『誰かのことを呪う暇』
(キャラ) 若槻武士、加納アギト、万
高校生が通う学び舎の教室に、二人の男がいた。
一人は黒髪をオールバックにした男は窓の前に立ち、外を見つめていた。
一人は金髪を短く刈った男は席に着き、両腕を組んでいる。
どちらも長身、筋骨隆々の男であった。
第三者がこの教室へ足を踏み入れたなら、外気に比べ室温が異様に高いと感じただろう。
そんな錯覚さえ覚えさせるような存在感の密度、それだけの圧迫感。
二人の男の名を、加納アギト、若槻武士といった。
拳願試合を知る者にとって、この二名が並ぶ光景ほど胸を熱くするものはないだろう。
かつて拳願会にて無敗を誇った男と、最も多くの勝利を積み上げた男。
本来は向かい合い、雌雄を決すべく死闘を繰り広げるであろう両者だが、
不本意な形で放り込まれた闘争の舞台において、それを仕組んだ者の思惑に乗ることを良しとはしなかった。
実力を認め合う相手ではあれど、別段、互いに恨みつらみがある間柄ではない。
極々自然な成り行きとして、男たちは殺し合いを否定し、この場での共闘に合意していた。
強者同志が最序盤にめぐり逢い、行動を共にする。
それも強さと人格において一定の信頼がおける相手である。
男たちの纏っていた雰囲気に、状況への困惑や周囲への警戒のほか、
僅かながら安堵の色が含まれていたのは、そういう理由であった。
だがそれも、ほんの数分前までのことであった。
その理由は教室の隅で、男たちの存在感に隠されるように壁にもたれていた。
黒髪を伸ばし一つにくくり、緊張した面持ちで姿勢を正す一人の少女。
少女は二人に、伏黒津美紀と名乗っていた。
「あの、やっぱり私、足手纏いですよね」
「いやいや、津美紀さんが悪いわけじゃないですよ」
伏黒津美紀の申し訳なさそうな言葉に、若槻が慌てて否定を示した。
声色は柔らかく、大人として年下を慮っている。
それでも伏黒津美紀を保護してから、加納と若槻の表情は一層の険しさを増していた。
それは男たちが、裏社会に根差した格闘技界に身を置いていたが故の、一つの思い違いに至ったがためであった。
拳願試合は、企業間の対立において闘技者を立ててその勝敗によって取り決めを行うシステムだ。
当然企業は実力者を集めるため、どうやっても強者だけが立てるステージということになる。
拳願会以外の地下格闘技団体はその多くの場合、興行としての面を強く打ち出しており、こちらもやはり強者だけの世界と言える。
故に、加納と若槻はこの殺し合いの場においても、連れてこられたのは戦う力を持つ者だけだと、半ば思考停止気味に思い込んでいた。
故に、強者のみの空間において自分の身を護るためにも、男たちは信のおける者との早期合流に僅かでも安堵していた。
戦う力を持たない者も参加させられているとは、思ってもいなかったのである。
「運が良かった、と思っていたのだがな」
加納が声を絞り出すように言った。
若槻ほどのコミュニケーション能力を持ちえない自覚からの、最大限の配慮。
伏黒津美紀を怖がらせないよう、声帯に妙な力を加えた声色だった。
そうしなければ、怒りと苛立ちのままに口にしたその言葉は、もっと恐ろしい響きで紡がれていただろう。
とはいえ、いつまでも渋い顔をしてはいられない。
「加納」
「わかっている」
若槻の声掛けを予期していたように、加納は窓の外から視線を外した。
今後の動きについて、すでに両者間で合意がとれている。
力を持たない者が巻き込まれている以上、それを見過ごすことは出来ない。
他にも殺し合いに乗り気でない実力者と合流するためにも、自分たちが一処に留まり続けるのは悪手だ。
一般的な倫理観、正義感もある。
加えて加納アギトも、若槻武士も、恩人に救われた過去がある。
閉ざされた未来を開かれた己が、他人の未来を救わずに恩人の元へ帰ることは、ほかならぬ自分が許せなかった。
ゆえに当然の帰結として。
加納アギトと若槻武士は、行動を分つことを決めた。
校舎の入り口にバイクのエンジン音が轟いていた。
自身の支給品であるアメリカンバイクに跨った加納と、若槻が言葉を交わす。
「何も進展が無かったとしても、六時間後にはこの校舎で落ち合うとしよう」
「あぁ。……ずいぶんと様になってるじゃないか」
若槻の言葉に、加納は自分の体を見渡す。
今身に着けている試合用のボディスーツは確かにライダースーツにも見えなくはない。
それにヘルメットを着用とくれば、バイクに乗るにはお似合いの格好ではあるだろう。
だが"様になっている"というのはよくわからない。
感じたままを言葉にすれば、若槻はふっと軽く笑った。
「トーナメントの後、旅に出たんだろう。
武道と同様、長く乗っていればやはり相応に姿勢や重心が最適化されていく。
その在り方に、人は美しさや心地よさを感じ、賞賛の対象とするものだ」
そういうもの、なのかもしれない。
かつての自分ではよくわからなかったが、世界を巡り多少の見聞を広めた今なら、少しわかる気がする。
獣を宿していたかつての自分では、わからなかった心の機微。
あの頃の自分であれば、あるいはこの殺し合いにおいても、より暴力的な立ち回りを選んでいたかもしれない。
これが強さに繋がるとも、弱さに繋がるとも思わない。
だが加納アギトは、自分はこれでいいのだと思う。
他者との関わり方も、己との向き合い方も、あの頃の自分とはまるで異なる。
我闘う、故に我あり、という想いは未だある。
しかし、戦うことでしか自分を表現できなかった頃とは違う自分が、加納は嫌いではなかった。
「死ぬなよ」
「互いにな」
若槻に別れを告げ、その後ろに控える伏黒嬢にも頷きを一つ送り、加納はバイクを走らせた。
当てもなく他の参加者を探すのは骨だが、弱音を吐いている場合でもない。
それに自分は、独りではないのだ。
【加納アギト@ケンガンオメガ】
[状態]:健康
[装備]:アメリカンバイク、フルフェイスヘルメット
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~2
[思考]:「蟲毒」には付き合わない
1:弱者を助ける
2:……若槻とスマホの連絡先を交換すべきだったか(うっかり)
「あの、聞いてもいいですか」
加納を見送った後、逆方向への探索に出かけようとしていた若槻に、伏黒津美紀が声をかけた。
加納と若槻は戦う力を持たない少女を連れまわす危険は避けるべきと考えていた。
故に学校から離れた地点を機動力がある加納が探索し、若槻は近辺を担当。
その間、伏黒津美紀には校舎内に隠れることで合意していた。
「隠れ場所は、さっきまでいた教室がいいでしょう。
俺たちが戻ってきた時にすぐ合流できます。
それに誰かが校舎を探索に来ても、たくさんある教室から伏黒さんのいる部屋を選ぶ可能性は低い」
「いや、そうじゃなくて」
どこに隠れればいいのかを相談にきたわけではないらしい。
声をかけながらも疑問を口に出すべきか迷うような素振りの津美紀に、若槻は急かす真似はしない。
黙って言葉の続きを待った。
「その、連絡先、交換しなくて大丈夫だったのかなって」
しばし言葉の意味を考えて、そういえばと若槻の眉が跳ね上がった。
若槻武士は自前のスマホを持っているが、加納アギトはスマホを持っていないはずだった。
旅に出た彼を探すにも苦労したのだと、山下社長の苦笑した顔をよく覚えている。
だから連絡先を交換するという考えが無かった。
この殺し合いでは、携帯の類を所持していない者にもスマホが持たされている。
合流した直後には加納も気づいており、その情報は若槻に共有されていた。
しかし若槻も、当の加納本人も、連絡先交換という発想に思い至らなかったのである。
「うん、まぁ……。合流の約束はしているし、大丈夫でしょう」
「あっ、特に考えとかがあったわけじゃないんですね……」
そうかそうかと、年の離れた少女に呆れ混じりで頷かれては若槻も顔が無い。
背けるまではいかずとも、気まずさから視線を外してしまう。
「じゃあ、もういっか」
直後、若槻武士の鋼の肉体に痛みが走った。
痛みは胸の中央から脳へ走り、そして喉の奥から込み上げた血と吐しゃ物が口から溢れた。
「がっふ――あっ……ぁ!?」
「何か私の知らない考えや打ち合わせがあるんじゃないかと思って泳がせてたけど、別にないならもういいわ。
近辺の探索は私一人でも出来る、というか私の方が早くて確実にできるもの」
若槻が視線を下へ送ると、胸から黒い刃が伸びていた。
刃は絶えず細かい振動と流動をしており、若槻の肉を削りながら苦痛を与え続けている。
背後からの凶刃。
しかしこの場には自分ともう一人しかおらず、その女は目の前にいる。
先ほどまで緊張に顔が強張りながらも、いじらしく礼儀と敬意を欠かさない柔らかな表情を作ろうとしていた伏黒津美紀。
だが今目の前にいるのは、完全に気負いの消えた顔つきに、嗜虐と、僅かに苛立ちを感じさせるような表情をした、得体のしれない女だった。
伏黒津美紀が腕を揮うと、それに合わせ若槻の胸から伸びた刃がうごめいた。
鋭くとがっていた刃先が女の手元まで延び、その手中へと吸い込まれていく。
若槻の胸から刃が抜かれると、それに合わせ鮮血が噴き出した。
「…………しぃッ!」
その血が地面を濡らす前に、若槻は前に出ていた。
身体ごと前に飛び出していく、伝統派空手における刻み突き。
しかしその拳も、伏黒津美紀の手元からこぼれた黒い液体が阻む。
黒い液体はその体積を一瞬で増大させ、今度は強固な盾となって若槻の拳を傷つけた。
「う、ぐぅっ」
「致命傷だというのに、痛みに怯まず向かってくるのは素直に褒めてあげる。
でもね、残穢も見えないお猿さんに、この舞台は早いのよ」
「貴、様……ッ!!」
呪いの視認は呪術師の最低条件であるが、呪術師でなくとも呪いを視認する方法はある。
だが呪いの痕跡、残穢となればそうはいかない。
遺されたものから情報を得られる者にとって、そうでない者は盲人も同然。
だからこそ伏黒津美紀は若槻を見下し、突き出した拳を嘲笑う。
伏黒津美紀の狙い、正体、自分が何をされたのかもわからず、一矢報いることも出来ない。
しかしその瞳に闘争心を宿したまま、若槻は、猛虎と呼ばれた男は怯まなかった。
目の前に現れた黒い壁に身体をさらに近づけ、今度はボディブローの軌跡で腕を振るった。
呪力を扱えない若槻の拳では、伏黒津美紀の操る液体金属は打ち砕けない。
液体金属の硬度に加え、呪力で強化された壁を素手で破壊できる道理などありはしない。
おまけに若槻はすでに重症、無駄な足掻きは長く続かないだろう。
故に、伏黒津美紀は静観していた。
鍛えられた肉体、血色の良かった顔、それらからどんどんと血の気が引いていく。
そうら、もうじきに力尽きて……―――
何度目かの周囲に凄まじい振動が響き、伏黒津美紀の顔から余裕が消えた。
十発、二十発と、若槻の打撃は続いていく。
フルコンタクト空手特有の連打は、正拳だけでは終わらない。
掌底、鉄槌、肘や肩も当て、蹴りも交えて、若槻の猛攻は止まらない。
仮にも数秒前まで保護対象としていた少女の豹変。
そして目の前にある説明不能な超常的現象。
しかし若槻武士の戦い方に一切の淀みはない。
胸に負った致命傷さえも感じさせない、怒濤のごとき連打、連打、連打……。
若槻の足場がひび割れた。
余波で周囲のコンクリートが破片をこぼし、ガラスが軋んだ。
伏黒津美紀が展開した黒い壁によって若槻の手足はとっくにボロボロになっている。
胸からは鮮血が噴き出し続け、その顔色はもはや土気色になっていた。
しかしそれらは何一つ、若槻武士が拳を収める理由にはならなかった。
四十発、ないし五十発は打撃を繰り出しただろうか。
終わりなどないかのような猛攻の末、ついに黒い壁は砕けた。
予想もしなかった出来事に、伏黒津美紀の足が一歩退く。
その空いたスペースに、若槻は前のめりに倒れこんだ。
絶命していた。
あるいはとっくに息絶えていたのか。
死んでもなお攻撃を繰り出していたのかと思わせる猛攻だった。
猛虎の異名に恥じぬ、凄まじい気迫の最後であった。
【若槻武士@ケンガンオメガ 死亡】
無駄なことを、と口にしようとして、伏黒津美紀の顔をした女はその言葉を飲み込んだ。
彼女が操る液体金属はいくらでも替えが効くため、それを破壊することは確かに無駄と言えた。
しかしそれを口にすれば、致命的に自分が何かにおいて負けを認めるように思えて、
あるいは若槻武士の頑強さに対する賞賛を口にした自分さえも貶めるような気がして、
この男に対する確かな感嘆の念から目を逸らすことが出来ず、女は何も言えなかった。
「……―――チッ」
無理やり舌打ちを吐き出した伏黒津美紀の顔は、不機嫌な表情に引きつっていた。
何もかもが、思い通りにならないにもほどがある。
その想いを若槻武士の遺体にぶつけることも出来たが、それもやはり気が引けて、どこか目立たぬ場所へ埋めて隠すことにする。
怒りと苛立ちは、別の捌け口を求めていた。
伏黒津美紀の肉体の主導権は今、万という女が握っていた。
万は他人への殺傷を躊躇わないが、殺し合いに積極的というわけでもない。
こんな殺し合いの場とその報酬などとお膳立てなどされなくとも、満願成就の機械はすぐ目の前まで来ていたのだ。
しかしそれを中断された万の苛立ちは凄まじいものであった。
目につくもの全てを滅茶苦茶にしてやろうという獣心が、彼女を突き動かしていた。
しかしそれに、若槻の死に様が冷や水をかけた。
若槻という男のタフネス、気迫、その最後を目の当たりにして、思わず湧き出た賞賛の念。
天晴れだと、心からそう思った。
その思いを打ち捨て、自分を曲げてまで怒りに身を任せることに、万はなにか居心地の悪いものを感じていた。
【万@呪術廻戦】
[状態]:健康、伏黒津美紀に受肉
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3、若槻の不明支給品×1~3
[思考]:宿儺との逢瀬を邪魔された仕返しに、この殺し合いを滅茶苦茶にする
1:まずは近辺の探索
2:加納が持ち帰る情報を受け取るまでは基本、伏黒津美紀のフリをする
3:黒幕には報いを受けさせる
最終更新:2026年07月15日 20:46