「翠星石、待つのー!」
「チビ苺に捕まるほど私はマヌケじゃないですよ~だ」
nのフィールドで翠星石達いつもの四人組は追いかけっこをしていて遊んでいた。
最初はジュンの部屋で遊んでいたのだが「うるさい」と追い出されてここへと場所を移したのだった。
既に真紅と蒼星石は雛苺に捕まっていて、二人の追いかけっこを眺めていた。
もっとも、捕まったのは雛苺のレベルに合わせての事だからだが、翠星石は本気で逃げている。
「翠星石も大人気ないわね…」
「精神年齢が雛苺と同じだからじゃないのかな」
呑気にそんな事を交わしている間にも、二人は遠くへと走っていき距離が開いていく。
「もう、待ってなのー!」
「嫌ですよーだ! …ん?」
後ろから息も絶え絶えに呼ぶ雛苺に舌を出してからかってると、ふと何かを蹴っ飛ばした。
大した物じゃないだろうが、何を蹴ったかと思ってそれを見ると、翠星石の足が止まり目が少し大きく見開かれた。
「あれ?」
落ちていたのは、見慣れた…と言うかいつも身につけているヘッドドレス。
いつの間にか落としたのか、と思って頭を触ってみるがちゃんとヘッドドレスは被っている。
だがこれは間違いなく自分の物と同じ…それを拾うと同時に後ろから雛苺にタッチされた。
「翠星石捕まえたなの! …うゆ、それ翠星石の?」
「だと思うんですけど…私のは被ってるし…」
雛苺も翠星石が持っているそれに気付き、翠星石も雛苺の方を向いてそれを見せる。
そうしていると真紅と蒼星石もやって来た。
「どうしたの? …ヘッドドレスが二つ?」
「何があったのかしら。…それにそれ、酷くボロボロね」
真紅が言った台詞を聞き、よく見てみると確かにあちこち解れて汚れている。
まるで何かと争ったような…。
「…他にも何か無いか探してみよう」
「そうですね」
蒼星石の意見にみんな頷き、辺りを捜索し始めた。
それから数十分後。
「何かあったー?」
「こっちは何も無いの…」
「こっちもね…ホーリエ、あなたももっとよく探しなさい」
捜索しているがなかなか何も見つからず、そろそろ中止しようかという雰囲気が流れ始めた。
「うーん、こっちも…あれ?」
その時、翠星石が誰かが倒れているのに気付いてそれに駆け寄っていく。
そして近くまで来て誰かが分かると、翠星石の表情が驚愕に変わった。
「な、な、な…みんな、こっち来るですぅー!!」
―※―※―※―※―
「本当なのか…」
「そうね、間違いないわ」
「でも、どうしてこんな事が…」
「…不思議なの…」
「…訳わかんねーですぅ…」
翠星石が見つけたそれをジュンの部屋に運び込んで翠星石の鞄に入れ、ジュン含めた五人は理解出来ないといった様子で話をしていた。
突然の事で頭が追いつかない、そんな様子だ。
そんな調子で話していると、不意にその鞄が開きそっちを見る。
そこには当然と言うべきか、翠星石…ここにいるのとは別の翠星石がいた。
鞄の中の翠星石はみんなに気付くと、驚いたような表情を浮かべる。
「真紅…雛苺…それに蒼星石…!!」
もう一人の翠星石は鞄から飛び出し、涙を流して蒼星石と雛苺二人を纏めて抱きしめた。
「みんな、みんな無事だったんですね!! みんな雪華綺晶に壊されたかと…よかったですぅ…!!」
「ちょ、ちょっと待って翠星…えっと、翠星…石?」
「うゆ…きらきしょおって?」
「みんな無事と言う事はもう雪華綺晶は倒したんですね!! これで元の平和な生活に戻るんですね!!」
抱きしめられた二人と真紅は訳が分からない、と言った様子で頭の上にハテナマークを浮かべて顔を見合わせる。
その様子に気付く事無く、もう一人の翠星石はただただ涙を流して泣きじゃくるだけだ。
だが、そのもう一人の翠星石に翠星石が近づいて行き、後ろから肩を叩くとその方を向いてきた。
「誰ですぅ! …って、な…!」
「それはこっちの台詞ですぅ。お前は何者ですか!? 私と同じ姿で…」
「…わ、私が、もう一人いるですぅ…」
翠星石ともう一人の翠星石、二人が顔を見合わせてもう一人の翠星石は唖然として固まってしまった。
その隙に二人は抜け出し、二人の翠星石をまじまじと見つめる。
「本当にまったく同じなの…」
「僕でも区別がつかないかも…」
「そっくりって次元じゃないわね…」
「聞きたい事は山ほどあるけど、まずおめーは誰ですか? どうしてあんな所で倒れてたですか?」
唖然としているもう一人の翠星石に翠星石は質問していくが、もう一人の翠星石は頭が追いつかず「あ、え…」とか言うばかり。
それに業を煮やした翠星石はもう一人の翠星石に食って掛かり、両肩を掴んで揺さぶり始めた。
「いいからさっさと答えるですぅ! 訳わかんねーのはこっちも同じなんですよ!」
「う、うえ、えぇ…!」
肩を揺さぶっているとまたも泣き出し、それに気付いて翠星石は溜息を吐いてその手を離した。
「…落ち着くまで特別に私の鞄を使わせてやるですよ。とりあえず今はゆっくり休めですぅ」
悪びれた態度でそう言うともう一人の翠星石は頷き、それを確認して翠星石は皆に目配せをした。
「下に行くですよ。私達がいたら余計混乱させちまうですからね」
「…そうね、それが良さそうね」
小声でそう交わし、もう一人の翠星石を残して部屋を出て行った。
残されたもう一人の翠星石は鞄を開けると倒れこみ、そのまま鞄を閉じるのも忘れて眠りに付いた。
―※―※―※―※―
リビングに来た翠星石達は、変わらずさっきの翠星石の事について話し合っていた。
「あいつ、本当に私なんですかね…何だかオドオドしてると言うか、頼りないと言うか…」
「お前の性格が悪いだけじゃないのか」
「何ですってチビ人間!」
「何だかかなり酷い目に合ってきたようだね。それに雪華綺晶って…」
「…聞いた事の無い名前ね。名前からして私達と同じローゼンメイデンのようだけど…」
「分かんないの…」
いくら話をしても堂々巡りで、何も分からない。
だが、不意に真紅が何かを思い出したようにハッと口を開いた。
「…まさか、並行世界…」
「並行世界? なんだそりゃ」
「この世とは別の世界の事。それは幾つもの可能性に分岐していて、様々な世界があるのよ」
「…? よく分からんな…」
「まったく…。例えば、昨日あなたがお腹を空かして台所のパンを見つけたとしましょう。そこであなたは考える。
今このパンを食べれば夕飯があまり食べられなくなるからよそうか、それとも今の空腹を満たす為に食べるか…あなたならどうする?」
質問を振られたジュンは少し考えてから口を開いた。
「…僕なら食べるな」
「そう、そこでパンを食べるという選択をした。でももしかしたら食べなかった選択をしたかもしれない…。
そこで世界は二つに分離する。パンを食べた世界が生まれ、食べなかった世界も別に生まれる」
そこで真紅は紅茶を一口飲み、先を進める。
「更に言えば、あなたが私と契約しなかった世界もあるかもね。私が人間の世界も、ひょっとしたらあなたが人形の世界も…ね」
「…何となく分かった気がする」
「そうして様々な可能性の世界が生まれていく。彼女の世界も、そう言った可能性の世界の一つなのよ」
真紅の説明でみんな粗方理解でき、ジュンの部屋の方を見上げた。
その世界がどう言った物か分からないが、辛い事があったには違いないだろう。
翠星石はイスから立ち上がり、リビングのドアへと向かう。
「何処に行くの?」
「あいつの様子を見てくるですぅ。さっきは酷い事しましたから…」
それだけ言うとリビングを出てジュンの部屋に向かい、ドアの音を立てずに静かに部屋の中へ入っていった。
もう一人の翠星石は鞄を開けっ放しにしていて、翠星石は鞄に近付くとしゃがみ込んでその顔をじっと眺める。
さっきは気付かなかったが、拾ったヘッドドレスと同じように満身創痍で、顔には流れた涙の跡が残っていた。
それを見て、翠星石は罪悪感と哀れみを感じて鞄を閉めようとした。
だがその前にもう一人の翠星石が目を覚まし、二人の眼が合った。
「あ…」
「…起こしちまったですかね?」
目が合い、もう一人の翠星石は怯えたように後退りをする。
翠星石はそんなもう一人の翠星石に、さっきとは違う優しい笑みを浮かべてみせた。
「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。さっきは悪かったです」
「……やっぱり、お前も翠星石ですか…?」
「そうみたいですね。真紅曰く、並行世界の翠星石みたいですが」
「…どういう意味ですぅ?」
「あまり深く考えるなですぅ。お腹減ってるでしょう? 今ちょっとした物持ってきてやるですぅ」
もう一人の翠星石の頭を撫でるとそれで警戒心が解けたらしく、強張っていた表情を緩めた。
それから翠星石は部屋を出て行き、数分経ってから紅茶とスコーンをトレイに乗せて持ってきた。
「元気の源は翠星石特性スコーンから! …って、お前も翠星石ですね」
「…お前は料理が出来るですか?」
「へ? お前は出来ないですか?」
「…一度チビ苺と作ったらおぞましい玉子焼きが出来たですぅ…」
「同じ翠星石だというのに…ほら、冷める前に食えです」
笑ってスコーンと紅茶を差し出し、もう一人の翠星石は紅茶を飲むと安心したような笑顔を浮かべた。
「懐かしい味ですぅ…」
それからもう一人の翠星石はスコーンと紅茶をすぐに平らげ、その様子を翠星石は眺めていた。
「少しは落ち着いたですか?」
「ええ…」
「じゃあ、少しは説明してくれますか? お前が何処から来たのか、何があったのか…」
翠星石がそう尋ねると、もう一人の翠星石は目を伏せて、ポツリポツリと話しはじめた。
「…私達の世界では…残っているのは私と雪華綺晶だけですぅ…」
「雪華綺晶って?」
「…こっちの世界には雪華綺晶もいないんですね…。雪華綺晶は私達と同じローゼンメイデンで、第七ドール…でも、その性質は極めて異質…」
「…第七ドール…ですか? 私達の世界にはいないですぅ…」
「その雪華綺晶は最悪な性格で…残酷な手を使ってチビ苺や真紅、金糸雀、水銀燈達のローザミスティカを…」
「水銀燈まで…」
「そして残るは私だけになって、殺される寸前まで行ったですぅ…」
その時の様子を思い出し、もう一人の翠星石の体が細かく震えだした。
「奴の目の薔薇に捕まれ、もう最期かと思ったですぅ…! 嫌だ、嫌だと必死に願ってたら急に蒼い光に包まれて…」
「…それでここへ飛ばされたって訳ですか…」
「…きっと蒼星石が私の為に…! でも、結局私はみんなを見捨てたことに…!!」
もう一人の翠星石の目から涙が溢れ出し、翠星石はハンカチでその涙を拭う。
「…それは違うですよ。蒼星石が助けてくれたんだから、見捨てた事にはならんですぅ」
「でも…」
「でもじゃねえですよ。…それで、これからどうするですか? 元の世界に戻るんですか?」
「…戻り方なんて分かんないです…それに、戻ってもまた…」
「…しばらくゆっくり考えるですぅ。結論が出るまで、何日でもここに居て良いですから」
「いいんですか?」
「お前もジュンと契約してたんでしょう? ここもジュン、何も遠慮するこたあねえですぅ」
「…ありがとうですぅ」
こうしてもう一人の翠星石は、しばらくこの家にやっかいする事になった。
それから数日が経った頃…。
「どうなんだ? もう一人の翠星石の方は?」
「大分元気になったみたいね。顔色も良いわ」
二人の前では雛苺ともう一人の翠星石がいつも通り戯れていて、その姿は傍から見ても元気そうだ。
ちなみに、区別する為にもう一人の翠星石のヘッドドレスには赤いリボンが付けられている。
「もう、もう一人の翠星石も酷いのー!」
「おチビ苺が鈍いんですよ~」
「ぶー!」
基本的な性格は同じで、悪戯好きなところも変わっていない。
二人のその光景を見てジュンと真紅は、呆れながらも安心したようで笑顔を浮かべる。
だが翠星石の表情は浮かなく、それに真紅が気が付いた。
「どうしたの、翠星石」
「…あいつ、まだ心の底から笑ってないですぅ」
「…そう?」
「あいつは私ですからね。私の事は私が一番よく分かるです」
それを聞き、真紅とジュンももう一人の翠星石を見た。
だがその笑顔が本物かどうか、二人には分からなかった。
その夜、翠星石がもう一人の翠星石と一緒の鞄で寝ていると、何かの声で目が覚めた。
翠星石は鞄を開けて隣のもう一人の翠星石を見ると、苦しそうに呻き声を上げているのに気が付いた。
その様子に手を伸ばし、体を揺すって呼びかけた。
「おい、しっかりするですぅ!」
何度も体を揺すって名前を呼ぶと、ようやく目を覚ました。
それで翠星石に気が付いて、思い切り胸元に抱きついてきた。
それを翠星石はしっかりと抱きしめる。
「う…わぁ…あぁ…!」
「…また怖い夢を見たですね」
背中をさすりながらの質問に、もう一人の翠星石は何度も頭を縦に振る。
何も言わなくても、夢の内容は分かる。雪華綺晶の夢だろう。
夢で半ば錯乱状態にあるもう一人の翠星石を安心させようと、涙で服が汚れるのも気にせずずっと抱きしめ続けた。
それからしばらくして落ち着くと、二人は鞄を出て窓から月を眺めていた。
「…当たり前だけど、月も同じですね」
「…私なりにお前の事考えてたんですけど、やっぱ結論はこうですぅ」
翠星石は真剣な表情でもう一人の翠星石の顔を覗きこみ、二人は向き合った。
「お前、ここで暮らせですぅ」
「…え?」
「元の世界に戻っても雪華綺晶にやられるのがオチなら、ここにいれば良い。お前は私なんだから何も遠慮する事は無いですぅ」
優しい笑顔で言ったが、もう一人の翠星石の表情は複雑そうだ。
それに翠星石は首を傾げた。
「どうしたですぅ?」
「…でも…それはみんなを…」
「…お前がここに来たのは蒼星石の意思ですぅ。みんなを裏切る事にはならないはずですよ」
「それに…雪華綺晶が来たら…」
「心配するなですぅ。その時は、私が絶対に守ってやるですぅ」
もう一人の翠星石の目を覗き込み、頑固たる意思でそう言い切った。
翠星石の目に迷いは無く、もう一人の翠星石もそれを見つめ返す。
「……本当に…良いんですか…?」
「ったりめーですぅ! 私がもう一人の私を見捨てるわけねえですよ!」
満面の笑みで親指を立てて突き付けると、涙を流して胸元に飛び込んできた。
そのもう一人の翠星石をさっきと同じように抱きしめる。
「…これから…お願いするですぅ…!」
「ははは、何だかプロポーズみたいですね。…こっちからもよろしくですよ」
次の朝…。
「おらぁチビ人間!!」
「お目覚めのダブル・翠星石・キックですぅー!!」
二人の翠星石は同時に飛び上がると、そのままベッドで寝ているジュンに急降下キックを浴びせた。
夢の中にいたジュンはそれをまともに喰らい、肺中の空気を搾り出されて目を覚まし二人を睨む。
「お…お前ら二人して…!!」
「へーんだ、起きないチビ人間が悪いですよー!」
「そうですぅ!」
「こんの…性悪人形どもー!!」
ジュンが怒鳴ると二人とも可笑しそうに部屋を出て行き、後には真紅とジュンだけが残された。
順は痛む腹をさすりながら、開け放たれたドアを見続けていた。
「くっそ…一人でも手一杯だってのに…」
「災難ね。…でもあの子、なんだか前よりも良い笑顔になってるわ」
「…そうか?」
「ええ。もう迷いは無くなったようね」
その台詞と穏やかな表情を浮かべる真紅で、ジュンはもう怒る気をなくし溜息を吐いた。
「…しょうがねえな。今日のところは許してやるか」
やれやれと言った様子で頭を掻き、ベッドから起き出した。
翠星石がもう一人増えた、騒がしい日々はまだ始まったばかり。
終わり
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