『mind's eye』
(キャラ) メルエム、ウルキオラ・シファー
◇
或る者は、“目”しかなかった。
何も聴くことなく、喰らうことなく、嗅ぐことなく、故に思う。
目で見えぬものに価値はない。
目で見えぬものは存在しない。
けれど男は、ただ一つ。
胸に空いた孔を、見ることが出来なかった。
◇
◆
夜空に瞬く星々を、こうやって眺めるのはいつぶりだろうか。
例えこれが天蓋のように作り物の空であっても、構わないとさえ思う。
仰向けに倒れ伏したまま、ウルキオラ・シファーはどうしても起き上がる気になれなかった。
「気は済んだか」
声の主へと視線を向ける。
ウルキオラの目が捉えたのは、緑色の異形であった。
氷のような凍てついた表情とは裏腹に、全身から滲み出る王の威厳。
似ても似つかぬはずの蟻の王を前にして、ウルキオラは不思議と、鏡を見ているような感覚を抱いた。
言葉のない時間が流れる。
それは数秒か、或いは数分だったかもしれない。
静かに見下ろす蟻の王から視線を逸らすように、ウルキオラはゆっくりと身体を起こした。
頬についた傷を一撫でし、口元の血を拭う。
ややあって、ウルキオラは初めて唇を開いた。
「どういうことだ」
なにがだ、と視線だけで疑問を返す。
「なぜ、追撃しない」
ウルキオラは心底理解できなかった。
自身に血を流させるほどの強さを持っているのに、それを振るわない。
あまつさえ、自分が起き上がり口を開くのを待っているその態度。
怒りや戸惑いに駆られるわけでもなく、ただただ理解できなかったのだ。
「不思議なことを聞く。
害の及ばぬ者に手を出す必要などどこにある」
害の及ばぬ者、とは果たして実力のことか、もしくは殺意の有無のことか。
どちらにせよ予想を逸脱した答えを聞いて、ウルキオラはそれ以上の追求に意味はないと悟った。
「名を聞いておこうか」
王の問いかけに、ウルキオラは逡巡する。
果たしてどう答えたものかと、悩んだのだ。
黒崎一護に敗北した今、第4十刃(クアトロ・エスパーダ)の階級に意味があるのかと。
左胸の“4”の刻印に掌を添えながら、ようやく重い口を開く。
「ウルキオラ・シファー」
階級を付けず名乗るのは、主である藍染以外には初めてのことだった。
「ウルキオラか、良い名だ」
対して、蟻の王が声色を落とす。
穏やかさを伴った微細な変化は、虚無を司るウルキオラには気がつけない。
ただじっと、翡翠色の瞳で王を見つめている。
王はまるで何かを深く、深く記憶を辿るかのような表情を浮かべていた。
「────メルエム」
その名は、彼自身も知ったのはつい最近。
死の運命が確定した瞬間、ようやく知り得た名前。
「余の名は、メルエムだ」
噛み締めるように、確かめるように。
己の存在証明を口にするメルエムの瞳は、鮮やかなネオンの光を反射していた。
◆
◇
或る者は、“強さ”があった。
生まれた瞬間、世界が跪いた。
感情など塵、心臓などただの筋肉。
血と肉を喰らい、世界を我が物と嘲笑う。
研ぎ澄まされた王牙は、振るう相手もおらず。
盲目の打つ白石に、折られるその時まで。
その者は、“強さ”しかなかった。
◇
◆
両者の衝突は一瞬だった。
メルエムの姿を捉えたウルキオラは、霊圧とは異なる全身を打つような膨大すぎるエネルギーを感じ取り、確信したのだ。
この存在は必ず藍染惣右介の脅威となる──半ば本能で、斬魄刀を解放してメルエムの首を狙った。
対するメルエムは、右手でそれを容易く受け止めた。
しかし王の肌に傷を付けたウルキオラの力量に驚嘆し、反射的に尾を振って吹き飛ばした。
それが、両者の邂逅。
本気を出せば都市一つ程度破壊できる力を持った二名の戦いは、恐ろしいほど静かに終わった。
それどころか信号機も、電光掲示板も、建築物も、何事もなかったかのように無傷で佇んでいる。
そもそも本当に戦いなど起きたのだろうか──そんな疑いさえ持ってしまうほどに、綺麗だった。
そうして、今に至る。
ささやかな問答を終えたウルキオラとメルエムに、もう戦意はなかった。
あるのは、お互いへの微かな興味と既視感だけ。
「メルエム」
「なんだ」
「心とはなにか、知っているか」
メルエムは少し面食らう。
ウルキオラから先に質問が来ることに関してもそうだが、なによりもその内容。
心とはなにか。改めて向き合うとなれば、確かにすぐに答えを出せるものではなかった。
「かつての余であれば、不要なものと断じていただろうな」
濁すような前置き。
しかし間を置かずに、自ら否定する。
「だが今は違う。ある人間と触れ合い、学び、朧気ながら答えを得た。
余が思うに、心とは……“疼き”なのだと思う」
「疼き、だと?」
「この者の指先を求め、声を聞きたいと思い、共に時を過ごしたいと願う。
それが心と呼ばれるものならば、余は確かにそれを持った」
それを聞いても、ウルキオラは分からなかった。
メルエムの言う“疼き”を感じたことなどなかったから。
「それは強さか? それとも弱さか?」
ゆえに、重ねて訊ねる。
ほんの少しだけ考えて、メルエムは短く頷いた。
「両方だ」
ウルキオラは鋭く目を細める。
半端な答えは求めていないと、釘を刺すように。
「……意味を聞こう」
「余は敗北を知り、死を恐れ、己の限界を見た。
ゆえに、それを凌駕したいという“疼き”によって、高みへ進化した。
その疼きがなければ、余は赤子のままであっただろう」
「ならば、なぜ弱いと思う」
「心とは、不自由だからだ。
その者を思うだけで胸が疼き、その者を失う恐怖に苛まれる。
かつては恐怖など感じなかったこの身体が、一人の女性(にんげん)に縛られるようになった」
それを聞いても、ウルキオラは理解できない。
けれど同時に、消滅の間際に聞いた井上織姫の言葉が脳裏を掠めた。
────“こわくないよ。”
あの言葉を聞いた瞬間、なにかを感じた。
この掌で、説明しようのないものを掴み取ったのだ。
それがなんなのか、確かめる間もなく消滅の時を迎えてしまったのに。
些細な違和感の輪郭が、再びウルキオラの中に蘇る。
「心とは、強さを与える代わりに、確かな弱さを突きつけるものらしい」
だけれども、結局は掴めない。
ぼんやりとした蜃気楼を追いかけるばかりで、実態を理解することは出来ない。
この蟻の王は、果たしてどんな経緯でそれを得たのだろうか。
ウルキオラの中に湧き上がりつつある疑問の数々は、彼の言う“疼き”なのだろうか。
「心とは結局、脆弱性を抱え込むことなのか?
ならば心を持たぬ存在の方が、真の強さを得ているとは思わないか?」
「それは強さではなく、欠落だ。
弱さを知ったからこそ、生きていると感じる。
弱さを認め、受け入れ、進むこと──それが心が生む、真の強さなのだろう」
ウルキオラは深く、何度もメルエムの言葉を頭で反芻する。
淡々と説くメルエムが正しいのか、間違っているのか。
それを判断する者がいない以上、やはり自分で判断するしかないのだろう。
「強さを求めるが故の弱さか、弱さを抱えるが故の強さか。
お前が“進化”と呼ぶそれを、俺は“汚染”と呼ぶ」
だからこそ、断言する。
メルエムとの対話によって得られた答えは、「まだ」理解の外にあるという結論だったから。
葛藤に近いものを感じながら、折り合いをつけるように目を閉じた。
「呼称は違うが、我々は同じものを、ただ反対側から見ているだけなのかもしれんな」
メルエムもまた、そう応える。
彼もまた、人が容易く口にする“心”とはなにか、答えを探しているのだから。
蟻(キメラアント)と破面(アランカル)。
怪物と怪物。
人ならざる者たちの短い談義は、唐突に終わりを告げる。
薄緑色の拵えに刀身を納めて、ウルキオラは背中を向けた。
「ウルキオラ」
振り返らぬまま、破面は立ち止まる。
「余は、この“命の授業”の答えを探す。
一度滅びた身でありながら、再び血肉を得てここに呼ばれたことに、余は必ず意味があると思っている」
メルエムは、これが単なる命の奪い合いだとは思えなかった。
果てにあるのは善意か、悪意か、はたまた別の思惑か。
コムギという少女と共に朽ちるべくして朽ちたはずの命が、またこうして蘇っていることは、きっと意味があるのだと。
一度死したからこそ、見付けられるものがあると確信していた。
「貴様も探すといい。真なる“心”の意味を」
短く告げて、メルエムもまた新天地へ旅立つ。
一人取り残されたウルキオラは、先刻交わしたメルエムとの言葉を、そして井上織姫の言葉を何度も手繰り寄せる。
──“心とは……“疼き”なのだと思う”。
──“あたしの心はもう、みんなと同じ処にあるから”。
井上織姫の云う心と、メルエムの云う心。
考えれば考えるほどに、同じものだとは到底思えない。
答えを探すことに意味なんてあるのだろうか、とさえ思う。
だが、確かに。
メルエムの言う通り、折角捨て損ねたこの命。
“命の授業”とやらを通して、思索に費やすのも悪くはないかもしれない。
胸に空いた孔へ、ほんの僅かに視線を落とし、当てどもない旅を始めた。
【メルエム@HUNTER×HUNTER】
[状態]:右掌にダメージ(微小)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品×1~3
[思考・状況]
基本方針:答えを探す。
1:参加者と接触し、“命の授業”の答えを得る。
※消滅後からの参戦ですが、能力は被曝前の状態に戻っています。
【ウルキオラ・シファー@BLEACH】
[状態]:左頬にダメージ(小)
[装備]:ウルキオラの斬魄刀@BLEACH
[道具]:基本支給品、ランダム支給品×0~2
[思考・状況]
基本方針:真なる意味で「心」を知る。
1:心とはなにか、模索する。
※消滅後からの参戦です。
【支給品紹介】
【ウルキオラの斬魄刀@BLEACH】
厳密には支給品ではなく、破面となる際に虚としての本来の力を刀の形に封じたもの。
薄緑色の拵えに、鍔が折り畳まれた蝙蝠の翼のような形状をしている。
帰刃(レスレクシオン)の際には刀剣から黒い液体を出し、それを雨のように降らせて消滅する。
最終更新:2026年07月30日 22:07