冬の夜明けは凍える空気の中で静かに、そして遅く明けていく。
メグのベッド際にある目覚まし時計がその静寂を破り1日の始まりを告げる。
「んん~。ふわァァァ~」
ベッドに横になったまま背伸びをし、大きなアクビで目覚める。
昨夜の目眩も雑音もすっかり取れたメグはゆっくりとベッドから起き上がる
と鏡を見る。かすかに残る目の充血に目薬を差しカーテンを開けて
もう一度大きく背伸びをした。
(うん、大丈夫。さぁて、今日もガンバルか!)
昨夜の不快感もすっかり無くなったメグはお気に入りのシャツに着替え
ながら今日の予定を思い出そうとするがなかなか思い出せない。
マネージャーの山本に連絡を取ろうにも携帯をどこに置いたのかがすぐに
出てこない。
(あれ、バックの中かな?それとも、この中かな?)
コートのポケットに手を入れるが入っているのはハンカチだけ。
(もうッ!!)
携帯をどこに置いたのかなかなか思い出せないメグは苛立ちを覚え手にして
いるコートをベッドに投げ捨てる。その時、リビングから携帯の着信音が
聞こえてくる。それは充電器に差し込んでいる携帯からであった。
(あれ、いつの間に充電したんだろ?)
「あっ、ゴメンね~忘れてたわ。今すぐスタジオに行くから~」
バレンタインデイに出すCDのレコーディングに急いで出かけるメグの
脳裏に一瞬、言葉に言い表せない不安がよぎるがそれもマンション前で
待機しているタクシーに乗り込みレコーディングのことを考えると、そんな
不安もいつの間にかどこかに消えていた。
そしてメグが出て行った部屋からまた携帯の着信音が鳴り出した。
「あっ、メグぅ。私ぃ水銀燈ォ~。私達の曲が出来そうなのよォ~。
また連絡するわァ~。じゃぁねェ~バイバイ」
水銀燈は留守番電話にメッセージを入れると薔薇水晶が打ち込みで形に
したスピード感のあるメロディーにニコリと笑った。
真紅と雛苺はそのリズムに合わせて詞のイメージを膨らませている。
隣の部屋では蒼星石と金糸雀がカップリング曲にあたるバラードを
作っている。
「なんだかぁ~、私達ってほんとうにミュージシャンになったみたいねぇ」
「なったみたいじゃなくて、翠星石達は本当になったのですぅ~」
口を尖らせながら言う翠星石に水銀燈はフフっと小さく声に出して笑う。
「フフフっ、そうねェ、翠星石の言うとおりだわァ~。これで薔薇乙女は
一気に羽ばたくわよォ~」
「もちろんですぅ、あっちゅう間にブッ飛んで行くですよッ」
水銀燈と翠星石が笑い合っているとドアが開き同じような笑顔の金糸雀と
蒼星石が入ってくる。
「バラードは大体できたかしら~。後はこの曲の詞を考えるのは水銀燈の
役目かしらッ」
「えぇ~作詞なんてぇ、やぁ~よ。恥ずかしいわぁ」
「だってこの曲の元を作ったのは水銀燈だよ。その時の気持ちをとりあえず
ノートに書いてみたらイイと思うよ」
「気持ちなんてぇ~。パチンコ帰りにいきなり浮かんだ曲よぉ~」
「そうなのかい?でもこんな切ない中にも強い意志の感じられるメロディーは
そう簡単には生まれないよ。きっとその時の水銀燈の気持ちが働いて出来た
はずだよ。よくその時を思い出してみたら?」
「そのとおりかしらッ、その頃を思い出すかしら~」
「そうねぇ~、あの頃ってェ~?」
水銀燈は壁にもたれ、窓から見える鉛色の空に浮かぶ雲が冬の北風に吹かれ
飛ばされていくのを見ながら記憶を辿っていく・・・。
仲間達と別れ真紅とアテもなく夢だけを胸に東京に出てきた。
日々の暮らしに不安と希望が常に交差していく毎日。
苛立ちと喜びの狭間で生まれては消えていく時間の流れ。
眠らない街に飲み込まれそうになる夜。
見知らぬ人込みに背中を押されて歩く東京。
バイトなど2日で辞めてしまう自分にムカつきつつも笑ってしまう。
結局はあの街にいた頃と変わらない自分、あるのは自由な時間だけ。
気付くとその自由な時間に縛られそうになる。