『中途半端な正義』
(キャラ)チェ・グミョン、山田さんの母親、シャーリー・フェネット
「はぁっ……はぁっ……!」
静まり返ったセンター街を、一人の少女が必死に走っていた。
シャーリー・フェネット。
アッシュフォード学園高等部二年生。
生徒会、水泳部所属。
明るく優しい少女。
その顔は今、恐怖で歪んでいた。
「待ってください!」
振り返りながら叫ぶ。
「お願いです! 話を聞いてください!」
返事はない。
ただ足音だけが追いかけてくる。
コツ、コツ、コツ。
一定の速度で。
逃がすまいと。
「誰も殺さなくていいはずです!」
シャーリーは再び叫んだ。
「こんなの絶対おかしいです!きっと何か方法があります!」
だがその声は届かない。
あるいは届いていても意味がない。
追う側もまた必死だったからだ。
長方形の包丁を握りしめながら迫る中年女性。
山田さんの母親。
彼女は優勝報酬など信じていなかった。
願いを叶える力?
そんなものがあるわけがない。
元の世界へ帰還?
信用できるはずがない。
誘拐犯の妄言だ。
そう思っている。
だが首輪だけは違った。
冷たい金属の感触。
外れない拘束具。
そして島へ連れて来られたという現実。
これだけは否定できない。
だから彼女は考えた。
もし首輪の爆破が本当なら。
四十八時間後。
自分は死ぬ。
それだけは嫌だった。
死にたくない。
だから決めた。
優勝して生き残る。
「待ってください!」
シャーリーが再び叫ぶ。
涙声だった。
「私たち、何も知らないじゃないですか!」
「まず協力して――」
「協力?」
初めて返事が返ってきた。
山田さんの母親は走りながら冷たく言う。
「あなたが私を裏切らない保証は?」
シャーリーが言葉を失う。
「首輪が爆発しない保証は?」
答えられない。
「助かる保証は?」
ない。
何一つない。
だから山田さんの母親は止まらない。
彼女にとってシャーリーの言葉は希望ではなかった。
現実逃避だった。
生きるためには行動するしかない。
そう思っていた。
一方のシャーリーは違う。
彼女は殺し合いを受け入れられなかった。
そんなことができる人間ではない。
友達を大切にし。
人を信じ。
困っている人を助けようとする。
それがシャーリー・フェネットだった。
だから逃げながらも説得を続ける。
だがそれが通じる相手ばかりではない。
「きゃっ!」
足がもつれた。
恐怖で何度も後ろを振り返っていた。
そのせいだった。
道路の小さな段差。
たったそれだけ。
だが極限状態では十分だった。
身体が前へ投げ出される。
アスファルトへ激突する。
膝を強打する。
掌が擦りむける。
激痛が走る。
「あ……」
立ち上がろうとする。
だが足が震えて動かない。
恐怖で身体が言うことを聞かない。
その間にも足音が近付いてくる。
コツ。
コツ。
コツ。
ゆっくりと。
確実に。
顔を上げる。
そこには山田さんの母親が立っていた。
包丁を握って。
息を切らしながら。
数秒の沈黙。
そして包丁が振り上げられる。
シャーリーの全身から血の気が引いた。
死ぬ。
本能がそう告げる。
これまで死を意識したことなどなかった。
だが今は違う。
目の前の女性は本気だ。
脅しではない。
本当に殺そうとしている。
シャーリーは反射的に目を閉じた。
だがその瞬間。
キィィィィンッ!!
鋭い金属音が夜の街へ響いた。
「……え?」
恐る恐る目を開く。
そこには自分を庇うように立つ一人の女性の背中があった。
長い衣装。
凛とした立ち姿。
そして片手には一本の刀。
月明かりを反射する鋭い刃。
シャーリーが見たこともない形状の刀剣だった。
その女性は静かに言う。
「離れなさい」
その声には不思議な強さがあった。
決して大声ではない。
だが相手を威圧する力があった。
山田さんの母親が目を細める。
その女性チェ・グミョンは静かに刀を構えた。
現在の状況にクミョン自身も混乱している。
なぜこんな場所にいるのか。
なぜ首輪を付けられているのか。
なぜ殺し合いを強要されているのか。
何一つ分からない。
だが一つだけ分かることがあった。
目の前で人が殺されそうになっていること。
クミョンは料理人である。
元宮廷女官である。
武人でも戦士でもない。
本来なら刀など握る人生ではなかった。
だが支給品の環刀を見た時、ある男の姿が脳裏に浮かんだ。
ミン・ジョンホ。
武官であり決して結ばれることのなかった想い人が使用していた武器。
もし彼がここにいたなら人を守るだろう。
だからクミョンは思わず割って入った。
金属音の余韻がまだ残っていた。
シャーリーは地面に座り込んだまま、呆然と目の前の光景を見上げていた。
目の前には二人の女性。
一人は自分を殺そうとしていた女性。
もう一人はそれを止めた女性。
ほんの数秒前まで、自分は死ぬはずだった。
それなのに今は生きている。
その事実を頭がまだ受け入れ切れていなかった。
「どきなさい」
山田さんの母親が低い声で言う。
その言葉にシャーリーの肩が震えた。
だがクミョンは表情を変えない。
「お断りします」
静かな返答だった。
怒鳴りもしない。
威嚇もしない。
ただ事実を告げるような声。
それが逆に山田さんの母親を苛立たせた。
「あなたも死にたいようね?」
クミョンは答えなかった。
ただ相手の手元を見つめていた。
包丁。
どこの厨房にもある料理人である彼女が何千回と握ってきた道具だった。
その刃先が今、人間へ向けられている。
その光景に胸の奥がざわつく。
嫌悪感。
包丁は料理を作る道具だ。
決して人を殺すためではない。
山田さんの母親が踏み込んだ。
包丁が閃く。
クミョンは反射的に環刀を動かした。
再び火花が散る。
衝撃が腕へ伝わる。
重い。
だが押し返せる。
この戦いは技術の勝負ではない。
自分も相手も戦闘経験などない。
剣術など知らない。
武術など知らない。
達人同士の決闘ではないのだ。
重要なのは武器だった。
包丁が届く前に環刀が届く。
ただそれだけの差。
だがその差は致命的だった。
山田さんの母親が距離を詰める。
クミョンが刀を前へ出す。
それだけで相手は止まらざるを得ない。
圧倒的なリーチの差。
包丁を振るうには近付かなければならない。
だが環刀はその前に相手を捉えられる。
何度か打ち合っただけで、それは明らかだった。
優勢なのはクミョンだった。
だが彼女の顔色は悪い。
包丁を見るたびに胸が痛んだ。
料理人だから。
その刃が本来何のために存在するのか知っているから。
それが別の記憶を呼び起こしていた。
チェ一族。
権力。
陰謀。
裏工作。
宮廷で繰り返された数々の悪事。
自分は知らなかったわけではない。
気付いていた。
疑問も抱いていた。
間違っているとも思っていた。
それでも止められなかった。
一族を捨てられなかった。
だから今包丁を武器にする相手を嫌悪しながらも。
心のどこかで自分を責めていた。
(あなたに怒る資格なんてあるの?)
胸の奥から声がする。
(あなただってチェ一族だったでしょう)
(悪事に加担していたでしょう)
クミョンは唇を噛んだ。
その通りだった。
自分は正義の人間ではない。
チャングムではない。
ジョンホでもない。
悪を嫌いながら。
悪から離れ切れなかった。
そんな人間だった。
山田さんの母親はゆっくりと後退した。
包丁は構えたまま。
視線はクミョンから逸らさない。
クミョンもまた環刀を下ろさない。
夜風だけが二人の間を吹き抜ける。
数秒。
いや、実際には一瞬だったかもしれない。
だがシャーリーには永遠のように感じられた。
山田さんの母親は理解する。
勝てない。
少なくとも今は。
相手が強いわけではない。
だが武器が悪い。
包丁と環刀。
武器の差は明白だった。
お互い戦闘経験のない一般人なら尚更だ。
達人同士なら技術で覆せることもある。
だが彼女たちは違う。
だから武器性能の差がそのまま戦力差になる。
生き残ることが目的ならここで消耗する意味はない。
山田さんの母親はゆっくりと距離を取る。
そして最後にシャーリーを見た。
獲物を見る目だった。
シャーリーは思わず身を縮める。
だが次の瞬間彼女は踵を返した。
そのまま夜の街へ消えていく。
足音が遠ざかる。
やがて完全に聞こえなくなった。
クミョンは追わない。
追えなかった。
倒し切る覚悟がない。
捕まえる覚悟もない。
それが自分だった。
善人になれない。
完全な悪人にも染まりきれない。
中途半端な人間。
静寂。
本当に静かだった。
数分前まで命のやり取りが行われていたとは思えないほど。
シャーリーはその場に座り込んだまま大きく息を吐いた。
助かった。
本当に。
今になって全身の力が抜ける。
手が震えていた。
膝も震えていた。
自分がどれだけ恐怖していたのか。
ようやく理解する。
そして視線を上げた。
目の前には自分を救ってくれた女性がいる。
環刀を持ったまま周囲を警戒している。
見知らぬ人だった。
それなのに。
自分のために危険へ飛び込んでくれた。
シャーリーは立ち上がろうとした。
だが足に力が入らない。
結局その場で深く頭を下げる。
「ありがとうございました……!」
声が震えていた。
涙も滲んでいる。
「本当に……ありがとうございました……!」
クミョンは振り返る。
その顔には複雑な表情が浮かんでいた。
助けたことを後悔しているわけではない。
「顔を上げて」
静かな声だった。
「でも……」
「私は当然のことをしただけ」
シャーリーは首を横に振る。
当然なんかじゃない。
少なくとも自分にはそう思えなかった。
見ず知らずの人を助けるために命を張る。
そんなことができる人は少ない。
「それでもです」
シャーリーは言う。
「私、もう駄目だと思ってました」
クミョンは目を伏せた。
その言葉が胸に刺さる。
助かった。
そう言われる。
感謝される。
だが自分は最善の選択ができたのだろうか。
山田さんの母親は逃げてしまった。
今もどこかにいる。
また誰かを襲うかもしれない。
今度は誰かが死ぬかもしれない。
止められたのではないか。
少なくとも追い払うだけではなく。
もっと別の方法があったのではないか。
そんな考えが頭から離れない。
「……」
環刀を見る。
本来なら自分が持つような武器ではない。
自分はチェ一族の人間だ。
宮廷を牛耳るために行われた数々の悪事。
知らなかったわけではない。
疑問も持っていた。
それでも最後まで止められなかった。
一族を捨てられなかった。
「私は……」
小さく呟く。
シャーリーには聞こえないほどの声。
「何も変わっていないのかもしれないわね……」
善人になれなかった。
完全な悪人にもなれなかった。
チャングムのように正しく生きることも。
叔母ソングムのように割り切ることも。
どちらもできなかった。
いつも中途半端だった。
そして今も。
山田さんの母親を倒す覚悟がなかった。
結局、追い払っただけだ。
「また……」
自嘲するように笑う。
「中途半端……」
その姿を見てシャーリーは不思議そうな顔をした。
命を救った人がなぜそんな顔をするのか分からなかった。
だが今は聞かなかった。
きっと何か事情があるのだろうと思ったから。
それがシャーリーの優しさだった。
【チェ・グミョン@宮廷女官チャングムの誓い】
[状態]: 精神的疲労小。自己嫌悪と葛藤。
[装備]: 環刀
[道具]: 基本支給品一式、スマートフォン、不明支給品×1~2
[思考]: まずはこの殺し合いの実態と島の情報を把握する
1:できる限り人を見捨てず、人殺しもしたくない
2:チェ一族の人間としての罪と向き合い、自分の進むべき道を見極める
参戦時期: 原作終了後
【シャーリー・フェネット@コードギアス 反逆のルルーシュ】
[状態]: 精神的疲労(大)。転倒による膝と手のひらの軽傷。
[装備]: なし
[道具]: 基本支給品一式、スマートフォン、不明支給品×1~3
[思考]: 誰も殺さず、皆で協力する方法を探したい
1:命を救ってくれたクミョンに感謝
小娘の始末に失敗した。
それは仕方ない。
問題は次だ。
もっと勝てる相手を探さなければならない。
身体能力。
武器。
そして頭。
それらを考慮する必要がある。
その時、ふと一人の少女の顔が浮かんだ。
娘が友達と称した少女。
初対面から不愉快だった。
礼儀がない。
品がない。
山田さんの母親から見れば愚かな存在だった。
もしこのゲームにああいう人間がいるならむしろ都合がいい。
「そういう子の方が狙いやすいわね」
ぽつりと呟く。
生き残るためなら手段は選ばない。
それが彼女の結論だった。
【山田さんの母親@みいちゃんと山田さん】
[状態]: 軽度の苛立ち。
[装備]: 包丁
[道具]: 基本支給品一式、スマートフォン、不明支給品×1~2
[思考]: 優勝して生き残る
1:身体能力や知能面で劣る相手を優先的に狙う
最終更新:2026年06月20日 12:59