第七話「それぞれの矜持」
1、奪う者と守る者
Dr.エベロを倒した後、カープとアーデルハイトは指輪や救世主に関する手掛かりを求めて、ヤヤッキーの証言を基に、主不在となった古城内を探索する。一方、アイルーはメラルーを保護しつつ、サリアと共に、投降したヤヤッキーへの監視(という名の嫌がらせ)に従事していた。
そんな中、城の外で一人物思いに耽っていたオリバーの耳に、突然、城の壁を何者かが破壊する音が聞こえる。彼が慌ててその場へと急行すると、その破壊された壁の奥(城の内側)に見えたのは、レオの後ろ姿であった。そして、そんなレオの前に、もう一人の機械人形であるフェルマータと、そして、フェルマータに率いられた(リマでオリバーを襲撃した者達と同型の)量産型アイレナの集団が立ちはだかる。ヤヤッキーの証言によれば、彼等は、この城の地下に存在する「Dr.エベロの研究室」の守護を命じられていた筈だが、さすがに城そのものを破壊する勢いの侵入者が現れたことで、黙って静観している訳にはいかなくなったらしい。
「お前達が鬼人族の指輪を持ってるのは分かってるんだ。とっとと渡せ!」
「……相変わらず、君は力づくでしか物事を解決出来ないのかい?」
「うっせぇ!」
呆れ顔を浮かべるフェルマータに対して、レオはそう言って殴りかかる。だが、殺戮者と化したレオの力をもってしても、七人の機械人形の中で最強の防御力を誇るフェルマータを倒すことは容易ではない。フェルマータが必死の形相でその猛攻を受け止めていると、今度は周囲の量産型アイレナ達がレオに向かって音波魔法攻撃を始める。すると、レオは標的を彼女達へと切り替え、躊躇なく一体ずつ殴り潰していく。彼の中では、この量産型アイレナは「仲間を冒涜する存在」であり、その存在そのものを許し難いと考えていた。
そんな状況の中、オリバーが物陰からしばらく状況を見守っていると、やがてそこに、カープとアーデルハイトが登場する。二人はひとまず両者の衝突を止めようと間に入るが、それでもオリバーは動かなかった。というよりも、動く訳にはいかなかった。
(ここは、俺が出る訳にはいかないんだよな……)
リマでセリーナに言われたことを思い出しながら、複雑な心境で静観を続けていると、やがて、レオが突然、(おそらく自身の心臓があると思われる)左胸を抑えながら苦しみ始める。
「バ、バカな……、まだ、俺の活動時間は、まだ限界には達していない筈……」
そう言いながら、彼は「神移」の奇跡の力で、その場から消え去った。
2、人形達の裏事情
ひとまず「一人の侵入者」を撃退したフェルマータは、「もう一方の侵入者」であるカープとアーデルハイト、そしてひっそりと合流したオリバーに対して警戒する姿勢を見せるが、そんな彼に対してカープは、この城の主であるDr.エベロを倒したことを伝える。
「な、なんてことをしてくれたんだ……」
フェルマータは絶望的な表情を浮かべながら、そう呟く。それとは対照的に、周囲の量産型アイレナ達は、表情一つ変えずにその場に立ち並び続けている。どうやら彼女達は、オリジナルの機械人形達のような人間的感情は持ち合わせていないらしい。
アーデルハイト達の説得により、どうにか平静を取り戻したフェルマータは、ひとまず彼女達に「自分達の事情」を説明する。
フェルマータが言うには、救世主と最初に遭遇した機械人形は、アイレナだったらしい。彼女は救世主の語る「平等な新世界」構想に興味を示し、その実現のために、自分の身体の内部構造を部分的に見せることに承諾したものの、徐々に救世主達のやり方に疑問を感じるようになったという。だが、言葉巧みに救世主によってその疑念をごまかされていくうちに、気付いた時には、自分の身体を完全に解体されてしまい、「人形」としての形すら残されていない状態になってしまったらしい(その過程で得られた情報を元に、量産型アイレナが作られることになった)。
フェルマータが救世主と接触した時点では、既にアイレナは解体済みの状態であり、彼女を元に戻せるのは救世主とDr.エベロしかいない、と聞かされたフェルマータは、やむなく救世主達に従属する道を選択することになったという。ちなみに、フェルマータもまた「量産型アイレナ」の存在についてはあまり快く思っていないが、Dr.エベロからの命令により、やむなく彼女達の「指揮官」となり、彼女達と共に城と研究室を守ることになったらしい。
よって、その「アイレナを元に戻せる人物」の片割れを殺されてしまったことに彼は落胆していたのだが、カープ達から「それでも、どうにか戻せる方法があるかもしれない」と説得されたことで、フェルマータはその手掛かりを探すために、地下研究室へとアーデルハイト、オリバー、カープの三人を案内することを決意した。
3、地下研究室
こうして、フェルマータに案内される形で地下研究室へと足を踏み入れた三人であったが、そんな彼等を出迎えたのは、研究室の奥の棚の上で「生首」だけの状態になっているアイレナであった。よく見ると、その首の下の部分から、人間で言うところの血管の役割を果たしていると思われるケーブルが繋がっており、そのケーブルの先には、バラバラになった彼女の胴体や四肢が繋がっていた。彼女が機械人形であることを知らない者が見たら、衝撃のあまり卒倒しそうなほど、不気味な光景である。
「そこにいるのは、アーデルハイトですよね? 一緒にいるのは、指輪の継承者の方々ですか?」
薄暗い研究室の中で、はっきりと目を見開いたアイレナがそう問いかける。アーデルハイト達が肯定した上で、Dr.エベロを倒したことを告げると、彼女は先刻のフェルマータとは対照的に、淡々とその事実を受け入れた。
「私がこのような姿になってしまったことは、自業自得です。だから、私を元に戻すことは考える必要はありません。それに、どちらにしても、私の稼働時間はもうあまり残されていない筈です。もっとも、今の私はこのような形で実質的に休止状態にあるので、通常に稼働しているあなた達よりは長く持続出来る可能性もありますが」
アイレナは落ち着いた面持ちでそう語る。もし彼女のこの仮説が正しければ、殺戮者となったことで「本来の能力」以上にその身体を酷使しているレオの場合は、逆に90日を待たずに稼働停止に陥ることになる可能性も十分にあり得るだろう。
とはいえ、仮に「自業自得」であったとしても、このような状態の女性を、カープが放っておける筈もない。彼は研究室内の資料をくまなく調べた結果、Dr.エベロの残した記録から、彼女を元に戻すために必要な情報を探し出そうとする。それは、通常の人間であれば到底理解不能なほど難解な資料ばかりであったが、アイレナ達を作った13人の錬金術師の一人(メルクリウス)の転生体である彼は、そのわずかな「前世の記憶」と照らし合わせながら、どうにか彼女を「繋ぎ直す」方法を解明することに成功した。
更に、彼はDr.エベロ達が研究していた、機械人形達の(現在は封印されている)「擬似奇跡発動装置」を人間に埋め込むための研究資料をも発見する。その資料に記された情報から逆算すれば、アーデルハイト達を指輪の力で「完全体」として再起動させる前に、彼女達の中に組み込まれているその装置を取り除くことも出来るかもしれない。
ただし、現在のカープには、「前世における錬金術師としての記憶」はあっても、その手で修復を実行出来るだけの「現役の錬金術師としての技術」は持ち合わせていない(現在のカープには、デクストラの聖痕も刻まれてはいない)。実際にアイレナを繋ぎ直したり、彼女達の力を除去するための改造手術をおこなうには、相応の実力を持った何人かの錬金術師の協力が必要になるだろう。
ちなみに、フェルマータがDr.エベロから聞いた話によると、カリスト村の近くの「イオの森」に住む樹人族(エント)の長老は、かつて機械人形を作った13人の錬金術師の唯一の生き残りであるらしい。よって、彼であれば、その手術に協力してくれる可能性はあるかもしれない、ということをフェルマータは提案する。
また、フェルマータはもう一つの可能性として、プルートーの力を受け継ぐ三人の末裔の中に、必ず一人は「デクストラ」の聖痕の持ち主がいる筈である、ということも指摘する。プルートーは「デクストラ」「アングルス」「レクス」の聖痕者であり、オリバーはその中の「アングルス」の聖痕を引き継いでいるため、おそらく残りの二人のどちらかに、デクストラ(錬金術師)としての力が引き継がれていると思われる。そして、その二人のうちの片方(セリーナではない方)が、樹人族の長老と共にカリスト村の近くの「イオの森」にいる、ということを、オリバー達はエレシスの村でボルドやセティエから聞かされていた。
よって、これらの状況を踏まえた上で、まずは当初の予定通り、これからカリスト村へと向かう、という方針で一致した。現状、カリスト村の正確な位置を知っている者はこの場には誰もいなかったが、フェルマータは以前、カリスト村の近くのガニメデ村を訪れたことがあるらしいので、機械人形としての聖痕の力で先刻のレオの転移の奇跡を模造する形で、皆をガニメデ村へと連れて行くことは可能であるという。フェルマータとしても、もはやこの状況においては、カープ達を頼った方がアイレナを復活させられる可能性が高い、と判断したようである。
4、猫のお礼参り
こうして、カープ達が薄暗い地下研究室の中から、ようやく一筋の光明を見出そうとしていた頃、ヤヤッキーはサリアに「おもちゃ」にされて、好き勝手に彼女に弄ばれていた。
「勘弁してくださいよ〜、もう、こんなんだったら、まだドクちゃんやオロンジョ様の方がマシだったかも……」
そんなボヤキを口にしながら、ヤヤッキーがヘトヘトに疲れきって倒れると、今度はそんな彼に対して、メラルーを伴ったアイルーが語りかける。その目は、明らかに悪意に満ちていた。
「とりあえず、お前の住処に案内してもらおうか」
そう言われたヤヤッキーはビクビクしながら、アイルー達をこの城の離れに位置する自宅へと案内する。それは、どこかいかがわしい雰囲気の建物であった。
「この中にはですね、苦心して集めたハイデルランド中の女学生達の使用済み制服のコレクションがあってですね、それはもう、これだけ集めるのには苦労したというか、ここの領主様の権力を隠れ蓑にすることで、どうにかこうにか……、って、あー、何するんですか!? やめて下さいよー! 誰かー! すぐに火を消し……、って、いやー! やめてー! 離してー! おうちがー! コレクションがー!」
そんな断末魔のような叫びが響き渡る中、建物ごとヤヤッキーの制服コレクションは灰塵と帰した。ただし、この一連の火災の顛末については(「悪を懲らしめるため」という名目とはいえ)あまりにも非英雄的すぎるという後世の吟遊詩人達の判断により、「大魔導師アイルーの叙事詩」からは削除されており、その詳細は明らかではない。
5、殺戮者への扉
その後、サリア、アイルー、メラルー(とヤヤッキー)もカープ達と合流した上で、ひとまずこの古城で休息を取ることになった。
おそらく、近日中に、この城の主がいなくなったことに気付いたブレダ公からの使者がこの地の調査に来ることになるだろう。領主が殺戮者となっていたことを立証すれば、アーデルハイト達の行為が咎められる可能性は低いが、その一連の過程を説明するために(そしてヤヤッキーの身柄を引き渡すために)、ひとまず、フェルマータはこの地に残る必要がある。また、その前に救世主達がアイレナや研究資料を取り返すために襲来する可能性もある以上、どちらにしてもこの城を放置する訳にもいかない。
上記の状況を踏まえた上で、彼等は翌朝、まずフェルマータの奇跡の力で、カリスト村の近隣のガニメデ村へと七人(アーデルハイト、オリバー、アイルー、メラルー、サリア、カープ、フェルマータ)で転移する。その後、メラルーの「活性化」の奇跡の力でフェルマータの「戦鬼」の力を復活させた上で、フェルマータは再びその奇跡の力で、単身でクロストンの古城へと帰還することになった。
こうして、無事にガニメデ村に着いた六人は、フェルマータの帰還を見届けた後、そのままカリスト村へと向かおうとする。だが、その時、この村のはずれで激しい「戦いの物音」が響き渡った。現場に彼等が駆けつけると、そこで繰り広げられていたのは、聖痕者同士の「2対1」の争いであった。「黒髪の小柄な少年(下図)」と、彼の倍近い身長の「大柄な蜥蜴人族(ラガルート)の戦士」が、「獣人族の若者」と戦っていたのである。
アーデルハイトは、この「黒髪の小柄な少年」に見覚えがあった。彼の名はジュリアン。七人の機械人形達のうち、これまで存否が分からなかった「最後の一人」である(残りの五人は、先日古城で遭遇したレオ・フェルマータ・アイレナ、トリスとして転生したジークフリート、エファに保護されている機能停止中のサビーネ)。アーデルハイトの記憶の通りであれば、ジュリアンは支援特化型の機械人形であり、サビーネ同様、温和で争いごとを好まぬ性格の筈である。故に、この状況に至った経緯は不明だが、少なくとも彼の方から誰を積極的に襲撃するとは考えにくい。
一方、そんな彼と戦っている獣人族の若者は、先日リマで遭遇したばかりの、サリアと同郷の青年、ホルンであった。
「悪いな、小僧。お前に恨みはないんだが、ウチの大将が言うには、お前は『生きていてはならない存在』らしい。それに、そろそろ俺も手柄を立てないと、見捨てられちまうからな」
どうやら、彼はオクルスの命により、魔神にとっての脅威となりうる存在である「七人の機械人形」の破壊を命じられているらしい。先日リマで会った時には、はっきりとは見えなかったが、現在のホルンの身体からは明らかに「オクルスの花押」が浮き出ている。だが、状況的に2対1ということもあり、それでもホルンの方が劣勢に見えた。そして、追い詰められたホルンの瞳は「何かを覚悟したような色合い」を帯びていく。どうやら彼は今、「本来の自分」以上の存在へと足を踏み入れようとしているらしい。そう、今、まさに彼の眼の前で開かれようとしているのは「殺戮者」への扉であった。
そんなホルンを見て、サリアは本能的に同郷のホルンに加勢しようとするが、周囲の者達に止められる。状況的に、サリアの心情は理解できるが、ここで戦局を拡大させることは望ましくはないと皆が判断したのである。
「HA☆NA☆SHI☆TE!」
そう叫びながらサリアが取り押さえられているのを横目に、カープがホルンを制するような形で、両者の間に割って入る。
「待て、お前が道を踏み外す必要はない! お前の主人であるオクルスに伝えろ。人形達の『力』を消し去る方法が見つかった、とな」
そう言われたホルンは、当初は半信半疑であったが、カープの毅然とした説得の勢いに押される形で、ひとまず刃を収める。そして、そんなカープの背後に、同郷のサリアと、そして「破壊対象」としてのアーデルハイトがいることに気付いたホルンは、出来ることなら彼女達とは戦いたくないという自分の中の本音と向き合い、ここはカープの進言を素直に受け入れることにした。と言うよりも、彼の語る「力を消し去る方法」という可能性に賭けてみたくなったのである。この時点で、ホルンの瞳から「殺戮者へと堕ちる覚悟」は消え去っていた。
その上で、カープはホルンの心に再びその「覚悟」が宿ることがないよう、これから先も永くサリアの側にいたいならば無茶はしないように、と忠告するが、それに対してホルンは、苦笑しながらこう切り返す。
「俺達獣人族は、同族同士で子を成すことは出来ない。本当の意味でのサリアの『家族』になれるのは、俺達ではなくお前達(異種族)なんだ。それに、俺にはもう『側にいるべき相手』がいる。サリアにも早く、そんな相手が見つかることを祈ってるぜ」
そう言って、ホルンはカープに「何かを訴えるような視線」を送りながら、その場を去っていく。彼にとっての「側にいるべき相手」が待つ、魔神オクルスの本拠地へ。
6、蜥蜴人族と機械人形
一方、そんなカープに助けられたジュリアンと、その傍らに立つ蜥蜴人族の男は、彼等に深々と礼をする。
「やっぱり、君も目覚めていたんだね、アーデルハイト」
ジュリアンは盟友の少女に向かってそう言った上で、自分が今、再起動のために必要な指輪型印章を探して旅をしていることを伝える。どうやら彼等は彼等で、救世主ともレオとも無関係に、独自に行動していたらしい。その目的は「転生した友人がこの世界に戻ってくるまで稼働し続けるため」であるという(詳細は
外伝2
参照)。
そして、
アーデルハイト達もまた同じような経緯で指輪を集めているという話を伝えると、蜥蜴人族の男は、懐から一つの指輪を取り出した。それは、その形状からして明らかに、今まで集めてきた指輪と同型である。
「我が名はガルシオン。これは、世界に散らばった我が同胞の聖痕者達を周り巡った上で、ようやく見つけた『蜥蜴人族の錬金術師』の指輪だ。この先のカリスト村に住む、プルートーの末裔の青年に捺印してもらうために、借り受けてきた」
現状、既にジュリアンの身体には岩人族の印章は捺されており、彼にとってはこれが実現すれば「二つ目の捺印」となる。ガルシオンとしては、この印章はジュリアンに捺すことを前提として継承者から借りた代物であるが、継承者はガルシオンのことを信頼した上で、「もし、他に『捺すべき者』が見つかった場合は、ガルシオンの判断で捺印しても構わない」と言われていたため、自分達を救ってくれた彼等のために提供することもやぶさかではなかった。
そしてまた、ジュリアンの方も、カープの言っていた「力を消し去る方法」に興味を示す。ジュリアンもまた、自分に備わった「特別な力」への執着心はなく、むしろその力のせいで争いごとが起きることを忌避していた。それ故に、出来ることなら、そのような力を捨てて、ごく普通の一人の機械人形として、「友」の転生を待ち続けたいと願っていたのである。
こうして、概ね方針も利害も一致した彼等八人は、ひとまず共にカリスト村へと向かうことになる。ちなみに、ガルシオンやジュリアンと面識がある「プルートーの末裔の青年」は、彼等が知る限り、錬金術師ではないらしい。そうなると、残り一人の「彼女」がその力の継承者である可能性が高い、ということになる。今のところ、どうすれば「彼女」に協力を頼めるのか、その見通しは全く立っていないが、ひとまず今は「樹人族の指輪型印章」を得るために、現地に向かうしかなかった。
7、少年領主と吟遊詩人
その日の夕刻、八人は無事にカリスト村に到着したが、村の様子は、遠目に見ても分かる程度に荒廃していた。正確に言えば、荒廃から今まさに立ち直ろうとしている過程のように見える。
彼等にとって用があるのは、カリスト村の南方に広がる「イオの森」であり、カリスト村そのものではない。ただ、森に行くためには、村を通らなければならない。そのために入村しようとしたところで、村の衛兵に止められた。奇妙な種族の取り合わせの八人組に対して、当然のごとく衛兵達は警戒心を募らせる。
そんな中、村の復興作業の陣頭指揮を執っていたこの村の領主ソラ・レントゥスと、その友人の吟遊詩人ラルフが、彼等の前に現れる。ソラはまだ10代半ば程度の少年であったが、その表情や物腰は、既に幾度かの修羅場をくぐり抜けてきた為政者の雰囲気を醸し出していた。
「この村はつい先日、『救世主』を名乗る謎の軍隊の襲撃を受け、現在、復興の最中なのです。ですから、村の人々も、外から来る人達に対して、どうしても警戒せざるをえません。貴方達が、この村に害を成す者ではない、ということを証明することは出来ますか?」
「無害な人物であることを証明する」というのは、かなりの難題である。だが、ここで
カープが機転を利かせる。ニーブラの里で出会った神聖騎士団の指南役であるエファが、以前、この村に来たことがあると言っていたことを思い出したのである。
自分達がエファの友人であると
カープが主張すると、かつて彼女に助けられたことがあるソラとラルフは(詳細は
外伝1
参照)、ここで予想外の名が出てきたことに、驚いて顔を見合わせる。彼等にしてみれば、エファからのお墨付きがあれば、それだけで十分に信頼に足る要件であるが、この時点では単に
カープ達が名を騙っているだけの可能性も考慮する必要があるだろう。
そこで、エファが現在、神聖騎士団の本拠地にいると聞いたラルフは、自分が神移の奇跡で現地に転移して、真偽を確かめようと考える(吟遊詩人である彼は、以前、神聖騎士団の本拠地を訪問したことがあったため、その正確な場所を把握していた)。ただ、彼一人の力では「片道」だけが限界で、帰ってはこれないので、彼の奇跡を活性化する奇跡を持つメラルーと、実際にエファと面識がある(と主張している)
アイルーを連れて行くことになった(ちなみに、メラルーの聖痕はフルキフェル・ステラ・ステラである)。
以下はその顛末である。
「いいですか、団長、今後、また誰かに騙されることがないよう、自身の身の回りには、信頼出来る聖痕者、出来れば天真の奇跡を持つ聖痕者を……」
「あ、エファさん、お久し振りです」
「ラルフ!? どうしてここに?」
「エファ、この者達は誰だ? 知り合いか?」
「えーっと、こちらの猫人族の人は、以前、団長ともお会いしたと思うのですが……」
「そう、この猫人族の男性についてなのですが、彼は信頼できる人でしょうか?」
「え? あぁ、うん。少なくとも、怪しい者ではないし、信頼出来る人物と言って良いと思うが、なぜ突然ここに……」
「分かりました。ありがとうございます。あ、メラルーさん、でしたっけ?奇跡の活性化をお願いします」
「はい」
「それでは、失礼しまーす」
こうして、ラルフはアイルーとメラルーを連れて再びカリスト村に戻り、彼等は無事に「信用出来る者」と認定され、入村を許された。一方、神聖騎士団の本拠地では、呆然とした状態の二人が顔を見合わせていた。
「で、結局、誰だったんだ、彼等は? 猫人族の片方は確かに見覚えがあるが、人間族の男の方は……?」
「……あなたの『兄弟子』ということになりますかね」
なお、これが、もう一つの(一般的なハイデルランド史において知られている方の)「指輪伝承」における二人の「継承者」の初邂逅でもあったのだが、それはまた別の物語である。
8、真夜中の鎮魂歌
こうして、無事に入村を果たした八人であったが、既に陽が落ちかけていた状態で森に入るのは危険と判断し、ひとまず今夜のところは、それぞれに二人部屋の宿を取って眠ることになった。部屋割は、アーデルハイトとサリア、オリバーとカープ、アイルーとメラルー、そしてジュリアンとガルシオンである。宿屋の空き部屋の都合上、ジュリアンとガルシオンだけが1階、そして残りの三組は2階の隣り合った部屋を割り当てられた。
そして、この時に選んだ部屋割の偶然が、悲劇を引き起こすことになる。もっとも、それは遅いか早いかだけで、いずれ発生することは避けられない、必然的な悲劇だったのかもしれない。
**
皆が翌日に備えて静かに就寝した頃、アーデルハイトとサリアの部屋の右隣の部屋から、何やら奇妙な物音が聞こえてきた。左隣の部屋はオリバーとカープが泊まっている筈だが、右隣の部屋の宿泊人が誰なのかは、この時点では誰も知らない。
そして、アーデルハイトには、その「物音」の正体がすぐに分かった。それは、機械人形である自分達が、錬金術師の手で整備されていた時の音である。この時代に目覚めて以来、久しく聞いていなかった作業音だが、数百年前の記憶はまだ彼女の中で残っていた。そして、今のこの状況下において、「この音」を響き渡らせる者がいるとしたら、(ジュリアンは下の階にいる以上)「彼」の可能性が高い。
だが、アーデルハイトがそんな予感に警戒心を強める中、その物音で中途半端に目が覚めたサリアは、寝ぼけ眼のまま、護身用の武器を持って隣の部屋へと行こうとする。この時点で、彼女の中で明確に「騒音の主への殺意」があった訳ではない。ただ、彼女は「何かあった時」に対処するために、可能な限り常に武具を持ち歩く癖が付いていたのである。それは(実は本人もまだ無自覚の)「魔剣」の聖痕者としての本能だったのかもしれない。
とりあえず、このままサリアを放置してはまずいと思ったアーデルハイトが、サリアを制する形で先に隣の部屋へと向かい、騒音を止めてくれるように頼むために扉を叩く。
「はい、なんでしょう?」
中から聞こえてきたのは、明らかにセリーナの声であった。自分の予感が的中したものの、まだ相手が自分の正体には気付いてないように思えたアーデルハイトは、なんとかこの場をごまかしながら、穏便に騒音を止めてくれるように頼もうとしたが、まだ半分寝ぼけた状態のサリアとのやりとりの声が廊下に響いた瞬間、扉の奥から「誰か」が動き出す音が聞こえる。
「アーデルハイト!? そこにいるのか!?」
「待って、ダメよレオ、まだ今のあなたの身体は完全な状態じゃ……」
そんなやりとりと共に、扉を開けてレオが二人の前に現れる。そして、サリアが持っている武器を見たレオは、完全に「自分が狙われている立場」であると錯覚し、サリアに向かってその身を刃に変えて襲いかかった。咄嗟にサリアはその一撃を避けようとするが、不意打ちに長けたレオの奇跡の力によって、あっさりとその身を貫かれる。だが、彼女もまたすぐに奇跡の力を発動させて、立ち上がった。
そして、その物音に気付いたオリバーとカープも廊下に出ると、今度はレオの標的はオリバーへと変わる。
「貴様さえいなければ、アーデルハイトも『覚悟』を決められる筈だ!」
そう言って、レオは今度はオリバーの心臓を貫こうとして、奇跡の力を連発する。だが、実際のところ、これはレオの誤解である。アーデルハイトとオリバーの間には、レオが妄想するような形での「特別な繋がり」がある訳ではない(にも関わらず、レオがそのように誤解してしまったことには「理由」があるのだが、そのことを彼等が知るのは、もう少し先の話でなる)。そして、このレオの攻勢に対して、オリバーも防ぎきれずに一度は倒れるが、今度はカープの奇跡の力で、どうにか再び立ち上がる。
そんなレオの背後で、セリーナは必死に彼を支援していた。彼女としては、救世主と戦うまで、オリバー達との衝突は避けたかった。だからこそ、リマの宿屋でオリバーと「相互不干渉」の密約を交わし、カリスト村へは立ち入らないつもりだったのである。ところが、(そのカリスト村を避けて)レオをクロストンの古城へと向かわせたにも関わらず、レオが現地でアーデルハイト達と遭遇したと聞いたセリーナは「オリバーは密約を反故にした」と解釈してしまった(実際のところ、それはなりゆき上、仕方のないことだったのだが、そこまでの事情を彼女が推測出来る筈もない)。その上で、レオの身体の「限界」が近付いていることを察した彼女は、レオと共にカリスト村へと(奇跡の力で衛兵を騙した上で)乗り込むことになったのである。
こうして、不本意ながらも衝突してしまった彼等であったが、やがてレオの怒涛の攻撃に陰りが見え始める。その隙をついて、今度はアーデルハイトが狭い廊下の中で強引に弓矢を放とうとするも、やはりレオに対して情があるせいか、今ひとつ深手を負わせられない。だが、それに続くサリアの(半眠状態からの)一撃はレオの身体に深く突き刺さり、そこにオリバーからの魔法攻撃が炸裂した結果、レオはその場に膝をついた。先日のフェルマータ(および量産型アイレナ)との戦いで負った傷と、長期間の過剰活動に伴う能力の低下を、セリーナの手による修復でどうにか補っていたが、遂にその身体に本当の意味での「限界」が訪れたようである。
「ここまでか…………。セリーナ、俺を壊せ! あいつらに好き勝手に身体を利用されるくらいなら、俺の身体をいますぐこの世界から消滅させろ!」
レオはセリーナに向かって、そう言い放つ。錬金術師であるセリーナは、レオがもう助からない状態であることは分かっていた。それでも彼女は、そんなレオの要望に対して即断出来ないまま、困惑と狼狽を織り交ぜたような表情を浮かべる。すると、今度はレオはアーデルハイトに向かって叫んだ。
「お前でもいい! 頼む、俺を壊してくれ。そして、あの『救世主』とかいう奴を、お前達の手で倒してくれ!」
そう言われたアーデルハイトは、苦渋の表情を浮かべながら、弓を構える。すると、そんな彼女に触発されたのか、セリーナも覚悟を決めた表情で、魔法を唱える構えを見せる。
「あなた一人に、業を背負わせはしない」
セリーナがそう言うと、改めてアーデルハイトは強い決意を瞳に宿しながら、最後にレオに対して、今までずっと心の中に秘めていた想いを伝えた。
「レオ、私は、あなたのことが好きでした」
「……気休めでも、嬉しいものだな」
「気休めじゃないです!」
自分の存在意義に自信が持てず、何事に対してもなかなか決断を下せなかったアーデルハイトにとって、常に強い自負心を持ち、自分を信じて即断即決出来る覚悟を持つレオは、ずっと「憧れの存在」であった。だが、その想いがレオに伝わるのが、少しだけ遅すぎたようである。
「そう言ってもらえるなら、これでもう、思い残すことは何もない……」
レオがそう呟くと、アーデルハイトの矢とセリーナの魔法が同時にレオの身体を直撃し、彼の身体は跡形もなく消滅する。七人の機械人形達の中で命を落としたのは、封印前に戦死したジークフリートに続いて、彼が二人目である。しかし、人間として転生したジークフリート(トリス)とは異なり、殺戮者となったレオの魂は、もう二度とこの世界に戻ってくることはない。その永遠の別れを実感したアーデルハイトの頬に、初めて「涙」が溢れる。それは(神でも使徒でも魔神でもなく)「ヒト」の手によって造られた彼女もまた、紛れもなく一人の「ヒト」であることの証でもあった。
最終更新:2016年07月10日 04:34