極東の暴君が巻き起こした悲劇
第三次世界大戦(だいさんじせかいたいせん)
アシュナード政権
95年、伝統あるデイン帝国国王にアシュナードが就任した。アシュナードは軍備拡大を押し進め、核兵器までもを開発するようになった。アシュナードは多くの反対派を粛清し、人民の浄化を進めて行った。
近隣への侵略
04年7月、資源確保を企んだデインは、開発途上国である隣のドライン王国へと攻め込む。その単なるいじめのような軍事力の差で数日で降伏させていった。しかし、そのあとそのまた隣のガロン王国は、アメリカの援助で備わった軍事力で反撃し、結果はデインが撤退し、ドラインはガロンの領有となった。
激震する極東
9月、ガロンとの戦いに敗れたデインは、武装ギャングのブラックアイヌ団とグレー団との同盟を結んだ(三枢軸)。そしてまもなくガロイン(旧ガロン)の前哨戦とされた韓国を侵略し、わずか4日で降伏させていった。ブラックアイヌ団も北海道で軍事作戦を展開していった。そしてさらに中国へと侵略、共産党を壊滅状態にし、
第二次大東亜戦争(未完成を引き起こした。
日本征伐
12月、快進撃を見せたデイン軍はついに日本列島に侵攻。日本は自衛隊で敵うはずも無く敗退し続け、ついに降伏。デインの植民地とされてしまった。
停滞する戦況と日本人民軍の出現
日本を植民地としたデインは、05年1月、ガロインに侵攻しようとするもアムール川で敗退。同月にはファイヤーランド=アイススクウェアを侵略し降伏させる。一方、日本では
島田真北率いる日本人民軍の抵抗とアメリカ軍による反撃で西半分を取り戻された。しかし、このあとデインはさらに勢力を伸ばしてくことになる。
世界最大の悲劇
2月、デインは極東民主東亜共和国の北京と平壌を空爆、多大な被害を出した。そしてその後、デインはアメリカのニューヨークに新型ステルス機を利用しての原爆投下というとんでもない作戦を打ち出す。全てが順調に行ってしまい、ニューヨークは焦土と化してしまった・・・
そのあと、原爆投下作戦に携わった3人にはアシュナードから永久の英雄とされた。
大同盟の必死の抗戦
殆ど追いつめられた連合軍は、29国と3臨時政府で反デイン大同盟を結成した。一方デインは国内の資源を殆ど使い果たそうとしていた。やがて連合軍が攻勢に入るとデインは衰退していった。国際社会から孤立し、資源が枯渇したデインはとうとう後退していった。4月には極民国がデイン本土の爆撃を開始し、ロシアとガロインは侵攻を開始した。その下旬にアメリカがデイン東海から上陸すると、デインは完全に追い込まれた。
ゴーストタウン作戦
追い込まれたデインは、デインシティから民間人を隔離させ、都市部を完全軍装させる「ゴーストタウン作戦」というとんでもない計画を打ち立てた。しかしそのころ、デインの国民らは国王と政府への反感と、反戦思想を持つようになった。
滅び行くデイン
5月12、ロシア軍とガロイン軍はデインシティに到達。完全に追い込まれたデインは追加徴兵するが、国民らが反乱を起こし失敗する。国民にも見捨てられたデインは5月24日に降伏。アシュナードは
日本人民軍の一員であった
竹取瀬名によって討伐された。
最終更新:2006年10月17日 21:51