「笑顔の明日へ」
扉が開く。
「ちょーっと、待ちな」
突然の声に、なおが握っていたフルーツナイフは止まる。
こんな夜中に誰なのか、医師が止めに来たのか、迷惑だ。
…だが、その声はどこかで聞いた声であった。
「なお、お久しぶりでぃ」
なおは扉の方に顔を向ける。
そこに立っていたのは、黒い軍服のような服に、帯刀。
地味な茶髪にアイマスク。ぱっとしないタレ目の男だった。
その個室の扉口に立っていたのは、あたしがあの事件で共にした男だった。
「そ…総悟…くん?」
沖田、総悟。 かつて明治維新の時代に活躍した、新撰組の一人である。
だが彼は実史のほうではなくif世界の沖田である。
ゆえに
緑川なおという世界とは必ず交わることのない世界線のはずだ。
だが、彼はここにいる。
「え…なんで……ここ…に?」
コツ、コツ、コツ、コツ。
沖田総悟は語らない。無言でなおへ近づく。
彼がなおのベッドへ歩き、ベッドの前に立つ。
なおは無意識で左手に持っていたフルーツナイフを投げ捨て、起き上がり、彼の方へ這い進む。
そして、彼の黒い軍服の裾を掴むとなおは抱きつき、彼のお腹に顔をうずめ、涙を流した。
総悟はなおの頭を軽く撫でた。そして、呟く。
「俺が一生お前を守りぬく。」
「え…」
なおは総悟のお腹から顔を離し、総悟の顔を見る。
なおの脳内は彼の言葉の意味ばかりが行き交う。
総悟は指を立ててなおの頭を掻く。
息を吸い、吐く。
総悟は目を閉じ、しばらく黙った。
なおはただ、総悟の腕を掴みながらその様子を見ていた。
そして彼は目を開く。
「俺と結婚しねぇか」
告白。
あたしの、好きな人があたしに告白。
だが総悟という男は非常にドSな人なのである。
あたしの少ない記憶の知りうる限り、こんなドSな人は知らない。
なおかつ、こういったドSな人はこんなムードあるように愛の告白をしてくるのはおかしい。
もしかしたら、ただあたしをからかいに来ただけなのだろうか、あるいは後であたしを殺すのだろうか。
だが彼はわざわざ異世界から来たのだろう。こんなあたしを殺すためにわざわざこんな手間かかることはしない。
いや、ドSゆえにこういった"わざわざ"よりも"あたしをからかう事"を楽しみたかったのかもしれない。これなら納得いく。
しかしあたしの好きな人の告白は正直嬉しい。もうこれっぽち程度ではない。このまま死んでもいいほど嬉しい。死にたくないが嬉しい。
もし、総悟があたしを刺しに来たとしても、あたしの大好きな彼ならば刺されてもかまわない。こんな世界いらないんだから。あたしは自殺しようとしていたのだし。しかし彼がいるならばやはり死ぬのは嫌だ。一年、いや一週間だけでもいいから彼と暮らしたい。彼をあたしをばかにした人たちにみせつけてやりたい。沖田総悟は本当にいたんだって言いまわりたい。でも、どうせまたバカにされるだろう。いや、戸籍がないはずだ。そこからついていけばいいのではないか。駄目だ。国外密入国者と言われるかもしれない。いいや良く考えたらべつに見返さなくてもいいんじゃないか!あたしはただ彼と暮らしていきたかったそれだけだ総悟と一緒にお買い物に行きたいそして喫茶店で美味しいパフェをおごってもらおうその後はバッテイングセンターに行こうかな総悟はきっとたくさん打てるだろうあたしも一緒に打ちたいあるいはバッテイングセンターじゃなくてボーリングもいいだろうあたしが失敗した両サイドのピンを総悟に倒してもらおう逆でもいい…駄目だ無理なんだそうだった今のあたしにはそんなことなどできないんだっただって右腕なんて無いんだこれじゃあバットが持てないそれに足も無いんだボーリングもできないだろう総悟に抱いて投げたとしても結局総悟の実力次第だろうあたしの力は関係ないのだそれにやけどに鼻も曲がっていて耳も聞こえない目も片方は潰れているこんな異形じゃあ町を出歩いたところで気持ち悪い存在としてしか見られないむしろ総悟に迷惑をかけるしかできないだろうならばあたしは死んだほうがマシだ沖田総悟の告白はとてもうれしい………
「……でも、わたしこんな体だよ!?左手しかないし、しかも指も足りない!それに顔もボロボロ…」
いつの間にか、なおは思っていたことを口に出していた。
なおは はっと気付くと、口を押さえて黙った。
その様子に沖田総悟は笑い、なおのほおをつねる。
「そんなん関係ねぇんだ、俺と結婚しろ。」
緑川なおは、沖田の言葉を受け止めた。
「………… うん…っ!!」
緑川なおは涙を流しながら顔を赤らめ、喜んだ。
沖田総悟はおでこを撫でるように照れを隠した。
その時、病院の窓から見えた月は綺麗だった。
とある市内の自然公園。日曜日だからか、親子連れでにぎわっていた。
公園内にある穏やかな丘には二人の男女が座っていた。
男は白い袴を着こなし、立って辺りを見はらしていた。
女はラフな服装で車イスに座っておりサングラスをかけていた。
彼らのもとへ三人の少年少女が走りながら近づいていく。
「パパー!!あっちでサッカーしようぜ!!」
「兄ちゃんちがうぞ!オレと砂場であそぶんだ!」
「ママ!四葉クローバーみつけたの!」
その少年少女は彼らの娘息子である。 その家族は沖田一家であった。
今はもうあの忌々しい事件からはや十年たっている。
十年前、沖田総悟と再会直後あるテレビコメンテーターが緑川に対する反応が酷過ぎる、と発言したのをきっかけに、
マスコミの対応の酷さが露見しマスコミは緑川なおへ謝罪をした。 ある雑誌でなおの経緯を完全に記載されたこともある。
雑誌の内容に対する反応は賛否両論であったがなおは自分のことをちゃんと知ってもらえただけで満足だった。
記憶の消えた家族とも十年の年月を経て、今では本来の仲を取り戻している。
過去のことは思い出せなかったが、この十年の間に家族との思い出を作って行っていた。
沖田総悟と再会して二年、今から八年前には彼と結婚して、あたしは 沖田なお となった。
沖田総悟は戸籍を入手していて、市内に沖田流の剣道道場を開いている。
あたしは道場の二階にある住処でパソコンを使ってスポーツに関する研究の仕事をしている。
七年前に一人目、五年前に二人目、四年前に三人目の彼との子供を産み、元気に育っている。
引っ越した直後はあたしの風貌に近所付き合いは悪かったが、今では仲良くやっている。
ゴールデンウィークの二日目の今日は道場も休み、家族でお出かけに公園へやって来ていた。
「なあ、なお。 あの三日間を覚えているか?」
総悟はなおに語りかける。
「忘れるわけないじゃない」
なおは息子の頭を撫でながら言った。
「ははは…そうだな、俺はあれがあったからおめぇといられる」
「ふふ、あたしがこうなっても?」
「まーいいんじゃねぇかな」
「どうしたの?今日は優しいね」
「そんな日もあるさ」
沖田総悟はそう言い残すと、サッカーボールを抱かえ、二人の息子とともに広場へと歩いて行った。
沖田総悟の姿が見えなくなると車イスの足元に座って花摘みをしていた娘の頭を撫でた。
「あたしの体が壊れちゃったのも、記憶がないのも、嫌だったけど…いまはもう大丈夫。」
なおはサングラスを外すと、自然公園に風が吹き抜ける。
その風はなおの顔の火傷をやさしく撫でていった。
「あなたが居てくれたから…」
青い空に、散り散りした雲を眺めたまま呟いた。
「ママ、なんていったの?」
「…………」
「なんでもないよ」
また公園に風が吹き抜け、娘の持っていた四葉クローバーが飛んで行った。
その四葉クローバーはどこまでも、はるか空の向こうまで飛んで行った。
まるで、明日へ向かって飛んでいるかのように…
【バンダイ作品ロワ 緑川なお&沖田総悟 完】
最終更新:2013年09月04日 22:27