2008年4月から半年間、2chドラマ板本スレに毎日のように投下してくださっていた
通称「あらすじさん」のまとめです。
第1週「笑う門には福井来る」2008/06/30-2008/07/02、2008/04/03-2008/04/05
【第1回】
1982年、夏の終わり。乗用車の助手席で糸子が「ふるさと」を口ずさむ。
後部座席から喜代美が、「気持ち悪くなってきた」と糸子を呼ぶ。
待避所で糸子は喜代美を下ろし、背中をさする。そういう意味ではない、嫌な予感がする、と喜代美。
運転席から出てきた正典は喜代美を抱き上げ、景色を見せてやる。
糸子は小浜の長所を語る。若狭湾で獲れる海の幸。蟹、フグ、鯖、鰈、ぐじ。
食べ放題やねえ、と夢見心地の糸子に正典は、食べ放題ではないだろう、と突っ込んだ。
喜代美たちは、正典の実家に到着した。出迎える小梅に正平は、はきはきと自己紹介して挨拶する。
糸子に促され、喜代美が一歩踏み出すと、ドアに挟まれたスカートが裂けた。
正太郎は工房で、テープを聴きながら作業していた。正典が話しかけるも、「忙しい」とそっけない。
正典は、鯖江の眼鏡工場を辞めた、また塗箸をやらせてもらう、と言う。
正太郎は顔も見ずに、二度と塗箸をやらす気はないと断った。
砂浜で正平は、暑さから駆け足になる。糸子のスカートをはく喜代美は転ぶ。
「大丈夫?」と女の子が手を出す。立ち上がる喜代美に、同い年のその子は「仲良くしてね」と言った。
小次郎は喜代美と正平に、名札と称してハート型と星型の布を渡す。その布は、喜代美のスカートだった。
形を小細工するのが余計にむかつく、と言う正典に小次郎は、悪うございましたねとへそを曲げた。
夜、喜代美は今後を憂えていた。
きっと明日は、小次郎が食べる果物の汁が喜代美の目に入るだろう。
明後日は、せっぱ詰まってトイレに走るも、先に誰かが入っているだろう。
妄想して喜代美は、暗澹たる気分に陥る。その時、糸子が部屋に入ってきた。
糸子は、黒猫のアップリケのついた、喜代美のスカートから仕立て直した巾着袋を出す。
「ぎょうさんええことありますように。お守りや」と糸子は喜代美に渡した。
朝食時、喜代美は糸子から、工房の正太郎を呼ぶように言われる。
喜代美は、ガラス戸の中を窺う。正太郎の背中が見え、喜代美は戸を開けた。
ラジカセから、雑音混じりの声が流れていた。誘われるように工房の中に入った喜代美は話に聴き入る。
この声が後々、喜代美の人生を面白おかしく導く道しるべになろうとは、まだ誰も知るよしはなかった。
【第2回】
工房の戸を閉めた喜代美は、暑さにスカートをばさばささせる。風を立てるなと正太郎が叱った。
腰掛けてラジカセの落語に聴き入る喜代美はつい吹き出し、また叱られるかと口元を押さえる。
正太郎は一瞬、振り向いて微笑んだ。喜代美も笑い返した。
糸子の声に喜代美は、正太郎に朝食の支度ができたことを告げ、工房を出た。
教室で、喜代美の名を聞いた児童たちは「ワダキヨミやて」と騒ぎ始める。
もしや自分はトイレに住み着くお化けと同姓同名とか、と悩む喜代美。
「清海ちゃんと同じ名前や」と声が上がる。同級生の視線の先には、砂浜で会った女の子がいた。
工房で正典は、やかましいとラジカセを止める。正太郎は正典に、塗箸を捨てた者が箸に触るなと言う。
糸子は正太郎に、正典を一人前の塗箸職人にしてくれ、と頭を下げた。
正太郎は、それは無理やと告げた。
「きよみちゃん、一緒に帰ろ」との声に振り向いた喜代美は、級友に囲まれる清海を見る。
災難やな、との声が耳に飛び込む。よりによって清海と同姓同名とは、と順子が喜代美を見つめていた。
翌日。喜代美は、同姓同名の子が才色兼備で人気者なのはあまり楽しいことではない、と痛感する。
音楽の授業でも、清海のピアノに合わせての二部合唱。
ついに同級生たちは、ワダキヨミが二人になってややこしい、AとBで呼び分けようと言い出す。
喜代美は、ピアノの前の清海に「Aがいい!」と群がる同級生、取り残される喜代美の図を妄想する。
「ええよ、わたしがBで」己を脇役と決めつけた一言は、後々まで喜代美を苦しめるものとなった。
帰宅の道すがら、喜代美は頭をはたかれた。順子が隕石のかけらやと笑ってから、自分がやったと言う。
むっとする喜代美。そこに幸助が、喧嘩はするな、焼鯖を食えと現れた。
魚屋食堂で順子は、隕石の仕業を空に向かって怒るかと喜代美に問う。否定する喜代美。
順子は、清海のことも、隕石と同じ、天災だと思って諦めろと諭した。
帰宅した喜代美は、工房の前に立った。正太郎が喜代美に気付いて、ガラス戸を開けた。
喜代美はラジカセの前に座る。そのおもろい話は、嫌なことを忘れさせた。
「落語や」正太郎が、喜代美に話しかけた。「それは、落語いうもんや」
それが、喜代美と落語との出会いだった。
【第3回】
テープの内容は、愛宕山という落語だった。テープを聴いて笑ううち、喜代美は正太郎と打ち解けた。
正太郎は喜代美に、梅丈岳の頂上でもかわらけ投げができると教える。
神様への願いを込めて、谷に向かって投げるのだと正太郎は、宙を舞うかわらけを模して踊ってみせた。
登校した喜代美に、上級生が「ワダキヨミいるか」と喜代美に尋ねた。AかBか、と聞く喜代美。
「世界で一番可愛い和田清海を呼べ、ブス」と言う上級生、友春を、喜代美は体操着袋で殴った。
担任が、翌週の遠足を告知する。喜代美は一計を案じた。
喜代美に友春が、大きな箱を手渡した。帰宅した喜代美は、箱を正平にくれてやる。
遠足がある、みんなに自慢できる弁当を作ってくれ、と喜代美は糸子に頼む。
喜代美は、弁当タイムの人気者になる自分を妄想する。豪華なバスケット弁当は、同級生の羨望の的。
喜代美は、砂浜で並んで座る正太郎に、嬉々として計画を語る。
喜代美は身ぶりをつけて、弁当をおすそ分けする自分を空想する。正太郎はそんな喜代美に微笑んだ。
夕飯もそこそこに、正平は立ち上がる。友春の箱の中身、箸の切端で工作をするのだと意欲満々だ。
小梅は、喜代美の箸の持ち方を注意する。誰に似たのか、と言う糸子は、豆をつまむのに難儀していた。
遠足の当日。糸子は工房で、喜代美の弁当に添える箸を選ぶうち、乾いていない箸を手にしてしまう。
喜代美は上機嫌で、愛宕山坂を歌いながら山道を歩く。途中、喜代美は変な模様の石を見つける。
時を同じくして同級生たちは、清海が綺麗に輝く石を見つけたと大騒ぎする。
清海の人気独占も今日限りだと、喜代美が弁当箱を開けると、一面の越前蕎麦があった。
一人で隠れるように、蕎麦を食べる喜代美。同級生は喜代美をちらちら見ながらこそこそ話していた。
文句を言おうと帰宅した喜代美は、漆にかぶれた糸子の顔に驚く。
糸子は、赤いアイシャドウでお色気ムンムンや、と笑う。アホらしさに喜代美は苦笑した。
糸子は、糸子の母が蕎麦弁当を作ってくれて嬉しかった思い出を、誇らしげに喜代美に語った。
正太郎の怒声が聞こえた。工房の表で、正太郎が正典を突き飛ばしていた。
二度と工房に入るな、と声を荒らげる正太郎。正典は地面に倒され、正太郎を睨みつけていた。
【第四回】
正太郎と正典の心の隔たりは大きく、正典は工房にすら入れてもらえない。
居間では、正平が作った恐竜像を、小梅が事故を装って一部を壊してしまう。
喜代美は、幸助が犬の喧嘩に焼鯖を突き出して仲裁したのをヒントに、
なんとか正太郎と正典を仲直りさせようと鯖を焼き、酒の支度を始める。
しかし不器用な喜代美のこと、酒をこぼし、一升瓶を落とし、鯖も焦がしてしまう。
糸子に説明を求められても「ごめんなさい」を繰り返して泣くばかりの喜代美。
それを見た正典は工房の正太郎に手をついて謝罪するが、正太郎は頑に正典を拒絶する。
喜代美は友春に、若狭塗箸製作所に連れてこられ、そこで清海と秀臣に遭遇。
清海から紹介され、秀臣は喜代美に「もしかして、和田正太郎先生の…?」と尋ねる。
帰宅した喜代美は、工房の正太郎に、秀臣と会ったことを話す。
清海の存在を邪魔と思い、そう考える自分が嫌だと喜代美は言う。
正太郎は喜代美を呼び寄せ、箸作りを見せる。
浮かび上がった模様に喜ぶ喜代美。正太郎は言葉をかけた。
「人間も箸とおんなじや。研いで出てくるのは、この塗り重ねたもんだけや。な。
一生懸命生きてさえおったら、悩んだことも、落ち込んだことも、
綺麗な模様になって出てくる。お前のなりたいもんになれる」
そして、「お前はおもろい子や」と励まし、ともに落語を聞こうと言う。
喜代美がテープをかけようとしたとき、正太郎はよろけ、倒れてしまう。
【第5回】
工房で倒れた正太郎は病院に運ばれた。
病室にて、眠っている正太郎について医者が家族に説明する。
ここまで病状が悪化したらもう意識が戻る保証すらないと。
それを聞いて喜代美、病室を飛び出して夜の町を走る。
糸子が後を追おうとするも、見失ってしまう。
喜代美が病室に戻ってきた。工房からラジカセを抱えて。
正太郎に落語を聞かせてやりたいと訴える喜代美に、正典と糸子は反対する。
しかし、小梅が再生ボタンを押す。スピーカーから流れ始める愛宕山の中盤。
いつしか和田家は一人ふきだし、一人笑い始め…正太郎がうっすらと目を開いた。
看護婦がラジカセを止め、医者を呼びに病室を出る。
正太郎は喜代美に、ぎょうさん笑えと伝える。
次いで正典に「よう帰ってきた。本当はずっとお前に継いでもらいたかった」と語りかける。
安心した表情で、目を閉じる正太郎。家族はみな、泣いていた。
正太郎の通夜。
喜代美は棺から離れようとしない。
正典は竹谷に塗箸店を継ぐ決意を伝えるが、竹谷は難色を示す。
小梅は表で、弔問に来た芸者仲間を見送っている。
そこに、秀臣が姿を現すが、小梅は厳しく追い返す。
一夜明けて、喜代美は工房に立っていた。
ラジカセからは変わらず落語が流れているが、正太郎の姿はない。
座り込んで、喜代美はひたすらに泣き続けていた。
【第6回】
正太郎の存在を失った喜代美は、何日も学校を休んで泣き続けていた。
一方で正典は塗箸職人を諦め、ツテのある土産物店で働こうと考えていた。
工房で落語のテープをかけながら泣いている喜代美。不意に、テープが止まる。
カセットを引っ張り出すと、本体内部で絡まったテープが切れてしまった。
糸子が工房を覗くと、喜代美が倒れていた。泣き疲れたあげく、意識を失ったのだ。
部屋の布団に寝かされても握り締めているテープ。正典はそのラベルの字に目をとめる。
正典は若狭塗箸製作所を訪れ、秀臣に塗箸の技術を教えてくれるよう頼む。
秀臣は承諾するが、条件として製作所の従業員となることを正典に告げる。
その夜、異を唱える小梅の前に、正典はテープを差し出す。
その日付は、正典が正太郎の跡を継ぐことを決意した日だった。
記念になることがしたいと喜んだ正太郎が、正典と一緒に落語を聴きに行ったときのものだった。
小次郎は気付いた。正典が小浜に戻ると知ってから、正太郎がこのテープを聴くようになったと。
未明、喜代美が布団を脱け出した。糸子が追い付いて話を聞くと、梅丈岳に行くという。
「梅丈岳でかわらけを投げれば願いが叶う」という正太郎の話を思い出したのだ。
糸子は一緒に行くことにする。
梅丈岳を上りきった糸子は、かわらけ売り場の箱に金を入れると
両手いっぱいにかわらけを抱えて、喜代美に好きなだけ投げるように促した。
もういっぺん、おじいちゃんに会えますように。おじいちゃんが天国で、幸せになりますように。
しばらく願っては投げ、願っては投げを繰り返し、ようやく喜代美は落ち着く。
それを見た糸子は、喜代美にかわって投げ始めた。
喜代美が元気になりますように。喜代美が笑ってくれますように。
喜代美のことばかり願って、糸子はかわらけを投げ続けた。
やがて、糸子は誤って財布を投げてしまう。慌てて柵を乗り越えて下りようとする糸子。
「愛宕山」の一八そのままの姿に、喜代美はつい笑みを漏らしてしまう。
その笑顔に糸子は驚き、喜び、喜代美を抱き締めた。
そして9年後━━。
第2週「身から出た鯖」2008/04/07-2008/04/12
【第7回】
正太郎が亡くなって9年。
喜代美は高校三年生になっていた。しかし相も変わらぬビーコのままだった。
同級生の清海は周囲の羨望を集めるエーコの座を維持していた。
そして喜代美が愚痴る相手もまた、変わることなく順子であった。
一方、正典は若狭塗箸製作所を退職し、和田塗箸店を開業することになった。
学校では、学園祭のステージ発表の参加者を募っていた。
順子は喜代美に、主役になれるチャンスだと焚きつけるが、喜代美は「主役」という座は不可能だからと諦める。
思い上がらないように自らを戒めるために持ち歩いている「石」を見つめながら。
小学校の遠足の時に拾った、古ぼけた石。清海がキラキラ光る石を拾ったのと、それもまた対照的であった。
喜代美は教師から、地元の短大の推薦入試をすすめられる。
順子は喜代美に、他人の勧めに乗るままに人生を決めてもいいのかと、喜代美の進路に疑問を呈した。
帰宅すると、喜代美の部屋に清海がいた。学園祭で一緒に三味線ライブをしようと提案しに来たのだ。
しかし喜代美は、華やかな場は苦手だからと断る。
清海は、喜代美の手にある石に目を留めて、自分もその日の石を持ち歩いているのだと言った。
そして「思い出の交換」をしようと清海は申し出、ふたりは石を取り替えた。
清海は学校で、教師から進路を尋ねられた。
大阪の大学を受験するつもりだ、と答えた清海の手にある古びた石に、教師は気付いた。
その石は、恐竜の化石であった。発見者として顔写真つきで新聞に紹介される清海。
清海は喜代美に謝るが、喜代美は騒がれるのは苦手だから、清海が発見したことにしてほしいと頼んだ。
夕方になって喜代美は堤防で、またも順子に胸中を吐露していた。
なぜ自分がしたことまで、エーコの手柄になるのかと。それに対し順子は言った。
「あんたが持っとったら何十年たってもただの石ころのまま。
その石かてエーコが持っとった時ほど輝いとらんのと違う? 」と。
喜代美は「綺麗な石」が、言い訳と嘘の笑顔で逃げ続ける自分を
映しているように思われて、訣別のためにその石を投げ捨てた。
喜代美は急いで帰宅すると、慌ただしく小梅のもとに走り、頼んだ。
学園祭に出るために、三味線を教えてほしいと。
【第8回】
三味線を教えてほしい、と小梅に頼み込んだ喜代美。糸子は、喜代美の無器用さを理由に難色を示す。
しかし小梅は、かつて三味線の基本「ち・り・と・て・ちん」の指使いができずに挫折した喜代美が
再び三味線に意欲を見せたことを評価し、翌日から稽古をつけることにする。
その初稽古、喜代美とともに教わる清海が小梅に挨拶する。
その礼儀正しさに、小梅はすっかり清海を気に入った。その様子に喜代美はむしろ戸惑いを覚える。
初めて三味線を手にする清海は、要領を掴めない。小梅は喜代美に、構え方の手本を見せるように言う。
喜代美にとって初めて、清海より優位に立つことができた経験であった。
その晩、喜代美の家族は演目を何にするのかを論じていた。
SAY YESやWON'T BE LONGを推す小梅、荒城の月で無難に固めたい正平、イパネマの娘や
カリフォルニア・ガールを希望する小次郎。正典のツッコミも入り会議は紛糾する。
そこに糸子が「ふるさと」を提案する。演歌なんて、と喜代美は不本意だが、半ば強引に押し切られる。
和田塗箸店の開店日。糸子は接客の練習までしたが、松江がひやかしに訪れるぐらいだった。
喜代美が帰宅すると、店を覗き込む女性の姿があった。喜代美の憧れをそのまま具現化したようなその女性は、
喜代美に今日開店したばかりであることを確認すると、颯爽と立ち去った。
三味線を手に、栄光の学園祭で音大の教授が自らをスカウトする光景を妄想する喜代美。しかし現実は。
清海が先に指使いをマスター。簡単な曲も清海が先に弾けるようになり、
とうとう喜代美が清海にアドバイスされる状態に逆転されていた。
そこに、静が挨拶にやって来た。上品で、ソツなく、控え目で。
静お手製の丁稚羊羮の作り方を教えてくれと無遠慮に話しかける糸子と、つい喜代美は比較していた。
散策する喜代美に、友春が声をかけた。
友春は、喜代美は何の取り柄もないが、救済の心でいずれ街の名士になる自分の嫁にしてやる、と言う。
調子に乗って語る友春に、ついに喜代美はバッグで一撃してしまう。
己のダメさ加減はわかっているから挑戦している。しかし、どうあがいても清海に追い付けない。
だんだん喜代美は、三味線の稽古をさぼるようになった。
【第9回】
清海と二人での稽古に耐えられなくなった喜代美は、三味線ライブに順子を引き入れる。
さらに沙織、由美子、恵も参加することになったが、人数が増えても喜代美がいちばん上達が遅かった。
一方、和田塗箸店は開業以来一膳も売れない。そこに竹谷が、この店への取材依頼が来た、との話を持ってきた。
高校の昼休み。喜代美は、自分の弁当が茶色いおかずだらけなのを嘆く。
清海の弁当は目にも華やかで、周囲の女生徒から絶賛されている。
喜代美は、静と清海が仲良く語らいながらおかずを詰める光景を想像して溜め息をついた。
喜代美は、弁当箱の中の謎の物体に気付く。へしこの匂いのそれを一口食べて、喜代美は顔を歪めた。
帰宅した喜代美は糸子に詰め寄るが、糸子は意に介せず、大人の創作デザート、へしこ丁稚羊羮だと言う。
喜代美の文句を聞こうともせず糸子は、折から降り出した雨に、庭の洗濯物を取り込みに出ていった。
満艦飾に洗濯物をぶら下げられた部屋で喜代美はひとり、三味線の稽古。
しかしあまりの鬱陶しさに、三味線を無造作に置くと不貞寝してしまった。
迎えた取材の日。またも三味線の稽古で喜代美だけがとちり、小梅は休憩を入れる。
清海や順子は、音響などの裏方のうち、照明だけがまだ見付からないと話し合っている。
ふと喜代美が庭に目をやると、塗箸店オープン日に出会った女性がいた。
彼女こそが今日の取材者、フリーライターの緒方奈津子だった。華やかな職名にクラクラする喜代美。
そして工房で初対面の挨拶をされた小次郎もまた、別の意味で奈津子にクラクラきたようだった。
台所では糸子が、奈津子をもてなすための郷土料理を準備していた。
小次郎は手伝おうとして見つけたへしこ羊羮の強烈な味に、何かを思い付く。
稽古再開、弾き始めると、異音がした。喜代美の三味線の皮が破れたのだ。
小梅はこの日の稽古を終わらせ、一同は解散した。
小梅は、喜代美の心根が曇っていること、それを反映して音も曇っていることを指摘する。
学園祭に出るために一生懸命やるなら、皮を張り替える費用を出してやる。
最後までやり遂げる自信はあるのかと小梅は言うが、喜代美はそれに頷くことができなかった。
それは、学園祭のステージを諦めることでもあった。
【第10回】
奈津子による正典への取材が続く中、台所では小次郎がなかば楽しそうに、怪しげな作業をしている。
取材が終了し、和田家の居間に奈津子への料理が並ぶ。小梅の三味線演奏も加わり、奈津子はご満悦だ。
食後、小次郎が竹谷にデザートを差し出した。変わった食べ方をするものらしい、食べ方の見本を見せてほしいと。
竹谷がデザートを眺めている間に、トイレから戻ってきた奈津子がさっさと完食してしまい、倒れ込む。
小次郎が出したのは、へしこ羊羮に抹茶や唐辛子を振りかけたものだったのだ。
奈津子が帰ったあと、竹谷はカンカンだった。正典のために協力してやったが「和田の塗箸は終わりだ」とまで言い放つ。
糸子は畳に頭をすりつけんばかりに、竹谷に今後も見捨てないでくれと頼み込む。
喜代美は、糸子がしでかしたことでもないのに、みっともないほど真剣に頭を下げたのが理解できない。
糸子はそんな喜代美に、正典との馴れ初めを話し始める。
箸職人の修業中の正典は、箸を扱う店を片端から見て研究していた。糸子の実家は、母子で切り盛りする小間物屋だった。
やがて糸子の母が倒れ、困り果てた糸子のために、正典は修業を捨てて鯖江に来てくれた。
そのため、正典には立派な箸職人になってほしい。そのためなら何でもできる、と糸子は言い切った。
翌日、糸子が塗箸店の開店準備をするも、正典は店を開けなくていいと言う。満足いく箸ができるまで、店は閉めると。
学校では喜代美が、学園祭に出ないことにしたと順子に明かす。そこに、三味線ライブのメンバーが集まる。
ステージに出ないなら照明係をしてくれと頼まれ、つい喜代美は「ええよ」と引き受けてしまった。
帰宅すると糸子が、横断幕や大漁旗を準備していた。喜代美のステージに家族総出で応援に行くから、と。
照明係になったから学園祭に来るな、という喜代美は糸子と口論になる。
「子供の心配するのは親の仕事や」という糸子を部屋から追い出した喜代美は、泣くのをこらえていた。
学園祭当日。喜代美は薄暗い照明ブースに腰を下ろしていた。
「続いては学園のアイドル、ワダキヨミさん!」とのアナウンスに、会場はエーココールで盛り上がる。
喜代美は照明のスイッチを入れ、ステージの清海たちにライトを当て始める。
【第11回】
三味線ライブが始まった。舞台上で「ふるさと」を弾きながら歌う清海たちを、喜代美は照明を調整しながら見つめていた。
サビに差し掛かり、喜代美は清海にスポットライトを当てる。朗々と歌い上げる清海。客席は皆が、拍手を送っていた。
夕暮れの防波堤で、喜代美は涙ながらに、学園祭をもう一度やり直したいという後悔と愚痴を順子にぶつけた。
順子は今さら遅いと突き放した後、人生はこれからやと説いた。
あんたの人生の主役はあんた。どーんと人生のど真ん中を歩いていけばいい、と。
喜代美は、順子に抱きついて大声で泣き出す。順子に、鼻水がつくからやめろと引き剥がされても。
このとき以来、喜代美は小浜から出たいという思いが強まっていった。
しかし何をするでもなく月日が過ぎ、何となく地元の短大の推薦入試を受け、気付けば高校の卒業式を迎えていた。
式の後、同級生たちの輪の中にいた清海がふと喜代美に気付くと、駆け寄った。
大阪の大学に行くことが決まった清海は、新しい住所のメモを喜代美に握らせて、いつでも遊びに来てほしいと笑いかけた。
休業状態の和田塗箸店に、奈津子が訪ねてきた。
奈津子は正典に「サブリナ」の最新号を差し出す。塗箸店の取材記事は、巻頭特集になっていた。
小梅は正典に、修業を捨てて鯖江に暮らした10年間を悔やんでいるのかと聞く。
糸子や子供たちと過ごした時間や出来事は遠回りだったかもしれないが、無駄ではなかっただろう。
生きてきた経験は箸に伝わり、その箸を奈津子も気に入ってくれたのだからと。
やおら正典は立ち上がり、店頭の札を「営業中」にひっくり返す。家族は拍手で応えた。
喜代美は自室で奈津子から、取材企画が一度は立ち消えになりかけたと明かされる。
しかし他の企画が進む中、塗箸を紹介したい思いが強くなった。周囲に迷惑がかかっても、クビになってもやり遂げたくなったと。
喜代美は強い感銘を受ける。何の才能があるわけでもないが、変わらなければいけないとの思いを新たにする。
奈津子は喜代美に、かつての自分を見ているようだと笑いかけ、名刺を差し出す。いつでも連絡してくれと。
一人になってから喜代美は、落語のテープを手にした。その胸に、正太郎の「ぎょうさん笑え」の言葉が蘇っていた。
【第12回】
和田家の夕食。喜代美の高校卒業祝いをどうしようかと話が弾む。
糸子は商店街ののど自慢大会に出て一等をとり、賞品のハワイ旅行を卒業祝いにすると自信満々だ。
そんな中、友春が花束を抱えて訪ねてくる。和田家の面々の前で、喜代美と結婚を前提に付き合ってやると言う。
反対する家族と友春は、当の喜代美を無視してヒートアップする。
とうとう喜代美は、ひとの人生を勝手に決めるな、大阪に行くと宣言する。
糸子は止めるが、喜代美は決心を変えない。
あげく、「おかあちゃんみたいになりたくないの!」という言葉をぶつける。
糸子の顔がこわばり、うつむく。そして正典が喜代美の頬をひっぱたいた。
「おかあちゃんに謝れ」という正典。喜代美は目に涙をためたまま言葉が出ない。
糸子が抑揚のない声で「もういい、やめて」と言った。喜代美は部屋に引き上げ、荷物をまとめ始める。そこに正平が入ってきた。
あんなふうに切り出す気はなかったのに、と悔やむ喜代美に正平は、一晩よく考えたらどうかとだけ伝えて立ち去った。
朝になり、糸子は何事もなかったかのように喜代美に声をかける。のど自慢に一緒に行かないかと。
喜代美は行く気もなく、そのまま部屋に戻る。糸子は小次郎とともにのど自慢大会に赴く。
荷物を準備し終えた喜代美は家を出る前に、工房に立ち寄る。
箸作りにいそしむ正典に、「後悔ばかりの箸にはなりたくない。喧嘩して家を飛び出したことも
きれいな模様になれるように生きるから」と言い、「行ってきます」と頭を下げた。
正典はもはや何も言わず、出ていく喜代美をただ目で追うだけだった。
ホームで電車を待つ喜代美に、小梅が「忘れ物や」と三味線を渡した。
喜代美の決意を理解して、破れた皮も張り替えてあった。喜代美と小梅は笑顔を交わした。
列車に揺られ、喜代美は窓を開けた。ちょうどそのとき、丘の上ののど自慢大会は、糸子の番だった。
マイク片手に「ふるさと」を歌う糸子。歌いながら糸子は、走り行く列車に喜代美の姿を認めた。
喜代美に聞かせんとばかりにいっそう声を張り上げる糸子。列車の窓から身を乗り出す喜代美。
「ふるさと」を歌う糸子の声と、「おかあちゃん!」と叫び続ける喜代美の声が交錯した。
やがて糸子の姿は流れ去り、客席に座り直した喜代美はただただ泣き続けた。
第3週「エビチリも積もれば山となる」2008/04/14-2008/04/19
【第13回】
大阪に着いた喜代美は早速、奈津子からもらった名刺に記された連絡先に電話をかける。
しかし留守番電話のメッセージは、四月半ばまで取材旅行で不在だと告げていた。
小浜の和田家でも、喜代美と前後して奈津子に電話を入れて同じ留守電メッセージを聞いていた。
なぜ奈津子に連絡もせずに飛び出したんだ、いやむしろ今夜からどこで過ごすんだ、と一家は喜代美を心配した。
喜代美は、一夜の宿も決められずに大阪の町をさ迷っていた。最後の手段、清海に連絡を入れて、迎えに来てもらった。
喜代美をマンションに通した清海は、和田塗箸店に電話をかけ、現在の状況を糸子に伝えた。
喜代美は、奈津子と連絡がつくまでいさせてくれと、清海に頭を下げる。
清海は一人でいるのも寂しいから、むしろずっといてくれてもいいと言う。
翌日、二人は一緒に町に買い物に出た。喜代美はわだかまりを忘れたような笑顔だった。
大阪で何をするのかと清海に聞かれ、わからないがここには何でもある、何にでもなれそうだと喜代美は答えた。
小浜では、正典が秀臣に会おうと、手土産を提げて若狭塗箸製作所を訪れていた。
応接室に通された正典が見たのは、すでに並んで座って秀臣と静に手土産を渡している糸子、正平、小次郎の姿だった。
喜代美が清海に世話になっているお礼と挨拶のために同じ行動をとっていたのだ。
製作所の入り口の手前では、同じように手土産を持って訪ねてきた小梅が、秀臣に頭を下げるのは癪だしと二の足を踏んでいた。
喜代美は順子に、清海宅にいることを報告した。仲良く過ごせていることを話す喜代美を、順子は意外に感じた。
「新しい自分になれそうな気がする」という喜代美に順子は「あんたがそう思うならいいけど」と、手放しで喜ぶ様子はなかった。
電話を終えた喜代美は、清海が作った夕食に驚く。
料理本のエビチリのページに目を留めた喜代美は「明日は私がごはんを作る」と申し出た。
翌日。喜代美は下ごしらえとして、エビの背ワタを一尾また一尾と取り除いていた。
そこに清海が、同じ大学の友人を二人連れて帰ってきた。
エビと地道に格闘する喜代美を置いて、どのサークルに入ろうかと盛り上がる三人。
喜代美は早くも、夢も意欲もしぼんでしまうように感じていた。
【第14回】
清海の大学に「なんで大阪に出てきたの?」と話題を振られた喜代美は、うまく答えられない。
清海はとっさに、知り合いのライターの元でライター修業するのだとフォローする。
喜代美は、自分の要領の悪さをまたも痛感した。
落ち込んでいると、いつの間にか清海がエビチリを炒めていた。
喜代美がチリソースの下準備をしたのに。エビの背ワタもちまちま取ったのに。
爆発した喜代美は、清海のマンションを飛び出してしまった。
悪いのは自分だとはわかっているが、清海と一緒にいたのではいつまでも「影」から脱却できない、と。
小浜の衣料品店では、糸子が下着売り場のパンツを品定めしていた。
せっかく選んだ毛糸のパンツは値引き対象外。せめて一割だけでも安くしろと店員と押し問答する糸子。
幸助が「喧嘩するな」と割って入った。
魚屋食堂で糸子は、清海のマンションに厄介になる喜代美にパンツを送るのだと野口親子に説明した。
清海と一緒なら、何もできない喜代美でも安心だろうという糸子に、
順子は「何があっても天災やと思って乗り切れ」と言うのであった。
とうとう行き場をなくした喜代美は、天神の境内に腰を下ろして落語のテープに目を落とす。その時。
「野辺へ出てまいりますと…」耳になじんだ一節が、聞こえてきた気がした。
その声に導かれるように歩き出す喜代美。「…麦が青々と伸びて、菜種の花が彩っていようという本陽気。…」
門の格子戸を開けて庭に入ると、背中を丸めてしゃがんでいる一人の男がいた。「…その道中の、陽気な、こと。」
「おじいちゃん」と無意識のうちに喜代美が呼び掛けると、男性は立ち上がってこちらを向いた。
喜代美は男性宅で、ありあわせの食事をいただく。人心地ついた喜代美は男性に、
先程のは落語ですよねと聞き、続く長唄「扇蝶」を口ずさむ。と、男性の目の色が変わる。
その時、男性宅に借金取りが押し掛けてきた。喜代美は、自分が借金のカタに遊郭に売られる妄想に陥り、青ざめる。
喜代美が台所の鍋をかぶり、ホウキで武装して居間に戻ると、男性の向かいにもう一人、若い男が座っていた。
喜代美が若い男にホウキを振り上げたとき、若い男の声が聞こえた。
「師匠。ただいま戻りました」
ししょう? 動きを止めた喜代美と、振り返った若い男の視線が合った。
【第15回】
喜代美に、若い男は「お前は何者だ」と聞く。眼光鋭く、凄味のある男に、喜代美は返事もできない。
初老の男性は、喜代美がふらりと現れたと説明するが、男は怪しむ。
鍋とホウキで武装する喜代美を変な格好だという男。喜代美も「そっちかて変や」と応戦するが、
相手の逆鱗に触れたようで「このスーツのどこが変なんや!」と怒鳴られ、喜代美は涙目になる。
男性は喜代美を慰め、どさくさに紛れて手を撫でさする。そして、酒が切れたといって居間を出ていく。
居酒屋「寝床」で、男性が店のストックの酒を勝手に一本持っていこうとすると、慌てて咲と熊五郎が出てきた。
若い男が、男性を連れ戻しに店に入る。手をつかまれたままの喜代美も連れ込まれた。
「何ですか、この人たちは」と腹を立てる喜代美に磯七が「あの二人は落語家や」と教える。
徒然亭草若と、弟子の草々。かつて一世を風靡した名門だが、今は酒に溺れて借金まみれだと。
落語もできない噺家は生き恥さらすようなものだ、早いこと死にさらせという磯七に、草々が激昂する。
店内で始まる大喧嘩。止めようとした喜代美は突き飛ばされ、水をしたたかかぶる。
小浜の和田家では糸子が、喜代美に送る小包を荷造りしていた。乾物や毛糸のパンツを緩衝材がわりに詰めている。
そこに、清海から電話がかかってきた。喜代美が出ていったまま帰らないと。
エビチリを代わりに炒めたことがショックだったらしい、と清海は説明したが、糸子は話が見えず理解できなかった。
喜代美は草若の家で、ずぶ濡れの服が乾かしつつ、草々の着物を拝借して着ていた。
喜代美は草若に、なぜ落語をしないのかと聞く。スポットライトを浴びて生きてきたのに、と。
才能の無駄遣いだとなじる喜代美に、草々が「出ていけ」と一喝する。
帰ろうとした喜代美は間違えて奥の部屋に入ってしまい、転倒する。
草若が電気をつけると、雑然と落語の用具が置かれた小部屋に喜代美が座っていた。
ここまでの自分をくしゃみ混じりに語り、愚痴り、最後には倒れてしまった。
眠る喜代美を看病しながら草々は、草若に「何も知らん女が言うことですから、気になさらないで」と、慎重に言った。
草若は無言で、ただ微笑んで草々の頭をくしゃっと撫でるばかりだった。
【第16回】
草若邸。朝食の支度をする草々が、食器を落として割ってしまう。その音で喜代美は目覚める。
草若は前日の喜代美の一人語りを「くっしゃみ講釈」のようだと言い、落語に詳しいのかと聞く。
喜代美は、たまたま愛宕山だけ、祖父とテープで聞いていたから知っていたのだとこたえた。
喜代美が庭のタンポポを眺めていると、草々がむしり取った。
何をするのかと言う喜代美に、草々は「師匠に『なぜ落語をしないのか』と言うな」と睨みつける。
理由を聞いても「言うな」の一点張り。喜代美が承諾すると、今度は不安そうに「このスーツ、そんなに変か?」と言い出した。
喜代美が正直に「時代遅れだし、サイズも合っていない」と指摘すると、草々は悩みながら居間に戻った。
喜代美は出ていこうとするが、草若はそれを受け流すように寝床に三人分の出前の電話を入れていた。
清海のマンションに、糸子が突然訪ねてくる。喜代美宛ての小包を送ろうと郵便局に行ったが、箱を抱えたまま大阪まで来てしまったのだ。
ちょうど、部屋の電話が鳴った。糸子は清海を押し退けるように電話をとる。
「もしもし、喜代美け?」
草若邸の黒電話を握って喜代美は驚いた。間違えて実家にかけてしまったか。
どこにいるのかと糸子が詰問したとき、熊五郎が「寝床の者だ」と出前を持ってきた。
今日こそ金を払ってもらうぞ、という物騒な声に糸子は心配を募らせる。
糸子は清海の手に干物を数枚持たせると、再び箱を抱えて飛び出していった。
代金を払うあてのない草若は、死んだふりをすると喜代美に言う。喜代美は話をあわせ、熊五郎に「草若は死んだ」と伝えた。
真に受けた熊五郎は、せめて最後のカレーうどんはタダでいいと言う。さらには香典も出すと。
それはいくらなんでも、という喜代美と熊五郎は押し問答になる。ラチが明かず、とうとう草若は「もらっとけ」と起き上がる。
熊五郎は腰を抜かし、カレーうどんをそのままにして帰っていった。
夜。喜代美はカラの丼を返しに、寝床の前に立っていた。中では熊五郎たちが、草若に対する不満を口々に語っている。
険悪な雰囲気に、喜代美は店の前をうろつく。そこに、ぶつかってきた人があった。
「『寝床』…。あった~」糸子だった。喜代美と糸子、親子の再会であった。
【第17回】
喜代美と再会した糸子は、一晩世話になった落語家に挨拶しようと草若邸を訪れる。
しかし草若と草々の風体を見るなり、喜代美を連れ出そうとする。
清海のマンションには戻りたくないと反発する喜代美。草若は段ボールの中の若狭鰈を勝手にあぶっている。
糸子は喜代美に、大阪まで出てきて何になりたいのかと聞く。ケーキ屋とか学校の先生とか、夢はないのかと。
喜代美は、勉強ができれば弁護士になるし綺麗ならモデルになるとも言える。何でこんな風に生んだと糸子をなじる。
草若は、他に酒のアテはないかと段ボールを引っくり返した。飛び出す毛糸のパンツ。
草々はうろたえて座を外した。喜代美は糸子のおせっかいに腹を立て、玄関から外に出た。
表で草々は喜代美に、生んだ子の悪口を母親の前で言うなと諭した。
そこに気の弱そうな、田中と名乗る男性が訪ねてきた。
熊五郎は咲・磯七・菊江の加勢を受けて、ツケを払ってもらうべく直談判しようと草若邸に入った。
中にいる気弱な男性を見た磯七は、あれはあわれの田中だと解説する。
あまりのあわれさに債務者もおまけつきで返済してしまう、大阪一の凄腕の取り立て屋なのだと。
田中は、今日返してもらえば月に二度目の食事ができるという。
つい、熊五郎が代わりに払おうとして咲に止められる。糸子はわかめを勧め、草若は酒と漬物を出してやろうとするが、
田中はそんな歓待されたら明日にも事故死しかねないと固辞した。
そして田中と喜代美は、それぞれのあわれ体験を語り合う。田中は、喜代美の背わた話に共感し、
もう取り立て屋はやめてやると決意して草若邸を去るのであった。
一同は喜代美を「あわれのチャンピオン」と称して盛り上がるが、当の喜代美は草若邸から立ち去った。
喜代美は糸子に、小浜に帰ろうと言う。自分を変えるために出てきた大阪でも、
あわれのチャンピオンを払拭できなかったと。
とぼとぼと歩く喜代美の背後に、「離れの空き部屋、六畳一間や」の声がとんできた。草々だった。
家賃は格安、男所帯だが咲が目を光らせてる、番犬二匹飼ってると思えば安全だと、草々は懸命に説く。
まだ話をつかみきれない喜代美。草々は喜代美の頭に手を置いて目を見つめた。
「ここに、おってくれ。ここで一緒に暮らしてくれ!」と。
【第18回】
「一緒に暮らしてくれ」という草々に喜代美は「出会ったばかりなのに。それにまだ18歳だし」と勘違いする。
草々は「師匠のためだ」と切り捨てる。酒に溺れて無気力の日々が続いて三年。
喜代美が迷い込んで急に生き生きした。いてくれればいつか、落語への意欲も戻るのではないかと。
草々は喜代美を草若邸に連れ戻し、離れに住まわせるよう懇願する。
糸子まで、喜代美を置いてやってくれと頭を下げ始めた。小浜にはもう、喜代美の帰る家はないからと。
草若は喜代美に「ここにいれば一つだけええことがある」と言った。
「ここにおったら一人やない、ということや」と。
翌日。草々が自室で一人、落語の稽古をしていると、何やら隣室からコンコンと音がしてきた。
喜代美の部屋で糸子が、箒掛けにしようと長い釘を打っていたのだ。
草々は何気なく、自室まで貫かれた釘の先端を引っ張る。と、釘もろとも壁に大穴が空いてしまった。
草若邸に奈津子が訪ねてきた。予定より早く大阪に戻れて、留守番電話を聞いて来たのだという。
奈津子は喜代美に、アシスタントをしないかと申し出てくれた。
奈津子が去ると、入れ替わるように草々が庭に入ってきた。前日と同じようにタンポポを手折る草々。
文句を言おうと喜代美が後を追うと、草々は草若の部屋に入った。
写真が立ててあり、その前に置かれた花入れにタンポポを挿した草々に草若は「おおきに」と言った。
糸子は喜代美に、煮物の作り方を5品ほど教える。当面はこれだけ覚えればよかろうと。
喜代美は、相変わらず糸子の料理は茶色いとこぼす。
そして、小浜に帰る糸子を送りに、並んで大阪の町を歩いた。
道すがら「ここまででいい」という糸子に、喜代美は「駅まで送る」と言う。
駅の改札で糸子は再び「ここでいい」と言う。ホームまで、という喜代美に対し、今度は「あかん」と断った。
喜代美もそれ以上は食い下がらず、互いに「気を付けて」と言葉を掛け合って別れた。
離れの自室で、煮物の器を眺める喜代美。高校時代の弁当でも見飽きたはずの茶色いおかずが
愛しくなって、喜代美は器を抱いて涙を落とした。
隣室から、草々が「宿替え」を稽古する声が聞こえてきた。
喜代美は、目隠しがわりに壁に掛けたカレンダーを持ち上げ、草々の姿に目を細めるのだった。
第4週「小さな鯉のメロディ」2008/04/21-2008/04/26
【第19回】
小浜の和田塗箸店。喜代美を大阪の落語家のもとに置いてきた、と糸子から聞いた正典は憤慨する。
すぐにでも連れ戻すと息巻く正典をなだめつつ糸子は、草若はどこか正太郎に似ていると評した。
草若邸では食事時。
草々は目刺しの焼き網は素手で掴むわ、ごはん茶碗や味噌汁椀はどんぶりサイズでおかわりするわと
喜代美の常識を超えた行動を次々と見せつける。
喜代美は、以前は他の下宿人とも食事していたのかと草若に聞くが、草若は「忘れた」とつれない。
食後、草々は喜代美に、草若の過去を詮索するなと釘をさして自室に入った。
喜代美は奈津子の仕事場を初めて訪れる。扉を開けると、足の踏み場もないほどモノにあふれた部屋。
奥で無造作な髪型、大きなフレームの眼鏡を掛けた奈津子が殺気だっていた。
喜代美の顔を見るなり奈津子は「コーヒー淹れて!」とせかした。
喜代美は台所に向かおうとして慌てて、つまずいて転倒していた。
奈津子が一仕事終えると、部屋は喜代美によって綺麗に片付いていた。
奈津子は喜代美に、徒然亭を取材させてくれないかと頼む。
人気タレント、徒然亭小草若を取材したい。亭号から見て、草若の弟子なのではないだろうかと。
喜代美は、草々以外にも弟子がいたのかと初めて意識した。
草若邸に戻ると、若い男が草若に「この家を売ったらどうか」と話を持ちかけていた。
友春を彷彿とさせる風体の男は、喜代美に気付くと金を握らせて「手切れ金だ」と言う。
喜代美を草若の愛人だと勘違いした男は「こんな田舎娘を囲うとは恥ずかしい」と嘆く。
腹が立った喜代美は、バッグで男の顔面をしたたかぶん殴って倒す。
男は起き上がると「底抜けに、痺れましたがな~!」と珍妙なポーズをとった。
草若の息子、徒然亭小草若だった。声を聞き付けたか、草々が出てきた。
夜に爪を切るなと小草若に怒鳴る草々。親の死に目に会えないと言うし、とあっさり流す草若。
たった一日入門が早いだけで威張るなと草々に応戦する小草若は
「いつになったら死ぬんだ」と草若にもくってかかる。
草若はスケジュールが決まったら連絡入れてやる、とだけ言って屋内に引っ込んだ。
小草若は怒りが収まらぬまま草若邸を後にした。残された喜代美は、ただあっけにとられていた。
【第20回】
奈津子は、アルバイトに来た喜代美に、4年前にも落語特集を組んだと話す。
「上方落語三国志」。万葉亭柳眉、土佐屋尊建、そして草々。当時注目の若手だった。
奈津子は、三国志のその後を取材したいという。
草々に取材の話を通してくれないか、と喜代美に頼む奈津子だった。
喜代美が帰宅すると、ちょうど草々が落語会に出かけるところだった。
喜代美は取材依頼をするが、草々はろくに話を聞きもせずに「ついてこい」と歩き出した。
草々は商店街を歩き、スーパーマーケットに入り、店内の階段を上っていった。
店舗の上の広間では、鏡漢助の落語会の準備が行われていた。草々は客席のパイプ椅子を並べ始める。
設営が終わったらもぎり。漢助はそんな草々に駄賃を握らせると、迷惑そうに礼を言って追い立てた。
下り階段の途中でポチ袋の中身を改めると、500円玉が一枚。階上からはおはやしが聞こえてくる。
再び階段を降り始めた草々の背中を、喜代美はただ見つめるばかりだった。
スーパーから戻ると、咲が喜代美を寝床に引っ張り込んだ。中では小草若が待ち構えていた。
喜代美を差し向かいに座らせてご機嫌の小草若。その言動に喜代美はますます、友春に似ていると思った。
喜代美は、小草若や磯七、菊江から過去の草若の話を聞く。
天狗座での一門会のトリをすっぽかし、天狗芸能の社長を怒らせたこと。
多額の借金を、保証人だった会長にすべて肩代わりさせたこと。
その果てに弟子たちが離散し、草々だけが、草若の復活を信じて残ったこと。
小草若は、草々が落語会を手伝って駄賃を手にしているのは、若い落語家たちに迷惑がられている、と明かした。
彼らが、大先輩にあたる草々を手伝わせるのは心苦しいことなのだと。
言うだけ言うと小草若は、草若のツケも込みでたっぷりお支払いすると、賑やかに寝床を出ていった。
喜代美が寝床から戻ると、草若が草々に「出ていけ!」と怒鳴っていた。
草々の将来を潰したくないという草若に、草々は
「師匠と一緒に高座に上がるまではそばを離れない」と宣言して自室に戻る。
喜代美が部屋に戻ると、隣からうなるような声が聞こえてきた。
草々が畳を拳で殴りつけながら叫んでいた。
草々が抱えていた問題の大きさは、この時の喜代美には知るよしもないことだった。
【第21回】
喜代美は、天狗座の取材の待ち合わせをしようと奈津子に電話をかける。
ところが奈津子は、落語三国志の企画はボツになったので行かないと言う。
喜代美は代わりに草々に、柳眉の落語を聞きに一緒に天狗座に行かないかと誘う。
ハタキ片手に姉さんかぶりの草々は一度は断ってから、やはり行くと言った。
天狗座では、漫才に客席は大ウケ。しかし次が落語と見るや、トイレに立つ客が相次ぐ。
草々は「これが今の大阪での落語の地位だ」とぽつりと言う。
出囃子が鳴り、柳眉が登場した。「傾城にまこと無しとは誰が言うた。…」
柳眉の演目は辻占茶屋だった。源太という男が、梅乃という商売女に惚れて、一緒になりたいと願う。
源太はオッサンの助言に従い、梅乃の真意をはかりに出かける。
そして辻に立ち、見聞きしたことから吉凶を占う「辻占」の場面。
草々は険しい顔つきで、柳眉を見つめていた。
終演後、ロビーに出た草々に若い男が声をかけた。尊建だった。
尊建は草々に、辻占茶屋をまたやる気かと問いつつ、協力する下座も上がれる高座もないから無理だろうとあざ笑う。
草々は「鼻毛、出てるぞ」と尊建の話を打ち切る。
慌てて尊建が鼻に手をやるのを見て「嘘じゃ、ボケ」と言い捨てて去る草々だった。
寝床の前で草々は、磯七に呼び止められる。散髪屋組合の寄り合いの、落語つきの食事会に出演してくれないかと。
草々はすげなく断った。磯七は「やはりまだ3年前の辻占茶屋がこたえているのか」と呟く。
草若が穴をあけた一門会。中トリの草々は草若の代わりに高座に再び出て、
当時まだ稽古中だった辻占茶屋をかけて失敗した。
その恐怖を今なお引きずって、草々は高座に上がろうとしないのだろう、と磯七は喜代美に説明した。
喜代美が戻ると、小浜から電話がかかってきていた。
電話の向こうで糸子は、折しもテレビに映った小草若の話題で、ひとり盛り上がる。
同じ草若の弟子でも売れ方が違うものだ、草々も師匠孝行しないと、と言った糸子に
喜代美は怒りをぶちまける。草々は誰より落語と師匠が好きなのだ。このまま終わる人じゃないと。
喜代美は怒りを抑えられないまま、草々の部屋の扉を叩く。
出てきた草々に喜代美は、磯七に頼まれた落語会に出てもらえないかと言うのであった。
【第22回】
勢いで草々に「落語会に出てくれ」と言った喜代美は、3年前の話を聞いたと明かし、辻占茶屋をやってほしいと頼む。
草々は、下座の当てもない現状で、気軽にやれる演目ではないと突き放す。
話を聞いた奈津子は、三味線の経験がある喜代美がお囃子をやればどうかと提案する。
喜代美は、学園祭すら出られなかったほどヘタだから無理だと尻込みする。
奈津子は、草々の力になりたい気持ちがあるなら勉強してみろと、落語小辞典を喜代美に手渡した。
辻占茶屋。梅乃に入れあげた源太は思いあまって梅乃に心中してくれと頼む。
源太に気のない梅乃は、暗闇に乗じて大きな石を川に投げ込む。その音に怖じけづいた源太も石を投げ込む。
後に源太と梅乃は再会する。梅乃は平気な顔で「久しぶり」とのたまう。
怒る源太に梅乃は「娑婆で会うたきりやがな」と舌を出すのであった。
喜代美は帰り道、身を乗り出して川面を見つめる草々を目撃する。
草々が身投げする、と思い込んだ喜代美が駆け寄ると、大きな水音がする。必死に草々の名を呼ぶと、
背後に当の草々が立っていた。自分が石を投げ込んだのだと。そして「用がないなら呼ぶな」と背中を向けて歩き出した。
喜代美は自室でつたない三味線を弾き始める。と、草々が怒鳴り込んできた。
俺はやらんと言っただろうが、と大声を出す草々。喜代美は怯みかけるが、
「柳眉の落語を聞いていた草々は悔しそうだった。やらなかったらきっと後悔する」と言葉を返す。
草若が顔を出した。三味線のひどさに苦笑しつつ草若は草々に、
喜代美がこんな一生懸命なのだ、何かおもろいものができるかも知れんと諭した。
草々は、磯七の依頼を受ける決心をした。
決意に満ちた草々に草若は、あの三味線では下座は無理だと言い放つ。
当日は適当に喜代美に音を出させ、草々自身も適当に喋ったらさっさと高座を降りればいいとまで言う。
呆然とする草々に草若は、落語はお前が思うほど大したものではない、と肩を叩いた。
稽古開始。草々の「いっそ逢わずに去のうかぁ」に続いて喜代美は三味線を鳴らす。
「またしゃんせっ。げ、ん、た、さ、ん…」
「乗れるかぁっ!」草々がイライラして怒鳴る。
喜代美は「すみません!」と謝って再び三味線を一音ずつ弾き始めた。
【第23回】
あまりに三味線の上達が遅い喜代美に、何なら弾けるのかと草々は尋ねる。
喜代美は「ふるさと」の弾き語りを始めるが、サビの直前で手が止まる。
ステージを諦めて照明係に回った過去の挫折を語るが、草々はいつの間にか部屋から消えていた。
草々は、天神さんの境内をそぞろ歩いていた。草々は追い付いた喜代美に、掛け合いが本当にできるのかと問う。
できますと答える喜代美。草々は「信じてええんやな」と念を押した。
ふいに、二人の耳に、子どもたちの声が飛び込んでくる。
━━はずれやぁ、どっちかてはずれや、もう知らんわ。
あまりに縁起でもない辻占に興ざめした草々は、稽古に戻っていった。
喜代美は草若に、草々に「三味線は『ゆかりの月』だけ弾ければいい」と言われたことを話す。あとは唄だけで掛け合いをすると。
草若は「インチキな辻占茶屋やなぁ」と言う。ただ、草々はあれでいて気の小さな男だと告げる。
下座がいるだけで草々は安心するはずだと、草若は喜代美に言う。
不器用だと悲観的な喜代美に草若は、不器用でええやないか、と言う。
「不器用な者ほどぎょうさん稽古する。ぎょうさん稽古した者は誰よりもうまくなる」と。
迎えて当日。散髪屋たちが膳を囲む隣の控室で、草々は落ち着きがない。
そんな草々に喜代美は「私がついてますから」とガラにもないセリフを言う。
草々は喜代美に、座布団を高座に置いてこいと指示する。茶色くて、えらく地味な座布団だった。
座敷を見ると、拍手喝采の散髪屋たち。喜代美はカチンコチンになって控室に戻る。
草々は喜代美に、出囃子を弾けと言う。喜代美が唯一弾ける曲でいいからと。
「ふるさと」の旋律に乗って、草々が高座に上がる。辻占茶屋の始まりだ。
懸命に話す草々の額に汗が浮かぶ。磯七は「ちょっと固いな」と呟く。
「悪い辻占やなあ~」と草々。ここで三味線。…のはずが、静寂。
草々、再び「悪い辻占やなあ!」と合図しつつ横目で控室を見ると。
三味線を構え、目を見開き、全身硬直している喜代美がいた。
やがて喜代美の意識が戻る。指が動き始め、口も開く。最初の音。最初の音!
「まつりーもー ちかいーとー きてきはよぶがー」
草々が目を剥いた。磯七も仰天している。
座敷に「ふるさと」が流れ始めた。
【第24回】
♪まつりーもー ちかいーとー きてきはよぶがー
草々は一瞬ギョッとするが、気を取り直す。
「…そうか、祭りが近いか。梅乃を連れていけと言う辻占かいな」
♪あーらーいざらしーの ジーパンひとつー
「ジーパン履いてアメリカン…祭りというより、カーニバルやな」とリオの女性を表現する草々。
♪しーろーい 花咲ーく ふーるさとがー
「ああ、ふるさと思い出してしもた。サッカーばかりやってたな。元気かなあ、ロドリゲス」
♪日暮れーりゃ 恋しーく なーるばかりー
「沈む夕日を見れば梅乃が恋しい。梅乃の心底を確かめよう」草々は軌道修正に成功した。
どうなることかと気を揉んでいた磯七も安堵した。
しかし喜代美のパニック状態はまだ続いていた。
♪ああ 誰にも 故郷がある 故郷が ある
サビまで歌いきったところで、草々の睨みつける視線に気付いて手を止めた。そして己の失態に深く落ち込んだ。
その一部始終を、隣の小部屋で草若が杯を傾けつつ聞いていたことに、気付いた者はいなかった。
辻占茶屋を語り終えた草々が戻るなり、喜代美は手をついて謝り倒した。喜代美の肩を草々は掴んだ。
「ようやった、喜ぃ公。お疲れさん!」さらに喜代美の頭をがしがし撫でる草々。
喜代美は胸がドキドキしたまま動くことができずにいた。
帰宅した草々は、喜代美が「ふるさと」を弾ききったことを誉める。そして「よく頑張ったな。ありがとう」と笑いかける。
草々が自室に入ってもなお、立ち尽くす喜代美。その耳に、熊五郎の声が飛び込む。「コイや!」
仕入れた鯉を見ながら、熊五郎と咲が鯉のアライを作ろうと語らっていた。喜代美の辻占は「恋」だったようだ。
翌日、草々は喜代美を誘う。下座をやってもらったお礼に、美味いものを食わせる、と。
駄菓子屋のイカ串が、ものすごく美味しく感じられた。見慣れた町並みも輝いて見える。
レストランで草々は、喜代美にオムライスをごちそうする。二番目に美味いオムライスだ、と。
一番は、亡くなったおかみさんが作ったオムライスだ、と草々は懐かしんだ。
草々が会計をしている間、一足先に店を出た喜代美の耳に、
「ビーコ!」清海の声が飛んできた。店から出てきた草々が、清海を見つめる。
『…エーコと草々さんが、出会ってしまいました…』
第5週「兄弟もと暗し」2008/04/28-2008/05/03
【第25回】
清海の顔をしばし凝視していた草々は、自室まで戻って、恐竜の化石を
高校生の頃の清海が発見したと報じた新聞の切り抜きを探し出す。
「わだ…きよのうみさん?」と読み仮名に迷う草々に清海は「きよみです」と訂正する。
そして清海は喜代美と同姓同名だと言い、喜代美は故郷の友達だと説明する。
草々と清海は、恐竜の話題で盛り上がる。喜代美は今更ながら、石の交換に応じた過去を悔やんだ。
清海のことを「喜六と清八そのものだな」と言った草若は、喜代美に「ライバル登場か?」と尋ねる。
うろたえる喜代美に草若は、草々の初恋の相手を教えるという。「次の御用日」のとうやんだと。
15歳の頃の草々は、とうやんの可哀想な話に涙ぐんでいた。草々にとって女の子はか弱くて守ってやりたい存在なのだ、と。
草々は散歩中に、清海を見つけた。見ると、清海に男が話しかけてきた。
清海の大学の先輩、藤吉だった。なぜサークルに出ないのかと藤吉は、清海の手をつかんで食い下がる。
そこに現れた草々が藤吉を突き飛ばすと、藤吉は逃げ去った。清海は草々に、藤吉がコンパ以来しつこかったことを説明する。
「コンパって何や」と根本的なことを聞く草々に清海は、安心したように笑っていた。
一方の喜代美は公衆電話から、魚屋食堂の順子に泣きついていた。
草々が清海のことを好きになってしまうかも知れない。清海を嫌う男など過去にも誰もいなかったと。
順子は、喜代美にいい女になれと説く。それで草々が振り向くかは分からないが、今の喜代美にできることはそれだけだ、と。
奈津子は喜代美に、男は料理ができる女になびくと言い、一面識もない清海に敵意を抱く。
化石を自分が拾った顔をして新聞に載るのみならず、男まで奪い去るなんて…と途中から自分の話に
すり替えて憤る奈津子は一人、「肉じゃが女!あ~!」と絶叫する。
やがて我に返ると奈津子は、化石を拾ったのは自分だと草々に明かせ、と喜代美に言った。
喜代美が帰宅すると、門の前に清海と草々がいた。草々に用がある、と言う清海。喜代美は身を隠す。
清海は、化石を拾ったのは喜代美だと告げる。ずっと心苦しかった、草々にだけは真実を知ってほしい。
真剣な目で語る清海に、喜代美は「いい女」を思い知らされた気がしていた。
【第26回】
化石の本当の発見者は喜代美なのだ、と草々に告白した清海は涙をこぼす。
草々はおろおろして、着ている上着の裾で涙を拭こうとするが、清海は笑顔を作って帰る。
何も言えず立ち尽くす草々。その草々の背中を、喜代美はただ見つめていた。
その晩から草々は、食欲もなく溜め息をつくばかり。草若は「わかりやすいやつやな」と呟いた。
小浜の実家から電話がかかってきた。糸子は「正太郎の月命日に小梅の芸者仲間を呼んだ」と説明する。
帰郷しない喜代美に音だけでも聞かせたくて、という向こうから、ハメを外して踊る正典の声も届いた。
喜代美は一瞬だけでも、失恋の痛みを忘れて笑うことができた。
草々は喜代美に、清海が何か言ってなかったかと尋ねる。
喜代美は「大きいし怖いし…けどいつも一生懸命で可愛い一面もあって、
本当は優しい人だとわかってきて…」と本音を明かすが、思い直して「…と、エーコが」とごまかす。
浮かれて立ち去る草々。一部始終を見ていた草若は「ホンマにアホやね」としみじみ喜代美に言った。
喜代美は、清海の本心を聞くべくマンションを訪ねる。清海も、喜代美に相談したいことがあった。
身構える喜代美に、清海は「タレント事務所からスカウトされた」と言う。
喜代美は草々について聞く。清海は「大学にいない面白いタイプ。社会勉強になる」と微笑んだ。
帰宅して報告すると、草々は傷ついたように背中を丸めて座り込んだ。
公衆電話で苦悩を吐露する喜代美に、順子は「男はいつまでも一人の女をひきずるもの。そばにいてもキツいだけだ」と諭した。
高座に上がる気にもならずに腑抜けている草々。喜代美も何もできず、半年がただ流れた。
草々が落語会に出る気になった。久しぶりのネタだから聞いてくれ、と喜代美は呼ばれた。
草々が話し始めたのは「次の御用日」だった。喜代美の脳裏に、草若が語った草々の初恋話が蘇る。
まだ草々は清海を忘れていない、と確信した喜代美は、噺の途中で自室に駆け戻る。
「すみません、聞いていられません!」
壁の向こうの草々の呼び声を塞ぐように、カレンダーを押さえ続ける喜代美。
そのカレンダーに、正太郎の祥月命日がマークされていた。喜代美は、小浜からの電話を思い出す。
気付いたときには喜代美は、小浜駅に降り立っていた。
【第27回】
喜代美が実家に着くと、皆して言い争いをしていた。聞くと、一人一パック限りの特売の卵を買いに行った回数でもめていた。
竹谷が店に現れた。竹谷は、店頭に置くための安価な箸を持ってきた。
職人気質の正典が安物を並べることを了承したとの話に、喜代美は違和感を覚える。
喜代美を連れて買い物に出た糸子は魚屋食堂の前で、喜代美に喧嘩するふりをしろと言う。
そうすれば幸助が焼き鯖をくれるから、という糸子に喜代美は「うち、お金ないの?」と尋ねる。
糸子は、飛ぶように箸が売れた一時のブームが去ったことを明かす。
思いきって購入した箸の乾燥機は、月賦も終わらぬうちに故障したと。
安価の箸を取り扱い始めたのは、材料を仕入れる金にも困っているからだと。
せめて食費を浮かそうと家族は、魚屋食堂の前で喧嘩のふりをして幸助から鯖をもらっていると。
幸助は事情を知った上で鯖を分けてくれていると。
「なぜ言ってくれなかった」という喜代美に糸子は、「大阪で頑張るあんたに心配させてどうする」と歩き出した。
夕食時。喜代美が何気なく、草若らの食事の支度や草々の下座の話をすると、
正典は「そんなことをするために大阪に出たのか」となじる。
小次郎がとりなそうとするが、正典の矛先が小次郎に向いてしまう。さんざん責められ、小次郎はふてくされてしまった。
大阪では草々が、「聞いていられない」と喜代美に言われたのを、腕が落ちたのを酷評されたと思って落ち込んでいる。
草若は、それが喜代美の里帰りの理由だと感付くと、草々に「『次の御用日』は無理じゃないか」と言うのであった。
寝床では、喜代美に会えない小草若が荒れていた。熊五郎は草若に、喜代美の行方を聞く。
小浜に里帰りした、と聞いて小草若は、情緒があるなあと口笛を吹く。
草々は、夜に口笛を吹くなと詰め寄る。小草若は怯むどころか、草々のわびしい現況をこき下ろす。
草若は、酒代は小草若にツケてくれと言い置いて、さっさと帰ってしまった。
再び小浜。喜代美は小次郎に、とばっちりが行ったことを謝罪する。
小次郎は「喜代美のせいやない。せっかく帰ってきたのにみんな景気が悪くて」と視線をテレビに移す。
喜代美は、せめて正太郎の祥月命日は家族揃って笑顔で過ごせるよう、何とかせねばと思うのだった。
【第28回】
喜代美は家族のために何をしたらいいか思いつかず、順子と浜辺を歩く。
そこに通りかかる、五木ひろし。喜代美は、糸子を呼びに走った。
自宅の工房では、壊れた乾燥機を直そうとした小次郎が、さらに悪化させる。
正典と小次郎が口論になる中、ひろしが、と駆け込んだ喜代美に正典は、でたらめを言うなと怒鳴った。
一人で喜代美が浜辺に戻ると、順子が一人で立っていた。
ひろしはしばらく待っていたが、仕事があるから去ってしまったと説明する順子は、
「魚屋食堂さんへ」の添え書きが入ったひろしのサイン色紙を抱えていた。
商店街では、魚屋食堂の前でテレビ収録が行われていた。小草若のリポート番組だった。
小草若が焼き鯖を紹介するその様子は、寝床のテレビでも放映されていた。
焼き鯖を試食した小草若は「夜に口笛吹いたら泥棒が入るとか言うヤツには味わえない」と笑う。
草々は鬼の形相で、テレビを睨みつけていた。
喜代美は小草若に、撮影後に家に来てくれと頼む。歓喜する小草若。
そこに友春がとんできて、結婚しよう!と一人で話をまとめる。
誰だ、お前こそ誰だ、和田友春だ、徒然亭小草若だ、と応酬する二人だった。
和田家の居間。小草若は「寿限無」を披露するが、あまりの下手さに糸子以外の一同はしらけてくる。
小次郎は、正典は若い頃、円周率を百ケタ言える、と得意がっていたことを思い出す。
正典は、乾燥機を壊したくせに下らないことでごまかすなとまた口論になる。
サゲの頃には誰も小草若の話を聞いておらず、空気は冷えきっていた。
正平は耐えきれず正典に、高校を出たら働くから学費を気にせず箸を作ってほしいと告げる。
小梅は正平に、賢くて冷静だと誉める一方で、子どもに気を使われて喜ぶ親はいないと諭した。
喜代美から小草若に何の特別な感情もないことを確認して、友春は心底喜ぶ。その姿に喜代美は、ひとつの将来像を妄想する。
鐘の鳴り渡るチャペルでの挙式。
今日からは社長夫人やと囁きながら巨大な指輪をプレゼントする友春社長。
若くして逝った友春の枕元で号泣する妻・喜代美。
遺産を得てプールサイドでバカンスする未亡人・喜代美。
「…あんたと結婚するいう道も、あったんかも知れんねぇ」
喜代美の呟きは、さらなる騒動の火種となるのであった。
【第29回】
正太郎の命日を迎えても、和田家の空気は冷えきっていた。
そこに、秀臣と友春が訪ねてくる。喜代美の一言を真に受けた友春が、本気で婚約する気になっていた。
秀臣は縁談から踏み込んで、窮状に陥っている塗箸店を合併させたいと提案する。
頑として反対する小梅は、秀臣が仏壇に向かうことすら拒絶した。
小梅の機嫌まで損ねてどん底状態の喜代美の視界に、ずんずん近付いてくる草々の姿が入った。
草々は、小草若の「小さいこと言うヤツは味わえない」の一言が癪で、焼き鯖を食べるためだけに小浜まで来たのだ。
和田家の縁側で、鯖に喰らい付く草々。喜代美は失恋の当の相手がそばにいるのがつらかった。
喜代美は小梅に、友春との縁談を受けてよいかと尋ね、工房に逃げ込む。
正太郎の写真と対面した喜代美は、ぎょうさん笑えとの正太郎の願いもかなえられない現状に泣き出す。
和田家の面々は「喜代美は失恋した」との糸子の推測に驚く。
においで分かる、涙のにおいだと言う糸子。小梅は、急に友春と結婚する気になった理由を理解した。
失恋したから帰郷したのだと思い至る正平。
帰ってきたときに元気がなかったことを思い出す小次郎。
むしろ帰ってきてから一度も笑顔を見ていないと指摘する糸子。
ひろしの話をしたり小草若を連れてきたりと行動を起こしていたことに気付く正典。
そして小梅は、家族を元気付けようとしていた喜代美の真意を悟った。
工房では草々が、自分の落語の欠点を言ってくれと喜代美に迫っていた。
喜代美は「聞いていられない」の本当の意味を説明できるわけがない。
喜代美は話のはずみで、小草若が和田家で落語をかけたことを口にする。
草々は、どうせ寿限無だろ、あれしかできないのだ、と妙に生き生きする。
喜代美が申し訳なさそうに「けっこう面白かった」と言うと、草々は睨みつけて、もう一度「次の御用日」を聞けと言う。
あれから毎日稽古したのだ、とさらなる熱演を見せる草々。喜代美は、草々への想いを再認識する。
いつしか和田家の面々が、工房の入り口に集まっていた。草々の噺に、喜代美が笑う。家族も笑う。
サゲまで終えて草々が頭を下げると、和田家の一同は笑顔で拍手を送った。
期せずして、正太郎の命日に家族全員の笑顔を見ることができたのであった。
【第30回】
居間に戻った和田家は草々の話を聞く。
小草若とは一日違いの入門で、自分の方が兄弟子だと強調する草々。
仲良くしたらいいのに、と言う正平に小梅は、仲が良いゆえにつまらないことで張り合うのだと、正典と小次郎を見やった。
小次郎は本当は、円周率を100桁言える正典を格好いいと思っていたと明かした。
草々は、正平が箸の切れ端で作った像に目をとめ、福井竜か、よく復元したと一人で興奮する。
店には、建具屋から乾燥機をタダで借りられる話を取りつけたと、竹谷が訪ねてきていた。
仏壇の正太郎の遺影と対面した草々に喜代美は、正太郎がよく落語のテープを聞いていたことを話す。
今はテープが切れて、と言う喜代美に、正平は「つなげばまた聞ける」と修復を始めた。
喜代美は、草々に兄弟がいるのか聞く。草々は「昔は兄が一人、弟が二人いた。皆いなくなった」と答えた。
喜代美がその意味を問おうとしたとき、正平が「できたで」と声をかけた。
工房で喜代美は、テープを再生させる。耳に懐かしい「愛宕山」が蘇った。
「草若師匠の声だ」と呟いた草々の目に、見る見るうちに涙があふれ出した。
これが、俺がもう一度会いたい師匠なんや。流れる涙もそのままに、草々は聞き入っていた。
夜、草々は大阪に帰った。糸子は喜代美に、正太郎の命日は終わった、あんたも大阪に帰れと言う。
自分のことで手一杯だったのが、家族を元気付けるために奔走した。大阪に行って喜代美は変わった、と。
正典も「子どもは、親が放っといても勝手に成長するのかも」と続けた。
正平は、やはり大学に行って恐竜を研究したいと告白する。正典は、好きにしろと穏やかに言う。
そして一同は喜代美に、早く大阪に帰れと、手拍子まで打ってせきたてた。
翌日、喜代美が去った縁側に正典は立っていた。
「3.1415926535…」円周率を延々と唱える正典。小次郎が見上げる。
小次郎にすごいと言われたくて円周率を覚えたのだと、正典は明かした。
一方、若狭塗箸製作所では秀臣が、乾燥機に関する竹谷の報告を聞いていた。
秀臣は、自分の名前を出さずに話を進められたか、と念を押した。
大阪、草若邸。「ただいま帰りました」と言う喜代美に草々は、やぶから棒に
「俺の妹になってくれへんか」と切り出すのであった。
第6週「蛙の子は帰る」2008/05/05-2008/05/10
【第31回】
草々は、再び草若の落語を聞きたいと思い始める。その手始めに、喜代美に「妹になってくれ」と頼む。
草々との打ち合わせ通り、草若に「弟子にしてくれ」と喜代美が言うと、草若はあっさり許可する。
踊り上がる草々。すかさず草若は喜代美に、一緒に風呂に入ろうかと言う。弟子は師匠の背中を流すものだと。
仰天した喜代美が「破門にしてくれ」と叫ぶと、草若はこれまたあっさり「根性ないな」と言った。
草々と喜代美の芝居は、はなから草若に見抜かれていたのだ。
そしてまた、草々は離れの自室で一人、稽古を繰り返す毎日に戻った。
喜代美はそんな草々の落語を子守唄がわりに眠る、贅沢な時を過ごしていた。
いつしか喜代美は、奈津子のマンションで作業しながら「瀬をはやみ~」と呟くようになっていた。
草々が稽古している「崇徳院」の一節だった。
「崇徳院」のあらすじを熱っぽく説明する喜代美に、奈津子はおかしそうに笑う。
そして、落語の話をする喜代美は楽しそうだと言う。
喜代美は、草々の落語が面白いからだ、ぜひ一度聞いてくれと力説する。
奈津子は、それなら落語会を開いたらどうかと提案する。そうすれば、いろんな人に聞いてもらえると。
喜代美は磯七の店に駆け込み、落語会を開くにはどうしたらいいかと尋ねる。
磯七は、一人で開くには会場を借りるにもチラシやチケットを作るにも大ごとだ、と難色を示す。
徒然亭も昔はよく落語会を開いたが、皆いなくなった、と磯七。そして草若の四人の弟子の話をする。
刷毛に含ませたクリームで、鏡に大書する磯七。
「草原」「草々」「小草若」「四草」。
喜代美は、小浜で草々が呟いた「兄が一人、弟が二人」を思い出していた。
喜代美が四つの名前を見つめる中、磯七は「過ぎた時間は戻らない」とその名前を拭き消していった。
喜代美が戻ると、草々が草若に頭を下げていた。稽古をつけてくれと。
師匠の落語を伝えたいのに途絶えてしまうと悲痛な声で懇願する草々。草若はどうやって伝えると言うんだと怒鳴る。
協力する者もないこの環境で、一人で落語ができると思っているなら、それは傲慢だと草若は言い放つ。
草々は自室に戻り、座布団を抱きしめて嗚咽にくれる。そんな姿に、喜代美はある決意を固めていた。
【第32回】
喜代美は正典に電話をかけて尋ねた。
「正太郎の弟子である秀臣の元で修業した正典は、正太郎の塗箸を受け継いだことになるか」と。
正典が「そういうことになるかも」と答えた矢先、正平や糸子が受話器を奪い取る。
言いたいことだけ言って、喜代美が正典と話したいと言う間も与えず、糸子はさっさと電話を切った。
喜代美は小草若を寝床に呼び出す。上機嫌の小草若に喜代美は「草若の元に戻ってくれないか」と頼む。
「それは草々のためか」と恐る恐る聞く小草若。喜代美は即座に肯定する。
落胆した小草若が拒否した時、草々が寝床に入ってくる。そしてまた、草々と小草若の口論が勃発した。
喜代美は草々に、残る二人の兄弟弟子に、戻るよう頼みに行こうと言う。
草々の熱意を示せば、一度は離れた兄弟弟子にも伝わるのではないか、と。
連れ立って「おとくやん」に行く二人。草原を探しに、草々は別行動をとる。
喜代美は、実演販売コーナーに目を留めた。販売員が噛みながら、ハンドミキサーを紹介していた。
見入っているのは喜代美だけ。気弱そうな販売員は、喜代美にハンドミキサーを勧める。
喜代美は「買います」と頷くが、19,800円という値段に及び腰になり、分割払いでもいいかと聞く。
「いいですよ」と穏やかに答えた販売員に、草々が「草原にいさん!」と呼び掛けた。
草原に、草々はもう一度草若の元に戻ってくれないかと頭を下げる。
「無理や」と草原。
高座ではいつも、客を笑わせる難しさを痛感していた。今は帰宅すれば妻子の笑顔がある。それが幸せなのだと。
草若は墓地で、小草若と鉢合わせする。
「あんたのせいで、オカンは一人さびしい思いしながら死んでった」と小草若は、草若が供えた花を打ち捨てる。
草若は、小草若が豪華な花を供える様子を黙って見つめてから、立ち去った。
喜代美は草々に、まだ四番弟子がいると言う。
草々は、四草は人の頼みを素直に聞く男ではないとにべもない。ろくでもない、冷たくて狡猾な男だと。
折しも、ある一室で布団から起き出した男が、女を荷物ごと放り出して、九官鳥にエサをやっていた。
草々は「算段の平兵衛みたいな男や」と吐き捨てる。
「算段の、平兵衛…」その名を繰り返す喜代美。そこで、はたと気付く。
「…って、誰?」
【第33回】
草々は「算段の平兵衛」のあらすじを教える。
金目当てに庄屋を死なす平兵衛。その罪を庄屋の妻にかぶせて、死体の始末を請け負ってまた金を稼ぐ。
今度は盆踊りの民衆に、自分たちが殴り殺したと思い込ませてまた金を取り…
「そんな落語で笑えるのか」と喜代美。草々は、草若の語る平兵衛は憎めない男だったと言う。
延陽伯。中国人店員が客の勘定をしている。
「3240円」と店員。二階から下りてきた男が「3280円だ」と訂正する。
3280円支払って帰る客。男は40円を掴みとる。「僕の手柄だ」と。それが、四草だった。
「相変わらず頭悪いですね」
来店した草々たちの頼みを四草は一蹴した。草若の落語を伝えても、何の利益もないと。
そもそも落語家を目指してなどいない、草若が語る平兵衛に惚れただけだと。
天狗座からの出前が入り、四草は喜代美に「こんな暑苦しいだけの男のどこがいいんだ」と耳打ちすると、店を出た。
寝床で酔い潰れた草若は、何で落語みたいなもんやってたんやろな、思い出したくもないと吐き捨てる。
草々がなおも「師匠の落語を」と言いかけたとき、草若は草々の顔に酒を引っ掛けた。
「弟子だった奴の顔など見たくない!」と声を荒らげる草若。
草若は「落語みたいなもんに必死になって人生狂わす奴はアホや~」と宣言してテーブルに突っ伏した。
草々は壁の穴から手を出して、テープを貸してくれと喜代美に頼む。
テープの声を追い掛けるように繰り返す草々は、弟子入りした頃を思い出す。
最初の稽古で、よく通る声を「お前の宝物だ」とほめられたことを。
草々が姿を消した。喜代美は狼狽するが、草若は「好きなところに行けばいい」と寝転んだまま言う。
座布団を背中にくくりつけた草々は、一軒家から出てきた男の子を懐かしそうに抱き上げる。
男の子、颯太はびっくりして泣き出した。颯太の泣き声を聞きつけて、草原がとんできた。
居間に通された草々は、しばらく置いてくれと頭を下げる。草原の復帰は諦めたが、せめて
草原から草若の落語を教わりたい、と草々は懇願するが、草原は「話してる暇はない」と断った。
夜。喜代美が壁の穴から覗き込んでも、草々の部屋は真っ暗だった。
その頃、草々は草原宅で一人、「瀬を早み~」と朗々と稽古していたのだった。
【第34回】
草々は草原宅での朝食時、草原に「崇徳院」の和歌の解釈を尋ねる。
草原は、急流の激しさを映像的に思い描けと説く。
岩に当たって割れ砕けた水が、「われても末に逢わん」で合体する。
「とぞ思う」と主観が入って、激しい恋の歌であることを思い出すのだと。
草々は「さすが」と感嘆するが、草原は「だから俺は『口だけ師匠』なのだ」とそっけなかった。
夜、草原が仕事から帰宅すると、颯太が草々の向かいで噺を聞いていた。
草々は草原に、お陰で和歌を感情込めて言えるようになった、と言う。
師匠や草原たちとまた落語をやりたいという、3年間の自分と重なる、と。
喜代美は草若宅で、ハンドミキサーを使って夕食の支度をしていた。
喜代美が草々のどんぶり茶碗を見やった瞬間、手元が狂って汁が飛び散る。
それを拭こうと小脇に置いたミキサーが転落し、壊れてしまった。
草若は「機械を使っても失敗するんやな」と笑っていた。
草原宅では夕食後、颯太が草々に「おはなし」とせがんだ。
草々が崇徳院の続きを話していると、草原が突然「やめてくれ!」と叫んだ。
しんどかった落語を思い出したくもない。思い出させないでくれと言う草原に草々は謝ると、居間から立ち去った。
緑は草原に「『落語』を思い出したくないのではなく、『落語が楽しかったこと』を
思い出したくないのではないか」と優しく語りかけた。
草原は職場で、修理受付に回された。ほかの店員に代わってからは実演販売コーナーは賑わっている。
草原は、ちっともウケず客席を凍らせた、かつての落語会を思い出す。
青ざめる草原に草若は「ぬるめの風呂を自分の体で温めるのも気持ちのええものや」と高座に向かった。
気付くと目の前に、壊れたハンドミキサーを持ち込んだ喜代美がいた。
喜代美は、草々が家出したことを話す。草原は、自分の家にいると伝えた。
喜代美が草原宅に着いた時には、草々は書き置きを残していなくなっていた。
その頃、延陽伯では四草が、ほかの店員たちから非難を浴びていた。出前からの戻りが遅い、どこの天狗座に行っていたと。
四草が無視して二階に上がろうとしたとき、草々が入ってきた。
草々は四草に頭を下げる。「俺に稽古をつけてくれ。『崇徳院』やりたいんや」と。
【第35回】
喜代美は延陽伯に駆け込んで、四草はいるかと店員に尋ねるが、中国語で軽くあしらわれる。
喜代美は「ワタシ、喜代美アルヨ!四草サン捜シテルアルヨ!」と食ってかかる。
その横をすり抜けて、出前に赴く草々。喜代美は慌てて草々の後を追う。
喜代美は「草若は心配もせず酒を飲んでいる。あんなひどい人、放っとけばいいのに」と口を尖らせる。
草々は「今度言ったら、女でも承知しない」とすごむとそのまま立ち去った。
草原は、喜代美あてに修理完了の連絡を入れた。
「はい、もしもし~」電話に出たのは草若だった。草原が息を飲む。
「どちらさんですか~」草若の声に、名乗ろうとしては言葉を飲み込む草原。
「あれ?耳が悪うなったんかいな」一声発する勇気も出せず、草原は受話器を握り締めている。
「すんません、切りますよ~」草若が受話器を置く。ようやく草原は呟いた。
「師匠…」
四草は草々に、天狗座への出前に行かせた。楽屋に注文の品を届けた草々は、会場を覗く。
折しも舞台上は、尊建の「時うどん」だった。尊建の噺に爆笑が起こる。草々は会場を後にした。
喜代美は草原に、草々が延陽伯にいると伝え、改めて、戻る気はないのかと聞いた。
草原は、18年続けたが芽が出なかった。人には向き不向きがあると言うばかりだった。
そのころ四草は草々に、尊建は場数を踏んで上達していただろう、いい加減に目を覚ませと説いていた。
草原宅を訪れた喜代美は「徒然草」を引き合いに出し、兼好が一日中机に向かっていられたのは
書くことが好きだったからではないか、と言う。
そして、草原も落語が好きだから18年続けたのではないかと説いた。
なおもかたくなな草原に、緑が語りかけた。
「私と颯太はこの3年、マー君の疲れた顔しか見てないよ」と。
草原の笑顔を見たい。草々を助けることが草原に向いている、草原らしい生き方だと緑は諭した。
その時。「せをはやみ~。いわにせかるる、せをはやみ~」。颯太が、落語家の真似事をしていた。
草原は颯太を膝に乗せた。「瀬を早み~!」
喜代美が初めて聞く、草原の朗々とした声だった。
緑が颯太を自分の膝に乗せ直し、「崇徳院」を語る草原の隣に座った。
草原はしみじみと「われても末に逢わんとぞ思う。…とぞ思う」と繰り返していた。
【第36回】
延陽伯の二階で四草は、喜代美と草原に「草々は昨夜出ていった」と告げる。
落語を教える気もないのに草々をこき使って、と非難する喜代美に四草は「騙される方が悪い」と言う。
本気で草若の元に戻る気なのかと問う四草に草原は「俺もお前も、あのとき逃げた」と返す。
「逃げた」という言葉に、平兵衛がつと反応した。
四草は「弟子を見捨てて逃げたのは草若のほうだ」と声を荒らげる。
平兵衛が「ニゲタ、ニゲタ」と鳥籠の中で暴れる。
「ええやないですか、あんな人どうなったって!」
四草が吐き捨てたとき「セヲーハヤミッ」という声が響いた。平兵衛だった。
平兵衛は「崇徳院」を唱え始めた。四草が露骨にうろたえる。
「やめろ、平兵衛!」鳥籠にしがみついて四草が叫んでも平兵衛は続けた。
草原が穏やかに言った。「ずっと稽古してたんやな…」
四草は4年前を思い出していた。「何で僕が崇徳院なんか」と毒づく四草。
草若は笑顔で「アホで純情であったかくて面白い。お前、そういう話ができる男や!」と四草の髪をかき回した。
いつしか四草は泣きじゃくっていた。草原が部屋のカーテンを引き開ける。
「すぐそこに天狗座が見えるなあ…出前行くたびに、落語聞いてたんやな」草原は四草の頭を撫でた。
墓地では草々が、おかみさんに意欲の限界を謝罪していた。
「瀬をー早みい…」喜代美がやって来た。続いて、草原と四草も姿を現した。
草原は墓前で、三年間の無沙汰を詫びた。四草も手を合わせた。
草原は草々に謝り、「もう大丈夫や。お前は一人やない。兄ちゃんと弟がついてる」と誓った。
草々は草原に抱きつくと号泣した。四草の首にも腕を回し、二人をきつく抱きしめて大声で泣き続けた。
三人の弟子は草若邸の前に立つ。しかし草原は「景気づけ」と称して、寝床で酒を飲み始めた。
小草若がやって来た。草原と四草は復活宣言する。草々は「お前は仲間に入れへん」と言う。
またも喧嘩になる草々と小草若。そこに「そこで霊柩車通っとった」と菊江が入ってきた。
慌てて親指を隠す草々。小草若は逆に、これ見よがしに親指を立てた。
草々と小草若が互いの顔をつねり合っているところに、寝床の扉が開いた。
草若だった。
状況が飲み込めない草若は、勢揃いしている弟子たちをただ見つめていた。
第7週「意地の上にも三年」2008/05/12-2008/05/17
【第37回】
硬直した空気の中、喜代美はお銚子を引っくり返してしまう。
その音に我に帰り、寝床を逃げ出す草若。草原、草々、四草は慌てて追い、草若邸の居間に正座した。
また落語をやることにした、と草原は畳に手をついた。「お願いします」
草々と四草が続く。「お願いします」「お願いします」「お願いします」喜代美も頭を下げていた。
草若は、草原に妻子は元気かと尋ね、四草にもカラスは元気かと聞いた。
四草が「九官鳥です」と言うも「似たようなもんや」とどこ吹く風の草若は、
「落語やりたいなら、よそへ行け」と自室に引っ込んだ。
草原、草々、四草は寝床で、落語会を開くべく作戦会議を始める。
喜代美は、お囃子なら手伝える、と自分を売り込むが、草々に断られる。
草原もいるし、今度は徒然亭の落語会だ。三人で何とかする、と。
熊五郎から手伝いを頼まれた喜代美は散髪屋で、今夜のコンサートのチラシを磯七に渡す。
磯七は悲鳴をあげ、はずみで散髪に来ていた客の口髭を片方そり落とす。
「一番に誘うように言われた」という喜代美に磯七は、何と残酷なことを、とわなないた。
喜代美は、磯七や菊江に言われたとおりの欠席の言い訳を熊五郎に伝える。
腹を立てた熊五郎は、メニューの一斉値上げの暴挙に走る。「昼の定食2万8千円」に驚く菊江。
咲まで「うちの人の歌が分からんのなら食べてもらわんで結構」とタンカを切るありさまだった。
結局、客が屈する形でコンサートは開かれた。
お花ばあさんがせめてもの気休めにと、耳栓がわりのおもちゃを配る。
草若は久々だから楽しみだと耳栓を断る。草々も芸のためにと聞く気満々だ。
突如、寝床が暗転し、草若がすだれを巻き上げた。そこは狭いステージ。熊五郎がギターを構えていた。
オープニングの挨拶に続いて熊五郎が歌い始める。「寝床」が、客の耳に容赦なく飛び込んでくる。
酔いしれて歌う熊五郎。必死にこらえる客。喜代美がふと振り向くと、咲は感涙にむせんでいた。
喜代美はふと思い立つ。「落語会、この店でやりませんか」草々には聞こえていなかった。
喜代美は草々の髪をひと房つまみ上げると耳に怒鳴りこんだ。「ら・く・ご・か・いー!」
ステージでは、歌いきって晴れ晴れとした顔の熊五郎が、スポットライトに照らされていた。
【第38回】
喜代美は食器を洗いながら「寝床」を口ずさむ。草々も無意識に歌っていると、草原と四草が来る。
喜代美は寝床で落語会を開けないかと提案するが、草々が「無理や」と言う。
一度は草々も頼んだが、熊五郎が「これは咲に愛を捧げる場だ。他の者は上げられない」と断ったと。
四草は不敵に「タダで貸してもらおう」と呟いた。
四草は「熊五郎の前座として落語をやらせてくれ」と言う。
自分たちはいわば、ビートルズの前座のドリフターズだ。落語の後なら愛の歌はより際立つと。
乗せられた熊五郎は会場代はいらない、と上機嫌で奥に引っ込む。
四草は「落語が終わったら退散すればいい。後で客がどうなろうが知らん」と言い放った。
草々、草原、四草は稽古部屋を片付け、打ち合わせを始める。
草々は崇徳院をやりたがるが、草原が「崇徳院は四草にやらせろ」と言う。
草原は、めくりを手に三年前の一門会を懐かしむ。あの時も小草若は寿限無だった、と四草。
草々は、小草若に実力の差を知らしめるため、一席めは寿限無にすると言う。
草原はめくりを繰り続ける。四草、小草若、草々。中入り明けて草原。
そして、草若の名。無言でめくりを戻して草原は、集客方法をどうするかと話題を変えた。
そばつきはどうかと四草。ここぞと喜代美は話の輪に首を突っ込んだ。
「私…おそばなら打てる。…かも?」
喜代美は糸子に電話をかけ、そば打ちを教えてほしいと頼む。
糸子は「そばをなめたらアカン」と熱弁を振るう。
昔、危険な任務を負う忍者もそばを持って歩いたという。そばの栄養がどれだけすごいか、推して知るべしやと。
喜代美は一方的に電話を切って、料理本を頼りにそばを作るがうまくいかず、とうとう癇癪を起こす。
草若は背後から「飽きない子やなあ」と笑って見ていた。
草々は草原に愛宕山を教わる。喜代美は、廊下から稽古部屋の様子を窺う草若に気付く。
草原が草々に「もっと元気よく」と指導するのを、頷きつつ聞く草若。その様子を喜代美は稽古部屋の三人に話す。
稽古の声に草若のやる気も蘇ってきたのかも、と弟子たちは意気込む。
稽古を再開する一同。愛宕山坂の歌を歌い始める草々。草原も、四草も、そして喜代美も。
草若に聞かせんとばかりに声張り上げて、体を揺すって歌うのであった。
【第39回】
草々は落語会のチラシの草稿を熊五郎に見せた。熊五郎の名は「お楽しみゲスト」と伏せられていた。
熊五郎は突然、落語会の話はなかったことにしてくれと言い出す。
経緯を聞いた四草は、小草若が横槍を入れたのだろうと推察する。
へらへらと様子を見に来た小草若に草々は掴みかかり、昔から人の邪魔をして、と憤る。
完成寸前の恐竜のパズルを壊しただろうと草々。小草若は、仕返しにエロ本を破いただろうと応戦する。
騒ぎを聞きつけて草若まで出てきた。小草若は「あんたの落語のせいでオカンは死んだ」と悪態をつく。
草若は反論もせず「俺は二度と高座には戻らん」とだけ答えた。
小草若が菊江仏壇店にいると、喜代美が追いかけてきた。さっきの言葉の意味を教えてくれと。
小草若は、3年前の一門会、草若は女の元に行ってすっぽかしたのだと言う。
しかもそれを志保の目の前で明かした。それ以来、志保の病状は悪化してしまったと。
さらには志保を放っておいて、常打ち小屋建設のために奔走した。
そんな草若の落語を継ぐ行為は認めたくないと吐き捨てる小草若だった。
咲は、目先の上得意客一人のために、男と男の約束を破るなんて見損なったと熊五郎を叱責する。
店が潰れて路上が寝床となろうとも、落語会はこの店でやる、と咲は男気たっぷりに決断した。
しかし徒然亭の面々は、草若の「高座には戻らない」宣言の影響ですっかり士気が低下していた。
和田家一同がいきなり草若邸に訪ねてきた。
糸子は若狭ガレイをあぶり始め、小梅は草原の三味線を指導し、正平は草々と再会を喜ぶ。
ちょうど入ってきた四草は和田家の面々を一瞥して、この頭の悪そうな連中は誰だと言う。
喜代美は慌てて事情を説明しようとするがうまく言えない。しかし糸子はすらすらと理解した。
正典が糸子の翻訳能力に目を丸くするが、糸子は平然として一同に若狭ガレイを勧めた。
弟子たちと草若と和田家。若狭ガレイや酒を囲み、糸子を中心に、期せずして和やかな時が流れた。
夜。和田家は離れの喜代美の部屋に布団を敷き詰めて眠っていた。正典の脚が喜代美の上に乗る。
喜代美は脚を払いのけつつ、庭に出る。草々が縁側に腰を下ろしていた。
寝つけないという草々は、おかみさんのことを思い出してしまった、と呟くのだった。
【第40回】
喜代美は草々に「おかみさん」のことを聞く。草々は懐かしく語り始めた。
志保はお囃子さんだった。草若の高座のはめものは大概志保が務めていた。
不器用な人で、たんぽぽの花が好きで。志保がいるだけで春の日だまりのように暖かかった、と。
喜代美は糸子からそば打ちを教わるが、ダメ出しにへこたれ、ハンドミキサーで生地をこねようとする。
糸子に「すぐ楽するから何しても半人前なのだ」と指摘され、とうとう喜代美は投げ出した。
喜代美の部屋では、小梅が三味線を弾いていた。張りのある音に、小梅は満足そうに微笑んだ。
物置状態の奈津子の部屋に、小次郎が訪ねてきた。
小次郎は再会の喜びに浮かれて、奈津子が止める間もなく室内に上がり込む。
奈津子の脳内に、苦い記憶が蘇る。掃除もできないのかと罵倒された過去。
小次郎は部屋を見て小刻みに震えていた。奈津子は、昔の男への恨み節混じりに弁解した。
小次郎が絞り出すように声を発した。「た…宝の山や!」
部屋に転がる物にあれをくれ、これも欲しいと目を輝かせる小次郎に、奈津子は安堵して笑顔を見せた。
草若邸では小草若が志保の遺影に「ちょっと、帰ってきた」と挨拶していた。
小草若は線香を探すが、一本もなかった。その時、隣室から愛宕山が聞こえてきた。しかも、草若の声。
たまらず小草若は、襖を開けて「親父!」と呼び掛けていた。
稽古部屋にいたのは草々一人だけだった。ラジカセからは、テープが愛宕山を語り続けていた。
小草若はそのまま襖を閉じてしまった。
夜のラジオ局。生番組の仕事を終え小草若が表に出ると、草々が立っていた。
草々は小草若に、本当は草若の復帰を願っているのだろうと尋ねる。
言下に否定する小草若に「それなら何故、徒然亭の名で芸人活動している」と草々はぶつけた。
お前一人がこの三年、師匠の名を、徒然亭の名を守り続けているのだと説く草々に
小草若は震える声で打ち消すのが精一杯だった。
タクシーに乗り込んだ小草若は街灯の流れる中、窓に身をもたせていた。
草若邸の台所では、喜代美のそば打ち修行が続いていた。
「もういやや」と逃げ腰の喜代美に糸子は「腰を入れて!」と叱咤する。
母娘は「どーん。どーん」と声を合わせながら、そば粉と格闘するのだった。
【第41回】
喜代美は、そば打ちに挫折して菊江仏壇店へ脱走した。
そこに小草若が、いちばん高い線香をくれと来る。安いのでは、自分の稼ぎを志保に伝えられないと。
喜代美は3年前のことを話題にするが、小草若は「親父の味方する奴はオカンの敵」と拒絶する。
たまりかねて菊江は、3年前の真相を明かす。
医師から志保の余命が3ヶ月と伝えられた草若は、志保の病室を訪れる。
志保から演目を尋ねられた草若は一瞬の躊躇の後、愛宕山だと答えた。
小屋から頼まれたのだ、自分も本当は志保のお囃子でやりたいがと弁解して、草若は病室を出た。
志保は、草若に余命を知られたと察し、見舞いに来た菊江にそれを伝える。
菊江は天狗座の正面で、通りの向こう側に草若を発見し、あらん限りの声で名を呼ぶが、往来の車の音にかき消された。
喜代美は、妻が余命わずかなら落語をする気になれないのは当然だと言うが、芸人ならせねばならないと小草若は断定した。
菊江は小草若にバラしたことを、仏壇に手を合わせて志保に謝罪した。
小草若は墓地で線香を供え、既に花立てにあったかすみ草にそっと触れた。
草若邸の台所では、喜代美がそばの生地を伸ばしていた。
四角く伸ばせ、四角がこんなに複雑な形だったら葉書も書きにくいと糸子。
かつて母から教わった味だからこそ喜代美にも覚えてほしいのだという糸子の言葉を、小草若が聞いていた。
小草若は稽古部屋で、落語会のチラシを手にとると破き始めた。
小草若は「作り直せ」と言う。出演は草原、草々、四草、そして小草若だと。
草々は小草若の胸ぐらを掴み「底抜けに…お帰り」と語りかけた。
小草若は一瞬後、「使い方が違う」と実技指導を始めた。
廊下では様子を覗いていた糸子が、小草若も出るのかと嬉しそうに喜代美に聞いた。
四草は寝床の店頭にチラシを貼る。
チラシのスペースに、やや窮屈そうに小草若の名が加筆されていた。四草は笑みを漏らす。
稽古部屋では、小草若がトリで出たいと駄々をこねていた。草原は小草若のトリを認める。ただし演目は愛宕山だと。
小草若はうつむく。草々は、トップで出て寿限無だけかと泣いて訴えた。
草若は、寝床の店頭のチラシに目を留める。
付け足された小草若の名に驚きを隠せず、まじまじと見つめる草若であった。
【第42回】
落語会当日。糸子は、行く気のない草若に「師匠が、親が聴いてやらんで誰が聴くのだ」と説得した。
演芸場に変貌した寝床の客席には、緑と颯太、延陽伯の店員たち、尊建と柳眉の姿もあった。
糸子は草若を席に案内した。草原たちが出囃子を奏で始めた。
草々は、草若の「落語なんかまともな人間のやることやない」という発言をマクラに仕立て直した。
四草は崇徳院。「瀬を~早みっ!」のセリフに、颯太が体を揺すって喜ぶ。
続く草原は緊張していきなり噛む。颯太が無邪気に「おとうさん!」と呼び掛けた。
草原は「うちのボンボンです」と己を取り戻す。それをきっかけに、草原の噺は滑らかになった。
中入り。草若は草原の3年間の積み重ねを思い、四草が崇徳院をかける気になったことを感慨深く呟く。
喜代美は、草原のそばにも、四草のそばにもずっと草若がいたのだと説いた。
小草若は自分の名について、いつか「小」が取れるようにと激励された気がして、と誇らしげに言う。
そして「子どもにええ名前をつけたいアホな親の話」と寿限無を始めてしまった。
話すうちに小草若は、涙声になり、ぼろぼろ泣き始める。客席の草若は優しげな笑みを浮かべていた。
小草若は抑えきれず、一気にサゲまで話し終えるともつれるように高座を降りて、辺り憚らず号泣した。
客席は異様なざわめきに包まれた。これで終わりかと問う小梅に正典は、お楽しみゲストが出るはずだと答える。
控えでは草々が熊五郎をせっつくが、こんな空気で出られるかと断られる。
四草は草々に出てくれと頼む。草原も、愛宕山をやれと三味線を構えた。
草々は腹をくくり今一度、高座に踏み出そうとした。その時だった。
草々の目の前を横切るように、草若がゆっくりと高座に向かった。
襟元の手拭いを取った草若は座布団を見つめ、ややあって見台の前に座り、頭を下げた。
道に迷ってしまい、3年かけてここにたどり着いた、と草若は小拍子ひとつ、愛宕山を話し始めた。
和田家は思い出した。正太郎のありし日、節目の場面にはこの声の、この噺のテープがあったことを。
弟子たちもまた、3年越しの草若のトリに万感の思いの涙を流していた。
再び目に力強い輝きを取り戻した草若は、晴れ晴れとした表情だった。
「その道中の、陽気なこと!」
第8週「袖振り合うも師匠の縁」2008/05/19-2008/05/24
【第43回】
落語会を終えた寝床では、磯七が草若の復帰にご満悦だった。
菊江は小草若にお銚子を差し出し、草若を見やる。受け取った小草若は、草若の杯に酒を満たした。
飲み干した草若は小草若に注ぎ返し、草原、四草にも酌をする。弟子たちは杯を干した。
草々は一人、門に腰を下ろして夜空を見ていた。
喜代美は、家族が寝入っても心の高ぶりが止まらず、庭で月を見上げていた。
草若邸では草若が、四弟子を前に酒を飲んでいた。
不意に草若は草々に、髪型を何とかしろと言う。落語家にふさわしくないと。
兄弟弟子にも好き勝手に言われるが、草々は泣くのをこらえていた。
ずっと草若にそう言われるのを待っていた、本当に落語家に戻られたのですね、と草々は涙声だった。
天狗芸能会長室。鞍馬が電話の相手に怒鳴り散らしていた。電話を叩き切った鞍馬は、甘いものを要求する。
ドアが開き、草若がヤツデ屋の紙袋を差し出した。ひっぺがすように栗羊羹を箱から出して頬ばる鞍馬。
鞍馬は、草若が羽織袴姿で来たことに目を留めた。
草若は、落語家復帰を報告する。弟子たちも戻ったと。そして借金の話を始めると、鞍馬が打ち切った。
あれはくれてやった手切れ金だ。天狗芸能を敵に回した一門がどれだけできるか楽しませてもらうと。
草々は草若邸の縁側で、散髪すべくシートを襟回りに巻いて座っていた。
喜代美はどこの毛から切るべきかと、あちこちの髪を恐る恐るつまんでいる。
草々は喜代美に、今まで付き合わせて悪かった、もう好きな所に住んでいいと言う。
ザクッ。
喜代美が草々の髪を一束切り落としていた。ひどいやないですかと喜代美。
その声に、居間の四草がむっくり起き上がった。ついで草原。草原の腹を枕にしていた小草若がずり落ちる。
喜代美は、最初こそ無理矢理で不安だったが、草々の落語を聞いて、ここに住む実感を得たと話す。
すっと障子が開く。腹這いのまま様子を窺う草原、小草若、四草の顔が並ぶ。
それに気付かず、喜代美は訴え続ける。そこに草若が帰ってくる。小浜に帰る糸子たちも来た。
喜代美の脳裏に、正太郎の「ぎょうさん笑え」が蘇ってきた。喜代美は我知らず呟いていた。
「わたし…落語家になる」
顔を上げた喜代美はもう一度、しかし今度は明確に宣言した。
「落語家になる」
【第44回】
喜代美の「落語家になる」宣言に、正典は怒りに満ちて、喜代美を小浜に連れ帰ろうとする。
喜代美は糸子に発言の真意を問われるが、うまく説明できない。正平が穏やかに解説した。
子どもの頃から落語のテープが好きだった。落語家の家に下宿し、落語会でお囃子もお茶子も務めた。
さらに、テープの声は草若だった。これは運命だと思ったのではないかと。
そのとき竹谷が迎えに来た。糸子は「ここは任せて」と、他の者を帰らせた。
糸子は、喜代美の決意に「好きにしたらいい」と言う。ただしその前におかあちゃんを倒して行き、と。
大根おろし一本勝負。制限時間は三分。喜代美と糸子は草若邸の台所に戦いの場を移した。
糸子は、スタートの合図を徒然亭に頼む。
草原兄さんお願いします、いや噛むから、ならオレが、小草若がでしゃばるなら俺が、なんで草々が…
「用意、スタート」兄弟子がもめている隙を突いて、四草が宣告した。
糸子は鼻唄まじりに快調におろすが、喜代美の大根おろしは一向に増えない。
「あと一分」四草の声に、喜代美の手の動きが鈍る。糸子は「諦めるのか、もうしまいか」と挑発的だ。
負けたくない。糸子の思惑通りにさせない。喜代美は包丁を握り締めた。草原と草々がギョッとする。
喜代美は、大根を角切りにすると、ハンドミキサーに突っ込んだ。
そして鼻息一発、喜代美はミキサーで大根を粉砕した。破砕音と、四草が残り秒数をコールする声が重なる。
タイムアップ。皿に盛った量は、明らかに喜代美が多かったが、ミキサーは反則だろうと草原が言う。
糸子は、せこい手まで使って、このアホ娘となじるが、あんたの勝ちやと諦めたように認めた。
見届けた草若が居ずまいを正す。それから相手の出方を待つように、孫の手で背中をかき始めた。
勝負には勝ったが、落語家になる方法は分からない喜代美。糸子はさしあたって草原に説明を求める。
草原は、「この人ぞ」と思い定めた落語家に弟子入りするのだと言う。喜代美の視線が草若に向く。
喜代美は草若の前に両手をつき、弟子入りを願い出る。笑顔を見せる草若。喜代美の緊張がとけた瞬間。
「お断りします」
孫の手を襟首に突っ込んだまま、草若は穏やかに言い放った。
「あなたを弟子にとるわけにはまいりません」と。
【第45回】
喜代美にお断りの理由を尋ねられた草若は「しんどい」と答えて居間を出た。
四弟子は縁側で草々の散髪の準備をする。
草原は草々に動くなと指示したり、無言で鋏と戯れる四草から鋏を取り上げたりと忙しい。
小草若は、フリルのエプロン姿の妹弟子・喜代美が寝起きの自分に微笑む妄想に身悶える。
そんな小草若に「死んだらええのに」と毒づく四草。
小草若が四草を伴って仕事に赴くと、草原は大胆に散髪を始めた。
小浜では正典が、一人で戻ってきた糸子に文句を言っていた。
糸子は、一度断られたぐらいで喜代美は諦めない、という。どうするんだと正典。
糸子は、雨の中に座り込んででも、根性と熱意を伝えるのだろうと答える。
正典は、それは持ち前の明るさと前向きさで突き進む子だと突っ込んだ。
公衆電話経由で喜代美に泣きつかれた順子は、お断りは喜代美の根性を試しているのだと言う。
しつこいと思われるのと、落語家になれないのと、どちらがイヤかと問われた喜代美。
後者との答えに順子は、それならしつこいと思われても再び頼み込めと助言した。
短髪になった草々は草若を前に愛宕山を稽古するが、草若は徐々に脚を崩し、寝転ぶ。
草原の稽古。寝床を語る草原が草若を見ると、すでに寝息を立てており、草原の声も小さくなる。
四草の崇徳院。座ったまま寝入った草若の手から扇子が滑り落ち、ショックの四草も扇子をとり落とす。
小草若に至っては、出だしの「ちょっと入りぃ」で「便所」と出ていってしまう草若だった。
草若の稽古はあんな感じなのか、と寝床で尋ねる喜代美。弟子たちは、草若は遠回しだからと答える。
テレビでは、気象情報を伝えていた。喜代美の目が画面に釘付けになる。
リポートしているキャスターは清海だった。寝床の一同は、喜代美と同姓同名の幼馴染みと知って驚く。
四草は一人、「つらい学生生活だったのだろう」と推察する。
清海は「ホワイトクリスマスに恋人としたいこと」の街頭インタビューの結果を伝えている。
寝床に入ってきた草々は即座に、テレビの中の清海に目を奪われる。
喜代美は思い詰めた顔で「やっぱり、もう脇役はいやや」と呟く。草々が喜代美を見る。
清海は華やかな笑顔で「私の第1位は『二人で雪かきをしたい』、です」と締めくくっていた。
【第46回】
小浜の秀臣一家は、清海が出演するニュース番組を見ていた。
友春は友人に清海のサインを頼まれたと話すが、秀臣は「清海は芸能人ではない」と表情が固い。
そして友春に、跡継ぎの自覚はあるのかと尋ねて居間を出た。
静は「秀臣は大学に行ってなくて苦労したから、友春を心配するのだ」と説いた。
草若邸では、草若が愛宕山を唱えては首をひねっていた。
喜代美は再び、弟子入りを願い出る。草若の返事は「無理や」だった。
草々は、草若は3年の空白明けで自信の芸にも不安があるはずだと喜代美に説明する。
とても新弟子を育てる余裕はない。草々もブランクを痛感している。草原や四草もそのはずだと。
折しも稽古部屋では、四草が算段の平兵衛を途中から忘れてしまっていた。
落ち着けと指導する草原もまた、途中で止まる。草原と四草は二人して愕然としていた。
喜代美は奈津子に意見を求めるが、上の空の奈津子はフーテンの40男が…と自分の世界に突入していた。
我に帰った奈津子は、視野を広げろと喜代美に言う。草若だけが落語家ではない、と。
その日以来、喜代美は延陽伯で天狗座への出前持ちを始める。
様々な落語家の高座を聴き、帰宅後その落語を勉強するようになった。
しかし、落語の知識が増えるほどに、どんな落語家より草若の弟子になりたい思いが募るばかりだった。
小草若はテレビ局で、新しいアシスタントになった清海に挨拶される。
小草若は清海に、喜代美の話をする。その矢先、友春が割り込んできて、再び小草若と喧嘩腰になる。
小草若は、喜代美が自分の身内になるかもしれんと勝ち誇ったように友春に告げた。
喜代美が愛宕山のテープを書き起こしていると、友春が訪ねてきた。
友春は本音を吐露する。秀臣のようになる自信はないが、喜代美が横にいてくれたら頑張れると。
喜代美は友春に、それはできないと断る。草若の落語を受け継いで伝えることに決めた、と。
何の取り柄もない自分がどこまでできるか分からないが、投げ出さず最後までやってみるつもりだと。
友春には立派な社長になってほしい。喜代美がくじけそうになった時には、
友春も悩みながら秀臣の箸を受け継いでいることを思って、励みにするから、と。
そして喜代美と友春は、すっきりした笑顔を交わすのであった。
【第47回】
友春は正典たちに、喜代美との婚約を解消させてほしいと一方的に頼んで居間を出る。
友春に追いついた正典は、喜代美はどうしているかと尋ねる。
落語家になると言っていた、と友春。自分の道を見つけるべく一生懸命に落語と向き合う喜代美を見て、
自分も秀臣を理解しようと思うようになった、と友春は正典に語った。
大阪では喜代美が、くしゃみして身震いしながら愛宕山を唱えていた。
壁の向こうで草々は、しつこい奴だとぼやきつつ寝返りを打った。
工房で作業する正典を、小梅が見つめる。
塗箸を作る姿が正太郎に似てきた、今も正太郎が正典を導いている、と小梅は感慨深げだ。
そして小梅は喜代美の話をする。三味線ライブの時、大阪行きを言い出した時、反対しなかった理由。
喜代美がぎょうさん笑って生きる道を探すよう、正太郎が導いている気がしたのだ、と。
喜代美が愛宕山を唱える声に、徐々に咳が混じる。
喜代美は崩れるように倒れ込む。流れ続けるテープの音声に、
幼い日に工房で、正太郎を偲んで泣いた記憶が呼び起こされた。
音声が途切れた。喜代美は起き上がる。テープが絡まっていた。
急に静かになった喜代美に、草々は部屋の扉を叩いて呼び掛けた。そこに正典が訪ねてくる。
正典が扉を開けると、喜代美はテープを握ったまま、意識を失っていた。
喜代美は母屋の草若の部屋に寝かされた。正典は居間で、草若に礼を言う。
正典は改まって、喜代美を弟子にしてやってほしいと草若に頼む。
正典は愛宕山のテープを置いた。
この落語を正太郎と聴いた記憶が戻ったことで、正太郎の後を継ぐ決意ができたと正典は語る。
草若はテープのラベルを見る。草若の脳裏に20年前の記憶が蘇った。
ロビーで正太郎が係員に、特別な日の記念に、今の高座のテープを欲しいと頼んでいた。差し上げればよい、と草若。
正太郎は草若に、息子が今日、後を継いで塗箸職人になると言ってくれたと話す。
自分の仕事を見ていた者が後を継ぐ。それだけのことがなぜこんなに嬉しいのかと正太郎は言った。
正典の話は続く。あの日、この落語を聴きに行かなかったら、正典が修業をやり直すことも
喜代美が落語に出会うこともなかった。亡くなった正太郎が正典や喜代美の進むべき道を照らしている気がする、と。
【第48回】
正典は稽古部屋で、四弟子に箸を一膳ずつ手渡す。銘々に箸を見つめる四人。
正典は正太郎の言葉「人間も箸と同じや。研いで出てくるのは塗り重ねたものだけや」を四人に伝えた。
草若は、眠り込む喜代美の横で愛宕山のテープを聴いていた。
喜代美は、工房で正太郎と並んでテープに聴き入った思い出を夢に見て幸せな笑みを浮かべている。
草若は愛宕山を唱え始め、「やってみ」と呟く。喜代美は寝言半分に繰り返す。
ふと目覚めた喜代美が起き上がる。草若は愛宕山の続きを話す。
「やって、み」草若に促された喜代美の目に、涙が浮かんだ。涙声で喜代美は復唱を始める。
稽古部屋とを仕切る襖が音もなく開いた。
草原、草々、小草若、四草、そして正典は一言も発さず、草若と喜代美を見つめていた。
それと知らず、喜代美は涙をこぼしながら草若の言葉を繰り返す。
「その道中の、陽気なこと」草若が抑揚をつけて語る。
「その道中の…陽気な、こと…」喜代美はようやく言葉を絞り出す。
草若は「今日の稽古はこのへんで」と部屋を出た。喜代美は「ありがとうございました」と頭を下げた。
正典は廊下で、草若に礼を言う。草若は「あんたも私も、これからが大変だ」と言った。
草若の部屋では、兄弟子たちが喜代美のそばで口々に祝福の言葉をかけていた。
小草若が「こんな可愛い妹ができて底抜けに幸せや」と笑った。また喜代美の目に涙が浮かぶ。
草原が「小草若兄ちゃんが泣かした」とからかう。
目の前でじゃれ合う四人もの「お兄ちゃん」に、喜代美は幸せを感じていた。
そっと正典が帰ったことも、むしろ訪ねてきていたことも気付かぬまま。
夜。草若は喜代美に、正式な入門は年が明けてからにすると告げた。
最初の3年は、酒と煙草、アルバイトは厳禁。そして、色恋も厳禁だと。
草若は除夜の鐘が鳴るまでは自由の身だと言い、台所の草々に視線をやった。
銭湯へ行く喜代美が部屋を出ると、草々も同時に出てきた。
草々を意識する喜代美の足が止まり、草々が「行かないのか」と声をかけた。
草々は、年が明けたら「草々お兄さん」と呼べと言う。喜代美は色恋厳禁を痛感する。
草々は、年末にちなんで掛け取りを唱える。喜代美も隣で草々の噺を聴く。
それが、喜代美と「草々さん」との最後のデートだった。
通称「あらすじさん」のまとめです。
第1週「笑う門には福井来る」2008/06/30-2008/07/02、2008/04/03-2008/04/05
【第1回】
1982年、夏の終わり。乗用車の助手席で糸子が「ふるさと」を口ずさむ。
後部座席から喜代美が、「気持ち悪くなってきた」と糸子を呼ぶ。
待避所で糸子は喜代美を下ろし、背中をさする。そういう意味ではない、嫌な予感がする、と喜代美。
運転席から出てきた正典は喜代美を抱き上げ、景色を見せてやる。
糸子は小浜の長所を語る。若狭湾で獲れる海の幸。蟹、フグ、鯖、鰈、ぐじ。
食べ放題やねえ、と夢見心地の糸子に正典は、食べ放題ではないだろう、と突っ込んだ。
喜代美たちは、正典の実家に到着した。出迎える小梅に正平は、はきはきと自己紹介して挨拶する。
糸子に促され、喜代美が一歩踏み出すと、ドアに挟まれたスカートが裂けた。
正太郎は工房で、テープを聴きながら作業していた。正典が話しかけるも、「忙しい」とそっけない。
正典は、鯖江の眼鏡工場を辞めた、また塗箸をやらせてもらう、と言う。
正太郎は顔も見ずに、二度と塗箸をやらす気はないと断った。
砂浜で正平は、暑さから駆け足になる。糸子のスカートをはく喜代美は転ぶ。
「大丈夫?」と女の子が手を出す。立ち上がる喜代美に、同い年のその子は「仲良くしてね」と言った。
小次郎は喜代美と正平に、名札と称してハート型と星型の布を渡す。その布は、喜代美のスカートだった。
形を小細工するのが余計にむかつく、と言う正典に小次郎は、悪うございましたねとへそを曲げた。
夜、喜代美は今後を憂えていた。
きっと明日は、小次郎が食べる果物の汁が喜代美の目に入るだろう。
明後日は、せっぱ詰まってトイレに走るも、先に誰かが入っているだろう。
妄想して喜代美は、暗澹たる気分に陥る。その時、糸子が部屋に入ってきた。
糸子は、黒猫のアップリケのついた、喜代美のスカートから仕立て直した巾着袋を出す。
「ぎょうさんええことありますように。お守りや」と糸子は喜代美に渡した。
朝食時、喜代美は糸子から、工房の正太郎を呼ぶように言われる。
喜代美は、ガラス戸の中を窺う。正太郎の背中が見え、喜代美は戸を開けた。
ラジカセから、雑音混じりの声が流れていた。誘われるように工房の中に入った喜代美は話に聴き入る。
この声が後々、喜代美の人生を面白おかしく導く道しるべになろうとは、まだ誰も知るよしはなかった。
【第2回】
工房の戸を閉めた喜代美は、暑さにスカートをばさばささせる。風を立てるなと正太郎が叱った。
腰掛けてラジカセの落語に聴き入る喜代美はつい吹き出し、また叱られるかと口元を押さえる。
正太郎は一瞬、振り向いて微笑んだ。喜代美も笑い返した。
糸子の声に喜代美は、正太郎に朝食の支度ができたことを告げ、工房を出た。
教室で、喜代美の名を聞いた児童たちは「ワダキヨミやて」と騒ぎ始める。
もしや自分はトイレに住み着くお化けと同姓同名とか、と悩む喜代美。
「清海ちゃんと同じ名前や」と声が上がる。同級生の視線の先には、砂浜で会った女の子がいた。
工房で正典は、やかましいとラジカセを止める。正太郎は正典に、塗箸を捨てた者が箸に触るなと言う。
糸子は正太郎に、正典を一人前の塗箸職人にしてくれ、と頭を下げた。
正太郎は、それは無理やと告げた。
「きよみちゃん、一緒に帰ろ」との声に振り向いた喜代美は、級友に囲まれる清海を見る。
災難やな、との声が耳に飛び込む。よりによって清海と同姓同名とは、と順子が喜代美を見つめていた。
翌日。喜代美は、同姓同名の子が才色兼備で人気者なのはあまり楽しいことではない、と痛感する。
音楽の授業でも、清海のピアノに合わせての二部合唱。
ついに同級生たちは、ワダキヨミが二人になってややこしい、AとBで呼び分けようと言い出す。
喜代美は、ピアノの前の清海に「Aがいい!」と群がる同級生、取り残される喜代美の図を妄想する。
「ええよ、わたしがBで」己を脇役と決めつけた一言は、後々まで喜代美を苦しめるものとなった。
帰宅の道すがら、喜代美は頭をはたかれた。順子が隕石のかけらやと笑ってから、自分がやったと言う。
むっとする喜代美。そこに幸助が、喧嘩はするな、焼鯖を食えと現れた。
魚屋食堂で順子は、隕石の仕業を空に向かって怒るかと喜代美に問う。否定する喜代美。
順子は、清海のことも、隕石と同じ、天災だと思って諦めろと諭した。
帰宅した喜代美は、工房の前に立った。正太郎が喜代美に気付いて、ガラス戸を開けた。
喜代美はラジカセの前に座る。そのおもろい話は、嫌なことを忘れさせた。
「落語や」正太郎が、喜代美に話しかけた。「それは、落語いうもんや」
それが、喜代美と落語との出会いだった。
【第3回】
テープの内容は、愛宕山という落語だった。テープを聴いて笑ううち、喜代美は正太郎と打ち解けた。
正太郎は喜代美に、梅丈岳の頂上でもかわらけ投げができると教える。
神様への願いを込めて、谷に向かって投げるのだと正太郎は、宙を舞うかわらけを模して踊ってみせた。
登校した喜代美に、上級生が「ワダキヨミいるか」と喜代美に尋ねた。AかBか、と聞く喜代美。
「世界で一番可愛い和田清海を呼べ、ブス」と言う上級生、友春を、喜代美は体操着袋で殴った。
担任が、翌週の遠足を告知する。喜代美は一計を案じた。
喜代美に友春が、大きな箱を手渡した。帰宅した喜代美は、箱を正平にくれてやる。
遠足がある、みんなに自慢できる弁当を作ってくれ、と喜代美は糸子に頼む。
喜代美は、弁当タイムの人気者になる自分を妄想する。豪華なバスケット弁当は、同級生の羨望の的。
喜代美は、砂浜で並んで座る正太郎に、嬉々として計画を語る。
喜代美は身ぶりをつけて、弁当をおすそ分けする自分を空想する。正太郎はそんな喜代美に微笑んだ。
夕飯もそこそこに、正平は立ち上がる。友春の箱の中身、箸の切端で工作をするのだと意欲満々だ。
小梅は、喜代美の箸の持ち方を注意する。誰に似たのか、と言う糸子は、豆をつまむのに難儀していた。
遠足の当日。糸子は工房で、喜代美の弁当に添える箸を選ぶうち、乾いていない箸を手にしてしまう。
喜代美は上機嫌で、愛宕山坂を歌いながら山道を歩く。途中、喜代美は変な模様の石を見つける。
時を同じくして同級生たちは、清海が綺麗に輝く石を見つけたと大騒ぎする。
清海の人気独占も今日限りだと、喜代美が弁当箱を開けると、一面の越前蕎麦があった。
一人で隠れるように、蕎麦を食べる喜代美。同級生は喜代美をちらちら見ながらこそこそ話していた。
文句を言おうと帰宅した喜代美は、漆にかぶれた糸子の顔に驚く。
糸子は、赤いアイシャドウでお色気ムンムンや、と笑う。アホらしさに喜代美は苦笑した。
糸子は、糸子の母が蕎麦弁当を作ってくれて嬉しかった思い出を、誇らしげに喜代美に語った。
正太郎の怒声が聞こえた。工房の表で、正太郎が正典を突き飛ばしていた。
二度と工房に入るな、と声を荒らげる正太郎。正典は地面に倒され、正太郎を睨みつけていた。
【第四回】
正太郎と正典の心の隔たりは大きく、正典は工房にすら入れてもらえない。
居間では、正平が作った恐竜像を、小梅が事故を装って一部を壊してしまう。
喜代美は、幸助が犬の喧嘩に焼鯖を突き出して仲裁したのをヒントに、
なんとか正太郎と正典を仲直りさせようと鯖を焼き、酒の支度を始める。
しかし不器用な喜代美のこと、酒をこぼし、一升瓶を落とし、鯖も焦がしてしまう。
糸子に説明を求められても「ごめんなさい」を繰り返して泣くばかりの喜代美。
それを見た正典は工房の正太郎に手をついて謝罪するが、正太郎は頑に正典を拒絶する。
喜代美は友春に、若狭塗箸製作所に連れてこられ、そこで清海と秀臣に遭遇。
清海から紹介され、秀臣は喜代美に「もしかして、和田正太郎先生の…?」と尋ねる。
帰宅した喜代美は、工房の正太郎に、秀臣と会ったことを話す。
清海の存在を邪魔と思い、そう考える自分が嫌だと喜代美は言う。
正太郎は喜代美を呼び寄せ、箸作りを見せる。
浮かび上がった模様に喜ぶ喜代美。正太郎は言葉をかけた。
「人間も箸とおんなじや。研いで出てくるのは、この塗り重ねたもんだけや。な。
一生懸命生きてさえおったら、悩んだことも、落ち込んだことも、
綺麗な模様になって出てくる。お前のなりたいもんになれる」
そして、「お前はおもろい子や」と励まし、ともに落語を聞こうと言う。
喜代美がテープをかけようとしたとき、正太郎はよろけ、倒れてしまう。
【第5回】
工房で倒れた正太郎は病院に運ばれた。
病室にて、眠っている正太郎について医者が家族に説明する。
ここまで病状が悪化したらもう意識が戻る保証すらないと。
それを聞いて喜代美、病室を飛び出して夜の町を走る。
糸子が後を追おうとするも、見失ってしまう。
喜代美が病室に戻ってきた。工房からラジカセを抱えて。
正太郎に落語を聞かせてやりたいと訴える喜代美に、正典と糸子は反対する。
しかし、小梅が再生ボタンを押す。スピーカーから流れ始める愛宕山の中盤。
いつしか和田家は一人ふきだし、一人笑い始め…正太郎がうっすらと目を開いた。
看護婦がラジカセを止め、医者を呼びに病室を出る。
正太郎は喜代美に、ぎょうさん笑えと伝える。
次いで正典に「よう帰ってきた。本当はずっとお前に継いでもらいたかった」と語りかける。
安心した表情で、目を閉じる正太郎。家族はみな、泣いていた。
正太郎の通夜。
喜代美は棺から離れようとしない。
正典は竹谷に塗箸店を継ぐ決意を伝えるが、竹谷は難色を示す。
小梅は表で、弔問に来た芸者仲間を見送っている。
そこに、秀臣が姿を現すが、小梅は厳しく追い返す。
一夜明けて、喜代美は工房に立っていた。
ラジカセからは変わらず落語が流れているが、正太郎の姿はない。
座り込んで、喜代美はひたすらに泣き続けていた。
【第6回】
正太郎の存在を失った喜代美は、何日も学校を休んで泣き続けていた。
一方で正典は塗箸職人を諦め、ツテのある土産物店で働こうと考えていた。
工房で落語のテープをかけながら泣いている喜代美。不意に、テープが止まる。
カセットを引っ張り出すと、本体内部で絡まったテープが切れてしまった。
糸子が工房を覗くと、喜代美が倒れていた。泣き疲れたあげく、意識を失ったのだ。
部屋の布団に寝かされても握り締めているテープ。正典はそのラベルの字に目をとめる。
正典は若狭塗箸製作所を訪れ、秀臣に塗箸の技術を教えてくれるよう頼む。
秀臣は承諾するが、条件として製作所の従業員となることを正典に告げる。
その夜、異を唱える小梅の前に、正典はテープを差し出す。
その日付は、正典が正太郎の跡を継ぐことを決意した日だった。
記念になることがしたいと喜んだ正太郎が、正典と一緒に落語を聴きに行ったときのものだった。
小次郎は気付いた。正典が小浜に戻ると知ってから、正太郎がこのテープを聴くようになったと。
未明、喜代美が布団を脱け出した。糸子が追い付いて話を聞くと、梅丈岳に行くという。
「梅丈岳でかわらけを投げれば願いが叶う」という正太郎の話を思い出したのだ。
糸子は一緒に行くことにする。
梅丈岳を上りきった糸子は、かわらけ売り場の箱に金を入れると
両手いっぱいにかわらけを抱えて、喜代美に好きなだけ投げるように促した。
もういっぺん、おじいちゃんに会えますように。おじいちゃんが天国で、幸せになりますように。
しばらく願っては投げ、願っては投げを繰り返し、ようやく喜代美は落ち着く。
それを見た糸子は、喜代美にかわって投げ始めた。
喜代美が元気になりますように。喜代美が笑ってくれますように。
喜代美のことばかり願って、糸子はかわらけを投げ続けた。
やがて、糸子は誤って財布を投げてしまう。慌てて柵を乗り越えて下りようとする糸子。
「愛宕山」の一八そのままの姿に、喜代美はつい笑みを漏らしてしまう。
その笑顔に糸子は驚き、喜び、喜代美を抱き締めた。
そして9年後━━。
第2週「身から出た鯖」2008/04/07-2008/04/12
【第7回】
正太郎が亡くなって9年。
喜代美は高校三年生になっていた。しかし相も変わらぬビーコのままだった。
同級生の清海は周囲の羨望を集めるエーコの座を維持していた。
そして喜代美が愚痴る相手もまた、変わることなく順子であった。
一方、正典は若狭塗箸製作所を退職し、和田塗箸店を開業することになった。
学校では、学園祭のステージ発表の参加者を募っていた。
順子は喜代美に、主役になれるチャンスだと焚きつけるが、喜代美は「主役」という座は不可能だからと諦める。
思い上がらないように自らを戒めるために持ち歩いている「石」を見つめながら。
小学校の遠足の時に拾った、古ぼけた石。清海がキラキラ光る石を拾ったのと、それもまた対照的であった。
喜代美は教師から、地元の短大の推薦入試をすすめられる。
順子は喜代美に、他人の勧めに乗るままに人生を決めてもいいのかと、喜代美の進路に疑問を呈した。
帰宅すると、喜代美の部屋に清海がいた。学園祭で一緒に三味線ライブをしようと提案しに来たのだ。
しかし喜代美は、華やかな場は苦手だからと断る。
清海は、喜代美の手にある石に目を留めて、自分もその日の石を持ち歩いているのだと言った。
そして「思い出の交換」をしようと清海は申し出、ふたりは石を取り替えた。
清海は学校で、教師から進路を尋ねられた。
大阪の大学を受験するつもりだ、と答えた清海の手にある古びた石に、教師は気付いた。
その石は、恐竜の化石であった。発見者として顔写真つきで新聞に紹介される清海。
清海は喜代美に謝るが、喜代美は騒がれるのは苦手だから、清海が発見したことにしてほしいと頼んだ。
夕方になって喜代美は堤防で、またも順子に胸中を吐露していた。
なぜ自分がしたことまで、エーコの手柄になるのかと。それに対し順子は言った。
「あんたが持っとったら何十年たってもただの石ころのまま。
その石かてエーコが持っとった時ほど輝いとらんのと違う? 」と。
喜代美は「綺麗な石」が、言い訳と嘘の笑顔で逃げ続ける自分を
映しているように思われて、訣別のためにその石を投げ捨てた。
喜代美は急いで帰宅すると、慌ただしく小梅のもとに走り、頼んだ。
学園祭に出るために、三味線を教えてほしいと。
【第8回】
三味線を教えてほしい、と小梅に頼み込んだ喜代美。糸子は、喜代美の無器用さを理由に難色を示す。
しかし小梅は、かつて三味線の基本「ち・り・と・て・ちん」の指使いができずに挫折した喜代美が
再び三味線に意欲を見せたことを評価し、翌日から稽古をつけることにする。
その初稽古、喜代美とともに教わる清海が小梅に挨拶する。
その礼儀正しさに、小梅はすっかり清海を気に入った。その様子に喜代美はむしろ戸惑いを覚える。
初めて三味線を手にする清海は、要領を掴めない。小梅は喜代美に、構え方の手本を見せるように言う。
喜代美にとって初めて、清海より優位に立つことができた経験であった。
その晩、喜代美の家族は演目を何にするのかを論じていた。
SAY YESやWON'T BE LONGを推す小梅、荒城の月で無難に固めたい正平、イパネマの娘や
カリフォルニア・ガールを希望する小次郎。正典のツッコミも入り会議は紛糾する。
そこに糸子が「ふるさと」を提案する。演歌なんて、と喜代美は不本意だが、半ば強引に押し切られる。
和田塗箸店の開店日。糸子は接客の練習までしたが、松江がひやかしに訪れるぐらいだった。
喜代美が帰宅すると、店を覗き込む女性の姿があった。喜代美の憧れをそのまま具現化したようなその女性は、
喜代美に今日開店したばかりであることを確認すると、颯爽と立ち去った。
三味線を手に、栄光の学園祭で音大の教授が自らをスカウトする光景を妄想する喜代美。しかし現実は。
清海が先に指使いをマスター。簡単な曲も清海が先に弾けるようになり、
とうとう喜代美が清海にアドバイスされる状態に逆転されていた。
そこに、静が挨拶にやって来た。上品で、ソツなく、控え目で。
静お手製の丁稚羊羮の作り方を教えてくれと無遠慮に話しかける糸子と、つい喜代美は比較していた。
散策する喜代美に、友春が声をかけた。
友春は、喜代美は何の取り柄もないが、救済の心でいずれ街の名士になる自分の嫁にしてやる、と言う。
調子に乗って語る友春に、ついに喜代美はバッグで一撃してしまう。
己のダメさ加減はわかっているから挑戦している。しかし、どうあがいても清海に追い付けない。
だんだん喜代美は、三味線の稽古をさぼるようになった。
【第9回】
清海と二人での稽古に耐えられなくなった喜代美は、三味線ライブに順子を引き入れる。
さらに沙織、由美子、恵も参加することになったが、人数が増えても喜代美がいちばん上達が遅かった。
一方、和田塗箸店は開業以来一膳も売れない。そこに竹谷が、この店への取材依頼が来た、との話を持ってきた。
高校の昼休み。喜代美は、自分の弁当が茶色いおかずだらけなのを嘆く。
清海の弁当は目にも華やかで、周囲の女生徒から絶賛されている。
喜代美は、静と清海が仲良く語らいながらおかずを詰める光景を想像して溜め息をついた。
喜代美は、弁当箱の中の謎の物体に気付く。へしこの匂いのそれを一口食べて、喜代美は顔を歪めた。
帰宅した喜代美は糸子に詰め寄るが、糸子は意に介せず、大人の創作デザート、へしこ丁稚羊羮だと言う。
喜代美の文句を聞こうともせず糸子は、折から降り出した雨に、庭の洗濯物を取り込みに出ていった。
満艦飾に洗濯物をぶら下げられた部屋で喜代美はひとり、三味線の稽古。
しかしあまりの鬱陶しさに、三味線を無造作に置くと不貞寝してしまった。
迎えた取材の日。またも三味線の稽古で喜代美だけがとちり、小梅は休憩を入れる。
清海や順子は、音響などの裏方のうち、照明だけがまだ見付からないと話し合っている。
ふと喜代美が庭に目をやると、塗箸店オープン日に出会った女性がいた。
彼女こそが今日の取材者、フリーライターの緒方奈津子だった。華やかな職名にクラクラする喜代美。
そして工房で初対面の挨拶をされた小次郎もまた、別の意味で奈津子にクラクラきたようだった。
台所では糸子が、奈津子をもてなすための郷土料理を準備していた。
小次郎は手伝おうとして見つけたへしこ羊羮の強烈な味に、何かを思い付く。
稽古再開、弾き始めると、異音がした。喜代美の三味線の皮が破れたのだ。
小梅はこの日の稽古を終わらせ、一同は解散した。
小梅は、喜代美の心根が曇っていること、それを反映して音も曇っていることを指摘する。
学園祭に出るために一生懸命やるなら、皮を張り替える費用を出してやる。
最後までやり遂げる自信はあるのかと小梅は言うが、喜代美はそれに頷くことができなかった。
それは、学園祭のステージを諦めることでもあった。
【第10回】
奈津子による正典への取材が続く中、台所では小次郎がなかば楽しそうに、怪しげな作業をしている。
取材が終了し、和田家の居間に奈津子への料理が並ぶ。小梅の三味線演奏も加わり、奈津子はご満悦だ。
食後、小次郎が竹谷にデザートを差し出した。変わった食べ方をするものらしい、食べ方の見本を見せてほしいと。
竹谷がデザートを眺めている間に、トイレから戻ってきた奈津子がさっさと完食してしまい、倒れ込む。
小次郎が出したのは、へしこ羊羮に抹茶や唐辛子を振りかけたものだったのだ。
奈津子が帰ったあと、竹谷はカンカンだった。正典のために協力してやったが「和田の塗箸は終わりだ」とまで言い放つ。
糸子は畳に頭をすりつけんばかりに、竹谷に今後も見捨てないでくれと頼み込む。
喜代美は、糸子がしでかしたことでもないのに、みっともないほど真剣に頭を下げたのが理解できない。
糸子はそんな喜代美に、正典との馴れ初めを話し始める。
箸職人の修業中の正典は、箸を扱う店を片端から見て研究していた。糸子の実家は、母子で切り盛りする小間物屋だった。
やがて糸子の母が倒れ、困り果てた糸子のために、正典は修業を捨てて鯖江に来てくれた。
そのため、正典には立派な箸職人になってほしい。そのためなら何でもできる、と糸子は言い切った。
翌日、糸子が塗箸店の開店準備をするも、正典は店を開けなくていいと言う。満足いく箸ができるまで、店は閉めると。
学校では喜代美が、学園祭に出ないことにしたと順子に明かす。そこに、三味線ライブのメンバーが集まる。
ステージに出ないなら照明係をしてくれと頼まれ、つい喜代美は「ええよ」と引き受けてしまった。
帰宅すると糸子が、横断幕や大漁旗を準備していた。喜代美のステージに家族総出で応援に行くから、と。
照明係になったから学園祭に来るな、という喜代美は糸子と口論になる。
「子供の心配するのは親の仕事や」という糸子を部屋から追い出した喜代美は、泣くのをこらえていた。
学園祭当日。喜代美は薄暗い照明ブースに腰を下ろしていた。
「続いては学園のアイドル、ワダキヨミさん!」とのアナウンスに、会場はエーココールで盛り上がる。
喜代美は照明のスイッチを入れ、ステージの清海たちにライトを当て始める。
【第11回】
三味線ライブが始まった。舞台上で「ふるさと」を弾きながら歌う清海たちを、喜代美は照明を調整しながら見つめていた。
サビに差し掛かり、喜代美は清海にスポットライトを当てる。朗々と歌い上げる清海。客席は皆が、拍手を送っていた。
夕暮れの防波堤で、喜代美は涙ながらに、学園祭をもう一度やり直したいという後悔と愚痴を順子にぶつけた。
順子は今さら遅いと突き放した後、人生はこれからやと説いた。
あんたの人生の主役はあんた。どーんと人生のど真ん中を歩いていけばいい、と。
喜代美は、順子に抱きついて大声で泣き出す。順子に、鼻水がつくからやめろと引き剥がされても。
このとき以来、喜代美は小浜から出たいという思いが強まっていった。
しかし何をするでもなく月日が過ぎ、何となく地元の短大の推薦入試を受け、気付けば高校の卒業式を迎えていた。
式の後、同級生たちの輪の中にいた清海がふと喜代美に気付くと、駆け寄った。
大阪の大学に行くことが決まった清海は、新しい住所のメモを喜代美に握らせて、いつでも遊びに来てほしいと笑いかけた。
休業状態の和田塗箸店に、奈津子が訪ねてきた。
奈津子は正典に「サブリナ」の最新号を差し出す。塗箸店の取材記事は、巻頭特集になっていた。
小梅は正典に、修業を捨てて鯖江に暮らした10年間を悔やんでいるのかと聞く。
糸子や子供たちと過ごした時間や出来事は遠回りだったかもしれないが、無駄ではなかっただろう。
生きてきた経験は箸に伝わり、その箸を奈津子も気に入ってくれたのだからと。
やおら正典は立ち上がり、店頭の札を「営業中」にひっくり返す。家族は拍手で応えた。
喜代美は自室で奈津子から、取材企画が一度は立ち消えになりかけたと明かされる。
しかし他の企画が進む中、塗箸を紹介したい思いが強くなった。周囲に迷惑がかかっても、クビになってもやり遂げたくなったと。
喜代美は強い感銘を受ける。何の才能があるわけでもないが、変わらなければいけないとの思いを新たにする。
奈津子は喜代美に、かつての自分を見ているようだと笑いかけ、名刺を差し出す。いつでも連絡してくれと。
一人になってから喜代美は、落語のテープを手にした。その胸に、正太郎の「ぎょうさん笑え」の言葉が蘇っていた。
【第12回】
和田家の夕食。喜代美の高校卒業祝いをどうしようかと話が弾む。
糸子は商店街ののど自慢大会に出て一等をとり、賞品のハワイ旅行を卒業祝いにすると自信満々だ。
そんな中、友春が花束を抱えて訪ねてくる。和田家の面々の前で、喜代美と結婚を前提に付き合ってやると言う。
反対する家族と友春は、当の喜代美を無視してヒートアップする。
とうとう喜代美は、ひとの人生を勝手に決めるな、大阪に行くと宣言する。
糸子は止めるが、喜代美は決心を変えない。
あげく、「おかあちゃんみたいになりたくないの!」という言葉をぶつける。
糸子の顔がこわばり、うつむく。そして正典が喜代美の頬をひっぱたいた。
「おかあちゃんに謝れ」という正典。喜代美は目に涙をためたまま言葉が出ない。
糸子が抑揚のない声で「もういい、やめて」と言った。喜代美は部屋に引き上げ、荷物をまとめ始める。そこに正平が入ってきた。
あんなふうに切り出す気はなかったのに、と悔やむ喜代美に正平は、一晩よく考えたらどうかとだけ伝えて立ち去った。
朝になり、糸子は何事もなかったかのように喜代美に声をかける。のど自慢に一緒に行かないかと。
喜代美は行く気もなく、そのまま部屋に戻る。糸子は小次郎とともにのど自慢大会に赴く。
荷物を準備し終えた喜代美は家を出る前に、工房に立ち寄る。
箸作りにいそしむ正典に、「後悔ばかりの箸にはなりたくない。喧嘩して家を飛び出したことも
きれいな模様になれるように生きるから」と言い、「行ってきます」と頭を下げた。
正典はもはや何も言わず、出ていく喜代美をただ目で追うだけだった。
ホームで電車を待つ喜代美に、小梅が「忘れ物や」と三味線を渡した。
喜代美の決意を理解して、破れた皮も張り替えてあった。喜代美と小梅は笑顔を交わした。
列車に揺られ、喜代美は窓を開けた。ちょうどそのとき、丘の上ののど自慢大会は、糸子の番だった。
マイク片手に「ふるさと」を歌う糸子。歌いながら糸子は、走り行く列車に喜代美の姿を認めた。
喜代美に聞かせんとばかりにいっそう声を張り上げる糸子。列車の窓から身を乗り出す喜代美。
「ふるさと」を歌う糸子の声と、「おかあちゃん!」と叫び続ける喜代美の声が交錯した。
やがて糸子の姿は流れ去り、客席に座り直した喜代美はただただ泣き続けた。
第3週「エビチリも積もれば山となる」2008/04/14-2008/04/19
【第13回】
大阪に着いた喜代美は早速、奈津子からもらった名刺に記された連絡先に電話をかける。
しかし留守番電話のメッセージは、四月半ばまで取材旅行で不在だと告げていた。
小浜の和田家でも、喜代美と前後して奈津子に電話を入れて同じ留守電メッセージを聞いていた。
なぜ奈津子に連絡もせずに飛び出したんだ、いやむしろ今夜からどこで過ごすんだ、と一家は喜代美を心配した。
喜代美は、一夜の宿も決められずに大阪の町をさ迷っていた。最後の手段、清海に連絡を入れて、迎えに来てもらった。
喜代美をマンションに通した清海は、和田塗箸店に電話をかけ、現在の状況を糸子に伝えた。
喜代美は、奈津子と連絡がつくまでいさせてくれと、清海に頭を下げる。
清海は一人でいるのも寂しいから、むしろずっといてくれてもいいと言う。
翌日、二人は一緒に町に買い物に出た。喜代美はわだかまりを忘れたような笑顔だった。
大阪で何をするのかと清海に聞かれ、わからないがここには何でもある、何にでもなれそうだと喜代美は答えた。
小浜では、正典が秀臣に会おうと、手土産を提げて若狭塗箸製作所を訪れていた。
応接室に通された正典が見たのは、すでに並んで座って秀臣と静に手土産を渡している糸子、正平、小次郎の姿だった。
喜代美が清海に世話になっているお礼と挨拶のために同じ行動をとっていたのだ。
製作所の入り口の手前では、同じように手土産を持って訪ねてきた小梅が、秀臣に頭を下げるのは癪だしと二の足を踏んでいた。
喜代美は順子に、清海宅にいることを報告した。仲良く過ごせていることを話す喜代美を、順子は意外に感じた。
「新しい自分になれそうな気がする」という喜代美に順子は「あんたがそう思うならいいけど」と、手放しで喜ぶ様子はなかった。
電話を終えた喜代美は、清海が作った夕食に驚く。
料理本のエビチリのページに目を留めた喜代美は「明日は私がごはんを作る」と申し出た。
翌日。喜代美は下ごしらえとして、エビの背ワタを一尾また一尾と取り除いていた。
そこに清海が、同じ大学の友人を二人連れて帰ってきた。
エビと地道に格闘する喜代美を置いて、どのサークルに入ろうかと盛り上がる三人。
喜代美は早くも、夢も意欲もしぼんでしまうように感じていた。
【第14回】
清海の大学に「なんで大阪に出てきたの?」と話題を振られた喜代美は、うまく答えられない。
清海はとっさに、知り合いのライターの元でライター修業するのだとフォローする。
喜代美は、自分の要領の悪さをまたも痛感した。
落ち込んでいると、いつの間にか清海がエビチリを炒めていた。
喜代美がチリソースの下準備をしたのに。エビの背ワタもちまちま取ったのに。
爆発した喜代美は、清海のマンションを飛び出してしまった。
悪いのは自分だとはわかっているが、清海と一緒にいたのではいつまでも「影」から脱却できない、と。
小浜の衣料品店では、糸子が下着売り場のパンツを品定めしていた。
せっかく選んだ毛糸のパンツは値引き対象外。せめて一割だけでも安くしろと店員と押し問答する糸子。
幸助が「喧嘩するな」と割って入った。
魚屋食堂で糸子は、清海のマンションに厄介になる喜代美にパンツを送るのだと野口親子に説明した。
清海と一緒なら、何もできない喜代美でも安心だろうという糸子に、
順子は「何があっても天災やと思って乗り切れ」と言うのであった。
とうとう行き場をなくした喜代美は、天神の境内に腰を下ろして落語のテープに目を落とす。その時。
「野辺へ出てまいりますと…」耳になじんだ一節が、聞こえてきた気がした。
その声に導かれるように歩き出す喜代美。「…麦が青々と伸びて、菜種の花が彩っていようという本陽気。…」
門の格子戸を開けて庭に入ると、背中を丸めてしゃがんでいる一人の男がいた。「…その道中の、陽気な、こと。」
「おじいちゃん」と無意識のうちに喜代美が呼び掛けると、男性は立ち上がってこちらを向いた。
喜代美は男性宅で、ありあわせの食事をいただく。人心地ついた喜代美は男性に、
先程のは落語ですよねと聞き、続く長唄「扇蝶」を口ずさむ。と、男性の目の色が変わる。
その時、男性宅に借金取りが押し掛けてきた。喜代美は、自分が借金のカタに遊郭に売られる妄想に陥り、青ざめる。
喜代美が台所の鍋をかぶり、ホウキで武装して居間に戻ると、男性の向かいにもう一人、若い男が座っていた。
喜代美が若い男にホウキを振り上げたとき、若い男の声が聞こえた。
「師匠。ただいま戻りました」
ししょう? 動きを止めた喜代美と、振り返った若い男の視線が合った。
【第15回】
喜代美に、若い男は「お前は何者だ」と聞く。眼光鋭く、凄味のある男に、喜代美は返事もできない。
初老の男性は、喜代美がふらりと現れたと説明するが、男は怪しむ。
鍋とホウキで武装する喜代美を変な格好だという男。喜代美も「そっちかて変や」と応戦するが、
相手の逆鱗に触れたようで「このスーツのどこが変なんや!」と怒鳴られ、喜代美は涙目になる。
男性は喜代美を慰め、どさくさに紛れて手を撫でさする。そして、酒が切れたといって居間を出ていく。
居酒屋「寝床」で、男性が店のストックの酒を勝手に一本持っていこうとすると、慌てて咲と熊五郎が出てきた。
若い男が、男性を連れ戻しに店に入る。手をつかまれたままの喜代美も連れ込まれた。
「何ですか、この人たちは」と腹を立てる喜代美に磯七が「あの二人は落語家や」と教える。
徒然亭草若と、弟子の草々。かつて一世を風靡した名門だが、今は酒に溺れて借金まみれだと。
落語もできない噺家は生き恥さらすようなものだ、早いこと死にさらせという磯七に、草々が激昂する。
店内で始まる大喧嘩。止めようとした喜代美は突き飛ばされ、水をしたたかかぶる。
小浜の和田家では糸子が、喜代美に送る小包を荷造りしていた。乾物や毛糸のパンツを緩衝材がわりに詰めている。
そこに、清海から電話がかかってきた。喜代美が出ていったまま帰らないと。
エビチリを代わりに炒めたことがショックだったらしい、と清海は説明したが、糸子は話が見えず理解できなかった。
喜代美は草若の家で、ずぶ濡れの服が乾かしつつ、草々の着物を拝借して着ていた。
喜代美は草若に、なぜ落語をしないのかと聞く。スポットライトを浴びて生きてきたのに、と。
才能の無駄遣いだとなじる喜代美に、草々が「出ていけ」と一喝する。
帰ろうとした喜代美は間違えて奥の部屋に入ってしまい、転倒する。
草若が電気をつけると、雑然と落語の用具が置かれた小部屋に喜代美が座っていた。
ここまでの自分をくしゃみ混じりに語り、愚痴り、最後には倒れてしまった。
眠る喜代美を看病しながら草々は、草若に「何も知らん女が言うことですから、気になさらないで」と、慎重に言った。
草若は無言で、ただ微笑んで草々の頭をくしゃっと撫でるばかりだった。
【第16回】
草若邸。朝食の支度をする草々が、食器を落として割ってしまう。その音で喜代美は目覚める。
草若は前日の喜代美の一人語りを「くっしゃみ講釈」のようだと言い、落語に詳しいのかと聞く。
喜代美は、たまたま愛宕山だけ、祖父とテープで聞いていたから知っていたのだとこたえた。
喜代美が庭のタンポポを眺めていると、草々がむしり取った。
何をするのかと言う喜代美に、草々は「師匠に『なぜ落語をしないのか』と言うな」と睨みつける。
理由を聞いても「言うな」の一点張り。喜代美が承諾すると、今度は不安そうに「このスーツ、そんなに変か?」と言い出した。
喜代美が正直に「時代遅れだし、サイズも合っていない」と指摘すると、草々は悩みながら居間に戻った。
喜代美は出ていこうとするが、草若はそれを受け流すように寝床に三人分の出前の電話を入れていた。
清海のマンションに、糸子が突然訪ねてくる。喜代美宛ての小包を送ろうと郵便局に行ったが、箱を抱えたまま大阪まで来てしまったのだ。
ちょうど、部屋の電話が鳴った。糸子は清海を押し退けるように電話をとる。
「もしもし、喜代美け?」
草若邸の黒電話を握って喜代美は驚いた。間違えて実家にかけてしまったか。
どこにいるのかと糸子が詰問したとき、熊五郎が「寝床の者だ」と出前を持ってきた。
今日こそ金を払ってもらうぞ、という物騒な声に糸子は心配を募らせる。
糸子は清海の手に干物を数枚持たせると、再び箱を抱えて飛び出していった。
代金を払うあてのない草若は、死んだふりをすると喜代美に言う。喜代美は話をあわせ、熊五郎に「草若は死んだ」と伝えた。
真に受けた熊五郎は、せめて最後のカレーうどんはタダでいいと言う。さらには香典も出すと。
それはいくらなんでも、という喜代美と熊五郎は押し問答になる。ラチが明かず、とうとう草若は「もらっとけ」と起き上がる。
熊五郎は腰を抜かし、カレーうどんをそのままにして帰っていった。
夜。喜代美はカラの丼を返しに、寝床の前に立っていた。中では熊五郎たちが、草若に対する不満を口々に語っている。
険悪な雰囲気に、喜代美は店の前をうろつく。そこに、ぶつかってきた人があった。
「『寝床』…。あった~」糸子だった。喜代美と糸子、親子の再会であった。
【第17回】
喜代美と再会した糸子は、一晩世話になった落語家に挨拶しようと草若邸を訪れる。
しかし草若と草々の風体を見るなり、喜代美を連れ出そうとする。
清海のマンションには戻りたくないと反発する喜代美。草若は段ボールの中の若狭鰈を勝手にあぶっている。
糸子は喜代美に、大阪まで出てきて何になりたいのかと聞く。ケーキ屋とか学校の先生とか、夢はないのかと。
喜代美は、勉強ができれば弁護士になるし綺麗ならモデルになるとも言える。何でこんな風に生んだと糸子をなじる。
草若は、他に酒のアテはないかと段ボールを引っくり返した。飛び出す毛糸のパンツ。
草々はうろたえて座を外した。喜代美は糸子のおせっかいに腹を立て、玄関から外に出た。
表で草々は喜代美に、生んだ子の悪口を母親の前で言うなと諭した。
そこに気の弱そうな、田中と名乗る男性が訪ねてきた。
熊五郎は咲・磯七・菊江の加勢を受けて、ツケを払ってもらうべく直談判しようと草若邸に入った。
中にいる気弱な男性を見た磯七は、あれはあわれの田中だと解説する。
あまりのあわれさに債務者もおまけつきで返済してしまう、大阪一の凄腕の取り立て屋なのだと。
田中は、今日返してもらえば月に二度目の食事ができるという。
つい、熊五郎が代わりに払おうとして咲に止められる。糸子はわかめを勧め、草若は酒と漬物を出してやろうとするが、
田中はそんな歓待されたら明日にも事故死しかねないと固辞した。
そして田中と喜代美は、それぞれのあわれ体験を語り合う。田中は、喜代美の背わた話に共感し、
もう取り立て屋はやめてやると決意して草若邸を去るのであった。
一同は喜代美を「あわれのチャンピオン」と称して盛り上がるが、当の喜代美は草若邸から立ち去った。
喜代美は糸子に、小浜に帰ろうと言う。自分を変えるために出てきた大阪でも、
あわれのチャンピオンを払拭できなかったと。
とぼとぼと歩く喜代美の背後に、「離れの空き部屋、六畳一間や」の声がとんできた。草々だった。
家賃は格安、男所帯だが咲が目を光らせてる、番犬二匹飼ってると思えば安全だと、草々は懸命に説く。
まだ話をつかみきれない喜代美。草々は喜代美の頭に手を置いて目を見つめた。
「ここに、おってくれ。ここで一緒に暮らしてくれ!」と。
【第18回】
「一緒に暮らしてくれ」という草々に喜代美は「出会ったばかりなのに。それにまだ18歳だし」と勘違いする。
草々は「師匠のためだ」と切り捨てる。酒に溺れて無気力の日々が続いて三年。
喜代美が迷い込んで急に生き生きした。いてくれればいつか、落語への意欲も戻るのではないかと。
草々は喜代美を草若邸に連れ戻し、離れに住まわせるよう懇願する。
糸子まで、喜代美を置いてやってくれと頭を下げ始めた。小浜にはもう、喜代美の帰る家はないからと。
草若は喜代美に「ここにいれば一つだけええことがある」と言った。
「ここにおったら一人やない、ということや」と。
翌日。草々が自室で一人、落語の稽古をしていると、何やら隣室からコンコンと音がしてきた。
喜代美の部屋で糸子が、箒掛けにしようと長い釘を打っていたのだ。
草々は何気なく、自室まで貫かれた釘の先端を引っ張る。と、釘もろとも壁に大穴が空いてしまった。
草若邸に奈津子が訪ねてきた。予定より早く大阪に戻れて、留守番電話を聞いて来たのだという。
奈津子は喜代美に、アシスタントをしないかと申し出てくれた。
奈津子が去ると、入れ替わるように草々が庭に入ってきた。前日と同じようにタンポポを手折る草々。
文句を言おうと喜代美が後を追うと、草々は草若の部屋に入った。
写真が立ててあり、その前に置かれた花入れにタンポポを挿した草々に草若は「おおきに」と言った。
糸子は喜代美に、煮物の作り方を5品ほど教える。当面はこれだけ覚えればよかろうと。
喜代美は、相変わらず糸子の料理は茶色いとこぼす。
そして、小浜に帰る糸子を送りに、並んで大阪の町を歩いた。
道すがら「ここまででいい」という糸子に、喜代美は「駅まで送る」と言う。
駅の改札で糸子は再び「ここでいい」と言う。ホームまで、という喜代美に対し、今度は「あかん」と断った。
喜代美もそれ以上は食い下がらず、互いに「気を付けて」と言葉を掛け合って別れた。
離れの自室で、煮物の器を眺める喜代美。高校時代の弁当でも見飽きたはずの茶色いおかずが
愛しくなって、喜代美は器を抱いて涙を落とした。
隣室から、草々が「宿替え」を稽古する声が聞こえてきた。
喜代美は、目隠しがわりに壁に掛けたカレンダーを持ち上げ、草々の姿に目を細めるのだった。
第4週「小さな鯉のメロディ」2008/04/21-2008/04/26
【第19回】
小浜の和田塗箸店。喜代美を大阪の落語家のもとに置いてきた、と糸子から聞いた正典は憤慨する。
すぐにでも連れ戻すと息巻く正典をなだめつつ糸子は、草若はどこか正太郎に似ていると評した。
草若邸では食事時。
草々は目刺しの焼き網は素手で掴むわ、ごはん茶碗や味噌汁椀はどんぶりサイズでおかわりするわと
喜代美の常識を超えた行動を次々と見せつける。
喜代美は、以前は他の下宿人とも食事していたのかと草若に聞くが、草若は「忘れた」とつれない。
食後、草々は喜代美に、草若の過去を詮索するなと釘をさして自室に入った。
喜代美は奈津子の仕事場を初めて訪れる。扉を開けると、足の踏み場もないほどモノにあふれた部屋。
奥で無造作な髪型、大きなフレームの眼鏡を掛けた奈津子が殺気だっていた。
喜代美の顔を見るなり奈津子は「コーヒー淹れて!」とせかした。
喜代美は台所に向かおうとして慌てて、つまずいて転倒していた。
奈津子が一仕事終えると、部屋は喜代美によって綺麗に片付いていた。
奈津子は喜代美に、徒然亭を取材させてくれないかと頼む。
人気タレント、徒然亭小草若を取材したい。亭号から見て、草若の弟子なのではないだろうかと。
喜代美は、草々以外にも弟子がいたのかと初めて意識した。
草若邸に戻ると、若い男が草若に「この家を売ったらどうか」と話を持ちかけていた。
友春を彷彿とさせる風体の男は、喜代美に気付くと金を握らせて「手切れ金だ」と言う。
喜代美を草若の愛人だと勘違いした男は「こんな田舎娘を囲うとは恥ずかしい」と嘆く。
腹が立った喜代美は、バッグで男の顔面をしたたかぶん殴って倒す。
男は起き上がると「底抜けに、痺れましたがな~!」と珍妙なポーズをとった。
草若の息子、徒然亭小草若だった。声を聞き付けたか、草々が出てきた。
夜に爪を切るなと小草若に怒鳴る草々。親の死に目に会えないと言うし、とあっさり流す草若。
たった一日入門が早いだけで威張るなと草々に応戦する小草若は
「いつになったら死ぬんだ」と草若にもくってかかる。
草若はスケジュールが決まったら連絡入れてやる、とだけ言って屋内に引っ込んだ。
小草若は怒りが収まらぬまま草若邸を後にした。残された喜代美は、ただあっけにとられていた。
【第20回】
奈津子は、アルバイトに来た喜代美に、4年前にも落語特集を組んだと話す。
「上方落語三国志」。万葉亭柳眉、土佐屋尊建、そして草々。当時注目の若手だった。
奈津子は、三国志のその後を取材したいという。
草々に取材の話を通してくれないか、と喜代美に頼む奈津子だった。
喜代美が帰宅すると、ちょうど草々が落語会に出かけるところだった。
喜代美は取材依頼をするが、草々はろくに話を聞きもせずに「ついてこい」と歩き出した。
草々は商店街を歩き、スーパーマーケットに入り、店内の階段を上っていった。
店舗の上の広間では、鏡漢助の落語会の準備が行われていた。草々は客席のパイプ椅子を並べ始める。
設営が終わったらもぎり。漢助はそんな草々に駄賃を握らせると、迷惑そうに礼を言って追い立てた。
下り階段の途中でポチ袋の中身を改めると、500円玉が一枚。階上からはおはやしが聞こえてくる。
再び階段を降り始めた草々の背中を、喜代美はただ見つめるばかりだった。
スーパーから戻ると、咲が喜代美を寝床に引っ張り込んだ。中では小草若が待ち構えていた。
喜代美を差し向かいに座らせてご機嫌の小草若。その言動に喜代美はますます、友春に似ていると思った。
喜代美は、小草若や磯七、菊江から過去の草若の話を聞く。
天狗座での一門会のトリをすっぽかし、天狗芸能の社長を怒らせたこと。
多額の借金を、保証人だった会長にすべて肩代わりさせたこと。
その果てに弟子たちが離散し、草々だけが、草若の復活を信じて残ったこと。
小草若は、草々が落語会を手伝って駄賃を手にしているのは、若い落語家たちに迷惑がられている、と明かした。
彼らが、大先輩にあたる草々を手伝わせるのは心苦しいことなのだと。
言うだけ言うと小草若は、草若のツケも込みでたっぷりお支払いすると、賑やかに寝床を出ていった。
喜代美が寝床から戻ると、草若が草々に「出ていけ!」と怒鳴っていた。
草々の将来を潰したくないという草若に、草々は
「師匠と一緒に高座に上がるまではそばを離れない」と宣言して自室に戻る。
喜代美が部屋に戻ると、隣からうなるような声が聞こえてきた。
草々が畳を拳で殴りつけながら叫んでいた。
草々が抱えていた問題の大きさは、この時の喜代美には知るよしもないことだった。
【第21回】
喜代美は、天狗座の取材の待ち合わせをしようと奈津子に電話をかける。
ところが奈津子は、落語三国志の企画はボツになったので行かないと言う。
喜代美は代わりに草々に、柳眉の落語を聞きに一緒に天狗座に行かないかと誘う。
ハタキ片手に姉さんかぶりの草々は一度は断ってから、やはり行くと言った。
天狗座では、漫才に客席は大ウケ。しかし次が落語と見るや、トイレに立つ客が相次ぐ。
草々は「これが今の大阪での落語の地位だ」とぽつりと言う。
出囃子が鳴り、柳眉が登場した。「傾城にまこと無しとは誰が言うた。…」
柳眉の演目は辻占茶屋だった。源太という男が、梅乃という商売女に惚れて、一緒になりたいと願う。
源太はオッサンの助言に従い、梅乃の真意をはかりに出かける。
そして辻に立ち、見聞きしたことから吉凶を占う「辻占」の場面。
草々は険しい顔つきで、柳眉を見つめていた。
終演後、ロビーに出た草々に若い男が声をかけた。尊建だった。
尊建は草々に、辻占茶屋をまたやる気かと問いつつ、協力する下座も上がれる高座もないから無理だろうとあざ笑う。
草々は「鼻毛、出てるぞ」と尊建の話を打ち切る。
慌てて尊建が鼻に手をやるのを見て「嘘じゃ、ボケ」と言い捨てて去る草々だった。
寝床の前で草々は、磯七に呼び止められる。散髪屋組合の寄り合いの、落語つきの食事会に出演してくれないかと。
草々はすげなく断った。磯七は「やはりまだ3年前の辻占茶屋がこたえているのか」と呟く。
草若が穴をあけた一門会。中トリの草々は草若の代わりに高座に再び出て、
当時まだ稽古中だった辻占茶屋をかけて失敗した。
その恐怖を今なお引きずって、草々は高座に上がろうとしないのだろう、と磯七は喜代美に説明した。
喜代美が戻ると、小浜から電話がかかってきていた。
電話の向こうで糸子は、折しもテレビに映った小草若の話題で、ひとり盛り上がる。
同じ草若の弟子でも売れ方が違うものだ、草々も師匠孝行しないと、と言った糸子に
喜代美は怒りをぶちまける。草々は誰より落語と師匠が好きなのだ。このまま終わる人じゃないと。
喜代美は怒りを抑えられないまま、草々の部屋の扉を叩く。
出てきた草々に喜代美は、磯七に頼まれた落語会に出てもらえないかと言うのであった。
【第22回】
勢いで草々に「落語会に出てくれ」と言った喜代美は、3年前の話を聞いたと明かし、辻占茶屋をやってほしいと頼む。
草々は、下座の当てもない現状で、気軽にやれる演目ではないと突き放す。
話を聞いた奈津子は、三味線の経験がある喜代美がお囃子をやればどうかと提案する。
喜代美は、学園祭すら出られなかったほどヘタだから無理だと尻込みする。
奈津子は、草々の力になりたい気持ちがあるなら勉強してみろと、落語小辞典を喜代美に手渡した。
辻占茶屋。梅乃に入れあげた源太は思いあまって梅乃に心中してくれと頼む。
源太に気のない梅乃は、暗闇に乗じて大きな石を川に投げ込む。その音に怖じけづいた源太も石を投げ込む。
後に源太と梅乃は再会する。梅乃は平気な顔で「久しぶり」とのたまう。
怒る源太に梅乃は「娑婆で会うたきりやがな」と舌を出すのであった。
喜代美は帰り道、身を乗り出して川面を見つめる草々を目撃する。
草々が身投げする、と思い込んだ喜代美が駆け寄ると、大きな水音がする。必死に草々の名を呼ぶと、
背後に当の草々が立っていた。自分が石を投げ込んだのだと。そして「用がないなら呼ぶな」と背中を向けて歩き出した。
喜代美は自室でつたない三味線を弾き始める。と、草々が怒鳴り込んできた。
俺はやらんと言っただろうが、と大声を出す草々。喜代美は怯みかけるが、
「柳眉の落語を聞いていた草々は悔しそうだった。やらなかったらきっと後悔する」と言葉を返す。
草若が顔を出した。三味線のひどさに苦笑しつつ草若は草々に、
喜代美がこんな一生懸命なのだ、何かおもろいものができるかも知れんと諭した。
草々は、磯七の依頼を受ける決心をした。
決意に満ちた草々に草若は、あの三味線では下座は無理だと言い放つ。
当日は適当に喜代美に音を出させ、草々自身も適当に喋ったらさっさと高座を降りればいいとまで言う。
呆然とする草々に草若は、落語はお前が思うほど大したものではない、と肩を叩いた。
稽古開始。草々の「いっそ逢わずに去のうかぁ」に続いて喜代美は三味線を鳴らす。
「またしゃんせっ。げ、ん、た、さ、ん…」
「乗れるかぁっ!」草々がイライラして怒鳴る。
喜代美は「すみません!」と謝って再び三味線を一音ずつ弾き始めた。
【第23回】
あまりに三味線の上達が遅い喜代美に、何なら弾けるのかと草々は尋ねる。
喜代美は「ふるさと」の弾き語りを始めるが、サビの直前で手が止まる。
ステージを諦めて照明係に回った過去の挫折を語るが、草々はいつの間にか部屋から消えていた。
草々は、天神さんの境内をそぞろ歩いていた。草々は追い付いた喜代美に、掛け合いが本当にできるのかと問う。
できますと答える喜代美。草々は「信じてええんやな」と念を押した。
ふいに、二人の耳に、子どもたちの声が飛び込んでくる。
━━はずれやぁ、どっちかてはずれや、もう知らんわ。
あまりに縁起でもない辻占に興ざめした草々は、稽古に戻っていった。
喜代美は草若に、草々に「三味線は『ゆかりの月』だけ弾ければいい」と言われたことを話す。あとは唄だけで掛け合いをすると。
草若は「インチキな辻占茶屋やなぁ」と言う。ただ、草々はあれでいて気の小さな男だと告げる。
下座がいるだけで草々は安心するはずだと、草若は喜代美に言う。
不器用だと悲観的な喜代美に草若は、不器用でええやないか、と言う。
「不器用な者ほどぎょうさん稽古する。ぎょうさん稽古した者は誰よりもうまくなる」と。
迎えて当日。散髪屋たちが膳を囲む隣の控室で、草々は落ち着きがない。
そんな草々に喜代美は「私がついてますから」とガラにもないセリフを言う。
草々は喜代美に、座布団を高座に置いてこいと指示する。茶色くて、えらく地味な座布団だった。
座敷を見ると、拍手喝采の散髪屋たち。喜代美はカチンコチンになって控室に戻る。
草々は喜代美に、出囃子を弾けと言う。喜代美が唯一弾ける曲でいいからと。
「ふるさと」の旋律に乗って、草々が高座に上がる。辻占茶屋の始まりだ。
懸命に話す草々の額に汗が浮かぶ。磯七は「ちょっと固いな」と呟く。
「悪い辻占やなあ~」と草々。ここで三味線。…のはずが、静寂。
草々、再び「悪い辻占やなあ!」と合図しつつ横目で控室を見ると。
三味線を構え、目を見開き、全身硬直している喜代美がいた。
やがて喜代美の意識が戻る。指が動き始め、口も開く。最初の音。最初の音!
「まつりーもー ちかいーとー きてきはよぶがー」
草々が目を剥いた。磯七も仰天している。
座敷に「ふるさと」が流れ始めた。
【第24回】
♪まつりーもー ちかいーとー きてきはよぶがー
草々は一瞬ギョッとするが、気を取り直す。
「…そうか、祭りが近いか。梅乃を連れていけと言う辻占かいな」
♪あーらーいざらしーの ジーパンひとつー
「ジーパン履いてアメリカン…祭りというより、カーニバルやな」とリオの女性を表現する草々。
♪しーろーい 花咲ーく ふーるさとがー
「ああ、ふるさと思い出してしもた。サッカーばかりやってたな。元気かなあ、ロドリゲス」
♪日暮れーりゃ 恋しーく なーるばかりー
「沈む夕日を見れば梅乃が恋しい。梅乃の心底を確かめよう」草々は軌道修正に成功した。
どうなることかと気を揉んでいた磯七も安堵した。
しかし喜代美のパニック状態はまだ続いていた。
♪ああ 誰にも 故郷がある 故郷が ある
サビまで歌いきったところで、草々の睨みつける視線に気付いて手を止めた。そして己の失態に深く落ち込んだ。
その一部始終を、隣の小部屋で草若が杯を傾けつつ聞いていたことに、気付いた者はいなかった。
辻占茶屋を語り終えた草々が戻るなり、喜代美は手をついて謝り倒した。喜代美の肩を草々は掴んだ。
「ようやった、喜ぃ公。お疲れさん!」さらに喜代美の頭をがしがし撫でる草々。
喜代美は胸がドキドキしたまま動くことができずにいた。
帰宅した草々は、喜代美が「ふるさと」を弾ききったことを誉める。そして「よく頑張ったな。ありがとう」と笑いかける。
草々が自室に入ってもなお、立ち尽くす喜代美。その耳に、熊五郎の声が飛び込む。「コイや!」
仕入れた鯉を見ながら、熊五郎と咲が鯉のアライを作ろうと語らっていた。喜代美の辻占は「恋」だったようだ。
翌日、草々は喜代美を誘う。下座をやってもらったお礼に、美味いものを食わせる、と。
駄菓子屋のイカ串が、ものすごく美味しく感じられた。見慣れた町並みも輝いて見える。
レストランで草々は、喜代美にオムライスをごちそうする。二番目に美味いオムライスだ、と。
一番は、亡くなったおかみさんが作ったオムライスだ、と草々は懐かしんだ。
草々が会計をしている間、一足先に店を出た喜代美の耳に、
「ビーコ!」清海の声が飛んできた。店から出てきた草々が、清海を見つめる。
『…エーコと草々さんが、出会ってしまいました…』
第5週「兄弟もと暗し」2008/04/28-2008/05/03
【第25回】
清海の顔をしばし凝視していた草々は、自室まで戻って、恐竜の化石を
高校生の頃の清海が発見したと報じた新聞の切り抜きを探し出す。
「わだ…きよのうみさん?」と読み仮名に迷う草々に清海は「きよみです」と訂正する。
そして清海は喜代美と同姓同名だと言い、喜代美は故郷の友達だと説明する。
草々と清海は、恐竜の話題で盛り上がる。喜代美は今更ながら、石の交換に応じた過去を悔やんだ。
清海のことを「喜六と清八そのものだな」と言った草若は、喜代美に「ライバル登場か?」と尋ねる。
うろたえる喜代美に草若は、草々の初恋の相手を教えるという。「次の御用日」のとうやんだと。
15歳の頃の草々は、とうやんの可哀想な話に涙ぐんでいた。草々にとって女の子はか弱くて守ってやりたい存在なのだ、と。
草々は散歩中に、清海を見つけた。見ると、清海に男が話しかけてきた。
清海の大学の先輩、藤吉だった。なぜサークルに出ないのかと藤吉は、清海の手をつかんで食い下がる。
そこに現れた草々が藤吉を突き飛ばすと、藤吉は逃げ去った。清海は草々に、藤吉がコンパ以来しつこかったことを説明する。
「コンパって何や」と根本的なことを聞く草々に清海は、安心したように笑っていた。
一方の喜代美は公衆電話から、魚屋食堂の順子に泣きついていた。
草々が清海のことを好きになってしまうかも知れない。清海を嫌う男など過去にも誰もいなかったと。
順子は、喜代美にいい女になれと説く。それで草々が振り向くかは分からないが、今の喜代美にできることはそれだけだ、と。
奈津子は喜代美に、男は料理ができる女になびくと言い、一面識もない清海に敵意を抱く。
化石を自分が拾った顔をして新聞に載るのみならず、男まで奪い去るなんて…と途中から自分の話に
すり替えて憤る奈津子は一人、「肉じゃが女!あ~!」と絶叫する。
やがて我に返ると奈津子は、化石を拾ったのは自分だと草々に明かせ、と喜代美に言った。
喜代美が帰宅すると、門の前に清海と草々がいた。草々に用がある、と言う清海。喜代美は身を隠す。
清海は、化石を拾ったのは喜代美だと告げる。ずっと心苦しかった、草々にだけは真実を知ってほしい。
真剣な目で語る清海に、喜代美は「いい女」を思い知らされた気がしていた。
【第26回】
化石の本当の発見者は喜代美なのだ、と草々に告白した清海は涙をこぼす。
草々はおろおろして、着ている上着の裾で涙を拭こうとするが、清海は笑顔を作って帰る。
何も言えず立ち尽くす草々。その草々の背中を、喜代美はただ見つめていた。
その晩から草々は、食欲もなく溜め息をつくばかり。草若は「わかりやすいやつやな」と呟いた。
小浜の実家から電話がかかってきた。糸子は「正太郎の月命日に小梅の芸者仲間を呼んだ」と説明する。
帰郷しない喜代美に音だけでも聞かせたくて、という向こうから、ハメを外して踊る正典の声も届いた。
喜代美は一瞬だけでも、失恋の痛みを忘れて笑うことができた。
草々は喜代美に、清海が何か言ってなかったかと尋ねる。
喜代美は「大きいし怖いし…けどいつも一生懸命で可愛い一面もあって、
本当は優しい人だとわかってきて…」と本音を明かすが、思い直して「…と、エーコが」とごまかす。
浮かれて立ち去る草々。一部始終を見ていた草若は「ホンマにアホやね」としみじみ喜代美に言った。
喜代美は、清海の本心を聞くべくマンションを訪ねる。清海も、喜代美に相談したいことがあった。
身構える喜代美に、清海は「タレント事務所からスカウトされた」と言う。
喜代美は草々について聞く。清海は「大学にいない面白いタイプ。社会勉強になる」と微笑んだ。
帰宅して報告すると、草々は傷ついたように背中を丸めて座り込んだ。
公衆電話で苦悩を吐露する喜代美に、順子は「男はいつまでも一人の女をひきずるもの。そばにいてもキツいだけだ」と諭した。
高座に上がる気にもならずに腑抜けている草々。喜代美も何もできず、半年がただ流れた。
草々が落語会に出る気になった。久しぶりのネタだから聞いてくれ、と喜代美は呼ばれた。
草々が話し始めたのは「次の御用日」だった。喜代美の脳裏に、草若が語った草々の初恋話が蘇る。
まだ草々は清海を忘れていない、と確信した喜代美は、噺の途中で自室に駆け戻る。
「すみません、聞いていられません!」
壁の向こうの草々の呼び声を塞ぐように、カレンダーを押さえ続ける喜代美。
そのカレンダーに、正太郎の祥月命日がマークされていた。喜代美は、小浜からの電話を思い出す。
気付いたときには喜代美は、小浜駅に降り立っていた。
【第27回】
喜代美が実家に着くと、皆して言い争いをしていた。聞くと、一人一パック限りの特売の卵を買いに行った回数でもめていた。
竹谷が店に現れた。竹谷は、店頭に置くための安価な箸を持ってきた。
職人気質の正典が安物を並べることを了承したとの話に、喜代美は違和感を覚える。
喜代美を連れて買い物に出た糸子は魚屋食堂の前で、喜代美に喧嘩するふりをしろと言う。
そうすれば幸助が焼き鯖をくれるから、という糸子に喜代美は「うち、お金ないの?」と尋ねる。
糸子は、飛ぶように箸が売れた一時のブームが去ったことを明かす。
思いきって購入した箸の乾燥機は、月賦も終わらぬうちに故障したと。
安価の箸を取り扱い始めたのは、材料を仕入れる金にも困っているからだと。
せめて食費を浮かそうと家族は、魚屋食堂の前で喧嘩のふりをして幸助から鯖をもらっていると。
幸助は事情を知った上で鯖を分けてくれていると。
「なぜ言ってくれなかった」という喜代美に糸子は、「大阪で頑張るあんたに心配させてどうする」と歩き出した。
夕食時。喜代美が何気なく、草若らの食事の支度や草々の下座の話をすると、
正典は「そんなことをするために大阪に出たのか」となじる。
小次郎がとりなそうとするが、正典の矛先が小次郎に向いてしまう。さんざん責められ、小次郎はふてくされてしまった。
大阪では草々が、「聞いていられない」と喜代美に言われたのを、腕が落ちたのを酷評されたと思って落ち込んでいる。
草若は、それが喜代美の里帰りの理由だと感付くと、草々に「『次の御用日』は無理じゃないか」と言うのであった。
寝床では、喜代美に会えない小草若が荒れていた。熊五郎は草若に、喜代美の行方を聞く。
小浜に里帰りした、と聞いて小草若は、情緒があるなあと口笛を吹く。
草々は、夜に口笛を吹くなと詰め寄る。小草若は怯むどころか、草々のわびしい現況をこき下ろす。
草若は、酒代は小草若にツケてくれと言い置いて、さっさと帰ってしまった。
再び小浜。喜代美は小次郎に、とばっちりが行ったことを謝罪する。
小次郎は「喜代美のせいやない。せっかく帰ってきたのにみんな景気が悪くて」と視線をテレビに移す。
喜代美は、せめて正太郎の祥月命日は家族揃って笑顔で過ごせるよう、何とかせねばと思うのだった。
【第28回】
喜代美は家族のために何をしたらいいか思いつかず、順子と浜辺を歩く。
そこに通りかかる、五木ひろし。喜代美は、糸子を呼びに走った。
自宅の工房では、壊れた乾燥機を直そうとした小次郎が、さらに悪化させる。
正典と小次郎が口論になる中、ひろしが、と駆け込んだ喜代美に正典は、でたらめを言うなと怒鳴った。
一人で喜代美が浜辺に戻ると、順子が一人で立っていた。
ひろしはしばらく待っていたが、仕事があるから去ってしまったと説明する順子は、
「魚屋食堂さんへ」の添え書きが入ったひろしのサイン色紙を抱えていた。
商店街では、魚屋食堂の前でテレビ収録が行われていた。小草若のリポート番組だった。
小草若が焼き鯖を紹介するその様子は、寝床のテレビでも放映されていた。
焼き鯖を試食した小草若は「夜に口笛吹いたら泥棒が入るとか言うヤツには味わえない」と笑う。
草々は鬼の形相で、テレビを睨みつけていた。
喜代美は小草若に、撮影後に家に来てくれと頼む。歓喜する小草若。
そこに友春がとんできて、結婚しよう!と一人で話をまとめる。
誰だ、お前こそ誰だ、和田友春だ、徒然亭小草若だ、と応酬する二人だった。
和田家の居間。小草若は「寿限無」を披露するが、あまりの下手さに糸子以外の一同はしらけてくる。
小次郎は、正典は若い頃、円周率を百ケタ言える、と得意がっていたことを思い出す。
正典は、乾燥機を壊したくせに下らないことでごまかすなとまた口論になる。
サゲの頃には誰も小草若の話を聞いておらず、空気は冷えきっていた。
正平は耐えきれず正典に、高校を出たら働くから学費を気にせず箸を作ってほしいと告げる。
小梅は正平に、賢くて冷静だと誉める一方で、子どもに気を使われて喜ぶ親はいないと諭した。
喜代美から小草若に何の特別な感情もないことを確認して、友春は心底喜ぶ。その姿に喜代美は、ひとつの将来像を妄想する。
鐘の鳴り渡るチャペルでの挙式。
今日からは社長夫人やと囁きながら巨大な指輪をプレゼントする友春社長。
若くして逝った友春の枕元で号泣する妻・喜代美。
遺産を得てプールサイドでバカンスする未亡人・喜代美。
「…あんたと結婚するいう道も、あったんかも知れんねぇ」
喜代美の呟きは、さらなる騒動の火種となるのであった。
【第29回】
正太郎の命日を迎えても、和田家の空気は冷えきっていた。
そこに、秀臣と友春が訪ねてくる。喜代美の一言を真に受けた友春が、本気で婚約する気になっていた。
秀臣は縁談から踏み込んで、窮状に陥っている塗箸店を合併させたいと提案する。
頑として反対する小梅は、秀臣が仏壇に向かうことすら拒絶した。
小梅の機嫌まで損ねてどん底状態の喜代美の視界に、ずんずん近付いてくる草々の姿が入った。
草々は、小草若の「小さいこと言うヤツは味わえない」の一言が癪で、焼き鯖を食べるためだけに小浜まで来たのだ。
和田家の縁側で、鯖に喰らい付く草々。喜代美は失恋の当の相手がそばにいるのがつらかった。
喜代美は小梅に、友春との縁談を受けてよいかと尋ね、工房に逃げ込む。
正太郎の写真と対面した喜代美は、ぎょうさん笑えとの正太郎の願いもかなえられない現状に泣き出す。
和田家の面々は「喜代美は失恋した」との糸子の推測に驚く。
においで分かる、涙のにおいだと言う糸子。小梅は、急に友春と結婚する気になった理由を理解した。
失恋したから帰郷したのだと思い至る正平。
帰ってきたときに元気がなかったことを思い出す小次郎。
むしろ帰ってきてから一度も笑顔を見ていないと指摘する糸子。
ひろしの話をしたり小草若を連れてきたりと行動を起こしていたことに気付く正典。
そして小梅は、家族を元気付けようとしていた喜代美の真意を悟った。
工房では草々が、自分の落語の欠点を言ってくれと喜代美に迫っていた。
喜代美は「聞いていられない」の本当の意味を説明できるわけがない。
喜代美は話のはずみで、小草若が和田家で落語をかけたことを口にする。
草々は、どうせ寿限無だろ、あれしかできないのだ、と妙に生き生きする。
喜代美が申し訳なさそうに「けっこう面白かった」と言うと、草々は睨みつけて、もう一度「次の御用日」を聞けと言う。
あれから毎日稽古したのだ、とさらなる熱演を見せる草々。喜代美は、草々への想いを再認識する。
いつしか和田家の面々が、工房の入り口に集まっていた。草々の噺に、喜代美が笑う。家族も笑う。
サゲまで終えて草々が頭を下げると、和田家の一同は笑顔で拍手を送った。
期せずして、正太郎の命日に家族全員の笑顔を見ることができたのであった。
【第30回】
居間に戻った和田家は草々の話を聞く。
小草若とは一日違いの入門で、自分の方が兄弟子だと強調する草々。
仲良くしたらいいのに、と言う正平に小梅は、仲が良いゆえにつまらないことで張り合うのだと、正典と小次郎を見やった。
小次郎は本当は、円周率を100桁言える正典を格好いいと思っていたと明かした。
草々は、正平が箸の切れ端で作った像に目をとめ、福井竜か、よく復元したと一人で興奮する。
店には、建具屋から乾燥機をタダで借りられる話を取りつけたと、竹谷が訪ねてきていた。
仏壇の正太郎の遺影と対面した草々に喜代美は、正太郎がよく落語のテープを聞いていたことを話す。
今はテープが切れて、と言う喜代美に、正平は「つなげばまた聞ける」と修復を始めた。
喜代美は、草々に兄弟がいるのか聞く。草々は「昔は兄が一人、弟が二人いた。皆いなくなった」と答えた。
喜代美がその意味を問おうとしたとき、正平が「できたで」と声をかけた。
工房で喜代美は、テープを再生させる。耳に懐かしい「愛宕山」が蘇った。
「草若師匠の声だ」と呟いた草々の目に、見る見るうちに涙があふれ出した。
これが、俺がもう一度会いたい師匠なんや。流れる涙もそのままに、草々は聞き入っていた。
夜、草々は大阪に帰った。糸子は喜代美に、正太郎の命日は終わった、あんたも大阪に帰れと言う。
自分のことで手一杯だったのが、家族を元気付けるために奔走した。大阪に行って喜代美は変わった、と。
正典も「子どもは、親が放っといても勝手に成長するのかも」と続けた。
正平は、やはり大学に行って恐竜を研究したいと告白する。正典は、好きにしろと穏やかに言う。
そして一同は喜代美に、早く大阪に帰れと、手拍子まで打ってせきたてた。
翌日、喜代美が去った縁側に正典は立っていた。
「3.1415926535…」円周率を延々と唱える正典。小次郎が見上げる。
小次郎にすごいと言われたくて円周率を覚えたのだと、正典は明かした。
一方、若狭塗箸製作所では秀臣が、乾燥機に関する竹谷の報告を聞いていた。
秀臣は、自分の名前を出さずに話を進められたか、と念を押した。
大阪、草若邸。「ただいま帰りました」と言う喜代美に草々は、やぶから棒に
「俺の妹になってくれへんか」と切り出すのであった。
第6週「蛙の子は帰る」2008/05/05-2008/05/10
【第31回】
草々は、再び草若の落語を聞きたいと思い始める。その手始めに、喜代美に「妹になってくれ」と頼む。
草々との打ち合わせ通り、草若に「弟子にしてくれ」と喜代美が言うと、草若はあっさり許可する。
踊り上がる草々。すかさず草若は喜代美に、一緒に風呂に入ろうかと言う。弟子は師匠の背中を流すものだと。
仰天した喜代美が「破門にしてくれ」と叫ぶと、草若はこれまたあっさり「根性ないな」と言った。
草々と喜代美の芝居は、はなから草若に見抜かれていたのだ。
そしてまた、草々は離れの自室で一人、稽古を繰り返す毎日に戻った。
喜代美はそんな草々の落語を子守唄がわりに眠る、贅沢な時を過ごしていた。
いつしか喜代美は、奈津子のマンションで作業しながら「瀬をはやみ~」と呟くようになっていた。
草々が稽古している「崇徳院」の一節だった。
「崇徳院」のあらすじを熱っぽく説明する喜代美に、奈津子はおかしそうに笑う。
そして、落語の話をする喜代美は楽しそうだと言う。
喜代美は、草々の落語が面白いからだ、ぜひ一度聞いてくれと力説する。
奈津子は、それなら落語会を開いたらどうかと提案する。そうすれば、いろんな人に聞いてもらえると。
喜代美は磯七の店に駆け込み、落語会を開くにはどうしたらいいかと尋ねる。
磯七は、一人で開くには会場を借りるにもチラシやチケットを作るにも大ごとだ、と難色を示す。
徒然亭も昔はよく落語会を開いたが、皆いなくなった、と磯七。そして草若の四人の弟子の話をする。
刷毛に含ませたクリームで、鏡に大書する磯七。
「草原」「草々」「小草若」「四草」。
喜代美は、小浜で草々が呟いた「兄が一人、弟が二人」を思い出していた。
喜代美が四つの名前を見つめる中、磯七は「過ぎた時間は戻らない」とその名前を拭き消していった。
喜代美が戻ると、草々が草若に頭を下げていた。稽古をつけてくれと。
師匠の落語を伝えたいのに途絶えてしまうと悲痛な声で懇願する草々。草若はどうやって伝えると言うんだと怒鳴る。
協力する者もないこの環境で、一人で落語ができると思っているなら、それは傲慢だと草若は言い放つ。
草々は自室に戻り、座布団を抱きしめて嗚咽にくれる。そんな姿に、喜代美はある決意を固めていた。
【第32回】
喜代美は正典に電話をかけて尋ねた。
「正太郎の弟子である秀臣の元で修業した正典は、正太郎の塗箸を受け継いだことになるか」と。
正典が「そういうことになるかも」と答えた矢先、正平や糸子が受話器を奪い取る。
言いたいことだけ言って、喜代美が正典と話したいと言う間も与えず、糸子はさっさと電話を切った。
喜代美は小草若を寝床に呼び出す。上機嫌の小草若に喜代美は「草若の元に戻ってくれないか」と頼む。
「それは草々のためか」と恐る恐る聞く小草若。喜代美は即座に肯定する。
落胆した小草若が拒否した時、草々が寝床に入ってくる。そしてまた、草々と小草若の口論が勃発した。
喜代美は草々に、残る二人の兄弟弟子に、戻るよう頼みに行こうと言う。
草々の熱意を示せば、一度は離れた兄弟弟子にも伝わるのではないか、と。
連れ立って「おとくやん」に行く二人。草原を探しに、草々は別行動をとる。
喜代美は、実演販売コーナーに目を留めた。販売員が噛みながら、ハンドミキサーを紹介していた。
見入っているのは喜代美だけ。気弱そうな販売員は、喜代美にハンドミキサーを勧める。
喜代美は「買います」と頷くが、19,800円という値段に及び腰になり、分割払いでもいいかと聞く。
「いいですよ」と穏やかに答えた販売員に、草々が「草原にいさん!」と呼び掛けた。
草原に、草々はもう一度草若の元に戻ってくれないかと頭を下げる。
「無理や」と草原。
高座ではいつも、客を笑わせる難しさを痛感していた。今は帰宅すれば妻子の笑顔がある。それが幸せなのだと。
草若は墓地で、小草若と鉢合わせする。
「あんたのせいで、オカンは一人さびしい思いしながら死んでった」と小草若は、草若が供えた花を打ち捨てる。
草若は、小草若が豪華な花を供える様子を黙って見つめてから、立ち去った。
喜代美は草々に、まだ四番弟子がいると言う。
草々は、四草は人の頼みを素直に聞く男ではないとにべもない。ろくでもない、冷たくて狡猾な男だと。
折しも、ある一室で布団から起き出した男が、女を荷物ごと放り出して、九官鳥にエサをやっていた。
草々は「算段の平兵衛みたいな男や」と吐き捨てる。
「算段の、平兵衛…」その名を繰り返す喜代美。そこで、はたと気付く。
「…って、誰?」
【第33回】
草々は「算段の平兵衛」のあらすじを教える。
金目当てに庄屋を死なす平兵衛。その罪を庄屋の妻にかぶせて、死体の始末を請け負ってまた金を稼ぐ。
今度は盆踊りの民衆に、自分たちが殴り殺したと思い込ませてまた金を取り…
「そんな落語で笑えるのか」と喜代美。草々は、草若の語る平兵衛は憎めない男だったと言う。
延陽伯。中国人店員が客の勘定をしている。
「3240円」と店員。二階から下りてきた男が「3280円だ」と訂正する。
3280円支払って帰る客。男は40円を掴みとる。「僕の手柄だ」と。それが、四草だった。
「相変わらず頭悪いですね」
来店した草々たちの頼みを四草は一蹴した。草若の落語を伝えても、何の利益もないと。
そもそも落語家を目指してなどいない、草若が語る平兵衛に惚れただけだと。
天狗座からの出前が入り、四草は喜代美に「こんな暑苦しいだけの男のどこがいいんだ」と耳打ちすると、店を出た。
寝床で酔い潰れた草若は、何で落語みたいなもんやってたんやろな、思い出したくもないと吐き捨てる。
草々がなおも「師匠の落語を」と言いかけたとき、草若は草々の顔に酒を引っ掛けた。
「弟子だった奴の顔など見たくない!」と声を荒らげる草若。
草若は「落語みたいなもんに必死になって人生狂わす奴はアホや~」と宣言してテーブルに突っ伏した。
草々は壁の穴から手を出して、テープを貸してくれと喜代美に頼む。
テープの声を追い掛けるように繰り返す草々は、弟子入りした頃を思い出す。
最初の稽古で、よく通る声を「お前の宝物だ」とほめられたことを。
草々が姿を消した。喜代美は狼狽するが、草若は「好きなところに行けばいい」と寝転んだまま言う。
座布団を背中にくくりつけた草々は、一軒家から出てきた男の子を懐かしそうに抱き上げる。
男の子、颯太はびっくりして泣き出した。颯太の泣き声を聞きつけて、草原がとんできた。
居間に通された草々は、しばらく置いてくれと頭を下げる。草原の復帰は諦めたが、せめて
草原から草若の落語を教わりたい、と草々は懇願するが、草原は「話してる暇はない」と断った。
夜。喜代美が壁の穴から覗き込んでも、草々の部屋は真っ暗だった。
その頃、草々は草原宅で一人、「瀬を早み~」と朗々と稽古していたのだった。
【第34回】
草々は草原宅での朝食時、草原に「崇徳院」の和歌の解釈を尋ねる。
草原は、急流の激しさを映像的に思い描けと説く。
岩に当たって割れ砕けた水が、「われても末に逢わん」で合体する。
「とぞ思う」と主観が入って、激しい恋の歌であることを思い出すのだと。
草々は「さすが」と感嘆するが、草原は「だから俺は『口だけ師匠』なのだ」とそっけなかった。
夜、草原が仕事から帰宅すると、颯太が草々の向かいで噺を聞いていた。
草々は草原に、お陰で和歌を感情込めて言えるようになった、と言う。
師匠や草原たちとまた落語をやりたいという、3年間の自分と重なる、と。
喜代美は草若宅で、ハンドミキサーを使って夕食の支度をしていた。
喜代美が草々のどんぶり茶碗を見やった瞬間、手元が狂って汁が飛び散る。
それを拭こうと小脇に置いたミキサーが転落し、壊れてしまった。
草若は「機械を使っても失敗するんやな」と笑っていた。
草原宅では夕食後、颯太が草々に「おはなし」とせがんだ。
草々が崇徳院の続きを話していると、草原が突然「やめてくれ!」と叫んだ。
しんどかった落語を思い出したくもない。思い出させないでくれと言う草原に草々は謝ると、居間から立ち去った。
緑は草原に「『落語』を思い出したくないのではなく、『落語が楽しかったこと』を
思い出したくないのではないか」と優しく語りかけた。
草原は職場で、修理受付に回された。ほかの店員に代わってからは実演販売コーナーは賑わっている。
草原は、ちっともウケず客席を凍らせた、かつての落語会を思い出す。
青ざめる草原に草若は「ぬるめの風呂を自分の体で温めるのも気持ちのええものや」と高座に向かった。
気付くと目の前に、壊れたハンドミキサーを持ち込んだ喜代美がいた。
喜代美は、草々が家出したことを話す。草原は、自分の家にいると伝えた。
喜代美が草原宅に着いた時には、草々は書き置きを残していなくなっていた。
その頃、延陽伯では四草が、ほかの店員たちから非難を浴びていた。出前からの戻りが遅い、どこの天狗座に行っていたと。
四草が無視して二階に上がろうとしたとき、草々が入ってきた。
草々は四草に頭を下げる。「俺に稽古をつけてくれ。『崇徳院』やりたいんや」と。
【第35回】
喜代美は延陽伯に駆け込んで、四草はいるかと店員に尋ねるが、中国語で軽くあしらわれる。
喜代美は「ワタシ、喜代美アルヨ!四草サン捜シテルアルヨ!」と食ってかかる。
その横をすり抜けて、出前に赴く草々。喜代美は慌てて草々の後を追う。
喜代美は「草若は心配もせず酒を飲んでいる。あんなひどい人、放っとけばいいのに」と口を尖らせる。
草々は「今度言ったら、女でも承知しない」とすごむとそのまま立ち去った。
草原は、喜代美あてに修理完了の連絡を入れた。
「はい、もしもし~」電話に出たのは草若だった。草原が息を飲む。
「どちらさんですか~」草若の声に、名乗ろうとしては言葉を飲み込む草原。
「あれ?耳が悪うなったんかいな」一声発する勇気も出せず、草原は受話器を握り締めている。
「すんません、切りますよ~」草若が受話器を置く。ようやく草原は呟いた。
「師匠…」
四草は草々に、天狗座への出前に行かせた。楽屋に注文の品を届けた草々は、会場を覗く。
折しも舞台上は、尊建の「時うどん」だった。尊建の噺に爆笑が起こる。草々は会場を後にした。
喜代美は草原に、草々が延陽伯にいると伝え、改めて、戻る気はないのかと聞いた。
草原は、18年続けたが芽が出なかった。人には向き不向きがあると言うばかりだった。
そのころ四草は草々に、尊建は場数を踏んで上達していただろう、いい加減に目を覚ませと説いていた。
草原宅を訪れた喜代美は「徒然草」を引き合いに出し、兼好が一日中机に向かっていられたのは
書くことが好きだったからではないか、と言う。
そして、草原も落語が好きだから18年続けたのではないかと説いた。
なおもかたくなな草原に、緑が語りかけた。
「私と颯太はこの3年、マー君の疲れた顔しか見てないよ」と。
草原の笑顔を見たい。草々を助けることが草原に向いている、草原らしい生き方だと緑は諭した。
その時。「せをはやみ~。いわにせかるる、せをはやみ~」。颯太が、落語家の真似事をしていた。
草原は颯太を膝に乗せた。「瀬を早み~!」
喜代美が初めて聞く、草原の朗々とした声だった。
緑が颯太を自分の膝に乗せ直し、「崇徳院」を語る草原の隣に座った。
草原はしみじみと「われても末に逢わんとぞ思う。…とぞ思う」と繰り返していた。
【第36回】
延陽伯の二階で四草は、喜代美と草原に「草々は昨夜出ていった」と告げる。
落語を教える気もないのに草々をこき使って、と非難する喜代美に四草は「騙される方が悪い」と言う。
本気で草若の元に戻る気なのかと問う四草に草原は「俺もお前も、あのとき逃げた」と返す。
「逃げた」という言葉に、平兵衛がつと反応した。
四草は「弟子を見捨てて逃げたのは草若のほうだ」と声を荒らげる。
平兵衛が「ニゲタ、ニゲタ」と鳥籠の中で暴れる。
「ええやないですか、あんな人どうなったって!」
四草が吐き捨てたとき「セヲーハヤミッ」という声が響いた。平兵衛だった。
平兵衛は「崇徳院」を唱え始めた。四草が露骨にうろたえる。
「やめろ、平兵衛!」鳥籠にしがみついて四草が叫んでも平兵衛は続けた。
草原が穏やかに言った。「ずっと稽古してたんやな…」
四草は4年前を思い出していた。「何で僕が崇徳院なんか」と毒づく四草。
草若は笑顔で「アホで純情であったかくて面白い。お前、そういう話ができる男や!」と四草の髪をかき回した。
いつしか四草は泣きじゃくっていた。草原が部屋のカーテンを引き開ける。
「すぐそこに天狗座が見えるなあ…出前行くたびに、落語聞いてたんやな」草原は四草の頭を撫でた。
墓地では草々が、おかみさんに意欲の限界を謝罪していた。
「瀬をー早みい…」喜代美がやって来た。続いて、草原と四草も姿を現した。
草原は墓前で、三年間の無沙汰を詫びた。四草も手を合わせた。
草原は草々に謝り、「もう大丈夫や。お前は一人やない。兄ちゃんと弟がついてる」と誓った。
草々は草原に抱きつくと号泣した。四草の首にも腕を回し、二人をきつく抱きしめて大声で泣き続けた。
三人の弟子は草若邸の前に立つ。しかし草原は「景気づけ」と称して、寝床で酒を飲み始めた。
小草若がやって来た。草原と四草は復活宣言する。草々は「お前は仲間に入れへん」と言う。
またも喧嘩になる草々と小草若。そこに「そこで霊柩車通っとった」と菊江が入ってきた。
慌てて親指を隠す草々。小草若は逆に、これ見よがしに親指を立てた。
草々と小草若が互いの顔をつねり合っているところに、寝床の扉が開いた。
草若だった。
状況が飲み込めない草若は、勢揃いしている弟子たちをただ見つめていた。
第7週「意地の上にも三年」2008/05/12-2008/05/17
【第37回】
硬直した空気の中、喜代美はお銚子を引っくり返してしまう。
その音に我に帰り、寝床を逃げ出す草若。草原、草々、四草は慌てて追い、草若邸の居間に正座した。
また落語をやることにした、と草原は畳に手をついた。「お願いします」
草々と四草が続く。「お願いします」「お願いします」「お願いします」喜代美も頭を下げていた。
草若は、草原に妻子は元気かと尋ね、四草にもカラスは元気かと聞いた。
四草が「九官鳥です」と言うも「似たようなもんや」とどこ吹く風の草若は、
「落語やりたいなら、よそへ行け」と自室に引っ込んだ。
草原、草々、四草は寝床で、落語会を開くべく作戦会議を始める。
喜代美は、お囃子なら手伝える、と自分を売り込むが、草々に断られる。
草原もいるし、今度は徒然亭の落語会だ。三人で何とかする、と。
熊五郎から手伝いを頼まれた喜代美は散髪屋で、今夜のコンサートのチラシを磯七に渡す。
磯七は悲鳴をあげ、はずみで散髪に来ていた客の口髭を片方そり落とす。
「一番に誘うように言われた」という喜代美に磯七は、何と残酷なことを、とわなないた。
喜代美は、磯七や菊江に言われたとおりの欠席の言い訳を熊五郎に伝える。
腹を立てた熊五郎は、メニューの一斉値上げの暴挙に走る。「昼の定食2万8千円」に驚く菊江。
咲まで「うちの人の歌が分からんのなら食べてもらわんで結構」とタンカを切るありさまだった。
結局、客が屈する形でコンサートは開かれた。
お花ばあさんがせめてもの気休めにと、耳栓がわりのおもちゃを配る。
草若は久々だから楽しみだと耳栓を断る。草々も芸のためにと聞く気満々だ。
突如、寝床が暗転し、草若がすだれを巻き上げた。そこは狭いステージ。熊五郎がギターを構えていた。
オープニングの挨拶に続いて熊五郎が歌い始める。「寝床」が、客の耳に容赦なく飛び込んでくる。
酔いしれて歌う熊五郎。必死にこらえる客。喜代美がふと振り向くと、咲は感涙にむせんでいた。
喜代美はふと思い立つ。「落語会、この店でやりませんか」草々には聞こえていなかった。
喜代美は草々の髪をひと房つまみ上げると耳に怒鳴りこんだ。「ら・く・ご・か・いー!」
ステージでは、歌いきって晴れ晴れとした顔の熊五郎が、スポットライトに照らされていた。
【第38回】
喜代美は食器を洗いながら「寝床」を口ずさむ。草々も無意識に歌っていると、草原と四草が来る。
喜代美は寝床で落語会を開けないかと提案するが、草々が「無理や」と言う。
一度は草々も頼んだが、熊五郎が「これは咲に愛を捧げる場だ。他の者は上げられない」と断ったと。
四草は不敵に「タダで貸してもらおう」と呟いた。
四草は「熊五郎の前座として落語をやらせてくれ」と言う。
自分たちはいわば、ビートルズの前座のドリフターズだ。落語の後なら愛の歌はより際立つと。
乗せられた熊五郎は会場代はいらない、と上機嫌で奥に引っ込む。
四草は「落語が終わったら退散すればいい。後で客がどうなろうが知らん」と言い放った。
草々、草原、四草は稽古部屋を片付け、打ち合わせを始める。
草々は崇徳院をやりたがるが、草原が「崇徳院は四草にやらせろ」と言う。
草原は、めくりを手に三年前の一門会を懐かしむ。あの時も小草若は寿限無だった、と四草。
草々は、小草若に実力の差を知らしめるため、一席めは寿限無にすると言う。
草原はめくりを繰り続ける。四草、小草若、草々。中入り明けて草原。
そして、草若の名。無言でめくりを戻して草原は、集客方法をどうするかと話題を変えた。
そばつきはどうかと四草。ここぞと喜代美は話の輪に首を突っ込んだ。
「私…おそばなら打てる。…かも?」
喜代美は糸子に電話をかけ、そば打ちを教えてほしいと頼む。
糸子は「そばをなめたらアカン」と熱弁を振るう。
昔、危険な任務を負う忍者もそばを持って歩いたという。そばの栄養がどれだけすごいか、推して知るべしやと。
喜代美は一方的に電話を切って、料理本を頼りにそばを作るがうまくいかず、とうとう癇癪を起こす。
草若は背後から「飽きない子やなあ」と笑って見ていた。
草々は草原に愛宕山を教わる。喜代美は、廊下から稽古部屋の様子を窺う草若に気付く。
草原が草々に「もっと元気よく」と指導するのを、頷きつつ聞く草若。その様子を喜代美は稽古部屋の三人に話す。
稽古の声に草若のやる気も蘇ってきたのかも、と弟子たちは意気込む。
稽古を再開する一同。愛宕山坂の歌を歌い始める草々。草原も、四草も、そして喜代美も。
草若に聞かせんとばかりに声張り上げて、体を揺すって歌うのであった。
【第39回】
草々は落語会のチラシの草稿を熊五郎に見せた。熊五郎の名は「お楽しみゲスト」と伏せられていた。
熊五郎は突然、落語会の話はなかったことにしてくれと言い出す。
経緯を聞いた四草は、小草若が横槍を入れたのだろうと推察する。
へらへらと様子を見に来た小草若に草々は掴みかかり、昔から人の邪魔をして、と憤る。
完成寸前の恐竜のパズルを壊しただろうと草々。小草若は、仕返しにエロ本を破いただろうと応戦する。
騒ぎを聞きつけて草若まで出てきた。小草若は「あんたの落語のせいでオカンは死んだ」と悪態をつく。
草若は反論もせず「俺は二度と高座には戻らん」とだけ答えた。
小草若が菊江仏壇店にいると、喜代美が追いかけてきた。さっきの言葉の意味を教えてくれと。
小草若は、3年前の一門会、草若は女の元に行ってすっぽかしたのだと言う。
しかもそれを志保の目の前で明かした。それ以来、志保の病状は悪化してしまったと。
さらには志保を放っておいて、常打ち小屋建設のために奔走した。
そんな草若の落語を継ぐ行為は認めたくないと吐き捨てる小草若だった。
咲は、目先の上得意客一人のために、男と男の約束を破るなんて見損なったと熊五郎を叱責する。
店が潰れて路上が寝床となろうとも、落語会はこの店でやる、と咲は男気たっぷりに決断した。
しかし徒然亭の面々は、草若の「高座には戻らない」宣言の影響ですっかり士気が低下していた。
和田家一同がいきなり草若邸に訪ねてきた。
糸子は若狭ガレイをあぶり始め、小梅は草原の三味線を指導し、正平は草々と再会を喜ぶ。
ちょうど入ってきた四草は和田家の面々を一瞥して、この頭の悪そうな連中は誰だと言う。
喜代美は慌てて事情を説明しようとするがうまく言えない。しかし糸子はすらすらと理解した。
正典が糸子の翻訳能力に目を丸くするが、糸子は平然として一同に若狭ガレイを勧めた。
弟子たちと草若と和田家。若狭ガレイや酒を囲み、糸子を中心に、期せずして和やかな時が流れた。
夜。和田家は離れの喜代美の部屋に布団を敷き詰めて眠っていた。正典の脚が喜代美の上に乗る。
喜代美は脚を払いのけつつ、庭に出る。草々が縁側に腰を下ろしていた。
寝つけないという草々は、おかみさんのことを思い出してしまった、と呟くのだった。
【第40回】
喜代美は草々に「おかみさん」のことを聞く。草々は懐かしく語り始めた。
志保はお囃子さんだった。草若の高座のはめものは大概志保が務めていた。
不器用な人で、たんぽぽの花が好きで。志保がいるだけで春の日だまりのように暖かかった、と。
喜代美は糸子からそば打ちを教わるが、ダメ出しにへこたれ、ハンドミキサーで生地をこねようとする。
糸子に「すぐ楽するから何しても半人前なのだ」と指摘され、とうとう喜代美は投げ出した。
喜代美の部屋では、小梅が三味線を弾いていた。張りのある音に、小梅は満足そうに微笑んだ。
物置状態の奈津子の部屋に、小次郎が訪ねてきた。
小次郎は再会の喜びに浮かれて、奈津子が止める間もなく室内に上がり込む。
奈津子の脳内に、苦い記憶が蘇る。掃除もできないのかと罵倒された過去。
小次郎は部屋を見て小刻みに震えていた。奈津子は、昔の男への恨み節混じりに弁解した。
小次郎が絞り出すように声を発した。「た…宝の山や!」
部屋に転がる物にあれをくれ、これも欲しいと目を輝かせる小次郎に、奈津子は安堵して笑顔を見せた。
草若邸では小草若が志保の遺影に「ちょっと、帰ってきた」と挨拶していた。
小草若は線香を探すが、一本もなかった。その時、隣室から愛宕山が聞こえてきた。しかも、草若の声。
たまらず小草若は、襖を開けて「親父!」と呼び掛けていた。
稽古部屋にいたのは草々一人だけだった。ラジカセからは、テープが愛宕山を語り続けていた。
小草若はそのまま襖を閉じてしまった。
夜のラジオ局。生番組の仕事を終え小草若が表に出ると、草々が立っていた。
草々は小草若に、本当は草若の復帰を願っているのだろうと尋ねる。
言下に否定する小草若に「それなら何故、徒然亭の名で芸人活動している」と草々はぶつけた。
お前一人がこの三年、師匠の名を、徒然亭の名を守り続けているのだと説く草々に
小草若は震える声で打ち消すのが精一杯だった。
タクシーに乗り込んだ小草若は街灯の流れる中、窓に身をもたせていた。
草若邸の台所では、喜代美のそば打ち修行が続いていた。
「もういやや」と逃げ腰の喜代美に糸子は「腰を入れて!」と叱咤する。
母娘は「どーん。どーん」と声を合わせながら、そば粉と格闘するのだった。
【第41回】
喜代美は、そば打ちに挫折して菊江仏壇店へ脱走した。
そこに小草若が、いちばん高い線香をくれと来る。安いのでは、自分の稼ぎを志保に伝えられないと。
喜代美は3年前のことを話題にするが、小草若は「親父の味方する奴はオカンの敵」と拒絶する。
たまりかねて菊江は、3年前の真相を明かす。
医師から志保の余命が3ヶ月と伝えられた草若は、志保の病室を訪れる。
志保から演目を尋ねられた草若は一瞬の躊躇の後、愛宕山だと答えた。
小屋から頼まれたのだ、自分も本当は志保のお囃子でやりたいがと弁解して、草若は病室を出た。
志保は、草若に余命を知られたと察し、見舞いに来た菊江にそれを伝える。
菊江は天狗座の正面で、通りの向こう側に草若を発見し、あらん限りの声で名を呼ぶが、往来の車の音にかき消された。
喜代美は、妻が余命わずかなら落語をする気になれないのは当然だと言うが、芸人ならせねばならないと小草若は断定した。
菊江は小草若にバラしたことを、仏壇に手を合わせて志保に謝罪した。
小草若は墓地で線香を供え、既に花立てにあったかすみ草にそっと触れた。
草若邸の台所では、喜代美がそばの生地を伸ばしていた。
四角く伸ばせ、四角がこんなに複雑な形だったら葉書も書きにくいと糸子。
かつて母から教わった味だからこそ喜代美にも覚えてほしいのだという糸子の言葉を、小草若が聞いていた。
小草若は稽古部屋で、落語会のチラシを手にとると破き始めた。
小草若は「作り直せ」と言う。出演は草原、草々、四草、そして小草若だと。
草々は小草若の胸ぐらを掴み「底抜けに…お帰り」と語りかけた。
小草若は一瞬後、「使い方が違う」と実技指導を始めた。
廊下では様子を覗いていた糸子が、小草若も出るのかと嬉しそうに喜代美に聞いた。
四草は寝床の店頭にチラシを貼る。
チラシのスペースに、やや窮屈そうに小草若の名が加筆されていた。四草は笑みを漏らす。
稽古部屋では、小草若がトリで出たいと駄々をこねていた。草原は小草若のトリを認める。ただし演目は愛宕山だと。
小草若はうつむく。草々は、トップで出て寿限無だけかと泣いて訴えた。
草若は、寝床の店頭のチラシに目を留める。
付け足された小草若の名に驚きを隠せず、まじまじと見つめる草若であった。
【第42回】
落語会当日。糸子は、行く気のない草若に「師匠が、親が聴いてやらんで誰が聴くのだ」と説得した。
演芸場に変貌した寝床の客席には、緑と颯太、延陽伯の店員たち、尊建と柳眉の姿もあった。
糸子は草若を席に案内した。草原たちが出囃子を奏で始めた。
草々は、草若の「落語なんかまともな人間のやることやない」という発言をマクラに仕立て直した。
四草は崇徳院。「瀬を~早みっ!」のセリフに、颯太が体を揺すって喜ぶ。
続く草原は緊張していきなり噛む。颯太が無邪気に「おとうさん!」と呼び掛けた。
草原は「うちのボンボンです」と己を取り戻す。それをきっかけに、草原の噺は滑らかになった。
中入り。草若は草原の3年間の積み重ねを思い、四草が崇徳院をかける気になったことを感慨深く呟く。
喜代美は、草原のそばにも、四草のそばにもずっと草若がいたのだと説いた。
小草若は自分の名について、いつか「小」が取れるようにと激励された気がして、と誇らしげに言う。
そして「子どもにええ名前をつけたいアホな親の話」と寿限無を始めてしまった。
話すうちに小草若は、涙声になり、ぼろぼろ泣き始める。客席の草若は優しげな笑みを浮かべていた。
小草若は抑えきれず、一気にサゲまで話し終えるともつれるように高座を降りて、辺り憚らず号泣した。
客席は異様なざわめきに包まれた。これで終わりかと問う小梅に正典は、お楽しみゲストが出るはずだと答える。
控えでは草々が熊五郎をせっつくが、こんな空気で出られるかと断られる。
四草は草々に出てくれと頼む。草原も、愛宕山をやれと三味線を構えた。
草々は腹をくくり今一度、高座に踏み出そうとした。その時だった。
草々の目の前を横切るように、草若がゆっくりと高座に向かった。
襟元の手拭いを取った草若は座布団を見つめ、ややあって見台の前に座り、頭を下げた。
道に迷ってしまい、3年かけてここにたどり着いた、と草若は小拍子ひとつ、愛宕山を話し始めた。
和田家は思い出した。正太郎のありし日、節目の場面にはこの声の、この噺のテープがあったことを。
弟子たちもまた、3年越しの草若のトリに万感の思いの涙を流していた。
再び目に力強い輝きを取り戻した草若は、晴れ晴れとした表情だった。
「その道中の、陽気なこと!」
第8週「袖振り合うも師匠の縁」2008/05/19-2008/05/24
【第43回】
落語会を終えた寝床では、磯七が草若の復帰にご満悦だった。
菊江は小草若にお銚子を差し出し、草若を見やる。受け取った小草若は、草若の杯に酒を満たした。
飲み干した草若は小草若に注ぎ返し、草原、四草にも酌をする。弟子たちは杯を干した。
草々は一人、門に腰を下ろして夜空を見ていた。
喜代美は、家族が寝入っても心の高ぶりが止まらず、庭で月を見上げていた。
草若邸では草若が、四弟子を前に酒を飲んでいた。
不意に草若は草々に、髪型を何とかしろと言う。落語家にふさわしくないと。
兄弟弟子にも好き勝手に言われるが、草々は泣くのをこらえていた。
ずっと草若にそう言われるのを待っていた、本当に落語家に戻られたのですね、と草々は涙声だった。
天狗芸能会長室。鞍馬が電話の相手に怒鳴り散らしていた。電話を叩き切った鞍馬は、甘いものを要求する。
ドアが開き、草若がヤツデ屋の紙袋を差し出した。ひっぺがすように栗羊羹を箱から出して頬ばる鞍馬。
鞍馬は、草若が羽織袴姿で来たことに目を留めた。
草若は、落語家復帰を報告する。弟子たちも戻ったと。そして借金の話を始めると、鞍馬が打ち切った。
あれはくれてやった手切れ金だ。天狗芸能を敵に回した一門がどれだけできるか楽しませてもらうと。
草々は草若邸の縁側で、散髪すべくシートを襟回りに巻いて座っていた。
喜代美はどこの毛から切るべきかと、あちこちの髪を恐る恐るつまんでいる。
草々は喜代美に、今まで付き合わせて悪かった、もう好きな所に住んでいいと言う。
ザクッ。
喜代美が草々の髪を一束切り落としていた。ひどいやないですかと喜代美。
その声に、居間の四草がむっくり起き上がった。ついで草原。草原の腹を枕にしていた小草若がずり落ちる。
喜代美は、最初こそ無理矢理で不安だったが、草々の落語を聞いて、ここに住む実感を得たと話す。
すっと障子が開く。腹這いのまま様子を窺う草原、小草若、四草の顔が並ぶ。
それに気付かず、喜代美は訴え続ける。そこに草若が帰ってくる。小浜に帰る糸子たちも来た。
喜代美の脳裏に、正太郎の「ぎょうさん笑え」が蘇ってきた。喜代美は我知らず呟いていた。
「わたし…落語家になる」
顔を上げた喜代美はもう一度、しかし今度は明確に宣言した。
「落語家になる」
【第44回】
喜代美の「落語家になる」宣言に、正典は怒りに満ちて、喜代美を小浜に連れ帰ろうとする。
喜代美は糸子に発言の真意を問われるが、うまく説明できない。正平が穏やかに解説した。
子どもの頃から落語のテープが好きだった。落語家の家に下宿し、落語会でお囃子もお茶子も務めた。
さらに、テープの声は草若だった。これは運命だと思ったのではないかと。
そのとき竹谷が迎えに来た。糸子は「ここは任せて」と、他の者を帰らせた。
糸子は、喜代美の決意に「好きにしたらいい」と言う。ただしその前におかあちゃんを倒して行き、と。
大根おろし一本勝負。制限時間は三分。喜代美と糸子は草若邸の台所に戦いの場を移した。
糸子は、スタートの合図を徒然亭に頼む。
草原兄さんお願いします、いや噛むから、ならオレが、小草若がでしゃばるなら俺が、なんで草々が…
「用意、スタート」兄弟子がもめている隙を突いて、四草が宣告した。
糸子は鼻唄まじりに快調におろすが、喜代美の大根おろしは一向に増えない。
「あと一分」四草の声に、喜代美の手の動きが鈍る。糸子は「諦めるのか、もうしまいか」と挑発的だ。
負けたくない。糸子の思惑通りにさせない。喜代美は包丁を握り締めた。草原と草々がギョッとする。
喜代美は、大根を角切りにすると、ハンドミキサーに突っ込んだ。
そして鼻息一発、喜代美はミキサーで大根を粉砕した。破砕音と、四草が残り秒数をコールする声が重なる。
タイムアップ。皿に盛った量は、明らかに喜代美が多かったが、ミキサーは反則だろうと草原が言う。
糸子は、せこい手まで使って、このアホ娘となじるが、あんたの勝ちやと諦めたように認めた。
見届けた草若が居ずまいを正す。それから相手の出方を待つように、孫の手で背中をかき始めた。
勝負には勝ったが、落語家になる方法は分からない喜代美。糸子はさしあたって草原に説明を求める。
草原は、「この人ぞ」と思い定めた落語家に弟子入りするのだと言う。喜代美の視線が草若に向く。
喜代美は草若の前に両手をつき、弟子入りを願い出る。笑顔を見せる草若。喜代美の緊張がとけた瞬間。
「お断りします」
孫の手を襟首に突っ込んだまま、草若は穏やかに言い放った。
「あなたを弟子にとるわけにはまいりません」と。
【第45回】
喜代美にお断りの理由を尋ねられた草若は「しんどい」と答えて居間を出た。
四弟子は縁側で草々の散髪の準備をする。
草原は草々に動くなと指示したり、無言で鋏と戯れる四草から鋏を取り上げたりと忙しい。
小草若は、フリルのエプロン姿の妹弟子・喜代美が寝起きの自分に微笑む妄想に身悶える。
そんな小草若に「死んだらええのに」と毒づく四草。
小草若が四草を伴って仕事に赴くと、草原は大胆に散髪を始めた。
小浜では正典が、一人で戻ってきた糸子に文句を言っていた。
糸子は、一度断られたぐらいで喜代美は諦めない、という。どうするんだと正典。
糸子は、雨の中に座り込んででも、根性と熱意を伝えるのだろうと答える。
正典は、それは持ち前の明るさと前向きさで突き進む子だと突っ込んだ。
公衆電話経由で喜代美に泣きつかれた順子は、お断りは喜代美の根性を試しているのだと言う。
しつこいと思われるのと、落語家になれないのと、どちらがイヤかと問われた喜代美。
後者との答えに順子は、それならしつこいと思われても再び頼み込めと助言した。
短髪になった草々は草若を前に愛宕山を稽古するが、草若は徐々に脚を崩し、寝転ぶ。
草原の稽古。寝床を語る草原が草若を見ると、すでに寝息を立てており、草原の声も小さくなる。
四草の崇徳院。座ったまま寝入った草若の手から扇子が滑り落ち、ショックの四草も扇子をとり落とす。
小草若に至っては、出だしの「ちょっと入りぃ」で「便所」と出ていってしまう草若だった。
草若の稽古はあんな感じなのか、と寝床で尋ねる喜代美。弟子たちは、草若は遠回しだからと答える。
テレビでは、気象情報を伝えていた。喜代美の目が画面に釘付けになる。
リポートしているキャスターは清海だった。寝床の一同は、喜代美と同姓同名の幼馴染みと知って驚く。
四草は一人、「つらい学生生活だったのだろう」と推察する。
清海は「ホワイトクリスマスに恋人としたいこと」の街頭インタビューの結果を伝えている。
寝床に入ってきた草々は即座に、テレビの中の清海に目を奪われる。
喜代美は思い詰めた顔で「やっぱり、もう脇役はいやや」と呟く。草々が喜代美を見る。
清海は華やかな笑顔で「私の第1位は『二人で雪かきをしたい』、です」と締めくくっていた。
【第46回】
小浜の秀臣一家は、清海が出演するニュース番組を見ていた。
友春は友人に清海のサインを頼まれたと話すが、秀臣は「清海は芸能人ではない」と表情が固い。
そして友春に、跡継ぎの自覚はあるのかと尋ねて居間を出た。
静は「秀臣は大学に行ってなくて苦労したから、友春を心配するのだ」と説いた。
草若邸では、草若が愛宕山を唱えては首をひねっていた。
喜代美は再び、弟子入りを願い出る。草若の返事は「無理や」だった。
草々は、草若は3年の空白明けで自信の芸にも不安があるはずだと喜代美に説明する。
とても新弟子を育てる余裕はない。草々もブランクを痛感している。草原や四草もそのはずだと。
折しも稽古部屋では、四草が算段の平兵衛を途中から忘れてしまっていた。
落ち着けと指導する草原もまた、途中で止まる。草原と四草は二人して愕然としていた。
喜代美は奈津子に意見を求めるが、上の空の奈津子はフーテンの40男が…と自分の世界に突入していた。
我に帰った奈津子は、視野を広げろと喜代美に言う。草若だけが落語家ではない、と。
その日以来、喜代美は延陽伯で天狗座への出前持ちを始める。
様々な落語家の高座を聴き、帰宅後その落語を勉強するようになった。
しかし、落語の知識が増えるほどに、どんな落語家より草若の弟子になりたい思いが募るばかりだった。
小草若はテレビ局で、新しいアシスタントになった清海に挨拶される。
小草若は清海に、喜代美の話をする。その矢先、友春が割り込んできて、再び小草若と喧嘩腰になる。
小草若は、喜代美が自分の身内になるかもしれんと勝ち誇ったように友春に告げた。
喜代美が愛宕山のテープを書き起こしていると、友春が訪ねてきた。
友春は本音を吐露する。秀臣のようになる自信はないが、喜代美が横にいてくれたら頑張れると。
喜代美は友春に、それはできないと断る。草若の落語を受け継いで伝えることに決めた、と。
何の取り柄もない自分がどこまでできるか分からないが、投げ出さず最後までやってみるつもりだと。
友春には立派な社長になってほしい。喜代美がくじけそうになった時には、
友春も悩みながら秀臣の箸を受け継いでいることを思って、励みにするから、と。
そして喜代美と友春は、すっきりした笑顔を交わすのであった。
【第47回】
友春は正典たちに、喜代美との婚約を解消させてほしいと一方的に頼んで居間を出る。
友春に追いついた正典は、喜代美はどうしているかと尋ねる。
落語家になると言っていた、と友春。自分の道を見つけるべく一生懸命に落語と向き合う喜代美を見て、
自分も秀臣を理解しようと思うようになった、と友春は正典に語った。
大阪では喜代美が、くしゃみして身震いしながら愛宕山を唱えていた。
壁の向こうで草々は、しつこい奴だとぼやきつつ寝返りを打った。
工房で作業する正典を、小梅が見つめる。
塗箸を作る姿が正太郎に似てきた、今も正太郎が正典を導いている、と小梅は感慨深げだ。
そして小梅は喜代美の話をする。三味線ライブの時、大阪行きを言い出した時、反対しなかった理由。
喜代美がぎょうさん笑って生きる道を探すよう、正太郎が導いている気がしたのだ、と。
喜代美が愛宕山を唱える声に、徐々に咳が混じる。
喜代美は崩れるように倒れ込む。流れ続けるテープの音声に、
幼い日に工房で、正太郎を偲んで泣いた記憶が呼び起こされた。
音声が途切れた。喜代美は起き上がる。テープが絡まっていた。
急に静かになった喜代美に、草々は部屋の扉を叩いて呼び掛けた。そこに正典が訪ねてくる。
正典が扉を開けると、喜代美はテープを握ったまま、意識を失っていた。
喜代美は母屋の草若の部屋に寝かされた。正典は居間で、草若に礼を言う。
正典は改まって、喜代美を弟子にしてやってほしいと草若に頼む。
正典は愛宕山のテープを置いた。
この落語を正太郎と聴いた記憶が戻ったことで、正太郎の後を継ぐ決意ができたと正典は語る。
草若はテープのラベルを見る。草若の脳裏に20年前の記憶が蘇った。
ロビーで正太郎が係員に、特別な日の記念に、今の高座のテープを欲しいと頼んでいた。差し上げればよい、と草若。
正太郎は草若に、息子が今日、後を継いで塗箸職人になると言ってくれたと話す。
自分の仕事を見ていた者が後を継ぐ。それだけのことがなぜこんなに嬉しいのかと正太郎は言った。
正典の話は続く。あの日、この落語を聴きに行かなかったら、正典が修業をやり直すことも
喜代美が落語に出会うこともなかった。亡くなった正太郎が正典や喜代美の進むべき道を照らしている気がする、と。
【第48回】
正典は稽古部屋で、四弟子に箸を一膳ずつ手渡す。銘々に箸を見つめる四人。
正典は正太郎の言葉「人間も箸と同じや。研いで出てくるのは塗り重ねたものだけや」を四人に伝えた。
草若は、眠り込む喜代美の横で愛宕山のテープを聴いていた。
喜代美は、工房で正太郎と並んでテープに聴き入った思い出を夢に見て幸せな笑みを浮かべている。
草若は愛宕山を唱え始め、「やってみ」と呟く。喜代美は寝言半分に繰り返す。
ふと目覚めた喜代美が起き上がる。草若は愛宕山の続きを話す。
「やって、み」草若に促された喜代美の目に、涙が浮かんだ。涙声で喜代美は復唱を始める。
稽古部屋とを仕切る襖が音もなく開いた。
草原、草々、小草若、四草、そして正典は一言も発さず、草若と喜代美を見つめていた。
それと知らず、喜代美は涙をこぼしながら草若の言葉を繰り返す。
「その道中の、陽気なこと」草若が抑揚をつけて語る。
「その道中の…陽気な、こと…」喜代美はようやく言葉を絞り出す。
草若は「今日の稽古はこのへんで」と部屋を出た。喜代美は「ありがとうございました」と頭を下げた。
正典は廊下で、草若に礼を言う。草若は「あんたも私も、これからが大変だ」と言った。
草若の部屋では、兄弟子たちが喜代美のそばで口々に祝福の言葉をかけていた。
小草若が「こんな可愛い妹ができて底抜けに幸せや」と笑った。また喜代美の目に涙が浮かぶ。
草原が「小草若兄ちゃんが泣かした」とからかう。
目の前でじゃれ合う四人もの「お兄ちゃん」に、喜代美は幸せを感じていた。
そっと正典が帰ったことも、むしろ訪ねてきていたことも気付かぬまま。
夜。草若は喜代美に、正式な入門は年が明けてからにすると告げた。
最初の3年は、酒と煙草、アルバイトは厳禁。そして、色恋も厳禁だと。
草若は除夜の鐘が鳴るまでは自由の身だと言い、台所の草々に視線をやった。
銭湯へ行く喜代美が部屋を出ると、草々も同時に出てきた。
草々を意識する喜代美の足が止まり、草々が「行かないのか」と声をかけた。
草々は、年が明けたら「草々お兄さん」と呼べと言う。喜代美は色恋厳禁を痛感する。
草々は、年末にちなんで掛け取りを唱える。喜代美も隣で草々の噺を聴く。
それが、喜代美と「草々さん」との最後のデートだった。