PC概要
PC1:クーシャ・シュルディング
仕込み針で戦うシュルド次期継承者の剣姫(セイバー)。方向音痴の昼行灯だが、その腕は確か。
PC2:シノン(家名秘匿)
シュルドの元孤児。スリなどで生きていたがデネに才を見出されエーラムに。その恩を返すためクーシャに仕える辛口魔法師(狙撃)。
PC3:ルーネイト・ルクラム
かつて治めていた村を失って今は守るものを求め、もう何も失わないことを信条とする指導者(ルーラー)。
PC4:ヨルゲン・ビョルケル
オンゲンセーオウ出身の武具巧者(アームズ)。グィバット装備で「ヒャッハー」と叫ぶ。かつてデネに見逃された。
PC5:逆立つ紅毛の撃龍石鎚(クイ・グィバット)
呪いの武器の投影体(オルガノン)。武器としては赤髪が柄にくくりついた龍の意匠の刻まれた石斧。人間時は北欧神話にいそうな巨漢。
まとめ
アトラタンの最北の地、ノルド。その中でもシェデランドと呼ばれる領域は戦いの中にあった。シェデランドはもともと、ファーストロードの盟友シェーフの血を引くシュルディング子爵家によって治められていた小さな島嶼の領域であったが、ノルドを構成する有力な氏族の一つ≪オンゲンセーオウ≫の侵攻を受け成立した国家≪フレーゼル≫により、子爵家は南北に分断され、数十年もの間戦いが続いていた。
シーン0-A 極北の大地
アームズの邪紋使い(アーティスト)「ヨルゲン・ビョルケル」はオンゲンセーオウより送られたアーティストとして、シェデランド南部子爵家≪シュルド≫の侵攻に加わっていた。彼は仲間たちとともに快進撃を続けていた。古びた習慣にとらわれた君主たちも、投影体との戦いばかりをしていた邪紋使いも、有効な対軍戦術を持たないメイジも彼らの敵ではなかった。
しかし、そんな彼らの勢いは一人の男によって打ち砕かれた。男の名はデネ・シュルディング。シュルドの統領たる剣王(セイバー)の彼は、襲い来るフレーゼルの軍勢を前にしてまさしく獅子奮迅の活躍を見せた。いや、それどころかたった一人のロードによりフレーゼルは敗れ去ったのだ。【誰一人として殺されることなく】して。
ヨルゲンもまた彼に打ち負かされはしたが、彼は生きていた、もっとも邪紋使いでなければ両断されるほどの一撃によって、立つこともままならないほどであったが。ヨルゲンは今にも倒れそうな体を動かし、デネに言った…『一思いに殺せ』
しかし、デネの答えは彼の望みを叶えるものではなかった。
『この地に降り立ったお前は、もはや我が民だ。己の民を殺す王が、どこにいる。』
彼はヨルゲンの問いに答えると、その場を去っていった。
―敵の大将にとって、自分は殺す必要のある敵ではなく、守ることのできる民だと見做された―
彼が屈辱と敗北に打ちひしがれる中、何かが音を立てて地を這う音がした。彼がそちらを向くと。そこには血のような赤い髪を柄に纏わせ、龍の逆鱗のような意匠を持った巨大な石斧があった。それは彼の仲間が振るっていた武器であり、異界より投影された物だった。そして、石斧からヨルゲンに声が響く。
『貴様は力を求めているか?』
ありえない出来事に対しても狼狽える素振りを見せず、ヨルゲンは言う。
『武器から声が聞こえるなんて、とうとう俺も終わりらしいな』
すると、石斧は再び話しかけてきた。
『違う、我はヴァルハラよりヴェリアに流れ着いたオルガノン。名を逆立つ紅毛の撃龍石鎚、或はクイ・グィバットである。』
ヨルゲンはぼろぼろの身で笑いながら、しかし真剣にそれを見ながら言った。
『長いな、もっと呼びやすい名はないのか。そして何の用だ。』
石斧は答えた。
『ならばクイと呼ぶがいい。初めに我を振るったものは、我をそう呼んだ。そしてお前への用だな、簡単なことさ。先ごろまでの我がマスターはあの男に敗れたことで、もはや我を振るうことはできなくなった。だが我は武具、担い手が無ければ存在する意味はない。貴様、力を欲しているだろう?お前はまさか、こんなところで立ち止まりはするまい。我を掴め、お前に力をやろう。』
『確かにな、俺は力が欲しい。』
ヨルゲンはクイの柄を掴み言った。『混沌の力、使わせてもらおう。』
ヨルゲンが石斧を掴むと、混沌が彼の中に流れ込み、彼の頭を赤い鶏冠の様な髪型に変えた。そして、彼にクイの声が響いてきた。
『相棒として迎えよう、マスター。そしてこういう時に我の担い手が叫ぶ言葉がある。』
クイから伝えられた言葉をヨルゲンが叫ぶ『ヒャッハ―』
その言葉は、オオカミが獲物を捕らえたとき、あるいは邪悪な人間が勝利に酔いしれたような恐ろしく、歓喜に満ちた言葉であった。
『以後、忘れることなく発話の時につけるとよい、マスター。』
『そうか。ふむ、これがオルガノンというものか。』
二人はフレーゼルの兵であることを止めた。流れ者となった彼らが着いたのはある寒村。それはかつての敵シュルドの村であったが、二人は村の守護者となり、自分たちの身一つで村の脅威と戦い続けた。その村の名をウェトという。
シーン0-Bある君主の亡国
彼は夢を見ていた。彼の身に起こった、現実に起きた惨劇の夢を。
泣き叫ぶ村人たちの声、音を立て崩れる家と突き刺さる火矢。村の外に逃げようとする男は弩に穿たれ、農具を使って抵抗しようとした男は切伏せられる。この世の地獄のような、しかし確かに、過去にある村で起こった惨劇。男は君主であり、過去の自分を見ていた。守ろうとした者たちが、次々と倒れていく姿を。
彼はファルツという村の君主であった。幻想詩、大工房どちらにも属さない彼の村は、「大講堂の惨劇」の後に窮地に立たされた。どちらにも敵対することなく周囲との関係を維持してきた彼の村は、幻想詩と大工房の君主にとって、それぞれの内部における地位向上の為の格好の標的となったのだ。ファルツは謀略めぐる外交交渉に対しても、武力による威圧に対しても毅然として、正論を以て立ち向かった。
しかし、君主達のエゴはファルツが存続し続けることを許さなかった。二勢力の軍がファルツを挟んで対峙し、ファルツは二勢力による戦いの戦場となり滅んだ。生き残ることのできた領民は幻想詩と大工房により分断され、村の契約魔法師は死んだ。そんな中、領主は魔法師の命をかけた策により、北の地へ落ち延びた。
『もっと力があったなら、失わずに済んだはずだ…』
再び目にする光景に打ちひしがれる彼の前に、大剣を構えた君主が現れる。その姿は大工房の君主にも幻想詩の君主にも、それどころか自分のようにさえ見えた。君主は彼に対し言った。
『あぁ、力があれば守れただろう。だがお前はそれを持っていない。故にお前は失ったのだ、お前の守りたかったものをな。』
大剣が振り下ろされ、彼の体は二分される。吐き気を催すほどの癒えない思い出の傷は激痛に変わる。瞬間、彼の意識は現実に引き戻された。
君主の名を、ルーネイト・ルクラムという。落ち延びた村の名は、ウェトという。
彼は領主としてウェトにいるのではない。村の自然魔法師が死んだ彼の契約魔法師の友であったことにより、客人として迎えられたのだ。(尤も、その魔法師は先日逝去したが。) そして、彼はウェトで「戦いの作法」を知った。それはノルドにおいて確立された独自の君主道であり、特にシェデランドのそれは君主による一騎打ちを旨としたものである。故に、君主の争いにより民が無用な危機にさらされることはない。そんな異郷の作法に、彼は強い感銘を受けた。
戸をたたく音がする。村の少女が、いつもより遅い目覚めを気にかけたようだ。少女に対しルクラムは中に入るよう言うと、少女は部屋に入り心配そうに声をかけてきた。
『ルクラム様、どうしたの?』
ウェトは決して裕福な村ではない。プロフェットだった魔法師の「予言」を利用した漁業で、何とか日々の細々の生活をつないでいただけだ。少女も十分な食事を得ているわけではなく、その体はやせ細っていた。しかし彼女の笑顔は、貴族に対しても媚びることのない純粋な笑顔だった。そんな少女に、ルクラムは穏やかな声で言った。
『安心してくれ、悪い夢を見ただけだ。』
そういうと少女は落ち着き、彼に村の長老の言葉を伝える。いつもいる村付の邪紋使いが、北方に異変を感じて少し遠出をするらしい。遠出とはいっても二日ほどだがその間の人手が足りないので、ルクラムに村の見張りを手伝ってほしいそうだ。ルクラムは快諾し、見張り場に行く支度を始める。
この村は、魔法師がいてようやく続けることができていた。彼が死んだ今、村は滅びの道を進むほかないかもしれない。けれど、村に住まう誰もが前を向いていた。村全員が、いつ、どんな苦境の中にだって必ず希望があると確信しているかのように。
シーン0-C剣姫の視察
クーシャ・シュルディングはシュルドの次期聖印継承者である。父と同じセイバーのスタイルを選んだ彼女は、一心に剣技を鍛え続けた。彼女の剣技はまだ父のように一軍に匹敵するほどの力はないが、彼女は若くして、一般の君主と十分に渡り合うことのできる力を身に着けていた。
彼女はある時、シノンというメイジに引き合わされる。彼はシュルドの孤児として、首都ヘオロットの貧民街でスリをしていたが、ある時発覚し捕えられた。そのまま実刑に処されるかと思われたが、デネによりメイジとしての才を見出され、南のエーラムに送られ魔法師としての教育を受け卒業した。生きていくための技能を得る機会を得たことに感謝した彼はシュルドに戻り子爵家に尽くすことを望み、その結果彼はクーシャの契約魔法師となるよう命じられた。方角に弱くよく道に迷い、昼行燈のような態度をよくとる彼女に対しシノンは辛口な「指導」をしてはいたが、いつも彼は彼女を見捨てることなく付き添っていた。
そしてそんなシノンだけに、クーシャは言っていたことがあった。それは今のシュルドの君主に対し、頑なに伝統である「戦いの作法」を守ることを求める父の方針が本当に正しいのかという疑問である。このことがもし露見すれば、彼女の継承権は危機に立たされるかもしれない。それでも彼女はシノンを信頼し、彼女の秘密を打ち明けた。その後、彼は誰にもそれを伝えることがなかったらしく、クーシャの継承はほぼ確定したという雰囲気が宮廷に満ちていた。
そんな中で、ある日二人に対しデネからの命が下された。フレーゼルとの戦いが続く中聖印を分割することは得策ではなく、二人がシュルドを治めるためには経験がより必要だと言い、彼はクーシャに最低限の独立聖印を渡し旅立つよう言ったのである。長子を失うリスクは普通に考えれば釣り合うものではなかったが、二人はそれを了承しシュルド各地を巡り、有力な君主のもとを訪れた。そしてその途中いくつかの戦いを乗り越えたことで、クーシャの聖印は従騎士級から騎士級に成長し、二人が訪れていない地域は残すところ北部、すなわちフレーゼルとの国境付近のみとなった。そこはデネに忠実な君主。エイ・ノルスの主導する地域である。
彼女たちはエイ・ノルスに丁重に迎えられた。彼はシュルディング家、戦いの作法に忠実な模範的君主と言われており、彼は彼女の即位時にもすぐに従属を誓うことを確約し、如何なる支援も惜しまないとも言った。彼はクーシャを特に問題のある君主とはみなさなかったらしい。二人は歓待され、しばらくの間エイの治める街ウェデルに滞在していた。
そのようにして滞在していた二人に、ある日エイから申し出があった。いわく、フレーゼルとの境近くにある村であるウェトの守りが薄いらしい。その村は何度かフレーゼルに襲撃されていたらしいが、数年間は平穏な状態が続いており、邪紋使いが村の防衛をしているらしい。しかし放置しているわけにもいかないため、公務故に村まで出向くことのできない彼に代わり、少数で柔軟に行動する経験を持ち、軍事的判断ができる二人に今のウェトにどれだけの兵力が村に必要であるのかを見てきてほしいらしい。二人の護衛には信頼できる傭兵か歩兵のどちらかをつけていくということらしい。二人はその申し出を引き入れ、歩兵・傭兵各一部隊を率いて北へ向かい出発することになった。
『エイ殿の申し出はわかりました、それでは村の方向を教えてください。』 クーシャは笑顔でエイに話しかける。
『問題ありません、シノン様に地図を渡してあります。クーシャ様は気にする必要はありません。』 エイは落ち着いた口調でクーシャに言う。
『そんなことしなくても大丈夫ですよ。村はここから右ですか、それとも左ですか?』 クーシャが至極真面目にエイにそういうと、シノンが会話に割り込む。
『…まったく、お前は俺が言う方についてこい。』
シノンがそう言うと、彼は傍にいた傭兵隊長と歩兵隊長にも出立を知らせた。二人を迎えてからほどなくして姫君の弱点に気づいていたノルスは、先手を打ってシノンに村について詳細に伝えていたのだ。シノンの的確な判断に安堵しながら、エイは二人を見送った。君主と魔法師、この国の次代を担う二人は北の荒野へと歩き出す姿を。
シーン1 君主の来訪
ヨルゲンは一人、クイを持ったまま荒野に佇んでいた。周りには無数の投影体の遺体。それらは混沌に帰り、彼の体に描かれた邪紋に流れ込んでいく。クイに「人の」姿を取らせ二人で投影体たちの痕跡を探ると、そこには奇妙な点があった。それは、知能の低いはずの彼らが一糸乱れず北から歩いてきたことを示す一列の足跡だった。
『…ウンフェルスの仕業か、マスター。今すぐ北に向かおう。』
2mを超える巨躯の男となったクイが、ヨルゲンにそう言うが、彼は首を縦には降らなかった。
『いや、先に村に伝える必要がある、行くぞ』
『そうか。さすがマスター、慧眼だな。』
村に走り出したヨルゲンを見てクイもそういって納得し、二人は村へと駆けていった。
見張りとして遠くを眺めていたルクラムは、遠方に何かの群れを見つける。村の周りの荒野に動物の大群は出ないはずであり、魔法師が定住場所にしたこの村の周囲で突然混沌が収束して魔物の大群が出てくるとは考えにくい。となるとあれは人間であり、シュルドの支配領域から来たそれはおそらく味方だろう。そう判断した彼は長老にそのことを伝える。
ルクラムの意見に長老も同意したが、そこで一つ問題が発生した。それは彼らを迎えるための食糧である。ウェトに彼らが何の目的で来たのであれ、今のウェトでは彼らの腹を満たす食糧を用意できない。もし彼らが徴税請負などのための役人ならば、下手に機嫌を損ねれば面倒事になる。そう考えた長老は、ルクラムに用件を聞いてきてほしいと伝える。君主である彼が出迎えれば、役人であっても一般人ならそれなりの態度になるだろうと考えたのだ。ルクラムは申し出を受け、一人何かの一群に向かって走り出した。
もうすぐウェトにつくシノンとクーシャの前に、一人の若者が現れる。
『ウェトより来ましたルーネイト・ルクラムです。何のためにここに来たのでしょうか。』
『私はクーシャ・シュルディング、彼はシノン。私たちは北方の防備が十分か、エイ・ノルス殿に頼まれて視察に来ました。邪紋使いの方は?』
『彼は数日前、気になることがあると言ってこの村を離れています。村の防備については、戻ってきてから彼に聞かれた方がよいでしょう。』
『そうしたほうがよさそうだな、予備の食糧はまだある。』 シノンが頷き、それを見たクーシャは村に入ろうとする。しかしその前に、シノンが混沌の気配を察知する。
『その前に、何かがこの村に近づいてきているぞ。』 シノンの言う方には、二人の偉丈夫がいた。
『マスター、あの一群は』 『さぁな、クイ。準備だ』 ヨルゲンとクイが、何者かの一群を見つける。二人が警戒しながら近づくと、むこうから手を振ってくるのが見えた、ルクラムが二人だと気付いたのだ。二人も村の人間がいることにひとまず安堵してクイの武器化を解いたが、警戒は緩めずに一群をまとめていると思しき二人に声をかける。
『お前たちは何者だ。』
『私はクーシャ・シュルディング。あなたが村付の邪紋使いの方ですね。』 それを聞くと、警戒感で険しくなっていたヨルゲンの顔が、いっそう獰猛なものに変わる。
『そうか、お前が「あの」デネの娘か』 クーシャは動じていなかったが、それを見たシノンが早々に話題を切り出す。
『我々は国境近くの防備について視察に来た。最近なにかあったか。』 用件はどうやらウェトに何かをさせようというものではないらしい。ヨルゲンが見つけた投影体について話すと、クーシャとシノンは村の周辺の探索を提案する。ルクラムやヨルゲン、クイも協力して調べたところ、村の北方に、人為的と考えた方が自然な混沌濃度の局地的増大をシノンが見つけた。
『どうやら、何者かが混沌濃度を変化させたようだな。』
『そうか、だがこれと言って足跡は見つからないな。』
何かが起きそうであるが情報が足りない。とりあえず村に異変の兆候を伝え、兵士と五人は今夜村の外で野営することにした。
シーン2 現れた脅威
夜の見張りを兵士たちに任せ、五人が眠っていた深夜。シノンとヨルゲンが遠くで混沌の動きを感じた。シノンは混沌の収束と悟りクーシャを起こしに行く。一方ヨルゲンはすぐ近くのクイを起こす。
『行くぞクイ、何かが出た。』 ヨルゲンの声に、クイはすぐさま目を覚ます。
『そうか。マスターよ、我を使え。』 クイは石斧の形をとり、ヨルゲンが掴むと同時に自ら動き出した。巨大な石斧を担いだヨルゲンの足より、クイが這いずってヨルゲンを動かした方が早いのだ。
『■■■■―』ヨルゲンが「例の言葉」を叫ぶと、その声は近くの兵やルクラム、そしてシノンが着くよりも早くクーシャの目を覚ました。
『ん…っ。シノン、あれは一体?』
目を覚ましたクーシャとそのすぐ傍にやってきたシノンの目には、北に向かって猛然と動く石斧とそれを掴む赤髪の男が飛び込んできた。シノンは見慣れないその男を呼び止める。
『お前たちは一体何者だ。』 クイが動きを止め、ヨルゲンがシノンに向かって返事をする。
『俺はヨルゲンだヒャッハ―。オルガノンを使うとこの姿になるヒャッハ―。それより、今はそんなことで話している場合ではないヒャッハ―。さぁ、さっさと行くぞヒャッハー。』
『確かにそうだが…別にオルガノンを装備したからと言って姿や口調は変わらないだろう?』 『武器が、武器がしゃべりましたよ!』
奇妙なヨルゲンの返事に困惑しながらも、シノンは(クーシャが驚いた声をあげる中)傭兵・歩兵隊の各隊長に村の防衛用意をするよう命じた。他方ヨルゲンはシノンの言葉を聞くと、同調しているクイに意識を向ける。
(どういうことだクイ!説明してもらおうか。)
(い、いやマスター、まずはナニカを倒さなければならないはずだ。)
クイの意識には明らかに何か必死でごまかそうとしている感があるが、言うことは尤もである。
(…戻ったら、説明してもらおうか。) ヨルゲンが意識を外に向けると、クイは再び動き出す。用意の済んだ三人も後を追って、夜の荒野に駆けていった。
夜の荒野には煌々と月光が輝き、その下にはこの世界にいるはずのないモノがいた。「ゴブリン」―ティル・ナ・ノーグ界の妖精(子鬼)―である。その知性ははっきり言って子どもと大差なく、悪意ある悪戯を仕掛ける迷惑な存在である。ただし、徒党を組んだ彼らの振り回す武器は当たれば大怪我のもとであるし、武器に塗られた毒は一般人に対しては極めて危険である。
しかし、彼らは英雄を前にして数分持ちはしない。ヨルゲンとクイの攻撃、シノンの魔法を併用した射撃術。技巧に優れたクーシャの仕込み針による一撃。反撃することも叶わず、ゴブリン達は地に倒れる。周囲を探索してみると、どうやら昼に見つけた現象とよく似た事態が起きたらしい。ただし今度は村により近い場所で混沌核の収束という事態を引き起こしている以上、その危険度は一層増していることは明らかだった。
そんな彼らの耳に馬の足音が聞こえてくる。彼らの前に現れた馬に乗った女の姿はヨルゲンの記憶に残っていた。シィ・マクノートン、ウンフェルスのメイジである。
『ヨルゲン、貴様なぜここに。』
『それはこっちのセリフだ。フレーゼルが何の用でここにいる。』 彼女は呼び笛を吹きつつ答えた。
『全うな要件だ、我々はウェトをいただきに来た。当然、まっとうなやり方の上でな…
我々は「戦いの作法」に則り貴村の君主との決闘を申し出る。』
シィの提案は「この地域では」ごくごく一般的なことだ。この地域の出身でない指導者(ルーラー)に一対一での戦いを求め、同じ方向から一糸乱れず投影体が攻め込みつつあり、「たまたま」混沌が収束したということを除けば。だが確証があるわけではない以上、何かぼろを出さない限り何か裏があるとしても迂闊に仕掛けることはできない。歯噛みしつつヨルゲンはシィに言った。
『それは君主の作法だろう、俺(邪紋使い)の流儀ではない。』
『そうかもな、だがその言い方にそこの君主はどう応えるだろうな。』
ヨルゲンの言葉にクーシャを見つつシィは言う。内心どう思っているのであれ、今は「戦いの作法」を可能な限り守るよう努めるのが彼女の立場だ。
『もちろん、我々は兵を出し、我らが民を使って貴様らを叩くのはやぶさかではない。七日後に返答を聞こう。』 シィの言葉に、クーシャが答えた。
『私はこの事態を最後まで見届けましょう。』
その言葉は、どういう形であれ此村に起きている事態に関与するということである。シィはその答えを聞くと、彼女は追いかけてきた騎兵たちとその場を離れようとした。そして、その間隙を縫ってヨルゲンが仕掛けようとするが
『どうした、この場で何かやろうというのか。』
その動きは察知され、不意打ちを仕掛けることはできなかった。
シーン3 護るための作戦
シィが立ち去った後、すごすごとクイがその場を去ろうとする。
「おい、どこへ行く気だ…」
ヨルゲンが冷たい言葉とともに、荒野に身をかがめて隠れようとするクイを呼び止めた。
「おい、お前らは普通持ち手をヒャッハーと叫ばせるんじゃなかったのか?」
「い、いや、私の記憶は曖昧で…」
「お前のいた世界ではそれが当然だと言ってただろうが!語るに落ちたな。」
そんな二人のやり取りを横目に見つつ
「これからどうする。私はああいったが。」
「とりあえず、一旦村に戻りましょう。それから対策を。」
一行は村に戻り、「決闘」に対してどうするかを考えることにした。
だが、対策作りは難産だった。そもそも今のウェトでは、民兵すら招集するには厳しい状態だった。軍団同士がまともにぶつかり合えば食料が持たない。一方今から連絡をして増援をを呼んだところで、すぐに相手を倒せるかもわからない。そうでなければ結局食料も尽きてしまう。しかし、向こうは「戦いの作法」に従わないフレーゼル。今回の「決闘」もうやむやにして奇襲してくるだろう。そんな状態で「決闘」に出るわけにもいかない。
「いっそこの村を放棄しよう。このままではどうにもならない。」
そんな言葉さえ出てくる有り様だった。とはいえ、この村を捨てたところでウェトの人々に行先などない。結局、彼らは「最も単純な方法」による解決に頼らざるを得ない、とはいえ、どうやって『その状況』へ持っていくか。煮え切らない議論の中で、ふとクーシャに問いが飛んだ。
「何で、あんたはまだこの村に関わろうとするんだ?」
今のウェトはやはりどうにもならない状況であることも確かだった。そんな中この危険な状態にまだ首を突っ込むのは、なるほど一国家の継承者としては危険に過ぎる者だった。
「私は、父の守る法の行く末を知りたいのです。」
彼女はまだ悩んでいたのかもしれない。世界が変わっていく中それに合わせていくべきだという思いを、シノンとのやり取りの中で覚えているのかもしれない。自分がいるシェデランドの「戦いの作法」が、それでも守るべきものなのかもしれないと思っているのかもしれない。その心中は誰にも分らなかった。
けれど、彼女はこの混乱する状況を打破する一言を宣言した。
「決闘には私が出ます。」
クーシャが決闘を行うことを決めたのだ。確かに、彼女はこの地に生きる君主であるから「戦いの作法」を熟知しているものであるとともに、ルーネイトと異なりその力を『自らが戦うため』に使うことのできる君主であった。そして、決闘をするのであれば一部隊は不要であり、伝令のためにヘオロットに向かわせること、さらに他の四人は彼女に「万が一」があった時のために兵を率いて「決闘」を監督することもすぐさま決まった。後は、「決闘」に勝利すること、あるいは乱戦にしてきたときそれに勝利すること、これが目的だった。
この時、ヨルゲンは「何か」を心中に抱えたままにしていたのだが、それに気づくものはいなかった…
シーン4 戦いの流儀
決闘の時が来た、両軍の見守る中クーシャとウンフェルスの領主ベーオウルフが対峙する。部下を伴わない二人の一騎打ちを以って、『戦いの作法』のもとで決着をつける戦いが始まろうとしていた。
しかし、その戦いは予想通りに進まなかった。
「俺は俺の流儀でやらせてもらう、ヒャッハー。」
クイを手にしたヨルゲンが、部下と共にベーオウルフのもとに突っ込んできたのだ。数の暴力と、オルガノンの力を備えたヨルゲンの攻撃に、ベーオウルフは何とか一撃を凌ぐことは成功した。しかし、そのままでは彼を打倒すことも、二撃目を受けることもできそうにはない。
「どういうつもりだ、シュルディングの君主よ。」
狼狽えるベーオウルフと虚を突かれたクーシャを捨て置き、両軍はそのまま戦闘になだれ込む。シノンの矢が、クイの大槌が、ウンフェルスの軍勢に次々と一撃を浴びせ、部隊は崩壊し、壊滅していく。
「せめて…せめて貴様だけでも。」
部隊を伴わないクーシャを討ち聖印を奪おうとするベーオウルフだったが、彼の一撃ではクーシャを殺しきることはできなかった。彼女の一撃、ウェトの軍勢の攻撃、彼は次の一撃を加えることが叶わないまま、その場に倒れ伏せた。シィとウンフェルスの一般兵たちもほどなく投降し、ウェトとウンフェルスの戦いはあっけなく決着した。
戦後処理として、ベーオウルフは聖印をルーネイトに献上したうえでその存在を(少なくとも公的に)消すとともに、シィはウンフェルス・ウェトのために職務を行うことを(非公式に)約束することになった。しかし、事態はそれだけでは収拾できない。シュルドの次期継承者であるクーシャが(周囲の行動の結果とはいえ)「戦いの作法」を逸脱した戦いに参加したということは周囲を混乱させ、かえってウェトを取り巻く状況を悪化させてしまうためだ。
そこで、ルーネイトは自身を領主としてウェトを独立させるとともに、クーシャを『人質』に取ることにした。そこにはウンフェルスが落ちた今フレーゼルは表立ってシュルドと敵対している(ように見える)ウェトとの関係を悪化させることを望まず、事情を知っている傭兵を送ったシュルドも(しばらくは)彼らを追及しないであろうという目論見があった。この間に彼らはウェト近隣に存在する混沌濃度の高い個所を浄化し、ウェト、ウンフェルスの人間がなんとか自活できる基盤を作ろうというのだ。
驚くことにクーシャもその策に同意した。結果としてシュルドは自国の後継者を失ったことになったが、暫くの間ウェトを討伐しようとする動きは見られなかった。フレーゼルの側も、ウンフェルスを奪還するために出兵することはなかった。こうしてシェデランドに新たな勢力が(形式上)現れ、彼の地に平穏が訪れるのにはまだしばらくの時間が必要だと人々は口々に語り合ったのだった。
最終更新:2015年12月25日 17:06