満月の夜の馬鹿騒ぎ、誰も彼もが踊っている。
そんな舞台の裏幕で、疾風の様に駆け抜ける、いや、飛び跳ねる男が一人。
その名はウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイド侯爵。死人が蠢く森の中を彼はひたすらに飛び跳ねる。
(まったく、大したものだな)
先のフレディとの激戦の跡の欠片も残されていないバネ足を動かしながら、彼は『クロケット頭』こと
東方仗助のスタンド、クレイジーダイヤモンドの能力に一人舌を巻いた。
ふと、バネ足だけで留めず、自身の負傷も治療するべきだったかという考えが脳裏をよぎる。
そんな悠長な時間はない。ウォルターは内心で頭を振った。
蠢くゾンビ、掃討に出払った仲間たち、手薄となった避難所。
そんな好機をあの男が見逃すはずがない事は、誰であろうウォルター自身が一番理解をしていた。
遥か時の彼方、葬り去った筈の友人。
過去から蘇った悪夢。
『三年前』のウォルター・ストレイドを追い続ける狂人。
この殺し合いの場で自身の悪評を広めて回っていたあの男は、今この時を狙って確実にやってくる。
あの時と同じ様に、自分ではなく、自分を変えた存在、変えていく存在を狙って。
(……まるで、あの時の再演だな)
マーガレットを守る為、一人孤独な戦いに身を投じた時の事をウォルターは思い出す。
取り留めのない過去の回想。
どうしようもなく荒れていた自分。
母の代わりに自分を叱ったマーガレット。
『イタかったよなァ、あれは……』
今でもあの時の頬を張られた衝撃と痛みは忘れることはない。
一人戦場へと跳ねるウォルター。
だが、今の彼の脳裏に浮かぶのは、取り留めのない過去の思い出ではなかった。
『ピポポポ、ゼットーン』
何を考えているんだかわからない宇宙恐竜。
『は、はわわわ!ごめんなさい!』
マーガレットと同年代の癖に一人で生きていけるかも心配になる小娘。
『テメェー!今俺の頭の事なんつったコラァー!』
髪型をからかった程度でプッツンするクレイジーなクロケット頭。
『ああ、うん、こうやって大勢と話すのは久しぶりだったからさ』
一々重い空気を醸し出す陰気な餓鬼。
『わ、わおーん!?フ、フツオー!見てないで助けてよー!』
化け物の自覚があるのかどうかもわからない情けない狼女。
この殺し合いの会場で出会った奇妙な同行者達。
だが、決して悪い気はしない。
顔に似合わず仲間想いで一本芯の通った好漢ゼットン。
どんな相手にでも分け隔てなく平等に接する強さと優しさを持ったつかさ。
ふざけた態度の裏に気高き黄金の精神を持つ仗助。
年齢に見合わない悲しみを背負いながらも前を向いて歩き続けるフツオ。
そんなフツオの横で、何も言わずにただ寄り添う、寂しがりやでお人好しな影狼。
その誰もがかつての自分から見たら眩しく、
そしてその輪の中に入れた自分が――
「くくっ……、我ながらバカバカしい」
らしくない。
そうウォルターは自嘲の笑みを浮かべる。
かつては背徳の具現者、天下の放蕩貴族と呼ばれた男が、なんとも女々しい考えを浮かべたものだと。
「でも……」
ここに来て彼らと出会って、僅か数十時間。
たった数十時間というかけがえの無い時間の中で過ごした奇妙な日常。
その奇妙な日常を思い起こすウォルターの顔は次第に柔らかな、どこか寂しげな笑顔へと変わっていく。
「楽しかったよなァ、あれは」
誰が聞く事もない嬉しそうな呟きが月の夜に呑まれて消えた。
異形の影が走る。
飛蝗を思わせるその怪人は、その双眸に狂気の光を宿らせて、ただ一点、柊つかさの眠る避難所へと向かっていた。
柊つかさを殺す事が目的なのか。
確かにそうだ。
だが、それは目的の一つに過ぎない。
「ウォルタァァァァァ……」
忌々しげに、愛おしげに、怪人、フランシス・ボーモンはその男の名を、一番の目的を口にした。
確信めいた思いがあった。
ウォルターであれば、あの時のように小娘を殺そうとする自分を妨害する為に自分の前に現れると。
邪魔者のいないこのタイミングなら自身が行動を起こす事をきっと読んでくれると。
もしアテがはずれたら?
それはそれで好都合。その時は小娘を殺して『ハイ、サヨナラ』だ。
どっちにしたって自分にとって問題は生じない。
機は熟した。
まるでクリスマスのイヴにサンタを待つ子供のように、ボーモンはウォルターに会うのが待ちきれなかった。
早く。
早く早く!
早く早く早く!!
自然と足取りも早くなる。
森の終わりが見えて来た。
避難所として使われている筈の教会へと続く広場の中に、とても、とてもとても見覚えのある人影が佇んでいるのをボーモンは捉えた。
かくして19世紀のイギリスを舞台に開かれた怪人同士の邂逅は、時を隔てた今この時に再び幕を開く事となった。
舞台は奇しくも教会の前。
だが、空には雨雲はなく、降りしきるのも水の粒ではなく月の光。
かつては鏡映しの様に同じ姿をしていた怪人は、その片方が飛蝗を思わせる異形へと姿を変えていた。
「やあウォルター。ようやく会えたね」
「ああ、ようやく会えたなフランシス・ボーモン。随分と好き勝手やってくれたじゃないか」
剣呑な空気が辺りを包む。
油断なくボーモンを見据えるウォルターに対し、ボーモンは愉しそうにくつくつと肩を揺らしている。
「何が狙いだ、フランシス」
「狙い? 狙いだって?」
飛蝗の怪人から、あきゃきゃきゃという耳障りな笑いが上がる。
双眸に宿る狂気の光がより一層輝きを増した。
「わかりきった事は聞くものじゃあないよウォルター! 僕の目的はあの時から変わってない!
君を変えた存在は殺す! 高く飛ばなくなった君は殺す! 僕が望むのは『3年前』の高く飛んでいたウォルターだ、今の君じゃあない!」
圧倒的な狂気。
過去に憧れた存在に心を奪われ続けたままのボーモンの姿は、決着から長い年月を経たウォルターの心を、あの雨の降りしきる教会の前へと戻す。
「やはり、お前は狂っているな。フランシス」
「何とでも言いたまえよウォルター。さ、君には退場してもらおうか。さっさと君を殺して、僕はその奥にいるお姫様も血祭りにあげなくてはいけないのだからね」
バネ足ジャックの制作者であるボーモンは確信している。このホッパー・ドーパントの姿は自分の作ったバネ足など歯牙にもかけない程の性能を有している事を。
そして、ウォルターもまた、ボーモンの態度からそれを察する。
勝機は万に一つもあるのか。
それでも構わず、ウォルターは目の前の怪人を遮るように、あの日を再現するかの様に、両手を広げた。
「失せな、フランシス。ここから先は馬鹿で間抜けな俺の友人ども以外立ち入り禁止だ。
……お前だけは、入らせない」
脳裏に浮かぶのはこの場で出会った仲間達との日常。
その日常を守る為、目の前のかつての友は自分が食い止めなければならない。
厳かに、絶対的な決意を言い放ち、バネ足ジャックはホッパー・ドーパントの前に立ちはだかった。
怪人達の決着の刻が、再び訪れる。
最終更新:2013年12月17日 05:02