第1話「目覚めし機械少女」
1、三つの指輪
ケルファーレン公国の西岸に位置する港町クロノスに、三人の異種族の若者達が集いつつあった。猫人族の青年アイルー(PC③)、獣人族の少女サリア(PC④)、河人族の王子カープ(PC⑤)。育った場所も立場も全く異なる三人であるが、偶然か必然か、彼等はほぼ同じ目的でこの村を訪れようとしていた。
アイルーは、猫人族の里の長老から、村に代々伝わる「謎の指輪」と「手紙」を、クロノスの領主であるエンケラドゥスに届けるように申し付けられていた。里の長老の予言によれば、この指輪を狙う「悪しき者達」が里に迫りつつあり、この指輪が彼等の手に渡ると、世界の危機が訪れるという。故に、その前に「届けるべき相手」に届ける必要がある、ということをアイルーに伝えた上で、もし悪しき者達が里を襲った場合は、里を捨てて逃げるつもりであると長老は宣言する。恋人のメラルーの身を案じるアイルーは、彼女を安全な場所に一刻も早く疎開させるよう長老に頼んだ上で、指輪と手紙を持ってクロノスへと旅立った。
一方、それと時を同じくして、サリアが暮らしていた獣人族の集落は、突如訪れた謎の女魔術師(下図)によって、焼き討ちにされていた。サリアには、その魔術師に見覚えがあった。というのも、サリアは数年前に、「本来の故郷」をこの魔術師に滅ぼされていたのである。彼女が何の目的でサリアの故郷を襲ったのかは分からない。サリアはそれから放浪を続け、ようやく「第二の故郷」と呼べる集落に腰を落ち着けることが出来たのだが、またしても同じ女魔術師の手で、その集落を滅ぼされてしまったのである。激しい憎悪を燃やしつつも、今の自分一人では彼女には勝てないことを悟ったサリアは、この第二の故郷で自分を拾ってくれた養父から、「謎の指輪」をクロノスの領主エンケラドゥスに届けるように託され、打ちひしがれた心のまま、その遺言を果たすためにクロノスへと向かうことを決意する。

こうして二人がクロノスへと向かいつつある頃、河人族の王子カープは、ケルファーレンの沿岸部を中心に「自分探しの旅」を続けていた。子供の頃の彼は、何一つ不自由のない環境の中、無気力な生活を続け、お供(ファミリア)のマリモに「王子としての自覚を持った生き方」をするように促される日々を送っていたが、やがて自分の中に「おぼろげな前世の記憶」が甦りつつあるのを実感したことで、その正体を探るべく、放浪の旅に出ることになったのである。そんな中、偶然クロノスの近くを通りかかった彼は、村の近くの海辺で、瀕死の重傷を負った同族を発見する。医術の心得もあるカープは手当を試みるが、努力の甲斐なく彼は命を落としてしまう。そんな彼から、彼の一族に伝わるという「謎の指輪」をクロノスの領主に届けるように託されたカープは、手厚く彼を葬った上で、その遺言を果たすべくクロノスへと向かうことになる。
こうして、三者三様の経緯でそれぞれに「謎の指輪」を託された三人が、クロノスの領主であるエンケラドゥスの元を訪れようとしていた。だが、この時点では彼等はいずれも、自分達が託された指輪の正体について、まだ何も聞かされていなかったのである。
2、港町の祠
一方、そのエンケラドゥスの息子オリバー(PC②)は、町はずれに位置する「祠」の清掃を父から命じられ、嫌々ながらもその祠へと向かうことになった。この祠には、数百年前の英雄のような何かが埋葬されていると言われていたが、その実態を知る者は殆ど存在せず、オリバーも父からは何も聞かされていなかった。
そんなオリバーが祠に到着すると、そこで彼は「大蛇」を連れた奇妙な風貌の男と出会う(下図)。どうやらこの男もまた、エンケラドゥスを訪ねてこの町を訪れた旅人の一人であるという。その男は、連れていた大蛇をその祠に残したまま、オリバーに案内される形で領主の館へと向かう。
すると、彼等よりも前に領主の館には先客が訪れていた。獣人族の少女サリアである。
「こんな物があるから、私は二度も故郷を滅ぼされてしまったのよ!」
彼女はそう言って指輪をエンケラドゥスに向かって投げつけながら、怒りに身を震わせていた。エンケラドゥスは、ひとまずサリアに指輪を預けなおした上で、彼女の気を静める為に、彼女を一旦オリバーに託した上で、オリバーが連れてきた「蛇遣いの男」の話を先に聞くことにした。
その間に、オリバーはサリアを領主の館から引き離したところで、猫人族の青年アイルーと遭遇する。アイルーは過去に何度かこの町を訪れたこともあり、オリバーとは種族の壁を超えた友人関係であった。アイルーは、里の長老からエンケラドゥスへの届け物を預かっていることをオリバーに告げるが、父と「蛇遣いの男」との会談がどれくらいの長さになるか分からないと判断したオリバーは、ひとまず時間潰しも兼ねて、サリアとアイルーを連れて、再び町はずれの祠へと向かうことにする。
だが、オリバー達が到着するよりも前に、祠では異変が起きていた。その場に残されていた大蛇が、祠の中に眠っていた、一人の「機械人形の少女」の封印を解いていたのである。彼女の名は、アーデルハイト(PC①)。数百年前に「13人の錬金術師」の手で生み出された「世界を揺るがす力を持つ七体の機械人形」の一人である。彼女は、目の前に突如現れた大蛇に驚き、慌ててその祠から飛び起きた。彼女には高い戦闘能力が備わっているが、得意武器が「弓」であるため、目の前に見知らぬ魔物が出現した状態において、本能的にまずその場から逃れようとするのは当然の道理である。
そんな祠の前を、河人族の王子カープが通りかかった。
「どうなさったのですか、お嬢さん?」
目の前で突然地中から飛び出したアーデルハイトに対して、カープは落ち着いた紳士的な物腰でそう問いかけるが、そんなカープに向かって、大蛇は激しく威嚇する。更に、そこにオリバー、サリア、アイルーが現れると、大蛇は彼等に対しても強烈な敵意を剥き出しにする。状況がよく分からないながらも、ひとまずこの大蛇をどうにかしなければ危険だと考えた五人は、協力してその大蛇と戦い、見事に討ち果たすことに成功した。
3、数百年前の真実
その後、それぞれに今の自分の立場を説明したアイルー、サリア、カープ、アーデルハイトの四人は、オリバーに連れられる形で領主の館へと向かう。だが、そこにはエンケラドゥスの姿はなく、部屋の随所から、ここで何者かが争ったような痕跡が見つかった。
この不可解な状況に対して一同が困惑する中、突然、カープの目の色が変わり、彼はアーデルハイトに向かって語り出す。
「我が名は、マリウス・モントゴメリー・フォン・グリューネヴァルト。久しいな、弓の娘よ」
どうやら、カープが持っていたマリモが、彼の身体を乗っ取って語り出したらしい。曰く、カープは前世において、アーデルハイト達「七人の機械人形」を作った12人の錬金術師の一人であり(当時の名は「メルクリウス」)、このマリモは前世の時代から彼と共に生きてきた存在であるらしい(そして実際、アーデルハイトはそのマリモに見覚えがあった)。
カープ(の身体を乗っ取ったマリモ)が見たところ、アーデルハイトの身体は現在、「仮再起動」の状態であり、まだその本来の力は封印されたままで、このままであれば今から90日後に再び休眠状態へと戻るという。彼女を完全に復活させるには、「プルートーの力を受け継ぐ者の血」を朱肉とした上で、プルートー以外の12人の錬金術師達が持っていた「12の印章」を彼女の体に捺印する必要があるらしい。そして、カープ、アイルー、サリアが持っている指輪こそが、いずれもその12の刻印(指輪型印章)の一つであるとカープ(の口を借りて話しているマリモ)は皆に告げる。
その上で、それぞれの指輪の「本来の継承者達」が指輪をエンケラドゥスに届けることを命じたことから察するに、おそらくエンケラドゥスこそがプルートーの末裔なのであり、その「血液」を狙う者達によって彼は連れ去られたのではないか、という推論をカープ(を依代としたマリモ)は語る。
ただし、人形達の再起動の条件となりうるのは、プルートーの末裔の中でも、彼の身体に刻まれていた「レクス」「アングルス」「デクストラ」のいずれかの聖痕を受け継いだ「殺戮者になっていない者」の血液のみであるらしい。オリバー曰く、エンケラドゥスは「刻まれし者」ではない(そして、オリバーの身体には「アングルス」の聖痕がある)のだが、エンケラドゥスを連れ去った者が何者かは不明であり、彼等がどこまでその事情を知っているのか(そもそも何が目的なのか)は不明である以上、いずれにしても、まずはエンケラドゥスの行方を探さねければならない、という方針で彼等は一致した。
4、非情なる惨劇
アーデルハイトとアイルーは、エンケラドゥスの失踪に関わっていると思しき「蛇遣いの男」の手がかりを探るため、アーデルハイトが眠っていた祠へと向かう。そして彼女達が蛇の死骸や祠の残骸を彼女達が調べていると、そこに「蛇遣いの男」が自ら姿を現した。
「お目覚めでしたか、姫君。私の名はオピュクス。『救世主様』の部下の一人です」
そう名乗った上で、彼はアーデルハイトに、彼の主人である「救世主」の元へ来るように促すが、彼の身体から「殺戮者」のオーラを感じ取ったアーデルハイトは、警戒心を強める。だが、それと同時に、今この場にいる二人だけでは、その圧倒的な殺戮者の力には太刀打ち出来ないことも分かっていた。そんな状況下で、オピュクスは力づくでも彼女を連れて行こうとする素振りを見せるが、ここでアイルーが一計を案じる。
「あんたの主人なら、俺は知ってるぜ。今、病気で大変なことになってるみたいだ。早く帰った方がいいんじゃないか?」
これは完全なデマカセである。だが、彼の持つ「真名」の奇跡の力によって、それを信じ込まされたオピュクスは、「神移」の奇跡の力を用いて、その場から消え去る。無論、あくまでもこれは「一時しのぎ」に過ぎないことはアイルー達も分かっていた。そして、実はもうこの時点で既に「惨劇」は始まっていたのである。
同じ頃、町の中を探し回っていたオリバーは、港の人々がザワついているのを発見する。そこで彼の目に飛び込んできたのは、全身の血を抜き取られた状態で海に打ち捨てられていたエンケラドゥスの姿であった。
「父さん……、どうして、こんな……」
呆然と彼はその場に立ち尽くす。その直後、サリアもまたその場に現れるが、既に二度にわたって故郷を失った過去を持つ彼女は、オリバーに対してあえて言葉をかけないまま、淡々とその場を立ち去り、領主の館へと戻る。
そんなサリアと入れ違いに、凶報を聞いて駆けつけたエンケラドゥスの妻ディオネと、道端で彼女と遭遇したアーデルハイト、アイルーの三人が現場に到着する。オリバー同様に放心状態となるディオネの傍らで、アーデルハイトとアイルーは、エンケラドゥスの死体の傷跡から、何らかの吸血能力を持った特殊な魔物によって彼が殺されたことを察する。そして、それがあのオピュクス(の連れている蛇)の仕業ではないか、という推測に辿り着くのは、当然の道理であった。
5、宴の始まり
一方、領主の館へと戻ったサリアは、留守番をしていたカープ(の中に入っているマリモ)に、エンケラドゥスの死を告げると、カープ(の身体を操っているマリモ)が状況を確認するために現場へと向かったことで、彼と入れ替わりにサリアが一人、館に取り残されることになった。
そんな彼女の前に、再び「神移」の力を用いて帰還したオピュクスが現れる。オピュクスの正体も目的も知らぬサリアに対して、彼はサリアが持っている「指輪」を渡すように促すが、「一族の形見」を安易に手放すことに、彼女は同意しようとしない。
そんな中、オリバー、アーデルハイト、アイルーの三人が帰還する。虚言を弄して無駄足を踏ませたアイルーに対して、オピュクスは静かな怒りをぶつけようとするが、その前に、それ以上の怒りの感情をオピュクスにぶつける者がいた。アーデルハイトである。
「どうして、あんなことをしたの? 血が必要だとしても、殺さなくてもいいじゃない!」
まだ彼が犯人かどうかも確定していない状態ではあったが、アーデルハイトはそう叫んだ。そして、それに対してオピュクスは冷淡に答える。
「我々の他にも、同じことを企んでいる人がいるかもしれませんからね。ライバルのために、わざわざ朱肉を残しておいてやる道理もありません。もっとも、救世主様に確認してもらったところ、彼は『ハズレ』だったようですが」
オピュクスは自らが殺害したことを悪びれる様子も無くそう告げる。そして、この発言に怒りを覚えたオリバー達は、目の前のこの男が「倒さなければならない存在」であることを確信する。そしてオピュクスもまた、アーデルハイトと(プルートーの力を引き継いでいる可能性がある)オリバーを連れて行くためには、「力」で彼らを屈服させる必要があることを理解した。
こうして、主人を失った領主の館の中で、殺戮の宴が繰り広げられることになった。最初に動いたのはアイルーである。彼が元力を込めた魔法弾をオピュクスへと打ち込むと、オピュクスはそれを真正面から受け止めつつ、アイルーに対して超高速の二連撃をあびせようとするが、オリバーとアーデルハイトの聖痕の力によってその斬撃はいずれも封じられる。
その上で、アーデルハイトは弓でオピュクスを射掛けようとするが、オピュクスはその攻撃を巧みな動きでかわしつつ、今度は目の前にいるサリアへと襲い掛かる。彼の操る蛇の牙によってサリアは深手を負うものの、逆に彼女は返す刀でオピュクスに激しい連撃を加える。更にそこに追い討ちをかけるようにアイルーとアーデルハイトの二撃目がオピュクスに直撃し、彼が体勢を崩したところで、オリバーが短剣でその心臓を貫き、オピュクスはその場に倒れ込んだ。
「これで勝ったと思うなよ……。お前達のことはもう救世主様には知られている。いずれ他の四天王の誰かがお前達の前に現れるだろう。これでもう、逃げることは出来んぞ……」
そう言って彼は絶命し、その身体に刻まれていた聖痕は天へと還っていく。この時、サリアは倒れたオピュクスの上着に描かれた紋章が、彼女の故郷を襲った女魔術師のマントに描かれていた紋章と同じであることに気付き、自分の故郷の悲劇が彼等によって引き起こされたことであることを確信するのであった。
こうして父の仇を討ったオリバーは、母にそのことを報告した上で、彼等はエンケラドゥスの葬儀の準備を始める。だが、これは彼等にとって、これから始まる長く哀しい戦いの幕開けに過ぎないことを知る者は、まだこの時点では誰もいなかった。
最終更新:2016年05月14日 07:13