、再び姿を現すことになりました。なぜ、彼女の魂がここに現れたのかは分かりませんが、彼女はあえて多くは語らず、エラさんに対しては祝福の言葉を、そして「廻廊」としてこの地へと彼等を導いた鵲に対しては感謝の言葉を述べ、ゆっくりと消えていきます。
 そして、ジョアンさんからハイネさんへと聖杯が手渡され、その聖杯に注がれた水をエラさんへと滴らせることで、遂に彼女は無事に本来の体を取り戻すに至ったのでした。
+ エピローグ
 こうして、長き旅の目的を達成した彼等は、しばしこの地で人魚達からの歓待を受けた後、地上へと帰還し、そして各自がそれぞれの人生へと帰っていくことになります。
 ニアさんとシュティルさんはルンディアへの帰還の旅路の途中で他の三人と別れて、それぞれの故郷へと帰還し、ニアさんは古物商としての仕事を再開、シュティルさんは今回の旅の物語の叙事詩への編纂を始めます。なお、その過程で五人はナロアさんとも再会しましたが、どうやら彼女もまた父親との協議の末に、当面は一切の縁談を受けないということを条件に、ビスニカへと帰還して薬の開発に従事することにしたようです。
 一方、ルンディアへと帰り着いたエラさんとハイネさんもまた、貴族令嬢と執事としての本来の日常へと回帰することになります。そして、二人と共にルンディアまで同行したノワくんでしたが、彼もまた、剣士としての更なる高みを目指すため、改めて修行の旅へと出ることを決意しました。こうして、二人に見送られながら旅立つ彼と共に、私もまた「春の竜」へとこの物語を伝えるために、ルンディアから飛び去っていくことになります。今回の彼等の旅路が、この世界に豊かな彩りを与えることを信じて。そして、彼等自身にとっても、この旅で得た様々な経験が、今後の人生における大きな糧となることを信じて。

(春風の旅日誌・完)

後日談「それぞれの道」(エラ視点はPLから許可が下りなかったため断念)
+ 今度は三人で(side:ニア)
 四人と別れ、俺とセレはタラサへの船に揺られていた。数か月にわたる旅ももう終わりなのだと考えると、少し寂しくもある。仕事の関係上、数週間スパンの旅はよくしていたが、ここまで長い期間の旅は初めてだった。成り行きで同行を決めた旅だったけど、得たものは大きかったし、まあ悪くなかったかな。
 俺は船の淵から離れ、甲板の上で静かに眠っているセレの側に座り、セレの鹿毛を労わるように撫でた。俺だけでなく他の人の荷物まで運んでくれたセレは、間違いなく今回の旅の功労者だ。

「セレ、皆の分の荷物運んでくれてありがとな」

 この旅が終わってタラサに戻ったら、またすぐに店を開けようとも思っていたけど、セレの事を考えると、もうしばらくは休業していた方が良いかもしれない。商品の仕入れや遠くへの出張はできなくなるけど、今までの貯金と村での小遣い稼ぎで十分生活はできる。寝る場所はあるから宿代の心配もないし。もともと根無し草に近い気質だから、多少行き当たりばったりでも楽しめるだろう。



 タラサの港は、俺が最後に見た時と同じく活気で満ちている。俺たちが乗っている大型の客船を迎えにきた人だかりの中に、自分と同じ灰銀を持つ少女を見つけた。向こうも俺に気づくと、はじけるような笑顔で手を振ってくる。停泊した船からセレと連れ立って降りると、手を振っていた少女が飛び込んできた。

「お帰り兄さん!」
「ただいま、セフィ。元気にしてた?」

 満面の笑みで「もちろん!」と言うセフィの髪を梳くように撫でる。俺は荷物からお土産の髪飾りを取り出し、セフィの背まで伸びた髪をくるくるとまとめた。灰銀にコーラルピンクがよく映える。やっぱり俺の妹超可愛い。

「これ、お土産。アトラス名産の珊瑚でできてるんだ。セフィに似合うと思って」
「お土産一つで釣る気ぃ?手紙すら出さずに数か月も家開けといてそれはないでしょ!」

 頬を膨らませ、怒っています!と態度で表しているセフィに苦笑いが零れる。図星過ぎて何も言えない。

「はいはい。全部ちゃんと話すから機嫌治せって。兄さん、セフィの笑顔が見たいなぁ」
「むー。本当調子いいんだから…… 旅の話もいいけど、今度は私も連れていってよね!」
「わかったわかった。セフィが大きくなったら、三人で行こうな」

 セレの休息期間もあるから暫くは出れないけれど、それが終わったらまずは仕入れについてきてもらおうかな。セフィはまだ13歳だから長期間の旅は両親が許さない気がするし、旅ができるのはまだまだ先だろう。俺とセレとセフィの三人の旅か。うん、今から楽しみになってきた。
+ 音をつむぐ、音がつなぐ(side:シュティル)
 ニアさんを見送り、三人と別れた後、一人になった私は、故郷の村・カランドまでの道を旅の名残を惜しむような足取りで進む。自分の気の向くままに歩み、曲作りのパーツを積み重ねていくつもりで始めた一人旅。しかし、ルンディアでの出会いを境に五人の旅へと変化した。初めは困惑することも多かったけれど、仲間がいることの頼もしさは、人では決して体験できなかったこと。辛いこと、悲しいことがあれど、乗り越えることができたのは、仲間がいてこそだった。

「四人のおかげで、賑やかな音楽が沢山できそうですね」

 森に囲まれた村の近くに辿り着くころには、陽が傾き、世界が茜に染まり始めていた。あらかじめ手紙でそろそろ帰路に就くことと到着予定日を伝えていたからか、父が村の入り口で出迎えてくれる。私が旅に出たいと言った時と同じ優しい笑顔に、帰ってきたのだと改めて実感するとともに、旅の終わりが来たことに僅かな寂しさを覚えた。

「おかえり、シュティル。いい曲は作れそうかい?」
「ただいま帰りました。はい。おかげで過去一番のものができると思います」
「そうか……それなら良かった。みんなシュティルが見つけてきた新しい音楽を楽しみに待っているよ」

 父はそう言って笑い、村の方へと歩き出した。村の中心に近づくにつれ、人も増えていく。すれ違う人からは「おかえり」「演奏会楽しみしてるよ」「旅はどうだった?」と様々な声がかけられた。私はその一つ一つに返事を返しながら、村の広場を目指す。カランドには村の中心に皆が集まる広場がある。そこは私が一日の終わりにその日の想いを乗せ、ピッコロを演奏していた場所。月明かりに照らされたステージに上ると、私は大きく深呼吸してから、ピッコロに息を吹き込んだ。。旅の始まりから、仲間との出会い。共に乗り越えた困難や得られた幸せ、伝説に隠されていた真実。それらすべてを、音楽に乗せる。ピッコロの音を聞きつけて、村の人たちが集まってきた。真剣に耳を傾けてくれる彼らのために、私はより一層想いを込めて音をつむぐ。過去一番の大作にして傑作。最後の一音が夜に溶け消えると、広場は拍手で包まれる。広場を見渡すと、涙を流している人もいた。

「シュティルちゃんの音楽は、目の前に情景が浮かぶようだよ」
「今までで一番すごかった!」
「また聴かせてね!」

 私は聴衆に一礼して舞台から降りると、旅の事を尋ねてくる人たちに断りを入れて家に帰り、つむぎだした物語を楽譜という形に起こしていく。かなり長い物語だったにもかかわらず、するするとペンが進んだ。それだけ、旅に対する思い入れが強かったのかもしれない。
 書き終えた楽譜をそっと胸に抱いた。大切にしなければ、と今まで以上に強く思う。またいつか、彼らと出会う時のために。音がつなぐ絆を、絶やさぬように。
+ 今はまだ旅の途中(side:ノワ)
 おれが憧れている剣士様の子孫との出会いから始まった、長い旅が終わった。絵本だけじゃ知れなかった剣士様の素顔とか、本当の物語を見つけることができたし、とっても楽しかった。ルンディアでお嬢様とハイネさんと別れたおれは、今までの旅路を振り返りながら背負い袋の肩ひもをぐっと握りしめ、ルンディアを後にした。

 お嬢様はネコ化の呪いを解くことでハイネさんはその付き添い、シュティルさんは新しい音楽に出会うため。ニアさんはちょっとよくわからないけど、仕事を再開するって言ってたから、多分旅の目的は果たせたんだと思う。だけど、おれだけは五人での旅の中で「みんなを守れる強い剣士になる」って目的を達成することはできなかった。だから、みんなが旅の目的を果たして日常に戻っていく中、おれはまだ旅を続けている。今までニアさんが荷物の管理を請け負ってくれてたけど、今は一人旅。食料に水、日用品の管理まで一人で全部熟さなきゃいけない。大変だけど、これも全部おれの成長のためだと思えばつらくもなんともなかった。
 小さいころからお父さんに弓ばかり教えられてきたからか、五人での旅の中でだって、弓の方が上手くいくことが多かった。頑張って剣を使ってみたけど、当たらないし、威力だって弱い。おれには剣の才能がないのかな……

「うー、弱気になっちゃだめだ!!」

 気合を入れなおすように、両手で頬っぺたを思いっきり叩く。バチン!と良い音がして、近くを歩いていた数人がこっちを見たが、決意に燃えるおれは気づかなかった。
 おれは伝説の剣士様みたいになりたくて森でのハンターとしての生活を辞めて、旅に出たんだ。伝説の剣士様みたいになるまで故郷に帰らないって決めたのはおれ自身。こんなところで諦めてたまるか!

「いつかみんなを守れる強い剣士になったら、またみんなに会いに行く!」

 そうやって声に出して叫んでみれば、弱気だった心もどこかへ吹っ飛んでいった。雲一つない青空も、春風にそよぐ木々の若葉も、おれに「頑張れ」って言ってるみたいだ。
 立派な剣士になれるまで、おれはずっと旅の途中にいる。一人旅は少し寂しいけど、みんなとの思い出がおれの心を支えてくれているから、どんなに険しい旅になっても、乗り越えていける気がするんだ。
+ 一難去ってまた一難(side:ハイネ)
 お嬢様の呪いを解く旅は途中に数多の困難がありつつも、どうにか無事に終わり、ルンディアに帰ってくることができた。ビスニカで出会ったナロアがメリオルト家にやってくることもなく、再び平穏な日常が戻ってくるのだと、俺はそう信じてやまなかった。なのに———

 俺の前には、執事長が連れてきたという青年がいた。三白眼気味の目にすごい見覚えがある。

「新しく入りました。レナートです!」

 名前もとても聞き覚えがあった。俺の10歳ぐらい年下の弟の名前もレナートだった。レナート・ベルヴァルト。人をおちょくるのが大好きで、何故か俺にばっかり絡んできた奴の名だ。

「……なんでお前がここにいる?!」
「アハハ!それはヒ・ミ・ツ♡ ま、これからよろしくお願いしますね。『兄さん』?」

 その場でぶん殴らなかった俺は大変大人な対応だったと言える。女神であるお嬢様に悪影響与えるようならすぐにでもメリオルト家から追放してやる。そんな決意と共に、久しぶりの対面を終えた。



 使用人としてのレナートは、普段の軽薄なノリは変わらないが、少なくとも与えられた仕事を放棄するような阿呆ではなかった。初めこそ危なっかしい部分があったものの、数日後には完璧にこなしてくる。他の使用人とも持ち前のコミュ力で良い関係が築けていた。その姿がいけ好かない腹黒商人を彷彿とさせるからか、どうにも気に入らない。血縁を理由にコイツの教育係を押し付けられたがためにお嬢様との時間が減ったのも気に食わない。さっさと一人前になって教育係から外れてやろう。そんな思惑でかなりの課題を押し付けたときは、執事長にチクりやがった。いくら教育係を任されたからと言っても、執事長から見れば俺はまだまだ若手。指示された以上のことをするな。とこっぴどく叱られた。
 こんなついていない日は、お嬢様がお勉強なさっているところを見るのもいいかもしれない。そう思って、メリオルト家の図書室へと向かう。ああ、お嬢様。勉強なさっているお姿も美しいです。

「いやはや。お疲れさまだねぇ、センパイ?」

 突然後ろから話しかけられて反射的に振り向くと、そこにはレナートが立っていた。全く気配を感じさせずに俺の後ろに立ちやがったレナートは、ニヤニヤとした笑顔を浮かべたまま俺を見上げている。

「レナート、てめぇの仕事はどうした。執事長に言われたやつがあったんだろ?」
「ぜーんぶ終わらせましたよ?オレ、優秀なんで。センパイこそ、お仕事終わったんですか?こんなところにいるなんて。ああ!もしかしてお仕事サボタージュしてエラ様の覗きしに来たとか?いやぁ、随分と熱心ですねぇ(笑)」

 ……コイツを腹黒商人野郎と一緒にするのは商人野郎に失礼かもしれない。一応アイツは俺とお嬢様の時間を邪魔しないだけの分別はあった。でもコイツは違う。人が踏み込んでほしくないところを理解したうえで、わざと立ち入ってくる人間だ。人をいらだたせる天才。なまじ能力が高いせいで、辞めさせる理由がないのが余計腹立つ。ナロアの件が何事もなく終わったと安心していたのに、今度はコイツの世話までしないといけないのかよ。一難去ってまた一難とはまさにこのこと。もうコイツ森に埋めてきてもいいか?

剣士と月光

+ そこ往くお人よ、ちょいと私の話を聞いてはくださいませんか。
 いえ、別に取って食うつもりはございません。ただ話がしたいだけです。そう身構えないで。

 この絵本に見覚えはございますか?そう、伝説の剣士様の英雄譚です。この世界を生きるものなら誰でも一度は聞いたことのあるような、とても有名なお話。しかしそれは、長い時間をかけて少しずつ編集され、美しく脚色されたものだということはご存知ですか?
 子供の夢を壊したいわけではありませんよ。たくさんのニンゲンが、伝説の剣士様に憧れたことがあるのは、よく知っていますので。

 輝かしい功績のみが描かれた英雄譚からは、英雄として祭り上げられた彼が何を思っていたのか、世界を救った後に彼がどうなったのか、窺い知ることはできないでしょう。当時を知る人間は疾うに死に絶え、彼らが関係する場所にいくつかの文献が残るだけとなった今、それを語ることのできる者は殆ど残っていません。

 語り手の消えた物語は、物語と言えるのでしょうか。さりとて、この物語を誰に知られることなく、風化させてしまうのは忍びない。だから私は、こうしてゆく先々でニンゲンたちに語り掛け、物語を紡ぐのです。


 これから語るは、世界の語り部たる私だけが知る物語。


 どうか、最後までお付き合いください。

+ あらすじ
 今から数百年昔、世界は闇に包まれた。世界を照らす太陽の神・ソルが力を失い、姿を隠してしまったのだ。太陽の神が隠れた世界には、昼も夜も、もちろん季節もない。このままではいけないと考えた太陽の神の対たる月の女神・ルナは、一人の剣士を選び、世界を救う旅に行くよう命じる。
 剣士の名はリュカ・メリオルト。月の女神の膝元である王国・シャムシールの騎士であり白銀の髪と蒼空の瞳を持つ彼は、凛とした冬のような青年だった。彼は月の女神の神託を受け、月の女神の分霊<むすめ>であるディーナと共に旅に出る。世界を、そして、大切な人の笑顔を守るために——

+ 序 章 —蝕まれた太陽—
 それは、あまりに唐突だった。



 その日、リュカは同僚たちと共にいつもの鍛錬をこなし終え、木陰で休息を取っていた。代り映えのない日常。物足りないと言うものもいたが、リュカはこの平和な時間が好きだった。

「リュカ、模擬戦やろうぜ。オレが勝ったら昼飯はお前のおごりな!」

 休んでいるリュカに近づいてきたこの男は、ラルフという。リュカと同年に騎士団に入団した同期だ。若干戦闘狂の片鱗があるが、人との距離感を取るのが上手く、誰とでも付き合える性格をしている。こいつの実力は騎士団の首席に君臨するリュカには及ばないものの、かなりの腕利きだ。発揮できる能力の波が大きいのが玉に瑕だが。見たところ、今日は随分と調子がよさそうである。

(勝率は6割、といったところか)

「……俺が勝ったらお前がおごってくれるんだろう?」
「お?今日は随分と乗り気じゃん。いいねぇ。早くやろうぜ」

 にかっ、と太陽のような笑顔を浮かべるラルフに、リュカは小さく笑って返す。木陰から出ると、夏の太陽が訓練場を照らしていた。リュカたち以外にも、模擬戦をしている者もいたので、邪魔にならないよう空いているスペースを探す。騎士団でもトップクラスの二人の模擬戦は、かなりスペースを喰うので、位置取りには気を付けなければ。

「ラッキー。ど真ん中空いてるぜ。あれだけ空いてりゃ問題ないだろ」
「そうだな」

 ラルフが指さす先は、訓練場のど真ん中だが、ぽっかりと空いていた。軽く周囲を見渡すと、リュカの部下がこちらを見ながらサムズアップをしていた。リュカとラルフが模擬戦をしようとしていることを察知し、気を使ってくれたようだ。部下に軽く礼を言ってから、リュカはラルフに向かい合い、構えをとる。相手の動き、視線、呼吸、全てに意識を集中する。舞うように互いに躍りかかった。二人の頭上には、リュカの瞳と同じ色の空が広がっている——はずだった。

 瞬間、世界から光が消えた。夜目が利くように、日ごろから訓練しているとはいえ、瞳孔に入る光が突然少なくなったことで、リュカの視界は一時的にゼロになる。

「うわっ!真っ暗でなんも見えねぇ!」

 すぐ目の前からラルフの声が聞こえるが、姿はまだ見えない。訓練場の他の場所でも、突然何も見えなくなったことで、パニック状態になっている者がいる様だ。

「落ち着け!俺たちがパニックになって現状が回復するのか?違うだろう!お前たちは今自分がすべきことを考えろ!!」

 隊を率いる者として声をあげるが、リュカ自身にもこの現状を打破する方法は思い浮かばない。光の消えた空を睨むが、夜より昏い空に太陽はいない。しばらくすれば目が暗闇に慣れてくる。

「ラルフ、ここは任せる」
「はぁ!?おま、この惨状放置してくつもりか!?」
「このままここに留まっていたところで何も変わらない。俺は国王に状況を確認してくる。闇に包まれているのがここだけではないのなら、間違いなく『神』が関係している。それならば、国王に指示を仰ぐのが先決だ。国民だって混乱しているだろうし、早く対処しなければ」
「……あーはいはい。任されてやるよ。一つ貸しな」
「恩に着る」

 かなり面倒臭そうな反応だが、ラルフは誠実な男だ。頼まれたことは確実に完遂してくれるだろう。リュカは歩きなれた宮殿内を駆ける。無作法だとはわかっていたが、そんなことを気にしている余裕なんてなかった。





「リュカ・メリオルト。ただいま馳せ参じました」

 玉座の間には、国王と大臣たちが集まっていた。会議の最中に闇に包まれたため、テーブルの上の蝋燭を唯一の光源として、緊急対策を話し合っていたらしい。

「おおメリオルト騎士団長。よくこの暗闇のなかここまで来てくれた」

 声に喜色を浮かべながら、国王が言った。リュカは剣を置き、大臣たちがいるテーブルに近づく。

「国王、この事態は一体……」
「うむ。わしにもよくわからんのじゃが、どうもこの国だけでなく、世界中が闇に包まれているようじゃ」

 このままでは国民の生活も危うい。と嘆く国王の前に、やわらかであたたかい光が集まり、それは次第に女人の形を取った。透き通る白磁の肌。たなびく亜麻色の髪に、それを飾る繊細な彫刻が施されたティアラ。暗闇の中であっても輝きを放つ月長石の瞳には、すべてを包み込むような優しさがある。この世界の夜と時を司る、月の女神・ルナだ。

「る、ルナ様!?」

 国王は突然の来客に動揺を隠せない。大臣やリュカもそれは同じだ。
 何故、世界の理たるお方がこんな場所にいらっしゃるのか。

「この世界が闇に閉ざされてしまったのは、我が片割れたる太陽の神・ソルが力を失ってしまったため。このままでは世界は冷え切り、生命あるものが生きていくことができなくなってしまう。それは我らの本意ではない。だからこそ、そなたの力を貸してほしい」

 硬直して動けない人間たちを置いて、女神は国王に向かい、そう言い切った。そして、国王から離れると、女神はまっすぐリュカの方へ向かってくる。そして、リュカの顔に手を添え、真正面から瞳を覗き込んだ。人ならざる者の美しさを前にして、リュカは身動きが取れなかった。

「ああ、美しい蒼穹だ。そなた、名は何という」
「……リュカ・メリオルト、と申します」

 噛み締めるようにリュカの名前を繰り返した女神は、リュカの頬から手を放し、頭を下げた。

「リュカ・メリオルト。どうか、我が片割れの力を取り戻し、この世界を救ってはくれないか」
+ 第一章 —産声を上げる月—
 突然女神に頭を下げられたリュカはというと、完全にフリーズしていた。普段であればその場その場で最適な対処を思いつくはずの優秀な頭脳も、この時ばかりは仕事を放棄した。周囲にいる国王や大臣たちもリュカと同じく、固まったまま動かない。

「リュカ・メリオルト?」

 固まる人間たちを見て、女神は首を傾げている。世界の調停者たる神が人間に頭を下げることが、どれほどの衝撃を与えるのか、本神だけが理解していなかった。
 秒針が一周は回っただろうか。ようやくリュカの脳が働きだす。頭をあげてくださいという言葉がリュカの口から零れた。リュカのかなり切実な願いを聞き、女神は頭を上げる。返事もせずに無視してしまったことに気を悪くしていないか心配だったが、杞憂だったようだ。

「何故、私をお選びになられたのですか」

 リュカは女神の足元に跪き、大きく深呼吸をしてから、絞り出すような声でそう訊ねる。背中なんて冷や汗だらけだったが、それを微塵も表に出さないように、努めて冷静を装った。女神はそんなリュカの内心を知ってか知らずか、柔らかく微笑みながら、そう固くなるな、と宣う。

「そなたは場を俯瞰し、『己がすべきこと』を正しく見極めることができる」
「……私には勿体ないお言葉です」

 女神は自身の足元に跪いているリュカに、面を上げよ、と言う。顔を上げたリュカの蒼空を月が射貫いた。

「蒼穹は我が片割れが最も好む晴れ渡る空と同じ色。終わらぬ闇夜を切り裂く光となれるはずだ」

 女神のその言葉に、リュカはこの国の空を、そして家族や友人たちを思い出す。リュカは美しいこの国を愛していたし、大切な人の笑顔を守りたかったから、騎士団へ入団したのだ。このままでは、そのどちらもを失うことになる。

(俺の、存在意義はなんだ。——この国を、自分の大切な人たちを守ることだ。そのために俺にできることがあるのなら、躊躇う理由など一つもない)

「その命、確と承ります」

 決意を宿したリュカを見て、女神は満足そうに笑う。

「この世界を形作り、そして保っているのは七つの神器の力。太陽の神・ソルが力を失ったのはそのうちの一つ、水<メルクリウス>の杯の所在がわからなくなったことと関連があるはずだ。
 本来であれば、神々のことは神々の中で済ませるべきなのだが、今回の件は規模が大きすぎる。我は片割れが不在の分の穴埋めをせねばならず、ここから離れられない。故に、そなたには我の分霊を付き添わせよう」

 そう言って、女神は小さな光の塊をその両の手から生み出す。小さな光は、女神が現れたときと同じように、だんだんと人の形になっていく。その人型は、女神よりも幾分か小さい。亜麻色の髪と白磁の肌はつくりだした本神と同じだが、瞼は固く閉じられており、瞳を垣間見ることはできない。

「これは我が御霊なれど、我にはあらず。名もなき分霊<むすめ>であり、その存在はひどく不安定。折角だ、名はそなたがつけてやれ」
「私が、ですか?」
「ああ。共に旅をするのだ。生みの親たる我よりも適任だろう」

 突然の提案に、リュカの脳は再びの活動停止を余儀なくされた。いくら月の女神本神でないからと言って、人間である自分に名前をつけさせるのか。どうにか知識をフル動員させ、女神の分霊<むすめ>に相応しい名を引き出そうとする。考えれば考えるほどドツボにはまりそうだ。
 ふと、月の女神・ルナのことをディアーナと呼んでいる国があったことを思い出す。

「ディーナ」

 ころころと口の中で呼んでみれば、なかなかにしっくりくる。

「ほう、ディーナか。美しい響きだ。リュカ・メリオルト、我が分霊<むすめ>をその名でよんでみよ」

 女神に促されるままに、今度は分霊<むすめ>に向かってその名を紡ぐ。リュカの声が彼女の鼓膜を揺らすと、彼女はぱちりと目を開けた。瞼の裏に隠されていた瞳は、白銀の雪。乏しい光の中でもキラキラと輝く双眸は、丹念に研磨された金剛石のようだ。

「わたしは、でぃーな……」
「ああそうだ。我が分霊<むすめ>。そなたの前にいるリュカ・メリオルトが、そなたに名<いのち>を与えた」
「りゅか……?」

 ディーナは本霊<ははおや>に視線を向け、そしてリュカを見た。リュカはそっとディーナの右手を取り、手の甲にキスを落とす。

「はい。私が貴女様に名を差し上げた、リュカ・メリオルトと申します。ディーナ様、どうかこの世界の、……いえ、私のために力を貸していただけますでしょうか」

 ディーナは暫くリュカを見つめた後、徐に口を開いた。

「ええ。わたしでよければ、喜んで力を貸しましょう」

 月の女神・ルナに生み出された分霊<むすめ>は、リュカに名<いのち>を与えられ、闇夜の世界で静かに産声を上げた。

+ 第二章 —黄昏の旅立ち—
 女神は、月<我>に太陽<ソル>ほどの光はないが、世界を少しでも照らすことはできよう、と言って、自身の神殿へと戻っていった。リュカには国王から長期の暇と、旅の資金などが与えられ、旅をしている最中の家族への支援まで約束されている。
 城の広間を後にしたリュカは、ディーナを連れて訓練場を目指し歩いていた。外は満月の夜程度の明るさになっている。月の女神が世界を照らし始めたようだ。
 訓練場に着くと、リュカに気づいたラルフがこちらに駆け寄ってきた。

「リュカ、こっちは何とか落ち着いだぜ。国王は何て?……というか隣の美女は誰だ」
「月の女神の分霊<むすめ>」
「……ごめんオレの耳が悪くなったみたいだからもう一回頼むわ」
「この世界の夜と時を司る月の女神・ルナの分霊<むすめ>」
「聞き間違いじゃなかったのか」

 がくりと首を落としたラルフは、吐き出すように、説明しろ、と言った。

「ディーナ様を立たせたままにはしておけない。どこか座れるところに移動しよう」





 一通り説明を終えると、ラルフはあー、と言いながら頭をがしがしと掻いた。

「つまり、お隠れになられた太陽の神・ソル様をもとに戻すために、月の女神の分霊<むすめ>であるディーナ様と一緒に、水<メルクリウス>の杯を探しに行くってことか。……水<メルクリウス>の杯ってあれだろ?世界創造神器の一つで人々の願いで満ちてるっていわれてるやつ」

 世界創造神器。それは太陽の神・ソルと月の女神・ルナ、そして海の神・マレがこの世界を創造した際、世界の管理のために生みだしたとされる7つ神器のことだ。三柱の神が二つないしは三つずつ管理しているとされている。太陽の神・ソルは水<メルクリウス>の杯、金<ウェヌス>のロケット、火<マルス>の剣を。月の女神・ルナは天<ウラヌス>のティアラ、木<ユピテル>の記録書を。海の神・マレは土<サートゥルヌス>の杖、冥<プルート>の指輪を。
 そのうちの一つを、探しに行く。途方もない旅になるのは明白だった。

「んで?さっさと出発せずにここに寄ったってことは、大方オレに何か頼みたいことでもあるんだろ」
「ああ。俺が旅をしてる間、俺が持っていた権限をお前に預ける」
「マジで言ってんのかお前」
「当然だろ。お前の鍛錬への直向きさ、仲間への誠実さは信頼している」

 ラルフは調子の波は大きいし、隊の指揮を執るよりも最前線を突っ走るタイプだが、視野が広く、しようと思えば仲間のサポートもできる人間だ。それをまっすぐ言葉にして伝えると、ラルフは頭を抱え、テーブルに突っ伏した。リュカからはラルフの耳が赤くなっているのがよく見えた。

(こいつ照れてやがる)

「あー!ほんとお前ってやつはなんでそんな恥ずかしいことが真顔で言えるんだ……!!」
「事実を言って何が悪い」
「……クソッ、いいぜやってやるよ!あんまり帰りが遅いとオレがお前の椅子奪ってやるからな!!」
「お前に一度地位を譲ったとしても、自力でそこまで戻るつもりだから問題ない」
「ほんっとお前かわいくねぇな!!」

 叫ぶラルフを無視し、リュカは席を立つ。二人が話している間、ずっと静かだったディーナに声をかけて、そのまま訓練場を後にする。
 リュカもラルフも、互いへの心配の言葉は一言も掛けなかった。自分が心配せずとも、相手は正しく役目を果たす。互いがそう信じているからこそ、二人の間に、言葉はいらなかった。





 リュカが訓練場の後に向かったのは、自身の家。リュカに兄弟はいない。父親も早くに亡くなり、今家にいるのは母親のメリアだけ。リュカは基本騎士団の寄宿舎に詰めているため、帰ってくるのは夏と冬の長期休暇とメリアの誕生日、そして父の命日ぐらいだった。なかなか帰れない息子に代わり、一人で家を守るメリアには頭が上がらない。そんな中、息子が突然旅に出ます、なんて言ったら、メリアはなんと言うだろう。随分と親不孝だなと、自嘲する。
 道中はとても静かで、夜の暗さがすべての音を飲み込んだようだった。

 小さなレンガ造りの家に辿り着いたリュカは、ディーナを振り返り、どうかなさいましたか、と問う。リュカはディーナが他者の指示に従うだけで、自発的に何も行動を起こしていないことが心配になっていた。生まれたばかりで、意思が希薄なのかもしれないとも思うが、それとはどうも違うように感じる。

「いえ、このような時、何をすればよいのか、よくわからないのです。わたしは月の女神<おかあさま>の知識と力を受け継いではおりますが……」

 ピクリとも動かない表情のまま、ディーナは自分を分析する。名<いのち>を得たときは金剛石よりも光り輝いてた双眸も、今は伽藍洞の硝子玉。だが、ディーナの機械的な言葉に、リュカの疑問はすとんと解けた。知識はあれども、感情がそれに追いついていない。故にこその従順。

「……私と旅をしていく中で、ディーナ様が求めるものも見つかると良いですね」

 リュカはそう言葉を零したが、すぐに忘れてください、と言った。ディーナはキョトンとした顔でリュカを見ていたが、振り返らなかったリュカはそれに気づかない。

(出過ぎた真似をした。いくら俺が名<いのち>を差し上げたとはいえ、彼女は月の女神の分霊<むすめ>。力を貸していただく側の俺に言えることはない。しかし……)

 リュカは頭を振って雑念を振り払い、家のドアをノックする。メリアの返事が返ってきたので、ドアノブに手をかけ、ドアを押した。メリアは蝋燭の光の中で一人、編み物に勤しんでいた。世界が闇に包まれながらも、いつも通りに過ごそうというメリアの強い意志を感じる。元からなるようになるという性質なのもあるかもしれない。

「ただいま。母さん」
「リュカ?長期休暇でもないのに珍しいじゃない。あら、後ろにいるのは彼女さん?リュカもついに身を固めるの?」
「違う」

 おどけたように言われた言葉を否定し、今この世界に起きていることやこれから己がなそうとしていることを説明する。メリアはリュカの言葉を静かに聞いていたが、リュカが暫くは帰れそうにないと言った時だけ、くしゃりと顔を歪めた。

「あはは……こんな時はなんて声をかけるのが正解なのかしらね」

 メリアは泣きそうな声で、それでも笑顔を作った。

「いってらっしゃい、リュカ。あなたの旅がどれだけ長いものになろうとも、私はこの家<あなたが帰る場所>で待ってるから」
+ 第三章 —ひとりぼっちの海—
 家族、友人にしばしの別れを告げた後、リュカはディーナと共に故郷を旅立った。水<メルクリウス>の杯の所在が分からない以上、世界中を回るかとも考えたが、太陽の神・ソルの主神殿がある国へ向かってみることにした。リュカの故郷も、月の女神・ルナの主神殿がある大国であり、そこには月の女神に関する史料は数多く存在する。太陽の神・ソルの主神殿がある国もこちらと同じく、重要な史料が残っているはず。海の神・マレの主神殿のある海底王国の方が距離としては近いが、そこは人魚が暮らす国。人間でしかないリュカにそこへ向かう術はない。まずはお隠れになられている本神の情報を調べることが先決だろう。
 国王から借り受けた馬車を走らせ、太陽の神・ソルの主神殿のある国へと向かう。夏真っ盛りで、焼けるような暑さは既に見る影もない。太陽が隠れてから、気温はどんどん下がっており、月が出ていることで辛うじて生物が生きていける温度が保たれている。リュカは荷物から防寒マントを取り出し、ディーナの肩にかけた。

「寒くなってきましたから、こちらを。まだ目的地までは距離がありますので、休んでいていただいて構いませんよ」
「……ありがとうございます」

 リュカはディーナが馬車の後ろで休む体勢になったのを見て、再び前を向いて馬車を走らせた。

(あたたかい……)

 身体だけでなく、心臓の辺りがじんわりとあたたかい。その感覚を表現する言葉をまだ持っていないディーナは、首を傾げながら目を閉じた。





 一週間程度走らせると、目的の地に辿り着いた。大理石造りの街。その中心部には、一際大きな神殿が見える。リュカの故郷にある月の女神・ルナの主神殿とは少し意匠が異なるが、その豪奢さは引けを取らないものだ。
 リュカは御者台から降り、長い距離を走り続けていた馬を労う。ディーナの様子を窺うと、馬車の後方で丸くなって寝ていた。かなり長い間眠っていたようだが、健やかな寝息を立てているところを見るに、やはり女神の分霊<むすめ>は人間とは違ういきものなのだと実感する。リュカはため息を一つ零して、ディーナの体を軽くゆすった。

「着きましたよ。ここが太陽の神・ソルの主神殿のあるロンギヌスです」

 ディーナは暫く起きるのをぐずるような声を上げたのち、何度か瞬きして体を起こした。

「おはようございます、ディーナ様」
「ぉはよう、りゅか」

 未だに寝ぼけているようなディーナに、リュカは小さく笑って、水を入れたコップを差し出す。この状態のディーナを連れて行くのは大丈夫だろうかと心配になる。柔らかな亜麻色に寝ぐせもついているし、硝子玉の焦点もあっていない。

「ロンギヌスで太陽の神・ソル様の情報を集めます。どうします?私だけ行って、ディーナ様はこのままここで待っていますか?」

 リュカがそう言うと、だんだんとディーナの焦点があってくる。もう一度瞬きをして、ぐっと伸びをしたディーナは、しっかりとリュカの眼を見て、わたしも行きます。と言った。

「わかりました。ディーナ様も付いてきてくださるのなら、情報収集が進みますね。では、行きましょうか」



 ロンギヌスの国王への挨拶を早々に済ませ、リュカはディーナを連れて石造りの街を進む。目指す先は王立図書館。そこには世界創造神話から国の歴史、偉人の伝記までもが所蔵されているという。王立図書館は神殿ほどではないにしても、周囲の家屋と比べ、かなり大きな建物だ。一年を通して安定した気温・湿度を保たれた図書館内は、太陽が隠れているとは思えないほど過ごしやすかった。
 万を超える蔵書から、求めるものを見つけるのはおおよそ無理に感じられたが、王立図書館を管理する一族の助けを借り、どうにか人力で調べられる数にまで絞り込むことができた。リュカはその中から、かなり劣化した文書を手に取る。古代言語故に読む人がかなり少なく、長年放置されていたのだろう。どうやら世界創造神話に関するもののようだ。リュカ自身もある程度古代言語は学んでいたが、細かい部分までは読めそうにない。しかし、そのまま無視してはいけないような気がして、リュカは図書館を管理する一族のもとに、その古文書を持って行った。彼らはその文書を見ると、すぐに古代言語に詳しい人を紹介する、と言って、ロンギヌス一の学者を連れてきてくれた。

―――――

 はじめ、宇宙は光・ヘリオと闇・ニクトだけだった。そしてヘリオとニクトと共に時・クロノが存在した。彼らは何もない宇宙に己の一部を用いて様々な星を作った。その中でも、最後に作った星はなかなかによくできていた。ヘリオ、ニクト、クロノは太陽の神とその対たる月の女神を生んだ。名はソルとルナ。その後、海の神であるマレを生んだ。ヘリオ、ニクト、クロノはその三柱に自分たちが生みだした宇宙を監理せよと命じた。三柱はその命を受け、四季を司る竜を生み、様々な動物を形作り、最後に自らの姿に似せたヒトを作った。
 宇宙の支配を譲り受けた三柱は世界を監理するために七つの神器を作った。ソルは水<メルクリウス>の杯、金<ウェヌス>のロケット、火<マルス>の剣を監理し、太陽と生を支配した。ルナは天<ウラヌス>のティアラ、木<ユピテル>の記録書を監理し、月と時間を支配した。マレは土<サートゥルヌス>の杖、冥<プルート>の指輪を監理し、海と死を支配した。そして、命が栄えだしたその星に降り立ち、自らが生みだした命の行く末を見届けることに決めた。
 互いが互いの対であるソルとルナと違い、マレは対がいない。その不安定性からか、マレはしばしば荒れた。マレが荒れるたびに宇宙には変革が起きた。それを厭ったソルがマレを海の底に閉じ込めたことで、世界が荒れることは極端に減り、地上の生物の命が脅かされることはなくなった。

―――――

(俺が知っていた話とは随分と違うな……)

 古代言語に詳しい研究者の力を借りて読み込んだ古文書は、リュカが知っていた神話とはかなり様相が異なっていた。海の神・マレが太陽の神・ソルによって海底に閉じ込められた話など聞いたことがない。だが——

   対のいない海の神・マレが荒れるときに、世界は変革を迎える

 現在の世界の異常は、十中八九これに起因するのだろう。つまり、向かうべきは海の神・マレがおわす海底。しかし、一人間でしかないリュカには行くことなど到底できない。
 何か海底に行く術はないのかと、また別の文書へと手を伸ばす。故郷では見ることのできないソルに関する貴重な文書を読みながら、ふと手を止める。

(マレ様は海底に封印されてから、ずっとお一人、なのか……)

 あの文書からは、マレがいつ封印されたのかまではわからない。だが、神話の時代の話であるのなら、数百年では済まないだろう。そんな悠久の時を、昏い海の底で一人で生きていたマレの心中に思いを寄せる。
 ”死”という概念を持たぬ神、ましてやその”死”を司る海の神に対して思うことではないが、たった一人で、誰と話すこともない日々を”生きている”と言えるのだろうか。もしそうであるならば、それはきっと——

「哀しいこと、なのだろうな……」

 有用な記述が見当たらなかった文書をもとの棚に戻し、リュカは中央のテーブルで分厚い本をパラパラとめくっているディーナに近づく。

「ディーナ様、何か手掛かりになりそうなものは見つかりましたか?」

 ディーナはリュカの問いかけにふるふると首を横に振った。

「一つ気になる記述を見つけたので、ディーナ様の見識をお借りしたいのですがよろしいでしょうか」

 今度は首を縦に振って答えたディーナに、リュカは先ほど見つけた世界創造神話について尋ねた。ソルによって海底に封印されたマレの話についても同様に話す。ディーナは少し考えるような素振りを見せてから、ルナ<ははおや>と共有されている記憶を語りだす。

「ルナ<おかあさま>の記憶には、『マレは自分から住処を海底へと移した』とソルに言われています。ですが、昔からソルとマレの仲はあまりよくなかったようで、ルナ<おかあさま>も少しソルの言葉を疑問に思っていたようです。反対に、ルナ<おかあさま>とは仲が良く、姉弟のような関係だったと伺っています」
「なるほど……」

(ルナ様はソル様がお隠れになった原因がマレ様にあると予想がついていた……?いや、予想がついていたならば、前もって言われているはず。俺に言わないことで生じる利点は一つもない——)

 ぐるぐると思考を巡らしても、答えはでない。
 黙り込んだリュカを、ディーナは心配そうに見つめる。どうかしましたか?との問いによって、リュカの意識は現実へと引き戻された。リュカはディーナに、大丈夫ですと答える。

「ディーナ様、本日はもう遅いですし、一度情報収集は終わりにして、ロンギヌスの国王が手配してくださった宿へ向かいましょう」
「続きはまた明日、ですか。わかりました」



 国王への挨拶を済ませた後に伝えられていた場所に向かうと、そこはロンギヌスでも一、二を争う高級な宿があった。宿の主人に、各々の部屋へと案内される。豪奢な家具が並ぶそこは、まさしくスイートルームと呼ぶにふさわしい。ディーナの部屋は見ていないが、リュカの部屋とそう変わらないだろう。窓からは海が見えた。浜辺は月光に照らされ、淡く輝いている。時間の概念をなくした常夜の空には、鴎が飛んでいた。白いその姿はまるで、夜空を流れる流星だ。
 リュカがぼんやりと穏やかな海面に浮かぶ天満月を見ていると、浜辺に亜麻色があるのを捉えた。どうやらディーナは宿の部屋を出て、浜辺を散歩しているようだ。マントも着ずに波打ち際に近づいていく姿は、そのまま海に攫われるのではないか、とも思えてくる。リュカはマントと暖かい飲み物でも持って迎えに行こうと、自分の部屋を出た。


 ディーナは一人、月明かりに照らされた浜辺を歩いていた。どうしてそうしたいと思ったのかはわからない。だが、ディーナの足は何かに惹かれるように、あるいは導かれるように、迷いなく波打ち際へ向かっていく。闇夜の海は、底の見えぬ恐ろしさがあった。
 ルナ<ははおや>の記憶を垣間見てから、ディーナは自分の思考が自分のものではないように感じていた。ルナ<ははおや>に別れを告げるマレの表情を思い出すと、すうすうと、心臓の辺りに風が吹き込んだような、そんな感覚を覚える。昏い海の前に一人。それがとても恐ろしいことのように思えて、ディーナはその場でしゃがみ込み、両腕で自身の体を抱きしめた。
 ぱしゃりと軽い音を立てて、ディーナの足に冷たい波がかかる。

「さむい……」

 それはきっと気温のせいだけではなかった。

「ディーナ様、そのような格好でいてはお体に障りますよ」

 その声と同時に、ディーナの肩にマントがかけられる。振り返ると、魔法瓶を携えたリュカが立っていた。リュカはカップに魔法瓶の中身を注ぎ、ディーナに渡した。どうやら温かいレモネードのようだ。蜂蜜でも入っているのか、甘い香りが漂っている。ありがとう、と礼を言い、ディーナはカップを受け取った。蜂蜜入りのレモネードは冷えた体に染みわたり、内側から温めていく。

「おひとりで出歩くとは、何か気になることでもございましたか?」
「……何となく、海に来たかっただけ」

 ディーナに名<いのち>を与えたこの男は、ディーナに対して一歩引いた対応をする。出発前にラルフとかいう男と話していた時は、もっと砕けた話し方をしていたはずだ。それなのに、ディーナ様、なんて突き放されたように呼ばれると、折角温まったはずの体が、すうっと冷えていく気分になる。

「リュカ、それ、やめて」
「はい?」

 脈絡のないディーナの言葉に、リュカは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。

「だから、その、『ディーナ様』とか、堅苦しいの、いや、だから、やめてほしい。これから一緒に、旅、していくなら、主と従者じゃなくて、ちゃんと、仲間、になりたい」

 初めて自分自身の意志を伝える。そのことに自分が思っていた以上に酷く緊張していたようで、途切れ途切れの言葉になってしまった。恥ずかしくなって、ディーナは視線をリュカから地面に移す。
 双方無言のまま、数十秒が経った。打ち寄せては戻っていく波の音だけが厭に響く。その沈黙を破ったのはリュカだった。

「……わかった。ディーナ、これでいいか?」
「! そっちの方が、いい。……これからも、よろしくね、リュカ」
「ああ。よろしく頼む」

 複雑そうな顔をしながらも、リュカはディーナの望みを叶えてくれた。それが嬉しくて自然とディーナの口角が上がる。それを見たリュカは少し目を見開いたが、安心したように笑った。早く戻ろう、と差し出された手を取り、二人で砂浜を歩いていく。

 もう心臓は冷えていなかった。

+ 第四章 —茜に染まる空—
 翌朝、二人はロンギヌスを発った。世界に変革を齎していると思われる海の神・マレに謁見するために、まずは人魚の住む海底都市と関係の深い港街に向かわなければならない。しかし、ロンギヌスから陸路で行くとなるとかなり時間がかかる。そこでリュカとディーナは何度か船を乗り継いで行くことになった。とはいえ月明かりだけを頼りに船を出すのは相当難しいらしく、短いスパンで港に寄ることになった。いつも以上に時間がかかることを除けば、かなり順調な旅路だった。

 リュカとディーナを乗せた船は、食料などの補給のため、アーリマという運河が有名な港街で停泊した。ついでに船の点検もするらしく、一週間ほど滞在する予定らしい。その街は寒冷地故に農作物はあまり育たないようだったが、運河を利用した交易で栄えていた。
 船が停泊している間、ずっと船にいるのもつまらないだろ。街の様子でも見てきたらどうだ。と船長が言った。船内でのんびりしようと思っていたリュカだったが、ディーナが目を輝かせていたのを見て、その計画は諦め、街を観光することにした。常夜の世界で観光も何もないだろうが、折角の休息時間だ。少しぐらい息抜きしたところで罰は当たらないだろう。

(ディーナは知らない土地に興味津々のようだし、まあいいか)

 ディーナの伽藍洞の硝子玉だった双眸が、再び金剛石の煌めきを取り戻した海での一件以降、リュカはディーナの瞳にめっぽう弱くなっていた。リュカ本人も無自覚なので、心が芽生えたばかりのディーナがそのことに気づくのは当分先だ。
 ディーナに腕を引かれながら、月明かりに照らされる街を歩く。アーリマは運送の要所であるだけあって、こんな状況でも人がいたるところで活動しており、そこそこ活気があった。運河に架かる橋を渡り、商店街を進んでいく。輸入雑貨や保存のきく食料が並ぶ店が多い。ただ、ところどころに打ち壊された跡や、道の隅に瓦礫が山になっているのが厭に目についた。
 リュカが内心首を傾げていると、リュカの腕を引いていたディーナの足が止まる。興味のある店を見つけたらしい。看板を見ると、どうやらそこは染物屋のようだ。草花の色素で染められたスカーフなどが店頭に並べられている。ディーナはリュカの腕から手を放し、女性店員に声を掛けにいった。店員は商品と染め汁に使う植物を見せながら、ディーナに染物について説明してくれる。店員の横から10歳ぐらいの男の子が「これ、これもオススメだよ!」と拙い言葉で商品を宣伝していた。初めて見る物ばかりで、楽しそうに話を聞いているディーナを横目に、リュカは隣の雑貨屋の主人に声をかける。

「すみません。道の隅に瓦礫の山があるのが目立ちますが、何かあったのですか?」

 主人はちょっと驚いたような表情で「……知らないってこたぁ、ここらの人じゃないのか。こんな時期に旅なんざ、随分と奇特な方だ」と言った。

「太陽が隠れてから、ネコのバケモンがこの街を何度も襲ってるのさ。そいつらは食料だったり運ばれてきた商品だったりを奪い取ってくんだ。街の壊れてる箇所や瓦礫はそん時のだな。止めようとした奴もいたが、もともと世界が暗くなっているのに加えて、奴らが街を襲うのは月も寝静まる夜。最悪なことに向こうは夜目が利くらしく、悉く返り討ちに会って皆病院送りよ。ひどい時にゃ死人も出たって話だ」

 そう諦念を滲ませた声で笑い、ため息をひとつ零した。

「ま、アンタがどれだけこの街に留まるのか知らねぇが、夜はぜってぇ外出歩くんじゃねえぞ」
「はい。ありがとうございます」

 リュカが店主から話を聞き終えると、買い物を終えたディーナが外で待っていた。手に持っていたのは、晴れ渡る空色のスカーフとハンカチ。似たデザインのそれは、ディーナが話を聞いていた染物屋で購入したもののようだ。染物屋の前でディーナはハンカチの方をリュカに手渡す。

「これ、お隣のお店で買ったの。リュカの目の色とおんなじ」

 リュカがハンカチを受け取ると、ディーナはスカーフを自分の首に巻いた。

「本霊<おかあさま>が教えてくれた。リュカの目は世界を包む空の色だって」

 ディーナは歌うように「リュカとおんなじ綺麗な蒼、早く見てみたいなぁ」と言う。まっすぐなディーナの言葉に、リュカはなんだかむずがゆい気持ちになって、思わず目を反らす。

「あ、ありがとうございます…… もう日も暮れてきましたし、一度船に戻りましょう」

 リュカがどうにかそう返すと、ディーナはむっとしたような表情を作って「また戻ってる」と言った。ディーナに敬語が出てしまったことを謝り、視線を戻すと、ディーナは首を傾げて「変なの」と呟く。

(俺のありきたりな青よりも、ディーナの瞳の方が余程……)

 綺麗だろう。その言葉は、音になる前に飲み込んだ。





 アーリマに停泊する最終日の夜、その日はいつもと同じように、月すらない空には星が瞬いていた。星の光は世界を照らすには足りないが、美しく闇を彩っている。アーリマでの一週間は、世界の危機の中の束の間の休息時間として、とても有意義な時間だったと思う。ディーナも住民の温かさに触れ、この街がとても好きになったようだった。
 リュカが明日の出発に備えてそろそろ休もうとベッドにもぐりこんだ時、俄に街の方が騒がしくなる。何かあったのだろうか、とベッドから降り、船の窓から街の方を見た。

 街が煌々と輝いている。いや、街を照らす茜は灯ではない。焔だ。
 ——街が、燃えている。

 リュカは最低限の持ち物だけを掴み、街へ向かって全速力で走りだした。



 街は、突然の火災にパニック状態だった。何者かによって破壊された街道は、燃え広がる炎から逃げ惑う人々でごった返している。リュカは逃げ遅れた人がいないか確認するため、逃げる人波に逆らうようにして進んでいく。

「建物が石造りにしては火の回りが早すぎる……放火の可能性が高いな。だとしたら下手人は雑貨屋の主人が言っていた『ネコのバケモン』か?」

 人の流れに逆らって進むのがまだるっこしくなり、リュカは道の端に積まれた木材を足場に屋根に飛び乗った。多少煙を吸うことにはなるが、屋根の上の方が状況を俯瞰できると判断しての行動だ。予想通り、民家の屋根の上からは、状況がよく見えた。炎に囲まれ、逃げ場をなくした人はいないか、と周囲を見渡すと、リュカは親子二人を見つける。リュカにはそのどちらにも見覚えがあった。染物屋の女性店員と、その横にいた10歳くらいの男の子だ。男の子を守るように抱きしめる女性の上に、ガラガラと店の看板が降ってくる。リュカは迷うことなく剣を抜き、屋根から飛び降りる勢いのまま、落ちていく看板をぶった切った。
 突然の出来事に驚いた女性は、子供を抱えたままその場にへたり込む。

「お怪我はございませんか」
「は、はい!」

 リュカがほっと息を吐くと、女性に抱えられたままだった男の子がリュカを指さした。

「この前うちの店に来てた人だ!お兄さん剣持ってるけど、騎士様か何かなの?」
「まあ、王国の騎士団には入っているが……」

 リュカの肯定に、男の子は「スゲー!カッケー!!」と楽しそうだ。が、刻一刻と状況は悪くなっていく。リュカとしては放火犯であろう人物(?)を追いたいが、かと言って、この親子をこの火の海の中に置いていくことはできない。三人仲良く共倒れする気は更々ないのだ。

「すみません。少し揺れますが、ご容赦を」

 リュカはそれだけ言うと、男の子ごと女性を抱き上げる。突然抱きかかえられた女性が困惑したような声を上げていたが、それに構ってはいられない。再び屋根の上へ飛び乗り、できるだけ火の回っていない場所を飛ぶように駆けていく。
 暫く走ると、まだ火の手が来ていない少し開けた場所を見つけた。リュカは腕の中の親子に衝撃がかからないよう、静かに地上に降りる。

「ここまでくれば大丈夫だと思いますが、いつここまで火が回ってきてもおかしくありません。早くここから離れてください。俺にはやることがあるので」
「やることって…… あ、あなたも早く逃げないとでしょう!」

 引き留めようとする女性に、大丈夫です、とだけ返した。ぐぅっ、と押し黙った女性に少しの罪悪感を抱きながら、リュカは男の子に視線を合わせる。

「お母さんは君が守るんだ。できるな」
「! うん。母さんはおれが守るよ!」

 軽く男の子の頭を撫で、そのまま振り返らずに走りだした。その間にもどんどんと炎が広がっていく。熱に耐え切れなくなった建材が、大きな音を立てて破裂していた。住民が少しでも火を消そうと水をかけていたが、焼け石に水状態だ。

(放火犯がいつまでも火元に残っているとは思えない。人間が火を放ったならば、同じ人間でも対処できるだろうから、心配する必要はないだろう。問題は『ネコのバケモン』が犯人だった場合だ。戦闘経験のない人間には荷が重い。だが、火の回っていない港方面に逃走していれば、更に騒ぎは大きくなっているはずだから、それは考えなくていい)

 街の奥には広大な森が広がっていて、そこで木材を切り出すが、奥の方には誰も立ち入らない。と食事処の店主から聞いたのを思い出す。『ネコのバケモン』がいるのだとしたら、そこしか考えられない。

(俺が、これ以上被害が出ないよう、止めなければ)

 リュカは森を目指し、炎の中を駆ける。彼を突き動かすのは正義ではない。自分の大切な人を守りたい。ただその信念が縁だった。



 街の外れの森が見えてきたころ、リュカの耳が人ではないイキモノの声を捉えた。ネコの声にも似たそれは、一つや二つではない。声が聞こえてくる方へと急ぐと、数十匹の直立歩行するネコのようなイキモノがいた。それらは両の腕にたくさんの荷物を抱え、燃え盛る街を見て笑いながら、森の中へ入っていく。

「……逃がすか」


 リュカが森へ入っていったのとほぼ同刻、ディーナは何かが窓をたたく音で目を覚ました。ディーナは一度寝るとなかなか起きない爆睡型だった。睡眠を邪魔されて機嫌が悪いですオーラを纏いながら、音の発生源である窓の方を見ると、一羽の鴎が切羽詰まったような様子で窓をたたき続けている。ディーナにも動物の言葉はわからないが、その慌てようから、何かとんでもないことが起きていることはわかった。鴎は羽をバサバサしながら、嘴で街の方を指している。

「うそ……」

 見えたのは、赤く燃え盛る街と、焔を反射して茜色に染まった空。
 ディーナはリュカの部屋へ駆け込むが、そこは既にもぬけの殻。リュカが肌身離さず持っていた剣もなくなっている。

「、ドラゴンフライ!ハヤブサ!」

 魔法で翼を生みだし、さらに加速。悩んでいる暇はない、とディーナは船の窓から一直線に街に向かって飛んだ。

「コール・スコール・コード」

 ニンゲンが使えば家一軒の火を消すのが限界だろうが、月の女神の分霊<むすめ>であるディーナには関係ない。街全体の大半を覆っていた炎は、呼び出された雨雲から降り注ぐ沛雨によって速やかに鎮圧された。街を包み込む炎が消えると、周囲は再び闇に溶ける。唯一の光源は避難した住民が灯した灯だけ。

「リュカ、どこ行ったの……」

 焼け残った灯台の上から街を見渡しても、白銀は見当たらない。

(誰か、リュカを知っているヒトがいれば……)

 そう思って避難所になっている広場を見るが、突然の雨により火事が一瞬にして終わったことに呆然としている者、今まで築き上げたものが破壊され、悲嘆にくれる者ばかりで、話は聞けそうにない。視線を広場からずらしたディーナは、何度も後ろを気にするように走る母親と、その手を引き、避難所に向かっている少年を見つけた。初日にスカーフとハンカチを買った店の店員親子だ。
 ディーナは灯台の上から、二人の前に舞い降りる。白い翼を持った少女が空から降りてきたことに、親子は目を丸くした。降りてきた少女が数日前に店に来ていた人だと気づいた少年は、「天使様だったの?」と目をキラキラさせる。

「銀髪の、剣持った人、見ませんでしたか」
「騎士様は『やることがあるから』って街の奥の方に走ってったよ!」
「街の奥には森があります。もしかしたらそこに……」

 奥の森。この一週間の中で、話だけは何度か聞いていた。最近この街を脅かしているバケモノはそこから来ている、という噂がある。絶対に奥には入るな、一人で森に行くな。と子供たちは耳に胼胝ができるほど言われるのだとか。

(そんなところに、リュカが一人で?)

 ぎゅっ、と無意識のうちに唇をかみしめていた。ディーナは「ありがとうございます」とだけ言い、親子と別れる。そして、奥の森を目指して羽搏いた。



 街の奥の森は、風上にあったからか、ほとんど火災の被害を受けていなかったようだ。今でこそ真冬の寒さだが、夏真っ盛りだったからか、森は木の葉が生い茂っており、飛んで移動することはできなそうだ。そして、光源なしでは進めそうにないほどに暗い。

「ピュア・クリスタルライト」

 ディーナは地面に落ちていた手のひらサイズの石を拾い、水晶化させて光源にした。遠くまでは見えないが、足場の悪い森を安全に歩くことはできるだろう。その灯りを頼りに、森の奥へと足を進めようとしたとき、ざぁっと大きな風が吹いてきた。

「鉄の、臭い……?」

 風が枯葉と共に、錆びた鉄の臭いを運んできたのに気づく。こんなところに、鉄でできたものが落ちているはずもない。答えに辿り着いたディーナは、その臭いの下へと、一目散に走りだした。
 何度も木の根に足を捕られながらも、何とか辿り着く。そこにあったのは、こちらに背を向けて佇む見慣れた人影と、大量のイキモノだったもの。どれも一撃で急所を突かれ、物言わぬ肉塊にされたような状態だった。酷い獣臭と血の臭いにむせ返りそうになりながら、ディーナは見慣れた人影に近づく。

「リュカ……何があったの?」

 ディーナの震える声に、リュカが振り返った。ディーナの持つ水晶に照らされ、リュカの姿が闇から浮かび上がる。その手にある剣からは生暖かいものが滴り落ちていて、先ほどまで、それが何に使われていたかは明白だった。リュカの色素の薄い髪と肌に、悍ましいほどの朱が映える。リュカはごっそりと感情が抜け落ちた表情のまま、「どうしてここに来たんだ」と問うた。
 ディーナはそれに答えられず、俯いてリュカから目線を反らす。そんなディーナを見て、リュカは「見られたくはなかったんだが……」と呟いた。

「今までに何度も街を襲ってきた犯人。街に火を放って、住民がいなくなったところを火事場泥棒したのもこいつらだ」

 リュカは剣を振り、滴りを払って鞘に納めた。そして、笑おうとして失敗したような表情で、火をつけたことを認めたのが許せなかった。と吐き捨てるように言う。世界が闇に呑まれてなお晴れ渡っていた空は、あかい海の真ん中で、腐りゆくのを待つだけとなったモノたちを、憎々し気に睨んでいた。

「……そっか。リュカは街の人たちを守ろうとしたんだね。
 怪我はしてない?染物屋の子、心配してたよ。早く戻ろ」

 ディーナはそれ以上何も言わなかった。いや、言えなかった。そんなディーナの内心を知ってか知らずか、リュカは怪我はないとだけ言い、静かにディーナに従った。ディーナに気を使ったのだろう。リュカはいつもより距離を空けて歩く。自らが作り上げた惨状を振り返ることはせず、二人はその場を去った。



 リュカが街に戻る前に軽く身を清めるなどをしていたことで、二人が街に戻るころにはすっかり夜も明けて、月が街を照らしていた。船員に夜中に書置きもなしに抜け出したことを注意されたが、昨夜街に何が起きていたのかは知っていたため、火を放った犯人を追いかけていったことを正直に伝えると、大したお咎めにはならなかった。少しのお小言の後、船員は「出航の準備は完了しているから早く船に乗ってくれ」と言った。船は燃えなかったのかと訊くと「多少飛び火があったものの、大きな損害が出る前に止められたから問題はない」と言われた。「昨夜の大雨で街の火が消えて、少しずつ復旧作業を始めるから大丈夫だ」とも。
 船員に促されるままに船に乗り込んだ二人は、慌ただしくアーリマに別れを告げ、人魚と関わりの深い港町へと旅路を進めることになった。
+ 第五章 —あいをのぞむ者たち—
 数日かけて、船は(比較的、という但し書きが入るが)人魚と交流の深い港町に着いた。そこは物の交易というよりは人の行きかいが多い都市のようだった。観光地としての側面が強いらしく、露店が多く点在しているが、今はどこも店を閉めているのか、大通りも人通りはまばらだった。都市の中心部には小さな神殿があり、そこでは海の神・マレが祀られているのだという。
 マレに謁見する方法を求め、神殿へと向かおうと船を降りた二人の前に、一羽の鴎が降り立った。その鴎はついてこいと言わんばかりに二人の前をひょこひょこ歩いていく。

「あの鴎、見たことある。アーリマで火事起きてた時、わたしの部屋の窓叩いてた子。ここまでついてきたのかな?」

 ディーナはそう言って、前を歩く鴎の後をついて行く。リュカは疑いもせずに鴎について行くディーナを引き留めようと声を掛けるが、ディーナは「大丈夫。悪い気はしない。わたしたちを案内してくれてる」と言って、そのまま進んだ。そんなディーナを見て、リュカは諦めたようにため息を零して、ディーナの後に続く。
 白い鴎は二人が付いてきているのを確認するように後ろを振り返って、船が停泊している整備された港の裏側の方へと向かっていった。鴎に従い進むにつれて砂浜が減っていき、歩きにくい岩場に変わってくる。波が岩に打ち付けて、飛沫を少し被った。
 暫く歩きずらい岩場を進むと、小さな洞窟に辿り着く。そこは月明かりすら届かない暗闇で、明かりなしには到底進めそうにない。ディーナはアーリマの時と同様にピュア・クリスタルライトを発動させ、洞窟内を行動に支障のない程度に照らした。魔法の光に照らされた洞窟に、波風に削られた荒っぽさはなく、丁寧に研磨された鍾乳洞のような美しさだけがあった。底には海水が溜まっているはずなのに、その上を歩くことができた。足を進めるごとに、波紋が広がっていく。最奥は少し開けており、その中心の水面が円状に淡く輝いていた。天井から滴り落ちる雫が、光る水面を揺らしている。
 鴎はその光の方へ二人を手招きするように翼をはためかせた。ディーナは躊躇するリュカの手を引き、光の中心へと歩み寄る。二人が光の円の中に入ると、水面が強く輝きだす。暫く見ていなかった眩しさに、ディーナは思わず目を瞑った。





 目を開けるとそこは海の底だった。しかし、呼吸ができないといった不具合はない。水中では限られるはずの光も何故か豊富にあり、海中であるということを除けば、陸上よりもよほど現実らしい。すうっと二人の間を、鮮やかな小魚たちが通り過ぎていく。辺りには水流によって揺れるイソギンチャクや、美しい珊瑚が多くあった。遠くには、都市にあるものとは比べ物にならないほど大きな神殿が見える。知識としては知っていたが、ここまでなのか、と思わず見とれた。
 隣にいるリュカの方を見ると、リュカも空色を見開いて、呆然としている。一面に広がる藍の中で、リュカの空は一際輝いていた。

 物珍しい海底の風景を望む二人は、こちらを窺っている影に気づかない。その三つの影たちは、音もなくリュカに近づくと、ギュイギュイと鳴きながら、リュカの周りをぐるぐると泳ぎだす。

『ニンゲン!ニンゲンがいるよ!』
『ヒレが二本に分かれてる。これでよく海の中を泳げるね』
『なんでこんなところにいるのかなぁ?』

 影は5メートルはあるだろう魚、いや、人魚と称すべきイキモノだ。しかし、その姿は御伽噺で語られるような「上半身は人間、下半身は魚で、美しい容姿をしている」とされる人魚とはかけ離れている。全身が鱗で覆われた全身、灰褐色の長い尾びれ、水中を揺蕩う海藻のような髪。三匹の人魚はニンゲンが物珍しいらしく、好奇心旺盛な目を隠そうともしない。雌雄の区別が難しいが、ディーナは何となく三匹とも雌かな、と直感的に思った。
 三人に纏わりつかれているリュカはというと、突然見たこともないイキモノに絡みつかれたことに驚いたのか、目を丸くして固まっていた。

『このコの目、キレイだねぇ』
『海の藍とはちょっと違う。何のあおだろう』
『アタシ知ってる!これはね、ソラだよ!ソラのあお!』

 そんなリュカを気にも留めず、人魚は面白そうにリュカを観察している。海の中では見ることのできない空色に興奮しているようだ。

「この三人は何を言ってるんだ……?」

 ギューギューと鳴き続ける人魚を困った顔で見ながら、リュカはそうぼやいた。そして「ディーナはわかるか?」と問う。問いかけられたディーナは「わかるよ」と答えようとして、ぴたりと止まった。人魚のうち一匹がリュカの顔に鋭い爪を持った手を添えたからだ。他の二匹もリュカの動きを制限するかのように、蜷局を巻き始める。

『キレイだね。おいしそう』
『オソラ、いいなぁ……ほしいなぁ』
『取り出せはアタシのものにできるかも。ちょっとぐらいいいよね!』

 人魚が何を言っているのかわからないリュカは、ぐいぐいと距離を詰めてくる三匹をどうあしらうべきかわからず、かと言って害を及ぼされたわけでもないため、剣を抜くことはしない。そんな無防備なリュカと、リュカを自分の所有物のように言う魚。——許さない。

(リュカはアンタたちのモノじゃない!)

『去ね。それはわたしのもの。お前らのような魚風情にはやれぬ』

 ディーナの沸き上がる感情が魔力によって具現化され、ずるりと、足元から蔦が伸び始める。怒りに呼応するように、蔦が三匹の尾びれに絡みつき、締め上げていく。締め上げられた人魚たちは、はじめはキャラキャラとはしゃいでいたが、次第にディーナの本気度を悟り、『そんなに怒んないでよぉ』『あなたのものだって知らなかったの!』『ごめんなさい……放してっ』と助けを乞うた。

(神のものに手を出したこと、その身を以って思い知れ)

「ディーナ?!何をっ」
「黙って」

 初めて見るディーナの姿に、リュカは小さく肩を揺らす。締め上げられた人魚たちが許しを乞うているのは、人魚の言葉を理解できないリュカでもわかった。相手が謝罪をして、なお手を緩めないディーナを見て、リュカはすぐさま剣を抜き、人魚の鰭を戒めている蔦を一太刀で斬り捨てた。拘束が解けた人魚たちは、へたりと海底に落ちていく。殺されなかったことの安堵から力が抜けたようだ。
 リュカはキュイキュイと泣く人魚に目をやり、そうしてディーナに向き直った。

「ディーナ、どうしてこんなことをしたんだ」
「……」

 リュカの澄んだ蒼穹がディーナを射貫く。心配と疑問が半々といった感じの声だ。澱んだ感情に支配されていたディーナは、その空を正面から見ることができなかった。
 ディーナもリュカが自分のものにならないのは十分承知している。リュカはリュカ自身のものであって、月の女神の分霊<むすめ>であっても、それを変えることはできない。だからこそ、魚たちがリュカを我が物のように扱うことを考えたら、もう止められなかった。
 暫くの沈黙の後、折れたのはリュカだった。ため息を一つ零し、「時間は限られているから、早くマレ様の神殿に向かおう」と言って、ディーナに右手を差し出す。ディーナはその手を取らずに、海底に落ちている人魚たちに『マレ様の神殿の場所、知ってるなら案内して』と言った。

(あんな真っ黒な感情がバレるくらいなら、手なんて繋ぎたくない)

 自分たちを殺しかけたディーナに圧を掛けられ、首振り人形と化した人魚たちは、怯えた声で了承の意を返した。ディーナはぎこちない動きで泳ぎ始める人魚たちの後について、振り返ることなく歩き出す。後ろを歩くリュカが、ディーナに取られなかった手を見て、諦めたように笑っていたことには気づかなかった。





 人魚たちが導いた先には、ルナやソルの主神殿と遜色ない、絢爛豪華な神殿が存在していた。リュカは人魚たちに言葉は通じないながらもお礼の言葉を告げ、持っていたコインを一つずづ渡す。人魚たちは渡された陸のコインを見て目をキラキラさせていた。一匹、二匹と離れていく中、一匹だけが最後まで名残惜しそうにリュカのことを見ていたが、それに気づいたディーナがリュカに聞こえない声で『失せて』と言ったことで、捕食者に見つかった小魚のように逃げていった。

 神殿の中は周囲の海と同じく明るかったが、とても静かで、自分たち以外の生き物の呼吸音が聞こえないことに違和感を覚える。小さな魚たちでさえ、海の支配者たるマレの機嫌を損ねぬよう、息を潜めているのだろうか。

「月の女神・ルナ様の命にて参りました。リュカ・メリオルトと申します。海の神・マレ様へのお目通りは叶いますでしょうか」

 リュカの声が藍の世界の中で反響し、沈黙の帳を揺らす。すると、どこからともなく返答が返ってきた。

「わざわざこんなところまで姉上のお使いが?……随分と酔狂な人間もいたもんだ」

 そんな声と共に現れたのは、どことなくディーナに、いや、ルナ<ははおや>に似ている美丈夫。金青の髪と藍玉の瞳、右手の中指に着けた鈍色の指輪。受け継いだ記憶の中にもある。間違いない。彼が海の神・マレだ。マレは、面倒だと言わんばかりの表情を隠しもせず、姉の使いを自称するリュカを眺めた。そして、隣に立っているディーナに気づくと、目を見開いた。

「姉上にそっくりだが、姉上ではない……そちらの者。名前は何という」
「ディーナと申します。わたしはルナによって生みだされた分霊<むすめ>ですので、似ているのは当然かと」

 マレは自身の姉であるルナの分霊<むすめ>に興味が湧いたのか、先ほどまでと表情をがらりと変え、嬉しくて仕方がないといった笑顔になった。

「姉上の分霊<むすめ>……なるほど。それで?姉上の分霊<むすめ>よ。姉上からの伝言はなんだ?」
「今、世界が真っ暗で、このままだと生命が息絶えてしまいます。それを食い止めるために、行方不明になった水<メルクリウス>の杯を探してるんです」

 ディーナはマレへの伝言などは聞いていないため、その事実を誤魔化すように状況を説明する。ディーナが水<メルクリウス>の杯を話題に出したところで、マレがピクリと反応した。それに気づかなかったディーナは「何かご存知ですか?」と尋ねると、マレは鼻で笑った。

「確かにソルが監理してた杯を持っているのは私だ。だが、奴は片割れがいないが故に不安定な私を疫病神だと、こんなところに押し込めておきながら、堂々と世界を、”生”を牛耳っている。不公平だとは思わないか?だから奪った。ただそれだけのこと」
「か、返してもらうことは……」
「何故?姉上の使いが来たことは喜ばしい。しかし、私を海底に閉じ込め、世界の滅亡の引き金を引いたのはソルだ。ソルが直接来るのが筋というものだろう」

 マレは返答に困り、泣きそうになったディーナを見て、一瞬固まったが、すぐに元の笑顔になり、それ以上何かを言う素振りは見せない。

「……本当にそれだけですか」

 二人の間に落ちた沈黙を破ったのは、リュカの静かな問いだった。


 途中から蚊帳の外に押しやられたリュカは、会話に割り込むことはせず、ずっとマレを観察していた。だからこそ思う。「本当にソルが憎くて今回の事を起こしたのか」と。ディーナがルナの娘だと知ったときの笑顔は、若々しい見た目と比べても、随分と幼い印象を受けた。ソルへの怨み言を言っているときは、どこか泣きそうになりながら笑っていたように感じた。そして、ロンギヌスで見つけた古文書。この世界に生命が誕生して幾ばくも立たずに海底へと封印された、その孤独想う。

「マレ様、貴方は心の底からソル様を呪っていたわけではないのでしょう?」
「、何が言いたい」

 マレはリュカの言葉に、ぐっと唇を噛んだ。リュカは困惑するディーナの前に立ち、正面から藍玉を見上げた。藍の世界で、蒼空と碧海が交差する。

「ただソル様から奪い、世界を壊したいだけであれば、奪った杯をすぐに壊せばよかったのに、ソル様の来訪を待っていた」
「煩い」
「好きの反対は無関心、とはなかなか言い得て妙ですね」
「違う」
「貴方はこんな仕打ちをされて尚、ソル様を本心から嫌うことはできなかった」
「黙れ!!」

 杖が首筋に突きつけられる。ここで殺されるかもしれない、という予感がよぎる。それでも、リュカは止まってやるつもりはなかった。

「ただ、二人に愛してほしかった」

 淡く微笑み「違いますか?」と問えば、マレは何も言わずにリュカの首から杖を離して俯いた。藍玉からはらはらと涙が零れていた。海水に触れた雫は真珠へと姿を変え、海流に乗って流されていく。それと同時にマレの姿がだんだんと小さくなっていき、5,6歳の少年の姿になった。リュカは突然マレの体が縮んだことに驚きながらも、目線を合わせるために神殿の床に跪く。泣きじゃくる幼子を宥めるように軽く頭を撫でると、マレは小さく嗚咽を漏らしながら語りだした。

「……兄上は、ぼくがこの世界に生まれ落ちたとき、『三柱でずっと守っていこう』と言ってくださった。だから、お役目を果たせるように、一生懸命頑張ったんだよ。それなのに、ぼくが不安定で、使えないとわかった途端、海の底へ閉じ込めたんだ。初めはぼくに海を治めろということなのかなって思ってた。だけど、どれだけ問いかけても、兄上からの返事は……」

 そこまで言うと、マレは目の前にいるリュカに抱きつき、静かに泣いた。

「ぼくの何がダメだったのかなぁ……
 力を上手く使えなかったから?何度も失敗して生き物を殺しちゃったから?わかんない、わかんないよぉ……」



 マレはリュカに抱き着いたまま、暫く泣き続けた。ディーナも、その側にそっと寄り添う。数千年溜め続けた涙を流しきったマレは、子供の姿のままリュカに「ありがとう」と恥ずかしそうに呟いた。そして、リュカから離れると、くるくると小さな渦潮を作り、水<メルクリウス>の杯を召還する。

「これ、兄上に返してきてくれるかな。ぼくはこの神殿から出れないし、海の生き物たちを守らなきゃいけないから」

 そう言って、マレは小さく笑った。その笑顔が寂しいという気持ちを押し殺したものに見えて、リュカは思わずマレの手を取る。

(この子に、ずっとひとりぼっちだった海に、小さなことでもいいから、一つでも希望を)

 何を言うのが正解かはわからなかったが、ただその一心で、どうにか言葉を紡ぐ。

「……世界がもとに戻ったら、必ずまた会いに来ます。約束です」
「! 破ったら許さないからね!」

 赤くなった目元をそのままに、マレは見た目相応の笑顔を浮かべた。
+ 第六章 —世界の夜明け—
 マレから水<メルクリウス>の杯を受け取り、二人はマレと別れた。元来た道を辿り、鍾乳洞を抜けて地上に出る。船の停泊しているところに戻ると、血相を変えた船員に詰め寄られた。

「ああ!ご無事でよかった!!一週間もどこへ行かれていたんですか!?」
「……は?」

 一週間。いま自分の目の前の男は「一週間」と言ったのか。自分たちが美しくも寂しい藍の世界にいたのは、一日にも満たないはずなのに。

「既に出航の準備はできておます。早くお戻りください」

 船員は二人を船に向かって誘導する。さあさあ早く早くと言わんばかりの様相で、船員が二人の背中を押し、船に乗せると、船長はすぐ出航の合図を出した。
 港から離れていく船の上で、リュカは海を眺める。海の底の幻想郷、そこは時間の流れすら歪んだ、彼の牢獄。

(必ずまた来ると、約束したから)

 だから今は、しばしの別れ。再びの会いを静かに願っていよう。





 船は順調に波の上を進んでいく。往路と同じく、船員の休息のために、アーリマの港に寄った。とはいえ、今回の停泊の予定は二日。本当に一時的な停泊になるとのこと。
 空が茜に染まったあの日から一月が経った街は、少しずつだが、復興を始めているようだった。それでもまだ、痛々しい傷跡がいたるところに残っている港に降り立つ。街を訪れた二人を、街の議員たちが迎えた。ディーナがあの火事の中で何か目立つことをしたのか、彼らの視線はディーナに集中している。議員の中でも一際身なりの整った初老の男が、ディーナに向かって頭を下げた。

「あの日、燃え尽きるのを待つばかりだった私たちの街を救ってくださり、本当にありがとうございます。貴女様が降らせてくださった雨のおかげで、あの炎の海の中で、誰一人命を落とすことはありませんでした。この御恩、感謝してもしきれません」

 男の後ろに並んだ他の議員たちも、揃って頭を下げる。
 男の言葉を聞いて、リュカは自分が『ネコのバケモン』を殺った後、街に戻った時には既に火が消えていたのが、ディーナのおかげだったのだと思い至る。魔法は確かに誰にでも使えるが、その力の大きさは限られる。街全体を覆っていた炎を消すぐらいの大掛かりなものだったのなら、女神の分霊<むすめ>としての力を存分に使ったのだろう。

「あれ以降、バケモノによる被害もなくなりました。完全に復興するには、まだ時間はかかりましょうが、必ず成し遂げてみせます」

 男は最後にもう一度「ありがとうございました」と言い、一礼して議員たちと共に復興作業へと戻っていく。去っていく一団を見送り、ディーナが船に戻ったのを確認したリュカは、一人森へと続く道を辿る。
 あの日、自分が生みだした地獄が、今どうなっているのか。あの行為を後悔したいわけではない。数十の屍を作り上げた張本人として、見届けなければ、そう思ったからだ。あのまま放置されているのだとしたら、せめて埋葬するぐらいはしたかった。



 森は季節が止まったかのように鬱蒼と生い茂っており、僅かな月光すら届かない。何者かによって拒まれていると感じるほどだ。リュカは持ってきていたランプに火を灯し、周囲を照らす。一か月前にリュカが地獄を作ったそこには、風雨に晒され、骨だけになり始めた屍体があった。獣が喰い荒らしたのか、原型を留めていないものも多い。海底神殿に赴いていた間に雨が降ったのだろう。血の跡は殆ど洗い流されており、残った肉片から腐臭が僅かに漂っているだけだった。リュカは持ってきていたシャベルを用いて、奪った命の分だけ埋葬するための穴を掘る。場所は少し開けたところにある、大きな公孫樹の下にした。
 できる限り原型を崩さないように気を付けながら骸を穴の底へ安置し、丁寧に土を戻して埋葬する。最後の一体を埋め終えると、公孫樹の根元には数十の小さな土の山が並んでいた。リュカは紫苑を一輪手折り、その前に置いて、元来た道を戻っていく。振り返りはしない。後悔もしないと決めた。ああ、でもせめて——

(どうか呪うなら、俺だけにしてくれ)

 傲慢な願いだとはわかっている。それでも、そう願わずにはいられなかった。


 リュカに促されるまま、一度船に戻ったディーナだったが、いつの間にかリュカが船から消えていることに気付き、再び街へ赴いていた。あの日は街を焼く炎を消した後、すぐに出航してしまったため、火災で街がどうなってしまったのかは知らない。記憶に残っている街並みと照らし合わせるように、リュカとお揃いにしたスカーフを買った染物屋までの道のりを歩く。

「あの時の天使様!」

 聞き覚えのある声を背後から投げかけられ、ディーナは後ろを振り返る。そこにいたのは、染物屋の息子だった。「天使様はなんでアーリマにきたの?あの時の真っ白いつばさはどうしたの?」と無邪気に問いかけてくる。ディーナは少年のと目線を合わせ、とびきりの秘密を打ち明けるような声色で答えることにした。

「わたしたちはね、この真っ暗な世界をもとに戻すために旅をしてるの。水<メルクリウス>の杯って知ってる?」
「本で読んだことあるよ!世界を守ってるお宝なんでしょ?」
「そう。世界を救うために、そのお宝が必要で、今はお宝を探す旅の帰り道」

 少年は目をキラキラさせ、「じゃあお宝見つかったんだね!」と言った。ディーナはそれに是と返す。

「ここに寄ったのは、船の休憩のためだよ。船もずっと動きっぱなしだと疲れちゃうからね」

 納得したといった風に頷く少年に「だから、明後日にはここを発つよ」と言う。

「そっか…… 頑張ってね!!」
「うん。必ず元通りにするから」

 元気よく手を振る少年につられ、ディーナから笑顔が零れた。





 二日後、船は恙無く出航しロンギヌスに到着した。事前に手紙を送っていたため、船から降り立つと、ソルの神殿の聖職者たちが迎え入れ、神殿の内部へと案内すると言った。リュカはそれを聞いて、水<メルクリウス>の杯を納めた箱を持ち、先導する聖職者たちの後をスタスタを歩いていき、用意されていた馬車に乗り込む。一歩出遅れたディーナも、彼らにおいて行かれないよう、急いで船から降りた。
 前を歩くリュカの背を見ながら、ディーナは少年と話した日を回想する。船に戻ってきたリュカに、何処へ行っていたのか問い詰めたが、街を見て回っていただけだと言われ、詳しく聞くことはできなかった。海底神殿から戻ってきて以降、どこかよそよそしいリュカの態度がディーナの心を波立たせる。

(何か、あったのかな……)

 あれこれ悩んでいたからか、ディーナが気づいた時には既にソルの神殿の前に着いていた。
 以前見たときも思ったが、随分と絢爛豪華な造りだ。大理石の床は美しく磨かれ、柱には繊細な彫刻がなされている。壁に刻まれたレリーフは、世界創世神話を模したものやこの神殿の主神、ソルの司る太陽や生命の誕生を表したものが多い。太陽のない暗闇の中でも、煌びやかな宝石の光が神殿全体を包み、ほのかに辺りを照らしている。
 聖職者は最奥の間に通じる扉の前まで二人を案内すると、深く頭を下げた。

「我らより、ルナ様からの神託をお受けになった貴方方が向かわれる方がよろしいでしょう。ソル様に、どうかよろしくお伝えください」

 そう言って、彼らは自分たちの仕事に戻っていった。
 最奥の間は、世界よりも更に深い闇。淡く光りだした水<メルクリウス>の杯だけが光源だった。リュカが杯を掲げながら、その光を頼りに最奥の間を進んでいくと、三つの台座が目に留まる。中心の台座には剣、その右隣にはロケットペンダントが鎮座していた。左の台座には何も乗っていない。神話の通りならば、中心の剣が火<マルス>の剣、右のロケットペンダントが金<ウェヌス>のロケットだろう。
 リュカは左の何も置かれていない台座に近づき、手にしていた水<メルクリウス>の杯をそっと台座の上に乗せる。瞬間辺りが強い光に包まれ、視界が白に染まった。しかし、それも数秒のこと。すぐに光は落ち着き、元に戻った。いや、元の闇の世界に戻ったわけではない。自分たちの周りは依然として明るい。

「ああ。失せ物を探してきてくれたのか」

 驚愕のあまり声も上げられないままでいた二人に、近づいてくる人影があった。それは、鬱金の髪と日長石の瞳を持つ美しい男だった。太陽の神・ソルだ。ソルはたれ目がちで表情が読みにくいのも相まってか、他二柱よりもミステリアスな雰囲気が漂っている。
 ソルは徐にリュカに近づき、リュカの蒼穹を正面から覗き込んだ。突然の、しかしどこかデジャヴを感じる状況に、リュカはそっと目を反らそうとするが、ソルの手がそれを阻む。

「な、何か……」
「ふむ。なるほどな。ルナは吾の好みをよく理解している。流石は吾の片割れだ」
「……はい?」

 至近距離でリュカを観察するソルに嫌な予感を察知したディーナは、リュカの腕を引き、物理的にソルから離れさせた。その様子すらも、ソルは面白そうに見ている。

「ほうほう。ルナの分霊<むすめ>は空の子に随分とご執心なのだな」

 そう言うと、今度はディーナの方へぐっと寄ってきた。先ほどからパーソナルスペースがおかしい。あまり近づかないで。と思っていても、本霊<ははおや>の片割れたるソルに直接そんなことは言えない。言えない分、不快ですという表情を隠さずにソルを睨んだ。頭一つどころではない身長差のせいで、ただの上目遣いになっている気もしたが、そこは気にしてはいけない。

『ルナの分霊<むすめ>よ。これからも空とともにいきたいと願うのなら、好機を逃すな。どんな方法を使ってでも、その手で捕まえておけ』
「え……?」

 ソルはディーナにだけ意味が伝わるように、古代言語で忠告ともとれる言葉を紡ぐ。状況が読めず、かと言って話に入れる気配がないため、黙って二人のことを見つめるリュカを他所に、ソルはリュカの方へ視線をやりながら『空はどうも怖がりな性分らしい。このままだと一人で姿を消しかねんだろうな』と小さく笑った。ソルの言葉の意味が分からず、詳しい説明を求めるディーナを遮るように、ソルは「さて」と台座に乗せられた三つの神器を指さしながら言う。

「世界を監理するための神器が揃った今、世界は少しずづもとに戻っていくはずだ。手間をかけたな」
「……ソル様。差し出がましいことかとは思いますが、一度、マレ様に会いに行っていただくことは可能でしょうか」

 リュカのその言葉に、ソルは少し驚いた表情になったが、すぐに元の感情の読めない顔に戻った。

「マレに会ったのか」
「はい。海の底で一人、海の生き物たちを守るために、神殿から出ることができないとのことでしたので、マレ様の代わりに杯をお返しに参りました」
「そうか。あいつもついに…… マレには空いている時間を見つけて会いに行く。安心してくれ」
「! ありがとうございます」
「ああ。空の子も長旅で疲れているだろう。早く故郷へ帰るといい」

 ソルに促されるままに、二人はソルの神殿を出る。国のいたるところから、明るくなり始めた世界への歓声が聞こえてきた。
 見上げた空は美しい曙色。世界の夜明けは、もうすぐそばまで来ている。




+ 終 章 —あなたと共にあるために—
 故郷への帰路は、朝陽に祝福されたかのように順調だった。春の麗らかな陽光の中、馬車は流れるように進んでいく。旅立った時は夏の暑い日だったのに、いつの間にか季節は三つも過ぎていたらしい。暖かな日差しに包まれた王国からは、人々の楽しそうな声が響いていた。王国の門番をしている兵士たちが、近づいてくる馬車に気づき、「メリオルト騎士団長がお戻りになられたぞ!」と内地に向かって叫ぶ。

「シュラハト副団長に報告しろ!国王にも伝令を飛ばせ!!」

 シュラハトはラルフのファミリーネームだ。しかし、目の前の兵は副団長、と言ったか。

「ラルフは、騎士団長になったのではなかったのか?」
「シュラハト副団長は騎士団長の地位を辞退したんですよ。『オレは団長なんて柄じゃねぇよ』って言ってました。だから、今も騎士団の長は貴方です。メリオルト騎士団長」

 なんとも形容しがたい感情が、リュカの中に溢れでてくる。嬉しいような、気恥ずかしいような、そんな感情。リュカは上がりそうになる口角をどうにか抑えつけながら「そうか」とだけ返した。
 リュカは乗ってきた馬車をもう一人の門兵に引き渡す。馬の手綱を渡された兵は、一礼して馬車馬を引き連れて、宿舎の方へ向かっていった。王宮からの馬車を待つ間、二人は小さな応接室に案内される。最高速で伝令を送ったとはいえ、戻ってくるまでは暫くかかるとのこと。門兵は二人に席を進め、三人分の飲み物を用意して戻ってきた。

「シュラハト副団長、太陽が戻ってからずっとソワソワしてましたよ。心なしか剣のキレもよくなってましたし」
「それはそれは。戻ったら手合わせを申し込むか」
「ぜひ見てみたいです! ああでも、お二人が本気で模擬戦をなさるなら、訓練場貸し切りにする必要がありそうですね」

 門兵はそう言って楽しそうに笑った。
 門兵が持ってきた飲み物が無くなったころ、王宮からの馬車が到着する。

「おかえり。ちゃーんと騎士団は守ってやったぜ。メリオルト騎士団長サン」

 その馬車の御者席に座っていたのは、ラルフだった。ラルフは「早く乗れよ。国王陛下がお待ちだ」と言って、二人に馬車へ乗り込むよう促す。王宮の馬車は旅に使用していたものよりもかなり大きく、内装も豪華だ。
 リュカはできる限りディーナと距離を取れるよう、ディーナの対角に座る。アーリマと海底神殿での出来事以降、リュカはディーナに触れることが怖くなっていた。立場上、自分の手が既に真っ赤に染まっていることはわかっている。その時は隠し通していたとはいえ、そんな自分と「仲間になりたい」と言ってくれたディーナに、リュカは確かに救われていたのだ。しかし、アーリマで自分の本性をディーナに見られ、海底神殿でディーナに伸ばした手が取られなかった。そのことがリュカを酷く臆病にした。

(こんな不相応な想いなんて、早く棄ててしまえ)

 ディーナはわざわざ離れたところに座るリュカに何か言いたげだったが、話しかけることはしなかったため、二人は一言も話すことなく、馬車は王宮へと辿り着いた。ラルフに案内され、国王の待つ広間に通される。道すがら、ラルフに「ディーナ様と何かあったのか?」と尋ねられたが、曖昧に濁した。ラルフは、リュカの姿が広間の中に消えるまで心配そうにその背中を見つめていた。普段は戦闘狂で軽薄な言動が目立つ癖に、こういうところは本当に鋭い。
 国王は報告を受け終わると、見事に神意を遂行したリュカへの称賛と、そんなリュカに手を貸したディーナへの感謝の言葉を述べる。そして、リュカにルナにも報告に行くように命じた。ラルフが大理を務めていた時の仕事の引継ぎはその後で良いとも言われる。「太陽が世界を照らし始めたので、ルナ様は暫く神殿に籠り、休息をお取りになる。無事に帰ってきたことを、ルナ様にもお伝えしなさい」ということらしい。リュカとしても、ルナに感謝を伝えたいと思っていたので、異論を挟むことなく了承の意を示した。



 ルナの神殿は、繊細な彫刻や装飾が特徴で、ソルの絢爛豪華な神殿とはまた違ったの美しさを持っている。どの神殿でも思うことだが、自分のような死<ケガレ>と深くかかわる人間が神々のおわす場所に易々と入って良いものなのだろうか。そんなリュカを置いて、ディーナは勝手知ったる顔で中へ入っていく。それを見たリュカはひと呼吸おいてから、ルナの神殿へと足を踏み入れた。
 ルナは神殿の玉座に腰掛け、二人の到着を待っていたようだった。眷属とみられる者たちが、甲斐甲斐しくルナの世話をしている。二人に気づいたルナは、ふわりと微笑んで手招きをした。二人がルナに近づくと、一脚の丸机と二人分の椅子と茶菓子が現れる。眷属が「お座りください」と着席を促した。

「ソルから概要は聞いている。我が片割れが手間をかけた。……まさかマレが元凶だったとは」

 ルナは小さくため息を吐いて、「いずれ会いに行くべきだろうな……」と呟く。

「リュカ、神々<われわれ>の騒動に巻き込んで済まなかった。本当にありがとう」
「身に余るお言葉です。この旅は私だけでは成し遂げられませんでした。ディーナの力あってこそです」

 リュカは改めてディーナの方を向き、金剛石を正面から見る。ああ、随分と久しぶりな気がする。もう会うことがないと思うと、視界が霞みそうになったが、別れはいずれ来るもの。感傷を心の奥底に押し込み、言葉を紡ぐ。

「ディーナ。今まで俺と共に旅をしてくれて、ありがとう」

 椅子から立ち上がり、改めて月の親子に頭を下げた。ディーナが驚いたような表情でリュカを見る。

「では、私は仕事の引継ぎがありますので、そろそろお暇致します」

 背を向けて立ち去ろうとするリュカの腕を何かが掴む。突然ぐいっと後ろに引っ張られ、耐え切れずに数歩たたらを踏む。この部屋にいるのは月の親子と眷属たちだけ。腕を引いた犯人は一人しかいない。しかし、何故自分を引き留めるのかがわからず、困惑のままに振り返る。リュカの予想通り、リュカの腕を引いたのはディーナだった。だが、ディーナは俯いたままでどんな表情をしているのかわからない。何か言うでもなく、無言でリュカの服の袖を掴んでいる。助けを求めるようにルナの方を見るが、ルナは暖かい眼差しでこちらを見ているだけで、何も手を出すつもりはなさそうだった。
 このままでは埒が明かないと判断し、掴まれていない左手を、右手を掴んでいるディーナの手に添える。名前を呼びかけると、リュカの腕に暖かい雫が落ちた。

(な、泣いてる……?)

 今まで鍛錬一直線だったリュカの脳内辞典に、泣いている女性を宥める方法は存在しない。周囲に助けを求めるべきか、と考えていると、ディーナはバッと顔を上げた。

「なんで!なんでもうお別れみたいに言うの!!」

 ディーナはリュカの両腕に縋り付き、感情のままに叫ぶ。金剛石の瞳からとめどなく溢れ出す涙が大理石の床に落ちていった。

「わたし、まだリュカと離れたくない。もっと一緒にいたい」

 ディーナのその言葉に、リュカは目を見開いた。

「なん、で……」

 アーリマの一件で、幻滅されたと思っていた。その言葉は喉奥にへばりつき、音になることはなかった。リュカの口から零れた疑問の声を、拒絶の意味にとったのか、ディーナの涙腺は完全に決壊する。

「なんでって…… っ、す、好きな人とは、ずっと一緒にいたいって、思う、から……」

 空気に消え入りそうな声でそう言ったディーナは、ボロボロと泣きながら俯き、口を噤んだ。リュカの腕を掴んでいた両の手も、いつの間にか自身の服の裾を掴んでいる。身長差もあって、リュカからディーナの顔は見えないが、ディーナの耳が赤く染まっているのがわかった。突然の情報量にリュカは動けないし、ルナとその眷属たちもこちらを固唾をのんで見守っているだけ。痛いほどの沈黙が、神殿の中に落ちる。

「よく言ったルナの分霊<むすめ>!!」

 しかし、その沈黙は、空気は読むものではないと言わんばかりにルナの神殿へ侵入してきたソルによってぶち破られた。ルナは呆れた目で己の片割れを見る。

「ソル。せっかくいい雰囲気だったのだ。邪魔するでない。その前に自分の役目はどうした。数か月我に押し付けてた分はたら——」
「それで、空の子はルナの分霊<むすめ>の事をどう思っているんだ?」
「話を聞け」

 ソルはさらに何かを言おうとしていたが、ルナによって物理的に口を塞がれたことで静かになった。口を塞がれたソルは暫く抵抗していたが、「そんなに暇ならマレのところに行ってやれ」と言ったルナによって送り返された。ディーナの言葉以上に衝撃的な場面を目撃し、リュカの停止していた思考がやっと動き出す。

「……俺で、いいのか」
「リュカじゃなきゃやだ」
「仕事でずっと会えないかもしれないが」
「ちょっと寂しいけど平気。リュカが騎士団のこと、大切に思ってること、知ってるから」
「人と神とでは生きている時間が違いすぎるだろう」
「それなら、神としての力は捨ててもいいよ。一緒に年取ろうね」

 泣きすぎて赤くなった目元のまま、ディーナは楽しそうに笑った。
 永遠を持つディーナが、その永遠を捨ててでもリュカとの有限の時間を求めている。

(ああ、完敗だ)

 リュカはその場で跪き、ディーナの左手を取った。

「君が永遠よりも俺との時間を望むのならば、俺はこの人生すべてを君に捧げると誓おう」
「っ、その声、ずるい……」

 そう言って、耳まで真っ赤に染まり切ったディーナは、リュカからふいっと視線を逸らす。そして、小さな声で「リュカの人生、全部ちょうだい」と答えた。ディーナの答えに、リュカはディーナの手の甲へキスを捧げる。


 契約の指輪も何もないけれど、最上の愛と誠意を込めて。


+ こうして、世界は救われました。めでたしめでたし。
 なんて簡単に言い切れるのは、伝説だからです。世界を救ったとて、彼の人生がこれで終わるわけではありません。彼の、いいえ、彼らの人生はこの先も続きます。

 聞いたことのない話も多くあったでしょう?

 例えばアーリマに伝わる伝説。
 アーリマには伝説の剣士が聖杯を用いて街を救ったという伝説がありますが、この街で聖杯は使われていません。ではどうしてそんな伝説が生まれてしまったのか。剣士様が助けた少年、彼を覚えていますか? 天使様から聖杯の話を聞いた、まだ幼い少年は、嬉々として家族や友人にその話をしたでしょうね。その少年の話したことが、口伝えで語られていくうちに、ある人が間違えて「聖杯でこの街を救ったのだ!」と言ってしまったのかもしれないし、話を盛り上げるために意図的に改変したのかもしれない。彼を清廉潔白な正義に仕立て上げたかったからかもしれない。誰がどんな目的で、伝説を作ったのかを探るのは詮無きことですが。

 例えば海底都市・アトラス。
 海との約束を守り、彼らは海の底の幻想郷を訪ねました。後に海と陸とを繋ぐ境界は美しく整備され、誰でも簡単に行き来できるようになったのです。人々が行きかうようになれば、そこに都市が生まれる。それが人魚と人間が共存する唯一の都市・アトラスの始まり。正常に地上との交流が行われるようになったことで、時間の流れすら歪んだ藍の牢獄は、緩やかに崩壊していきました。今現在、アトラスは音楽大国として有名になったのは、彼の影響が大きいのですよ。この話があまり知られていないのは……人外の独占欲は恐ろしい、とだけ言っておきましょうか。

 物語は真実置き去りにして、進んでいきます。
 伝説の剣士と謳われたとて、彼は一人の人間。輝かしい功績の裏では、大きな葛藤を抱えていることだってあるのですから。等身大の彼を知って、貴方はどう思ったのでしょうか。正しく語り継いでくださるのは願ってもないこと。是非あなたの家族やお知り合いにも語ってくださいね。

 最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。
 ご縁がありましたら、その時はまた別のお話を語り聞かせましょう。

欠け落ちた月

+ 私の話が聞きたいだと?……随分と悪趣味だな。
 黒竜の私が語れるのはありきたりな悲劇だけ。それでも聞きたいというならば、私が見届けた悲劇を一つ語ろうか。リュカの名に聞き覚えはあるか?今は世界を救った伝説の剣士として有名な彼。期待しているところ悪いが、私が語るのは彼の息子クラークととその許嫁レオナを巡る物語だ。ははっ、名前すら聞いたことがないと言いたげな顔だな。当然だ。語り部が口を噤んでしまった物語は、いずれ廃れていくものだ。
 語り聞かせてあげよう。私が関わったが故に空回った、彼らの運命の歯車を。

+ 天満
 リュカの旅が終わって5年が過ぎたころ。リュカとディーナの間に二人目の男児が生まれた。その子供はクラークと名付けられ、両親と三歳上の兄であるリーオンに愛されながら育った。しかし、クラークは生まれながらにして病弱であり、殆ど家から出ることはできなかった。そんな彼を毎日のように訪ねていたのが、リュカの親友であるラルフ・シュラハトの一人娘、レオナ・シュラハトだ。クラークの五歳年上のレオナは、兄が他国に留学していてなかなか会えないこともあってか、年の近いリーオンとは本当の姉弟のような関係だった。病気で外に出ることのできないクラークには「支えてあげたい」というような庇護欲のほうが大きかったらしい。また、好奇心旺盛なクラークのために、外の世界を見せてあげたいと思うようになっていった。その願いは彼女は自身が15歳になった時に叶う。父親であるラルフから、旅の許可が下りたのだ。付き人としてハイデルンという執事をつけるという条件はあったが、レオナはさまざまな話を持ち帰り、クラークに聞かせるために旅に出たのだった。
 世界を救ったリュカの関係者ともなれば、素晴らしい物語が紡がれるに違いない。そう思った私は、秋の竜に彼女の物語を語り聞かせるため、鵲に姿を変えて旅を見守り始めた。よく覚えている。あの日は月の美しい秋の夜だった。
+ 更待
 彼女の旅は、順調そのものだった。自身の性質上仕方がないとはいえ、悲劇ばかりを見てきた私の心は、年甲斐なく踊っていた。赤や黄色に色づいた森、雪に覆われた街並み、新緑の美しい草原、太陽の照り付ける港。彼女は旅を通して見たさまざまな世界を、毎週のように手紙で伝えた。その手紙はリーオンによってベッドから離れられないクラークまで届けられた。何度も何度も、噛み締めるように手紙を読み返す弟の姿を、リーオンは微笑まし気に見ていた。
 四年間の旅を終え、世界の半分を巡り終えたレオナは、手紙で書ききれなかったことも含め、旅での出来事を全てクラークに語っていた。クラークは彼女の話をそれはそれは楽しそうに聞いていた。自分の知らない世界の話だということもあっただろうが、私にはレオナと話せることが楽しくて仕方がないように思えたな。ああ、クラークがレオナにプロポーズしたのも確かこの時期だった。クラークが14歳、レオナが19歳のころだ。レオナは年下の冗談だと思ったのか笑いながらOKをしていたが、クラークからすれば、一世一代の大告白。まだ幼いながらも、レオナがそれを冗談と受け取ったことに気づいたクラークは暫く拗ねた。しかし、クラークの告白を冗談と受け取ってはいたが、彼女のクラークの親愛の気持ちは確かに実体を持って存在していた。それに気が付いていたクラークは、諦めずにレオナにアタックし続けた。最終的にはレオナが解される形で、一年後に婚約は現実のものとなる。正式に婚約者となった後も、クラークが笑顔になってくれるなら、とレオナはまた新たな物語を求め、再び旅立っていく。彼女の旅が続くのであれば、竜に語る物語を求める私がついて行くのは必然だった。
+ 有明
 順調そのものだった旅も、少しずつ影がおちるようになっていった。初めはちょっとした不幸が起きる程度で、大した問題が起きたわけではなかったから、彼女も、彼女の付き人も、……そして私も。運命の歯車が軋みをあげてズレ始めていることに気づくことができなかった。
 ハイデルンの旅日誌、読んだのだろう?レオナは一度、アーリマとクーロンの境の森で怪物に襲われ、瀕死になったところを、私と融合することで何とか一命をとりとめたんだ。彼女の運命が明確に変わったのはこれが原因だろう。その時の私は、傷ついたレオナの身体を回復させるために、なりふり構っていられなかった。それが間違いだったとは思わない。……いや、思いたくないだけなのかもしれないな。アトラスに着くことには怪我もほとんど治癒していたから、私はレオナと分離した。分離した後、レオナは再び旅を続けた。
 レオナが亡くなったのは、パラスで年に一度行われている祝祭の時だ。その起源にも私は関わっているが……、そうだな、彼女らの話とは関係ないから今は語らずとも良いだろう。クマネコゴブリンに襲われたレオナは、その時の傷が原因で亡くなったそうだ。その時私はシャムシールにいた。病床から出ることのできないクラークを、レオナに会わせてやりたい。そう思っていた私は、レオナと分離した後にシャムシールに向かい、融合してレオナが向かったビスニカ行くことをクラークに提案した。突然やってきて「婚約者に会いに行かないか」なんて言われれば警戒するだろうが、クラークは躊躇うことなく頷いた。ハイデルンからの手紙でレオナが一度死にかけたことを知っているクラークは、少しでも早くレオナの元気な姿を見たかったのだろうな。
+
 そうしてクラークと融合した私は、レオナが次の目的地としていたビスニカへと向かった。……既にレオナは此の世にいないというのにな。私たちが出発した数日後、ハイデルンからの手紙でレオナの訃報が知らされていたのだと、後にリーオンから聞いた。それを知った時ばかりは、自身のツキの無さを呪ったよ。あと数日、出発を遅らせていれば、クラークは婚約者の訃報に傷つくだけで済んだのだから。
 訃報を知らぬままシャムシールを発った私たちがすべてに気づいたのは、ビスニカに辿り着いた時だった。常盤の瞳の女がパラスの祝祭の最中に死んだと民が騒いでいるのを見て嫌な予感がした私たちは、騒いでいる一団にいた一人の男に話しかけ、事の詳細を聞いた。どうか別人であれ、という願いも空しく、男が語った被害者の人物像はレオナと一致した。レオナが自分の知らないところで亡くなっていたことに気づいてしまったクラークは憔悴し、私が融合していても補えないほどに体調を崩してしまった。ちょうど兄であるリーオンが、ルンディアのメリオルト家に婿入りし、当主になることが決定したタイミングと被っていたのもあるだろう。当主になってしまえば、そう簡単に会うことはできない。クラークは短期間のうちに婚約者と兄を失ったのだ。そんなクラークを救ったのが、ビスニカの領主の一族、お前たちが以前であったナロアの祖先だ。医術に長けていたその一族はクラークの治療を行い、私が融合していなくても大丈夫な程度まで回復させた。その後しばらく領主家に世話になったクラークは、領主家の一人娘と結婚した。娘も過去に想い人を失ったことがあり、互いの傷を埋め合うように、ゆっくりと距離を縮めていった。二人の関係は初め、恋慕や親愛ではなく同情と共感で結ばれていたように思う。娘は度重なる見合いの申し込みに嫌気が差していたらしく、クラークとの関係は互いに一番に想っていた相手がいるとわかった上での、利害の一致によるもの。そんなきっかけでも、長くともにあれば情も湧く。結局、二人は黄泉路まで共にする仲になっていたよ。

+ 話はこれで終わり。
 皮肉だろう?私が旅人を助けようとしてやったことすべてが空回りしたんだ。今でも思うよ。「私は一体どこで間違えたのか」とね。この旅以降、私は数百年の間竜人としての役目を離れ、パラスへの橋を架けるだけの存在になった。私が旅について行くことが悲劇を呼び寄せるのであれば、これ以上悲劇を生まないためにはそうするしかないと思っていたからな。

 私を旅に同行させる気で、その旅日誌を開いたのだろうが、今の話を聞いて怖気づいたなら諦めて海道が直るのを待った方がいい。……それでもいいって?ならば、一つだけ頼みがある。この先どんなことが起きたとしても、必ず幸せな未来を掴んでくれ……!もう二度と、私のせいで不幸になる旅人を、見たくはないんだ……

登場人物(本編読後推奨)

「剣士と月光」
+ リュカ・メリオルト
身長:170㎝後半
年齢:27歳
出身:シャムシール
髪:白銀
瞳:蒼穹

月の女神・ルナの主神殿のあるシャムシール王国の騎士団長。
基本的に温厚だが、氷のような相貌と変化に乏しい表情から、あまり交流のない人からは近寄りがたいと思われている。イケメンというよりは美形。
ラルフと比べるとかなり細く見えるが、実際は着やせしているだけ。脱ぐとぎょっとされることが多い。
一度戦闘スイッチが入ると、普段とは一変して好戦的な性格になる。戦闘スタイルはスピード重視の一撃必殺型。
使っている剣も特注で、一兵卒が使用しているものよりも細身で軽い。
隊を率いる者としても、個々人の能力を見極め、的確な指示を出すことができる有能。
騎士としての使命を第一に考えており、必要のないものは躊躇いなく斬り捨てることができるという苛烈な一面もある。

作者の癖により、人外に好かれる業を負った。
+ ディーナ
身長:160㎝前後
外見年齢:10代後半
出身:シャムシール
髪:亜麻色
瞳:金剛石

月の女神・ルナの分霊<むすめ>であり、リュカに名前<いのち>を与えられた人間一年生。
旅の中で感情を知り、最後は自分に名前<いのち>をくれたリュカに猛アタックする。
リュカと共に生きていくために神としての力を捨てたが、人間基準ではかなり規格外の魔力を持つ。(エラの魔法が強いのはこのせい)
リュカと結ばれて以降、嫉妬はあまりしなくなったが、代わりに独占欲が強くなった。
自分以外にも大切な人がいることは知っているから、その人たちのところに行くのは全然許せる。けど、最期は自分のところにいてほしいと思っている。
+ ルナ
身長:180㎝後半
外見年齢:20代後半
所在:シャムシール
髪:亜麻色
瞳:月長石

月と時を司る神。
三柱の中で一番の常識人枠だが、高次の存在らしく、人間の感覚からするとどこかズレている。
弟のような存在であるマレには甘いが、片割れであるソルの扱いはかなり雑。
太陽の消えた世界を維持し続けた今作のMVG(most valuable God)。
リュカを選んだのは、作中で言っていた理由が大半を占めているが、リュカの蒼穹をソルが気に入れば、最悪リュカを供物としてソルに与え、無理やり引きずり出してでも世界をもとに戻すつもりだったから。ソルは気に入ったものは大事にするし、悪いようにはならないだろう、というある種の信頼。
しかし、旅を鴎やディーナの目から見ているうちに、想定以上にディーナがリュカに執着し始めたことに気付いたので、比重が「ソルの機嫌を直す」から「娘の幸せ」にシフトチェンジした。仕事さぼる片割れよりも、自分の娘の方が可愛かった。
ディーナが知ったら反抗期待ったなしの真実は、片割れのソルだけが気づいている。

+ 神器
天<ウラヌス>のティアラ
 ルナの力を補助、増幅する

木<ユピテル>の記録書
 世界で起きたことが全て記録されている

+ ソル
身長:200㎝前後
外見年齢:30代前半
所在:ロンギヌス
髪:鬱金
瞳:日長石

太陽と生を司る神。
マレを海底に封印した張本人。
マレが甘やかしてくれるルナに依存気味になっており、このままでは海を一人で任せられなくなるのでは?と危機感を抱き、早急に役目を理解させるために海へ送った。その後マレが荒れることは減ったので、もう大丈夫だと思い、放置してしまった。
ある意味真の戦犯。
黙っていればミステリアスな美形なのだが、実際は姪っ子の恋愛に興味津々な男。
ルナの思惑通り、リュカの蒼穹を一目で気に入った。一度気に入ったものを逃す気は微塵もないので、もしも姪っ子が取り逃していたら横取りする気満々だった。最後にルナの神殿に飛び込んできたのもそのため。ルナがマレのところに飛ばさなかったら、そのままお持ち帰りされてたかもしれない。

+ 神器
水<メルクリウス>の杯
 浄化の力を持った水を湛えている

金<ウェヌス>のロケット
 ソルの力を補助、増幅する

火<マルス>の剣
 一振りで世界の穢れを焼きつくすことができる

+ マレ
身長:190㎝前半/130㎝前後
外見年齢:20代前半/10歳前後
所在:アトラス
髪:金青
瞳:藍玉

海と死を司る神。
今回の騒動の発端。
生まれて数百年程度でソルによって海底へ封印されたため、情緒が育ち切っていなかった。
普段は青年の姿をしているが、感情が高ぶるとショタ化する。
リュカに「寂しいのなら、人が来れるようにしたらいいのでは?」と言われ、せっせと境界を整備したら、興味を持った人間が遊びに来てくれるようになってほっくほく。ソルも何度か訪ねてきて、海底封印の誤解も解けたので、海底神殿の時間も正常に流れるようになった。

+ 神器
土<サートゥルヌス>の杖
 マレの力を補助、増幅する

冥<プルート>の指輪
 人々の魂を正しく導く

+ ラルフ・シュラハト
身長:180㎝後半
年齢:27歳
出身:シャムシール
髪:黒橡
瞳:常盤緑

騎士団の副長でリュカの同期。
かなり好戦的な性格だが、視野が広く、勘が鋭い。見た目も性格も男前。
戦闘スタイルはパワー重視のカウンター型。持久戦も得意であり、ただの脳筋ではない。
大人数を指揮するのは苦手だが、少人数での乱戦時は視野の広さと勘の良さを生かし、リュカをも超える能力を発揮する。
実は既に妻子持ち。本編完結時点では息子が一人いるだけだったが、この数年後に娘が生まれる。

実はリュカとディーナが結ばれた後にラルフとの話が入る予定だったが、「ここで終わった方が綺麗じゃん」という作者の手抜き思い付きにより出番を削られた。
+ メリア・メリオルト
身長:160㎝前半
年齢:43歳
出身:ルンディア
髪:白銀
瞳:瑠璃

リュカの母親。15年前に夫を亡くしてから女手一つでリュカを育ててきた。
裁縫や編み物などの一人で黙々とできることが趣味。
ルンディアのメリオルト家の一人娘。夫がシャムシールの生まれで、家族の反対を押し切って家を出て結婚した。しかし、その後実家に子供が生まれなかったため、リュカの長男であるリーオンが跡継ぎとしてルンディアに行くことが決定。仕事の都合上、シャムシールから離れられないリュカに代わり、リーオンと共にルンディアに向かう。
+
本編の語り部かつ今期りゅうたま卓の竜人。春を管轄とする緑竜。本名:レクス
アーリマの大火災(第四章)や海底都市への道案内(第五章)として後半から存在感が出てきた子だが、実は第三章の時点で登場している。探してみよう。
+ 染物屋の親子
クレアの祖先。アーリマの大火災の時にリュカによって助けられた。
店は燃えてしまったが、新たに店を構え、仕立て分野にも手を出すなどしながら現在まで続いている。
+ 人魚
海底に住む海の民。
全身が灰褐色の鱗に覆われている。長い尾びれを用いて海の中を自由に泳ぎ回り、自身の鋭い爪や銛で狩りをしながら生活をしている。卵生だが、成人では全長5mを超える。
陸上、特に空への執着が強く、空色の物を集めている個体が多い。
卵、稚魚時代の生存競争が激しく、成人まで生き残る個体は全体の数%。弱肉強食の世界を生き抜いているだけあって、基礎能力値が非常に高い。貴重な人魚の涙を求めて人魚を捕獲しようとする人間もいたが、海は人魚の独壇場であり、悉く返り討ちにあっている。
自身の好奇心のままに行動することが多く、興味を持った人間を観察しようと海に引きずり込み、溺死させるといった事件が過去に何度も起きている。アトラス建国後は人魚と人間との間で協定が結ばれ、人魚がらみの海難事故はゼロになったとされる。人魚の住む海域では原因不明の海難事故が度々発生しているが関連性は不明。

「欠け落ちた月」
+ クラーク・メリオルト
メリオルト家の次男。ディーナ似。
病弱で家からほとんど出ることができないが好奇心は人一倍あり、レオナが聞かせてくれる世界の話が大好きだった。14歳でレオナにプロポーズするも、レオナには冗談だと相手にされなかった。しかし、その後もあきらめずにアピールを続けたことで、レオナの婚約者の座を獲得。この押しの強さは間違いなくディーナの息子である。
+ レオナ・シュラハト
シュラハト家の長女。瞳の色以外は母親似。
アーリマとクーロンの境の森で怪物に襲われ、命を落としかけるも、アクシスと融合することで一命をとりとめる。しかし、アクシスがクラークに付き添っている間に、パラスでの祝祭の最中にクマネコゴブリンに襲われ、処置の甲斐なく死亡。享年22歳。
+ ハイデルン
卓内で見つけた旅日誌の持ち主。レオナの旅に同行した。
シャムシールの騎士団に所属していたが、家族を原因不明の海難事故で亡くしたことをきっかけに退団。その後、縁あって騎士団時代の上司であるラルフと再会し、シュラハト家で働きはじめた。
レオナの目付け役として旅に同行したが、クマネコゴブリンとの戦闘で左腕を失う大ケガを負い、護衛対象であるレオナも亡くなったことで一人放蕩の旅に出たが、それ以降消息不明。
+
今期りゅうたま卓に登場したもう一人の竜人。秋を管轄とする黒竜。本名:アクシス
「欠け落ちた月」は全編彼女の語りである。黒竜としての性質もあるが、何かとタイミングが悪く、壊滅的にツキが欠け落ちている。
+ リーオン・メリオルト
メリオルト家の長男。リュカ似。
20歳の時にルンディアにあるメリアの実家に婿入りし、当主としてルンディアのメリオルト家を継いだ。

「それぞれの道」「剣士と月光」「欠け落ちた月」著: 守里桐

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最終更新:2023年04月04日 14:53