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『mind's eye』


(キャラ) メルエム、ウルキオラ・シファー






 或る者は、“目”しかなかった。


 何も聴くことなく、喰らうことなく、嗅ぐことなく、故に思う。

 目で見えぬものに価値はない。
 目で見えぬものは存在しない。

 けれど男は、ただ一つ。
 胸に空いた孔を、見ることが出来なかった。






 夜空に瞬く星々を、こうやって眺めるのはいつぶりだろうか。
 例えこれが天蓋のように作り物の空であっても、構わないとさえ思う。
 仰向けに倒れ伏したまま、ウルキオラ・シファーはどうしても起き上がる気になれなかった。

「気は済んだか」

 声の主へと視線を向ける。
 ウルキオラの目が捉えたのは、緑色の異形であった。

 氷のような凍てついた表情とは裏腹に、全身から滲み出る王の威厳。
 似ても似つかぬはずの蟻の王を前にして、ウルキオラは不思議と、鏡を見ているような感覚を抱いた。

 言葉のない時間が流れる。
 それは数秒か、或いは数分だったかもしれない。
 静かに見下ろす蟻の王から視線を逸らすように、ウルキオラはゆっくりと身体を起こした。

 頬についた傷を一撫でし、口元の血を拭う。
 ややあって、ウルキオラは初めて唇を開いた。

「どういうことだ」

 なにがだ、と視線だけで疑問を返す。

「なぜ、追撃しない」

 ウルキオラは心底理解できなかった。
 自身に血を流させるほどの強さを持っているのに、それを振るわない。
 あまつさえ、自分が起き上がり口を開くのを待っているその態度。
 怒りや戸惑いに駆られるわけでもなく、ただただ理解できなかったのだ。

「不思議なことを聞く。
 害の及ばぬ者に手を出す必要などどこにある」

 害の及ばぬ者、とは果たして実力のことか、もしくは殺意の有無のことか。
 どちらにせよ予想を逸脱した答えを聞いて、ウルキオラはそれ以上の追求に意味はないと悟った。

「名を聞いておこうか」

 王の問いかけに、ウルキオラは逡巡する。
 果たしてどう答えたものかと、悩んだのだ。
 黒崎一護に敗北した今、第4十刃(クアトロ・エスパーダ)の階級に意味があるのかと。
 左胸の“4”の刻印に掌を添えながら、ようやく重い口を開く。


「ウルキオラ・シファー」


 階級を付けず名乗るのは、主である藍染以外には初めてのことだった。

「ウルキオラか、良い名だ」

 対して、蟻の王が声色を落とす。
 穏やかさを伴った微細な変化は、虚無を司るウルキオラには気がつけない。
 ただじっと、翡翠色の瞳で王を見つめている。
 王はまるで何かを深く、深く記憶を辿るかのような表情を浮かべていた。


「────メルエム」


 その名は、彼自身も知ったのはつい最近。
 死の運命が確定した瞬間、ようやく知り得た名前。


「余の名は、メルエムだ」


 噛み締めるように、確かめるように。
 己の存在証明を口にするメルエムの瞳は、鮮やかなネオンの光を反射していた。






 或る者は、“強さ”があった。


 生まれた瞬間、世界が跪いた。
 感情など塵、心臓などただの筋肉。
 血と肉を喰らい、世界を我が物と嘲笑う。

 研ぎ澄まされた王牙は、振るう相手もおらず。
 盲目の打つ白石に、折られるその時まで。


 その者は、“強さ”しかなかった。






 両者の衝突は一瞬だった。
 メルエムの姿を捉えたウルキオラは、霊圧とは異なる全身を打つような膨大すぎるエネルギーを感じ取り、確信したのだ。
 この存在は必ず藍染惣右介の脅威となる──半ば本能で、斬魄刀を解放してメルエムの首を狙った。

 対するメルエムは、右手でそれを容易く受け止めた。
 しかし王の肌に傷を付けたウルキオラの力量に驚嘆し、反射的に尾を振って吹き飛ばした。


 それが、両者の邂逅。


 本気を出せば都市一つ程度破壊できる力を持った二名の戦いは、恐ろしいほど静かに終わった。
 それどころか信号機も、電光掲示板も、建築物も、何事もなかったかのように無傷で佇んでいる。
 そもそも本当に戦いなど起きたのだろうか──そんな疑いさえ持ってしまうほどに、綺麗だった。


 そうして、今に至る。
 ささやかな問答を終えたウルキオラとメルエムに、もう戦意はなかった。
 あるのは、お互いへの微かな興味と既視感だけ。

「メルエム」
「なんだ」
「心とはなにか、知っているか」

 メルエムは少し面食らう。
 ウルキオラから先に質問が来ることに関してもそうだが、なによりもその内容。
 心とはなにか。改めて向き合うとなれば、確かにすぐに答えを出せるものではなかった。

「かつての余であれば、不要なものと断じていただろうな」

 濁すような前置き。
 しかし間を置かずに、自ら否定する。


「だが今は違う。ある人間と触れ合い、学び、朧気ながら答えを得た。
 余が思うに、心とは……“疼き”なのだと思う」

「疼き、だと?」

「この者の指先を求め、声を聞きたいと思い、共に時を過ごしたいと願う。
 それが心と呼ばれるものならば、余は確かにそれを持った」


 それを聞いても、ウルキオラは分からなかった。
 メルエムの言う“疼き”を感じたことなどなかったから。


「それは強さか? それとも弱さか?」

 ゆえに、重ねて訊ねる。
 ほんの少しだけ考えて、メルエムは短く頷いた。

「両方だ」

 ウルキオラは鋭く目を細める。
 半端な答えは求めていないと、釘を刺すように。


「……意味を聞こう」

「余は敗北を知り、死を恐れ、己の限界を見た。
 ゆえに、それを凌駕したいという“疼き”によって、高みへ進化した。
 その疼きがなければ、余は赤子のままであっただろう」

「ならば、なぜ弱いと思う」

「心とは、不自由だからだ。
 その者を思うだけで胸が疼き、その者を失う恐怖に苛まれる。
 かつては恐怖など感じなかったこの身体が、一人の女性(にんげん)に縛られるようになった」


 それを聞いても、ウルキオラは理解できない。
 けれど同時に、消滅の間際に聞いた井上織姫の言葉が脳裏を掠めた。


 ────“こわくないよ。”


 あの言葉を聞いた瞬間、なにかを感じた。
 この掌で、説明しようのないものを掴み取ったのだ。
 それがなんなのか、確かめる間もなく消滅の時を迎えてしまったのに。
 些細な違和感の輪郭が、再びウルキオラの中に蘇る。

「心とは、強さを与える代わりに、確かな弱さを突きつけるものらしい」

 だけれども、結局は掴めない。
 ぼんやりとした蜃気楼を追いかけるばかりで、実態を理解することは出来ない。
 この蟻の王は、果たしてどんな経緯でそれを得たのだろうか。
 ウルキオラの中に湧き上がりつつある疑問の数々は、彼の言う“疼き”なのだろうか。



「心とは結局、脆弱性を抱え込むことなのか?
 ならば心を持たぬ存在の方が、真の強さを得ているとは思わないか?」

「それは強さではなく、欠落だ。
 弱さを知ったからこそ、生きていると感じる。
 弱さを認め、受け入れ、進むこと──それが心が生む、真の強さなのだろう」


 ウルキオラは深く、何度もメルエムの言葉を頭で反芻する。
 淡々と説くメルエムが正しいのか、間違っているのか。
 それを判断する者がいない以上、やはり自分で判断するしかないのだろう。

「強さを求めるが故の弱さか、弱さを抱えるが故の強さか。
 お前が“進化”と呼ぶそれを、俺は“汚染”と呼ぶ」

 だからこそ、断言する。
 メルエムとの対話によって得られた答えは、「まだ」理解の外にあるという結論だったから。
 葛藤に近いものを感じながら、折り合いをつけるように目を閉じた。

「呼称は違うが、我々は同じものを、ただ反対側から見ているだけなのかもしれんな」

 メルエムもまた、そう応える。
 彼もまた、人が容易く口にする“心”とはなにか、答えを探しているのだから。

 蟻(キメラアント)と破面(アランカル)。
 怪物と怪物。
 人ならざる者たちの短い談義は、唐突に終わりを告げる。
 薄緑色の拵えに刀身を納めて、ウルキオラは背中を向けた。

「ウルキオラ」

 振り返らぬまま、破面は立ち止まる。

「余は、この“命の授業”の答えを探す。
 一度滅びた身でありながら、再び血肉を得てここに呼ばれたことに、余は必ず意味があると思っている」

 メルエムは、これが単なる命の奪い合いだとは思えなかった。
 果てにあるのは善意か、悪意か、はたまた別の思惑か。
 コムギという少女と共に朽ちるべくして朽ちたはずの命が、またこうして蘇っていることは、きっと意味があるのだと。
 一度死したからこそ、見付けられるものがあると確信していた。


「貴様も探すといい。真なる“心”の意味を」


 短く告げて、メルエムもまた新天地へ旅立つ。
 一人取り残されたウルキオラは、先刻交わしたメルエムとの言葉を、そして井上織姫の言葉を何度も手繰り寄せる。


 ──“心とは……“疼き”なのだと思う”。
 ──“あたしの心はもう、みんなと同じ処にあるから”。


 井上織姫の云う心と、メルエムの云う心。
 考えれば考えるほどに、同じものだとは到底思えない。
 答えを探すことに意味なんてあるのだろうか、とさえ思う。

 だが、確かに。
 メルエムの言う通り、折角捨て損ねたこの命。
 “命の授業”とやらを通して、思索に費やすのも悪くはないかもしれない。
 胸に空いた孔へ、ほんの僅かに視線を落とし、当てどもない旅を始めた。


【メルエム@HUNTER×HUNTER】
[状態]:右掌にダメージ(微小)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品×1~3
[思考・状況]
基本方針:答えを探す。
1:参加者と接触し、“命の授業”の答えを得る。

※消滅後からの参戦ですが、能力は被曝前の状態に戻っています。


【ウルキオラ・シファー@BLEACH】
[状態]:左頬にダメージ(小)
[装備]:ウルキオラの斬魄刀@BLEACH
[道具]:基本支給品、ランダム支給品×0~2
[思考・状況]
基本方針:真なる意味で「心」を知る。
1:心とはなにか、模索する。

※消滅後からの参戦です。

【支給品紹介】
【ウルキオラの斬魄刀@BLEACH】
厳密には支給品ではなく、破面となる際に虚としての本来の力を刀の形に封じたもの。
薄緑色の拵えに、鍔が折り畳まれた蝙蝠の翼のような形状をしている。
帰刃(レスレクシオン)の際には刀剣から黒い液体を出し、それを雨のように降らせて消滅する。







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最終更新:2026年07月30日 22:07