第二話「森人族の危機」
1、刻印と旅立ち
オピュクスを倒した後、アイルーは「渡すべき相手」を失った「長老からの手紙」の扱いに迷いつつ、ひとまず後継者であるオリバーと共にその内容を確認してみたところ、どうやら、カープ(の身体に憑依したマリモ)の言っていた通り、アイルーに託された指輪は「七人の機械人形」を再起動させるための指輪型刻印であることが、その手紙には記されていた。
その上で、長老は手紙の中で、その指輪を狙う「悪しき者達」が現れたことを危惧した上で、指輪をひとまずエンケラドゥスに預けて、「刻印すべき相手」が現れた時に捺印するように記されている。この手紙を読む限り、長老はエンケラドゥス自身にその力が無いことを知らなかったのか、あるいはエンケラドゥスにその力が無くても息子であるオリバーの血を用いれば良いと知っていたのか、どちらとも解釈出来る。
「とりあえず、お前の血が本当に役に立つかどうか、試してみようぜ」
そんな気楽な気持ちで、アイルーはアーデルハイトを呼び出し、そして「オリバーの血」を「長老から預かった指輪型刻印」に付着させた上で、アーデルハイトの腕に捺印する。すると、その瞬間、刻印した箇所を中心としてアーデルハイトの身体が光に包まれ、そして彼女は自分の体内で「何らかの力」が湧き上がってくるのを実感する。どうやら、アイルーの預かった指輪型印章も、オリバーの血液も、そしてアーデルハイト自身も、カープ(を介して語っていたマリモ)の推察通り、この世界を揺るがす力を秘めた存在であることは間違いないらしい。
一方、戦いを終えた後、本来の意識を取り戻したカープ(本体)は、サリアと再会し、彼女から一通りの顛末を聞かされた。その上で、サリアは遠い目をしながら呟く。
「この指輪、もう渡す相手もいなくなっちゃったのよね。私にはあなたと違って、帰る場所もないし、これからどうすればいいのかな……」
そんな彼女に対して、カープは笑顔で語りかける。
「何も悩む必要なんて無いさ。君は君の思う通りに生きればいい。帰る場所があろうと無かろうと、君が進む先には必ず希望がある。そう信じていればいいんじゃないかな」
この根拠の無いカープの励ましに対してサリアはどう返答すれば良いか分からなかったものの、特にこれと言って進むべき道も見つからない以上、ひとまずは今後もしばらくカープやオリバー達と同行することを彼女は決意する。サリアの森を焼いた女魔術師を探すためにも、それが一番の近道であるように思えた。
ただ、サリアもカープも、この時点では自身が預かった指輪型刻印を、アーデルハイトのために用いるかどうかは決めていなかった。そしてアーデルハイト自身も、ひとまずの「実験」として猫人族の刻印を身体に刻んでは見たものの、サリアとカープに対して自ら「刻印して欲しい」とは言い出さなかった。彼女自身、自分がその力を取り戻すべきなのかどうか、(その力の正体そのものを思い出せないこともあり)まだ決断出来なかったのである。
その後、エンケラドゥスの葬儀を終えた彼等は、エンケラドゥスが保存していた手紙などの遺品を確認した結果、アイルー達三人の持つ指輪以外にも、エルフ、オーク、ヴァルフェー、バンビーノの四種族に託された指輪の在り処を特定することに成功する。もっとも、この情報を既に(エンケラドゥスを殺した)「救世主」の一派も把握している可能性もある以上、今でもこれらの資料に記された場所にその指輪が存在するのかは分からない。とはいえ、このまま町に留まっていても、いずれまた第二、第三の刺客が送り込まれる可能性が高いだろう。
この状況を踏まえた上で、エンケラドゥスの妻(オリバーの母)であるディオネは、ひとまずクロノスの領主の座は自分が預かることをオリバーに告げ、オリバーはアーデルハイト、アイルー、サリア、カープ(とマリモ)と共に、まずはこれらの四種族の里を訪ねてみることを決意する。アーデルハイト自身に刻印すべきか否かはともかく、殺戮者となった者達にその力を与えてはならないという点においては、五人の認識は一致しており、今回の領主殺害事件やサリアの故郷の焼き討ちような惨劇が繰り返されるのを防ぐためにも、ひとまず指輪を自分達の手に集めておいた方が良い、と考えた上での旅立ちであった。
2、森を蝕む病
そして、まず彼等が向かうことにしたのは、その四つの里の中でクロノスから最も近い場所に位置する、森人族(エルフ)の住むメオティアの森である。ケルファーレンの東部国境沿いに位置するこの森は、100年前に人間族の争いで焼け野原となった過去を持つ地であるが、現在ではすっかり復興し、様々な氏族達がその森で暮らしている。本来の指輪の持ち主である錬金術師のディアナは100年前の災厄で命を落としたものの、指輪は彼女の後継者の手に委ねられ、現在でもこの森に残されているらしい。
だが、アーデルハイト達がその森の近隣の村に到着したところで、カープとアイルーは森人族と思しき少女(下図)が道端に倒れているのを発見する。すぐに二人が手当を施したことで、かろうじて息を吹き返したその少女は「シャルロット」と名乗った上で、メオティアの森が危機に瀕しているという旨を伝える。事態を重く見た二人は、ひとまず彼女を連れて皆と合流して、詳しい話を聞くことになった。
シャルロットが言うには、十数日前にメオティアの森に「怪しげな髭を生やした『救世主様の部下』と名乗る男」が現れ、「この世界を救うために、森に伝わる『指輪』を貸してほしい」と申し出たらしい。現在、その指輪の「本来の後継者」が森を離れているため、代わりにその指輪を預かっていたこの森の長であるシムーン・ラティア(下図)が彼と直接対面することになったが、シムーンの目にはその男が明らかに「信用出来ない人物」に思えたため、その申し出を断った。
すると、彼はその場はあっさりと去ったものの、その翌日から、森人族達が次々と謎の病に倒れていったという。森人族の医師曰く、どうやらそれは外部から(おそらくは「髭の男」の手によって)もたらされた「森人族に対してのみ有効な特殊な病原菌」であるらしい。森人族達は、森の中にいる間は強力な加護を受けられるため、かろうじて現状ではその病の進行を防げているものの、森の外に出れば即死するほどの重症であり、このまま森の中にいても、いずれ体力の劣る者達から順に死者が出ることになるだろうというのが、その医師の推測である。
その特効薬を作るには、森から歩いて数日の距離に位置する渓谷に生息する「巨大蜥蜴」の尾が必要なのだが、森人族達は今の症状のままでは、森の外に出ることすらままならない。だが、そんな中、森の住人達の中でシャルロットだけが、その病原菌の影響を受けながらも、森の外に出ることが可能であった。それは、彼女の父親が人間族であったが故に、病原菌の身体への影響が弱かったからである。そのため、彼女は森の仲間達の制止を振り切り、一人でその巨大蜥蜴の生息する渓谷へと向かおうとしたのだが、森の中では加護の力によって抑えられていた病原菌が、森の外に出たことで彼女の身体(の大半を占める森人族としての肉体)を蝕み始め、遂にはこの村に到着したところで力尽きて、倒れてしまったのだという。
「あの髭の男は先日再び現れて、病原菌の特効薬と引き換えに、指輪を要求してきた。だが、このような卑劣な手段を用いる者に、指輪を渡す訳にはいかないのだ」
シャルロットはそう言って、あくまでも渓谷へと向かう決意を翻す気はないという強い意志を示す。そして、その話を聞いたアーデルハイト達もまた、その髭の男が言っていた「救世主様」が自分達の宿敵であることをほぼ確信した上で、彼女に協力することを申し出た。
とはいえ、この時点では(相手を警戒させないためにも)「自分達もまた『指輪』の関係者である」ということは告げなかったため、シャルロットは無関係の人々(と思しき者達)を巻き込むことに躊躇したものの、自分一人でどうにか出来る状態ではないことも分かっていたため、甘んじて彼等の善意を受け入れることにした(なお、この話し合いの過程において、アイルーの美しい毛並みを見たシャルロットが手を密かにワシャワシャしていた様子に気付いたアイルーが、自らその身を差し出すことで彼女の心を癒す役割を請け負っていたのだが、その事実は『森人族英雄列伝・シャルロット編』には記されていない)。
3、盾の機械人形
こうして、シャルロットと共に巨大蜥蜴の生息する渓谷へと向かった五人であったが、その途上、激しい渓流の川音が聞こえてきた辺りで、その濁流音を打ち消すほどの大きさの「何かが壊されるような音」が彼等の耳に届く。嫌な予感を内心抱きながらその音のする方向へ歩を進めると、そこには、泳いで渡るには厳しそうな幅の川と、その川に架かっていたと思しき橋の残骸、そしてその橋を壊したと思しき一人の少年(下図)の姿があった。
「アーデルハイト!?」
その少年は、彼女を見るなりそう叫んだ。そしてアーデルハイトもまた、その彼の姿に見覚えがあった。彼の名はフェルマータ。数百年前にアーデルハイトと共に作られた「七人の機械人形」の一人である。弓を得意とするアーデルハイトに対して、彼は防御能力に特化した性能の持ち主であったため、「盾のフェルマータ」と呼ばれていた。
「僕は今、ある人から『ここから先は誰も通すな』と言われている。だから、アーデルハイト、ここは退いてもらえないか? 今、僕はその人の命令に逆らうことは出来ない。だが、君と戦いたくもないんだ」
「あなたにその命令を下しているのは、誰なの? 『救世主』っていう人?」
「……君が、僕と一緒に救世主様に従ってくれると約束するなら、連れて行くよ」
目線をそらしながらそう答えるフェルマータであったが、明らかに不審なこの様子を見て、彼の言うことに従う気には到底なれない。だが、ここでフェルマータを相手に正面から戦うのも得策とは思えなかった。アーデルハイトと同様に、フェルマータがまだ「本来の力」を取り戻してはいないとしても、既に彼が「殺戮者」と化していた場合、五人がかりでも勝てない可能性はある(シャルロットはこの時点で既に消耗が激しかったたため、戦力とは数えられていなかった)。
しばしの沈黙の後、アーデルハイトは「転移」の聖痕の力を用いて、川の向こう側へと六人で飛び移る。すると、フェルマータはその状況に対して「見て見ぬフリ」をしたまま、その場を立ち去った。フェルマータの真意を理解出来ないまま、ひとまず五人は渓谷の奥へと進み、そして巨大蜥蜴達を発見すると、五人はそれぞれの力を生かして見事に三匹分の巨大蜥蜴の尾を狩り採ることに成功する。シャルロット曰く、それは森人族全員の特効薬を作るのに十分な量であった。
4、第二の宴
こうして、無事に特効薬の原料を手に入れた五人(とシャルロット)であったが、彼等が森に帰還しようとした直前、その森の前に一人の「髭の男」(下図)が立っているのを発見する。
「おや、これはもしや、あの『出来損ないのオピュクス』を倒した皆様方ですかね?」
不敵に笑いつつその男が問いかけると、オリバーが敵意を剥き出しにしながら問い返す。
「貴様も、その『出来損ないの四天王』の一人か?」
「一応、そういうことになりますかね。初めまして、救世主様の四天王の一人、タダック・ヴァインと申します。まぁ、同じ『四天王』に列せられてはいるものの、私は奴よりは数段格上の存在だと思って頂いた方がよろしいかと思いますが」
そう自己紹介した上で、彼はアーデルハイトに向かって問いかける。
「さて、お嬢さん、よろしければ今からでも、救世主様の下で働きませんか? フェルマータ殿も、アイレナ殿も、あなたに会いたがっていますよ」
アイレナとは、フェルマータと同じく「アーデルハイトと同時に作られた七人機械人形」の一人であり、「歌」の力を用いた魔法攻撃を得意とする少女である。どのような経緯で彼女が「救世主様」に仕えることになったのかは不明だが、先刻のフェルマータの歯切れの悪い物言いから察するに、彼等が積極的に自らの意思で決断したとは思えなかったアーデルハイトは、あっさりとその申し出を拒絶する。
そして、十中八九その返答となるであろうことを予想したタダックは、交渉決裂と同時に、自らの聖痕の力を用いて、彼女達に向かって爆破攻撃を立て続けに仕掛けるが、オリバーとアーデルハイトの聖痕によってその爆撃を一瞬にして消滅させ、そのまま乱戦状態へと突入する。タダックは懐から取り出した謎の魔器を用いて激しい波状攻撃を仕掛けるが、カープ(とマリモ)が繰り出す不可思議な力によってその効果は全て遮断され、傷一つ付けることが出来ない。その状況に怯んだタダックに対して、サリアが怒涛の猛攻を仕掛けることで、彼は徐々に追い詰められていく。
最終的には、アーデルハイトの放った会心の一矢をタダックがギリギリのタイミングで避けようとした瞬間、アイルーの聖痕の力でタダックの動きが封じられてその身に直撃し、更にそこから奇跡の力で蘇ろうとしたところを、オリバーの聖痕によってその力を打ち消されてしまった結果、タダックはその場に膝をついて天を仰ぐ。
「なぜだ! なぜ力を貸さない!? そこにいるんだろう、フェルマータ!」
彼はそう叫ぶが、それに対して答える者はいない。そのままタダックは絶命し、彼の聖痕は天に召されていく。そんな彼の最期の姿を、遠くから冷めた目で眺めている少年がいることに気付いた者は、この場には誰もいなかった。
5、森人族の指輪
その後、アーデルハイト達の持ち帰った巨大蜥蜴の尾で作られた特効薬によって、森人達は一命を取り留め、森の長であるシムーンは彼等に深く感謝する。その上で、彼女はアーデルハイト達が殺戮者ではないことを確信しつつ、自身が預かっていた指輪を彼等の前に差し出した。
「我々を救うために尽力して下さった皆様であれば、きっとこの指輪を正しい形で使って頂けることでしょう。ただ、『この指輪の本来の持ち主になる筈であった者』は、今、この森にいません。風の噂によれば、彼女はここから北方に向かった先に位置するエレシス村で『領主代理』を務めていると聞きます。よろしければ、彼女にこの指輪を届けていただけませんでしょうか?」
シムーン曰く、その指輪の「本来の後継者」の名は、セティエ・ルー。彼女はこの森の中で将来を嘱望される魔術師であったが、その使命を聞かされる前に森から出奔し、そして代わりの後継者を指名する前に、先代の後継者が命を落としてしまったため、現在はシムーンが「仮の持ち主」として引き取っている状態であるという。
その上で、シムーンとしては、アーデルハイトが指輪を(セティエに届ける前に)自分に捺印したければそれでも構わないと考えていたが、どちらにしてもアーデルハイト自身が「自分が力を取り戻すべきか否か」についての決断が定まっていない以上、まずは「本来の持ち主」の意向を確認することが先決だろうと考えた彼女達は、ひとまず次の目的地を「エレシス村」に定めるのであった。
最終更新:2016年05月23日 01:29