『Cat Smoke』
(キャラ) 阿良々木暦、ヤニねこ
僕には、戦争よりも、工場から流れ出づる翡翠色の毒川よりも、ピザまんよりも、嫌いな物がある。
意を決して言うなれば、それは『阿良々木暦』。──つまり、僕自身の名前だ。
したがって、「僕の名前は阿良々木暦。高校三年生で~」なんて、青春小説じみた書き出しをしなかった非礼は、どうか許してほしい。
「うお臭ぇッ!! ……な、なんだ……これは……?」
阿良々木暦。
KoyomiーAraragi。
世間一般では『戸籍』などと呼ばれているDEATH NOTEに、僕の名前が刻まれた瞬間。
曖昧な記憶が確かならば、それは僕が生後ゼロ秒を迎えたまさにその刹那のことだった。
……いや、デスノートは、名前を書かれて四十秒には確実に死ねるという親切設計だが、僕の親が作成したこの欠陥品と来たらどうだ。
かれこれ十七年近くも、僕に不条理な生を強制し続けている。
以降、僕は『あららぎこよみ』という、ひらがなにすると妙に情けない響きを、その重すぎる一身に背負い続ける羽目となった。
分かるか。
僕が漢字という技術を鉛筆に宿す──小学二年生の時まで。
その間抜けなひらがな七文字を書く時間と、テレビアニメから聞こえる「あらら~」という声が、どれほど苦痛だったかを。
「…………嘘。ま、まさか…………だよな?──」
「──この水風呂に……浮いてるのは……人糞……?」
ん?
どうして自分の名前を嫌うのか、って?
……なんて、誰に聞かれたわけでもないのに勝手に質疑応答を始めてしまうあたり、我ながらどうかしている。
まあ、気にしないでほしい。自作自演だ。
質問者も回答者も僕である。
知恵コイン五百枚を自分に贈呈しただけの話だ。
永久機関というのは案外、ヤフー知恵袋あたりで完成しているのかもしれない。
さて、答えよう。
理由は『妖怪』だ。僕は昔から、人に見えざるモノが何よりも嫌いだった。
怖いから、ではない。嫌いだからだ。
たとえば、愛娘の誕生日ケーキの上にカメムシが一匹止まったとする。
父は鬼の形相で殺虫剤を噴射する。
ケーキが食べ物から化学兵器へとジョブチェンジする、その勢いでだ。
それと同じで、僕にとって水木しげるワールドのホラーは、密かな殺意の対象ですらあった。
生理的拒絶だ。視界に入れたくもないほどだった。
もっとも、僕はゲゲゲシリーズを見たことがない。
というか、『シリーズ』で括られるほど派生作があるかも知らない知識量だが、それでも。
ニワカとかビギナー以下ではあるが、想像まで禁止されるわけじゃない。
たとえるなら、『修々羅』とか『阿滅葉』とか。もしかしたらいるんじゃないのか?
そういういかにも妖怪チックな名前のキャラが、水木しげる図鑑の後ろの方にでも。
──僕の幼少期のあだ名もまた、『ようかい』だったのだ。
「…………人糞。…………が衝撃過ぎて見落としていたけれど。…………なんだこの銭湯、治安終わりすぎじゃないか……?──」
「──……サウナ近く、張り紙。『禁煙』。……あぁなるほど面白い。実に面白い!──」
「──支配人はさぞ懸念したんだろうなぁ! この湿度百パーセントみたいな空間で、『まだガス残ってるかな』なんてカチカチやる天才がいることを! 僕にはなかった発想だよ! はははは!!──」
「──……で、本当に吸い殻落ちててどうするんだ。…………しかも水面に。──」
「──バトル・ロワイヤル。何でもありだからと言ってやることがまず軽犯罪。迷惑防止条例違反。……主催者が気の毒だ」
以降、人と仲良くしたい哀れな『ようかい』は、良々木をチンケな漢字でサンドイッチされつつ、苦渋に生き続けてきた。
雨の日も、風の日も、雪の日も。毎日その悲運に涙しつつ、軒の下でグッスリ眠りこけていた。
その『ようかい』を今日まで生かしてきた原動力は、驚くほど単純だ。
『阿良々木』なんて十字架を背負わせた神様と、その世界そのものに対する、淀みのような恨み。それだけだった。
そう考えると、僕が変えたがっていた対象は苗字であり、『こよみ』という阿良々木ちゃん(5さい♀)ネームは巻き添えもいいとこなんだが、……まぁどうでもいい。
僕はこの名前が、何よりも嫌いだった。
バチ、バチバチ……
「……天井の電気漏れも怖いんだよ。東南アジアのホテルじゃあるまいに。──」
「──そもそもなんで僕のリスポーン地点が…………銭湯なんだ。脱げってことか? 脱げ、と。──」
「──長居は無用だ。さっさと出よう」
バチッ、
バチバチ……
「……ん?」
しかし、世の中とは分からないもので、ジョージ・ゴードン・バイロンが口にした『事実は小説より奇なり』とは、今や彼よりも知名度の高い至言となっている。
思い返してほしい。
漫画なり、それこそゲゲゲ某なりと、人と仲良くしたい哀れな怪物の末路は如何なるものだったろうか。
……言うまでもない。《末永ク、オ幸セニ》──ハッピィエンドだ。
僕の乏しい想像力で語るのならば、大抵は心優しい誰かが手を差し伸べる。
村娘だったり。巫女だったり。なぜか大体、美少女だったり。
幸せの花畑。蝶の旋律。「本当は優しい子だったんだね」。
そんな一言で、それまでの孤独が全部チャラになる。
そこに投げられる石はない。軽薄な悪ガキも存在しない。
「女の子と仲良くしたい──……訂正。人と仲良くしたいゲス」と口々にしながら、無垢へスケベな笑みを浮かべる。永遠なるハーレムの始まりだ。
……さて、今の僕はどうかな?
戦場ヶ原、神原ら高級コンカフェを嗜み、可愛い妹たちに朝を起こされる毎日。
ふと天を見上げてみろ。
青い空、白い雲、八九寺の脚、八九寺の腕、八九寺の頬、八九寺の髪。──みんなダイスキ阿良々木さん。
かつて僕を『ようかい』扱いした彼らは、女子の匂いを浴びたことがあるのだろうか。
彼らはここまで幸福を立体視したことがあるのだろうか。
……否。ない。
少なくとも。
勝負という意味では。
……悪いけれど、僕の勝ちだった。
さて、キリがいい。
そろそろ本題へ移ろう。
バチ、バチィィ……ッ
「…………」
この『突飛な参加者』を目の当たりにして、僕はふと思い返す。
あれは、ゴールデンウィークのことだった。
人の気配なんて最初から存在しないみたいな、廃墟と見紛う雑居ビル。
足の爪なんか切っていた忍野メメが、何でもないみたいに口にした一言。
あの瞬間。
僕の脳みそには、一本の引っかき傷が刻まれた。
バチィイイッ……
『き……ぐぅ…………にゃぁあ…………』
「……! ……は……?」
『ぉ、お前ぇ…………五百七十円は持ってるか…………にゃあぁ……』
「……お、おい待て! 誰だ? どこにいる?!」
鋭く。
細く。
あの脳の痛みは、まるで。
──『猫』のひっかき傷のような。……どういうわけか、いつも手の甲ばかり狙ってくる、一直線の痛み。
ィィィイイイイッ……
『……十円玉x57は認め…………にゃい……。レジが文句言うからにゃ…………。かといって、金がにゃいにゃら…………』
「は? だからなんの話だよ。いいから姿を──」
『お前には用なんかないンンだにゃァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!』
バチバチ
────バチィイイイイイイイッッ
何でもない。
『羽川翼』という一人のハーレム・キャットを、思い出しただけだ。
少しだけ。
………
……
…
◆
スタンドという怪異が、この世に存在するらしい。
──名にして『レッド・ホット・チリペッパー』。
奴は電撃と共にし、電撃を扱い、電撃の中で生き、電撃の中で死ぬ。──感電死するのは、いつだって相手だけだ。
運も悪かった。
ここは銭湯。湿気という名の電気優遇ステージである。
結果、僕は抗う間もなく、あっさり絶命した。
黒焦げの感電死だ。
トースターから勢いよく飛び出した食パンと一緒だ。
黒=雷。ブラックサンダー。
……日頃は観察の対象になってないが、今度は意識して見ようと思う。
ピカチュウは、しっぽの黒いところから電撃が出ているか、否かを。
ただ、皮肉なもので、心電図というやつもまた、電気で動いている。
ピッ──ピッ──ピッ──ピッ──。そんな無機質な電子音だけで、人間の命は「まだ生きています」と証明される。
だから僕は思う。
雷は黒だ。黒は死を連想させる。
けれど、電気そのものは、生と死のどちらにも属していない。
それは、人間が勝手に決めることだ。
僕は、確かに死んだ。
天国は追い返された。天使の情操教育に悪いらしい。
階段を転げ落ちるみたいに地獄へ着いたら、今度は閻魔に別室送りを言い渡された。
なるほど、地獄にもコンプライアンスがあるようだ。
僕は一切求めていないガチムチ鬼の、そのゴツゴツした背中を全身で感じながら行く末を待っていると、──放り出された先は三途の川だった。
……なら、話は早い。
向こう岸で「まだ来ちゃ駄目ですよ」と手招きする知らないおばさんを全力で無視し、僕は川へ飛び込んだ。
泳ぐというより、滑る。ほとんどウォータースライダーだ。
河原で石を積んでいた子供たちにも悪いとは思ったけれど、避けている余裕はなかった。
人生には、謝るより先に走らなきゃいけない瞬間がある。
そして、握り拳を作りつつ、光の彼方だけを見据えた。
今の僕は無敵だった。
なぜなら、一度死んだ人間は、少なくともその瞬間だけは、死を怖がらなくていいからだ。
スターマリオでさえ落ちれば死ぬというその地獄に、僕は蜘蛛の糸なくして這い上がってみせたのだ。
僕には、まだやることがある。
このバトル・ロワイヤルの先で。
どうしても拳を突き付けなければならない相手が、一人だけ──。
………
……
…
「にゃあ~~~……? おまえ、どっかで見たことあるようにゃ~~~…………?」
「それは僕の台詞だ。いや、正確には僕だけに許された台詞だ。お前は絶対に僕へ既視感なんて覚えない。もし覚えたなら、それは僕じゃなくて、お前の記憶力の問題だ」
「ふにゃああ~~~~。あっそ」
──カチッ
ボォ……🚬🚬🚬
「……ィイイッ!」
脱衣所。
犯人は現場に必ず戻るらしいが、こいつの場合は「戻る」ですらない。
最初から帰る気がなかった。
頭悪くして、尻隠さず。
マッサージチェアへ我が物顔で腰掛け、少し湿った猫耳をぱたぱた揺らしながら煙を吐いている──目の前の、獣人。
「あ~~~ケツ痒~~~~~」
ボリボリッ
「…………。……ィイイッ!!」
──しかも、女。
……女だ。
「……謝れ」
「あ~~~?」
「謝罪一つで済ませてやると言ってるんだ。僕は寛大だからな。タバコ代欲しさに人を感電死させたことを、今ここで詫びろ」
「あ。あーー。…………。──」
「──にゃんち(笑)」
「ァあァア?」
「これで謝罪にゃ~~。数年後には女子高生が流行らせるって。『遅刻してにゃんち~~』とか言ってさァ~~。……ぶふふっ!!! ……っ、……!!」
「…………」
……言っただろう?
僕は女の子には手を上げない。
優しいからじゃない。紳士だからでもない。
そういう生き方しか、できないからだ。
『暦』なんて名前を付けられた時点で、そういう運命だったのだろう。
……知らないけれど。
ドライヤーのコンセント。
その隙間から、いつでも僕を殺せるよう身構えている『レッド・ホット・チリペッパー』を横目に。僕は。
カチ。
カチ。
ライターの小さな炎に、マッチ売りの少女のような温もりを求めるだけだった。
────────────────────
【以上、囘想】
Bakemonogatari
『Cat Smoke』
新 殺 合
命 ノ 授 業
────────────────────
【阿良々木暦@化物語】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3
[思考]:このゲームから脱出する。ただし、主催者だけは見逃さない。囲んで、殴って、願い事を二つ三つくらい吐かせる。
1:ヤニねこを守る。
2:男は盾になる側だ。……スタンド? 知るか。その程度で怖じ気づくくらいなら、とっくに高校生活で死んでる。
3:……銭湯の人糞。あいつだけは絶対に許さない。
4:こいつ、本当に風呂上がりなのか? なんで入浴後に入浴前より臭くなるんだ。人類史への挑戦か。
【ヤニねこ@ヤニねこ】
[状態]:健康
[装備]:レッド・ホット・チリペッパーのDISC@ジョジョ
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3
[思考]:五百七十円ゲット。残金十一円。たばこ税? あんなん実質カツアゲだにゃ。
1:金くれそうなやつと『対話』する。
2:あららぎ~~、まずサウナで限界まで蒸されるにゃん?
3:で、水風呂に飛び込んで心臓ビックリさせるにゃん?
4:その勢いでタバコをスパァ~~~~ッ! ……これが"整う"ってやつにゃ。
5:肺も心臓も「もう無理です」って泣いてる感じが最高なんだにゃ~~……。
6:……で、キマってぼーっとしてたら、水面に茶色いもん浮いてて──
最終更新:2026年07月22日 21:54