第173話:【魔術師と人形使い】 作:◆wkPb3VBx02
モニターが壁の一面を埋め尽くしている部屋がある。
外に出て扉のプレートを見ればその部屋が警備室であることが分かった。
その部屋の中央、椅子に腰掛けた長い黒髪の男が細葉巻 の煙を燻らせながら手に持った書類を一枚一枚捲っている。
男の名はイザーク・フェルナンド・フォン・ケンプファー。"魔術師"と呼ばれる男。
唐突にノックを欠いて扉が開き、天使と見紛う程美しい若者がゆったりした歩調で入ってくる。
「部屋に入る時はノックくらいしたまえよ"人形使い"」
若者の名はディートリッヒ・フォン・ローエングリューン。"人形使い"と呼ばれる若者。
男は振り返りもせずに言葉を投げかけ、休むことなく書類に目を通していく。
「よく入ってきたのが僕だと分かったね"魔術師"」
"人形使い"と呼ばれた若者は芸術的とすら言える顔を驚きの表情にして"魔術師"に答える。
「そこのモニターに映っていたよ」
"魔術師"はさしたる感慨もなく答え、空いた手で細葉巻の灰を落とす。
若者は「ああ、そう」と適当に返事をして、男に近づく。その視線は男の持つ書類に注がれていた。
「……それは何の書類だい?」
「六時まで生存者の詳細だよ。思ったより減っていたのでね」
男が手に持っているのは二十枚弱の書類。その一つ一つに姓名や経歴など個人情報が細かく書き込まれている。
若者は曖昧な相槌を打った後に思い出したように男に尋ねた。
「イザーク、君は誰に賭けたんだい?」
「賭ける?」
男の訝しむ返事に若者は「あれ?」と声を上げ、男の疑問に答える。
「他の皆は誰が生き残るか賭けをしていたのに、君はしなかったのかい?」
「生憎私はビジネスに私情を挟まないのでね。仕事として取り組んでいる」
男の乗り気でない返答を軽く聞き流して、若者は男に改めて問うた。
「で、イザーク。君は誰が優勝すると思う?」
ソファの横に立った若者を見ずに、男は書類を机の隅に置きながら答えた。
「さてね。君は誰かに賭けたのかね?」
「僕は54番の彼が有力だと思うんだけどね。随分と強そうだし」
若者は重なった紙の中から一枚を抜き出し、男に見せた。紙面には『054 ハックルボーン』と書かれており、その横に屈強な男の顔写真が載せられている。
「ああ、それならば私は彼女を推そう」
男が手にしたのは『026 リナ・インバース』と書かれた紙。男と若者は互いに見せ合うと微笑しながら机の隅に重ねた。
「一体どうなることやら」
若者の口調はどこまでも暢気でどこか他人事として傍観している節があった。
「"自分一人で石を持ち上げる気がなかったら、二人でも持ち上がらない。"―――ゲーテ。
生き残るにしろ逆らうにしろ、彼等は結束するだろう。私達は観ているだけで良い」
男は癖とも言える格言の引用をしながら細葉巻を灰皿に押し付けて消した。
「……ああ、そうだ。さっきの娘の話、聞いてみようよ」
若者は楽しげに微笑みながら、机の中央を占める機材へと手を伸ばした―――
外に出て扉のプレートを見ればその部屋が警備室であることが分かった。
その部屋の中央、椅子に腰掛けた長い黒髪の男が
男の名はイザーク・フェルナンド・フォン・ケンプファー。"魔術師"と呼ばれる男。
唐突にノックを欠いて扉が開き、天使と見紛う程美しい若者がゆったりした歩調で入ってくる。
「部屋に入る時はノックくらいしたまえよ"人形使い"」
若者の名はディートリッヒ・フォン・ローエングリューン。"人形使い"と呼ばれる若者。
男は振り返りもせずに言葉を投げかけ、休むことなく書類に目を通していく。
「よく入ってきたのが僕だと分かったね"魔術師"」
"人形使い"と呼ばれた若者は芸術的とすら言える顔を驚きの表情にして"魔術師"に答える。
「そこのモニターに映っていたよ」
"魔術師"はさしたる感慨もなく答え、空いた手で細葉巻の灰を落とす。
若者は「ああ、そう」と適当に返事をして、男に近づく。その視線は男の持つ書類に注がれていた。
「……それは何の書類だい?」
「六時まで生存者の詳細だよ。思ったより減っていたのでね」
男が手に持っているのは二十枚弱の書類。その一つ一つに姓名や経歴など個人情報が細かく書き込まれている。
若者は曖昧な相槌を打った後に思い出したように男に尋ねた。
「イザーク、君は誰に賭けたんだい?」
「賭ける?」
男の訝しむ返事に若者は「あれ?」と声を上げ、男の疑問に答える。
「他の皆は誰が生き残るか賭けをしていたのに、君はしなかったのかい?」
「生憎私はビジネスに私情を挟まないのでね。仕事として取り組んでいる」
男の乗り気でない返答を軽く聞き流して、若者は男に改めて問うた。
「で、イザーク。君は誰が優勝すると思う?」
ソファの横に立った若者を見ずに、男は書類を机の隅に置きながら答えた。
「さてね。君は誰かに賭けたのかね?」
「僕は54番の彼が有力だと思うんだけどね。随分と強そうだし」
若者は重なった紙の中から一枚を抜き出し、男に見せた。紙面には『054 ハックルボーン』と書かれており、その横に屈強な男の顔写真が載せられている。
「ああ、それならば私は彼女を推そう」
男が手にしたのは『026 リナ・インバース』と書かれた紙。男と若者は互いに見せ合うと微笑しながら机の隅に重ねた。
「一体どうなることやら」
若者の口調はどこまでも暢気でどこか他人事として傍観している節があった。
「"自分一人で石を持ち上げる気がなかったら、二人でも持ち上がらない。"―――ゲーテ。
生き残るにしろ逆らうにしろ、彼等は結束するだろう。私達は観ているだけで良い」
男は癖とも言える格言の引用をしながら細葉巻を灰皿に押し付けて消した。
「……ああ、そうだ。さっきの娘の話、聞いてみようよ」
若者は楽しげに微笑みながら、机の中央を占める機材へと手を伸ばした―――
【一日目 6:12】
- 2005/04/03 修正スレ22
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