アットウィキロゴ

『せんせい』


(キャラ) 小岩井よつば、春日歩




「ここは どこだ!?」

小岩井よつばは、目覚めて開口一番、そう叫んだ。
さっきまで、どこかで誰かが、難しくて退屈な話を長々としていた気がする。
内容など理解していない。森口の演説は、よつばの頭を右から左へ通り抜けていった。

見上げれば、ビル、ビル、ビル。空を押しつぶさんばかりのガラスとコンクリートの巨塔。
正確な地名や座標など、5歳の少女にわかるはずも無い。が、よつばはその街並みを知っていた。

「とうきょうだ」

ついこの間、とーちゃんと二人で行った”とうきょう”。目の前に広がる光景は、間違いなくあの時の”とうきょう”のスケール感だった。
実際、その直感は当たっている。ここは渋谷の街並みがそのまま切り取られたような場所なのだから。もっとも、前によつばが来たのは新宿だが。
しかし、首をかしげたくなるような違和感がひとつだけあった。

「だれもいない」

きょろきょろとあたりを見渡す。
いつもなら、ここには人間がたくさんいるはずだ。歩道から溢れんばかりの人が行き交い、自動車がクラクションを鳴らし、巨大なスクリーンから賑やかな音楽や映像が流れているはずだった。人が多い。多すぎるくらいいる。それがよつばの知る「とうきょう」だった。
だが、今は誰もいない。
車も動いていない。信号機だけが、誰もいない交差点で虚しく青から赤へと色を変えている。

「みんなねたのかなー」

深夜0時。よつば含め、恐らく日本人の半数は寝ている時間帯である。渋谷のような大都市にはあまり適用されないが、よつばの価値観では変わらない。
とりあえずよつばは、手当たり次第に進んでみることにした。
道路を元気に横切り、目の前に立ちはだかるひときわ高くてでかいビルへと向かう。
ガラス張りのピカピカした大きな入り口。近づくと、自動ドアが「ウィーン」と静かな音を立てて開いた。
足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。
天井がものすごく高い。床は磨き上げられていて、よつばの顔が映りそうなほど綺麗だった。

最初のうちは——

「かしきりだ!」

——と、巨大な貸切の遊び場を手に入れたような気分で、はしゃぎ回っていたよつばだった。
誰もいないエスカレーターを逆走してみたり、ピカピカの床で滑り込みをしてみたり。

「あはははは!!——」



——それから三十分ほど経った頃。


「だれかいませんかー!」

声を張り上げながら、広いロビーを走り回る。
エスカレーターを駆け上がり、テナントの並ぶフロアを覗き込む。しかし、どこまで行っても人の姿はない。
別の階へ行っても、外に出て隣のビルに入ってみても、状況は一向に変わらなかった。
店の中の商品やディスプレイはそのままなのに、レジにも、通路にも、ベンチにも、誰も座っていない。
人どころか、ハエ一匹、虫一匹の気配すら感じられなかった。



「とーちゃーん! よつばここだー!」

よつばは足を止め、両手を口の横に当てて叫んだ。
とーちゃんの名を。返事はない。

「とーちゃーん!とーちゃーん!……とーちゃーーん!!」

どれだけ大声で呼びかけても、よつばの声が寂しく壁に反響して戻ってくるだけ。店内から漂う無音の圧迫感が、じわじわと幼い胸を締め付け始める。
誰もいない大都会の真ん中。
ポツンと取り残された、五歳の少女。

底知れぬ孤独と恐怖が、小さな身体を駆け抜けていった。

「とーちゃ……う……」

視界がじわじわと涙で滲み始めていく。
緑色のおさげを揺らしながら、よつばの大きな目からボロボロと大粒の涙が溢れ出し、頬を伝ってピカピカの床へとこぼれ落ちていった。

(どうして、よつばはとうきょうにいるんだ?)

(どうして、みんなきえちゃったんだ?)

泣きじゃくりながら、よつばはぐすぐすと鼻を鳴らし、涙で霞む視界で周囲を見回した。
どうして自分がこんなところにいるのか、今がどういう状況なのか、この少女は何一つ理解していない。
それでも、よつばは幼い頭脳をフル回転させ——
ひとつの恐ろしい可能性が、突如としてよつばの頭にひらめいた。

(うちゅうじん)

あの日、東京の公園に来た時、よつばは三人の宇宙人を発見した。
地球殲滅計画を立てていた宇宙人。盗み聞きがバレて、追いかけられた記憶。
あの時は、よつばの渾身の土下座でなんとか許してもらった。地球を救った、はずだった。

(あのおとなは、うちゅうじんのおやだまだったんだ……!)

さっき、黒い服を着た怖い顔のおとなが、難しくてよくわからない話をしていた。
「いのち」とか「しぬ」とか、なにやら不吉で嫌な言葉を口にしていた気がする。
そう、あの恐ろしいおとなこそが、実は宇宙人の親玉だったのだ。

(よつばがねているあいだに、みんなころされちゃった?)

あの宇宙人が、すごい力を使って、地球の人々を全員どこかへ消し去ってしまったのではないか。
ということはもしかしたら、とーちゃんも。
ジャンボも。あさぎも、ふーかも、えなも。
ばーちゃんも、こはるこも——

みんなみんな、宇宙人に連れ去られて、消されてしまったのだ。
そして、この広い東京に、よつばだけがたった一人で取り残されてしまったのだ——

「あー!! あー!! うああああああん!!」

一度そう思い込んでしまうと、恐怖は限界を超えて破裂した。
よつばはその場にうずくまり、両手を顔に当てて、まるで世界が終わってしまったかのように大声で泣き叫んだ。

そもそも東京の宇宙人はただのコスプレで、一連の流れもただの大人の悪ふざけだったのだが、よつばには知る由もない。

(よつばが、よつばだけ、いきのこってしまった)

ビルの中に、幼い悲鳴のような泣き声が切なく響き渡る。
——その時だった。

ひょい、と。
後頭部から伸びる緑色のおさげを、左右に向かってキュッと引っ張られた。

「ぎゃっ」

あまりの突然の出来事に、よつばの泣き声が変な音になって途切れた。
涙目で飛び上がるようにして振り向き、瞬時に数歩後ろへと跳び退く。
そのまま素早くファイティングポーズのような構えを取り、じりじりと後退しながら目の前の存在を睨みつけた。

「だ、だれだ!! うちゅうじんか!?」

心臓がドックンドックンと激しく鼓動していた。
ついに刺客が現れたのか。自分も消されてしまうのか。
よつばは全身の毛を逆立てる猫のように警戒し、涙で濡れた瞳を限界まで見開いた。
そこに立っていたのは——

「宇宙人ちゃうでー」

ぼんやりとした、どこか緊張感の欠けた声が返ってきた。
そこにいたのは、奇抜な宇宙人の衣装を着た者でも、さっきの恐ろしい黒服の女でもなかった。
少女。肩にかかるくらいのショートヘア。独特のゆったりとした空気を全身から醸し出している。
よつばは腰を落としたまま、じっと目の前の人物を観察した。

(てきか!? みかたか!?)

触覚は生えていない。こわくない。どう見ても普通の「人間」だった。

「ごめんな、つい気になって触ってしもうた。なんか、変わった髪型しとるなぁ思って」

少女は申し訳なさそうに、けれど悪びれる風もなく、よつばの髪型をじっと見ていた。

(……あれ?)

首を傾げる。どこか、見覚えがあるような気がした。
その声。その、のんびりとした大阪弁のイントネーション。

(このこえ、このしゃべりかた、どこかで?)

記憶の引き出しを探るように、よつばは相手の顔をじっと見つめた。


「ちよちゃんより、だいぶちっこいなぁ……」

目の前で猫のように身構えている小さな少女を見下ろしながら、春日歩——大阪は、ぼんやりとそんな感想を抱いていた。
首の横からピコピコと飛び出た4つのおさげ。小さな体に似合わない大きなデイパック。
そして、涙と鼻水でグショグショになった丸い顔。見るからに幼い子供だった。幼稚園児だろうか。
大阪は膝を少し折り、目線を少し下げて優しく問いかけた。

「お名前は?」

「……」

宇宙人ではないと分かったものの、まだ警戒を解ききれないよつばは、じりじりと足を開いて距離を取り直した。涙を袖で拭いながら、胸を張って名乗る。

「こ、こいわい、よつば です」

「よつば。よつばちゃんか」

大阪は納得したように何度も小さくうなずいた。可愛らしい名前。
緑髪だし、髪型もどことなく四つ葉っぽい。

「春日歩です。皆からは“大阪”って呼ばれてるんやけどな」

よつばの動きがぴたりと止まった。
涙で濡れた大きな目が、さらに丸くなる。大阪?

『春日歩です 先生です』

『大阪弁だからみんな 大阪先生って言ってる』

——そうだ。

「——せんせいだ!」

「……うん?」

せんせいだ。学校で「ちきゅうだっしゅつ」や「せんたくもの」という凄い技を教えてくれて、大きな木の名前を教えてくれた、あの「おおさかせんせい」だ。
よつばは身を乗り出し、目の前の人物をまじまじと見つめ直した。

「なんか、ちがう?」

記憶の中のせんせいとは、顔が微妙に当てはまらない。
たしかに似ている。似ているが、せんせいよりもずっと若い。
けれど、声も口調もまったく同じ。間違いなく、よつばの知っている「おおさかせんせい」のものだ。

よつばは、ハッとしたように顔を上げた。

「にだいめ……!」

よつばは拳をぎゅっと握りしめ、ビシッと大阪を指差した。

「にだいめか!! せんせいの『むすめ』なのか!?」

どこかで聞いたような、恐らくテレビだが。
——世の中には、親が自分と同じ名前を子に授け、役割や意志を託す事があるという。
つまり、目の前の人物はせんせいの娘であり、名前や役割を授かった『二代目』だと。
元のせんせいは宇宙人に消される直前、娘に「あとをたのむ!」と託したのだと。
よつばはそう解釈した。

「……そうなん?」

突拍子もない言葉の弾丸を食らい、大阪はぽかんと口を開けて首を傾げる。
だが、大阪の困惑を余所に、よつばの態度は劇的な変化を遂げていた。

「おおさかせんせい……!!」

さっきまでの恐怖や警戒心は影も形もなく消え去り、その瞳はキラキラとした純粋な尊敬と安堵の光で満ちあふれている。

(よつば、ひとりじゃなかった!!せんせいがいた!!)

この誰もいない不気味な街で、たった一人置き去りにされたと思っていたのだ。
宇宙人にみんなが消されてしまったと本気で怯えていたよつばにとって、「せんせい」の存在はまさに暗闇に差した救いの光だった。


(ようわからへんけど……)

大阪は自分の顎に手を当てて考えた。
このちいさな子は、自分のことを「先生」と呼び、全幅の信頼を寄せて眼差しを輝かせている。何故かはわからないが、嫌な気は全くしなかった。むしろ——

(先生って呼ばれるん、なんかええなぁ)

誰かを教え導く存在。立派で、正しくて、みんなから頼りにされる特別な立場。
そう呼ばれることが、なんだかとても誇らしく、胸の奥がじんわりと温かくなるような良い気分になってきた。
大阪の唇が、ふにゃりと緩やかな笑みを形作る。

「せやでー! 私が大阪先生や! よつばちゃん、一緒に行こかー!」

「はっ!! わかりました!!」

よつばは元気に返事をすると、勢いよく右腕を突き上げた。
せんせいと一緒なら、もうあんしんだ。だってせんせいなのだから。
どんな宇宙人が襲ってきても、きっとすごいわざでやっつけてくれるに違いない。

「せんせい! こっちにいってみよう!」

「おー、待ってやー」

涙の痕もそのままに、よつばは元気いっぱいに足を前へと踏み出した。
誰もいない静寂のビル街に、幼い足音が軽やかに響き渡る。

(元気のええ子やなぁー)

前をちょこまかと走っては、振り向いて「せんせい はやく!」と嬉しそうに手を振るよつば。
その小さくて愛くるしい後ろ姿を見つめながら、大阪は、どこまでも穏やかで、のんびりとした微笑みを浮かべていた。

【小岩井よつば@よつばと!】
[状態]:健康、不安(中)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3
[思考]:せんせいについていく
1:せんせいがいればひとまずあんしん
2:とーちゃんに みんなにあいたい
3:うちゅうじんがおそろしい


元気いっぱいに前を歩く小さな背中。
おさげをぴょこぴょこと揺らしながら、無邪気に声を張り上げるよつばの後ろ姿を、大阪は、ただぼんやりと見つめていた。

指を曲げ、伸ばす。関節は滑らかに動き、肌には赤みが差している。
首元に巻かれた、冷たい金属の首輪を、大阪は細い指先でそっと撫でる。
彼女の記憶は、ほんの少し前──あの荒廃した世界での「最期」から始まっていた。

よみちゃんを、ゆかり先生を、榊さんを、神楽ちゃんを、そしてちよちゃんを。
神様の意思に反して、元の世界に帰ろうとする裏切り者達を殺して。
最後にはともちゃんに後ろから刺されて──

気づけば、大阪は見知らぬ教室の机に座っていた。
首筋に触れても、血など一滴もついていない。切断されたはずの腕も、何事もなかったかのように綺麗に繋がっている。

(ああ、やっぱり)

やはり、自分の考えは正しかったのだと、大阪はひどく納得していた。
あの荒廃した学校に突然拳銃が落ちていたのも、自分が神の命を受けて「裏切り者」たちを処分する役割を与えられたのも。
そして一度命を落としたはずの自分が、こうして傷一つない体で再び目を覚ましたのも。

(神様のお導き、やな)

教室の壇上に立っていた、あの冷ややかな目をした女教師──森口悠子。
あの人はきっと、神様の使いか──あるいは神様そのものに違いない。
大阪の頭の中で、唐突に、けれど完璧なロジックとしてその解釈が組み上がっていた。
だからこそ、大阪は森口の言葉を、一字一句逃さず胸に刻み込んだのだ。


『人は命に感謝しません。……何故でしょう? それは、皆さん、“明日も生きている”と、何の疑いもなく信じているからです』

『人は恐怖によってしか、命の価値を理解できません』

『ですから私は、身勝手で愚かな皆さんへ、これ以上ない特別な“命の授業”を行うことにしました』

(そうか。そうやったんや)

ある日突然、未来の学校へタイムスリップして。
「土着派」だとか「帰還派」だとか言って、皆で殺し合った、あの一週間。
すべては、神様による“命の授業”だったのだ。

『起こしてみませんか。この閉ざされた島で、誰一人として逃れることのできない──“死因百パーセントの予期せぬ死”を』

みんな、自らの命のありがたみを知らずに。
明日死ぬなんて微塵も思わずに、ただ平穏な日常を過ごす毎日。
見かねた神様は自分を遣わし、みんなに死を与えることで「命の価値」を教えてあげようとしたのだ。

(神様は——森口先生は、私に続きをさせようとしてるんや)

ならば、生徒である私がやるべきことは一つしかない。
森口先生のお言葉通り、この授業に集められた愚かな人々全員に、身をもって“命の価値”を教えてあげること。
──誰一人として逃さぬよう、全員を殺すことだ。

大阪は自分の掌をじっと見つめた。
自分は、榊さんや神楽ちゃんのような運動神経はない。力で正面から挑めば簡単に負けてしまうだろう。

(けど、力だけが全てやないでー)

力で勝てないならば、頭脳を使う。
人を騙し、油断させ、後ろから刺す。不和の種を撒き、互いに殺し合わせる。
それこそが、弱い自分に与えられた「神様の戦い方」なのだ。
前回だって、そうやって皆を殺してきた。

(ちよちゃんやって殺した。トロい私でも、天才に勝てるんや)


大阪の視線が、再び前を走るよつばへと向けられた。

ちよちゃんよりもずっと小さくて、明るくて、純粋な子供。
この子は多分、今の状況を何一つ理解していない。ここが殺し合いの場だということも、周りに誰もいない理由も、何一つ。
まさに典型的な、「命に感謝しない」人間だ。

(ちょうどええなぁ)

迷子になった幼い子供を連れて、優しく手を引いている少女。
そんな二人組を見かけた他の参加者は、一体どう思うだろうか。
「この二人は害がない」「ただの子供と、それを守るお姉さんだ」と、勝手に思い込んで油断してくれるはずだ。
よつばちゃんは、最高のカモフラージュになる。
いざとなれば、盾として使うこともできるし、敵の気を引く囮にも使えるだろう。

──そして、もうひとつ。

(大阪先生、かぁ……娘、ってのがようわからへんけど)

どういうわけか、よつばちゃんは私のことを「せんせい」と呼んで、あんなにも憧れに満ちた目で慕ってくれている。
理由はわからない。けれど、この子が私を「先生」と認めてくれるのなら。
私は私なりに、彼女の期待に応えてあげよう。

(私も……森口先生みたいに、ええ先生にならんとあかんな)

森口先生が自分に「命の価値」を教えてくれたように。
自分もまた「大阪先生」として、この可愛らしいよつばちゃんに、正しいことを教えてあげなければならない。

命は尊いということ。
──そして、人はいつか必ず、突然死ぬということ。

「なぁ、よつばちゃん──」

無邪気に振り返るよつばの小さな手を、大阪はそっと、温かく包み込むように握りしめた。

「先生と一緒に、いっぱい勉強しよな」

【春日歩@あずまんが漂流教室】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3
[思考]:”命の価値”を皆に教える。
1:よつばちゃんと行動。
2:皆に命の価値を教える。だからよつばちゃんも死ぬよ
3:私が大阪先生や!







>TOP

最終更新:2026年08月03日 22:25