「無垢なる背徳」
※注:ブレカナ以外のセッションで登場したキャラと同名・同イラストのNPCが登場したりしますが、他人の空似です。あまり気にしないで下さい。
1、黒髪の少年
ケルファーレン公国のエレシス村は、元来は辺境の貧乏村に過ぎなかったが、現領主ダニエル・カサブランカ(下図)の就任以来、急速な経済発展を遂げることになった。彼は独自の人脈から様々な原材料を入手して、それを村内の様々な産業従事者に安価で提供することで、村民達の生産力を急成長させたのである。
その中の一つに、クレア(下図)という女主人が営む料亭があった。ダニエル経由で手に入れた希少な調味料を巧みに使いこなした彼女の料理は絶品という評判が広がり、その味を求めて周辺地域から多くの美食家が集まり、店内は連日賑わいを見せる。それはまさに、この村の好況の象徴とも呼ぶべき光景であった。
だが、ある日、彼女の店で食い逃げが発生した。短期間での急成長に伴う店員不足が発生していた状況に目をつけられた上での犯行であったが、偶然その場に居合わせたこの村の警備隊長トリス・ヘッセ(PC①)の手によって、見事に取り押さえられる。そして、そんな彼に対して村人達が拍手喝采を送る中、一人の黒髪の少年(下図)が彼に近付いてきた。
「僕を雇ってくれませんか? どんな仕事でも構いません」
トリスは、その少年に見覚えがあった。トリスはここ最近、「戦場で幾万もの兵達を相手に戦う夢」を見続けているのだが、その黒髪の少年は、その夢の中で常に自分の傍に立ち、悲しげな表情を浮かべながら戦っている少年の姿と瓜二つであった。そんな彼に対して、どこか不思議な懐かしさを感じつつ、彼が「刻まれし者」であることを察するトリスであったが、外見的にせいぜい10歳程度にしか見えない彼を雇うことにはさすがに抵抗があり、丁重に断ろうとする。
だが、それでも彼は粘り強く食い下がるため、ひとまず警備隊の詰所に戻って、その詳しい動機や素性を聞くことにした。その道の途上、この少年は「ジュリアン」と名乗るが、この時点ではまだ、トリスはその名を持つこの少年の正体を、思い出せずにいた。
2、裁きの理由
同じ頃、村の祭司であるユーベル・アインハルト(PC②)の教会を、この村の時計職人であるヨハン(下図)が訪れていた。彼の時計屋もまた、ダニエルの領主就任以降に急成長した店の一つであり、ダニエル経由で「壊れて廃棄された古時計」を大量に入手した上で、それらの部品を再利用することで、安価で高性能な時計を生み出す生産システムを確立し、まさに現在の村の経済成長の一翼を担う存在となっている。
だが、そんなヨハンは、なぜか深刻な表情を浮かべながら、ユーベルに対して、相談したいことがあると告げる。
「祭司様、一つお伺いしたい。人は、何を以って神に裁かれるのだろうか? 悪事の存在を疑いながらも、見て見ぬ振りをし続けることは、罪なのだろうか?」
そう問われたユーベルは、あまりに抽象的な質問であったが故に、どう答えるべきか迷いつつも、まずは真相を調べることが大切、という旨を告げると、ヨハンはその答えに納得しながらも、まだ何らかの「悩み」や「迷い」を心の内に秘めた様子のまま、静かに教会を立ち去る。
一方、そんなユーベル自身もまた、一つ、深刻な心配事を抱えていた。ユーベルは、元来は貴族家の出身でありながら、金銭にまみれた生活に嫌気が差して聖職への道を歩んだ身なのであるが、そんな彼の義理の叔父にあたる(この村の近隣に位置する)ブラフォードの町の領主ガスコイン(下図左)が、何者かに暗殺され、その息子(ユーベルの従弟)のセシル(下図右)は行方不明になっているという知らせを、ガスコインの妻(ユーベルの叔母、セシルの母)のキュキィからの手紙で知らされていたのである。
ガスコインに関しては、為政者として「後ろ暗い噂」もある人物である以上、権力闘争の過程で誰かに殺される可能性は十分にある。だが、セシルはまだ幼少(10歳程度)で、かつてのユーベル自身のような「純真な心」を持った少年である。既に何者かに殺されたのか、あるいは何らかの目的で連れ去られたのかは分からないが、ユーベルは血縁者としても聖職者としても、その身を案じずにはいられなかった。
&3、捺印の条件
上述のクレアやヨハンと共に、ダニエル体制下で業績を伸ばしている店の一つに、岩人族(ドワーフ)のボルド(下図)が開いている鍛冶屋がある。彼は、ダニエルから「戦場で捨てられていた壊れた武具」を仕入れて、それを武器として再加工した上で、村の兵士や旅の冒険者達に提供することを現在の主な生業としている。もともとその腕には定評があったが、ダニエル就任以降は原材料費が格段に減った分、より安価で出荷出来るようになったことで、顧客の数は増加の一途を辿っていた。

そのボルドの店を、一人の若者が訪ねていた。彼の名は
レムス(PC③)。この村から東南の方角に位置するカリスト村の南に広がるイオの森にて「番人」を務めている青年である。彼は人間でありながらも、イオの森に住む森人族(エント)の長老ユピテルに育てられたが、実は数百年前に「世界を揺るがす力を持つ七人の機械人形」を作り上げた13人の錬金術師の指導者的立場にあったプルートーの末裔であり、その身に流れる血には、現在世界各地で封印されているその機械人形達を再起動させるために必要な特別な力が備わっていた。
先日、カリスト村およびイオの森で発生した事件を通じて([「深緑の主」>
http://www21.atwiki.jp/ragadoon/pages/857.html]参照)、彼はその事実を知り、そして彼の養父であるユピテルもまた「13人の錬金術師」の1人であること、そして機械人形の再起動に必要な「12の印章」の持ち主であることを聞かされる。現在、封印されていた七人の機械人形のうちの何体かが「仮再起動」を始めており、彼等がその「真の力」を発揮するためには、「プルートーの末裔の血」を朱肉として「12の印章」を捺印する必要があるという。ただし、その捺印の際には、人形達が「正しき心の持ち主」に導かれる状態になっていることを確認することが、プルートーやユピテル達の間で交わされた盟約であった。
そして今回、
レムスがボルドの店を訪問したのは、彼にユピテルからの手紙を届けるためである。ユピテル曰く、ボルドもまた「12の印章」の持ち主の一人(13人の錬金術師の末裔の1人)であり、今後、いずれかの機械人形に遭遇する可能性を考慮した上で、
レムスの存在をボルドに伝えておく必要があると考えたらしい(なお、ユピテルは
レムスに対して「久しぶりに森の外に出るのだから、ついでに嫁探しでもしてこい」と言っていたのだが、
レムスは聞き流していた)。
だが、ユピテルからの手紙を読んだボルドは、どこか重苦しい表情を浮かべる。
「正直、今のワシには、誰が『正しい心』の持ち主なのかは分からん。だから、出来ればこの『指輪』を預かる使命も、今のワシには荷が重い。殺戮者でなければ善人とも限らんしな……。お主は、何を基準に『印章を捺して良い相手か否か』を判断すべきだと思う?」
確固たる信念を抱いて指輪を守り続けてきた養父ユピテルとは対照的に、明らかに「迷い」を抱いている様子のボルドに対して、レムスは先日の一件を思い出しながら、こう告げた。
「その人形と連れ添う者の『覚悟』の有無が重要だと思う」
機能停止した機械少女を「必ず蘇らせる」と誓って村を去った少女(の姿をした永世者)のことを思い出しながらレムスがそう告げると、ボルドは得心した表情を見せながらも、やはり「今の自分にそれを見分けることが出来るのか」という点に関しては、まだ明らかに不安を抱えている様子であった。
big(6){4、白昼の惨劇}
こうして、急速な経済発展を遂げながらも、なぜか村人達の一部の心の中に「迷い」や「不安」が広がりつつあるこのエレシスの村に、一人の「奇妙な風貌の男」が現れた。その体躯は2メートルを超えるほどでありながら、その全身を覆い隠すほどの巨大なコートに身を包んだその姿は、端から見ても明らかに異様である。
彼の名はガルシオン(PC⑤)。全身が鱗で覆われた蛇人族(ラガルート)の旅人である。元来、蛇人族は人間とは対立する存在であるのだが、彼はその身に「聖痕」を宿してしまったため故郷を追われ、人間社会の中で、蛇人族であることを隠して生きてきた(もっとも、そのあまりの巨体故に、その鱗や顔を隠していても、「常人ではない」ということは誰の目にも明白なのだが)。歳は既に50を超え、蛇人族としての平均寿命を既に超えている。なお、本当の名は別にあるが、それを人前で名乗ることはない。
その姿をあまり人前には晒せぬ身ということもあり、彼は基本的には裏社会の住人であり、蛇人族ならではの高度な身体能力を生かして、様々な「仕事」を請け負っている。この日、彼がこの村を訪れたのは、村の領主であるダニエルから、その「腕」を見込まれた上での仕事の依頼が届いたからである。もっとも、その仕事の内容はまだ聞かされていないので、受諾するかどうかも未定ではあったが、ひとまずダニエルと話をするため、彼は領主の館を訪れた。
だが、ガルシオンが館に入ると、そこで彼を待っていたのは、血を流してその場に倒れているダニエルの遺体であった。思わず駆け寄ってその身体に触れてみると、まだ微妙に体温が感じられるため、殺されて間もない状態であることがうかがえる。そして次の瞬間、ダニエルの使用人が館に戻ってきた。「全身をコートで覆い隠した巨体の来訪者」の姿を目の当たりにした使用人は、当然のごとくガルシオンを犯人だと思い込み、大声で悲鳴を上げる。この状況で何を説明しても理解してはもらえないだろうと判断したガルシオンは、ひとまずその場から逃げ去った。
5、警備隊長と監査官
領主殺害の報はすぐに村中へと広がり、ジュリアンを連れて詰所へと向かう予定だった警備隊長トリスは、すぐに現場へと駆け付け、ジュリアンもその後を追う。現場に辿り着いたトリスは、ダニエルの身体から吹き出したと思しき血痕の飛び散り方を見た瞬間、床の部分に奇妙な形で「子供の靴程度の形」の「血が付いていない部分」があることに気付く。どうやら、ダニエルが殺された時点で、その傍らに「子供」と思しき誰かがいたようだが、彼がその状況から推察を巡らせている間に、いつの間にか彼の傍らにいたジュリアンは、姿を消していた。
そんなトリスに一足遅れる形で、現場にもう一人の「官憲」が現れる。彼女の名は、セティエ・ルー(PC④)。ケルファーレン公女ローザリンデの側近の、エルフの魔術師である。ローザリンデは昨今のエレシス村の急成長に「違和感」を感じて、領主であるダニエルが何か政治汚職に手を染めているのではないかという疑惑から、その調査のためにセティエを派遣したのである。だが、彼女が到着する前に、そのダニエル自身が殺されてしまっていた。
トリスは警備隊長でありながら領主をを守れなかったことを恥じつつ、セティエと共に館の使用人から「巨大なコートで姿を隠した大柄な人物が、その巨体に似合わぬ素早い動きで現場から逃げ去った」という話を聞かされる。そして、トリスとセティエは実は過去にいずれもガルシオンと面識があったため、「もしや……」という疑惑が彼等の中で広がるが、やがて二人の前に当のガルシオンが現れ、事情を説明した上で、彼等は協力して犯人探しへと向かうことになる。
6、金髪の少年
その間に、トリスの元から姿を消したジュリアンは、ユーベルの教会を訪ねていた。彼は自らが「セシルの友達」であると名乗った上で、セシルがここに来ていないかとユーベルに問うが、ユーベルは首を横に振りつつも、セシルが今後、自分の元を訪れる可能性を考慮した上で、ジュリアンには教会に残るように伝える。
そんな中、今度はレムスが教会に現れる。レムスは過去にこの村を訪れた際にユーベルとも交友関係があったため、領主殺害で揺れる今のこの村において、ひとまず自分が怪しまれないためにも、教会に身を寄せておいた方が無難だと考えたのである(これはボルドの献策でもある)。だが、そんな彼が到着した直後、教会の近くにある「仕立屋」から、悲鳴が聞こえた。ユーベルとレムスが慌ててその店へと向かうと、(男性でありながら)女性用のドレスを身にまとった店主のミカ(下図)が、その場に倒れていた(なお、この服装は純粋に「彼」の趣味である)。
この時、ミカは既に事切れていた。だが、ユーベルとレムスには、いずれも「死んだ直後の人物」を蘇らせる力がある。ひとまずレムスが聖痕の力を使ってミカを蘇生させると、ミカはどうにか意識を取り戻す。曰く、「突然、何者かに背後から心臓を貫かれた」とのことだが、薄れゆく僅かな意識の中で振り返ったミカの目に映ったのは、「金髪の子供のような体格の後ろ姿」であったという。
ちなみに、ミカもまた、ダニエルからの支援物品(上質な古着)を加工することによって財を成していた人物の一人である。これはダニエルの暗殺事件と何か関係しているかもしれないと考えたユーベルは、ひとまずミカを連れて警備隊の元へと向かいつつ、その間の教会の警備はレムスに委ねることにした。
だが、レムスが教会に戻った瞬間、彼の眼の前に映ったのは、ジュリアンが一人の「金髪の少年」と共に、教会から去ろうとする姿であった。レムスはそれを呼び止めようとするが、次の瞬間、二人の少年はレムスの眼の前から忽然と消え去ってしまう。レムスは呆然と立ち尽くしつつも、それが聖痕の力による転移だとすぐに気付く。だが、この時点ではまだ、これが二人の少年のいずれの力によるものなのか、レムスには判断する術はなかった。
7、急成長の裏事情
その間に、トリス、セティエ、ガルシオンの三人は、ダニエルの館の近辺に潜んでいた盗賊達を発見し、偶然合流したユーベルと共闘して彼等の捕縛に成功すると、彼等の口から、この村の急成長を支えていた「真相」を聞き出すことに成功する。
この盗賊団は、この村の領主であるダニエルや、ブラフォードの町の領主ガスコインなどの幾人かの有力者の庇護を受けた上で、ケルファーレンの内外から様々な形で高価な物品を盗み出し、それをダニエルやガスコインに安価で提供していたらしい。ダニエルはそれらを村の職人達に、盗賊達に支払った代金(本来の市価よりも遥かに安い価格)のまま売り渡すことで、彼等の商業活動を促進し、村の経済発展をもたらしていたという。
トリスやユーベルが知る限り、ダニエル自身は特に贅沢を好む性格でもなく、財を溜め込んでいた様子もない。その意味では、あくまでも彼は村の発展を第一に考える「村人にとって望ましい領主」であったことは間違いないだろう。とはいえ、その経済発展をもたらすために他の地域の人々から盗んだ品を利用することは、少なくとも正道とは言えない。
盗賊達の推測によれば、ダニエルから物品提供を受けていた者達は、おそらくそれらが盗品だとは聞かされてはいなかっただろうが、それでも勘の良い人物であれば気付いていた可能性はある、とのことである(ちなみに、ミカは「全く気付かなかった」と言っているが、その様子は明らかに不審な挙動に見えた)。
そして、今回の事件の犯人が何者であるにせよ、ガスコイン、ダニエルに続いて、ミカまでもが狙われたということは、おそらく他の村の職人達も殺害の対象となる可能性はあるとトリス達は考えた上で、ひとまず村の職人達をまとめて警備隊の詰所へと避難させることで、犯人をおびき出す作戦を採ることになった。
8、純真なる正義
その後、トリス達はひとまずレムスと合流した上で、レムスから、ジュリアンが「(ミカを襲ったと思しき)金髪の少年」と共に教会から消え去ったことを聞かされる。ユーベルは、現在行方不明の従弟のセシルが金髪である(そして背格好も目撃情報と一致する)ことを思い出しつつも、ひとまず「その可能性」については考えるのをやめた上で、トリスとセティエはクレアに、ユーベルとガルシオンはヨハンに、そしてレムスはボルドに、それぞれ事情を説明した上で、警備隊の詰所へと連れて行く、という方針で一致して、それぞれの店へと向かうことになった。
トリスから事情を聞かされたクレアは、自分の店の発展が盗品の賜物であることにショックを受けた様子を見せつつ、ひとまず店を閉めて彼等に同行することに同意する(なお、実はこの直前に「金髪の少年」が彼女の前に現れたものの、彼女の表情を見た上で「おばさんは、本当に知らなかったみたいだね」とだけ言って立ち去っていたのだが、そのことをトリス達が知ることはなかった)。
一方、ユーベルがヨハンに真相を伝えると、彼は納得したような顔を浮かべつつ、「神の裁きがどうなるにせよ、まずその前に『人の裁き』を受ける」と言って、自分もまた犯罪の片棒を担いでいた(そして薄々察知ながらも、見て見ぬフリをしていた)ことを素直に認める。とはいえ、最終的に彼の罪状を裁ける者が不在であるため、ひとまず彼等と共に詰所へ向かおうとするが、その途上で彼等は「金髪の少年」と遭遇する。そして、それは紛れもなく、ユーベルの従弟であるセシルの姿であった。
「ユーベルお兄ちゃん、僕よりも先に、悪い人を捕まえてくれたんだね」
セシルはそう言いながら、無邪気な笑顔を浮かべる。そして彼はその屈託のない笑顔のまま、ダニエルを殺し、そしてミカを襲ったことも認めた上で、ヨハンに対して純粋な正義感故の殺意を向ける。その事実に驚愕するユーベルの傍らで、セシルが既に「殺戮者」と化していることを悟ったガルシオンは、ひとまず自身の聖痕の力でユーベル、ヨハンと共にその姿をセシルの視界から消し去り、その場から退去することになった。
9、純真なる友誼
その間に、レムスはボルドの工房を訪れていたのだが、彼が扉を開く直前、その工房の中から、ボルドと口論しているジュリアンの声が聞こえてきた。
「お願いします、今すぐこの村を立ち去って下さい。そうすれば、あなたは死なずに済む」
そう訴えるジュリアンであったが、事情も何も聞かされていないボルドは当然のごとく、その申し出に応じようとはしない。その上で、ボルドはジュリアンに対してこう言った。
「ワシの目はごまかせぬぞ。お主、『例の機械人形』であろう? 今、お主に命令を下しているのは、誰じゃ?」
そう言われたジュリアンが絶句していると、そこにレムスが扉を開けて入ってくる。ジュリアンは意を決して、自分が「数百年前に作られた七人の機械人形」の一人であることを告げた上で、現在の自分とセシルの状況を、レムスとボルドに伝える。
ジュリアンはブラフォードの町の近くに封印されていたが、数週間前に突然目覚め、そしてセシルに出会ったという。セシルは純粋に「友達が出来た」と喜んでいたが、やがてジュリアンの身体に秘められた強大な力に目を付けたセシルの父ガスコインは、その力を自らの野心のために利用しようと企み、そんな父の姿に絶望したセシルは、ジュリアンの力を用いて父を殺し、その聖痕を奪って殺戮者になったという(一方、ジュリアン自身はまだ、ただの「刻まれし機械人形」のままであった)。
殺戮者としてのセシルの欲望は「悪人のいない世界を作ること」であり、そのために、まずは「父に協力していた悪人達」をこの世から消し去ろうと考えている。だが、ジュリアンはそんな彼の「正義の暴走」を止めたいと考え、彼の元から離れて一足先にエレシスに潜入したらしい(警備隊に入ろうとしたのも、その情報を得るためであった)。だが結局、ダニエルの殺害は防げず、そしてミカ殺害(未遂?)後に教会でセシルと再会したジュリアンは、彼に協力するフリをしながら、セシルの殺害対象となっている人々を村の外へ逃がそうと画策していたのである。
既に殺戮者となってしまったセシルを止めるには、彼を殺すしかないということは、ジュリアンにも分かっている。しかし、ジュリアンは理性ではそのことがわかっていても、どうしてもセシルを見捨てることが出来ない。故に、レムス達がセシルを殺そうとするなら、本能的にセシルのことを庇わずにはいられない。そんな二律背反の心で揺れているジュリアンの苦悩を理解したレムスは、ひとまず彼とボルドを連れて警備隊の詰所へと向かうのであった。
10、輪廻転生
こうして、警備隊の詰所に村の職人達が集められると同時に、彼等を守るべく集まった、トリス、ユーベル、レムス、セティエ、ガルシオン、そしてジュリアンが顔を揃えることになった。そして、ジュリアンの素性についてレムスが説明したことで、トリスの中に眠っていた「前世の記憶」が蘇る。
トリスの前世の名はジークフリート。彼はジュリアンと共に作られた「七人の機械人形」の一人であった。ジークフリート(トリス)は剣技型、ジュリアンは支援型の機械人形であり、二人はコンビを組んで戦わされることが多かった。だが、彼等の「持ち主」であった貴族の野望の実現のために、多くの人々を殺さなければならない状況に、ジュリアンは深い悲しみを覚えていた。やがて、その戦いの最中、ジークフリートはジュリアンを庇って命を落とし、それから数百年の時を経て、現在はトリス・ヘッセとして転生するに至ったのである。
機械人形の魂が「人間」として転生するという事例が実在したことに、ジュリアンもトリス自身も驚くが、確かに二人の記憶は一致しており、この事実を受け入れることに抵抗はなかった。そしてジュリアンは、仮にここでセシルが命を落としたとしても、いずれ来世で再び彼と出会えるかもしれない、と考えることで希望を見出そうとするが、祭司であるユーベルは、殺戮者となってしまった者の魂は転生することなく消滅する、という現実を知っている以上、そのことをジュリアンに伝えない訳にはいかなかった。
その上で、彼等は改めて今後の方針について協議した結果、最終的にジュリアンは、セシルの魂を救えるかもしれない、わずかな一つの「可能性」に賭けることを決意した上で、「セシルが殺される姿を黙って見ていられる自信がない」と言って、自分の首筋の裏にある、一時的な「機能停止装置」を押すようにトリスに頼む。
「本当にそれでいいんだね、ジュリアン?」
ジュリアンが黙って頷くと、トリスは彼の望み通りに、ひとまずジュリアンの機能を停止させる。そして彼等は、この哀しき殺戮劇を終わらせることを心に誓うのであった。
11、殺戮の宴
やがて陽が落ちて、村が闇に包まれた頃、警備隊の詰所の前に、セシルが現れる。
「ユーベルお兄ちゃん、さっきは急にいなくなっちゃって、びっくりしたよ。でも、僕がまとめてやっつけられるように、悪い人達を一つの場所に集めてくれてたんだね」
無邪気にそう笑うセシルに対して、ユーベルは、悪人だからと言って無闇に殺しても良いという訳ではないことを説こうとするが、その言葉が、既に殺戮者となってしまったセシルには届かないことも、ユーベルには分かっていた。「当たり前の正義」を理解してもらえないことに困惑するセシルは、やがてユーベル達の傍らに、機能停止した状態のジュリアンが、壁にもたれかかるように倒れていることに気付く。
「そうなんだ……、ユーベルお兄ちゃんなら、分かってもらえると思ってたのに……。結局、悪い人達の味方だったんだね。僕のたった一人の友達まで奪うなんて……」
セシルはそう呟きながら、自身の体内に刻まれた幾多の聖痕の力を解放させる。その圧倒的な力を目の当たりにして、トリス達は自分達の聖痕の力による共振を感じ取りつつも、目の前でその正体を顕現させた殺戮者を倒すために、それぞれの聖痕の力を発動させた上で、トリスは剣を、ガルシオンは仕込み刃を手にセシルの前に立ちはだかり、後方からセティエが精霊魔法を、レムスが弓矢をセシルに向かって放ちつつ、ユーベルが天宮魔法で皆を支援する。
当初、セシルはその身に刻まれた(これまで倒してきた「悪人達」から奪った)聖痕の力でそれらを防ぎ続けながら、ダニエルから奪った魔法具の力を用いて、最前線に立つトリスに対して激しい敵意を燃やしながら猛攻を加えるが、やがて基礎体力で劣るセシルは徐々にその動きに精彩を欠き、最終的にはほぼ全ての聖痕の力を使い尽くした上で、その場に崩れ落ちる。
「どうして……、この世界は、正しいことをした人が救われるんじゃないの……?」
薄れゆく意識の中でそう呟くセシルに対して、ユーベルは哀しそうな瞳で答える。
「人は生まれながらにして悪なんだよ、セシル」
「じゃあ、いくら正しいことをしても無駄なの……?」
「そうじゃない。存在が悪だからこそ、正しいことを重ねることで、それを正していかなければならないんだ」
「じゃあ……、僕にはまだ、『正しさ』が足りなかったんだね……」
セシルはそう言いながら意識を失い、その肉体が死を迎えると同時に、聖痕が天へと召されていく。そしてこの瞬間、トリスは眠っていたジュリアンの身体を再起動させると、ジュリアンは天に向かって、自らが持つ「新世界」の聖痕を掲げて叫んだ。
「神よ、セシルの魂をもう一度、この世界の輪廻の輪に戻してほしい。その代償として、僕をその輪廻の輪から外してくれて構わない!」
彼がそう叫ぶと、消滅しようとしていたセシルの身体が奇妙な光に包まれた上で、改めてその身体が浄化されていく。レムスとセティエには、その様子が、先日カリスト村で目の当たりにした殺戮者ヴェルトールの消滅の時の光景とは、明らかに異なっていることが分かる。もっとも、だからと言って、ジュリアンの願いが本当に叶ったのかどうか、この時点ではまだ誰にも判別は出来ない状態であった。
12、旅立ちと帰還
その後、ジュリアンはセシルが戻ってくる日まで再び機能停止されることを願うが、そんな彼に対してガルシオンは、セシルがこの世界にいつ帰ってきても良いように、ジュリアンがこの世界で常に活動状態に出来るよう、彼の身体に「十二の刻印」を刻むための旅に出ることを提案する。ジュリアンが(最初は躊躇していたものの)その提案を受け入れると、ガルシオンは改めてジュリアンに対して、己の素性を語る。
「私の真名はアンティゴール。既に蛇人族としては高齢の身だ。今の私にどれだけの寿命が残されているかは分からないが、お主が私に再び希望を見せてくれることを信じて、全力で支え続けよう」
その後、レムスおよびボルドの承認を得た上で、ジュリアンはその身にドワーフ族に伝わる印章を捺印する。そしてセティエの案内によって、ジュリアンとガルシオン(アンティゴール)はケルファーレンの首都にある図書館へと向かい、そこで他の「指輪型印章」の持ち主についての情報を集めることになった。
一方、その二人を送り届けたセティエは、そのままローザリンデ(下図)に事の次第を報告する。ローザリンデは職人達の罪は問わないという方針を伝えた上で、当座の「領主代理」としてセティエを派遣することを提案するが、セティエはあっさりとその申し出を断る。だが、既に他の優秀な官吏達はガスコイン亡き後のブラフォードの再建のために派遣してしまっていたため、現状ではセティエ以外に信頼して任せられる人材がいなかったこともあり、ローザリンデは粘り強くセティエを説得する。
「分かったわ。その代わり、条件として、『あの子』を私の補佐役に就けて。あと、あくまでも『代理』だからね」
セティエはそう言って、再びエレシスに戻ると、自らが領主代理としてこの地に赴任することをトリスに伝えた上で、彼に「領主補佐官」への辞令を手渡す。自らの失態で領主を死なせたことに罪悪感を感じていたトリスとしては、その命令に逆らえる筈もなく、以後しばらくの間、彼は政務の大半をセティエに押し付けられ、様々な気苦労を背負い続けることになる。そして、村の祭司であるユーベルは今後、そんなトリスからの相談事(および愚痴)に散々付き合わされることになるのだが、それはまだもう少し先の話である。
一方、そんなユーベル達と別れて、故郷であるイオの森へと帰還しようとするレムスに対して、仕立屋のミカは、命を助けてもらったことへの恩返しのために、最高級の礼服を作って、自ら送り届けに行くことを約束する。なお、この時点ではレムスはミカが男性だということには気付いておらず、数日後にミカが森を訪れた際には、(そもそも人間の性別に関して詳しい知識を持たない)ユピテルは「これで無事にプルートーの血脈は維持された」と安堵したらしいが、それはまた別の物語である。
最終更新:2016年05月22日 20:00