「深緑の主」

※注:ブレカナ以外のセッションで登場したキャラと同名・同イラストのNPCが登場したりしますが、他人の空似です。あまり気にしないで下さい。

1、長老と指輪

 ハイデルランド南部のカリスト村の更に南方に、「イオの森」と呼ばれる森林地帯が広がっている。この森には多くの樹人族(エント)が生息しており、彼等は人間の侵入を嫌うため、この森に立ち入ろうとする者は殆どいなかった。
 だが、そんな中、この森に出入りすることを許された唯一の人間がいる。彼の名はレムス(PC②)。この森の樹人族の長老ユピテルによって拾われ、育てられた人物である。ユピテルが彼のことを特別扱いする理由を知る者はいないが、なぜかユピテルは彼のことを息子のように扱い、レムスもまたユピテルのことを「父」と呼んでいた。そんなレムスに対して、ユピテルはこう告げた。

「汚れた心を持つ者が、この森に近付きつつある。お主はしばらく、森から離れていろ」

 だが、長年にわたってこの森で育ってきたレムスには、それは受け入れ難い命令であった。

「父よ、この森が危険なのであれば、私も森を守るために戦う」

 レムスの中ではそれは当然の主張であったが、ユピテルはあくまでもその訴えを拒絶する。その上で、レムスに「指輪箱」と「手紙」を渡し、もし自分の身に何かあった時は、それを「西の森に住む、エウロパという名の樹人族」に渡すように、と伝えた。

「良いか、どちらも中身は絶対に開いてはならぬぞ。お主は知らん方が良い。絶対にな」

 そう言われたレムスは、不本意ながらもその指輪箱と手紙を受け取り、ひとまずカリスト村へと向かうことになった。

2、動き出す諸侯

 一方、未だ王座の空位が続くハイデルランド各地の諸侯の間では、奇妙な噂が流れていた。それは、カリスト村の近くのイオの森に住む樹人族の長老が、現在行方不明となっている「選帝侯の指輪」の一つを所有している、という怪情報である。各地の諸侯はその情報の真偽を確かめるべく、それぞれの側近を現地に派遣した。


 ミンネゼンガー公女アレクシア(上図左)は、少女の姿をした永生者エファ・シュワルツレーヴェ(PC③)を、ケルファーレン公女ローザリンデ(上図中央)は、エルフの女魔術師セティエ・ルー(PC④)を、そしてシュバイヤーマルク辺境国のディアルフ(上図右)は、第六師団長ダンク・エージュ将軍(下図)をカリスト村へと送り込む。


 そんな中、最初に現地に到着したのはダンクであった。隠密調査のために単身派遣されたエファセティエとは異なり、ダンクは自身の兵達を率いて、力づくで樹人族から指輪を奪うことを念頭に置きつつ、村の領主であるソラ・レントゥス(PC①)に対して、こう問いかけた。

「領主殿、一つ確認したいのだが、イオの森はあなたの統治の管轄下ではない、と解釈してよろしいか?」

 ソラは、急死した父に代わって領主の座に着いたばかりの少年である。母が言うには、イオの森の樹人族の長との間では何らかの「契約」が交わされていたらしいのだが、その詳細を知る前に父は他界してしまった。ただ、いずれにしても、イオの森は「自分の領土」ではないと認識していたソラは、ひとまずダンクのその解釈の正当性を認め、そのことを確認したダンクは、不敵な笑みを浮かべながら領主の館を去る。

3、焼き討ち計画

 その後、少し遅れてカリスト村に、ケルファーレンから派遣されたセティエが到着する。彼女は、村の領主であるソラや、この村に住む吟遊詩人のラルフ(PC⑤)と面識があったため、彼等を介して森に関する情報を得ようと考えていた。だが、セティエが村に足を踏み入れた直後に、ダンク達が村の市場で「油」を大量購入して森へと向かっていくのを、彼女は発見する。ダンク達の動向を不審に思ったセティエは、ひとまず彼等を尾行することにした。
 一方、セティエの知人である吟遊詩人のラルフは、村の酒場を訪れた市場の商人から、その大量購入の件を聞かされる。その後、酒場を出たところで友人であるソラに遭遇し、その大量購入のことを告げると、ソラはダンク達の先刻の問い掛けと照らし合わせた結果、「最悪の可能性」が脳裏に浮かぶ。

「まさか彼等は、あの森を焼き討ちにしようとしているのでは……」

 さすがにそれは阻止しなければならないと考えた彼は、危機感を募らせる。そんな中、ユピテルの通告通りにカリスト村に潜伏していたレムスは、街角で偶然出会ったソラからその話を聞かされると、一目散に森へと向かおうとする。
 すると、その途上でレムスセティエと遭遇し、二人は互いによく相手を知らない状況ながらも、ひとまず互いの情報を共通した上で、イオの森の焼き討ちは阻止すべきという方針で一致する。この森で育ったレムスは言うに及ばず、セティエもまた「森の民」の一員として、この状況を看過出来ないのは当然の話であろう。そして、村の領主であるソラがそれを阻止しようと考えていることをレムスが告げると、セティエレムスにこう告げた。

「私が彼等を引き留めて時間を稼いでいるから、その間に協力者を連れてきて」

4、人ならざる三少女

 その頃、一足違いで村に到着しようとしていたエファは、村の入口で遭遇した「執事風の装束」を纏ったヴェルトールという名の男(下図)に声をかけられる。


「お嬢さん、ここから先は危ないですよ。まもなく、大きな災害が起こります。近付かない方が良いかと」

 とはいえ、ここで退く訳にもいかない以上、エファはそのまま村の中へと足を踏み入れた。彼女は見た目は「ただの少女」だが、その実力は神聖騎士団の中でも師範代クラスである。そして、災害が起きると聞かされた上で、それを看過出来る性格でもない。エファはひとまず領主の館へと向かいつつ、あわよくば、かつて剣技を教えたラルフや、森で出会ったことがあるレムスといった知人にも話を聞ければ良い、と考えていた。
 一方その頃、ソラに状況を伝えるために森から戻ってきたレムスは、奇妙な道化師のような服を着たマリアと名乗る一人の少女(下図)と遭遇する。見た目に反して、明らかに浮世離れした口調で話す彼女は、明らかに人間ではないことは明白であったが、どうやら彼女はユピテルやレムスのことを知っているらしい。


「今、お主は森に戻らない方が良い。ユピテルにもそう言われたであろう」

 そう言われたレムスであったが、それでも森の焼き討ちを見過ごす訳にはいかない、と主張する。その強い決意を見せつけられたマリアは、やむなく彼を言い分を認めた上で、そのまま彼と同行することを決意する。
 その後、二人は村の中でソララルフと合流することになるのだが、そこでマリアは、ラルフを見るなりにこう告げた。

「おぉ、ルドルフ、久しぶりじゃな」

 ルドルフとは、ラルフの曽祖父の名である。世界各地を旅して回った冒険者であり、その冒険譚はラルフが叙事詩として各地で歌い聞かせている。どうやら彼女は、ラルフの顔立ちにルドルフの面影を見たらしい。つまり、彼女は(数十年前に他界した筈の)ルドルフと面識がある人物のようである。
 その後、ひとまずレムスとマリアは共に先行して森へと向かい、森の樹人族達に、焼き討ちに備えて迎撃の準備をするように伝える。一方、戦闘準備を整えて森へと向かおうとしていたソララルフは、エファと、上述のヴェルトール、そしてヴェルトールが釣れていた一人の機械人形の少女(下図)と合流する(セッション中では名乗るタイミングがなかったため、PCは誰も彼女の名前は知らないのだが、円滑な叙述の都合上、以下では彼女のことは設定上の本名である「サビーネ」と表記する)。


 彼等もまた、それぞれに森の動向が気になっているようで、ソラ達と共に森へと向かうことになった。

5、紋章と制裁

 一足先に森に到着したレムスとマリアは、セティエが口先三寸でダンク達を引き留めている間に、森の樹人族達に危機を告げて回る(この過程で、マリアはいつの間にかレムスの目の前から消えていた)。
 その後、ソラエファラルフが到着し(途中まで同行していた筈のヴェルトールとサビーネは、いつの間にか姿を消していた)、ソラがダンクに「樹人族達を刺激することの危険性」を解き、焼き討ちを思い留まるよう全力で説得した結果、ダンク自身を翻意させることは出来なかったが、ダンクの部下達が森に対して恐れを抱き、彼の命令に従うことに躊躇し始める。
 一方、レムスの忠告を聞いた樹人族達の一部は、火と油を手に森に迫りつつあった人間達に対して、先制攻撃をかけようとするが、ソラの説得によって兵達が矛を収めようとしているのを確認したレムスが樹人族を再説得して押し留めたことで、どうにか衝突を回避する。
 結局、ダンクは怖気付く兵達に業を煮やしながら村へと撤退したものの、彼の目がまだ諦めていないことを確信していたソラは、まだこの段階では警戒心を緩める訳にはいかない、と考えていた。

6、人形少女の正体

 その後、ソラ達は村へと戻ろうとするが、エファは(いつの間にか姿を消していた)ヴェルトール達の行方を探す。すると、彼女は村と森の間にある小さな廃屋の中で、ヴェルトールがサビーネを「修理」している場面に遭遇した。その二人の会話を密かに立ち聞きしたエファは、そのままなりゆきでヴェルトールと直接対話することになり、彼の口から、サビーネの正体を聞かされることになる。
 彼女は、数百年前に「世界中の13の種族の錬金術師」が集まって生みだした「世界を揺るがす力を持つ機械人形」の一人である。しかし、現在はその力を封印されており、このままだといずれ機能停止してしまうらしい。そして、イオの森のユピテルが有している指輪は、選帝侯の指輪ではなく、彼女を救うために必要な「12の指輪型印章」の一つであるという。
 ヴェルトールはユピテルの印章を手に入れて彼女を救うために、この地に来たらしい。サビーネは、ヴェルトールに「無理をして欲しくない」と訴えるが、ヴェルトールは(過去にサビーネに救われた経緯があったが故に)自らの命を懸けて彼女を救う決意を固めている。その上で、彼はエファにこう告げた。

「もし、私に何かあった時は、私の代わりに彼女を救ってやってほしい。永生者ならば、永きに渡って彼女の傍らにいてやることも出来るだろう」

7、指輪を巡る謎

 一方、ユピテルに事情を確認するために森に残ったレムスは、より詳細な事情を彼から聞かされていた。ユピテルは、数百年前に「世界を揺るがす力を持つ機械人形」を作るために集められた「13人の錬金術師」の一人であった(樹人族は、森の中にいる限りは寿命が無い)。だが、その研究の過程で、彼等への出資者であった貴族が「危険な思想」の持ち主であることに気付いたため、彼等は作成中の機械人形達に「一定時間が過ぎたら、自動的に機能停止する装置」を組み込むことにした。その結果、最終的に機械人形達は、その貴族の野望が実現する前に機能停止し、様々な経緯を経て、世界各地に放置されることになったという。
 とはいえ、せっかく生み出した命がそのまま廃棄されるのも惜しいと考えた彼等は、いずれ人形達の力がこの世界のために必要になった時に彼等を目覚めさせるための「再起動装置」も、同時に組み込んでいた。それは、人形開発の中心人物であった人間族の錬金術師プルートー(もしくはその子孫)の血液を朱肉として、12の異種族の錬金術師達に預けられた「指輪型印章」を人形達の体に捺印することで再起動する、という仕組みである。
 ユピテルがレムスに預けたのはその指輪型印章の一つであり、ユピテル曰く、レムスはそのプルートーの末裔の一人であるという。それ故に、この指輪を悪しき者に利用されないためには、レムスをひとまず森がから遠ざけた上で、自分の身に何があってもレムスには生き残ってもらわなければならない、とユピテルは考えていたのである(ちなみに、「西の森のエウロパ」とは彼の古くからの友人であり、この機械人形のことについても一通り知っているらしい)。
 というのも、どうやら最近になって、その機械人形の一部が、印章の捺印もないままに再起動を始めたらしい(その原因はユピテルにも分からなかったが、おそらく現時点では、どの人形も本来の力を発揮出来ないままの状態であろうと彼は推測している)。そんな中、その機械人形の一人である少女が、一ヶ月ほど前に「執事風の男」に連れられてユピテルの前に現れたという。執事風の男はその少女に印章を捺すことを願ったが、ユピテルはその少女が既に「殺戮者(マローダー)」と化していたことを理由に、その申し出を断ったらしい。おそらくは先刻の(ユピテルの指輪型印章を「選帝侯の指輪」と勘違いした上での)焼き討ち騒動も、裏でその「執事風の男」が暗躍した結果なのではないか、とユピテルは考えていた。
 一方、その頃、セティエはダンクの部下から、今回の出兵に至るまでの経緯を聞き出していた。当初は、誰が流したかも不明の「イオの森の長老が選帝侯の指輪を持っている」という情報に対して、彼等の主君であるディアルフは懐疑的な見解を示していたが、事前に側近の占い師に確認させたところ「間違いなく、カリスト村の近辺に『選帝侯の指輪』は存在する」という予言を得て、ダンク達を派遣するに至った、とのことである(なお、セティエの知る限り、シュバイヤーマルクの占い師の予言の的中率は極めて高い)。
 こうして、レムスが「ユピテルの持っている指輪が選帝侯の指輪ではない」と確信する一方で、セティエは「選帝侯の指輪は確かにこの近辺にある」という疑惑を強める。そんな中、ラルフは母親から、何か重要な価値があると思われる「指輪」を遺品として引き継いでいることを思い出していた。

(あの指輪が、世界中を旅して回った冒険者である曽祖父の頃から引き継がれてきたものだとしたら……)

 もしかしたら、今回の件と何か関係があるのかもしれない、と思いつつも、この時点ではその指輪が何を意味する代物なのか、彼の中ではこれといった確信は持てない状態であった。

8、殺戮の宴

 翌日の朝、ダンク率いるシュバイヤーマルク軍の駐屯地から、兵士達の悲鳴が上がった。その声を聞いて、ソラレムスエファセティエラルフの五人が駆けつけると、彼等の眼前に現れたのは、激しく流血しながら地に伏せるダンクと、そして死ぬられた刃を手にしたヴェルトールの姿であった。その直後、絶命したダンクの身体から聖痕が昇天しようとするのを、ヴェルトールが片手で奪い取り、自身の体内へと吸収する。その姿は、まさに殺戮者そのものであった。
 何が起きたのか分からず混乱するソラ達であったが、そんな殺戮の宴の最中、今度はサビーネが現れる。

「もうやめて、ヴェルトール!」
「……お前を生かす道は、これしかない。もうお前の身体の限界は近いのだ。ここにいる者達の聖痕も奪い取った上で、ユピテルから力づくで印章を手に入れる!」

 そう、彼とサビーネこそが、ユピテルから印章の捺印を断られた者達であった。だが、彼等とユピテルの対立の話には、実はまだ続きがある。一度、「サビーネが殺戮者だから」という理由で拒絶された後、ヴェルトールは聖痕(新世界)の力によって、サビーネを通常の「刻まれし者」に戻した上で、彼女の身に刻まれていた「余剰の聖痕」を自分の身体へと移していた(つまり、彼女に代わって自分自身が「殺戮者」となっていた)のである。
 しかし、ユピテルはそれでも「彼女の心には『汚れ』が残っている」と言って、殺戮者ではなくなった筈の彼女への捺印をも拒絶した。それは、サビーネの心がヴェルトールと強固に結びついているが故に、いずれ再び彼女が殺戮者と化すことを警戒したユピテルの判断であった。
 そして、この絶望的な結論を下された結果、既に殺戮者となっていたヴェルトールの中で、ユピテルは「交渉相手」から「殺戮対象」へと変わった。彼は各諸侯の近辺に「イオの森に選帝侯の指輪がある」という噂を流すことで、各勢力が入り乱れる状況を作り出し、その混乱に乗じて指輪を奪うという計画を立てたのである。だが、ソラ達の機転によって、その目論見が失敗に終わりそうになったことで、ヴェルトールはダンクやソラ達の聖痕を取り込むことで自らを強化し、ユピテルを自力で倒すという道を選んだのである。
 その真実を聞かされたソラ達は複雑な想いを抱きながらも、このまま彼を放置する訳にもいかない、という決意の下で、五人の力を結集して、ヴェルトールに立ち向かうことになった。ラルフが正面に立ってヴェルトールの気を引きつけている間に、エファに守られたレムスセティエが、ソラの支援を受けた上でそれぞれ弓と魔法でヴェルトールに応戦する。一方、サビーネはヴェルトールを殺させまいとして、自らの聖痕の力を駆使して彼を守りつつ、最後はその身を挺して彼を庇おうとするが、ヴェルトールはそんな彼女を払いのけて自らソラ達の攻撃を一身に受け続けた結果、その場に倒れ込んだ。

「これでいい。これで彼女の心は、私から解放される……」

 そう言いながら昇天するヴェルトールに対して、エファは昨日の時点で彼から託されたことを思い出しながら、様々な想いを込めた瞳で眺めつつ、静かに呟く。

「愚かな……。彼女の願いは、あなたと共に生きていくことであろうに……」

 そしてサビーネは、そんなヴェルトールの亡骸を呆然と眺めながら、再びその機能を停止するのであった。

9、それぞれの結論

 その後、指揮官であるダンクを失ったシュバイヤーマルクの兵達は、祖国へと帰還することになった。ユピテルの指輪は選帝侯の指輪ではなかった、という旨を伝えた上で、彼等の主君が納得するか否かは分からないが、ひとまずはカリスト村には平和が戻ったと言える。
 そして、ユピテルに事の次第を報告しに行こうとしていたレムス達のところに、マリアが現れる。彼女の正体を測りかねていたレムス達の眼の前で、彼女はそれまで隠していた「真の姿」を現した。それは、イオの森の長老・ユピテルの姿だったのである(レムスはユピテルのことを「父」と呼んでいたが、そもそも樹人族に性別はない。なお、「マリア」というのはユピテルの「古い友人の名」を借りたらしい)。
 エファがユピテルに、サビーネを再起動させる方法を尋ねると、ユピテルは「12の印章」と「レムス(もしくは他のプルートーの末裔)の血」があればそれは可能であると説明した上で、ヴェルトールを失って放心状態になったサbイーネが、本当の意味での「汚れなき存在」に戻れる保証は無いという理由から、今の時点での捺印を彼は保留した。ただし、他の11の印章の持ち主達が、サビーネのことを「再起動させても問題ない存在」であると認めた場合は、捺印しても良いと彼は告げる。その言質を得たエファは、生前のヴェルトールとの約束を果たすべく、残り11の印章の持ち主を探し出すことを決意する。彼女はひとまずミンネゼンガーに帰還した後、アレクシアに長期休暇の許可をもらった上で、機能停止したサビーネを伴いながら、一人旅立つのであった。
 一方、自身の血統と指輪について知りたいと考えていたラルフは、密かにユピテルを(「マリア」の姿の状態で)連れ出して問いかける。ユピテル曰く、ラルフの曽祖父ルドルフは、80年前に出奔したハイデルランドの王子であり、ユピテルにとっては、かつてイオの森に危機が訪れた時に、その身を挺して森を守ってくれた恩人でもあるという。その上で、ラルフは自身が母親から引き継いだ指輪をユピテルに見せたが、それが選帝侯の指輪であるか否かは、彼には判断がつかなかった(そもそもユピテルは人間世界の権力闘争には興味がない)。だが、ラルフとしては、この指輪の正体が何であろうと、これから先も純粋に一人の吟遊詩人として、市井で気ままに生きていきたいと考えていた(少なくとも、この時点では)。
 だが、そんなラルフの正体に気付きつつある人物がいた。セティエである。シュバイヤーマルクの占い師の予言が気になっていた彼女は、この件が終わった後、独自に調査を続けた結果、「ラルフが王族の末裔である可能性が、極めて高い」という憶測に辿り着く。しかし、彼女はその旨をまとめた報告書を途中まで書き記しながらも、最終的には丸めて屑篭へと投げ捨てた。彼女はラルフとは、これから先も「友達」でありたいと考えていたため、彼の血筋や指輪所持疑惑については、これ以上詮索しない方が良い、という結論に至ったのである。ケルファーレンに戻った彼女は、ローザリンデに「任務失敗」という事実のみを報告し、ラルフへの「疑惑」については、永遠にセティエの中で封印されることになった。
 こうして来訪者達が村を去る中、レムスもまた森へと戻り、再び森の守護者として生きる決意を固める。自身の血液が、今も世界の各地に眠る機械人形達の再起動の条件の一つであると聞かされたことで、彼の中でも様々な考えが去来したが、いずれにしても、この村とユピテルを守り続けなければならないという状況自体は変わらない。その上で、ユピテルは彼に対して、その血統を残すために「早く子を成せ」と促すが(ちなみに、植物である彼等には、人間にとっての「生殖」という行為に内包されるデリケートな要素に関しては、今ひとつ感覚的に理解出来ないらしい)、そもそも同世代の異性を接する機会自体が少ないレムスとしては、そう言われても困惑するばかりであった。
 そしてソラは、村外れにある父の墓前に立ち、今回の顛末を報告する。彼は今回の件が終わった後、ユピテルから、歴代領主とユピテルとの間で「ユピテルの身に危険が及んだ時は、印章を預かり、西の森に住むエウロパの元へ届ける」という約定を交わしていたことを聞かされた。つまり、今回ユピテルが(ソラではなく)レムスに指輪を託したのは、ソラがまだ信頼に足る人物か否かがまだ判別出来ない状態であるが故の臨時の措置であったのだが、ユピテルがそのことをソラに正式に伝えたということは、正式にソラを「対等の契約相手」として認めた、ということでもある。ソラはそのことの意義を深く噛み締めながら、村と守る者として、今回のような「哀しい事件」が起きた時には、涙を飲んでその哀しみの連鎖を自らの手で断ち切らねばならない、という決意を胸に刻み込み、領主としての新たな一歩を踏み出していくのであった。

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最終更新:2016年04月17日 19:13