最終話「聖者と生者」

1、一夜明けて

 レオとの哀しき戦いから一夜明けた朝、やるせない想いを必死で抑えようとしていたアーデルハイトの前に、セリーナが現れた。その手には、一つの指輪が握られている。

「これはもう、私には必要ないものだから」

 形状からして、それが豚人族の指輪であることは容易に想像がつく。確かに、レオが消滅した今、もはやセリーナにとっては無用の長物だろう。とはいえ、そのレオの仇であるアーデルハイトに渡す義理も無いと言えば無いのだが、彼女は続けてこう言った。

「レオは、あなたに生きていて欲しい、と願っているから」

 彼女の中では、それだけで十分な「理由」であった。その上で、アーデルハイトから、仲間(アイレナ)の修復と、「世界を揺るがす力」の廃棄のために錬金術師の助力が必要であるという旨を聞かされたセリーナは、自ら進んで協力を申し出る。セリーナがそう決断した背景には、自分の中にアーデルハイトへの「個人的な罪悪感」があったからなのだが、その罪悪感の正体をアーデルハイトが知ることになるのは、もう少し先の話である。


 宿屋の中でそんな二人のやりとりが交わされていた頃、その外では、オリバーが複雑な感情を抱えながら、宿屋の向かいに建てられた煉瓦造りの建物の前で、昨日の戦いを思い出しつつ、迫り来る最終決戦に向けて、一人物思いに耽っていた。すると、彼の背後から、その建物の主の声が聞こえる。

「すみません、そろそろ開店したいのですが、よろしいでしょうか?」

 その声の主は、少女のような姿をした人物だった(下図参照)。どうやら、この建物は衣服店で、この人物はこの店を経営する仕立屋らしい。オリバーは、自分が入口の前に立っていたことで、開店の邪魔をしてしまっていたことに気付き、すぐに謝罪してその場を立ち去ろうとするが、その仕立屋と思しき人物が、ふと彼に対してこう告げる。


「あなた、私の知っている人と、どこか似ているような気がします。顔や声が、という訳ではないのですが、なんというか……、雰囲気、でしょうか?」

 曰く、その「知人」は、この村の南に位置するイオの森の「番人」を務めているらしい。もしかしたら、「三人目のプルートーの末裔」である可能性もあると考えたオリバーは、その「知人」がどんな人物かと問いかけた。すると、仕立屋の少女(?)は、それに対して、なぜかほのかに頬を赤らめながら答える。

「レムスさんは、誠実で、真面目で、優しくて、でも頼り甲斐があって……」

 明らかに惚気口調で語り始めた様子を見て、これはあまり詳しく聞くと長くなると思ったのか、オリバーは適当なところで話を切り上げて、宿屋へと戻ることにしたのであった。

2、来訪者達

 同じ頃、何事もなかったかのように、日課の「朝の散歩」に出ていたサリアの前に、見覚えのある四人組が現れる。一人は森人族の魔術師、一人は岩人族の鍛冶屋、残りの二人は、人間族の戦士と祭司。それは、エレシス村( 第3話 参照)の「領主代理御一行」の面々であった。

「あ、久しぶり〜。あたし達、この村の領主様に用事があって来たんだけど、あなたがここにいるってことは、あなたのお仲間も一緒なのよね?」

 森人族にしてエレシスの領主代行であるセティエにそう問われると、サリアは素直に頷く。セティエがこのカリスト村の面々と友人であるという話は以前に彼女自身が語っていたが、エレシスとカリストの位置関係を考えれば、決して気楽に訪問出来るような距離ではない。にもかかわらず、彼女達四人(セティエ、ボルド、トリス、ユーベル)が揃ってここに来たということは、相当に重要な要件であろうことが伺える。

「それなら、ちょうど都合がいいから、後で皆と一緒に領主様のところに来て。多分、一緒に聞いてもらった方がいいと思う」

 そう言って、領主の館へと去っていく四人を、サリアは静かに見送った上で、彼女は宿へと帰還する。この時点で、もしかしたらサリアの中でも、「最終決戦」が迫りつつあることを直感的に予見し始めていたのかもしれない。


 そんなサリアが宿へと戻ろうとする直前、カープの部屋を一人の女性が訪ねていた。魔神オクルスに仕える女魔術師のバルゴである。カープと会うのは、オデット、リマに続き、これが三度目ということになる。

「ねぇ、ちょっといいかしら」

 そう言われたカープは、珍しく女性の方から声をかけてくれたことに喜び、懐から(いつ女性と出会っても大丈夫なように常備している)花を取り出し、バルゴに差し出す。

「おぉ、これは美しいお嬢さん。わざわざ私に会いに来て下さるとは、光栄の至り」

 そう言われて花を受け取ったバルゴは、存外まんざらでもなさそうな顔を浮かべつつ、すぐに本題に入る。

「ホルンから聞いたわ。あなた達、『人形達の力を消す方法』を見つけたらしいわね。まぁ、あの単細胞に説明しても、それが本当かどうか判別出来ないでしょうから、とりあえず、詳しい話を私に聞かせてちょうだい」

 どうやら彼女は、オクルス陣営の代表として、話の真偽を確かめに来たらしい。カープが丁寧にその詳細を説明すると、バルゴも納得したような表情を浮かべる。

「なるほどね。そういうことなら、私もその『力』の除去手術に協力するわ。私、本業は精霊魔法だけど、天宮魔法や錬金術にも精通してるんだから」

 彼女は胸を張ってそう言い放つ。おそらくこれは、半分は「監視」の意味も込めての協力姿勢であろうが、一人でも多くの錬金術師の協力があった方が助かることは間違いない。それに加えて、美しい女性と一緒に居られる時間が増えるという意味でも、カープにとっては、願ったり叶ったりの提案であった。

3、救世主の正体

 その後、宿屋に戻ってきたサリアは、「昨夜の戦いにも全く加わらないまま『二人の朝』をまったりと満喫していたアイルーとメラルー」を無理矢理部屋から引っ張り出した上で、オリバーアーデルハイトカープ、セリーナ、バルゴ、そして下の階の部屋にいた機械人形のジュリアンと蛇人族のガルシオンと共に、セティエの要望通り、この村の領主であるソラの館へと向かう。そこには既にセティエ達四人は到着しており、そしてソラの傍らには、彼の親友である吟遊詩人ラルフも同席していた。
 こうして、総勢16人もの聖痕者が集まる奇妙な空間と化したこの領主の館にて、セティエが他の15人に対して、「現時点で自分が入手した情報」について語り始める。彼女は、自分が率先して皆に指示を出すようなこの状況を「柄じゃない」と内心では苦笑しながらも、それでもやらざるを得なくなるほど、現在の状況が逼迫していることを痛感していた。
 エレシス村にて収監されている捕虜のタンズラーの証言を元に、セティエが独自の情報網を用いて「救世主」について調べた結果、その正体が「800年以上前に行方不明となった教皇オーレリア1世」である可能性が高い、という結論に彼女は到達した。オーレリア1世に関しては、様々な伝承が各地に残っており、「失われた聖母」もしくは「暗黒の聖母」などと呼ばれているが、その実態は定かではない。
 ただ、この数百年間の諸々の伝承を総括した結果、彼女(オーレリア1世)を殺すことは通常の手段では不可能である、というのが、現時点でのセティエの推論である。諸々の文献を読む限り、オーレリアは推定800歳を超えた今でも「人間としての『実体』を持つ存在」ではあるが、彼女にはその身体を自在に「霊体」化する能力が備わっているらしい。そして、「霊体」状態となった彼女には、どんな手段を以ってしても触れることは出来ず、それ故に傷つけることも不可能であるという。
 だが、セティエの仮説はそこで終わりではない。これまで世界各地を旅した経験を持つセティエは、オーレリアと似た様な能力を持つ「霊的存在」にまつわる伝承が、ハイデルランドの各地に存在していることを知っていた。そして、それらの「悪霊」を倒した英雄達の伝説も、確かに存在する。そして、セティエの知る限り、その伝説に記されている「悪霊退治」の方法は、いずれも「新世界」の奇跡の力を用いたものであった。

「『新世界』の奇跡の力で、オーレリアの『身体』を一定時間『実体』として空間内に固定化することで、『霊体化』を封じる。多分、それが彼女を倒す唯一の方法。でも、そのためには相応の『代償』が必要になるわ」

 「新世界」の奇跡は万能であるが故に、様々な代償を必要とする。各地の伝承ごとに、この「実体化」の際に用いた代償の重さは様々であるが、セティエの見解によれば、おそらくそれは対象の「霊力」の強さに比例するという。800年以上の時を生きてきたオーレリアの霊力を捻じ伏せるほどの力を得るためには、相当な代償が必要となるだろう。
 そのことを踏まえた上で、セティエが提示した「最も確実にオーレリアを実体化(固定化)するための代償」は「聖痕者の祈り」であるという。それは、約五百年前にハイデルランドに出現したと言われる伝説の(霊的存在としての)魔神を封印する時に用いた手段であるらしい。

「『新世界』の力を発動する『オービスの聖痕者』を含めた『22種類の聖痕を持つ、22人の聖痕者』が、同時に集中して聖痕に祈りを捧げ続けたことで、その魔神を『実体』としてこの世界に固定することに成功したらしいわ。で、その間に他の聖痕者達の手で倒された、という伝承が残ってる。多分、この方法が、今のあたし達に実現可能な最善手だと思う」

 とはいえ、「22種類の聖痕を持つ、22人の聖痕者」を集めるというのは、普通に考えれば、決して容易な話ではない。それに加えて、実際にはその22人がオーレリアを「実体化」させている間は、その22人は固定化のために全神経を集中する必要があるので、その間にオーレリアと戦う者達が、その22人とは別に必要ということになる。
 更に、セティエ曰く、その「22種類の聖痕」は、新世界の奇跡を発動する聖痕者の持つ「オービスの聖痕」と同じ時間軸(過去・現在・未来)の聖痕でなければならないらしい(注:公式設定において、聖痕者自身が聖痕の「過去・現在・未来」の位置付けを正確に把握出来ているのかどうかについては不明ですが、本キャンペーンにおいてはこの設定の都合上、「聖痕に関して一定の知識がある者の助言があれば分かる」と解釈しています)
 この時点で、この領主の館に集った16人のうち、オービスの聖痕を持つ者は、オリバーカープ、ジュリアンの3人だが、3人共「未来の聖痕」としてその身に刻まれているため、誰がその奇跡を発動させるにしても、実質的には「残り21種類の未来の聖痕」を集める必要がある。そして、この場にいる者達の「未来の聖痕」は、以下の通りであった。

  • アーデルハイト:ウェントス
  • オリバー:オービス
  • アイルー:マーテル
  • サリア:不明
  • カープ:オービス

  • メラルー:フルキフェル
  • セリーナ:アクシス
  • バルゴ:マーテル
  • ジュリアン:オービス
  • ガルシオン:ルナ

  • セティエ:エフェクトス
  • トリス:アダマス
  • ユーベル:ファンタスマ
  • ボルド:ディアボルス

  • ソラ:ステラ
  • ラルフ:グラディウス

 サリアの聖痕に関しては、本人自身が自分の聖痕について自覚していない(そして、いずれも容易には発見出来ない場所に出現していた)ため、彼女自身が確認出来ない状態であった。この時点で、セティエの提示する解決法を実現するために必要な聖痕は、まだ12種類しか揃っていない。だが、他に方法が見つからない以上、彼等としては、なんとかして「残り10人」を早急に集めるしかなかった。

4、長老と番人

 ひとまず「協力してもらえそうな聖痕者」の心当たりについて各自が思案を巡らせた結果、まず、バルゴが口を開く。彼女の仲間であるホルンとマーニーに関しては、それぞれアルドールとアングルスの未来の聖痕をその身に刻んでおり、彼等はすぐ近くの村に潜伏しているため、すぐに呼び出すことは可能であるらしい。
 そして、アーデルハイトの記憶が確かならば、彼女の同胞であるフェルマータとアイレナの未来の聖痕は、それぞれアクアとクレアータだった筈である。ただ、フェルマータはともかく、現状の解体されたままのアイレナにその任を任せるのは難しい(そもそも、研究所から動かすことすら困難である)。
 そこで、まずはアイレナの修復のために必要な人材を確保するために、この村の南に位置するイオの森に住む、「樹人族の長老」にして「13人の錬金術師」の唯一の生き残りでもあるユピテルを訪ねることにした。ソラ達の証言によれば、「樹人族の指輪」もユピテル自身がまだ持っている筈だという。とはいえ、あまり多人数で押しかけるのも好ましくないだろうと判断した結果、紹介人としてのソラが、アーデルハイトオリバーアイルー、メラルーの四人を伴って訪問する、という形になった。
 こうして彼等が足を踏み入れたイオの森は、木々の合間から多くの樹人族達が警戒の視線で「来訪者達」を見つめる、どこか不気味な様相を呈してはいたが、代々この森の主と友好関係を結んでいるカリスト村の領主であるソラに対して、彼等は一切手出しすることはなかった。
 やがて、そんな彼等が森の奥地へと辿り着いたところで、一羽の鷹を連れた青年が、彼等の前に現れる。ソラが客人達のことを紹介した上で、ここに至るまでの経緯について説明すると、その青年は皆に対して一礼しつつ、自らの身の上を明かす。

「私はこの森の番人のレムスだ。概ねの事情は理解した。あなたが、私と遠縁にあたる『プルートーの血の継承者』なのだな?」

 オリバーに向かって彼がそう語りかけると、オリバーは素直に肯定する。おそらく、この青年こそが、先刻、仕立屋の女主人(?)が言っていた人物なのだろう。確かに、誠実で真面目そうな人柄のように見える。

「そして、そこの女性が『もう一人の機械人形の少女』ということか……。父よ、どう思う?」

 レムスがそう言って後方を振り返ると、そこに聳え立つ「巨大な一本の樹木、だと思われていた何か」が動き出す。どうやら、この「大樹」こそが、樹人族の長老、ユピテルらしい。

「あの時の『巻き髪の少女』ほどではないが、彼女の心にも、若干の『危うさ』を感じる。何かを契機に『闇』に落ちてしまうかもしれない、そんな心の傷を抱え込んでいるように見えるな」

 そう評価されたアーデルハイトであったが、それに対して真っ向から否定することは出来なかった。確かに彼女自身、レオを手にかけたことで、心のどこかに「闇」が生まれつつあることは自覚していたのである。
 とはいえ、アーデルハイト達の『力』を消し去る方法が見つかった今、彼女に「捺印」することで完全に再起動させたとしても、それほど大きな危険に陥る可能性は低いだろう。カープからその情報を聞かされていたソラはユピテルにそう説明するが、その「力の除去」という選択肢そのものに関して、ユピテルは一つの疑問を呈する。

「我等が彼女達の存在を危険視しながらも、完全に解体しなかったのは、いずれ魔神が人々に害を及ぼそうとした時に、その脅威から守るための『力』が必要になる可能性がある、と考えたからだ。それを完全に消去してしまって、本当に良いのか?」

 数百年前、七人の機械人形を生み出すことが出来たのは、13人の天才的な錬金術師達が同時代に生まれたという偶然と、そんな彼等の研究を資金・設備面で支えた野心家の貴族がいたからこその話であり、今後、仮に機械人形の設計図が残っていたとしても、同じ性能を持つ機械人形をもう一度作り上げられる保証はない。だからこそ、数百年前の彼等は「七人」の解体を惜しんだのである。
 だが、それに対して、オリバーが「今のままでは、誰も幸せになれない」と主張すると、ユピテルもその言葉には同意せざるを得なかった。サビーネも、レオも、そしてアーデルハイトも、その「力」を持つが故に運命に翻弄され、様々な悲劇を引き起こしてきた。改めてその事実の重さを説かれたユピテルは、やむなく彼等の申し出を受け入れ、「アイレナの再生手術」「アーデルハイトへの捺印」「人形達の『力』の除去」という三つの彼等の要求に応えることを同意する。
 その上で、ユピテルは人の姿(下図)に擬態した上で、一人の聖痕者として、レムスと共に「オーレリアの実体固定化」にも協力する姿勢を示し、その姿のままソラやアーデルハイト達と共にカリスト村へと向かう。ちなみに、二人の未来の聖痕は、ユピテルがデクストラ、そしてレムスがエルスであった。


5、聖痕が繋ぐ奇縁

 その後、彼等はアーデルハイトやラルフの「神移」の奇跡を、メラルーやセティエの「活性化」の力で再起動させながら、これまでに出会った各地の「聖痕者と思しき人々」の元を訪れ、協力を申し出る。
 その結果、メオティアの森( 第2話 参照)のシャルロット(コロナ)、オデット村( 第4話 参照)のレイ(レクス)、ニーブラの里( 第5話 参照)のフェイエン(ウェントス)、そして神聖騎士団のエファ(フィニス)から、それぞれ承諾を得ることに成功する(フェイエンの未来の聖痕はアーデルハイトと同じであったが、結果的に言えば、これでアーデルハイトも「救世主との決戦」に直接参加出来ることになった)。
 皆、それぞれにアーデルハイト達に助けられた者達である上に、それぞれの仲間達を危機に陥れた救世主を倒すためということであれば、断る道理はなかったようである(正確に言えば、レイだけは救世主から直接的な被害を受けた訳ではないのだが、もともと正義感の強い彼女は、誰よりも積極的に協力を申し出た)。
 一方、カリスト村の内部にも、意外な「伏兵」が潜んでいた。つい数日前、一人の村人が、新たに「聖痕」の力に目覚めていたのである。その村人の名は、ミカ。かつてはエレシス村の仕立屋であったが、村の不祥事に関与していたことが原因で殺されそうになったところをレムスに助けられ、そんな彼を追いかけるようにカリスト村に移住した人物であり(詳細は 外伝2 参照)、先刻、オリバーと遭遇した「少女のような姿の人物」でもある。
 ミカが聖痕に目覚めていたことを知っていたのは、レムスだけであった。レムスとしては、まだ目覚めたばかりで力の使い方も把握していないミカを危険に晒すことは気が引けていたが、村やレムスに再び危機が訪れようとしているのを察したミカは、自ら進んで協力を申し出る。

「私の未来の聖痕は、イグニスです。これって、きっと、私の未来はレムスさんと共にある、ということの暗示ですよね?」

 目を輝かせながら、ミカはそう語る。レムスにとっては、イグニスは「現在の聖痕」であり、このような形で同じ聖痕を持つことが「そのような縁」を意味しているのかどうかは不明であるが、ともあれ、現時点で「イグニスの未来の聖痕」を持つ者が他にいない以上、その協力を断ることは出来なかった(なお、レムスとミカの間には、今のところ「そういう関係」は一切存在しない。それ故に、レムスはミカの「性別」については、未だに知らないままである)。
 そして、近隣の村に出ていたホルンとマーニーを呼びに行っていたバルゴも、無事に二人を連れて帰還したことで、これで22種類の「未来の聖痕」のうち、20種類までが揃うことになった。

  • ウェントス:アーデルハイト、フェイエン(童人族の斥候)
  • エフェクトス:セティエ(エレシスの領主代理)
  • クレアータ:不在
  • マーテル:アイルー、バルゴ(オクルス傘下の魔術師)
  • コロナ:シャルロット(半森人族の剣士)
  • フィニス:エファ(神聖騎士団の指南役)
  • エルス:レムス(イオの森の番人)
  • アダマス:トリス(エレシスの領主代理補佐)
  • アルドール:ホルン(オクルス傘下の獣人族)
  • ファンタスマ:ユーベル(エレシスの祭司)
  • アクシス:セリーナ(レオの元相方)
  • レクス:レイ(オデット村の自警団長)
  • アクア:不在
  • グラディウス:ラルフ(カリスト村の吟遊詩人)
  • アングルス:マーニー(オクルス傘下の鬼人族)
  • ディアボルス:ボルド(エレシス村の鍛冶屋)
  • フルキフェル:メラルー(メラルーの恋人)
  • ステラ:ソラ(カリスト村の少年領主)
  • ルナ:ガルシオン(ジュリアンの保護者)
  • デクストラ:ユピテル(イオの森の長老)
  • イグニス:ミカ(カリスト村の仕立屋)
  • オービス:オリバーカープ、ジュリアン(機械人形)

6、蘇る歌姫

 そして、残る二つの「未来の聖痕」を持つフェルマータ(アクア)とアイレナ(クレアータ)の待つクロストン男爵領の古城( 第6話 参照)へと向かうことになったのは、アーデルハイト達五人と、アイレナの修復作業の実行部隊としての、セリーナ、ユピテル、バルゴ、そしてトリスの「四人の錬金術師」である。
 他の三人に比べて、トリスは(デクストラの聖痕が「過去の聖痕」としてその身に刻まれてはいるものの)錬金術師としての実績に乏しく、これまでに作り上げた器具は自身が用いている巨大な長剣(フランベルジュ)程度であり、あまり錬金術全般に精通している訳ではない。だが、彼の前世は「七人の機械人形」の一人(ジークフリート)であり、ある意味では、ユピテル以上に機械人形の身体そのものに精通した人物でもある。より円滑にアイレナの修復作業を進めるにあたって、彼の助言があった方が望ましいと考えたユピテルの発案により、彼もまた同行することになったのである。
 思ったよりも早くアーデルハイト達が錬金術師を集めて戻ってきたことにフェルマータは驚くが、一通りの事情を聞かされると、迷うことなく彼女達への協力を約束すると同時に、アイレナの修復を改めて懇願する。
 こうして、カープ(の魂の保護者であるマリモ)の指示の下、四人の錬金術師達がそれぞれの持てる力を結集して、アイレナの身体を「繋ぎ直す」ことになる。救世主とDr.エベロの手で解体される過程において(意図的かどうかは不明であるが)幾つかの部品が欠落してしまっており、作業はやや難航することになるが、最終的にはどうにか無事に「解体前の状態」のアイレナの姿への修復に成功した。
 心配そうにその作業を見つめていたフェルマータがアイレナの元へと駆け寄ると、彼女はゆっくりとその身を起こし、そして自身の手足に「神経(のような何か)」が通っていることを確認すると、感涙の表情を浮かべながら、カープ(および彼以上に実質的に活躍していたマリモ)と錬金術師達に向かって、深々と頭を下げる。

「ありがとうございます。久しぶりに身体が動かせるようになって、まだ少し違和感はありますけど、これなら私も、皆さんに協力することが出来ると思います」

 こうして、対救世主戦に向けての「最後の欠片」を手に入れた彼女達は、改めてカリスト村へと帰還する。ちなみに、クロストン男爵領に対して、まだ総領主としてのブレダ公からの沙汰は定まっていなかったため、ひとまずフェルマータは「近日中に戻って事情を説明する」と書いた手紙を「量産型アイレナ」達に託した上で、アーデルハイト達と行動を共にするのであった。

7、終幕への序曲

 アーデルハイト達が揃ってクロストン男爵領から帰還したことで、今現在、カリスト村に27人の聖痕者が集結している。セティエの仮説が正しければ、これで救世主達を迎え撃つために最低限必要な戦力は整った筈であるが、問題は、救世主達が今どこにいるのかが分からない以上、こちらから打って出ることは出来ない、という点である。
 しかし、それでもおそらく救世主達はカリスト村を襲うことになるであろうというのが、大方の予想であった。なぜならば、この地には(他の「指輪の継承者」がいるだけの土地とは異なり)「プルートーの血」を引き継ぐレムスがいるからである。放浪を続けていたオリバーやセリーナとは対照的に、レムスは「森の番人」としてこの地にいることが分かっている以上、救世主達にとっての最重要攻略対象は、間違いなくこの村なのである。
 実際、救世主達は以前にも(時系列的には「第5話」と同じ頃)、Dr.エベロの五虎将軍の中でも特に勇将と名高いルパートとケッセルという二人の兄弟に率いられた精鋭部隊を派遣している。この時は、ソラやラルフ達の手によって返り討ちにされ、兄のルパートは戦死し、弟のケッセルは敗走することになったのだが、この時、カリスト村としても、かなり激しい総力戦を展開することになった(アーデルハイト達が到着した時点で荒廃した様子だったのは、この時の戦いが原因である)。
 よって、いずれ再び救世主達は何らかの形で(おそらくは前回以上の戦力で)襲いかかってくるであろうことは容易に想像出来た。そして、その予想は絶妙のタイミングで見事に的中することになったのである。


 アーデルハイト達が帰還したその日の夜、カリスト村の人々が突然、真夜中に起き出して、次々と松明を持ってイオの森へと向かい始めた。これが「何者かに操られている状態」であることをすぐに察知した領主のソラは、「紋章」の奇跡ですぐに村人達の意識を取り戻そうとするが、その奇跡の力が「何者かの手による別の奇跡の力」によってかき消されてしまう。更に、そんな村人達とは別に、多くの不気味な様相の「人ならざる者達」の兵団が、村へと迫ろうとしている姿が見えた。
 だが、いかに膨大な数の侵略者達であろうとも、すぐに目を覚ました27人の聖痕者が持つ「81の聖痕」の前では、さすがに太刀打ちは出来ない。異形の兵団はセリーナやバルゴといった魔術士達の力で殲滅され、村人達もまたレムスやレイの「制裁」の奇跡の連発によって、(それらを「無効化」もしくは「上書き」しようとする「何者かの奇跡」も尽きて)やがて完全に村人達は沈静化する。
 こうして、やがて「使える手駒」がほぼ全て尽きたことを察した「黒幕」は、唯一残った「最後の切り札」と共に、アーデルハイト達の前に姿を表す。それはまさしく、「救世主」ことオーレリアと、その四天王の最後の一人にしてサリアの不倶戴天の敵、女魔術師アンザの姿であった。状況的には追い詰められている筈にもかかわらず、その表情にはまだ余裕が伺える。オーレリアは、以前にアーデルハイトに会った時と同じような微笑を浮かべながら、この場に集まった聖痕者達を見渡しつつ、淡々と語り始めた。

「このような形で皆様が一つの場所に集結して下さるなら、わざわざ私達が手分けして各地に皆を派遣する必要もなかったのかもしれませんね。皆さんが指輪を集めるのを待ってから、まとめてお相手した方が、彼等も無駄に命を落とさずに済んだのかもしれません」

 聖母のような慈悲深き表情を浮かべながらも、冷静な口調でそう語る彼女に対して、カープは冷たい声で問いかける。

「あなたのために死んだ仲間に対する言葉が、それだけですか?」

 それに対してオーレリアは、何一つ動じた様子を見せることなく、率直に答える。

「私としても遺憾に思ってはいるのですよ。彼等は輪廻の輪から外れた存在。もうこの世界には帰ってこれないのですからね。あなた方とは違って」

 彼女とて、悲しんでいない訳ではない。だが、彼女は、自分の理想に共鳴して戦い、命を落とした者達は、それぞれに自分の中での「覚悟」が出来た上でその理想に殉じたのだと信じている。それ故に、彼等の死に対して過剰に「悲しみ」を表現すること自体が、彼女の中では不適切な行為であるように思えた。もっとも、そのような形で自身の感情を容易に制御出来るのは、もはや彼女が「通常の人間の感性とは懸け離れた存在」となってしまっているからなのかもしれない。
 一方、そんなオーレリアとは対照的に、サリアは自身のありのままの感情を率直に彼女達に向かって投げつける。

「あんた達、よくも私の里を!」

 だが、二度に渡って彼女の里の森を焼いた張本人であるアンザは、薄ら笑いを浮かべてサリアを見下すだけで、歯牙にも掛けようとしない。というよりも、彼女の中では、自分に恨みを持つ者の顔など、いちいち覚えている気もなかったのである。一方、それを命じたと思われるオーレリアは、そんなサリアに対しても淡々とした口調で答えた。

「この世界に生きる人々にとって、命など、かりそめの器に過ぎません。あなた達は、私達とは違う。輪廻の輪の中に残っている限り、いずれ再びこの世界に帰って来れるのですから」

 変わらぬ微笑を浮かべたまま、オーレリアはそう語る。だが、そう言われたところで、サリアが納得出来る筈もない。そして、それは傍に立つアーデルハイトもまた同じであった。

「あなたの言うことに、一瞬でも興味を示した私が馬鹿でした。私は、あなたを倒します」

 激しい憎しみの瞳を浮かべながら、アーデルハイトはそう言い放つ。オーレリアの主張は、以前に会った時と何も変わってはいない。だが、それを受け止めるアーデルハイトの方は、あれから幾度も熟考を重ねた結果、彼女達の語る「理想」は、自分が望む世界とは懸け離れた存在であることに気付いたのである。

「そうですか。協力して頂けないのであれば、残念です。あなたならば、分かって頂けると思ったのですがね……」

 オーレリアが呟くようにそう言うと、今度はオリバーが口を開く。

「お前が言う『平等な世界』というのも、分からない訳ではない。だが、人々にそのような力を与えてしまったら、それは世界の破滅をもたらすだけなのではないか?」
「確かに、今の世の秩序は壊れるでしょう。しかし、その混乱の中から、人はその新たな環境に適合する形での、少なくとも今よりも平等な新世界を作ってくれる存在へと進化出来ると、私は信じています。もし、それが出来ずに『人の世界』が滅びるのであれば、それはそれで、所詮、『人』そのものが、それまでの存在に過ぎなかったということでしょう。無論、そうならないことを私は願って……」

 オーレリアが答え終えているその途中で、急に彼女は、自分の身体に「異変」が起きていることに気付く。それは、カープ達が会話で彼女の注意を引きつけている間に、ジュリアン達22人が彼女達の周囲を取り囲み、そして「新世界」の奇跡を発動させたのである。

「救世主様!?」

 異変に気付いたアンザが動揺した表情を浮かべる中、オーレリアもまた戸惑う様子を見せながらも、冷静に状況を分析する。

「私の身体が、霊体にならない……? なるほど、何らかの術を施したようですね。私を殺すための算段でしょうか……」

 さすがに、この「術」の本質までは、彼女も瞬時には見破れなかった。だが、少なくとも今、自分の身体が「いつ殺されてもおかしくない状態」となったことは理解したようである。

「ですが、ここで私はまだ死ぬ訳にはいきません。誰もが平等に暮らせる世界を作るために」

 今までの淡々とした雰囲気から一変して、強い決意と信念を表に出した「人間らしい表情」を浮かべながら、オーレリアはアンザと共に「殺戮の宴」の扉を開く。二人の殺戮者の力の解放によって、彼女達を取り囲む22人の「結界保持者」達を含めた全ての聖痕者が激しく共振する中、最後の戦いの幕が上がった。

8、最後の狂宴

 まず口火を切ったのはアンザであった。彼女はアーデルハイト達五人に対して次々と精霊魔法や奇跡の力を解き放つが、先刻の前哨戦において22人の仲間達のおかげで力を温存することが出来た五人は、持てる全ての聖痕の力を以って、その怒涛の波状攻撃を食い止める。
 その間隙を縫って、アーデルハイトが「天の火」の奇跡を放つが、今度はオーレリアが「絶対防御」でその反撃の嚆矢を打ち消す。だが、これはアーデルハイトの中でも「織り込み済み」の展開であった。強大な殺戮者との戦いにおいては、このような形で互いの「奇跡」の力を打ち消し合いながら、相手の「持ち手」を削っていくしかない。これまでの幾多の戦いの中で、皆が学んできた戦法である。
 そして、そのアーデルハイトの一矢で敵の切り札の一つを封じた直後に、今度はアイルーが全身全霊を込めた魔法を叩き込んだ。

「お前を倒して、俺はメラルーと結婚する!」

 そう叫んだアイルーの一撃は、オーレリアとアンザをまとめて消し飛ばすほどの威力であったが、アンザがオーレリアを身を挺して庇い、そして倒れたアンザを、今度はオーレリアが「再生」の奇跡で蘇生させる。
 だが、それもつかの間、アンザの眼の前に飛び込んできたサリアが、(最初の故郷を滅ぼされて以来の)積年の思いを込めて、大剣を振り下ろした。

「里の皆の仇!」

 その彼女の想いを乗せた斬撃は、立ち上がったばかりのアンザの身体を、肩口から真っ二つに引き裂いた。そしてこの瞬間、サリアの剣に「グラディウス」の聖痕が浮かび上がる。そう、彼女の「未来の聖痕」は、彼女自身ではなく、その半身とも言うべきこの剣に刻まれていたのである(それ故に、今まで誰も気付かなかった)。

「そうか、思い出した。お前、あの時の……」

 薄れゆく意識の中で、アンザはそう呟く。本来、彼女の中では、滅ぼした亜人種の里の者の顔など、記憶に残っている筈がなかった。にもかかわらず、ここで彼女の記憶の中に微かに「二度にわたって生き延びた少女」の顔が思い出されたのは、それだけ彼女の「憎悪の瞳」が強烈な印象だったからである。それが今まで記憶の中から消えていたのは、おそらく、アンザが本能的にその瞳を記憶から消したいと願っていたからであろう。それが嫌悪感故なのか、それとも恐怖感故なのかは分からない。だが、いずれにせよ、今更そう言われたところでサリアとしては「遅すぎる」という感慨しかなかった。
 こうして、最後の仲間(信者)を殺されたオーレリアは、哀しみに満ちた瞳を浮かべながら、五人に対して次々と連続攻撃を仕掛けてくるが、皆があと一歩で倒れそうになった段階で、カープが残された力を振り絞ってその攻撃を庇いつつ、皆の体力を回復させていく。そして、そのオーレリアの攻撃を耐え切ったサリアが、今度はオーレリアに対しても痛烈な斬撃を叩き込むが、その刃の前に一度倒れかけたオーレリアの体は、自身の中に残されたもう一つの「再生」の奇跡によって再び立ち上がる。
 だが、その直後、最後の「止めの一撃」が、彼女の体に突き刺さった。オリバーの放った秘儀魔法である。その鮮烈な一閃に身体を貫かれたオーレリアが崩れ落ちようとした瞬間、彼女はなぜか、どこか満足したような表情を浮かべていた。

「これが『死』ですか……。死を迎えるということは、すなわち、今、この瞬間の私は、『生きている』ということなのですね。あぁ、なんと懐かしい感覚……」

 不死者(フィニス)として、永劫の時を生きて来た彼女は、いつしか肉体すらも半ば捨てた状態となったことで、「死」の持つ意味、そして「生」の持つ意味をも忘れかけていた。それを今、ようやく思い出せたことに、不思議な充実感を得ていたようである。
 そんな彼女に対して、オリバーは改めて宣言した。

「そうだ。そして、今を生きている人々を否定した平等な新世界など、俺は認めない。俺達は俺達自身の手で、新しい時代を作り上げる」
「……ならば、あなたはその理想を貫いて下さい。私とは異なる形で、この世界の人々に、救済を……」

 そう言いながら、彼女は安らかな笑みを浮かべつつ、息絶える。そして、アンザと彼女の聖痕は、光に包まれながら天へと還っていく。その様子を、27人の聖痕者達は、万感の思いでただ静かに見つめるのであった。

9、解放と捺印

 その後、残されたオーレリアの衣服の中から、鬼人族の指輪が発見された。マーニーは、この戦いに協力した者達への捺印を約束した上で、改めてその指輪の継承者としての権利を主張する。魔神の眷属となった彼女にその力を託すことに内心異論がある者もいたが、アーデルハイト達がその方針を受け入れたため、彼女は皆に感謝した上で、その指輪を受け取った。
 一方、その様子を傍で見ていたホルンに対して、サリアは自身が預かっていた狼人族の指輪を、押し付けるように手渡す。その決断に周囲の者達は驚いたが、彼女としては最初から、「自分以外に託せる者がいれば託す」という方針であった。そしてホルンもまた、マーニーと同様、この戦いに力を貸してくれた者達への捺印を惜しむ気はなかった。
 とはいえ、彼等の主人であるオクルスとしては、その捺印のためには、一つの絶対条件が必要であると考えていた。それは、アーデルハイト達の身体から、捺印前の段階で「力」を除去する、ということである。この条件を満たすため、再びクロストン男爵領の古城の地下研究室に、カープと四人の錬金術師が結集することになる(なお、この地の領主権については、最終的にはブレダ公に返還するという前提の上で、この手術が終わるまでは研究室を使わせて欲しい、とフェルマータがブレダ公に懇願した結果、ひとまずその要求が認められることになった)。
 そして、彼等が数日間にわたって、アーデルハイト、ジュリアン、フェルマータ、アイレナ、そして(エファが神聖騎士団の倉庫から連れてきた)機能停止中のサビーネの身体の内部回路を分析した上で組み替え作業を続けた続けた結果、最終的には、無事に、彼女達を縛り続けていた「世界を揺るがす力」を完全に除去することに成功したのである。
 ユピテルの中には、最後までその「力」を惜しむ気持ちはあったが、「いずれ魔神と戦う必要に迫られた時は、その時代の人々がまた新たな力を作り出すだろう」というカープの楽観的推論を、今は素直に受け入れることにした。その時が訪れたら、また自分とカープ(をこれまで何代にもわたって支え続けてきたマリモ)が手助けしてやればいい、それだけのことなのだと、自分に言い聞かせたのである。
 こうして、無事に「普通の機械人形」となった彼女達に、改めて「残りの印章」が次々と捺されていく。と言っても、童人族と翼人族の指輪に関しては、今この場には存在しなかったため、それらに関しては、フェイエンの神移の奇跡を用いて、一時的に借り出す必要があった(フェイエンは童人族だが、翼人族の里とも縁があることは、第5話にて記した通りである)。そのため、若干の手間はかかったが、それでもどうにか、最終的には無事に五人の捺印は完了する。
 ただ、既に一度力を使い果たしていたサビーネだけは、12の捺印を済ませた段階においても、まだ目覚めることはなかった。ユピテルの見解によれば、現在の彼女は自己回復装置が起動中であり、再び動き出せるようになるためには、最低でもあと数年、あるいは数十年の時が必要、とのことであったが、永世者であるエファにとっては、それくらいの時間を待ち続けることなど、大した問題ではなかった。
 残りの四人の機械人形うち、ジュリアンは、今後しばらくの間、エレシス村に滞在することになった。かつての「友」の件で迷惑をかけたセティエ達に恩返しがしたい、という意向である。一方、彼をこれまで支え続けた蛇人族のガルシオンは、そんな彼の意思を尊重した上で、「これで自分の役目は終わった」と言って、再び何処かへと旅に出ることになる。
 アイレナは、吟遊詩人であるラルフの紹介により、とある旅芸人の一座に「歌う機械人形」として加わることになり、フェルマータもそんな彼女の「付き人」として同行することになった。二人とも、もう戦いのためにその力を用いる気はない。自分達の「機械としての寿命」が尽きる日まで、音楽を通じて少しでも多くの人々を笑顔にしたい、というのが、今の彼女達の新たな生き甲斐であった。
 そんな中、アーデルハイトは、これから先の自分の生き甲斐をまだ見つけられないまま、ひとまずは自身が「奉納」されていたクロノスの村へと帰還する。今の彼女には「身心共に休養する時間」が必要であると、彼女も、彼女の周囲の仲間達も感じていたのである。
 なお、12個の「指輪型印章」に関しては、捺印後は最終的にそれぞれの種族の「継承者」の元へ返されることになったが、豚人族の指輪だけは、返すべき相手が不在となってしまったため(継承者の集落の者達が受け取りを拒否したため)、暫定的にセリーナが預かり続けることになった。彼女としては不本意ではあったが、どちらにしても、機械人形達が復活した今、もはやこの指輪が必要とされることはないだろう、と割り切った上で、彼女は「レオが犯した罪」を今後も忘れないために、その指輪をあえて手元に残すという形で「業」を背負い続けることを決意したのである。

10、未来を紡ぐ者達

 こうして、「世界を揺るがす力を持つ人形達の物語」は終わりを告げた。だが、それはまた「新たな物語」の始まりでもある。「帰るべき場所」がある者達は、それぞれの場所へと帰還して、それぞれの生活を始めることになる。だが、その一方で、帰るべき場所を無くした者達も、それぞれに新たな一歩を踏み出さなければならなかった。
 サリアは、すべての戦いを終えた後、失った二つの故郷を訪れ、それぞれに大量の花束を抱えて、殺された同胞達を弔うことにした。その傍らには、「二つ目の故郷」における同胞であったホルンと、そして彼女の「花束運搬役」を自ら買って出たカープの姿がある。
 同胞達の眠る大地に向けて、仇を討ったことを報告した彼女は、少しだけ晴れやかな笑顔を二人に見せると、やがて何処かへと旅立っていく。これから先、アーグリフの魔印をその身に刻んだサリアが、どのような人生を歩むことになるかは分からない。だが、ホルンも、カープも、どんな形であれ、いずれ再び彼女に出会えるような気がしていた。今はその「しばしの別れ」を惜しみつつ、ホルンは「愛する鬼人族の妻」が待つ魔神オクルスの許へ、そしてカープは故郷である「河の王国」へと帰還する。
 なお、そんなカープの背後には、主人を失って行き場所を無くしていた「量産型アイレナ」達が、(それぞれに髪型を変えることで識別可能な状態にした上で)随行していた。彼女達の未来を哀れんだカープが、自らの王宮で「従者」として雇うという形で、引き取ることになったのである。なお、水中において彼女達がどこまで十分にその機能を発揮出来るのか、この時点では定かではなかったが、もし何らかの不都合があれば、その時はその時でまた自分の力で水中仕様に改造してやればいい、と考えるカープ(の第一の理解者にして最高の相方でもあるマリモ)であった。


「メラルー、俺と結婚してくれ!」

 里に帰ったアイルーは、ずっと温めていた恋人への言葉を、この日のために購入していた「指輪」を見せながら、ストレートに伝える。それに対してメラルーは笑顔で頷きつつも、喜ぶというよりは「当然でしょ」と言いたそうな視線を送る。

「あなたが言ってくれなかったら、私の方から言うつもりだったわ。ちゃんと責任とってよね」

 そう言いながら彼女は、少しだけ大きくなったように見える自分の腹部を肉球で指す。逆算してみたところ、どうやらカリスト村での「仲間達が必死にレオと戦っていた夜」において授かった子供らしい。唐突な逆告白(?)にアイルーは戸惑いつつも、夫として、父親として、これから家族を支えていくことを改めて誓うのであった。


 一方、クロノス村では、オリバーが父の後を継ぎ、新領主として正式に就任し、まだ未熟ながらも、必死にその務めを果たそうとしていた。ひとまず彼の家に居候として滞在していたアーデルハイトは、そんな彼のことを大変そうに思いつつも、政務に関しては彼以上に素人である以上、手伝えることも簡単な雑用程度が限界であり、基本的には、ただ静かに漫然と平和な時を送るだけの日々を過ごしていた。
 そんなある日、彼女の眼の前に、セリーナが現れる。最終決戦後の除去手術以来、豚人族の指輪と共に行方をくらませていた彼女の来訪にアーデルハイトが驚く中、セリーナはバツが悪そうな顔をしながら、訥々と話し始める。

「あなたには、その、色々と、悪かったと思うわ……。でもね、言い訳になるけど、これだけは言わせて。あなたとレオでは、どの道、釣り合わなかったと思う。あなた達は互いに『自分にはないもの』を求めて惹かれ合ってたのだろうけど、でも多分、あなたがレオと一緒にいたら、きっとあなた達は破綻していたわ」

 唐突に現れたセリーナが、なぜ自分を相手にそんな話をし始めるのか、この時点でのアーデルハイトには理解出来なかったが、彼女の言っている内容に対して、特に反論する気はなかった。確かにそのことは、アーデルハイト自身も(不本意ながらも)分かっていたことである。

「やっぱり、彼の人生に付き合えるのは、彼と同じ気性の持ち主でなければダメだと思うのよ。その意味では、私は実は、彼と似た者同士だったのだと思う。こう見えて私も、『どうしても欲しいモノ』に関しては、力づくでも手に入れたいと思うってしまうタチだから」

 そう言いながら、彼女は自らの下腹部を指差した。まだ今の時点ではよく分からないが、若干膨らんでいるような気がしなくもない。
 アーデルハイトは混乱した。セリーナが何を言っているのか、即座には理解出来なかった。それは「理解したくないから理解しない」というよりも、そもそも「『自分達』に『そのような機能』が付いているという可能性」自体を、今まで全く想定していなかったのである。

「正直、私も半信半疑だったわ。機械人形と人間の間で……、なんてね。でも、間違いないわ。だから、せめてもの償いとして、『男の子』が生まれたら、まず真っ先に、あなたを紹介することにするから」

 申し訳なさの裏に、どこか勝ち誇ったような感情を滲み出しながらそう言ったセリーナであったが、それに対してアーデルハイトの心中は「嫉妬」でも「羨望」でも「殺意」でもなく、まだ純粋な「混乱」に支配された状態であった。
 兵器として造られた筈の自分達に、なぜ『そのような機能』が組み込まれているのか。いずれ自分達の力を持つ者を「増殖」させるためだったのか、それとも「人間らしい感情」を持たせようとする過程で生まれた「副産物」だったのか、あるいは純粋に、錬金術師達(の一部?)がそこに「ロマン」を感じたから、なのか。様々な考えが頭を巡る中、ひとまずアーデルハイトは、自分の中のセリーナ個人への感情を改めてまとめ直して、それを彼女に伝える。

「むしろ、私の方こそ、あなたには散々迷惑をかけてしまったと思っています。だから、今の私に出来ることがあったら、なんでも言って下さい」
「あら……、正直、刺されるのも覚悟してたんだけど……、まぁ、そう言ってくれるなら、本当に助かるわ。ありがとう。でも、あなた、ベビーシッターとか、出来るの?」
「それも、頑張ってみようと思います」

 殺戮者となったレオの魂は、もうこの世界には還ってこない。しかし、思わぬ形でその「忘形見」がこの世界に残ったことに、アーデルハイトはなんとも言えない不思議な感慨を抱いていた。もしかしたらこれもまた、彼女が「ヒト」であることの証なのかもしれない。
 その後、セリーナはクロノス村にて私塾を開くという形で、クロノス村に定住することになる。そしてアーデルハイトもまた、そんな彼女を時折手伝いつつ、オリバーの補佐役としても、少しずつ「自分に出来ること」を増やしつつあった。
 オリバーとしては、この平和な日々が少しでも続くことを祈りながらも、この世界が殺戮者の手によって危機に晒される時が訪れるであろうことは覚悟していた。そして、レオのように、本人の意図にかかわらず殺戮者が生まれてしまうことも理解していた。だからこそ、そのような悲劇を二度と引き起こさないために、これから先の自分には今以上の力が必要であると自覚し、そんな自分を支えてくれる存在として、アーデルハイトにも期待を寄せていた。
 しかし、だからと言って、「人の身に余る力」を求めてはならない。たとえ目的が、殺戮者や魔神の手から人々を救うためであっても、この世界の理(ことわり)に反するような力を持つことは、逆にその力そのものが新たな争いや悲劇を引き起こすことになる。そのことは、これまでの一連の戦いを通じて、オリバーが誰よりも痛感していた。
 そして、「人としての領分」を踏み越えない範囲の力であっても、それが幾重にも合わされば「巨大な力」を倒すことが出来るということもまた、今回の旅を通じて彼は実感していた。だからこそ、彼はアーデルハイトにはこれからも(「超越した力を持つ者」としてではなく)自分と同じ「一人の聖痕者」として、他の聖痕者達と共に「世界を守る存在」として、共に歩み続けて欲しいと考えていたのである。アーデルハイトもまた、そんな彼の意図を理解したからこそ、当面は彼と共にこの村で生きていく道を選んだ。それは、愛情や慕情の類ではないにせよ、間違いなく一つの「大切な絆」であろう。
 もっとも、彼女の未来の聖痕(ウェントス)が示す道は「放浪」である。果たして彼女がいつまでこの地に留まり続けることになるのかは、誰にも分からない。だが、その放浪の先に続く道が、この世界を正しい方向へと導く道へと繋がっていることを、オリバーは願っていた。共に苦難の道を戦い抜いた、かけがえのない一人の盟友として。

(完)

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最終更新:2016年07月18日 03:24